教師生活の始まり
今日から教師生活が始まります。
一通り身支度を終えた私は学院長室へ向かいます。
いきなり職員室に行っても知らない人間が入ってきて驚かれますからね。そうならないようにまずは学院長室へ行ってその後メルファストさんと一緒に職員室へ行きます。
ちなみに私の服装ですが、教師生活が始まる前の休みに街へ行って教師用に新しく服を用意しました。
いつものローブ姿だと少々派手と言いますか。一応教師なのでそれに合う服を見つけて購入しました。出来る教師を見えるために眼鏡なんかも買ったり。
まあでも私が担当するのは実技なのでその時になったらいつものローブ姿に戻りますけどね。形から入ってみるというやつですよ。
職員室で挨拶を済ませた後は全校生徒たちにも挨拶をしないといけないみたいなので大講堂へ向かいます。
メルファストさんの紹介で壇上へ登壇して生徒たちを見てみましたがかなりの数がいます。数えるのは難しいですね。
生徒の数に圧倒されている中、メルファストさんが小声で言ってくれましたが、この大講堂にはシャルルフォーグ学院の全生徒──初等部から高等部まで──がいるみたいです。
そういえば学院の敷地を歩いている時に初等部の生徒や中等部の生徒も見かけていました。その全てがここに集まっているとなるとこの数も納得できますね。
初等部や中等部の生徒たちとはあまり関わることがなさそうですが、実はそういうわけでもなくてお手伝いを任される時があるそうです。まあ私の場合は座学を担当しているわけではないので、お呼びがかからないと思いますが。
全校生徒に挨拶を済ませた後はいよいよ自分が担当するクラスに向かいます。
私が担当するのは魔術学科高等部1学年のEクラス。前にシャルルフォーグ学院まで案内してくれた生徒たちのクラスです。
一応会うのは初めてではないのでそこまで緊張しているわけではありません。どちらかと言えばちゃんと教師が出来るか不安な気持ちが大きいです。
でも、やってみれば意外と何とかなるものですので気負い過ぎることなくリラックスして頑張りましょう。
必要な資料をまとめて。忘れ物がないか確認し終えて。
よし、大丈夫。あとはクラスの方に向かうだけです。
「おやおや、リリィ先生。随分と気合が入っていますねぇ」
「……ワーナー先生」
「聞きましたよ。何でも劣等生クラスの担当をするとか。しかもリリィ先生ご自身がその役を買って出たらしいではないですか」
「ええ。それはそうと教師ともあろう方が生徒のことを劣等生呼ばわりするのは如何なものかと思いますよ」
「私は真実を正直に言ったまでです。リリィ先生が高等部1学年の底辺をどれだけ成長させるのか。期待していますよ、ハッハッハ!!」
高笑いをしながらワーナー先生は自分のクラスへと向かいました。
あの言い方だと期待していると言いつつも本心は無理だと決めつけている感じですよね。
いいですよ、それならそれで。
その代わり、笑っていられるのも今のうちですからね。近いうちに必ずAクラスに匹敵するほどに成長させて一泡吹かせてあげますよ。
「リリィ先生、大丈夫ですか?」
と、心配して声をかけてくれたのはEクラス担任のメアリ先生です。
あれからメルファストさんがメアリ先生と相談し、私は要望通りEクラスの副担任になりましたので教師生活を送る間はかなりお世話になると思います。
「大丈夫ですよ。まだ出会って間もないですけどワーナー先生の性格は理解しているつもりです。ああいう方は気にしたら負けですよ」
「凄いですね。私なんかまだまだ新任で失敗が多くてワーナー先生にも怒られてばかりなんですよ。それを引き摺っちゃうことも何度かありましたし……。って、こんなの言い訳ですよね。教師になったんだから失敗しないように頑張らなきゃ」
「生きていれば失敗することなんてたくさんあります。失敗しない生き方を送る方が難しいです。そこから学べるものだってありますし、私は失敗したっていいと思いますよ。流石に失敗し続けるのは駄目かと思いますけどね」
メアリ先生に言ったのは私の経験談です。
オルフェノク地下大迷宮で生活していた頃、魔物と戦う時は何度も失敗していました。そのおかげで命の危機に陥ったことなんて数えきれないほどあります。
でも、その失敗を生かして勝てた戦闘だって数えきれないほどあります。大事なのは失敗を失敗で終わらせず次にどう生かすかですよ。
「なんか……リリィ先生が私よりも凄く大人に見えます。私の方が年上なのに。本当に18歳なんですか?」
「正真正銘の18歳ですよ」
ちなみにメアリ先生は私よりも4歳年上の22歳です。そして現在独身で彼氏募集中のようです。教師の仕事は出会いが少ないみたいで困っていると言っていましたね。
私も生涯を共にする男性を見つけるべきなのでしょうが、残念ながらメアリ先生同様出会いがない。仮に見つけても旅に付き合ってくれるかどうか……。
まあ今こんなこと気にしても仕方ないでしょう。それに私にはタルトたちがいます。彼女たちがいれば別に寂しくなんかありません。
さて、あまり長話をして授業に遅れるわけにはいかないので良いところで切り上げてメアリ先生と一緒にEクラスの教室へ行きます。
しかし、広すぎるが故に教室へ行くのも一苦労です。校内は覚えたつもりですけど迷ったら絶対に遅れますね。
そしてEクラスに到着。
メアリ先生の後ろをついて行き教室に入ると6人の生徒たちがいました。
彼らは私を見て驚いているようです。一応事前に私がこのクラスの副担任をやると知らされているはずなんですが……。
「皆さん、おはようございます。皆さんも既に知っていると思いますが今日から新しくこのクラスの副担任をやっていただくリリィ・オーランド先生です」
「初めましてではないですけど改めて。この度このクラスの副担任を担当するリリィ・オーランドです。皆さん仲良くしてくださいね。よろしくお願いします」
挨拶をしましたがいまいち反応が良くないような……。
歓迎されているかされていないかと言うと、歓迎はされているみたいです。でも何処か元気がない感じがしますね。シャルルフォーグ学院へ案内してくれた時はもっと元気が良かったのに。
「あの、リリィ先生?」
「何でしょうか、"カティ"さん」
「わ、私の名前……」
覚えていないとでも? 私の生徒になるのだから名前ぐらい覚えているに決まっています。Eクラスは6人だから覚えるのに苦労しなかったというのも理由にありますけどね。あと自己紹介はあの時に軽くしていますし。本人たちは忘れているとでも思っていたのでしょうか。
そして、今は高等部1学年の全生徒の名前と顔が一致できるように頑張っています。ゆくゆくは全校生徒も覚えられるようになりたいですね。
ちなみにカティさんは淡い水色の長髪が特徴の生徒でこのクラスのまとめ役をやっていると資料に目を通した時に知りました。
「それでカティさん、何か質問ですか?」
「……せ、先生はどうしてこのクラスの副担任になったんですか? 先生は凄い魔術をたくさん使えるって噂で聞きました。でもその前から先生が凄い人なのは私たちも良く知っています」
「そう言われると照れますね……」
「だからこそ、どうしてこのクラスの副担任になったのか気になるんです。先生なら私たちみたいな……劣等生のクラスよりも他のクラスの担当をした方がいいに決まっています……」
カティさんの言葉はクラス全員の言葉みたいですね。
まったく困ったものですよ。皆さんは自分を過小評価しています。そのせいで自信が無くなってしまっている。
まずはこれをどうにかしないといけないみたいです。
「実はですね、皆さんの事情は聞きました。それを聞いて私が皆さんの力になりたい、そう思ったからこのクラスの副担任を希望したんです。他の理由は……これは教師になることが決まった後ですが、皆さんを小馬鹿にしたAクラスのワーナー先生を見返してやりたいと思ったからですかね」
「Aクラス……。先生は私たちみたいな劣等生がAクラスに勝てると思っているんですか?」
「嘘を言っても仕方ないのではっきり言いますけど今は無理です。前にチラッとAクラスの生徒が模擬戦を行っているところを見ました。今日の午後に皆さんがどれほど出来るか見ますけど、おそらく彼らと戦っても勝てません」
そう言うと俯いて更に元気を失くす生徒たち。
でも事実です。それは彼らも理解しているはず。
「……わざわざ言わなくてもいいじゃんか……」
ボソッと言ったのは"オーグ"君。丸眼鏡が印象に残る茶髪の生徒です。比較的大人しい生徒みたいです。
「では嘘でも勝てると言った方が良かったですか?」
「それは……」
「それに、私は言いましたよ。今は無理だと」
「じゃあ、いつかはAクラスに勝てるんですか?」
「私は実戦でも十分に戦えるように戦い方を教えるだけ。勝てるかどうかは皆さんの頑張り次第です。でも私は周りからどんな風に言われても挫けることなく学院に通い続けた皆さんなら大丈夫だと思いますよ」
高等部の全学年に共通することですが、クラスの人数はBクラス、Cクラス、Dクラスは最大20人。AクラスとEクラスは最大10人と決まっています。
補足すると六年制の初等部や三年制の中等部は一学年100人程度。特別な事情がない限り一度入学すれば中等部卒業まで通うことが出来ます。しかし高等部への進級は任意です。それもあってか初等部や中等部よりも数が少ないんですよ。
そしてこのEクラスですが、現在は6人ですけど当初は10人いたみたいです。居なくなったのは周囲からの視線や言葉に耐えきれなくなって辞めた生徒たち。
私も彼らがどんな呼ばれ方をしているのか知っていますからね。
それでも今いる彼らは挫けず学院に通い続けている。きっとお互いに支え合ってきたのでしょう。そして絶対に辞めたくない理由がある。
強くなるのに必要なのは実力もそうですが、強くなりたいという気持ちです。でも彼らならきっと問題ないでしょう。
一先ず挨拶を終えて午後までやることがなくなったので授業を受けることにしました。
教師が自分たちと一緒に授業を受けるのに皆さん驚かれていましたけど、気にしないでくださいと言っておきます。
教師になったとはいえ、学力は皆さんよりも劣っていると思いますからね。メルファストさんにも許可を貰いましたし、しっかり勉強させてもらいます。
私が初めて受けた授業はメアリ先生の授業です。
世界の歴史について教えてもらいましたが、内容がわかりやすく面白かったです。新任教師らしいですが流石です。
それからは他の教師たちにお願いして生徒たちへの挨拶も兼ねて色々な教室にお邪魔しました。歳もそこそこ近いので皆さん気軽に話しかけてくれましたよ。
午前の授業も終わり、昼食を済ませた後は午後の授業。
そう、いよいよ私の出番です。
今着ている服だと動きにくいのでいつもの服に着替え第二演習場にて生徒たちが来るのを待ちます。
ただ、やはり服をいちいち着替えるのは面倒ですね。今後楽に着替えが出来る魔術がないか探してみましょう。なければ作ってみるのもアリですね。
そんなことを考えている間にも生徒たちが来たようです。メアリ先生は別の授業の準備があるみたいなので一緒ではありません。
「来ましたね。では早速始めましょう。まずは今朝伝えた通り皆さんの実力を私に見せてください。実戦形式で見せたいのであれば私が相手になりますよ」
そう提案しましたが乗ってくれる人はいませんでした。ちょっと残念です。
最初に来たのはカティ・アルランさんでした。
カティさんは『水魔術』と『風魔術』を主に使うみたいですが威力はそんなに低くありません。魔力の消費は激しいですが強力な魔術も使えるみたいです。
強力な魔術だと長い詠唱が必要になりますが、それは詠唱破棄系のスキルを持っていない者であれば普通なので気にすることはない。十分伸びる素質はありますけど詠唱破棄系を覚えたらもっと伸びるでしょう。
「あの……どうですか?」
「Eクラスなのが不思議なくらい良い魔術です。『水魔術』と『風魔術』が使えるなら上位互換の『氷獄魔術』や『暴風魔術』も使えるようになるでしょうし、派生した『雷魔術』だって使えるようになるはずです。出来るようになるまで付き合いますのでいつでも言ってくださいね」
「あ、ありがとうございます……。私、詠唱破棄系のスキルを持っていないから発動が遅れて……それがずっと続いてEクラスに……」
「そういうことだったんですね。確かに詠唱破棄系のスキルを持っていた方がいいですが、無いなら無いで戦い方があります。それもちゃんと教えますから大丈夫ですよ」
そう伝えるとカティさんは嬉しそうな表情で戻っていきました。
次はミーシャ・シリウスさんとサリー・ファーレムさん。
ミーシャさんは腰まで伸びた金髪碧眼、サリーさんは肩に届かないくらいの銀髪を伸ばした蒼眼の女子生徒。
改めて見るとこのクラスの女子生徒は全員美人ですね。将来はもっと綺麗になっていることでしょう。
と、そんなことはさておき。
二人の魔術を見たわけですが、カティさんより若干威力が低いですね。元々の魔力量が少ないという理由もあるでしょう。
でも魔力量を増やすのはレベルを上げるだけなので特に問題視する必要はないかと。あとは戦闘経験が少ないみたいのでついでにそこも補いましょう。
「二人はもう少し実戦経験を積みましょう」
「「実戦経験……」」
「相手は私の方で用意しておきます。加減も出来る方なので二人の実力に合わせてくれるはずです」
「相手ってこの前先生と一緒にいた男の人!?」
「もしかして先生の彼氏!?」
「彼氏ではないですよ。でもその人に頼みます」
「へぇ、じゃあ私が貰ってもいい?」
「駄目です。彼は私の仲間ですから」
勿論仲間だからというのもありますけど、バエルの彼女になったらきっと大変な目に遭いますからオススメできません。
不満げにミーシャさんとサリーさんが戻っていくのと入れ替わりに大柄の男子生徒が来ます。
彼はベル・ワーストン君。
ベル君は魔力の制御が苦手のようで威力の弱い魔術ならどうにか制御できるみたいですが、高威力となると失敗するみたいです。
苦手をどうにかしようと思って高等部に進級したそうですが、教師たちは手に負えないと諦めたとか。
誰も教えてくれないから一時は学院を辞めようかと思ったところクラス全員が引き留めたそうです。そしてクラス全員で支え合いながら今に至ったと。
「先生。出てきておいてあれなんだが……俺は魔力の制御が苦手で威力の低い魔術しか使えないんだ。見ても意味がないだろうし、それに覚えが悪い俺に付き合ったところで……」
「わかりました。では、ベル君は魔力制御から始めましょう。魔力の制御が出来れば魔術も思うように使えますよ」
「お、俺のせいで時間を無駄にするかもしれないんだぞ!? 俺に時間を使うくらいならカティたちに使った方が──」
「私はこのクラスの副担任になったんですよ。つまり皆さんは私の生徒。まあ私は副担任ですけどね。誰か一人を省くなんてしませんよ。それに、時間は無駄にしなければいいだけの話です」
「俺を、見放したりしないのか……?」
「何言っているんですか? そんなことしませんよ。私が来たからにはしっかり教えますので覚悟しておいてください」
ベル君の魔術が見れなかったのは残念ですがこればかりは仕方ありません。
ベル君の瞳は薄っすらと潤んでいたようにも見えましたが気のせいでしょう。クラスメイトの所に戻った時にミーシャさんとサリーさんに弄られているみたいでしたが気のせいです。
さて、残るは二人。
次に来たのはオーグ・テグファイア君。
オーグ君はどうやら多くの属性の魔術を使えるみたいです。
しかし、数が多くても上位の魔術は使えない。下級、良くて中級の魔術しか使えないみたいです。
それでも十分凄いと思いますけどね。上のクラスでは上級の魔術が要求されるのでしょうか。下級も中級も使い方次第では上級に匹敵するのに。
「オーグ君には多属性という手札があるのでそれを駆使した戦い方を教えます」
「そういう先生は僕みたいに多くの属性を使えるの? 使えなかったら戦い方を教えることも出来ないんじゃない?」
そういえば私の魔術を実際に見せたことはなかったですね。彼らを助けた時もタルトの強力なパンチで終わりましたし。
生徒たちから認められるためにも見せておきましょうか。
オーグ君みたいに色々な属性を使えばいいですね。
ではとりあえず私が使える属性の数だけ槍を同時に作り出します。
その後は適当に魔術で的を造ってそれに向かって発射。言うまでもなく的は木っ端微塵になりました。
「という感じでオーグ君が使える属性は私も使えるので問題ないですよ。ちなみに魔力制御で威力もかなり落としていますからベル君に魔力制御のやり方を教えるのも問題ないはずです」
「す、凄っ……」
「なんかリリィ先生に教えられたら強くなれる気がしてきた!」
「俺も! リリィ先生は今までの教師と全然違うな」
やる気が満ち溢れていますね。これなら最初から魔術を見せておけば良かった気がします。
オーグ君も納得してくれたようですし、次が最後の生徒になります。
名前はアースリィ・ケルンベーダ君。
生徒たちの資料を見た中ではおそらくこの中で一番可能性を秘めている男子生徒です。





