第一章 8 「告白」
「え、何?」
頬に触れるふわふわの、羽毛布団にも似た感触に驚いて飛び起きる。
ガバッと立ち上がって辺りを見回し、視界に入ってくる様々な情報に彼女は頭を混乱させた。
まず、自分の足元に広がる白く柔らかいものに、靄のかかった枯れ木の森。紫紺、牡丹色、菖蒲色など様々な種類の紫が交わり合う美しい空にたなびく白い雲。
振り返った先には、貫禄を放つ大きな建物が。あれは、神殿だろうか。これまで培ってきた美花のたくさんのゲームや漫画の知識を組み合わせて考えてみても、それはその系統の建物にちがいない。
三途の川、的なものはないのか? 探すが全く見当たらない。
知らない場所に出て強張っていた体をリラックスさせて、とりあえずその場で背伸びをする。
「ここが……あの世、ってやつ?」
天国か地獄か、見ただけではわからない。
「地獄の業火」的な炎が舞い上がっているわけでもなければ、雲の上にあるわけでもない。葉のある森の先には毒々しい色の海が垣間見える。
そして更に視線を移すと__
「…………え」
美花は驚愕のあまり棒立ちになる。
視界には、全身をモノトーンでまとめた地味顔の青年が映っていた。
あちらも同じように突っ立っていたが、その表情は穏やかだった。
「……あーあ」
流れた沈黙の後、口を開いたのは青年の方だった。
「……唯!」
美花は目を見開いたまま絶句していたが、その青年が、自分の友人__唯だとわかると、一気に顔を明るくして一直線に彼女のもとへ走りよろうとした。
「……は」
しかし、だ。
「ちょ……っと待ってくれ?」
唯は手のひらで美花を遮ると、ゆっくりと、深呼吸した。
「え、どうした……?」
「いや……正直思ってなかったわ」
「……?」
先程まで穏やかだった唯の表情が、一気に険しくなる。美花は首をかしげ、「唯?」と友の名を呼ぶ。
「……気にしないでくれ。つーか、お前、死んだのかよ」
彼女の呆れたような目元を見て、美花は自分の場違いな行為を見直した。
呆れて当たり前だ。何しろ死んだのだから。
死ぬ、それがどれだけ大きなことか美花ははっきり自覚していなかった。
旅行にいった、とは違うのだ。
死んだのだ。
現世から存在を断ち切ったのだ。
唯からしてみれば、友人の美花には生きていて欲しかっただろう。
そんな唯の気持ちを推し量らず、美花はただただ再会を喜んでいた。
喜んでいる場合ではないのかもしれない。
「……こんなに早く死んじゃってごめんね」
苦笑いで伝える美花に、唯は手を振って否定した。
「いや、謝らないといけないのは此方の方だ……本当にすまん」
「え、何で……」
一瞬、美花の頭に今朝の夢のことがよぎった。けれどもそれとこれとは関係ない。
「……夢見ただろ?」
「え?」
そして外れる考え。
何故唯がそれを知っているのか。優芽の唯と目の前の唯は同一人物なのか。
混乱し、目をぱちくりさせている美花を見て、唯は咳払いをして話し出した。
「あー……つまりだな。あれは私だ。」
「……ワッツ?」
「単刀直入に切り込みすぎたな。えーとな、あれは俺自身が昏睡状態のあんたの脳内に直接意識を注入して会いに行ったのさ」
「……ワッツ?」
「同じ反応を二度繰り返さないでくれるか」
__つまり、あれは本当に会話していたということだ。
あり得ない。だがある意味妥当な理論だ。ベッドの上で立ったまま寝ていたのも、やけに感覚がはっきりしていたのもすべて納得がいく。
「……そんなことできるんだ。すごっ」
「すごくないすごくない、むしろ酷いぞ」
酷い、という部分に美花は疑問を持つ。
「…………干渉しすぎたんだ。」
「へ? かんぴょう?」
「干渉。他人の物事に口出しや手出しをすること。お前は相変わらずバカだな」
「それほどでも」
「とぼけるな。……変わっていないな、本当に」
美花は頭が悪い。漢字も熟語もよく知らないし、応用問題はあり得ないほど解けない。
けれども、「かんしょう」なんて聞いたことないし普通の十二才は知らないんじゃないか? などと言い訳を考えつくが、唯はもともと学力が高いのだ。
唯は苦笑を浮かべながらため息を吐いて、続きを喋り出した。
「あたしが何に干渉したかっていうとな……」
低い声がもっと下がる。空気が、重くなる。深刻な雰囲気……美花も息を呑んで、次の言葉を待った。
「お前の、寿命だ。」
____私の、寿命?