舞い落ちる天使-2
必死の形相ではなく、号泣しながら自称天使様は良太の脚にしがみついて懇願している。
「すみません!すみません!調子に乗りましたー!誠に申し訳御座いません!」
リリスと名乗った女性は、見た目だけで言えばとても日本人には見えない。さらっと見ただけだが、160cmぐらいだろうか?平均的な身長に服のせいでもあるが強調している胸とくびれたウエスト。そこから察する長い脚。
なによりも、純白の髪が日本人離れ…いや、人間離れしていたのだった。
とりあえず、こんな場面を人に見られたらどんな誤解を受けるか分からない。逆に通報されかねないと思った良太は、出来る限り普通にリリスに声をかける。
「わかった、わかったから一先ず脚から離れてくれないか?」
「通報は?」
「しないしない」
涙と鼻水でベトベトな顔で見上げるリリスは、まだ疑いを持ったような表情をしながらも渋々脚から離れていった。
ズボンが湿っているのを気にする良太だったが、それ以上に顔がぐしゃぐしゃなリリスの方が気になる。
良太は肩から掛けていたバックをゴソゴソと物探しハンカチを取り出した。
「とりあえず、顔拭けよ」
得体のしれないとはいえ、女性の涙は苦手だ。せめて涙ぐらいは拭いて欲しい。
「ありがと……チーン!」
「鼻かむんじゃねぇ!」
予想外の行動に思わず大きな声を上げてしまうが、そんなのはお構い無しだ。グシグシと顔を拭き全力で鼻をかんだリリスは、再び良太の方を向き全身をくまなく見ていた。
まるで品定めしているかのような視線に良太は少しゾクゾクしてしまう。
「ふむ…真性のMか…まあ、それ以外はノーマルもノーマル、笑っちゃうぐらいのノーマルね」
「えっ?バカにされてる?」
初対面かつ非現実的な出会いをしたリリスと言う女性が放った言葉に良太は怒りすら沸かなかった。何度も繰り返された「ノーマル」と言う言葉は自分でも自覚していたからに過ぎない。
そして「真性のM」もだ…
そんな言葉攻めに自分を取り戻した良太は、改めてリリスと向き合う。それは身体だけではなく、その正体ともだ。
「あのー…キミはいったい…」
いざ正体と向き合おうとも、スラスラと言葉が出てこなかった。それも当然だろう。あんな登場の仕方をした女性にかける言葉が簡単に見つかるはずがない。
戸惑いながら恐る恐る声をかける良太と正反対にリリスは至って普通だった。
「一体も何もさっき言ったじゃない。セクシー・エンジェル リリスちゃんとは私の事よ!」
「さっきはセクシー・エンジェルなんて言ってねぇだろ!」
「そうだった?まあ、細かい事は気にしない気にしない。天使である事には代わりないんだから」
またまた自称天使を名乗るリリスに良太は警戒心を強めスマホを強く握る。
「あぁー!また通報しようとしてる!」
「ソンナコトハナイアルヨ」
「なんでカタコト?とりあえず、そこは信じてよ!私のアイデンティティなんだから」
そこは「存在意義」では?と頭をよぎるが、突っ込むと話が進まないと悟った良太は、華麗にスルーを決め込み別の質問を投げ掛けた。
「えぇっと……レイヤーさん?」
「誰がコスプレ祭りよ!」
どうやら良太もパニックらしい。ありきたりの言葉だが「お前は誰だ?」とか「何者だ?」とかボキャブラリーの欠片も無い言葉すら出てこない。
とりあえず、女性が落下してきた事が夢か現実かを確かめるため……
電柱に頭突きした。
「……痛い」
「えっ?危ない人?」
お前には言われたくない!の言葉を飲み込み、代わりに夜の冷たい空気をおもいっきり肺に入れる。
それにより少しだけ冷静になれた良太は意を決して再び声をかけた。
「何者なんだお前は?」
「うっわ……ボキャブラリーが欠落したセリフね……」
「気にしてるんだから突っ込まんでくれ!」
一向に話が進まない二人。
そんな状況に耐えられなくなったのはリリスであった。呆れた表情を隠しもせず、片手を腰にあてゆっくりと話し出す。
「まあ、信じれないかもしれないけど、私は本物の天使なのよ。じゃないとあんな高さから落ちて無事なわけないじゃない」
いや、問題は足場も無い中で空中にいた事だろう……などと不粋な事は言わずリリスの言葉に耳を傾ける。
がしかし、話ている内に興奮してきたのか調子に乗り始めたのか次第に早くなる口調。ゆっくり話せば本物の天使を思わせる綺麗な声だが、こうも早口だとただのアニメ声だ。
しかもその内容は身の上話。リリスの正体についての明確な答えは無い。そんな話を十分ぐらい聞いていた。否、聞かされていた。
ようやく満足したのか、話しきったのか分からないがゆっくりとした綺麗な声に戻る。
「と言うわけなの。分かった?」
「あぁ……ってか、リリスって名前サキュバスみたいな名前だな」
「やめて!トラウマを抉らないで!天使だっていっぱいいるんだから、たまにはそんな名前あってもいいでしょ!いや、あんた私の話聞いてた?」
見も知らぬ人の話を長々と聞けるほど良太は悟っていない。
「もう!じゃあ、猿でも分かるように言うわ!」
「誰が猿だ!?」
「そう!私は恋の天使!あなたの恋を成就しちゃいます!」
どこの魔法少女だろうか?と真っ先に思ってしまうようなポーズを取るリリスであった。そんなポーズに胡散臭さを感じた良太は……
「で、本当は?」
「いやーちょっくら天界でやらかしまして、地上に落とされちゃいました。あっ、でも恋の成就は本当だよ」
さっきのポーズとはかけはなれた頭の後ろ手を回し腰を低くするリリスだ。
「まあ、誰でも良かったのよね実際」
「お帰りはあちらです」
「ちょっ!見捨てないでー!」
誰でも良いと言われてまで付き合う必要は無い。むしろここまで話に付き合って上げただけでも称賛ものでは無いか?などと良太は思いながら歩みを進める。
そして、何も無い中躓いてしまった。
「ぶぇぇぇぇん!捨てないでー!」
「やめろ!勘違いしかされねぇセリフ吐くんじゃねえ!」
またもや脚にしがみつかれ涙と鼻水でズボンを濡らす良太であった。
「見捨てないでー!あなたしかいないんだってばー!」
どうしてこうも他人が聞けば確実に誤解されるセリフを吐けるのか?そんな事を考えつつ良太は警戒心をマックスにし頭の中で考える。
(いや、何だよコイツ?自称天使とか言ってるし、さらには恋の天使?さっき振られた俺に対するタイムリーな嫌がらせか?見た目の異常さといい……イタズラか!?そこの曲がり道から看板持って誰か出てくる手の込んだイタズラか!?)
某テレビ番組を想像した良太は、リリスに脚を掴まれながら頭だけ左右に動かし曲がり道に視線を向けた。
「………………」
「………………」
そして目が合ってしまう。
「…………おおうぅ」
「…………これはドコに連絡すれば?警察?いや、弁護士事務所?」
看板は持っていないが、曲がり角を普通に歩いて来た男が独り言を呟く。
良太はその男に向かい……すぐさま土下座した。
「通報は勘弁して下さい!」
「おうおう……凄い絵面だなこりゃ……」
その男が目にした光景は、土下座する男の脚にしがみつく女性の姿。
「取り敢えず証拠確保っと」
パシャ
「えっ!?何、激写しちゃってるの?」
男が手にしていたスマホから眩しいフラッシュがたかさる。
「証拠能力不足ってか?なら動画で……」
「いやいや、そこが問題じゃなく!」
「びぇぇぇぇ!捨てないで下さいーっ!」
「お前も冤罪に拍車を掛けるような事言うんじゃねぇーーーっ!!」