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舞い落ちる天使

 ある夏の夜。



 人気の無い公園の外灯の下。


 一組の男女。



 男性は緊張の面持ちで女性の目を見る。



 女性は顔は男性の方を向いているが、明らかに視線は外れていた。



 一方的な視線を向ける男性が意を決したように女性に向かい言葉を投げ掛ける。



 コンマ数秒、女性はその男性に向かい返事をしたのであった。



「無理です!」



 決意の告白…



 一瞬にして男性は振られてしまった。



  立ちすくむ男性に一瞥くれる事もなく女性は身を翻しスタスタと歩き出す。まるで仕事帰りにコンビニに寄って帰宅するかのごとく「日常」の空気を身に纏っていた。そこには罪悪感の欠片も感じられない。



  それはこの告白が予測されたものであり、返す言葉も決定事項として女性の中にインプットされていたからだった。



  男性にとっては優しくない予定調和の世界…



  女性にとっては迷惑極まりない予定調和の世界…



  既に女性の姿は男性の視界から消え去っていた。告白からここまで一分に満たないぐらいの儚い恋物語が終演を迎える。



  それを認めたくなかった男性は女性の姿が視界から消えてやっと我に帰る。



  振られたショックのせいだろうか?小刻みに肩が震えていた。そして、そのショックを声にして吐き出す。



「無理って何?ごめんなさいとかお付き合い出来ませんならまだしも無理って!?…人間性そのものが無理って事ーーーっ!?」



  切ない遠吠えが無人の公園に響いた。



  時刻は21時を少し過ぎたぐらい。人気の無い公園だからまだよかったが、一歩間違えば不審者扱いの警察案件になりそうな遠吠えだ。



  それを気にしたわけでは無いが、いつまでもこの黒歴史発生地帯で立ち尽くすのも気が滅入ると悟った男性は、両足捻挫しているのでは?と思うような足取りで公園を後にした。



  ふらつく足取りは道づたいのブロック壁を擦りながら何とか歩いている。そんな状態でしか歩けないぐらいの疲労感。それは全て精神疲労だ。



  そんな疲労感が子泣き爺のごとく重くのし掛かりながらも家路に向かう。



  何もかもが気だるい…



  このまま車にでも牽かれて異世界召喚でもされないかな?などと意味不明な現実逃避が頭をよぎる。



  だが、現実はそんなに甘くない!


  ズボンのポケットで震えるスマホを気だるく取り出し、表示されているメッセージに目を凝らす。



(誕生日おめでとう!)



  涙が出てくる。



(10連敗?11連敗?誕生日に連敗記録更新とはお前も心底M体質だな)



  涙が溢れだした。



  本来ならこのまま首を垂れながら家路に着き布団の中で涙を流しながら引きこもるつもりだった。そんな行為が黒歴史に拍車をかける事などお構い無く。



  だが、こんな通知を見てしまったからには男のプライドが許さない。



  真っ直ぐ歩けば十分程度でたどり着く道をドリフトのように右折する。と同時に百メートル十秒前半で走れそうな勢いで猛ダッシュで駆け抜けた。



  実際にはそこまで速くはないが、それに近い速さで走っていた。それだけの肉体的ポテンシャルを持っていたのだった。



  本格的な陸上のフォームでは無いが、第三者から見ても何らかのスポーツをしている、もしくはしていたのがわかるぐらいバランスの取れた走り方。180cmはあろう身長が前屈みにならず背筋を伸ばしたまま爆走している。



  髪型自体は短髪はないが、かといって長髪でもないありふれた髪型。目に掛かるぐらいの前髪が走る風圧で横になびく。



  正面から見れば男性の顔がハッキリと見えた。



  その表情は…



  悪鬼羅刹!



  普通にしていれば、多分…自称ではあるがフツメンであろう。



  しかし、今はただのなまはげでしかなかった。



「悪い子はいねぇかぁぁぁっ!」とは流石に言っていないが、間違いなくその姿を見た子供は泣き出すであろう。今が夜であって良かった。



  ただ、泣く子供はいなくとも…



「きゃぁぁぁぁっ!へ、変質者ーーーっ!」



  すれ違った女性からの悲鳴に男性の心は号泣していた。数十分後この近辺でパトカーのサイレンが鳴り響いたのは言うまでもない。



  そんな存在そのものが犯罪者になりかけている男性の名前は 「才木 良太」と言う。北は北海道 札幌市に住む20才 大学二年生だ。それなりの長身、それなりの体躯、それなりの面構え、極々普通のモブのような外見を持つ男性だが、唯一他人を凌駕するのは性格の勢いだけだった。



  自己分析ではなく他人からの評価であるからには無視できない。「そうなんだー」と自分で認めざる得なかった。実際にそうであろう。たった今フラれた傷心真っ只中なのに安い挑発に乗って爆走しているのだから。



  ほぼ全力で走っていたせいで呼吸も乱れだす。数分であろうが無呼吸の全力ダッシュは削られた精神以上に体力を削っていた。



  徐々にスピードを落としランニング、ついには歩きへと変化させていく。目的地が近いという理由もあったが、なにより全身に使った酸素のせいで少しだけ頭が冷えたのであった。



  何を言ってやろう!と冷えた頭で考えるが明確な答えは出てこない。本人を前にしたら何らかの罵声は出てくるだろう。などと勢いまかせな考えをしながら目的地への最後の交差点を左折する。

 


  住宅街の狭い路地。残り直線百メートル程度。外灯も少なく曇り空なのか全体的に暗かった。高層ビルも無い、民家から漏れる光もブロック塀によって遮られている。



  そんな痴漢ポイント…ストーカーポイント…みたいな薄暗い路地で良太は片手を上げ目を隠すような仕草を取ったのであった。



「眩しっ…!」



  薄暗い路地なのに良太の目に大量の光が入り込む。実際はそこまでの光量ではないのかもしれないが、薄暗さに慣れた目にとっては薄目になるぐらいの明るさだった。



  車のヘッドライトか?と薄目のまま前を見る。しかし、光の軸は正面からではなかった。光に痛む目より好奇心が勝った良太は、ゆっくりと光の軸の元へ視線を向ける。



  光の元はほぼ頭上にあった。



「マジか…」



  あっけにとられる良太は「誕生日に女に振られ、挙げ句のはてに宇宙人に拉致か…ファンタスティックだな…」などと現実逃避の真っ只中。こんな異常状況から逃げ出そうなんて思考が向かない。



  パニック状態に近い良太はそれでもその場から逃げ出そうとはしなかった。逃げる行為そのものより、光の正体への感心が強かった。頭上の光は煌々と輝いており、薄目であっても白い空間にしか見えない。



  高層ビルも建っていない住宅街。飛行機やヘリコプターが飛んでいる音も聞こえない。なのに頭上から舞い降りる光はまるでスポットライトだ。



  良太は無意識のままスポットライトの真下へ移動し口を開けたまま光を見る。



  ようやく光が弱まったのか目が慣れたのか分からないが、少しだけ光の中心点を見る事が出来た。良太は薄目を凝らして中心点を凝視する。



  そこにあったものは…



「…………お、女っ!?」



  高度数十メートルはあるだろう。光のせいでハッキリした姿は確認出来ないはず。それなのに良太は見切ったのであった。



「あ、あれは…おっぱい!間違いない!」



  ハンターを凌駕する童貞アイが得体の知れない物体を女性と認識させたのである。



  うつ伏せ状態で光の中にいるおっぱい…否、女性の真下に立つが、おっぱい以外は光に包まれ確認する事が出来ない。普通の人であればおっぱいすら確認するのは不可能であろう。人型の物体?ぐらいの把握がせいぜいだ。



  なのに良太は自信を持って断言する。



「D!」



  あえて何が「D」なのか明言はしないが、つい先ほどまで精神的にDEATHモードだった男性とは思えないぐらいの切り替えの早さである。



  犯罪臭のする視線をおっぱいに向けていると、次第におっぱいが下降してきた。



  ゆっくりと



  ゆっくりと



  良太は無意識に両手を前に出す。



  ゆっくりと



  ゆっくりと



  微調整をしながら腕の中におっぱいが収まるよう移動をしていた。



  ゆっくりと



  ゆっくりと



  残り数十メートル。腕の中に収まりそうな位置を確保し、あとは収まるのを待つだけだった。



  ゆっくりと



  ゆっくりと



  ゆっくりと



  急降下!



「危ねぇっ!」



  反射?少し故意的な動きで瞬時に一歩後ろに飛び退けていた。



  今までが異常だった女性のゆっくりとした降下が急に正常になり、重力を受け落下してきたのであった。



  まだ高さは十メートルほどあっただろうか?そんな高さから普通に落下した女性は、ヒキガエルのようにアスファルトに潰されていた。



  ピクピクと微かに動いている。どうやらDEATHってはいないようだ。だが、この高度と速度を考えると無事ではないだろう。



  ピクピク動くヒキガエルを前に良太は両手を合わせる。



「南無阿弥陀仏…」



「勝手に殺すなーーーーーっ!」



「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」



  お経に反応した女性は勢いそのままに立ち上がったのであった。



 まるで軽く転んだかのように服に着いた汚れをパンパンと払い落とす。その姿はとても落下してきたようには見えないごく普通な行動。



 しかし、その服装は一言で言って…



「あー…そういう店は興味ないので」



「誰がコスプレ喫茶のキャッチよ!」



 誰もそこまでは言っていない。がしかし、その突っ込みは正解だった。住宅街に似合わぬ真っ白なフリフリの着いたドレスのような衣装。大きく開いた胸元が推定Dを強調している。



 なにより腰まで届きそうな長い髪。外灯の光を反射させているその髪は、とても綺麗で現実味の無い純白。



 そんな容姿をしている女性が普通にその辺にいるはずが無い!



 いや、普通の登場では無いが…



 色々と突っ込みどころ満載だが、この女性が何者なのか順序を追って確認しようと声を掛ける。



「えぇーと…どちら様?」



 初対面の得体のしれない女性に聞く聞き方ではないが、そんな言葉しか出てこなかった良太は少し困惑していたのだろう。



 それは仕方ない事だ。



 そんな失礼な言い方に女性はむっとする訳でもなく、外灯をスポットライト代わりにして良太に向かいポーズを取る。



「刮目せよ!プリティ・エンジェル、その名を…」



 もったいつけて溜めを作る。どこからかドラムロールが聞こえてきそうだった。



「恋の天使!リリスちゃんでーーす!」



「…………あー…………すみません、妄想と現実がごちゃ混ぜになっている女がいるのですが…えっ?それは警察じゃなく救急車?あはは、そうですね」



「通報はやめてーーーっ!」



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