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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
可憐な誓詞と憂愁の暁鐘
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第三章

 《波旬皇(マクスウェル)》が《皇坐碑(キャメロット)》と共に空へ浮上した。

 そんな、ファンタジーど真ん中な馬鹿馬鹿しい光景を見上げつつしばらく話し合った結果、チカの魔術で空を飛んで接近することになった。

 流石に転移のゲートを直接開いて乗り込むのは、色々リスクがあるらしい。

 まず、座標を失敗すれば空に放り出される。それならまだいいが、魔物の軍勢の中にいきなり孤立させられたり、最悪の場合生き埋めになったりと、面倒な想像は幾らでも尽きない。

 であれば、安全に目で確認して突入する方がいいとなったのだ。

 もちろんこれにも問題はある。

 まず、飛行型の魔物に対処をしないといけないこと。次いで、対処に魔術を使えば魔物に感知され、突入地点を占拠されかねないこと。最悪は、《波旬皇》が直接出向いてくることだ。

 最後に関しては最早考慮するだけ無駄だと切り捨てる事にして。最初はいいとしても、二番目がネックだ。

 出来る限り魔物とは戦わず、力を温存して《波旬皇》との戦闘に臨みたい。その為には隠密が必須で、最大の障害が魔物なのだ。

 イヴァン達の話では、現在進行形で《皇坐碑》内に数多の魔物が生まれている最中らしい。

 何せあの空飛ぶ逆さまの山は《波旬皇》の魔力の塊だ。当然、溢れ出した魔力は形を成して衝動の権化となっている。

 言ってしまえば、これから俺たちは《波旬皇》の腹の中へ飛び込もうというのだ。警戒と対策はし過ぎて悪いということはない。

 であれば、何が必要か。

 そう考えた時に真っ先に候補に挙がったのが、ラグネルの《匣飾(コウショク)》とトリスの《識錯(シキサク)》だった。

 《匣飾》の力は魔力の波長を変質させることが出来る。これで、魔物……《魔堕(デーヴィーグ)》を真似た波長を身に纏う事で、敵の感覚を欺く。

 次いで、《識錯》の力で見た目も偽って、魔物の姿で潜入する。

 これならば相手が高位でもない限りまず見破られることはない。幾ら《波旬皇》でも高位の《魔堕》を短時間にそう沢山には生み出せない。つまり、《波旬皇》周囲には居ても、《皇坐碑》の外周部には中位以下の魔物しか犇いていないという事だ。

 だがこれは、乗り込んだ後の話。

 まずはどうにかして魔物に気付かれずに《皇坐碑》の地を踏まなければならない。

 最初に考えたのは、カレンの力やチカとシビュラの魔術で透明化でもして接近することだが、これはユウに却下された。

 できれば感知されるリスクは最小限にしたいし、何より対《波旬皇》の力となるカレン達の力を無為に消費したくないとの事だ。

 俺としては底無しの魔力があるから別にいいのだが……そもそも魔力を使う事を避けたいと強く言われて仕方なく頷いた。

 その語調から、どうやらユウは魔瞳で俺の体の事を看破している節があると気付いた。明確に言葉にはしないが、魔障に侵されていることを見透かしているようなのだ。

 そんな状態で魔力を使えば、魔障が進行する。その僅かな綻びが、いざという時に足を掬いかねないと懸念してのユウの意見だ。

 彼女の言葉に首を振って、ここで魔障の事をばらされたら面倒だ。特にショウ辺りには出来れば知られたくない。

 けれどもしかし、だったらどうするべきかと悩んだところで意見を出したのはメローラだった。

 それは何とも彼女らしい脳筋的思考。ばれないように忍び込むのが難しいなら、いっそのことそれを逆手に取ればいいという話だ。

 具体的には班を二つに分ける。陽動班と隠密突入班だ。

 陽動班が思いっきり魔物の気を引いて突入地点を作り、隙を突いて本命が上陸する。この場合俺は当然後者であり、バトルジャンキーなメローラは前者だ。

 それに、これならば俺だけでなくラグネルやトリスの負担も減る。最初から戦う事を織り込んで突っ込めば、突入して襲撃を受けるより幾らか心構えもできる。

 問題があるとすれば、魔物を掃討しきることはまず不可能で、その分《波旬皇》に割ける戦力が減る事だ。が、それに代わる案があるわけでもなく、最終的に彼女の策を採用することとなった。


「なら、陽動は僕とメローラ。ショウとユウの担当でいいな?」


 《共魔》の中で最も血の気が多い、《志率(シソツ)》のメドラウドと、戦う事しか頭のない《渡聖者(セージ)》。それから、魔瞳(まどう)による幻術で多数相手を得意とするショウとユウのコンビ。

 メローラに関しては魔障を使う事で単純な破壊力が随一となる。暴れて操り、攪乱して引き付ける。陽動には持って来いな面子だ。


「あぁ。悪いが任せる。俺達の突入が終わるか、危険を感じたらすぐに退いてくれ」

「OK。んで、ミノたちが乗り込んだら、そっち目掛けてゲート開けばいいってこったな?」

「誰かが乗り込めばそこを目的地に定められますからね」

「座標を特定する目標はどうしますか?」


 カイウスの声に続いたユウの問いに、マリスが手のひらサイズの鉱石を取り出す。

 それは、俺達もよく知る最も単純でこの世界に普及している魔具。


「この魔力石にメドラウドの魔力を秘めておけば、ゲートを開くには十分でしょう?」

「そうだな。ちょいと時間貰うぞ」


 言って、マリスから魔力石を受け取ったメドラウドが己の魔力を込め始める。10分もあれば準備が整うはずだ。


「……まさか、あんな石ころが作戦の要とはな。これだけ強力なメンバーが揃ってるってのに、なんつうか……負けた気分なのは何なんだろうな?」

「いいじゃねぇか。それだけ信頼に足るってことだろ? コーズミマに最も普及してる魔具だっけか?」

「ミノ、あんな石に負けたんだ」

「うるせぇ」


 何でカレンは楽しそうなんだよ。お前も一緒だろうが。


「それに、石は正しさの証明だからな」

「…………?」

「『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい』。とある有名な人物の言葉だ。この一言で、諍いさえ治まる」


 イエス・キリストが言ったとされる言葉。人は石に…………意志に勝てないのだ。

 だからこそ、感情を奮い立たせる。不可能や無価値に思える理想を胸に抱いて、顔を上げる。

 嘘のない感情こそが、生きる原動力だ。


「石に投げられるんじゃなくて、使う側なら文句はないだろ?」

「…………へりくつー」


 反論が思い浮かばなかったらしいカレンに勝ち誇れば、彼女は傍にあった石を拾って俺に投げた。

 だから、お前がそれを大切にしないでどうするんだよ。




 細かい部分を打ち合わせし終えていざ動き出す。

 空を飛ぶという不思議な感覚も直ぐに受け入れて身を委ねれば、見据える視界の中で少しずつ《皇坐碑》が大きくなっていく。

 空と言う比較対象の少ない場所の所為で距離感とスケールが掴み難くよく分からないのだが……。万単位で人を収容できるくらいには巨大な一つの都市を見上げて、改めて息を呑む。

 こんなのを飛ばす親玉とこれから雌雄を決めようというのだ。結末など全く読めない。

 けれども、負ければそれで終わり。俺達のいなくなったコーズミマの世界は崖っぷちに立たされて、《波旬皇》との終わりなき全面戦争へと突入することとなる。

 いっその事蹂躙しきって平定してしまった方が平和とさえ思えるが、魔物の存在意義を考えればそうはならないのだろうと至る。

 かの存在は負の感情の塊。その体の奥底には、ストレスの発散と言う自覚無き衝動が渦巻いている。その為、サンドバッグとなる人類がいなければ、遠からず魔物は自然消滅してしまうのだ。

 それを避けるためには、人を根絶やしにしてはならない。例え戦いが終わっても、人は魔物の管理下で存続し続けるのだ。

 その内、アーサーや《魔祓軍(サクラメント)》。そして俺のような転生者が再び現れて、魔物を退け討滅なり封印なりをするまで、支配という平穏を享受することとなる。

 そんな世界に、俺の求める自由はきっとない。だから、己の尊厳を自ら掴み取るために、俺は刃を携えるのだ。


『よし。この辺りから作戦開始だ。メドラウド、そちらは任せる』

『あいよ。また後でな』


 飛行型の魔物がこちらを感知するギリギリを見極めて二手に分かれ、行動開始。陽動班である四人がそのまま真っ直ぐに《皇坐碑》へと突っ込んでいくのを横目に見ながら、俺たちは迂回して突入地点へと向かう。

 しばらくすると魔術の光などを散見し始める。接敵したらしい。


『殆どは向こうが引き付けてくれるだろうが、こちらに気付く奴もいるはずだ。そこに関しては頼むぞ』

『あぁ』


 こちらの迎撃は俺の役目。感情を宿さないシビュラの魔術は、その特性上力を行使しても魔物を引き寄せ難い。つまり、増援がやってくる確率が減るのだ。

 敵が来なければ隠密上陸は可能性が上がり、そもそも魔力の消費が少なくて済む。完全なゼロではないが、最も理想とする現実的な形だ。

 そうこうしていると猛禽のような飛行型の魔物がこちらを捉えて突っ込んでくる。

 直ぐにチカに頼んで頭一つ集団から抜け、擦れ違い様にそれを討ち滅ぼした。

 どうでもいいが、今叩き潰したのは車ほどもある大きさの中位の魔物。そんなのが単独で当然のように存在することに、今更ながらに敵の強大さを知る。

 とはいえ俺達にとっては中位など物の数には入らない。最小限の魔力消費で切り抜けるだけだ。


『次、前から二。上から一』

「上?」


 脳内に響くシビュラの声にバレルロールの要領で一瞬頭上を確認すれば、遠くに宙を落下してくる点が見えた。

 死角から襲い掛かられると面倒だと、後ろに指示を飛ばして回避行動を取らせる。次いで俺も横によければ、先ほどまで俺の居た場所を圧し潰すようにダルマのようなフォルムをした魔物がそのまま垂直落下していった。

 そこで思い出す。アーサーが画として見せてくれた過去の《皇坐碑》。その光景では、雨のように引っ切り無しに魔物が《皇坐碑》から落下してきていた。

 空飛ぶ魔物の都市。それは、爆雷を満載した空母だ。

 つまり、今のがその一つ。無視し続ければ……《波旬皇》の討滅が長引けば、その分だけ地上に対処の難しい強力な魔物が溢れることになる。

 ここならまだ俺達が対処できるが、上陸してしまえば魔物の落下を直接防ぐ手はなくなる。これは、タイムリミット付きの不退転の最終戦争だ。

 下を掃除する時間はない。もう退却は許されない。俺達か、《波旬皇》か。どちらかが勝者となるまで、終わらない戦いだ。


「無駄な奴に時間を取られてる暇はないな。下の奴らには悪いが、落下するのは無視だ」

『分かった』


 短い返答に合わせて、直ぐ傍に作り出した魔力の弾を突っ込んでくる魔物に向けて(けしか)ける。

 迷うだけ答えは長引く。シンプルな答えだけを胸に抱いて、愚直に邁進しろ!




 陽動が功を奏したのか、殆ど魔物と遭遇することなく突入地点へと到着できた。

 突入地点と言っても、単純に陽動を行っているメローラ達の真逆。流石の元《魔祓軍》の頭の中にも、浮遊都市である《皇坐碑》の地図は入っていなかったのだ。

 つまりここからは、《波旬皇》を探して手探りに進むしかない。

 が、こちらには幾らか頼れる手段がある。その一つが魔障の繋がりだ。

 魔物の魔力が体に流れ込み内側から蝕むことで魔物化が進行するのが魔障と言う存在だ。であれば、逆探知の要領で魔力の元である魔物を辿ることが出来るのだ。

 けれども、それを俺が大々的には行えない。カレン達は理解してくれているが、イヴァン達《共魔(ラプラス)》には魔障に罹っていることを告げていないのだ。それは単純に、懸念を増やして彼らの邪魔をしたくないからだ。

 この期に及んで俺一人で片が着くとは最早考えていない。イヴァン達が俺の魔障の事を知って気を取られてしまえば、そこから足が掬われるかも知れないのだ。

 無駄な情報は必要ない。ここからはただ《波旬皇》を討滅する事だけを考えていればそれでいい。

 では代わりに誰が逆探知の役割をするのかと言われれば、俺と同じ境遇にいるベディヴィアだ。


「よし。……それで、どっちだ?」

「あの真ん中の建物だ」

「……まるで城だな」


 ベディヴィアの声に素直な感想を零す。

 見渡す景色は城下町そのもの。一面、土を固めて作られたらしいその光景は、空中都市という言葉がよく似合う光景だった。

 そんな中で一際目を引くのが、《皇坐碑》の中心に(そび)える建物。サグラダ・ファミリアなのかアンコールワットなのか。はたまたモン・サン=ミシェルなのか……。なんにせよ、俺の知識で言うところの有名な建造物……どこかの世界遺産のような荘厳さを纏った、魔力で作られた城だ。


「ラスボス戦には持って来いなロケーションだな。ゲームみたいで逆に安心する」

「私は結構気分悪くなりそうなんだけど……」


 魔王城とでも呼ぶべき見た目に一周回って感動さえ抱いていると、隣のカレンが割と真剣な声で零す。


「ここ、《波旬皇》の魔力で浮かんでるから負の魔力に包まれてるんだよね。まるで《波旬皇》のお腹の中に入ったみたい」

「この島そのものが《波旬皇》と言っても過言ではない。きっと既に私達の上陸は気付かれている。直ぐに行動した方がいい」

「なら早速始めるか。チカ、もう一度飛べるか?」

「無理。そもそも着地したのは飛行魔術が妨害されるからなの。ここからは普通の魔術は一切使えないと割り切って」

「そうか。だったら仕方ないが、走って行くしかないな」


 魔術が使えないとなると、《波旬皇》に対抗する手段が限られる。それだけ不利な状況で、それでも現状を覆して価値を掴む必要がある。

 ラストダンジョン要素満載だ。

 今なら《皇滅軍》として面倒を背負って尚燃えると言っていたショウの気持ちが少しわかる。……いや、そうして気持ちを奮い立たせないと一歩を踏み出すのさえ覚束無(おぼつかな)いくらいに、敵の強大さに委縮しているのだ。

 それでも、やるしかないのだと。全てを投げ捨てる覚悟で走り出す。

 その最中、近くを走るカイウスに尋ねる。


「なぁ」

「なんですか?」

「魔術が使えないんだろ? けどお前達は《波旬皇》を追い詰めて封印した。その力……《皆逆(カイギャク)》や《慮握(リョアク)》って何なんだ?」


 トリスと戦った時に、彼らの力は魔術ではないと言っていた。だから《波旬皇》を封印するに至ったのだろうが、魔術で無いならなんだというのか。

 そう問えば、彼は一瞬呆けたように間を空けた。


「……まさか気付いてなかったんですか?」

「なにだが」

「ぼく達は元《魔祓軍》。つまりあなたと同じ転生者です」

「それは知ってる」

「ではあなたも知っているはずです。転生者だけが持つ特別な力を」


 言われて、彼の言いたいことを察する。


「……じゃあなんだ。封印の時に死んだお前らは契約してた魔剣を体に受け入れて《共魔》となった。その時に魔剣の力を転生者の力として振るえるようになったってことか?」

「逆に、不思議ではありませんでしたか? どうしてぼく達《共魔》が、転生者としての力を使わないのか。その片鱗をあなたが一切見ていないのか」

「……なるほどな」


 細かい理屈までは今更どうでもいい。彼らは《共魔》になったと同時に転生者としての力を失い、代わりに契約していた魔剣の魔術をその身で行使できるようになったと、つまりはそういう事だ。

 人由来の間の力ではないから《波旬皇》の影響も受け辛いと、そういうからくりらしい。


「じゃあベディヴィアは。あいつは転生者としての力を使えるのか?」

「えぇ、恐らくは。彼が転生に際して得た力は魔力の収束です」

「魔力の収束?」

「簡単に言えば、自分以外の魔力に干渉して制御できるんです。彼の場合は《庇擁(ヒヨウ)》の力と合わせて使う事で、視界外の魔術も自らへ誘引して肩代わり出来るんですよ」

「……なら、それがなければ、本来《庇擁》の力は目に見える魔術にしか効果が及ばないのか」

「そうですね」


 とはいえ大きく戦局を変える力ではない。言ってしまえばエレインの《霧伏(キリブセ)》の魔力コントロール。それの下位互換だ。


「言いたいことは分かります。なので、そういう意味では力の根源である魔力を膨大に保持しているあなたは、全ての可能性を秘めているのです」

「それもカレンとの契約あってこそだがな」


 カレンの想像の刃と俺の底無しの魔力。二つが合わさることで《波旬皇》に対抗する刃となる。

 だがそれは、今では無理な相談だ。


「ま、やれるだけやるだけだ」

「えぇ。決着を。ただ、それだけを────」


 己に言い聞かせるようにカイウスが呟く。

 それこそが、ここにいる者達のたった一つの願い。

 この世に願われる、皆の希望だ。




 遠くへ見える城へ向かう道中。幾つかの魔物を蹴散らして進む。

 流石《波旬皇》の居城と言うだけあって、相対する魔物はその全てが中位以上。これが今も尚下の戦場に投下され続けているのだと思うと、想像の景色に影が差す。

 彼らの為にも出来るだけ早く決着を手繰り寄せなければ。

 そう、一歩進む(ごと)に思いを募らせて走れば、やがて俺たちは見上げる程に大きな城へと辿り着く。

 魔力で作られたそれは、青墨色の絵の具をぶちまけた巨大なイミテーションの様で、異界の建造物染みた禍々しさはない。だからこそ、何度か目にしたことがある城そのままの光景に、変な緊張感が競り上がってくる。

 これがもっとファンタジーに魔王城然としていれば、無駄な考えなどせずに突入できたのだろうが……。


「なんだか似てるね」

「《波旬皇》は歴代の転生者を取り込んできてる。その分だけ人の世界の知識を得てるんだ。想像で作り出す城も人の世のそれに似るのは当然だな」

「……ね、ミノ。《波旬皇》ってやっぱり────」


 彼女も薄々感づいてはいたのだろう。けれども言葉にするのは(はばか)られて、明確に音にはしてこなかった。

 そしてそれは俺も同じで……なにより認めてしまうと大義を見失ってしまう気がするから、そうして言葉にし掛けたカレンの頭を少し強めに撫でて先を遮る。


「どうであろうと、やることは変わらない。俺達は理想を現実に変えるだけだ」

「…………うん」


 言葉を呑み込んだカレンから手を放し、(さて)と改めて焦点を目の前に結ぶ。

 人の城を模した目の前の巨大な建造物は、模したが故に何もかもがよく似ていて。ここに来られる時点で全くと言っていい程意味をなさない城外壁に沿って掘られた深い堀と、吊り上げられた跳ね橋。城壁の上にはこちらを睨む高位なのだろう《魔堕》の姿が散見出来る、至って普通で堅牢な要塞だ。

 こういう場合、内通者によって内側から門が開けられたり、裏道から侵入したり。はたまた空から降下で突入したりと色々思い浮かぶ物だが、現状そのどれもが再現不可能な作戦だ。

 とすると取れる択は最初から一つで、最も分かりやすく面倒な手段だけ。


「小細工してもしょうがないな。正面突破で真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。それでいいな?」

「えぇ。……それから、先に伝えておきます。ここからは基本的にミノの指示に従います。貴方が私達の要です。何があろうと、(つい)(きわ)までお供致します」

「重い信頼だが、どうせ誰がやってもそう変わらない役目だしな。何かあったら言う」

「はい」


 気にすることはない。いつも通りにやるだけだ。

 それに、俺の指示に従うからと言って、完全な指示待ち人形になるわけでもない。いずれやってくる最終決断を俺がする、それだけの事だ。

 何より────


「ま、折角肩並べて戦う仲間(・・)だ。精々頼らせてもらう」

「……えぇ、そうですね」


 気恥ずかしいが、言葉にする。

 俺は彼らを、部下や共犯者などと思っていない。

 そんな気持ちが伝わったのが、イヴァンが優しい笑顔で答える。


「では、行きましょうか」

「あぁ……!」


 頷けば、イヴァンが指を鳴らす。ぱちんと小気味よく響いた擦過音が火種になったように、視線の先の跳ね橋を吊るすロープが翡翠色の炎に焼かれて切れる。

 風を押し退けるような重い音と共に落下した橋が砂埃を巻き上げて大地に架かれば、それを待っていたように正門が開いて中から多数の魔物が波濤の様に襲い掛かってきた。




 当初の作戦通り、出来る限り力の消費を抑えて突き進む。

 ベディヴィアの指示で向かうのは、気取って《波旬皇》が待ち構えている玉座の間だ。そこにいることは、同じ魔障を体に宿している俺も分かる。

 近づく度にその存在を強く感じる。

 胸の奥の、彼との繋がり。運命でも何でもない、ただ存在を繋げ合っただけのそれが、けれども今は俺がここに立つ意味となる。

 事ここに至っても、正直《波旬皇》と対峙する明確な理由は俺にはない。そもそもここに担ぎ上げられたのは、俺がカレンと契約を交わしたからだ。

 だが、その繋がりも今やなくなり。その時点で役割を外されていてもおかしくなかった。

 イヴァン達だって、その事には気付いている。だが、その上で俺がここにいるのは、俺の言葉にしない我が儘を彼らが酌んでくれているからだ。

 俺は英雄になりたいわけじゃない。ただ、見届けたいのだ。

 《波旬皇》を知る者として、そんな彼と────


「っ!?」


 息を詰めて、切り結ぶ。

 音さえ置き去りに刃を交わして、至近距離から見つめ合う。

 そうして、いけ好かない金髪碧眼を見つめ返して、不敵に微笑み告げた。


「来てやったぞ、《波旬皇》っ!」

「上等だ。かかってこい」


 売り言葉に買い言葉。胸の奥から湧き上がる感情に任せて、その力を行使する。

 溢れ出した青墨色の魔力が刀身を覆い軌跡を描けば、その瞬間には既に彼が後方に跳躍してこちらを睥睨していた。

 玉座の間の扉を開け放った瞬間に交わされた一合。たったそれだけで、けれども俺と彼が、同じ舞台に立つ。

 覚悟がなければ、今頃俺はすぐそこに転がっていた。その未来が成らなかった時点で、俺はあのラスボスに認められたのだと。筋違いも(はなは)だしい肯定に浅く呼吸を吐いて感情を発露させる。


「行くぞっ!!」


 途端、方々から溢れた魔力。遅滞戦闘も作戦も関係ない。最初から全力で相手を滅する事こそが、この場に立つことを許されたたった一つの条件。

 それに応じるために、底無しの感情を、執念を、願いを力に変えて、走り出す。

 真っ先に斬り掛かったのはイヴァン。彼は転移魔術で空間を跳躍し、《皆逆》の力を真正面から振り下ろす。

 その全力。翡翠の魔力を散らした一撃と、《波旬皇》の色なのだろう……俺の魔障と同じ青墨色の燐光を瞬かせた一閃が交わり、戦端を開いた。

 瞬く間に舞台が構築され、それぞれが役目を持って動き出す。

 描き出されるのは元《魔祓軍》が対《波旬皇》にと研鑽した命を預け合う連携戦闘。言葉での意思疎通は一切ない。《慮握》によって皆の思い付きが共有され、その先から攻撃となって繰り出される、刹那を終幕まで繰り返し続ける波状攻勢だ。

 《皆逆》の力によって《波旬皇》の力を否定するイヴァンを中心に、エレインの《霧伏》による魔力操作や、ラグネルの《匣飾》による透明な攻撃が絶え間なく叩きこまれていく。

 そんな、呼吸さえ忘れたような流れの中に、思考さえ置き去りに俺も身を投じる。

 最早誰かを気遣うつもりはどこにもなく。ただのスタンドプレーが瞬き死した瞬間に連携に早変わりしているという不思議な舞台の上で踊る。

 迷う必要はない。ただ、純然に。思いつくままに衝動をぶつかれば、それが全てとなる。

 混戦の中、仲間を斬ることを恐れない。否、そもそもそんなことは起こり得ない。そんな考慮は誰もしていない。

 ただ振るう。それだけが、まるで決められた台本の様に噛み合う。

 その中心にいるのは────カレンだ。

 彼女は今、唯一《波旬皇》を討滅しきる刃を振り翳しながら、この戦場全体を支配している。

 その想像が描き出すのは、神の手によって作られた箱庭。誰もが役割を全力で演じる、都合のいい独り善がりだ。

 カレンが願う。ただそれだけで、噛み合っていないはずのスタンドアローンが奇跡的に折り重なっていく。見えない歯車が次々に混じり合い、舞台装置さえ勝手に作り上げて物語が綴られていく。

 そこでは、誰もが主人公であり、誰もが誰かの脇役。ありもしない答えを導き出す、悪魔の所業。

 それが……それこそが、世界に願われた奇跡。常識を、倫理を、世界を書き換える────因果逆転の刃。

 想いを束ね、形と為す。《珂恋(カレン)》と()を刻んだ、たった一振りの現実だ。


「はぁっ!!」


 紅蓮の尾を引いて、《波旬皇》の頭上から落下しながらの大上段。その一撃が、《波旬皇》の握っていた剣を両断する。

 カレンならば────カレンだけが、《波旬皇》と対等に……その上を行く。

 だからこそ、欲張らずにはいられなくて。俺の胸には、今もまだ一つの理想が燃えている。

 カレンはきっと気付いている。後は俺が、そこに辿り着くだけ────

 そうすれば、きっと。

 最早考える事さえ放棄して真っ白な思考のまま、体だけが結果を求めて我武者羅に疾駆する。

 気付けば潜り込んでいた《波旬皇》の懐。最初の転生者、アーサーを模したその体に、魔障を纏わせた逆袈裟を(はし)らせる。

 だがその一撃は、物理法則などまるで無視した背後への回避で避けられる。微かに、剣の切っ先が胸に数ミリの裂き傷を作り出したが、それでは足りない。

 次はもっと深く…………。

 理想だけを思い描く。

 それとほぼ同時、距離を取った《波旬皇》が宙に浮いたまま右腕を天井へ向けて掲げた。

 何かが来る。考えるよりも先に咄嗟に後ろへ跳躍してその場を離れれば、入れ替わりに頭上から巨大な塊が落下して、床に巨大なクモの巣を張り巡らせた。

 続けて、玉座の間のあちこちで同じような振動が重なり、その理由を目で捉えて隠すことなく舌打ちする。


「クソが。当然のように面倒なことしやがって……!」


 そこにあったのは……否、いたのは。俺達と《波旬皇》の間を阻むようにして壁の如く猛然と立つ《魔堕》の軍勢。その数、十数体に及ぶ、(いず)れも高位の魔物達だ。

 まるで小石でも放る感覚で呼び出された《魔堕》達。その一体だけで、《皇坐碑》の遥か下にある前線を簡単に崩せる暴威が、俺達を敵として認識し、咆哮を響かせた。

 重なり合う声にならない声が空気を震わせ、壁に嵌っていたガラスを一斉に弾けさせた。


「チカっ、シビュラっ!」

「分かってる!」

「任せて」


 だが、高位程度(・・・・)ならば今の俺達の敵ではない。それに、魔障を使わなくても十分に討滅できる。

 無駄に疲弊する必要はないと一旦魔障のコントロールをやめ、代わりにチカとシビュラに頼る。

 大規模魔術と感情のない魔術。質量の暴力と弱点を突く切っ先は、どちらも魔物の対抗手段足り得る。

 そんな二人の魔術の内、小規模なシビュラの魔術が先に構築された。出現したのは、炎や風と言った自然現象を身に纏った動物たち。鷲に、狼に、牛にと。様々な形態をしたそれらが、一斉に《魔堕》に向けて突っ込んでいく。

 が、向こうも知能を持つ存在。その身に宿った力を発露させ大きな魔力の棍棒等を作り出すと、それぞれは小さな魔術である脅威を(ことごと)く無力化する。

 個別の力量では高位である《魔堕》の方が上。素直にぶつけただけでは届く前に封殺される。

 だが、だったら対処しきれないほど強大な魔術をぶつけてやればいいと。

 シビュラの魔術が叩き伏せられるのと同時、今度は魔術編纂を終えたチカの魔術が顕現する。

 それは、俺の影から伸びた黒い茨。まるで生き物のように空を這うそれは、瞬く間に視界を覆うほどに絶え間なく出現し、《魔堕》の巨体を貫き、包囲していく。

 拘束と刺突による膨大な量の攻勢。茨が茨を食らうが如く《魔堕》に向けて殺到しては、次から次へと刺し貫いていく。

 やがて茨の塊となった《魔堕》が動きを止め、その場に縫い留められる。


「流石の規模だな」

「………………死ねばいいのに」

「まだ」


 吐き捨てるような侮蔑(ぶべつ)は俺に……ではなく睨むように見据える茨の塊に向けて。次いでシビュラが端的に零した刹那、魔物を貫いていたはずの黒い茨が内側から弾け飛んだ。

 その体は無傷であり、存在を誇示するように《魔堕》が叫ぶ。

 その様子を忌々し気に見つめ、チカが零す。


「……あいつ、《波旬皇》から生み出されてる。だから普通の魔術じゃ効果ない」

「そりゃ面倒だな」

「でも平気」


 魔術の効かない高位の《魔堕》。そんなのが戦場に現れれば、瞬く間に戦意が(くじ)かれ大混乱へと陥ってしまうだろう。

 だが、それでも俺は動じることはなかった。

 シビュラの声に頷いて構える。


「行けるな?」

「誰に物言ってんの?」

「効かないなら、効かせるだけ」


 チカの大規模魔術は効果がない。シビュラの魔術は小規模過ぎて届く前に封殺される。

 だったら答えは単純だ。

 シビュラの感情のない魔術をチカの魔術編纂で強力にしてやればいい。

 そしてその媒介として、二人の契約相手である俺が束ねてぶつけるのだ。

 答えが分かれば、後はそこまでの道筋を作るだけ。それだけの時間を稼ぐだけ。

 無駄な魔力を使う必要はないと、使い捨ての魔術で気だけ引きながら《魔堕》の攻撃を全て(かわ)す。

 視界の端で、カレンやイヴァン、ベディヴィアが難なく高位の《魔堕》を斬り伏せるのを少しだけ悔しく思いつつ、俺は俺だけを見つめて駆け回る。

 そうして、他の者達が三体目の魔物を討滅したのとほぼ同時。胸の奥に束ねられた一つの魔術を現出させた。

 魔術の形は、エンチャント。一度発動してしまえば、その能力を付与し続けるという破格にして単純な力だ。

 対《波旬皇》製《魔堕》の付与術式。それを身体強化の要領で握った剣に宿し、一足飛びに距離を詰めて振り抜く。

 感情を宿さない、魔物を殺すだけの魔術。まさしくプログラム染みたその一撃が、こちらに伸びた巨大な拳を手首から切り落とす。

 悲鳴のような声を瘴気にして振り撒く魔物に掛ける慈悲はなく。次いで足を斬って膝を突かせれば、既に的となった巨体に思いきり振り被る。

 刹那に、一瞬だけ魔力を注ぎ込んで魔力の大剣を(かたど)ると、その斬光が微かな尾を引いて《魔堕》の体を上下に両断した。

 呼気を吐き出し振り返れば、最後の悪あがきにと伸びてきていた、俺を圧し潰さんとする掌。だが、それが影となって視界を覆うのと同時、魔力の粒となって空間へと霧散して消えて行った。

 カレン達に後れを取ってしまったが、これでどうにか舞台には上がれる。討滅とまではいかなくとも、ちょっとした脅威として《波旬皇》を脅かす程度にはなったはずだ。


「チカ、シビュラ」

「分かってる」

「次は《波旬皇》」


 すぐさま先ほどの魔術を再編纂。今度は対《波旬皇》へと書き換えて再び宿す。

 すると剣に纏ったその魔力の光は、太陽の輝きのように芯のある黄金色を放ち始める。

 チカの琥珀。シビュラの黄色が混ざっての事だろう。微かに小さな雷のような魔力も散見出来る。

 そう言えば、琥珀は擦ると静電気を生み出すのだったか。偶然かも知れないが、らしさに少しだけ気分が持ち上がる。

 《波旬皇》と相対するのだ。感情で負けるわけにはいかない。どんな些細な燃料でもくべて燃やし、刃を突き立てる衝動にしなくては。

 その為には、己に(おご)れと。慣れないながらも思考をポジティブに振り切らせて、全能の勇者にでもなった気分で切っ先を向ける。


「さぁ、行くぞ。覚悟はいいな?」


 魔物を全て倒し終え、魔力の残滓が息苦しい程に漂う玉座の間で。改めて刃を交えようと挑発すれば、傍観を決め込んでいた《波旬皇》が剣を構える。

 次いで深呼吸。胸の奥の熱い昂りを冷静に御して瞬きを一つすれば、その瞬間には目の前にいけ好かない金髪碧眼のイケメンが存在していた。

 意識の隙間を縫うような空間跳躍。本来であればそのまま串刺しにされても誰にも文句の言われない須臾(すゆ)の攻撃に、けれども体は無意識に反応する。

 悪意感知による反射行動。俺の時間では既に過去の事として、突きの一撃を跳ね上げた目の前の体に問答無用で魔力で強化した蹴りを放つ。

 亜音速から遷音速(せんおんそく)までコンマ以下の時間で加速した《波旬皇》の体が、二つの破裂音と共に一瞬で壁まで遠ざかる。次いで彼の通った後に舞い上がった砂塵や瓦礫が巻き込まれ、視覚化されたマッハコーンが出現した。

 蹴り一つで衝撃波(ソニックブーム)が出現するまで加速した体が、壁を瓦解させる音と共に魔力の煙に包まれる。その事実に、考えていた仮説が立証されて少し嬉しくなる。

 《波旬皇》の力は強大だ。対策もなく対峙すれば、こちらが攻撃を繰り出す前に何もかも無力化されてしまう。

 それは彼の持つ特殊能力……感情操作によるものだ。

 魔力の元である感情。それに干渉して根源から否定する。結果、《波旬皇》に魔力を用いた攻撃は通用しなくなる。

 だが、その力でさえ《波旬皇》の魔力に依存しているに過ぎない。つまり、《波旬皇》の感情操作は彼の感情が敵性魔力の否定をイメージしなければ発現しない力だ。

 カレンの力がそうであるように、全ては想像から始まる。

 であれば、まず考えさせなければいいだけの話だ。

 この世界の魔力に物理学のどこまでが通ずるかという検証。その答えの一つとして、遷音速……音と同等か、それ以上であれば先んずることが出来るようだ。

 音の速さは条件によって変動する。その為、この世界のこの空間おけるマッハ1……いわゆる音速がどの程度なのかは俺にも分からない。

 が、今し方の蹴りはその壁を突き破って《波旬皇》を吹っ飛ばした。マッハコーンが目に見えて出現したのがその証拠。

 そしてその結果、《波旬皇》は純粋な物理的暴力に(さら)されて為す術なく壁まで吹っ飛ばされた。衝撃に耐えきれず、魔力で編まれた城の壁が破綻した。

 つまるところ、科学的に《波旬皇》の能力を凌駕する手段が存在するという事だ。

 まぁ、これに関しては先に《波旬皇》と戦った時に、光の速度を遅くして相対的に時間超越を錯覚させたことからも十分に可能性は考えられたわけだが。それはいいとしようか。

 今の俺にカレンとの契約で得られる、《波旬皇》と真正面から対峙するだけの力はない。だが、だったら別のアプローチをと考えた結果至ったのが、この方法。

 物理限界内での魔力定義とその超越だ。

 とりあえず、音速を突破すれば《波旬皇》の能力を無力化できる。だがこれは、刹那の話だ。

 まず、俺自身が音速で動くことはできない。当然、相対的に《波旬皇》の知覚や思考速度をを過減速させることも出来ない。

 つまり、純粋に常識の範囲内で音速を越えた結果を生み出さなければ、《波旬皇》に俺の攻撃は通じない。

 今の蹴りは不意打ちでどうにかなった。だが、再現はもう難しい。であれば、音速以外の、もっと簡単な再現性の物理法則を見つける必要がある。

 とはいえ、俺の知識など高が知れている。とりあえず思いつく先から実践するしかない。

 ……それこそ、カレンや《波旬皇》の力の本質と同じように。

 魔力は感情論。想像力だけが、未来を斬り拓くのだ。


「さて、まずは蜃気楼だ。化学的に視覚情報を惑わせて隙を作るぞ」

「簡単に言ってくれるわね。あたしたちはその原理も知らないってのに」

「でも、やる」


 魔力の申し子であるチカやシビュラに科学の知識はない。流石に今から様々な現象の原理を説明する暇もないし、そもそも説明できるかも怪しい。

 とりあえず蜃気楼は大気密度と光の屈折によって生まれる。条件さえ再現できれば細かい部分はどうだっていいし、再現できるまで魔術でトライアンドエラーを繰り返すだけだ。


「シビュラ、空間制御と空気の操作。チカ、それをこの空間全体に適応しろ。上下で空気の温度に差を付けろ。そうすれば虚像が生まれる」

「なにそれ、意味分かんない。……けど、そういうものなんでしょっ!」


 言うが早いか、複雑な陣を展開するチカ。

 魔術で再現する物理現象。これは、魔術で分身を作り出すわけではない。そんなことをすれば魔術そのものが無効化されてしまう。

 だが、チカやシビュラが物理や化学を知らないように、《波旬皇》もその手の知識は皆無に等しいはずだ。なにせ彼がこれまで倒して取り込んできた転生者は全て過去の人物。俺の知識にあるような十分に発達した科学技術は、彼にとって魔法と見分けがつかないはずだ。

 だが、その実起きているのはただの物理現象。魔術で行っているのはその条件を整えているだけ。

 目に見える結果だけを追い駆けて少しでも気が逸れれば、こちらの攻撃を通す隙になる。最初から最後まで通用しなくていい。

 少しずつ。手を変え品を変え、《波旬皇》の意表を突いて彼を削り、討滅する。

 過去、《魔祓軍》が、《波旬皇》が知り得なかった知識で、立ち向かう。

 これこそが俺の…………人の、生きている証。

 知識と知恵こそが、世界に突き立てる刃なのだ。




 あの手この手で《波旬皇》を(あざむ)きつつ攻防を繰り返す。

 途中で陽動として出向いていたユウ達が合流し、改めて今持てる全力で《波旬皇》討滅に向けて時間を賭し始める。

 元《魔祓軍》としてメドラウドが加わったことにより、彼らの連携も更に膨大な枝分かれを見せ始める。

 魔物を操るメドラウドの《志率》。それ単体では《波旬皇》には効果のない力であり、彼がいなくても《共魔》の連携は十分に機能していた。だが、力は使い方次第。

 約40年前に打倒《波旬皇》と掲げて積み重ねた彼らの臨機応変な戦術は底が見えず、大枠はどこかに通っているのに攻撃するたびに景色が変わる戦いという流れは、少し戦い方の分かった俺には飛び込み辛い領域だ。

 しかし、スタンドアローンでは限界があり、互いをサポートする連携こそが自分を守り敵を倒す事への最短距離。だからこそと、彼らの和を乱す事さえ呑み込んで思いのままに身を委ねる。

 ここに来るまでに彼らと知り合い、理解を重ねてきた。それでも一朝一夕には呼吸は噛み合わず、最初は歯車が軋む。

 しかしそれを補ったのは、自身も《波旬皇》と戦いながら余裕をもって望めているカレンだった。

 彼女が願うだけで景色が修正される。同士討ちしそうだった攻撃が不自然に噛み合い、足りなかった踏み込みが知らず足される。

 カレンの想像が、俺を組み込んだ連携の景色を描き、現実に書き換える。

 お陰で致命的な破綻は起こることなく交錯は繰り返され、そうこうしていると段々とイヴァン達との呼吸も噛み合い始める。

 それは、気付けば使い始めていた感知能力。シビュラとの契約で得た恩恵だ。

 悪意を……負の感情を捉えることで、目に見えない世界を追い駆ける。まるで自分を中心にドーム状の感覚器官が張り巡らされているようなその感覚は、こちらに向けられる悪意の強弱や距離、本能的な脅威度を考える前に把握する。

 言ってしまえば、精度のいい勘。嫌な予感が膨れ上がれば、それを否定しようと体が動く。

 まるで障害を排除するだけのプログラムと化したかのようなその本能が、やがて理性と噛み合い始める。

 意図して選り分ける認識。敵と味方の線引き……呼吸、未来。

 《波旬皇》の前では意味をなさないカイウスの《慮握》さえ霞む、都合のいい意志疎通。

 それは感情を……魔力を媒介とした、繋がりの力。

 《共魔》の体の奥にある魔の力を感覚で捉え、その魔力の動きから次の行動を予測する。誰が何処にいて、何をしようとしているのかを察し、自分がいるべき欠けた穴を埋めていく。

 その繋がりが、完全に噛み合う。

 振り下ろした剣が、役目を終えたように砕けて魔力になって溶け行く。空になった掌には空虚感。けれども不安は一切なく、次いで腰だめに抜刀の構えを見せれば、静かにそこから次の刃が放たれた。

 チカの術式編纂とシビュラの空間倉庫の術式。それをバイパスに俺が引っ張り出したのは、これまで何度も振り回されてきた────人工魔剣。

 誰かが繋いだゲートの先から、次なる得物を勝手に拝借する。けれどもそれさえ無意識の流れの一つであり。更に振るい続ければ、壊れた人工魔剣の中から噴き出した数多の魔物が、メドラウドの《志率》の力によって統率され《波旬皇》に向けて嗾けられる。

 その時には既に、俺の手の中には次の人工魔剣が一振り。

 攻撃は、鳴り止まない。仲間の進路を横切って《波旬皇》の攻撃を叩き落せば、次の瞬間にはその仲間が俺を突き飛ばしながら《波旬皇》に急接近。

 一見押し退けたように見えるそれも、気付けば前に進む加速の力となって側転から大回りをして金髪イケメンの背後へ。

 いつの間にか身に纏っていたラグネルの《匣飾》による透明化によって、ほんの刹那だけ敵の認識を欺く。

 俺を押し退け、先に攻撃した……今し方その顔を確認できたベディヴィアが横に距離を取る、その間断に。常識など無視していつの間にかこっちに向いていた《波旬皇》と切り結べば、ほぼ同時にエンチャントされた一蹴が暴力的に碧眼の側頭部を襲う。その蹴りの主がエレインであることを知ったのが、俺が《波旬皇》に弾き飛ばされ、メローラの大上段が振り抜かれた後の事。

 最早誰が攻撃しているかなんて誰も考えていない。連携をしている感覚すらない。感知をしているはずなのに、仲間の居場所ですら把握も曖昧だ。

 だというのにこの波状攻撃は何時まで経っても途切れることなく延々と紡がれ続けていく。

 不思議な感覚だ。自分の事はこんなにはっきり意識できるのに、それを覆う巨大な何かを見渡せば、自分が何処にいるのかを見失う。

 スタンドプレーから生じる偶然の連携。はたまた、全て筋書き通りな舞台の台本。

 そのどちらとも言い表せない。けれどもそれ以上でも以下でもない蒙昧で煩雑な奔流。

 そんな、個にして集団の極致とも言うべき場所に至って────尚、見えない頂き。

 まだ足りない。これでは《波旬皇》を討滅できない。

 実力の。無意識の、その先へ。

 意識し、想像する────結果だけの未来へ。


「ぁはっ……!?」


 手の中の人工魔剣と体が、見えない何かによって真逆の方向に引っ張られる。手首が捩じ切れる前にと手放せば、勢いは落ちずそのまま壁に背中を打ち付けた。

 咄嗟にシビュラが衝撃を殺してくれるが、消しきれなかった結果が肺を圧迫して乾いた空気を喉から漏らした。

 既にどれだけ戦い続けただろう。黒々と渦巻く雲のような何かは空を覆い、今が日中なのか夜なのかすら分からない。当然ながら時間の感覚も曖昧で、《波旬皇》と戦い始めてから随分経ったようにも、僅かの間にも感じられる。

 体の疲労は底が見えず。既に自力で動かしてなどいない。戦えているのは、底無しとも言うべき自らの魔力を糧とした、強化と自らを操る魔術のお陰だ。

 気力さえあれば立ち上がれる。

 …………けれども、その希望が、儚く揺れる。

 見えないのだ。この戦いの終わりが。どうやって勝てばいいのか、明確な想像が描けないのだ。

 攻撃を叩き込んで、削っても削っても。まるで《波旬皇》が倒れる気配はない。全てを嘲笑(あざわら)ってひっくり返す弱点のようなものも探したが、見つからない。

 それはまるで、そこに存在していないように。この世の全ての悪意を煮詰めたような存在なのに……だからこそ、どうすればいいのかが分からない。

 世界そのもののような概念。諦めてしまう方が余程楽だと思える、敵なのかすら曖昧な金髪碧眼。

 死という存在が死に抗うような矛盾。死、故に死ねない。

 そんな、存在意義さえ破綻したような、定かではない敵。

 こんなの、どうやって倒せというのだろう。感情の集合体のような、形のない敵を。この胸の内の衝動すら否定するような行いを。一体誰が為せるというのだろう。

 感情を殺せ。物理的にもほどがあるその命題に、答えが何処にあるのだろう。


「大丈夫?」


 顔を上げれば、そこにいたのはカレンだった。こんな時でさえ少女らしい可愛らしさを損なわないその姿に、思わず笑みが込み上げてくる。


「……凄いな」

「…………全然。だってほら、私には無理だしねっ」


 絶望によく似たその言葉には、希望ばかりが詰まっている。

 交わした主語無き会話は、まるで心を読んだように伝わり合う。


「でも、それはやっぱり嫌だから。そうじゃない可能性を、ずっと探してる」


 何故そこまで笑えるのか。そんな問いが声になる前に、カレンは答えた。


「正直、どうしようかなって」

「でも嫌なんだろ?」

「嫌だけど、それしか見つかんないんだもん…………」


 拗ねるように言うカレン。

 実を言うと、俺も一つ見つけている。だがそれは、何もかもを否定する答えで。大義などどこにも存在しない。

 何より、カレンが認めたくないらしい。当然と言えば当然だ。

 俺も、認めるのは癪だから、逃げ回っている。


「だってあの子は────」

「なぁカレン」

「……なに? …………って、訊くまでもないよね」

「…………悪い」

「謝んないで。その代わり、絶対失敗しないで」

「相変わらず無茶言いやがる」

「ミノなら大丈夫。私がそう信じてあげる」


 カレンにそこまで言わせるつもりはなかったのだが……。まぁいい。最初から覚悟なんてあってないようなものだ。

 結局いつか誰かがそこに辿り着くのだ。だったら、思いついた責任くらいは取らないと、何より俺が納得できない。

 今更プライドに(こだわ)るのも馬鹿らしい。

 俺は俺のまま、自由にやらせてもらうとしよう。


「頑張って。頑張るから」

「あぁ、任せろ」


 信用を、信頼で返して。

 きっとカレンだけが理解しているその未来に、重い足を出す。

 小さな手を取って立ち上がり、体に付いた埃を払う。次いで両腕を前に差し出せば、カレンが見覚えのある剣を躊躇なく振り下ろした。


「ぁふ……」


 次の瞬間、何もかもを見失って膝を折る。

 けれどもそれ以上の困惑が直ぐ傍から湧き上がった。


「…………え? あれ……?」

「なに、したの?」


 チカとシビュラの声。そして体。そこには、まるでありえない答えを否定するような純粋な問いの音。

 けれどもカレンは、清々しく笑顔で答えた。


「契約を斬ったんだよ?」


 言葉の意味が分からない。そう繰り返すような沈黙が二人から発せられる。

 そんなチカとシビュラに、カレンは努めていつも通りに、そして当然の如く続けた。


「だって今のミノには邪魔な物だからね」

「な…………にを……」

「カレン。どうして?」

「……私、こんなものに躍起になってたんだね。恥ずかしいなぁ…………」


 過去の自分を本気で恥じてカレンが呟く。その段に至ってようやくチカが調子を取り戻した。


「っ、カレン! 一体何したか分かって────」

「ミノ、次はよく考えた方がいいかもね」

「……馬鹿言え」

「ふふっ、だよねー」


 ……これは本当に全部理解しているらしい。ウザいことこの上ないな。


「って訳で、はいこれ」


 そんなことを考えていると用意の終わったらしいカレンが手に持ったその剣を俺に差し出す。

 それは……それが信頼と信用を預けるに足る一振り。

 片刃の、僅かに湾曲した少し厚めの片手剣────シャブラ。

 なんとなく、最初の俺が格好いいと思って選んだ、その一本。


「もういける?」

「どうにかする……!」


 受け取って、震える膝に鞭を打ち立ち上がる。よろけてこけそうになったところを、シビュラの小さな体に支えられた。


「……悪い。後の事はカレンに聞いてくれ」

「分かった」


 是非もなく頷くシビュラ。無感情に理由もなく答えてくれた彼女だが、その瞳を見れば分かる。どうやら怒っているらしい。

 その感情を自覚していない辺りがシビュラらしいというかなんというかだ。


「じゃ、行くよ」

「……おう」

「…………あー、もうっ!! ミノ、後で殺すから!」

「俺かよ」


 理不尽にもほどがあるチカの罵倒に小さく笑って顔を上げる。

 すると目の前に、体が一つ転がってきた。


「無事か?」

「ここまで全力出し続けられる機会なんて早々ないんだから。楽しまなきゃ損でしょう?」


 頭でも打ったのか。それともただの興奮故か。

 少しだけずれた答えに好戦的な笑みを携えてメローラが立ち上がる。

 彼女は《波旬皇》との戦闘になってから、隙を突いては魔障の一撃を何度も《波旬皇》に叩き込んでいる。

 実際のところ彼女の魔障は《波旬皇》由来ではない為、俺やベディヴィアのそれのように《波旬皇》を討滅しきるには至らない。

 だが、ヴェリエの《叛紲(ハンセツ)》の力と併用することで一時的に自らの力を書き換えて、僅かでも効果的になるようにあれこれ小手先の技術を用いている。

 直情的で戦いに溺れているようなメローラだが、その芯にあるのは戦いに勝つために研ぎ澄ませたなりふり構わない戦士の衝動。豪快さの目立つ彼女の戦い方は、その実どこまでも陰湿で綿密な、経験に裏打ちされた繊細そのものだ。

 彼女と戦えばわかる。目に見える派手さに意識を引っ張られ、気付いた時には細かいところで先回りされ、逆転が不可能なところまで追い落とされている……。そういう戦法で戦場を駆け抜けるのが、メローラ・クウォルと言う世界の先兵……俺の先輩《渡聖者》だ。

 だからこそ、既に分かっているのだ。どうすれば《波旬皇》と渡り合えるか。その刃が届くのか。


「なら、その全力頼ってもいいか?」

「……なに? 頭でも打ったの?」

「少しでいい。隙を作ってくれ」

「…………上等。失敗したら手柄全部貰うから」


 威勢のいい言葉に鼻で笑って胸の奥に(わだかま)った息を吐き出す。

 と、瞬きの間に目の前に迫った魔力砲。家さえ簡単に飲み込む規模の膨大な奔流に、相変わらず規格外だと過ぎった次の瞬間。こちらに向けて投射されていたそのビームが、見えない何かに裂かれるように放射状へ幾条にも枝分かれしていきなり退いた。

 遅れて、天井やら壁やらに衝突し、魔力で作られた城を削り取る。

 魔力砲が止めば、そこには八つの短剣が切っ先を揃えて突き出した傘の骨のような形で静止していた。


「また悪巧みか?」

「便利な魔具だな」

「イメージしたらその通りに飛び回る魔法の短剣だ。複数相手にはいいが、どうにも《波旬皇》相手は使い辛い」


 声は直ぐ傍から。尋ねれば、返った因縁の声が困ったように続く。


「ランダムだから恨まねぇけどよ。最終決戦なんだからもう少し有用なのが欲しかったよな。ここに来て初めて使う魔具が出やがったんだぞ?」

「日頃の行いだろ」


 悪態を吐く過去、ショウの声に吐き捨てる。

 ショウが指に嵌める指環。それは転生に際して得た彼の《諸悟(ショゴ)》の力を有効活用できるようにとベリルから貸し与えられた魔具を秘める魔具だ。

 願えば、中に込められた魔具がランダムで一つ出現する。代わりにその武具は魔具にしては破格の力を秘めているという、賭けが過ぎる代物だ。

 本来であれば使い方の分からない魔具が出て来て悪戦苦闘と、実用には向かない物なのだろうが。ショウの持つ《諸悟》の力は、手にした魔に纏わる物の来歴を一瞬にして暴き、使い方を知ると言う物。お陰で、どんな魔具が出現してもすぐさまそれを理解し戦いを組み立てられるという初見殺しにもほどがある戦闘スタイルとなっている。

 こいつほど事前情報が役に立ちそうにないのも珍しい。敵に回すと何をしてくるか分からない分、最初は後手を強いられて面倒だ。

 まぁ、指輪の中身をショウ自体も把握していないようで。必ずしも戦いに役立つ魔具が出てくるとは限らないというのは唯一の欠点か。

 過去、旅の途中で遭遇した《魔堕》相手に、自分の姿を隠す魔具が出現して、為す術なく静かにフェードアウトしていくのを見てから憧れは消え失せたものだ。


「ちょいと考えがある。後を任せるぞ」

「よしきた。全力で行ってこい」

「止めたいわけではないですが、あまり無茶はしないでくださいね?」


 ショウのあっけらかんとした声に続いたのは、呆れたような信頼混じりのユウの声。その響きには何もかもを見通したような音が聞いて取れる。

 この世界で唯一純粋に魔物と共生する存在、魔瞳。ところ変われば聖人と崇められる立場の彼女は、合流してから要所でこの戦場を維持してきた。彼女がいなければ続かなかって連携も存在する。ユウも十分特別な存在だ。

 何せ、こんな自分を見失う戦いの渦の中で、ユウだけは常に一線を引いて客観視が出来ているのだ。

 彼女がいるから、少し無謀にも突っ走れる。派手な事はしていない。ただ、いてくれるからこそ安心する。

 そんなユウの心配に、信じて貰えないのだろう答えを返して足の裏に力を込める。


「死ぬつもりはないから安心しろ」

「……もういいです」


 何でそんなに冷たいんだよ。そんなに俺の事嫌いか?


「行くぞ……っ!」


 何もかも終わったら滾々(こんこん)と文句を突き付けてやろう。

 そんなことを考えながら地面を蹴れば、目の前の景色が一変する。

 攻撃自体が緩んだわけではない。ただ、俺の進む道を作り出そうと全員が動き出す。

 《波旬皇》の動きを止めるための攻撃が炸裂し、隙を縫うように拘束魔術が殺到する。こちらに嗾けられた魔術の雨が悉く相殺されれば、次の瞬間には矛盾だらけの幻術が空間を埋め尽くした。

 たった一人の思い付きと無謀の為に不条理を突き崩す。そんな思いの欠片を束ねるようにして一歩、また一歩と駆け抜ければ────そこに《波旬皇》の体があった。


「俺に付き合え、《波旬皇》っ!!」

「っ……!」


 虚を突いたわけではない。だが、愚直さ故にか驚愕したらしい《波旬皇》が俺と視線を交わした次の瞬間──感情のままに握り込んだシャブラの刃が、衝動の腹ど真ん中へと深々と突き刺さる。

 と、そこを中心に展開された込められた術式。カレンが仕込んでくれた、精神同調の魔術が意味を成して、現実を手繰り寄せる。

 刹那に、俺の意識が体を離れ。自殺でもするような感覚と共に感情の渦へと落ちて行った。

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