第一章 2 「感傷」
美花は三年前に、大親友だった進藤日菜を亡くしている。
正確には、生きている。いわゆる植物状態というやつだ。
今でも定期的に病院にお見舞いに行っているが、決して目覚めることはない。
もう日菜が動かないと知ったとき、当時まだ幼かった美花は、泣きわめいて悲しみにうちひしがれて、ろくに睡眠もとらずに風邪引いて……カウンセラーさんにもお世話になった記憶がある。
だから、悲しみにはもう慣れた。
どんなときにも持ち前の明るさで突破しよう。前向きに生きよう。ポジティブにそう心に決めていた。
そして、今に至る。
唯がいなくなっても一人になるわけじゃないし、死んだ2人の分まで三倍楽しんで生きなきゃならないから、もっと頑張らないと。
そう頭の中で自分を制すが、雷に打たれたようなショックはそう簡単に抑えきれない。
もちろんゲームをする気にもなれないので、美花はとっくに本日二回目のゲームオーバーを迎えた「サラダの伝説」をぶち切った。
秒針の悲しげな音がよりいっそう静寂を際立たせる中、美花は立ち上がり、廊下をゆっくり歩いて、固定電話の受話器を取り、母親のスマートフォンに電話をかけた。
少しでも、この複雑な感情を誰かに訴えたいと思った。
「もしもし、どうしたん?」
母親の間の抜けた声と、電話の相手を知りたがる妹のうざったい声と、デパートの喧騒が入り交じって美花の閑散とした脳内を満たしていく。
「……あのね」
軽く息を吸って、言った。
「唯が死んだって。」
「え、そんなに仲良かったっけ?」
「……え?」
顔が歪む。酷い。そんな言葉は欲しくない。そう言われても仕方ないのは仕方ないかもしれないのだが……
__仕方ない、か。
実際、美花と唯は共に登下校をするだけだった。
近くに住んでいるため、同じ駅から電車に乗って、同じ道を歩いて学校に行って……最初は別々だったが、美花が声をかけたのが始まりで仲良くなったのだ。
だが、学校では一言も会話をしなかった。
唯は常に膨大な陰キャ臭を放出していて近寄りがたかった。それよりも、目つきが怖い。
美花もそうだが、大抵の人はその視線に跳ね返されて逃げるようにその場を去る。
班を作るにもクラスで行われる強制参加のレクリエーションに出るも、いじり集団が押しかけてきても、唯は一言もしゃべらなかった。
他に友達が多い美花は、登下校の短い時間など母との会話の間で話題にしない。
通学路が一緒、とは言ったはずだが、それだけの仲と思われたのだろう。確かに美花の中でも友達以上親友未満という認識ではあるが、寂しい……のは寂しい。もちろん、悲しいし、他人事ではない。
それなのに、この母の応答のせいで、美花の心の感傷に不快感がプラスされてしまった。
「もう切っていい?叶花がちょっとうるさいんよ」
「あたしあんたより可愛いの買ってもらうんでー?」
叩きつけるように、受話器を振り下ろした。
鼓動が早まっていく。
(こんなに冷たい親だったっけ?)
そして、追い討ちをかけるように妹のムカつく一言が刺さる。
自慢話なんて要らない。勝手に裏切られた気分になっていた。
美花は深呼吸して、それから手を離す。やるせなく無気力に床へ倒れこんだ。
ひんやりした感触が、彼女の心に染み渡っていた。