私とこの世界と婚約者
「……というのが私と! レベッカ様の! 出会いなの! ……あー無理、好き」
「うんうん素敵だねぇ。もう十回は聞いたよ」
思い出しただけでにやけが止まらない私は、思わず両手で顔を覆う。目の前の相手の反応は見なくても分かる。どうせこちらを見ずに書類と向き合っているのだ。
あの十三のときの出会いから二年。私ももう十五歳になって婚約者も出来た。クレイモア子爵家は、歴史こそ長いが割と柔軟な方。あと現当主……お父様が有能で、あちこちの商売に投資しては大儲けなおかげで、うちはそれなりに裕福だ。
ちなみに私は子爵家の次女、上から数えて三番目だ。お父様は出来た人間なので、子供たちへの教育も欠かさない。ーーけれど、リソースの配分というものもある。上のお兄様とお姉様がめちゃくちゃ有能で、対して私は、凡人の域を出ない人間だ。家業で大きな成功はしなさそう。
で、残る使い道は結婚くらい。合理的な判断だ。
そんな訳で私はーーぱ、と顔を覆っていた手の指を開く。視界に入るのは、長めの黒髪を後ろでひっつめにした、つり目の男。名前はセオドア・リー。爵位はないが裕福な商家の跡取り息子だ。海外の血が入っているらしく、肌は黄みがかっているし堀が浅い。この国では珍しいが、整った顔立ちだ。ーーだから、前世が日本人な私としては妙に親近感が湧く。
そう、私、イライザ・クレイモアは前世の記憶が、日本とかいう国で育った記憶があるのだ。けれど、今世ではそんなに関係のあるものではない。前世では「数学チート」「知識チート」なんて漫画でよく見たけど、私は数学は苦手だし、シャンプーや何やの作り方も知らない。だからまあ、私には前世がある。それで、この国では珍しい婚約者の姿にも好意的になれる。それだけの話。
そう、それで。脂ぎった年寄りと結婚させられる可能性がなきにしもあらずな私が、こうして彼ーーセオドアと婚約出来たのは幸せ、だと思う。
そこに愛がなかったとしても。
彼の家は、ウチの投資先のひとつだったりする。それで今回の婚約は、よくある「これからもよろしくね」の一環だ。だから、ウチから出すのは私でなくても、向こうから出すのは彼でなくても良かった。そんな中でたまたま結ばれた向こうが、こんな特に有能でもない私に情を抱くことはないだろう。それでいい。
……でもそれで私の青春を枯らすのは勿体ないよね! ということで始めたのが、「推し活」だ。推しは説明するまでもないと思うけれど、レベッカ様。あの日私を救って下さったレベッカ・シェリンガム様だ。
まあ、推し活と言っても接点が無さすぎて、今は情報収集するくらいしかないのだけど。
「……ああそれで、どう? 今日はレベッカ様の情報、持ってきてくれた?」
「あのねえ、俺は君と違って平民なの。そう易々と公爵令嬢とお話しできるとでも? それに今は春の長期休暇だ。接点なんて欠片もあるもんか」
肩を竦めながらセオドアは言う。ちょっと腹立つ態度。けどまあ仕方ない。今日の私は気分がいいのだ。
「……しかしまあ、ようやく会う度会う度シェリンガム公爵令嬢の情報を聞かれる日々から解放されるかと思うと、こっちも清々するよ。……君、この春に学院に入学だろう」
「ええそうよ! だから私は気分がいいの。だってレベッカ様とお揃いの服が着れるんだもの」
「それ制服って言うんだけど、知ってる?」
「うるさい、それは言わぬが花ってもんでしょう。あ、でも引き続き情報収集は頼むけど? だって、あなたとレベッカ様、学年一緒でしょう?」
そう、レベッカ様と彼は私より一つ年上。そんな彼女達は、私に先んじて、この国の若者の社交場を兼ねたエリート育成校、王立の学院へ通っている。だからレベッカ様は私の先輩なのだ。先輩、先輩……何かもういい響き。レベッカ先輩……いや、不敬か。
「はいはい、全く君は楽しそうでいいねえ。でも、学院から出された課題は終わったの?」
「もちろん。だってレベッカ様なら、休暇の半分の時点で終わらせているだろうから」
そう返すと、セオドアはまた肩を竦めた。