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プロローグ

「あ……ぐっ!」


 傾ぐ視界。けれどそれを立て直す力も既になく、なすがままに地面に倒れ込む。どうやら段差に躓いたらしい。

 もう何度目か分からない転倒。切り傷も擦り傷も数え飽きて立派な化粧。体中が痛みの鎧で麻痺する中で、空から降り注ぐじわりと暑い熱がローブの上から伝わってくる。


「っおい! 早く起きやがれ!」

「っ……」


 これもまた、途中から恐怖にしか感じなくなった言葉。這い蹲りながら声の方へと視線を向ければ、こちらを見下ろす苛立たしげな瞳。


「何だその目は」

「…………いえ、なんでもないです……」


 同じ問い。同じ答え。何度やっても代わらないやり取りに最初は感じた憤りも今はどこかへ消えてしまった。

 後何度、あの視線に晒されればいいのだろう。後何度、こんな楽しくもない事を続けていけばいいのだろう。

 どこかにあるかもしれない希望に縋るように地面を掻き毟って立ち上がる。既に彼はこちらに興味を失って、また一つ怒りの池の嵩を増やしながら歩いて行く。

 大人の、大きな体。自分のペースで進む世界。必死に追い縋れば、それもまた鬱陶しいと突き放される距離。

 もうどうすればいいのかさえ見失った今と言う世界の中で、それでも生きている事実を突きつけられながらそこにある筈の生にしがみつく。

 腰にさげた水筒の口を開けて喉を潤そうと上を向く。……けれどもそこには既に水滴の一つもなくて、代わりに降り注いだ天からの日差しに眩暈を覚える。

 …………だめだ。倒れたら、また怒られる。進まなければ。歩かなければ。

 ない水を求めて乾く喉の奥の感覚を必死に振り払いながら足を出す。


「……あ、あの…………みず────」 

「はぁぁ。やっと見えたぁ!」


 掠れた声で手を伸ばして死ぬよりはましだと怒られる選択肢を選ぶ。けれどその声は重なった彼の声に掻き消されて届かなかった。

 しかし同時に耳に入った彼の言葉。ここまで長かった道のりにようやく見えた目的地。

 やっとこの辛い時間も終わると。町に着けば少ないが食事と水がもらえる。そうすれば今回の目的を果たせる。

 だからもう大丈夫だと。そう自分に言い聞かせて最後の気力を搾り出そうとする。

 その瞬間、体から力が抜けて立っていられなくなり、音を立てて倒れこんだ。

 ……あぁ、駄目だ。立たなくては。歩かなくては。安心などしていられない。また怒られる。

 けれど思いとは裏腹に体に力が入らない。気持ちだけが空回りする。

 駄目なのに、駄目なのに、駄目なのに。


「おい、寝てんなよガキが!」

「……めん……ぃ……。ごめ……」

「謝るなら早く立てや!」


 朦朧とする意識を引っ張りあげるように耳の奥へと雪崩れ込んでくる彼の声。無意識で零れる謝罪の言葉は、けれど既に彼の感情を逆撫でするだけの意味のない音で。

 次いで腹部に強烈な衝撃。多分、蹴られた。痛い、イタイ、いたいいたいたいたいたいた世界が閉じた。

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