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いわゆる運命の出会い

「あ・あ・ら! クレイモア子爵令嬢ったら、どうされたのかしら、そのドレスの色は。シェリンガム公爵令嬢と同じ色じゃない? ……よくやるわねぇ、さすが"媚び売り子爵"の娘って所かしら?」

「ええ、本当に。お里が知れますわね。職人の言うなりに服の色を変えるだなんて、貴族としてのプライドがないのかしら?」


……嵌められた。覚えておきなさいよ、あのクズ職人が。仕上がり前になって「お嬢様の雰囲気が変わったから、生地の色を変えたい」と言い出したと思ったら。

そう私が握るドレスの色はアクアマリンカラー。……なんと、本日の誕生会の主役である第二王子様の婚約者、レベッカ・シェリンガム様のドレスとそっくりな色だ。いや、正確に言えば微妙に違うけど、鈍感な人間にすれば似たようなものである。

しかしまあ、色が似通っているのは事実だ。それに、こうして私を取り囲む令嬢達は、それぞれ家格が伯爵伯爵、子爵だけれど父が騎士団のお偉いさん。逆らって得のある相手とは言えない。

――覚えてろ、倍返しだからな。

そう言い聞かせながら、今にも開いてしまいそうな唇を噛む。

そんな私の表情を屈服の印と見たか、にたりのその中の一人が笑った。


「ね、あたくし名案を思いつきましたわ。クレイモア子爵令嬢もきっと、このままではきっとこの場には居づらいでしょう。……変えて差し上げますわ、そのドレス」


そうして彼女が掲げるのは、ぶどう酒の入ったグラス。……ああ、そんなメタなことやる? いいよ、それもまとめて熨斗つけて返してやるから……そう、グラスごと彼女を睨め返した瞬間。


「おやめなさい」


凛、とした声が響いた。

グラスは掲げられたまま、中身が飛び出すことはなく白い手にひったくられーーやがて、その手の主がこくり、と一口で飲み干した。

カツン、とヒールの音が鳴って踏み出される一歩。それに連れて、ピーコックブルーの裾が揺れる。

すっきりとした目元に、薄いくちびる。意志強そうにアーチを描く眉。暗い茶色の真っ直ぐな髪は、今はアップスタイルでまとめられている。

彼女は、はあ、と一度ため息をつきながら額に手をやった後、私を囲んでいた女達を見据えながら言う。


「ヘクター王子のお誕生日であるこの善き日に、いったい貴方達は何をなさっているのか」

「シェ、シェリンガム公爵令嬢!? どうしてこちらに……」

「今は私の質問に答えてくださる? 貴方達は、このぶどう酒で何をしようとしていたのかしら」


公爵令嬢はハスキーな声で問いながら、ひらひらと空になったグラスを揺らす。私達より頭半分高い彼女に見下ろされると、少し威圧感がーーでも。


「……あの、彼女のドレスが、レベッカ様と似ていましたから、その、不敬だと」


一人が歯切れ悪く言う。

す、と一瞬公爵令嬢の緑の瞳がこちらへ動いて、ふと目が合った。すると、「大丈夫よ」と言うように彼女の目が軽く細められた。……え、何いまの。その辺の貴族よりかっこよくなかった?


「貴方達の目は節穴のようね。確かに似ているけれど、全く同じという訳ではないでしょう。……それに、クレイモア子爵とは父がお付き合いがありますが、良識あるお方と聞いております。故意ではないでしょう。……それに、これは少しやりすぎではないかしら」


笑みを消して公爵令嬢は言う。一段階声が低くなったおかげで、さらに威圧感は大増量。

身分でも言い分でもぐうの音も出ない、と言うように女達は目を伏せたあとーー「失礼致しました」と去っていった。

ふう、と彼女は一度息を吐いてこちらを振り返る。


「災難でしたね。ーーどちらか知りませんが、取り引き先は選んだ方がよろしいかと思われますよ。……まあ、私がクレイモア子爵令嬢に言うなんて烏滸がましいかもしれませんが」


と、またそれはそれはかっこいい笑顔を一度こちらに向けてから、彼女もまたパーティーの人混みへ消えていった。

……いやあ、初めてあんな間近で見たけど、あんな美人だったのか。半分惚けて彼女の後ろ姿を見送っていると、「あの」と後ろから声をかけられた。


「レベッカ様が、こちらを羽織れば印象も変わるだろう、と」


振り返ると、公爵令嬢の従者と思しき者が私へ黒のレースで編まれたボレロを差し出していた。

それを言われた通り羽織るとーー分かってはいたけど、さっきまでの雰囲気と一転、すっきりとまとまった。これなら、一見公爵令嬢と似た色のドレスとは分かるまい。


「ーーあの、何とお礼を言えば」

「お礼はいらない、と。私の友人が迷惑をかけてすまなかったとの言付けが」


そう言うだけ言って、その従者はするすると消えた。

羽織ったボレロごと腕を抱きしめながら、彼女の姿を探す。ーー女性にしては高い彼女は、すぐに見つかった。今は、婚約者である王子と歓談中のよう。

物語の騎士のように颯爽と現れ、悪をくじき、おまけにアフターフォローまで完璧。


「……結婚しません……?」


ふと漏れ出てしまった気持ちは、パーティーの喧騒の中では静かに消えた。

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