繋がり
「……それでは、新入生の入学と、今後の活躍に期待してーー乾杯!」
「乾杯!」
入学式を終えて、その夜に開かれたのは生徒会主催の晩餐会。明日から学校なんだから休ませてくれーーという感じだが、学院に入学した者にとっては社交も学業と並んで重要な役目の一つ。今度はきちんと信頼出来る職人に作らせた、菫色のドレスを身に纏う。
「君もそうやって黙っていれば、一端の令嬢なのにね」
「安心して、セオドア。私があんな真似するのはあなたの前だけよ」
エスコート役として隣に立つセオドアがぼそりと呟いたので、私はそちらへ視線もやらずに返す。ゴホン、と急にに彼は咳払い。
「しかし、『レベッカ様!』とすぐさま探しに行くと思っていたが、ここにいてもいいのかな?」
「嫌ね、そんなことしちゃったら害悪だと思われちゃうじゃない。私の欲望は常に二番手。一番はレベッカ様の安寧と幸せよ。……機会があったらでいいのよ」
そう視線を上げる。その先にいるのは当然レベッカ様。身長はますます伸びて、その辺の男性と並んでも遜色内ほどだ。本日は背中が大胆に空いた紺のドレスをお召しになっている。けれど背筋が伸びた綺麗な背中だからいやらしさなんて欠片もないし、むしろ女神や何やの類のよう。遠目だから顔つきはぼんやりとしか見えないのだけれど、美しい。美しいに決まっている。何故ならレベッカ様なのだから。
「学院には慣れることが出来そうか?」
セオドアの言葉で、急に現実に引き戻される。
「さあ、まだ一日目だし。でも、入学前からのお友達もたくさんいるし、勉強は苦手じゃないから大丈夫だと思う。 ……慣れるのは、あなたのほうが苦労したんじゃないの?」
そう返すと、驚いたように彼は目を丸くしてこっちを見た。そんなに反応することか。確かに私の頭の八割はレベッカ様で占められているけど、隣に立つ婚約者を心配できないほどでは無い。
この国では最近、貿易や商業の活発化に伴い、貴族間の分断が大きくなり始めている。よくある「旧来派」と「新興派」の亀裂というやつ。伝統を重んじて、重い税を課す代わりに民をしっかり養おうという旧来派と、新しいものはどんどん取り入れて競い合い、負けたならば去れの新興派。うちはどちらにも属しているつもりはないが、事業に手を出して失敗した末に「商売なんてゴミ!」と言って旧来派に属した貴族達からはやっかみの的だ。それで罵倒の一環として「新興派」と呼ばれることもある。
そして旧来派ももちろん素晴らしい理念をお持ちの方はいるが、末端は「重い税は取るけど生活は知らん!」という奴らばかり。そんな奴らに限って選民意識が強くーー平民で金持ちの彼など、格好の的に違いない。
「まあ、ね。でもいくら貴族様でも人間さ。欲しいものを出してやれば縋り付くし、バカはバカなりに使い所があるって所だよ。繋がりには情なんてなくて十分さ。取り引きと契約さえあればね」
彼は笑った。
しかしその笑みを寂しい、と感じてしまうのは、私が無能で甘いからだろうか。
「ーーじゃあ、私との繋がりも?」
だから、聞いてしまった。すると彼はまた目を見開いてーー手にしていた水を一気に飲み干した。そしてグラスをテーブルに戻し、何やらかしこまったように私へ手を差し出した。
「踊るか」
「どうして、急に」
「婚約者同士が踊るのに、理由が必要か?」
ないなぁ、と私は彼の手を取った。流れているのは、若者らしい明るい音楽。
次の拍子で彼が足を引いたのと同時に、私も一歩踏み出す。それに合わせて、彼の手が腰へと回る。こうして踊っている姿は、割と理想的な部類の婚約に入るんじゃないだろうか。
まあ、繋がりには情なんていらないそうだけど。