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明けぬ夜はない、というのは本当でしょうか?
これまでの六年間、私はずっと終わらぬ夜の中にいたような気がするのです。
王宮の寝室で私は殿下──この国の王太子アレクサンドル殿下に向かって口を開きました。
「白い結婚ももう一年になりますね。このままではお世継ぎが出来ません」
アレクサンドル殿下にはご兄弟がいらっしゃいません。
病弱だった妃殿下の死後、国王陛下は後添えをお迎えにならなかったのです。
ただひとりをひと筋に思い続ける性格は、そのまま殿下に受け継がれています。
「私と離縁なさって、べつの方をお妃に迎えられてはいかがでしょうか?」
「……それは出来ない」
殿下は沈痛な面持ちで頭を左右に振りました。
「僕には君の実家、公爵家の後ろ盾が必要だ」
「では愛妾をお迎えになられますか?」
「国民に祝福された婚礼から、たった一年でそんなことをしたら国が乱れるよ」
「何年経てばよろしいとお思いになられますか?」
「……」
殿下は押し黙りました。
本当は愛妾など迎えたくないのでしょう。
お父君の陛下と一緒で、これからもずっとただひとりの女性を想い続けたいとお考えなのでしょう。子が出来ぬことで私が責められ蔑まれることなど、どうでもよろしいのでしょう。だって、殿下は──
「ミュゲ様を殺したのは私だとお思いですか?」
「……」
ひとつ年上の殿下が貴族の子女の通う学園へ入学するまでは、政略的な結びつきに過ぎないとはいえ、それなりに仲の良い婚約者だったと記憶しています。
それとも私がそう思い込んでいただけで、殿下は最初から私との婚約を厭っていたのでしょうか。
私が殿下をお慕いしていたから愛し愛されているのだと誤解していたのでしょうか。優しい言葉も微笑みも、恋する私の勘違いに過ぎなかったのかもしれません。
「……すまない。僕は君を愛せない。ミュゲを愛しているんだ」
殿下は悲痛な声でお答えになりました。
ミュゲ様は殿下の同級生でした。私が学園へ入学するまでの一年間で、おふたりは男女の垣根を超えた親友となっていました。
彼女は明るく華やかで社交的で──許されぬ恋をしていました。その相談に乗っているだけだとおっしゃっていましたが、ミュゲ様を見つめる殿下の瞳には恋慕の炎が燃えていました。
彼女が使われていない旧校舎の窓から落ちて亡くなったとき、真っ先に疑われたのは私でした。
だれもが思っていたのです。ミュゲ様の言う許されぬ恋のお相手は婚約者のいる王太子殿下なのだと。
ミュゲ様は裏庭で話していた私と殿下の目の前に落ちていらっしゃいました。それでも人々は私の仕業だと噂しました。公爵家の力と人脈で、あるいは取り巻きに命じて殺させたのだろうということです。
旧校舎で見回りをしていた教員が、中にはミュゲ様以外だれもいなかったと証言したので自殺と判断されたのですけれど、人々の責めるような視線は変わりませんでした。
自殺するまで彼女を追い詰めたのは私だというのです。
そうかもしれません。あのとき裏庭で殿下としていた話は会話と呼べるようなものではありませんでした。私は泣き叫び、相談に乗っているだけだと同じ言葉を繰り返す殿下を責め立てていたのです。
「わかりました」
「カロリーヌ?」
私は殿下から離れ、寝室の奥にある窓を大きく開けて、そこから夜の空へと飛び立ちました。