Aクラス
合宿準備などの指示を出しているとワーナー先生の授業の時間が近付いてきていたので残りは『聖魔女の楽園』にいる住民たちに任せて私はシャルルフォーグ学院に戻ります。
とりあえずバエルには何をしてほしいか伝えましたし、そこから他の悪魔や魔物たちに指示を出してくれるはず。もしかすると私が伝えた内容以上のものに仕上げるかもしれませんね。バエルならその可能性があります。
伝えた以上のものになっているのか期待しつつ──期待し過ぎるのもどうかと思いますが、普段からの優秀さを見るとどうしても、ね──職員室でワーナー先生が来るまで待機します。
そういえば、Aクラスにはアースリィ君の弟──セルマーク・ケルンベーダ君がいるんでしたよね。
前に第一演習場で見かけた男子生徒がセルマーク君だとすれば、確かに実力は上の部類に入るでしょう。まあ実力があるからAクラスなんでしょうけども。
現状でアースリィ君とセルマーク君が勝負をしたら教師としては勝てると言いたいところではありますが間違いなくアースリィ君が負けるでしょう。それは本人も理解しているはずです。
私の仕事はその結末を勝利に変えるためにどうやって鍛えるか。もちろんアースリィ君以外の生徒たちもです。
簡単な方法だと高いレベルを持つ魔物とたくさん戦い、レベルを上げてステータス値を伸ばす。しかも実戦経験も積めるのでお得です。
ただ、レベルを上げるための場所が近くにあるかどうか……。尚且つ生徒たちでも倒せる、欲を言えば少しくらい苦戦するような場所。
『聖魔女の楽園』は訓練に付き合ってくれる相手が多く実戦経験を積める場所であってもレベルを上げる場所ではないですからね。
休みの日にでもいい場所がないか探してみましょう。まあ近くに無くともどうにかなるので問題ありませんけどね。
あと、生徒たちのレベルを上げるのもありますが、未だ使えないアースリィ君のユニークスキルを使えるようにしたいですね。
色々試してはいるものの兆しが見えない。でもきっとアースリィ君のユニークスキルが勝利の鍵にあるはずです。
考え事をしていたらワーナー先生が職員室に戻ってきました。他のクラスへ授業をしに行っていたのでしょう。
自分の机に戻り、次の授業の準備を終えるとワーナー先生は私の方へ来ました。
「リリィ先生はてっきり先に教室へ向かわれていたのかと思いましたが、まだ職員室にいたのですね」
「私一人だけでAクラスにお邪魔すると生徒たちが驚いてしまうと思ったからですよ。意地悪で私を置いていくかもしれないと考えていましたが、声をかけに来てくれて安心しました」
「居るのを知っていて声をかけないわけにはいきませんからね。それと、生徒たちのことを考えての行動は評価に値しますよ」
上から目線なのが少し気に入りませんが、いちいち気にしていると疲れるのでこういうのは適当に聞き流します。
「では4時限目も近付いているので移動しましょうか」
ワーナー先生について行きながらAクラスへと向かいます。
正直なことを言うと一緒に並んで歩きたくはないですがこればかりは仕方ありません。合同授業の件を了承する代わりとはいえ、私からお願いしたことです。文句は言えませんので我慢しましょう。
「ところで、今朝の件ですが返事は決まりましたか?」
「はい。AクラスとEクラスでは実力が離れているので念のため生徒たちにも相談し確認しましたが、合同授業をやりたいと全員が希望しましたのでやりましょう」
「そうですか、それは良かった。では日程の方を──」
「そのことについてですが、可能なら3か月後、最低でも2か月後にしてもらいたいです。それが無理ならEクラスの生徒たちが希望しようと合同授業の話は無かったことにします」
「なるほど。それはつまりEクラスの生徒たちを鍛えるための時間が欲しいということですね。では合同授業は2か月後に行いましょう。リリィ先生ほどの魔術に長けた者であれば2か月でもEクラスの生徒たちをAクラスと戦えるように成長させられますよね?」
失敗しました。これなら最低でも2か月と言わずに3か月と言っておけば良かった……。今更後悔しても遅いですね。
ちなみにAクラスと戦えるように成長させることが出来るかという話ですが、1か月多ければもっと強くさせることが出来たのにな、と思う程度で普通に戦えるまで成長させることは可能でしょう。
「ええ、楽しみにしていてください」
「期待していますよ。まあそんな短期間でEクラスがAクラスに勝てるとは到底思えませんけどね。さあ着きましたよ、ここがAクラスの教室です」
扉を開けて教室内に入ると6人の生徒たちがいました。
人数は偶然にもEクラスと同じですね。でもAクラスは最大で10名在籍できるはずです。一つ下のBクラスから空いている席を埋めるために上のクラスに入れても良いのではないかと思います。
しかし、ワーナー先生曰く「AクラスとBクラスでは力の差があるため仮に上のクラスに来てもついていけない」とのことです。
そのあとも下のクラスの生徒たちのことを色々言っていました。ワーナー先生の性格からどういう風に言っているのかは言うまでもないでしょう。
真剣に聞いたところで教師としてその言い方はどうなのかと不快に思うだけ無視です。いい加減これにも慣れてきましたね。
ただ、教師の性格が生徒に移っていないか不安ですね。教師の教え方次第では自分より下の生徒を見下すようになるかもしれませんし。
「ワーナー先生、その人って確か新しく来た……リリィ先生だっけ? どうしてAクラスの教室にいるんですか? 学年の中でも雑魚しかいないEクラスの副担任だったはずじゃないですか。僕たちの教室にEクラスの空気が染みついた人間が入るのは困りまーす!」
手を上げて質問したのは一人の男子生徒。
雰囲気や喋り方は違えど顔を見るとアースリィ君とそっくりです。彼がセルマーク君で間違いないでしょう。
それにしても、今の言葉を聞く限りではしっかりとワーナー先生の教育が施されているようですね。もしかするとそれ以上かも。
「こらこらセルマーク君。これでも彼女は私と同じ教師なのですからちゃんと敬意を払わないと駄目ですよ」
「先生が言うなら仕方ないか」
「それにリリィ先生は魔術だけは一流です。様々なクラスで実技演習の指導もしています。魔術のみで言えばおそらくメルファスト学院長よりも上でしょう」
「そういえば最近そんな話を聞いたかも。でも全然強そうには見えないなぁ。まあいいや。それでリリィ先生はどうしてAクラスに来たの?」
「今日リリィ先生がAクラスに来たのは皆さんと一緒に授業を受けるためです。邪魔はしないとのことですので皆さんは気にせず授業を受けてください。それでは早速始めたいところですが、そうですねぇ、リリィ先生は"ノエル"さんの横が空いているのでその席を使ってください」
散々な言われようだった気がしますが、Aクラスの生徒たちにはまだ私の魔術を見せていないので疑うのも当然ですね。
一先ずワーナー先生の言われた通り、ノエルさんという女子生徒の隣の席に向かい座ります。
ちなみに隣にいるノエルさんは以前セルマーク君が模擬戦をしていた相手です。あの後の結果はどうなったのか気になりますがノエルさんの邪魔をしたくないですし、今聞くことではないので止めておきましょう。
さて、ワーナー先生の授業が始まったわけですが、教師の腕はあると言われているだけあって授業はわかりやすいですね。流石Aクラスの担任をやっているだけあります。
しかし授業の進むスピードが速い。ついていくので精一杯です。他の教師の授業はもう少しゆっくりでした。
私がいるからわざとやっているのではと一瞬考えましたが、Aクラスの生徒たちは遅れることなくついていっているので彼らにとってこれが普通なのでしょう。
それはそうとして、これは本格的についていけなくなりそうですね。けどせっかくの授業ですから一つでも多く学んで帰りたいところ。
諦めずに頑張ってついていこうとした時、ノエルさんの方から複数枚の紙が渡ってきました。その紙には要点をまとめたものや授業に出てくる言葉の解説などが書かれていました。
「……これ、使ってください。予習した時に自分でまとめたものです。これがあればこの授業くらいはついていけます……」
そう言ってノエルさんはすぐに前を向き授業に戻ります。
邪魔したくないと思っていたのに結局ノエルさんの手を止めさせてしまったことに関しては非常に申し訳ないですが、お借りした紙はありがたく使わせていただきます。
そして授業もまとめに入り、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴ってワーナー先生の授業が終了しました。
何とか、何とか最後までついていけました……。もうノエルさんのおかげですよ。本当に感謝しかありません。
「ノエルさん、ありがとうございました。これ、お返ししますね」
「先生の役に立てたなら良かったです」
「文字は綺麗で読みやすく、授業を受けていない私でもわかるほど丁寧にまとまっていて凄く助かりました。あと、授業の予習をしていたなんて偉いですね」
「そんなことないですよ。勉強も、自分が強くなるためにやっているだけのことです……。魔物と戦うより勉強した方がレベルも効率よく上げられますから……」
勉強をしただけでレベルが上がる? 知識が増えて賢くなるという意味ではなくてステータスのレベルが上がるということでしょうか。
詳しく聞きたいところではありますが、Aクラスの生徒なら未だしも会って間もない私にグイグイ来られても困るでしょう。
今の発言の追及は諦めるとして、授業も終わったことですし一度職員室に戻ってからEクラスの皆さんと一緒にお昼ご飯でも食べましょうか。
そう思って立ち上がろうとした時、ワーナー先生がまた私の方に来ました。
「リリィ先生、私の授業はどうでしたか? 途中何やらノエルさんとやり取りをしていたようですが」
「とてもわかりやすい授業でしたよ。ただ、個人的にはスピードが速かったのでノエルさんに少し助けてもらっただけです」
「そういうことでしたか。それで、この後なんですが午後の授業も見学してはどうですか?」
「申し訳ないですが午後はEクラスの授業が──」
いや、ちょっと待ってください。これは考えようによってはチャンスなのでは?
Eクラスの授業はもちろん大事です。時間はあるとはいっても無駄には出来ないので少しでも多く教えられることは教えたい。
しかし、Aクラスの生徒たちの実力を一度見ておいた方がどの程度まで成長させれば勝てるのか基準に出来る。
でもそれはワーナー先生もわかっていることではないでしょうか。
ワーナー先生を見ると余裕そうな表情を浮かべています。
見せたところで問題ないということですか。確かに戦うのは私ではなくEクラスの生徒たちですからね。彼らがAクラスと戦えるまで強くなれるかは別の話です。
いいでしょう。Eクラスの生徒たちには後で謝っておくとしてワーナー先生からの誘い、是非とも受けましょう。
お昼ご飯の時にEクラスの生徒たちには事情を説明して午後の授業の最初は自主練習、可能なら『聖魔女の楽園』から誰か呼んでくることにしました。
そして私はAクラスの午後の授業を見学するはずだったのですが、私は演習場の中心に立たされています。
「あの、これはどういうことですか?」
「当初はリリィ先生には彼らの魔術を見せる予定だったのですが、彼らの要望でリリィ先生と勝負してみたいと。リリィ先生には許可を取らず申し訳ないと思っていますが、生徒たちの頼みですので聞いていただけますよね?」
本当に申し訳ないと思っているんですかね。
「ワーナー先生は私の魔術を知っていますよね」
「ええ。だからリリィ先生には万が一のことも考えて生徒たちには一切攻撃はせず、守りに徹してもらいたいのです」
勝手に決めておきながら私は手出しできないと。それは勝負ではなく一方的にやられるだけなのではないでしょうか。
もうここまで来ると呆れて何も言えませんね。
怪我をさせてしまっても瞬時に治せますが、私の魔術を受けるのは厳しいでしょうし、実際に彼らの魔術を受けることでわかることがあるかもしれないのでまあいいですか。
それにしてもワーナー先生は教員採用試験の時に私の魔術を見たのにもかかわらず、よく生徒たちの要望を聞き届けましたね。
もし私が嫌ですと言ったらどうしていたのでしょうか。教師としては優れているかもしれませんけど、そういう誰にでも想定できるような可能性が頭の中になかったのか疑問に思います。
「はぁ……わかりました。それでいいですよ」
「助かります。では時間ですが、個別で見てもらった方がいいと思うので一人当たり10分ほどで──」
「時間は20分。全員まとめてで構いません」
「……はい?」
「そのルールだと1時間はかかってしまいます。Eクラスの生徒たちをそんなに待たせるわけにもいきません。だから制限時間は20分且つ全員で来てください」
「いくら何でもそれは僕たちAクラスを舐めてるんじゃないの?」
「セルマーク君。私は決してAクラスの生徒たちを舐めてはいませんよ。皆さん優秀な生徒です。しかし、ここにいる全員で向かってきても私に傷一つ付けられないでしょう」
そう告げるとAクラスはやる気になってくれたようです。絶対に後悔させてやるとか思っているのでしょうか。
「さあ、時間も勿体ないので始めましょう。誰かが魔術を使ったらスタートです」
そしてAクラスの女子生徒が魔術を使ったのを合図に生徒たちは魔術を私に向けて放ちます。ちなみにノエルさんは黙って見ているだけです。
さて、私に放たれた魔術ですが、Aクラスというだけあって高度な魔術で威力も高そうです。詠唱破棄系のスキルも所持しているのか次々に魔術を発動させていきます。
直撃したら痛いんだろうなぁ。今回の場合はスキルによって『魔力障壁』が発動しているため食らい続けない限り私にダメージはないんですけど。
でも、念には念をということで──
「【聖光領域結界】」
お決まりのパターンです。
スキル『多重障壁』にて最大枚数の【聖光領域結界】を張ったことで魔術が私に直撃することはほぼ無いと思います。
流石に生徒相手に大人げないと思われそうですが、自分はAクラスだからと少々調子に乗っている生徒もいるみたいですし、上には上がいることを直々に教えるためにも出し惜しみはしません。
それからは障壁に守られながらAクラスの魔術を観察していきました。
態度に少々問題はあるものの、やはり良い魔術を使いますね。
そう思いながら生徒たちを見てみると必死になって障壁を壊そうとしていました。
しかし残念ながら時間切れです。
20分間、ノエルさんを除いた5人の攻撃を受け続けた結果、破壊された障壁の枚数は2枚。私の予想だと1枚で時間切れになると思いました。
魔力もほとんど使ったのか座り込んでいるAクラスの生徒たち。
これで少しは私のことを認めてくれたらいいですね。こんな回りくどいことせずに最初から攻撃系の魔術を見せればいいことだと思いましたけど。
こうしてAクラスの生徒たちとの戦いは呆気なく終わったのでした。
でも私が勝ったところで意味がない。
唯一ノエルさんの魔術を見られなかったのが残念ではありますが、今回の収穫をもとにしてEクラスの生徒たちのためにも綿密に計画を立てましょう。





