第五章
「魔剣を手にした人類は、魔物と戦いつつ転生者召喚の理に手を掛けることとなった。数世代、その形を模索し続けた人類は、やがてシステムを不完全な形で掌握する。大規模な魔術で扉を監視し続け、いつか来るその希望を待ち望む。確率を高めるため、四国がそれぞれ転生者召喚へと取り組み…………そしてある時、偶然が重なる」
どこか厳かに語るアーサー。
彼の言葉の先に想像を重ねれば、言葉にせずとも理解して続きを紡ぐ。
「短い期間に、九人。コーズミマに現れた転生者。彼らは魔剣を手にした後、導かれたように集い世界に旗を振る」
「《魔祓軍》か」
《魔祓軍》。それは《波旬皇》を封印し、同時に行方知れずとなった過去の英雄たち。
長きに渡る物語は、ようやく終幕へと足を踏み入れる。
「その頃には既に魔剣持ちを特別として扱う風潮が出来上がっていて、振るう力に合わせた名……誡銘が付けられていたんだ。それについては知ってるね?」
「《霧伏》。《慮握》。《志率》。《匣飾》。《識錯》。《緘咒》。《瑾恢》。《庇擁》。《皆逆》」
「そう。彼らこそが《魔祓軍》の中核メンバー。世界を今へと導く篝火だ」
希望に至るための道標。一度世界に平穏を齎した英雄達ですら、そこ止まり。
けれども彼らがいたからこそ、今がある。
「《波旬皇》と言う人類にとっての共通の敵に刃を向け、彼らの下にはコーズミマ全土から英士が集った。その数は一国にさえ匹敵して、ともすれば独立から新たな勢力が生まれてもおかしくない規模だった。が、彼らにとって国だの土地だのと言う利権は二の次。目的はただ一つ、《波旬皇》の討滅だ」
コーズミマの歴史上最も巨大な勢力。世界の夢を背負った切り札。
「転生者であり魔剣持ちと言う彼らの集団は、これまでの歴史にない存在だった。魔剣を振るう転生者と言うのは基本的に世界に一人だったからね。それが一度に九人も集まって、しかも協力すれば、爆発的な結果を残す」
「魔剣の力が単体でも強力だからな。それが九本もあって、かけ合わせればより効率的にもなる。当時にしてみれば想定以上だろうな」
現地人の魔剣持ち自体は数多くいたはずだ。もちろん協力だってあっただろう。
しかし転生者はその身に秘めた特別な力がある。しかも元の世界で死という絶望を経験したことのある彼らは、命が潰えるという負の塊に身を曝してコーズミマにやってくるのだ。保有する魔力量も多いだろうし、それぞれに魔剣とは別の個人的な力も持ち合わせている。
その、先天的な後天性が魔剣と集まれば、他の追随を許さない力となったはずだ。
「瞬く間に魔物の版図は《魔祓軍》によって制圧され、《波旬皇》は追い詰められることとなる。……けれども《波旬皇》は歴代の魔剣持ちを喰らってきた規格外。その存在は最早概念であり、魔剣の力が束になってもあと一歩届かなかったんだ」
「……何か特別な力でも持ってたのか?」
「感情の操作だよ」
随分と簡単な言葉に、一瞬呆ける。が、直ぐにその意味を理解して戦慄した。
「…………それは、理不尽だな。よくもそんなのと戦えたもんだ」
「どうにかね」
想像を肯定するように、アーサーは一々説明を口にはしない。
が、これから相対する者として、考えておく必要がある。
感情を操作する。それはつまり、負の感情を元に生まれる魔力を操作するという事だ。
原理としてはエレインの使っていた《霧伏》に似ているが、あり様は根本から違う。
エレインのそれは、周囲に干渉する力。既にそこに存在する魔力を操作し、一時的な支配を生み出す。しかし《波旬皇》のそれは、単純に彼女の上位互換だ。
なにせ感情に干渉するという事は、やりようによってはそもそも魔力を存在させないという事態さえ作り出せるのだ。
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、肉と各種調味料が存在していれば、そこから幾らかの料理ができる。エレインの力とは、この際の調理という工程だ。対して《波旬皇》の力は、具材そのものをすり替えたり、なかったことにできる。
これでは前提から覆ってしまう。
感情を操作し魔力を消せば、魔術が、魔剣の力が使えなくなる。結果的にそれはただの剣士と化け物と言う構図であり、まず太刀打ちなどできない。
そして感情とは、人が生み出すエネルギー。それが体の中で魔力に変換され、その燃料で魔術や魔剣を使う。
しかし感情そのものに干渉できるという事は、相対する相手の体から魔力を消失させることもできるはずだ。
それに、感情を失ってしまえば戦意も無くなってしまう。そもそも戦えなくなってしまう。
それはまるで、戦いと言う概念を書き換える、神様のような力。
どんな者であっても、感情を持ってそこから生まれる思考によっての言動では、《波旬皇》を傷つけられない。
だったら一体どうやって《波旬皇》と事を構えるのか……。
「けどそれは、対策ができないわけじゃない。その妨害を魔術ですればいいだけの話さ」
「《波旬皇》の干渉が先か、対抗策が先か。因果性のジレンマかよ」
鶏が先か、卵が先か。
魔術に哲学持ち込むなよ。余計ややこしくなるだろうが。
「とはいえ《魔祓軍》には《霧伏》の力があったからね。先回りさえできれば別に難しい話ではなかったんだよ」
「だからって魔剣の力一つでそれを優に上回る概念を相手にするのは厳しいだろ」
「苦戦はしたみたいだけれどね。けれどどうにかそこに関しては相殺して、真っ向勝負に持ち込めたみたいだよ」
イヴァンの《皆逆》やペリノアの《緘咒》もある。色々試した中で、偶然を拾えたのかもしれない。
「けど、その特殊能力を封じたところで相手は《波旬皇》だろ? 魔物としての格が桁外れに違う相手にそう簡単には勝てないだろ」
「もちろん。そうでなくても《波旬皇》はこれまでたくさんの転生者を喰らってきているんだ。知識と共にその魔術も幾つかは物にしている。まさに規格外と呼んで問題ない存在だね」
なぜそんなに楽しそうなのか……。酔狂ここに極まれりだな。
しかしながら彼の言う事は最もだ。
人の知恵を知れば、それだけ向かってくる攻撃への対応策が増える。加えて、本来は一個体一つしか使えない魔術を、複数使う。これほどに厄介なラスボスもいないだろう。
なにせこちらは束にならないと事を構えられないのに、気を抜けばその術すら奪われる。知恵があり学習して、同じ手はそう簡単に通用しない。
結構な無理難題だ。少なくとも一人で立ち向かおうというのは論外。
「《波旬皇》と《魔祓軍》の戦いは数度に及んだ。それだけでも十分な偉業だよ。これまでの転生者や魔剣持ちは、一度相見えればそれが最期だったからね」
対策もなしではそれが当然の結末。
魔剣と転生者を数揃えられた。それが人類にとって一番の価値だったのかもしれない。
「戦場は幾度も移り変わり、やがてその地はここ……《皇坐碑》に行き着いた」
「《皇坐碑》……それがここの名前か」
「正確に言えば、そんな名前の土地はコーズミマにはないんだ。《皇坐碑》と言うのは、《波旬皇》が支配した都市の名前。そして、その存在が封印され眠る場所の事だ」
皇が坐る碑。
この世界において名前はその通りに意味を持つ。コーズミマの名前には、神聖な意味があるのだ。
それは尊敬であったり、はたまた畏怖や戒めであったり。
何にせよ、名前があるという事はそれだけ重要だという事だ。
「ん……けど《波旬皇》が元々いた《魔統地》はどうなんだ? すでに過去の話か?」
「ユークレースがそこにできたからって言うのもあったけれど、なにより見た目からまず違ったからね」
「見た目?」
「浮島だったんだよ、《皇坐碑》は」
「は……?」
突飛押し過ぎる話に思わず目を丸くする。
浮島? そんなものがこの世界にはあったというのだろうか。
「《波旬皇》の封印に際して全部落下したけれどね。当時は都市一つ分が丸々空に浮いていたんだ」
「……まさか《魔祓軍》の連中はそこに攻め入ったのか?」
「流石に飛行機を作るだけの知識も技術もなかったけれどね。魔術で飛んだり、ドラゴンを使役したりしてどうにか空島に手は届いたみたいだよ」
その浮島も、魔術という解明することが馬鹿らしい理由で浮いていたのだろう。ファンタジーここに極まれりな光景に違いない。
俺の知る限り浮島なんてものはコーズミマには存在していない。とすると封印に合わせてなくなったとするのが普通か。浮かせていたのが《波旬皇》ならば、それも当然の結果だろう。
浮いていた理由など考えても仕方ない。……もしかしたら空に逃げないといけないほどに追い詰められていたのかもしれない。
「魔物の移動要塞、と言えば何となく理解できるかな?」
「悪夢だな」
しかも移動するとか。質が悪すぎる。
無駄に機動力があるお陰で、大地に住まう人々はそう簡単に落ち着けなかった筈だ。
直ぐ傍に魔物が潜む今も大概だが、その頃の方が絶望感が強い。
家を軽く吹き飛ばす災害が気まぐれに空から降ってくるとか、考えただけで怖気が走る。
「戦いが長引くほど世界に爪痕が残る。だからこそ《魔祓軍》の面子もそう時間はかけられなくて、思いついた先から策をぶつけ、討滅を試みたんだ」
「そしてそれが叶ったのが、ベリルの南だったってことか」
《波旬皇》の封印があんな山奥にあったのはそういう理由らしい。自国領内に悪の親玉が封印されているとか、ベリルもいい迷惑だっただろう。
「知っての通り《波旬皇》の封印は《魔祓軍》の連中が行った。そして彼らは、そのまま行方知れずとなった」
「ベディヴィアを置いてな」
ベディヴィア・セミス。俺がセレスタインから逃げ出した後、拾われた人物。
この世界の事、生き抜く方法を学んだ、二年間だけの一応の師。彼と出会わなければ、今頃俺はここにいなかっただろう。
「訊いた話だと、あいつは封印の時に同行してなかったんだろ?」
「あぁ。その前の戦いの時に大きな傷を負ってね。《瑾恢》がいなければその場で命を落としていただろう」
《瑾恢》……マリスの治癒の力か。
「けどあいつだって《魔祓軍》の一因だろ? 戦闘能力で言えばマリスより余程高いはずだ。何があってあの爺さんだけがやられたんだ?」
「それは彼の力が《庇擁》だからだよ」
《庇擁》。漢字の並びを解けば、なんとなく理解はできるが……。
「彼の力は《瑾恢》の真逆。他者の体に起きた事象を自分へと置き換える……いわば盾の力だ」
「庇い擁する。ドM御用達ってわけか」
「彼だってそれが楽しかったわけではないだろう。ただ、彼のお陰で幾度も窮地を脱してこられたのは確かだね」
味方を庇う力。それは単純に、分散する被害を一か所に集め、最小限のダメージで次に移ることができるカウンターの要。
しかし、庇う分だけベディヴィアの体は傷つくことになる。
「彼は特に守ることに長けていたみたいでね。予め防御魔術を用意して、仲間へ向いた攻撃を引き受ける。傷を背負う場合は、《瑾恢》の力と組み合わせて凌ぐ。傷つく者が分かっていれば治癒の力を集中させることもできるからね。能力としては諸刃の剣だが、バックアップさえ整っていれば敵の流れを崩すこともできるというわけさ」
「とはいえ自ら仲間の負傷を肩代わりするんだ。生半可な精神力では無理だろうな」
自分の意思で味方を庇い、治療の未来を織り込んで傷つく。
分かっていても覚悟以上の不屈が必要だ。俺には真似できそうにない。
「だが、幾ら防御を固めても限度というものはある。許容量を超えて仲間を守れば、その体はいずれ再起不能になる」
「その一端に触れて、最後の戦いには参加できなかったって訳か……」
マリスがいなければ死んでいたという、まさに致命傷を負ったベディヴィア。
一体どんな凄惨な事に……。
微かに脳裏を過ぎった無粋な興味。それに気付いた様子のアーサーが、言葉ではなく景色として答えた。
移り変わった辺りの風景。それはどうやら《魔祓軍》と《波旬皇》が対峙している、まさにその時の様子だった。
それぞれの魔剣を手に、息の合った連携で《波旬皇》へと駆ける後ろ姿。次の瞬間、両手の指では足りない数の魔術が同時展開され、一斉に結果を求め顕現する。
狂う灼熱が。逆巻く雷霆が。盛る濁流が。刃の切っ先が。空間の裂け目が。唸る砲撃が。
目では追いきれないほど多種多様な魔術が、まるで百鬼夜行のように空間を染め上げ、埋め尽くす。
その刹那、真正面から《魔祓軍》の攻撃を飲み込もうとしてた奔流が、左右に割れて背後に立つ一人の男へと殺到した。
宛らそれは、天災の猛威が神様の手によって一か所に搔き集められたように。人一人など到底太刀打ちできない破壊の衝動となって、地形さえ大きく変えかねない怒りを爆ぜ散らす。
その一つ一つが、けれども彼に牙を剥くことなく損じていく。
躱し、弾き、受け止め、往なし、阻み、打ち返して別の魔術へとぶつける。
「なんだよ、あれ……」
「体の至る所に事前に対抗術式を施して、それを順に開放してるんだよ。既に起動した術式を封印して保存しておくことで、開放するだけで直ぐに発動する。後は魔術に合わせてそれを使い分けるだけだ」
「使い分けるだけって……あんな魔術の雨を余すことなく捉えてるっていうのか?」
「もちろん彼一人の力ではないさ。観測し、伝え、動く。一つ一つは単純な組み合わせだよ」
魔剣が魔術を捉え、《慮握》で伝達し、《志率》で体を操る。
確かにやっていることは簡単だが、それを刹那の間にミスなくこなすというのは至難を極める。
しかも前提は、疑いようのない信頼の上に成り立つ。
《庇擁》によって守られることで、《慮握》と《志率》の協力が得られる。その代わり、それぞれの力で絶対にベディヴィアを生かす。《瑾恢》の力を信じ、傷つくことを覚悟で身を投じる。
誰かが信用しきれなければその瞬間瓦解してしまう危うい綱渡り。
守り、守られ、託し、託され。そんな風に、皆が心の底から信頼していなければ不可能な連携だ。
「凄まじいな……。あれと同じレベルの連携が《魔祓軍》内では誰とでもできたんだろ?」
「必然身に着いたというべきかな。そうしないと《波旬皇》には届かなかったからね。あれでようやく、《波旬皇》と戦いの上では対等だ」
九人掛かりの、命さえ預ける連携でやっと対等。《波旬皇》という埒外がどれだけ理から……世界からずれているのかがよくわかる比較対象だ。
と、魔術の波濤を凌いでいたベディヴィアが、足元から殺到した氷の切っ先に貫かれる。
「あれが療養を余儀なくされた負傷か」
辛うじて首から上は逃れたものの、数本の氷柱が彼の体を紙のように貫通する。肉を、骨を削り取る一撃には、命の源とも言うべき赤い血液がべったりと被っていた。
役目を終えた氷の一撃が霧散すれば、立っていられなくなったベディヴィアがその場に崩れ落ちる。
人の腕が優に入るだろう腹部の致命傷からは止めどなく鮮血が溢れ、彼の周りを赤黒く染め始めていた。
「幾ら対処方法を用意していても、発動しなければ意味がない。彼の体は、どうしようもなく人間だ」
「よくあれで生きてたな」
「すぐさま治療しながら撤退。その後、《瑾恢》の力を一週間使い続けて繋いだ命だ」
残酷に冷たく魔術を扱う《波旬皇》にとって、人の命は塵芥に等しい。特に自らが相見える強敵へ下すそれに、慈悲はない。
躊躇なき負の衝動。悪の親玉としては十分な資質だ。生易しさや油断など、期待するだけ無駄だとよくわかる。
あそこまで振り切れていれば、今更同情も必要ないだろう。
……いや。どうしようもなく自らを持て余す《波旬皇》にとっては、全力で無慈悲に討滅しきる事こそが何よりの同情かもしれない。
「戦いの要とはいえ、そこまでして残す命か? 最悪、見捨てるっていう選択肢もあっただろ」
「それで《波旬皇》を確実に殺しきれるなら満足の損失だな。……けれども人だからこそ諦められないものもあるだろ?」
「……どういうことだ?」
「…………はぁ。君らしいね。なるほど、彼女達も大変そうだ」
「何の話だよ」
理由を訊いただけなのに何故か溜め息を吐かれた。今の話のどこに落胆する要素があった?
飛んだ気がする話題についていけず視線で尋ねるが、彼は結局答えなかった。
「失うわけにはいかなかったんだよ。助かる見込みがある命を見捨てるわけにはいかないだろう?」
「《瑾恢》の力があればそうだろうな」
「本気でそんな風に思ってるのが素晴らしいね」
「……だから、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「そんな無粋なことをするわけにはいかないよ。感情こそが力の源だ。それを他人が引っ掻き回すべきじゃない」
一人で勝手に笑いやがって。……一体何がそんなに楽しいんだよ。
「話を戻そうか。《瑾恢》の力のお陰で彼は助かった。けれどもあれだけの重傷だ。当然その体には後遺症が残る」
「魔障か……。けどあいつは魔障に侵されて40年経ってるはずだろ。どうして今もまだ人の姿を保ってられるんだ?」
「理由は二つ。一つはこの後、《波旬皇》が封印されるから。もう一つは、《緘咒》の力で魔障の進行を極限まで抑え込んだからだ。お陰で彼は《裂必》ほど魔障に侵されずに済んだんだ」
「なら、爺さんはメローラみたいに魔障を飼いならしてるわけじゃないんだな?」
「あぁ。それどころか、《波旬皇》の復活によって再びその体は蝕まれつつあることだろう」
「老い先短いのに大変なことだな」
《珂恋》の力を使えば、魔障を消し去ることもできる筈だ。戻ったら色々訊きたいこともある。その時に確認してみるとしよう。
「魔障と致命傷。その二つによって前線に立つことが難しくなり、彼はその後の戦いには参戦することなく、《波旬皇》は《魔祓軍》によって封印されることとなる」
「あっさりだな」
「彼に魔障を植え付けたことが敗着の要因だな」
「魔障がか?」
さほど興味なさそうなアーサーが、それでも問いには答える。
「彼の力、《庇擁》は仲間に向けられた攻撃を庇う物だ。けれどこれは仲間限定ではなく、彼が知覚する周囲の魔術、と言う方がより正しい影響範囲となる」
「そうか。魔障で直接《波旬皇》と繋がっているから、その糸で干渉出来るわけか」
「もちろんその分結びつきが強くなり魔障の進行は早まるけれどね。しかし彼のお陰で《波旬皇》に隙が生まれ、《魔祓軍》は一気に押し込み、封印に至ることができた、という裏事情だ」
「裏事情……ってことは他の奴らは知らなかったのか?」
「知っていれば止めただろうね。《瑾恢》辺りは特に」
また、楽しそうに笑みを浮かべるアーサー。
「折角助けたのにわざわざ死に急ぐのは見過ごせないだろうからな」
「……ふむ。ではそういう事にしておこう」
含みのある言い方だ。ほかに理由があるなら教えてくれればいいのに。意地の悪い男だ。
「《魔祓軍》の活躍によって《波旬皇》は追い詰められ、長きに渡る魔物との戦争の一つの終幕として封印される。《波旬皇》の封印自体はその後に派遣された部隊によって確認され、君が知るようにあの場所で眠っていた。……けれども《魔祓軍》の面子は、《庇擁》を除いて姿を消すことになった」
「色々憶測が飛び交ったそうだな。自らの体を犠牲にして封印をしたとか。相打ちになったとか。総じてあいつらが死ぬっていう結末は変わらないみたいだが」
「世界は美談を好むものさ。それが古くより続いてきた争いの終わりともなればなおさらにね。それに実際、彼らは死んだも同然だったからね」
やっぱりアーサーは全部知っているらしい。
俺も推論はある。そしておそらく、それが真実だ。
「……命を賭して《波旬皇》を封印した。けどあいつらにとっては封印は問題の先送りだ。討滅には程遠い幕引き。だから後悔が残った」
「そんな感情が、封印の際にわたしの中に流れ込んできたんだよ。長く悪意の空間に曝されていたわたしにとっては眩しいほどの切なる希望だ。それに、封印はわたしにもできなかった偉業だ。そんな彼らが死の間際まで願い続けているんだ。同じ転生者として、手を貸したくなるのは当然だろう?」
「それで、あいつらの魔剣の中の《天魔》を命綱にして繋ぎ止めたのか……」
「そう、それこそが《共魔》……生きる亡霊にして修羅と化した、世界を支える者たちだ」
イヴァン、エレイン、マリス、カイウス、メドラウド、ラグネル、トリス、ペリノア。
《甦君門》と言う組織を立ち上げ、《波旬皇》討滅を掲げた死せる最前線。
「君が知る彼らの名前は、《共魔》となって名乗った偽りだ。元々の人としての名前のままで活動していくのは問題があったからね」
「姿も変えてたんだろ?」
「魔力の質もね。彼らは、過去を全て塗り替えて再び歩き出したんだ」
失踪したままにしたのは、それぞれ国に戻っても待ち受ける未来が簡単に想像できたからだ。
《共魔》の体は、魔物を宿す。それは魔剣と一体化することと同義であり、身一つで魔術を使えるようになる代わりに、これまでにない想定外が起きる可能性がある。
具体的には、魔障のように魔物に侵され変貌してしまうリスク。または、人の身が耐えられなくなり、甚大な被害を辺りにまき散らす天災のような危険。
そんな歩く爆弾を、ようやく平和になった世界が簡単に許容できるとは思わない。例え受け入れたとして、想像し得る可能性を見て見ぬ振りはできない。
結果、彼らが人の世界に戻って得られる選択肢は三つ。
一つは栄光に飾られつつ、死線を共にした相棒と共に葬られる事。二つ目は、世界の爪弾き者として英雄から一転、腫れ者扱いされる事。そして三つ目は、その存在を国に利用される事だ。
三つ目に関しては特に彼らの望まない未来。折角世界に平穏の種が芽吹き始めるタイミングで、国家間のパワーバランスを脅かすようなことは避ける方がベストだ。
何より、国に使われてかつての仲間と刃を交えるような未来を作り出したくはなかったのだろう。
そんな様々な可能性を……騒乱の芽を潰すために自分達だけで立ち上がり、《甦君門》を作り出したのだ。
「《甦君門》の名前は世界が勝手につけた呼び名だ。彼らが名乗り始めたのはその後の事だね」
「濡れ衣みたいな名前を押し付けられたところから考えるに、最初は馬鹿正直な交渉でもしようとしたのか?」
「馬鹿正直と言うほど軽率ではないけれどね。《波旬皇》の封印は一時凌ぎ。だから今度こそかの存在を討滅するために協力すべきだと触れて回ったんだ。もちろん四国も最初は好意的だったが、ある時疑念が生まれた。……討滅するならば、封印を解く必要があるとね」
「自分たちが元《魔祓軍》中核メンバーだと明かせば更なる混乱を招く。結果あいつらの言動を裏付ける証拠が提示できなくて、その疑いだけが先行したわけか。《波旬皇》討滅を謳って封印を解き、ようやく平穏へと歩みだした世界に再び混乱の業火をまき散らそうとしてる、なんてな……」
だから《甦君門》。《波旬皇》を復活させ世界の混沌を目論む悪の組織。そんな認識がコーズミマに広がってしまったのだ。
あいつらは、どう足掻いても戦士だ。たった八人では国と言う大きな存在に真正面から交渉をするのは難しい。
そうでなくても転生者としてやってきて、こちらの世界の政事情に触れるより先に英雄としてその力と存在意義を嘱望された者たち。彼らに国を、世界を相手取って立ち回るというノウハウは存在しなかったのだ。
「まぁ、事実として一度封印を解かないことには《波旬皇》を討滅するのは無理なんだろ?」
「次元の彼方にでも封印ごと放逐できたなら話は別だろうけれどね。良くも悪くも封印と言うのは内と外を隔てる境界線だ。一方的に外から都合のいい結果を押し付けることはできないよ」
「封印を解くか、自ら封印の中に飛び込んでそこでやり合うか。どちらにせよリスクがあるなら、時間をかけて準備を万全にするほかないだろうな」
「そして彼らの選んだ道は前者だった。手段もあまり選べずに、ね」
とはいえ国に潜り込んで内側から先導し、大局的に偽物でも協力状態を作り出すというのはとても穏便な方法だ。彼らの力ならば国を攻め落として支配することも実質的には可能だったはずだ。
そうしなかったのは、元とはいえ同じ人として。そして何より恐怖や武力ではなく、自主的な意思で最大の武器である想像の翼を広げたかったからなのだろう。
「時に国家と戦いながら。企て、動き、逃げて。同じように正道から外れた者達を内に抱え込むようにして、段々とその勢力を拡大していく。同時に彼らは《波旬皇》討滅に向け準備を重ね続ける。それはいつしか、国が自国の安全を守るため、不穏分子と認定して剣を振り下ろすほどに大きくなることになる」
「……ユウがセレスタインに保護された一件か」
魔物に村を襲われ、両親とは死別。逃げた先で《甦君門》に拾われ、魔瞳をその身に宿す。
セレスタインが国を挙げて《甦君門》の拠点を襲撃し、壊滅。そこいたユウはセレスタインに保護され、帝国内でその力を求められるようになる。
契約相手も無くし、仕事の為と繋がりを結んだ三人目には酷い暴行も受けていた。心身ともに擦り切れた彼女と俺が出会ったのはその時。
彼女と出会ってからを考えるだけでも、結構な冒険をしてきたように思う。
と、ユウと並んで思い浮かんだ顔に疑問をぶつける。
「カレンとチカはいつ《甦君門》が手に入れたんだ」
「魔瞳の少女より前……今からだと、15年ほど昔だ。見つけた場所はここ……《波旬皇》の封印されてる《皇坐碑》だよ」
「《甦君門》が作ったわけじゃないのか?」
「まさか。彼らにはそんな技術はないよ。魔剣を一から作っても中途半端な擬きしかできないのは君も知っていることだろう?」
人工魔剣のことか。確かに、カレンやチカを《波旬皇》への最終兵器として作り出せる知識や技術があったなら、あんな粗悪品を量産する必要はない。
……けれど、だとしたら一体誰があんな埒外な力を…………。
「そんなに考え込むことかい? ……それとも、認めたくないだけかい?」
「…………癪なだけだ。結局俺はいいように使われてたってことだろ、アーサー」
面白くないと感情を露わにして突きつければ、それさえもそよ風にように受け流して彼は笑う。
「わたしの願いは彼らと同じだ。だったら彼らを《共魔》にしたように、できる限りを託すのがわたしにできる最大限だ」
そう。カレンとチカは────アーサーが生み出したのだ。
「二人を生み出すのに、三十年もかかったんだ」
「ちなみに聞くが、中位の魔物を倒しきる程度の魔具となると、できるまでどれくらいの時間がかかる?」
「相性云々を抜きにすれば、大体五年かそこらだろう。もしそれだけの間魔物と共にあったのならば、それを抱え込んでいた魔物は高位になっていてもおかしくないけれどね」
三十年分の、しかも《波旬皇》の魔力を注ぎ込んだ、呪詛の塊とも言うべき必殺。
であればこそ、あの二人の規格外さも納得できる。
「残念ながらわたしには気付いてもらえなかったけれど、それでもどうにか受け取ってはもらえた。《絶佳》に関しては魔剣ではなく魔物として生み落として、《波旬皇》の記憶と彼女がなすべき使命を託した」
「……記憶を失う前のチカは最初から全部知ってたわけか」
「《絶佳》が《甦君門》に加わってからは、実質的な運営は彼女とイヴァンが中心になっていたみたいだね」
話から察するに、カレンは力だけを与えられ、《波旬皇》に関する知識は持っていなかった。そう考えるとチカはカレンの力を目覚めさせる教育係であり、準備が整ったら封印を解くための鍵だったのだ。
しかしその使命は、俺と出会い、魔剣化した際に記憶と共に失ってしまった。あれ以降|《甦君門》からの接触が密になったのは、役目を果たせなくなったチカに変わってカレンの契約者たる俺を先兵に仕立て上げるための干渉だったわけだ。
「もう一ついいか?」
「なんだい?」
「ずっと気になってたんだ。どうしてカレンの魔剣としての姿は日本刀なんだ? お前がカレンを生み出したときにそう決めたのか?」
「生憎と、その頃のわたしには君が元居た国の知識は殆どなかったよ。《波旬皇》が都度都度喰らってきた転生者の中に君と同郷はいなかったからね」
だったら一体どうしてカレンは日本刀の形を得て魔剣として顕現した?
そんな疑問に、アーサーは思考を汲み取って答える。
「答えは単純だ。彼女の根源が想像によって形作られ、君が選ばれた。それに尽きる」
「……想像の刃、って…………まさか……!」
「あぁ。《珂恋》と言う魔剣に、刃はない。あれは、契約を交わした所有者が深層心理で最も強く思い描く形をとる魔剣なんだ。不可視でも不可知でもない。鍔から下しか……いや、鍔も柄も存在しない、剣と言う概念の集合体、そういう存在だ」
「だから、日本刀……」
「身に覚えはあるだろう?」
言われて、思い出す。
俺がカレンと出会って契約をするまで、彼女の魔剣としての姿は見たことがなかった。だから無意識に、剣と言われて最も馴染み深い日本刀を、心のどこかで想像していた。ただのロマンだった。
だから《珂恋》は、日本刀と言う形であの時顕現したのだ。
「契約する者によって形の変わる魔剣、か……。まさに名は体を現すだな」
「そしてそれ故に、彼女の期待を背負うに足る者は、その理想を振るえる。自分が想像した理想の剣だ。体に馴染まないわけがないだろう?」
「その特別が十五年……百人以上と契約しても一人も現れなかったみたいだがな」
「この世界に住まう者に彼女を受け入れる度量はありはしないさ。《珂恋》が相手に求める物は、《波旬皇》が知恵を得てからずっと苦しみ続けた孤独。それと同調して分かち合える絶望の持ち主だけだ」
「俺はカレンと契約したんだ。《波旬皇》の独り善がりを肯定した覚えはないっ」
「なんだ、随分素直に認めるね。もっと言い訳を振り翳すかと思ってた」
「っ……!」
……クソッ。嵌められた。
けれども……あぁ。もうそんな意地はどうでもいい。
カレンが抱えるものを、彼女が感じてきた孤独をその口から聞いた時から…………俺はあいつに自分を重ねていたのだから。
今ならそう、認められる。
この感情は、嘘ではないと。
「結構。それこそがわたしが望んだ全てだ。君なら彼女を幸せにできるかもね」
「……父親面でもしようってのか?」
「それこそまさかだよ。わたしは君の事も気に入っている」
「黙れ陰険金髪野郎」
「……わたしの隣に、君のような友達がいればもっと違っていたかもしれないね」
不意に、寂しそうに笑ったアーサー。
これではまるで俺が悪者みたいではないか。《波旬皇》に喰われた後、意地汚く魂だけの存在になって形骸化した願いを一人で叶えようと勝手に足掻き、その実行犯として俺たちを利用していたやつが何を今更……。
こいつにも、それから《波旬皇》にも同情するつもりはない。
ただ────
「悪友なら間に合ってる。だから、お前は全くの赤の他人だ」
「……あぁ、そうだね。それがいい」
そうして、アーサーは初めて見た目相応の優しい笑顔を浮かべた。
そこに責任は生じない。だから彼に影響されたなんて頷いてやるつもりはない。
俺は俺の信じる物を貫くだけだ。
「少し話がずれ過ぎたね。想像の刃。それそのものが存在の形である彼女は、思いをそのまま力に変える。それは感情を操作し、概念にさえ届き得る《波旬皇》と唯一単体で対等に渡り合える力だ。だからこそ彼らは彼女の力を切り札として《波旬皇》討滅へと大きく踏み出すことになる」
負の感情を力に変える《波旬皇》と、想像と言う正の感情を現実に変える《珂恋》。まさに対になるようにこの世界に生まれ落ちた存在が、巡って俺を介し相対するというのは必然なのかもしれない。
「封印を解く鍵と、《波旬皇》を討滅する力。後足りないのは、その担い手だけ。そこで彼らは特別に足る特別を求め始める」
「転生者か……」
カレンの孤独を受け止められる深い感情の持ち主。同情さえ可能な、似た境遇を抱く埒外。
それはこの世界の外の理で死という絶望を経験した者だけが宿す。そんな希望を抱いて、転生者を求めたのだ。
「国の内側に入り込んだ一番の目的はそれか」
「あぁ。そして同時進行で、共通の敵がいなくなり手の取り辛くなった四国を、いざと言う時に結び付ける楔としての役割も担えるように準備をしたのさ」
セレスタインにカイウスとラグネル。ベリルにペリノアとエレイン。ユークレースにメドラウド。アルマンディンにトリス。
そして《甦君門》にはイヴァン、マリス、チカ。
カレンがこのことを知らなかったのは、知ることで彼女の想像の翼を折りたくなかったからだろう。だから彼女は《甦君門》の目的を知らされていなかった。鞘入り娘とでも言えばいいのか……入れて置く刃もないのだが。
「君がこの世界に来るまでにも数人転生者は現れた。だが彼らはカレンと出会う前に他の魔剣と契約し、国に剣を捧げた騎士としての地位を受け入れることになった」
「そうなれば、《甦君門》としては説得するか、直接実力行使で連れてくるしかなくなるわけか」
「後者は国と事を構えることになる。それは後に《波旬皇》が復活した時の禍根にしかならない。だから彼らはできるだけ穏便に転生者を仲間に引き入れようとした」
「けど国に尽くすと決めた転生者には刷り込みがされるだろ。《波旬皇》復活を目論む《甦君門》なんてレッテルが」
「あぁ。だから転生者の殆どは《甦君門》に真っ向から立ち向かった。その一つが拠点一つを潰された一件だね」
どうやらユウの過去には過去の転生者が絡んでいたらしい。
「因みに訊くが、その転生者たちは今どうしてるんだ?」
「戦いの中で死んだよ。《皇坐碑》周辺の事は君も知っているだろう?」
「あの魔物の軍勢か……」
「あれに挑んで、儚く散っていったさ」
見渡す限りの《魔堕》の集団。俺が戦った時は高位も幾らか混じっていた。
メローラクラスでないと高位を相手に一対一は荷が勝ちすぎる。それが一対多になれば結末は自ずと見えてくる。
《甦君門》の目的を挫くには、《波旬皇》さえいなくなればいい。そんな考えから幾度となく《波旬皇》討滅を試みては届かず失敗し、世界の貴重な戦力を失ってきたのだろう。
封印があの瞬間まで破られていなかったことを考えると、《皇坐碑》にさえ到達していなかったのだ。並の魔剣ではそれが限度と言う事だ。
「彼らでは《共魔》相手でも勝てなかっただろう。そんなので《波旬皇》をどうこうしようなんて考えが浅はかと言わざるを得ないね」
「そもそも人類は《波旬皇》の事を知らないんだろ。知ろうともしてこなかったんだろ?」
「彼らにとってはただの侵略者。《魔祓軍》が命を賭して封印した悪の親玉。それ以上でも以下でもないからね。そして《波旬皇》を知る《共魔》の……《甦君門》の存在を敵と定めたんだ。そんな状況で剣を振り回したところで、空しく宙を掻くだけだよ」
理解をしろとまでは言わない。だが、せめて考えればよかったのだ。
そもそも人と魔物が魔剣と契約と言う形で道を示していたのだから。何かしらの落としどころや妥協点があるはずだと。
そうできなかったのは、偏に積み重ねてきた歴史と、魔剣と言う特別性の所為だろう。
ノーベル賞の生みの親、アルフレッド・ベルンハルド・ノーベルがそう示したように。力は正しく考えて使わなければならない。
彼の声が届かず。力に溺れ盲目となった世界が、このコーズミマだ。
「ただの魔剣では《波旬皇》には届かない。それを知っている《共魔》だからこそ、あれだけ綿密に策を張り巡らせてその準備を整えていたんだよ」
「俺はそれを結構台無しにしたけどな」
過去の転生者を俺は笑えない。真実を知るまでは、俺だって彼らを悪だと決めつけていたのだ。
その結果に、彼らが長くを掛けて積み上げてきたものを不意にしてしまった。今から国を動かして協力体制を整えるというのはきっと難しい。
俺がやってきたのは世界にとっての希望ではない。未来を崖へと追い立てる自縄自縛だ。
「……この際だ、全部聞く。あいつらは結局どこまで行ってたんだ?」
「君の知っている限りだと、《珂恋》、《絶佳》、《謀眦》、《宣草》、人工魔剣辺りかな」
「ユウとシビュラもか」
「魔瞳の力は魔物相手に絶大な効果を発揮する。彼女の力が及ぶ中位程度なら、操って同士討ちを誘えるからね。敵の戦力をそのまま相手にぶつけられる。無尽蔵に湧いてくる魔物相手には結構な有効手段だよ」
確かに。ユウの魔瞳なら戦局を大きく変えることができる。例え高位に効かなくとも、それ以外を牽制できるならば主戦力を高位や《波旬皇》に割けるようになるのだ。そうすれば状況を大きく変える一手になる。
「《宣草》の力は少し特殊でね。彼女の魔術には感情が薄いんだよ」
「……どういうことだ?」
「彼女の人格の事は知っているね?」
「魔術で作り出した対外的なインターフェースのことだろ? 魔物の本質として感情を求める……人を似せようとする、その根本的な目的の為に作られた人格」
だからシビュラは人の言動に対して普通以上の興味を示していた。あれは、自らの中に犇く数多の魔物の感情が唯一同じくして抱く衝動……。人間と言う自由に対する憧れの表れだ。
「あぁ。だがあれは魔術で作られた人格であり、個としての魔物が抱く願いが形を持ったものじゃない。言わば、感情の伴わないAIだよ」
AI……人工知能と呼ばれる、簡単に言えばプログラムの塊。人以上の情報処理能力で以って最善を探求し、人に変わる力として期待される新時代の能力のあり方。
確かにシビュラのそれはAIと言う言葉がしっくりくる。
人になろうとする魔術。それはまさしくあの人格そのものだ。
「人を模すにあたり、魔術によって生み出された人格。けれどそれは機械的な応答をするただの箱であり、そこにはまだ感情が宿っていない。そうだろう?」
「……そうだな」
俺が感じた限りでは、シビュラは感情を持っていない。……否、持っているはずの感情を処理しきれず、表には出ていない、と言うべきか。
疑問を呈したりと、興味や関心はある様子だ。何より魔を宿す彼女には根源的に感情が絡んでいる。全く存在しないということはあり得ない。
「であれば、感情を理解しない彼女が魔術を扱ったところで、そこに感情によるバイアスは掛からない。より明確に言えば、今の彼女は感情によって魔術を左右することができない」
「カレンやチカの真逆ってことか……」
カレンは感情の刃。思いを現実に手繰り寄せるその化身だ。そしてチカは魔術の編纂と大規模な魔術行使に長けている。それには当然感情を乗せる必要が生まれる。
あの二人は、いわば感情によって力を振るう存在だ。
それと比べ、シビュラは真逆。感情を一切乗せない魔術と言う特別な力を使う。
「……感情のない魔術。感情を餌にして操る《波旬皇》にとっては天敵とも言うべき力な訳か」
「あぁ」
《甦君門》がシビュラに目を付けていたのはそういう事だったらしい。
「感情によって概念すら覆す《珂恋》の力と、《波旬皇》の存在に左右されない特別な魔術を扱う《宣草》。そしてその舞台を整える《絶佳》と《謀眦》。君はその全てを手の届く範囲に纏めた、ある種の特異点。これまで《共魔》達が幾度に渡り交渉で君を《甦君門》に招待しようとした理由、今なら分かるだろう?」
「……俺を悪役にしてそんなに楽しいか?」
「そんなつもりはないけれども……気を悪くしたのなら謝るよ」
肩を竦めるアーサーから視線を逸らす。
……結局、悲しい擦れ違いだ。
全てを明かしたところで信じて貰える確証はなく。曲解の末俺がどこかの国を頼れば、《甦君門》の立場は更に悪くなる。
証明方法は《共魔》が元《魔祓軍》であるという事実に根差し、しかしそれを立証する手立てもない。
結果、実力行使も真実の共有も出来なくて、自分たちの首を絞めないように俺を説得する……。それが彼らにできた精いっぱいだったのだ。
もし俺があの二年前にセレスタインを飛び出していなければ、もっと違った今があったのだろうか?
旅の途中で真実の一端に気付けていれば、こんなことになっていなかったのだろうか?
「さて、過去のお話もこれで最後だ。《波旬皇》封印の後、《共魔》と《甦君門》が生まれる。《共魔》が国の内側へ入り込み、《珂恋》と《絶佳》が生み落とされ、《甦君門》がそれを手に入れる。その後《宣草》が生まれるが、これはユークレースが接収。魔瞳が生まれ、《甦君門》の拠点が襲撃されてセレスタインへ。《珂恋》の契約相手が見つからないまま、可能性の模索として人工魔剣も生み出されつつ時は流れる」
「それで、二年前に俺がやってくる、って訳か」
「そこからの事は今更語る話ではないね」
長かった歴史探訪もこれにて終幕。彼が語った言葉を信じれば、それがこのコーズミマの歴史と言うわけだ。
「何か質問はあるかい?」
「…………一ついいか?」
「わたしが答えられることであればね」
世界が辿ってきた道は理解した。だからこそ、ありえなかった未来に関して尋ねる。
「俺の主観で言えば、今のこの状況は俺が転生してこなければありえなかった未来だ。例えばの話……俺じゃないにしても、《珂恋》の担い手に満たない転生者が来るか、もしくはそもそも転生者が召喚されなかった場合、あいつらはどうしてたんだ? 残された時間もそれほどなかったんだろ?」
《波旬皇》の封印は年々弱まっていた。たとえ俺が干渉していなくても、そう遠くない未来に《波旬皇》は再誕し、この世界は再び混沌の世へと逆戻りしていたはずだ。
《共魔》達だって指を銜えてそれを見過ごすという事はしなかった筈。
人工魔剣のように他の可能性を模索していたのだ。ここに辿り着かなかった場合、彼らは一体どうしようとしてたのか……。
「《珂恋》の力を頼れなければ、か……。確かに腹案はあったよ」
「確実なのか?」
「想定では可能な範囲だ。憑依と討滅、もしくは放逐だよ」
「憑依?」
直ぐには思考が追いつかず鸚鵡返しにする。アーサーは手品の種明かしでもするようにその可能性続けた。
「幾ら《波旬皇》と言えどもその存在の形は魔物だ。であれば、《天魔》の魔剣化のように、器さえあれば物理的な形に押し込めることができる」
「……封印じゃなくて、存在そのまま別の形に変質させるってことか」
「あぁ。だけど《波旬皇》は規格外だからね、魔剣を作るようにはいかない。そこで彼らが目を付けたのが、《裂必》だ」
「メローラ?」
予想外の名前に素で驚く。まさかここに至って彼女の名前を聞くとは思わなかった。
「彼女の体質の事は知っているね?」
「魔障の事か?」
「そう。魔障は症状が進行すれば魔物と化す。その過程で、魔障に侵された存在は魔の側へと偏っていく」
脳裏にルチル山脈で相対したドラゴンの事を思い出す。魔障に侵されれば、本来魔術を使えない生物もそれを行使できるようになる。魔への造詣が深くなるのだ。
人としての死と隣り合わせな諸刃の剣。それが魔障の恩恵とも言うべき唯一の道筋だ。
「つまりある程度症状が進行すれば、存在そのものが魔に対して極めて強い親和性を持つことになる」
「……なるほど。ただの剣で無理なら、より馴染みやすい器に押し込むってことか」
チカの魔剣化で似たようなことを経験したから分かる。
儀式など、人の身には及ばない超常へと踏み込む行いは、世界からずれる。それに使用される祭具であったりは、依り代や楔の意味合いを持つ。
だからチカの存在も、儀式用の短剣……複雑な意匠の施されたクリスを器にして魔剣化が成功したのだ。要はそれの応用。
「何より人の体は正の感情によって命を繋いでいる。負の塊として人を羨む魔物にとっては、磁石の対極と同じくらいに魅力的な器なんだ。加えて魔障と言う手助けがあれば、たとえ少しの間だとしても《波旬皇》を体の中に飼うことができる」
「前例は《共魔》がいるしな」
アーサーが《魔祓軍》の面々に、それぞれが契約していたの魔剣の《天魔》を宿して生み出した《共魔》。彼らの存在こそが、《波旬皇》を人の体に一時的とはいえ憑依されることを肯定する。
とはいえそれはやはり僅かの間の出来事で。一生共に過ごしていくというのは、《波旬皇》の強大さから無理な話なのだろう。
人が許容できる魔物はそれぞれが持つ生命力に比例し、最高でも高位が限度と言ったところか。恐らく前途有望な若者ほど器としては適任なはずだ。
若くして魔瞳を身に宿すユウがその証拠。
「……ってことは、メローラを犠牲にして《波旬皇》を討滅か異界へ放逐するってのがその腹案ってことか」
「一人とはいえ、犠牲は許容し難いかい?」
「助けられるならそれに越したことはないだろうがな。ほかに方法がないなら必要だと割り切るまでだ」
それに……。
「もしその方法を取ったとして、後に《珂恋》を振るえる誰かがやってきたら、その不条理さえも覆せるしな」
「都合のいい理想だが、理想こそが彼女の力であるならばそれもあり得るかもしれないね」
何もかもを……ともすれば過去さえも捻じ曲げて。犠牲となったメローラを助け、《波旬皇》だけを討滅する。
そんなことが可能なのであれば、確かに《珂恋》は文字通りの切り札だ。
「君も知っての通り、《甦君門》は手段を一つに限らず未来を探っていた。それを管理する意味も含めて、それぞれ特別に呼びならわしていたみたいだよ」
「呼び名?」
「《珂恋》を希望。《絶佳》をお姫様。《裂必》を依り代とね。万が一外に情報が漏れた時のためのコードネームでもあったんだろうね」
「徹底してるな」
それくらいに全方位へ警戒していなければやっていけなかったのだと思えば、彼らの苦労も理解はできるか。
世界に腫れ物扱いされる者達。そういう意味ではちょっとした親近感も芽生えるかもしれない。
「もっと詳しいことが知りたければ戻って彼らに訊くといい。今更隠し事をする理由も彼らにはないからね」
仲良くできるかと問われれば素直には頷けないかもしれないが。少なくとも一応背中が預けられる程度には彼らの事も理解はできた。
本気で理想を夢見るならば、一度くらい面と向かって話をしてみるのもいいかもしれない。
なんとなくの身の振り方を想像する。
と、そこでふと確信めいた疑問が湧いた。
「最後に確認をいいか?」
「なんだい?」
「お前は結局どうしたいんだ?」
ここまでお節介にべらべらと語ってくれたアーサー。その目的は世界が抱く悲願と同じ《波旬皇》の討滅だ。
だとすればもしそれが叶ったとき、彼は何を望むのか。
そんな問いに、彼は執着などない笑顔でさらりと言ってのける。
「わたしは既に死んだ人間だ。《波旬皇》との決着を見届けたからと言って、その先に望むものはない。わたしと《波旬皇》の関係は契約のようでもあり、魔障のようでもある。そんな不確かな依存だ。どちらかが消えればもう片方もそれに倣う。それだけだよ」
諦めよりも平坦な納得。その結果を彼は既に受け入れている。
俺が何かを言ったところでそれは覆らない。
「ただ、そうだね…………。もしもう一度やり直せるのなら、今度は《波旬皇》と理解し合いたいかな。その方がきっと途方もなく混沌としていて楽しいはずだっ」
「ただのドMかよ。勝手にしてくれ。俺は手を貸さない」
「あぁ。君は君の未来を歩むといい、ミノ・リレッドノー」
……結局、最後まで反りが合わなかった。が、こんな関係も悪くはない。
そう満足してしまうのは、ここでの時間が終わりに近づいているとなんとなくでも察しているからかもしれない。
「ほら、お迎えだ」
言ってアーサーが腕を振るう。すると辺りの景色が変貌し、あちこち荒れた《皇坐碑》が映し出される。
その画の中に、紅を纏って常人を逸脱した戦いを繰り広げる少女の姿を捉えた。
どうやらこれはリアルタイムの様子らしい。
魔剣とは名ばかりの、まるで神様のごとき戦闘。腕を振れば様々な現象が前触れもなく顕現し、魔術と言う理想を越えて結果を求める。
「あれが《珂恋》としての本来の力か……」
「半分暴走しかかってるね。やっぱり彼女には軸が必要だ。そうでないと……」
言うが早いか、カレンの小さな体が人形のように壁へと吹っ飛ばされた。
心配をしつつも、気になっていたことを尋ねる。
「……なぁ、何であいつ俺の姿してるんだよ」
「ユーモアなんじゃないかな?」
「ずれたセンスだな」
寸分違わぬ己の姿をしてカレンと相対する《波旬皇》に吐き捨てる。自分の顔を見ているのが気持ち悪くなり、視線を逸らした。
するとアーサーは暗い天井を見上げていた。
「…………ふむ。それじゃあ彼女に託すとしようか」
「何の話だ?」
「いや……実のところ、君をここへ連れてきたはいいが、どうやってあっちに帰そうかずっと考えていてね」
「おい」
こいつ、無計画で俺を呼びつけやがったのかよ。
「だけど彼女ならここと繋がりがある。鍵は扉と対になるものだからね」
「…………チカの事か」
《波旬皇》の封印を解く鍵であるチカ。彼女ならば《波旬皇》の中だというこの場所にも縁がある。
その繋がりと契約を利用して俺を元の体へ戻そうという事らしい。
「さて、君とはここでお別れだ。久しぶりに人と話をしたからね、楽しかったよ」
「…………助けてくれたことには感謝する」
「おや、デレかい?」
「気持ち悪いことを言うなっ!」
少し素直になってやったのに。最後までこいつは……。
「ミノ、後の事を頼む」
「……勝手に背負わせるな。アーサー」
「さよならだ」
「………………あぁ」
あんなにボロボロになってまで帰りを待ってくれている鈍らがいるのだ。彼女と契約を交わした責任は取らなければ。
そう自分に言い聞かせて目を閉じる。次いで渇いた指を鳴らす音が耳に響いた。
途端、平衡感覚がなくなり意識が酔いに溺れたようにぐらりと反転する。
ふっ、と意識の断続性が途切れる。
脳裏に、優しい笑顔を浮かべるアーサーの顔が一瞬だけ過ぎった、気がした。
ぼんやりと意識が覚醒するのが自分で分かった。
体の熱が感覚を揺らし、確かに生きていることを自覚する。
重い瞼を開けば、掠れた視界が静かに焦点を結んで見覚えのない天井を捉えた。
声を出そうと思ったが、空気を吸い込んだだけで喉が悲鳴を上げてやめた。
……ここは一体どこだろうか。定まらない思考で納得を見つけようと首を回したところで、直ぐ傍に白衣の後姿を見つけた。
と、そちらへ向いた僅かな気配に気付いたのか、その女性が青く短い髪を小さく揺らしてこちらに振り返り、驚いたように目を見開いた。
「…………びっくりした。起きたなら教えて頂戴よ……」
喋りたくてもうまく喋れない。その為彼女の不満に答えることもできず、仕方なく視線を強めてみる。
するとその医者……マリスが薄く微笑んで安堵したように告げた。
「直ぐにあの子たちを呼ぶわ。待ってて」
そうして意識を内側に向けるような間を開けた、次の瞬間────
「ミノぉッ!!」
「っ!?」
いきなり俺の真上、何もない空間から長い黒髪を重力に靡かせた少女が現れ、ダイブしてきた。
寝ているベッドが壊れるのではないかと思うほどに激しく軋みを上げる。
想定外の衝撃に腹を圧迫され、意図せず空気が吐き出された。
「ぁはっ!?」
次いで体の内側が激痛を訴える程に咳が溢れ、今度こそ死ぬかと思った。
「あ、ごめん! ちょっと待って!」
言うが早いか、少女が俺に馬乗りになったまま魔力を発露させた。
途端、それまで感じていた体の不調が一気に薄れ、喉の奥から声が転び出た。
「お──前っ!? いい加減にしろよ! それが動けなくなるまで寝たきりだった人間にすることかっ!?」
「だからごめんって! 許してよぅ」
「死にかけた奴に追い打ち掛けるような馬鹿に割く慈悲なんかあるかっ!」
「うん、ごめん」
箍など遠に投げ捨てた衝動の塊をぶつけられて。けれどもその少女は優しく頷いた後、上から覆い被さるようにして俺の頭を抱き、耳元で小さく囁いた。
「おかえり、ミノ」
まるで希望をその手に捕まえたような声で噛み締める彼女。その背中に、考えるより先に手を伸ばして…………。
「いーったぁぁあああっ!? 何!? なんで抓るのっ!?」
「いつまでそうしてるつもりだ。早く俺の上から退け、カレン。重い」
「なぁあああぁ!?」
思い切り背中の肉を抓ってやった。
煩い悲鳴を上げた彼女を無視して上体を起こせば、それでも退かなかったカレンが殆ど同じ目線で目の前に座り込む。
「至近距離で高い声出すな。早く降りろ。話はそれからだっ」
「うぅううぅううぅぅぅう…………」
人の言葉を喋れ。この世に二つとない唯一の魔剣なんだろうが、お前は。
呆れて溜め息を吐き出す。すると部屋の扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
マリスが勝手に許可を出して入室を促す。そう言えば彼女へ文句を言い損ねたと思い出すのと同時、扉を開けて中に入ってきた顔触れに今以上の面倒を幻視した。
「ミノさん……!」
「ユウか。……とりあえずこいつをどうにかしてくれ、落ち着いて話も出来ん」
「あはは…………。カレンさん、流石にそれはちょっと……」
「うぅ……。ユウさぁん、背中見てください。赤くなってませんか?」
「え、なんですか、急に……」
不満を吐き出しつつようやくカレンがベッドから降り、ユウの傍へ。それと入れ違いに、じっと見つめる視線が傍に足を止めた。
「……おかえり」
「不機嫌そうだな、チカ」
「煩い。黙れ」
鋭く尖った声に思わず面食らう。これは──
「っと、シビュラか」
「ん。おかえり。待ってた」
「まともなのはお前だけだな……」
違和感に気付いた次の瞬間、俺の胸に軽くぶつかったのは長い白髪の頭。彼女は相変わらず無感情に俺に抱き着いて、マーキングでもするようにぐりぐりと額をこすりつけていた。
「なんだ、もう起きて平気なのか?」
「……ショウ。頼む、この状況何とかしてくれ」
「はいよ」
ようやくまともに話の通じる相手を見つけて面倒を放り投げれば、俺の過去は疲れたように乾いた笑みを浮かべて肩を竦めたのだった。
それから狭い室内に俺を含めて七人。人口密度のお陰か随分と温かく感じる空気の中、やっと本題に入る。
「……教えてくれ。あれから、どうなった?」
特別構えることなく雑談のように尋ねる。するとカレンたちが無言で視線を交わし、少しの沈黙の後重く口を開いた。
「…………ミノが倒れてから、三か月経ったよ」
「……そうか」
声に、俺は持ち上げていた上体を再びベッドへと投げ出したのだった。




