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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
《天魔》と《魔堕》の境界線
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第三章

 億劫そうに横薙ぎに振るった腕を追いかけるようにして魔術が(はし)る。

 組んだ術式を忠実に再現したそれは、魔力を内側から暴発させて迫りくる数多の魔物を眼前で霧へと変貌させた。


「流石はお姫様。魔力は大丈夫ですかい?」

「………………」

「……これは失礼を」


 指先より発した一条で、軽薄な声の後ろを射抜く。死角から襲い掛かろうとしてた魔物を貫いた一撃がそのまま這うように宙を蛇行し、続けて幾つかの魔物を貫いた。

 そんな殲滅を横目に、首の後ろで一つに括った長い髪が折った腰と共に揺れる。

 トリス。アルマンディンに潜り込んでいた《共魔(ラプラス)》。彼の持つ《識錯(シキサク)》の能力は、視覚誤認。対象の見た目を偽る物だ。

 元《魔祓軍(サクラメント)》として顔の割れている彼らは、トリスの能力で姿を。ラグネルの《匣飾(コウショク)》で魔力の質や波長を変質させ、その身に宿す膨大な魔力をエレインの《霧伏(キリブセ)》で隠匿して世界に紛れ込んでいた。

 全ては《波旬皇(マクスウェル)》を討滅するため。世界に存在を否定されたが故に、死する生き人として手段を講じ、その機会を伺っていたのだ。

 紆余曲折を経たが、彼らの目的は半分が達成された。

 残りの半分は、今目の前に波濤の如く押し寄せてきている。


「交代は?」

「次はイヴァンだったかな。そろそろ来ると思うけど……」


 尋ねれば、その言葉を合図にしたように空間が開いて白髪に翡翠の瞳を嵌めた青年が姿を現した。


「すまない。少し準備に手間取ってね」

「準備?」

「防衛線をもう一つ下げる。安全最優先でこのまま待機させている後方まで撤退だ」

「まだ退くのか?」

「これが最後だ。各所への伝達を頼む」

「あいよ」


 もう何度目の戦線後退だろうか。そんな風に思いながら、遠くに見える山の連なりへと視線を向ける。


「ここは変わろう。下がってゆっくり休んでくれ」

「……ん」


 その実力はよく知っている。魔術に秀でたあたしでも、全力ですら彼には及ばないかもしれない。

 《共魔》、そして《甦君門(グニレース)》の実質的な中核……イヴァンは、それに足る人物だ。

 彼ならば問題ないとその場を預けて(きびす)を返す。自前で開いた空間転移の魔術を抜けて足を踏みしめたのは、ひんやりとした空気が肌を撫でる閉鎖的な大空間。

 足を出せば、靴底が鳴らした足音が微かに反響して遠く消えていった。

 ここはユークレース司教国の地下……無窮書庫の下に広がる巨大な地下迷宮だ。

 このコーズミマの世界で魔剣の管理を行うユークレースには、沢山の魔に纏わる物が流れ込んでくる。それらを選別し、危険だったり不安定だったりする魔具や魔剣を保管しているのがこの場所だ。

 過去にはその一つとして、神の手記とまで噂された魔具……魔篇(まへん)を外界より隔離し、隠匿するための場所でもあった。

 そんな広々とした空間は、人目を(はばか)り秘密裏に拠点を構えるには持って来いな場所ということ。そのため、ユヴェーレン教の司教であり、ユークレース司教国の教皇でもあるファルシアに頼んで、活動拠点として場所を間借りさせてもらっているのだ。

 微かに淀んだ空気と魔力の流れ。心地よさと不快感を同時に味わう奇妙な空間を迷わずに歩く。すると既に見慣れた道の向こうからよく知る顔が姿を現した。


「お、帰って来たのか。お疲れさん」

「前線また下げたって」

「そうか。一体これで何回目だろうな。少し前まではルチル山脈の向こうにいたってのに……」


 愚痴なのか憂いなのか分からない言葉を零しながら彼……ショウ・ノースが乾いた笑みを浮かべる。

 ショウは彼の過去。因縁であり、清算と戒め。

 彼の、誰よりの理解者であり、天敵だ。


「二人とも相変わらずだ」

「そう」

「様子見に行くんだったら、その前にマリスさんのところに寄ってくれってさ。何か話があるらしい」


 頷くのも面倒でそのまま隣をすれ違えば、後ろから小さな吐息の音が聞こえた。

 彼の代わりに色々面倒ごとを引き受けて大変なことだ。あたしのことなんか放っておけばいいのに。

 そんな風に思いつつ目的地へと足を向ければ、扉を叩いて入室の許可を得る。


「あたし」

「どうぞー」


 間延びした返事。緊張感のどこか欠けたその声に、少しだけ胸の奥の角を削り落として部屋に入る。

 中にはこちらに背を向けて座る白衣の女性と。その彼女がじっと見つめる眠る男が寝具の上に横になっていた。


「飲む?」

「……うん」


 差し出された水。痛いほどに冷えた冬の透明さに視線を落として、それから乾いていた喉の奥へと流し込んだ。


「話って?」

「あなたのこと。大丈夫?」

「別に」


 飾らない声に、飾って返す。その気になれば言葉にしなくても理解できるはずなのに、そう言葉にして問う彼女の背中をじっと見つめた。


「問題ないならそれでいいわ。今倒れられると色々大変だからね」

「……マリスこそ、無理はしてない?」

「えぇ。悩みは尽きないけれど寝てはいるから平気よ」


 それを平気と言っていいなら、彼はどうして目を覚まさないのかと。気付けば寝具の直ぐ傍に足を止めて、目を閉じたままのその顔を見下ろす。


「心配?」


 からかいの色さえ滲ませて尋ねてくる彼女。

 言葉に渦巻く感情を胸の奥に覚えて、確かめるように少し向き合う。


「……心配してなかったらここにはいない」

「そう」


 返答には、満足したような声。嬉しそうに微笑むマリスの視線から逃げるようにこちらから()く。


「進展は?」

「残念ながら。ただ、あなたの時と同じなら方法がないわけじゃない」

「………………」


 彼女が何を指してそう言っているのか。脳裏に過ぎった顔に、自らの非力さを呪う。


「……彼女は?」

「そっちも相変わらずよ。こんな時だっていうのにね」


 皮肉ささえ滲ませて、憂うように疲れた笑みを浮かべるマリス。

 彼女が身を粉にする思いで色々手を尽くしてくれていることは知っている。お陰で彼と彼女を預けてあたしは前線に出られているのだ。

 だから彼女を疑うわけでも、ましてや信頼していないわけでもない。

 しかし、それであっても今は今。そこにある現実は次の瞬間に大きく変わったりはしない。


「前線、もう一つ下げるって」

「そう。無理だけはしないでね。あなたまでいなくなったらわたしたちは──」

「わかってる」


 言わなくても分かることをわざわざ言わせるつもりはない。……あたしが聞きたくない。

 そんな独り善がりで、会話にしては(いささ)か足りなさすぎるやり取りを一方的に切り上げ部屋を後にする。

 背中に感じる視線は、しかし音になることはなく。まるで追い立てられるようにその場を離れて薄暗い道を歩く。

 彼が……ミノ・リレッドノーが倒れてからしばらくが経った。その間に世界は大きく様変わりをした。

 《波旬皇》という強大な敵に立ち向かうために、腹の探り合いを続けていた四国がどうにか手を取り合って連合軍を結成。

 彼らが魔具や魔剣を持って戦場に散ると、そこから今に至るまで昼夜の感覚さえ見失う闘いの日々が続いている。

 最初は一進一退だった前線も、長期の継戦によって綻びが生まれ、やがて前線を一つ、二つと下げ。今ではルチル山脈を防壁としてどうにか耐えている状況。

 もしあの天然の防衛線が崩れれば、その向こう側……ベリル連邦があった場所を埋め尽くす魔物の群れが一挙にこちらへと流れ込んできて、蹂躙なんて言葉が生温い歴史が紡がれる。

 それを避けることが、目下人類が掲げる曖昧な未来だ。

 避けてどうするかも、まだ定まっていないのに……。

 けれどそんな奮闘のおかげで、未だ人の生活圏は守られている。

 希望はまだ、どこかに転がっている。……そう思わなければ形のない何かが壊れてしまいそうで怖いのだろう。

 色々勝手なことだと。その一端にいる自分を冷静に見つめながら地上へと出る。

 するとそこにはあまり見たくない顔があった。


「やぁ、お姫様。少しいいか?」

「………………」

「教皇陛下が話がしたいとさ」

「……早くして」

「はいよ」


 声は軽薄に。しかし笑わない瞳は踵を返しながら続ける。


「判断はお姫様に任せるとさ」

「………………」


 勝手に責任を押し付けられても……。

 だったら今ここでその背中に全部押し付けてやろうかと。胸の奥に沸き上がった想像を別の形でぶつける。


「……あんなことがあったのに連絡係?」

「表立っては動けないけどな。こうして本当に必要なことは頼ってくれるんだ。真実も知らないだろうに……だからあの人は教皇なんだろうな」


 羨むような声音。見えない表情は、しかし歪んでいるようには感じない。

 彼は……メドラウドは、裏切りのように傍を離れた教皇、ファルシアのことを本気で尊敬しているのだろう。


「だから…………」

「別に嫌ってるつもりはない」

「…………そうか」


 先回りして答えれば、安堵したように柔らかい声を零したメドラウド。

 彼はやはり、偽りなき信徒なのだ。

 それ故に、彼が選んだ過去は中々に酷な結果だったのだろうと、少しだけ同情して。やがて辿り着いた小さな教会の中に、目的の背中を見つける。

 足音にか気付いたファルシアが、祈りをやめて笑顔のまま振り返った。


「いきなり呼び立ててすみません。少し伺いたいことがあったので」

「何?」

「では単刀直入に……。彼と彼女は?」

「………………」


 想定通りの問いに、考えてから答える。


「選ぶのは二人。だからあたしは答えない」

「……そうですか。分かりました」


 本気でこんな答えをしたいわけではない。それを察したらしいファルシアが、納得とは無関係に頷く。


「ではもう一つだけ。また何かあれば、彼を通して連絡をしても?」

「……好きにして」

「ありがとうございます、チカ殿」


 チカ。慣れない敬称と共にそう呼ばれて、自分を自覚する。

 その名前は、意味のある響き。何よりも大切な、あたしの宝物。

 誰でもない、あたしの証。

 けれども────


「…………話はそれだけ?」

「そうですね。わたくしからは」


 面倒な言い回しに、ならば全て一度に終わらせてしまおうと諦める。


「……どこに行けばいいの?」

「メドラウド、案内をよろしくお願いします」

「どうぞこちらへ」


 足を出したメドラウドについて廊下へ。扉が閉まると、前を歩く彼が小さく零した。


「ご安心を。彼らはまだですので」

「…………そう」


 別に気にしてなかったけれども。だったら一々話すことでもない。

 どうであろうと、結果が全てだ。


「それで。次はどっち?」

「女王陛下です」


 また偉い肩書きなことだと。記憶の中の顔を思い出しながら目の前の背中を見つめる。

 期待なんてされても、結局はあるがままに過ぎないのに……。

 まったく、面倒なことだ。




 それから、アルマンディン王国女王、レオノーラ・チェズ・フィリア・デ・アルマンディンと。そしてセレスタイン帝国皇帝、ゼノ・セレスタインと数少ない言葉を交わして解放された。

 女王陛下は、らしく努めて冷静に振るまわれ。皇帝陛下も本来の姿に安堵さえ覚える言動で飾ってくれた。

 ……だからと言ってそれが本心ではないのは分かり切ったこと。彼らも大変なことだと、他人事に独りごちる。

 そうして、ようやく得た自由。やるべきことは変わらないと、場所を探して廊下を歩いていると向かいからよく知った顔がやってきた。


「帰ってたんだ」

「今さっきね。彼女のところへは?」

「これから。そっちは?」

「彼らと話し合いだ。今後の方針を固めないといけないからね」


 そこに巻き込まれることを考えれば、ああして呼び出されることの方がいくらかましかと考えて。

 それ以上交わす言葉もないとすれ違えば、彼が振り返って翡翠の瞳をこちらに向けた。


「彼女の事、よろしく」

「……言われなくても」


 苛立ち交じりに答えて、直ぐそこの部屋に入る。内装などには目もくれず、足元へ展開した魔術。琥珀色に輝く光が閉じた視界の向こう側を淡く照らし、体を空間が包んだ。

 再び感じた足の裏の感覚に目を開ければ、そこは既に見慣れた景色。潔癖ささえ感じる白い真っ直ぐな廊下。

 その先にいる顔を想像して、呼吸を整えて歩き出す。

 扉を前に一度足を止め、深呼吸をして小さく叩いた。


「あたし。入るわよ」


 言わなくてもきっと気付いている。それでもしっかりと告げて扉を開ければ、そこには前に来た時から殆ど変わりない少女の姿があった。

 生気のない瞳が(わずら)わしそうにこちらを一瞥する。あたしもよく知る濁り切ったその視線に、記憶を重ねながら口を開いた。


「怒ってる?」


 問いには、短剣一つ。直ぐ傍の壁に突き刺さった一閃が、琥珀色の髪を一房床に落とした。

 これもいつもの事。その気になれば髪なんて魔力でいくらでも元に戻せる。だから今はいい。


「そうだよね……。うん、分かってる。だから一つ、話を持ってきたの」


 紅の双眸が、その視線だけで魔物さえ射殺しかねない瞳が、まっすぐにあたしを射抜く。

 言葉を間違えれば、あたしが反応するより早く壊される。そう分かってしまうから、意識して飾らずに飾る。


「話、食べながらでいい?」


 答えはない。

 そのことを少し寂しく思いながら、壁際に腰を下ろしてオムスビを取り出した。

 彼の世界の、とても一般的な携帯食。炊いた麦に具材や調味料を混ぜて成型しただけの簡素な食べ物。

 だというのに意外と奥が深く。その際限のない組み合わせの探求は、未だ答えのない迷宮だ。

 今回は干し肉を甘辛く煮込んで混ぜ込んだ物。目の前の彼女も、旅の中では好んで食べていた具の一つだ。


「まず最初に、彼の容体は変わらない」


 最初はこの言葉に反応も示していたが、今では視線すら向けてこない。それでも聞いてくれるのは、いつか違う言葉を聞きたいからなのだろう。

 だから、そんな彼女に告げる。


「けど、どうにかする方法ならある」


 顔が、上がる。物言わぬ視線だけが痛く突き刺さる。


「……気付いてるでしょ。そんなことができるのが、誰なのか」


 知っていて、それでも動かないのは、その理由が見つからないからなのだろうか。

 ……それとも、分からない振りをしているだけなのだろうか。だったら────


「あたしたちは頼らない。期待もしない。無理強いもしない。……けど、もし必要なら手を貸すから。だから力にならせて。…………それだけだから」


 言いたい言葉を勝手に言って。残りのオムスビを口の中に放り込み、乱暴に咀嚼し立ち上がる。

 次いで腰の麻袋から、彼女宛の届け物を取り出し、置いた。


「これ、ノーラから」


 小さく音を響かせたのは、宝石でも詰まったように輝く瓶。

 その中身は、あたしも知る彼と彼女の思い出。


「梨の蜂蜜漬け。いらないなら置いておいて。次来た時に持って帰るから」


 答えは待たない。立ち上がって踵を返す。


「また来るね、カレン」


 後ろ手に扉を閉め、再び歩き出す。

 …………これで駄目なら、最悪犠牲を払ってでも……。

 そう胸の内に未来の欠片を抱きながら転移の魔術を行使する。

 今日もまた、殆ど眠ることなどできないのだろう。




 翌日目が覚めると、部屋の扉に連絡が一枚挟まっていた。

 扉を開けた拍子にひらりと舞ったそれを目の前で捕まえれば、目を通して思わず零す。


「やっと決まったの」


 ならばまずはそれの確認から。

 無為な期待はせず、寝たままの彼が変わりないことを確認すると部屋を出てすぐに転移魔術を発動した。

 向かったのはユスティリア大聖堂。ここには他の国から集まった要人たちがよく出入りし、コーズミマの今後を日夜話し合っている、今のこの世界の中心。

 そんな、もう一つの最前線に、事前の予約もなく突撃する。と、丁度中から目的の内の一人と鉢合わせした。


「あ、チカさん……」

「少しいい?」

「はい。わたしもお話ししたいことがあったので」


 きっと夜通しの話し合いで碌に眠れてもいないのだろう事が顔を見れば丸分かりな少女。それでも国を預かる身として一歩たりとも退くことができないのだと、その責務を全うしようとする心根だけは素直に尊敬する。

 最も年若い国の主、アルマンディン王国女王、レオノーラ・チェズ。

 そんな彼女に、もう少しだけの無理を強いる。


「ただ、その前に一つ」

「なに?」

「昨日のお昼からほとんど何も食べてないんです。どこかお食事でもいかがですか?」

「……任せる」

「ではどうぞこちらへ」


 言って、直ぐ傍に止めてあった馬車へと乗り込むノーラ。別に転移の魔術で彼女を攫ってもいいのだが……面倒事を起こしても何の得もないと諦めて。

 歩かなくていいのだと自分を納得させれば、彼女について個室へ。笑顔の彼女に促され目の前に腰を下ろせば、扉が閉められ馬車が動き出す。

 すると彼女は、女王の冠を外してあたしを真っ直ぐに見つめた。


「あの人は?」

「……まだ寝たまま」


 馬車の中がいくら個人的な空間とはいえ、いきなりその質問とは。どうやら彼女は筋金入りらしい。

 疑念が確証に変わっていく中で、少しだけ同情して封を一つ取る。


「けどどうにかする方法ならある」

「それって……」

「それ以上は言えない」


 これでも十分譲歩しているのだ。本来ならば何もできない彼女に明かす情報などない。

 それでもこうして少し話したのは、彼女を味方につける意味があると思ったからだ。

 今コーズミマは混沌の上に危なく揺蕩(たゆた)っている。

 腹の中を探り合いながらの四国。そんな国々以上の戦力を保有していながら、明確には手を取り合っていない《甦君門》。こちらの状況などお構いなしな《波旬皇》。

 さてこの状況で彼が戻ってきた場合にどうなるか……そんな面倒な想像は簡単な答えに辿り着く。

 それ故に、今この時間を使って一つでも今後の憂いを断っておくことが、何もできないあたしにできる唯一。

 彼女……ノーラは、その足掛かり。彼女がこちらに理解を示して協力してくれれば、彼の居場所を明確にできる。

 それに、その後だって……。

 想像して、小さく自嘲した。あたしも大概かもしれない。


「……会うことはできる?」


 引き際を(わきま)えている辺りが中々に面倒だと思いながら。


「何もできない。《逓累(テイルイ)》の力も、意味がない」

「それでもいいから」

「……期待はしないで」

「うん」


 女王がしていい顔ではないだろうに。

 全く。早く目覚めてくれればいいのに。

 そうしたら、あたしも…………殴ってやれるのに。




「確定?」

「じゃないとこんな話はしないから」


 問いには、既に飾ることの疲れた声が返る。

 まだ公的に発表されたわけではないのに。そんなに大変な話し合いだったのだろうか。人の世は(わずら)わしさで満ちている。


「発表はいつ?」

明後日(あさって)


 となるとその時間はあたしもこっちに戻ってきていないといけないわけか。巻き込まれるのは厄介だが……それだけの価値があるのは理解しているつもりだ。

 ノーラが語ったのは、四国と《甦君門》の今後の関係について。彼らはどうにか落としどころを見つけて、当面の協力関係を紡ぐことにしたらしい。と言うのが今し方目の前の女王陛下から語られた話だった。

 《甦君門》との協力関係は、ノーラとファルシアは反対。《共魔》であるペリノア扮するガハムレトと、《甦君門》から無事戻って再び皇帝の座に就いたゼノは賛成という構図が長く続いていたらしいが、どうやらそれにも一応の納得を見つけたようだ。

 これでようやく大手を振って協力できる。

 それに、ノーラ個人としては彼の情報が入ってくるから、そこに関しては悪い話ではないはずだ。

 とはいえ、そんな彼女個人の思いと、国を預かる者としての立場は違うというのが悩みの種。その狭間で苦悩して、今こんなに憔悴しているのだろう。


「そういうわけですから。発表されたらその時はお力を貸してください。わたしも、できる限り尽力します」

「分かってる」


 過程がどうあれ、手を取り合う地盤はできたのだ。あとはそれを最大限に利用するだけ。

 そんなことを考えた直後、揺れていた馬車が止まる。

 開かれた戸から降りたノーラが、いつの間にか冠を頭に頂き、こちらに振り替えって王女の顔で問う。


「よろしければ休憩していきませんか?」

「……また今度に」

「分かりました。その時は、是非彼も交えて」


 芯の通った微笑み。差し出された掌を取って馬車を降りれば、宿に入って行ったノーラを見送る。

 彼も交えて。当然だ。それが、全てだ。




 二日後。ノーラが言っていたように《甦君門》と共同戦線を張る旨が通達された。

 もちろん反発はあったが、体裁上|《甦君門》が四国の支配下にあるという形を作ったおかげで、人の世界が内側から崩壊するということは(まぬが)れた。

 実際のところ、《波旬皇》に関して沢山の情報を持っている《甦君門》が四国の下に着いたという事実は存在しない。

 しかし彼らは世界にとって平穏を脅かす者たち。《波旬皇》の復活も《甦君門》の仕業と言う宣伝によって、広くにはそう認知されている。必要以上の混乱を引き起こさないための措置だ。

 結果、世間での《甦君門》とは《波旬皇》復活を行い世界を今の混沌へと(おとし)めた悪辣(あくらつ)非道な集団、という認識だ。

 そんな彼らと対等に手を取り合う事は最早できない。

 そこで、事態の収束に向けて表向きに作り出したのが、《甦君門》の全てを四国が握っているという虚偽だ。

 《甦君門》の協力がなければ、無為に損害が出るだけ。これは仕方のない落としどころ。最初に《甦君門》を悪役として広めてしまったのが間違いなのだ。

 ……そうとしか受け取れないことをしていた方にも問題はあるだろうが、今更後悔しても仕方ない。折角取れた手。ここからようやく反撃の足を踏み出せるのだ。

 そんな、逆襲の先鋒を取り仕切るイヴァンに問う。


「全部片付いたらどうするつもり?」

「……元々死に損ないの集まりだ。目的が果たせたら、贅沢に全部貰って死んでやる」


 いけ好かない。結局彼らの思う壺だ。

 けれどそれで世界が脅威から幾らか解放されるなら、いい事なのかもしれないが。


「君こそどうするんだ?」

「………………」


 切っ先を返されて黙り込む。

 あたしは、《波旬皇》の鍵。そして、魔剣だ。

 魔の首魁に通ずる道であり、その道中を切り開く刃。存在そのものが相反している。

 お似合いなのは、自らを貫いてしまうことだろう。けれども残念ながら、魔剣に自害は許されない。なにより──


「あたしには、決められない」


 そんなこと、彼が許しはしない。


「ふむ、そうか。…………君自身の未来だ。その時になって慌てないように、今から考えておいてもいいかもしれないな」


 彼らがあたしを生み出したわけではない。《甦君門》は、封印を解く鍵としてあたしを大事にしていただけだ。

 彼らの下にいた時だって、あたしがあたしを殺すようなことは決してなかった。ともすれば無関心にも匹敵する、特別扱いをされていた。

 だから彼らは、あたしに干渉できない。望みがあっても、それを押し付けられない。

 そして、あたしの決断を、彼らは否定も肯定もしない。

 いっその事誰かに決めて貰えれば、楽なのに。

 存在理由のないあたしに、一体何の価値があるというのだろうか。

 逃げるように踵を返す。


「そろそろ交代の時間だぞ?」

「顔見てくる」


 言い訳を振りかざして転移を発動。見慣れた景色をぼんやりと見つめて、曖昧な目的地の前に立つ。

 彼女なら……答えをくれるだろうか。

 そんな風に微かな期待を抱きつつ、扉を叩いて中に入る。

 とりあえず雑談に外の状況でも話して…………。

 なんていう想像は、部屋の中を見渡した瞬間に、なくなっていた。


「………………あ、れ。カレン……?」


 入って目の前。いつもそこに膝を抱えて座り込んでいた、黒髪の少女。

 その姿が見当たらないことに、一瞬頭が真っ白になる。

 どこか呆然としたまま視界を回す。が、覚えのある傷跡は沢山あっても、それ以外の痕跡が一切見つからなかった。


「……嘘。…………。っ!!」


 ようやく遅れて事実が実感となって襲い来る。部屋を飛び出し、廊下を全力で蹴って研究所の中を走り回る。

 だがしかし、その姿は見当たらない……。

 建物の出入り口までやってきたところで足が止まる。次いで湧いてきた空虚さが転移の魔術を発動させ、イヴァンの傍へと戻った。


「早かったな」

「カレンが消えた!」

「……なに?」


 流石に想定外だったか、彼の翡翠の瞳が驚きに見開かれる。


「どういうことだ?」

「言葉の通り。部屋にいなかった。研究所の中にも……」

「他は探したのか?」

「……まだ」


 けれど、それは徒労に終わると、なんとなく分かっている。

 ……失敗した。どうにかして監視を付けておけばよかった。

 慌てて他の《共魔》に連絡を取り始めるイヴァンを横に、小さく後悔する。

 カレンが一度失踪し、あの部屋に戻ってきた直後の事。今後彼女が姿を消したときすぐに対処できるようにと、監視を付けようとしたことがあった。

 しかしカレンがそれを嫌い、設置した魔術は壊し、人を置こうとすれば無感情に串刺しにすらしようとしたのだ。

 それ以降監視は取りやめて、今まであたしたちがしていたように時折様子を見にあの部屋へ行くという方法で、彼女の存在を確認していた。

 とはいえそれは四六時中というわけにはいかなくて。心のどこかでこうなるかもしれないとわかってはいたはずなのに……。

 結果、こうして彼女が消えたことに、深く遣り切れなさを噛み締めている。

 それで、ようやく気付いたことが一つ。

 あたしは、カレンに期待をしていたんだ。彼女ならば大丈夫と、勝手に押し付けていたのだ。

 分かった気になって、安心していたかったのだ。

 

「カレン…………」


 呟いて、拳を握る。

 結局、あたしはまた、彼女を一人ぼっちにさせてしまったのだ……。




              *   *   *




 アーサーの死。《波旬皇》の誕生。

 それを語り終えた彼が、ここからが本番だとでもいうように、今へ至る物語を紡ぎ始める。


「戦線は後退しながらも、防備を固めた人類の側に、魔物はあと一歩踏み込めなかった。その巡るような均衡の中で、けれども少しずつ変質していく物があったんだ」

「変質?」

「……《波旬皇》の封印。それが弱まった理由については?」


 唐突に別角度から問われて一瞬置いて行かれる。が、直ぐにそれが意味のある問いなのだと気づいて記憶を掘り起こした。


「……確か、封印から漏れ出る魔力を元に生まれた魔物。それを討滅し続けたことで、《波旬皇》が外に干渉できる魔力が一帯に溢れ、緩んだ。加えてチカの魂が呼び水になって封印は解かれた、んだったか」

「あぁ。そして重要なのは、その前提に潜む流れだ」

「流れ?」

「討滅された魔物は、魔力となって大気に溶ける。それはつまり、コーズミマと言う広い大地の上に、その残滓が漂い続けるということだ。《波旬皇》はその微かを積み重ねて、少しずつ封印を壊して行った。彼女の魂に干渉できるくらいまでね」


 魔力は、偏在する。流れて、吹き溜まりに集まり、魔物へと変化する。

 魔力は、人の負の感情の塊。


「《波旬皇》は、魔力を喰らうことでそこに宿る記憶までを自らの物にした」


 魔力には記憶が宿る。それはヴェリエが魔力から過去を(さかのぼ)ったことからも事実だ。

 つまり、それは……。


「討滅された魔物が有した記憶は、ただの魔力になっても残ってるってことか」

「本来魔力は風のように一所に留まらない。だからその魔力が集まって魔物へと変化しても、元と同じ魔物にはなりえない。その存在を構成する魔力が以前と異なるからね」

「……だが、もし人から得た知識を維持したまま世界中に散って、その断片が再び魔物の形をとれば…………。微かに残ったそのきっかけが、更なる知識を……感情を希求して……」

「そうして知識を得た魔物が討滅され、魔力に戻り。再び世界へと巡る」


 アーサーの言葉に、その壮大な、複雑にして一本道な流れに、息が詰まる。


「魔物は、魔障と言う繋がりがなくとも時を経るごとに知恵を付ける……」


 一体どれだけの時間が必要なのかは分からない。ただ、少しずつでも積み重なっていけば、それは膨大な情報量になる。


「魔物が賢くなる。それが変化か」

「もちろんそれで魔物の個が極端に強くなるわけではないよ。例えば、250体の魔物が1ページずつ戦術書の切れ端を持っているのと同義だからね。バラバラのままでは戦局を覆す力にはならない。だが、情報とは使い方次第だとは思わないか?」

「考える力か」


 数多溢れる程の低位の魔物は意思疎通の方法を持たない。その本質は、胸の奥に(くすぶ)る負の感情を発散するという衝動だ。だから、いくらページが集まっても、それがもともと一冊の本だったとは気付かない。

 しかし1ページでも情報は情報だ。もしそれを、自分だけの本として向き合い続けたならば。

 例えば、その1ページの続きを、『想像』したとすれば。


「魔物が得たのは特別な力などではない。ただ、考えるという武器だ」


 それはきっと、知性あるものが最初に手にする武器。

 感情を昇華するという、術。


「魔物の術……魔術」

「そう。考えるという、魔術だよ」


 ともすれば世界の(ことわり)さえ覆しかねない……魔術という括りでは収まらない。

 これは────魔法だ。


「そして魔物達は、問う。自らの存在意義を」


 それは、《波旬皇》が至った思考の一つ。

 けれどリンゴを見て赤いと思う者と丸いと思う者。食べて、好きだと思う者、嫌いだと思う者がいるように。

 考える視点一つによって、結論というものは大きく変化する。


「するとある時、こんな結論が導き出された」

「感情との、向き合い方。人と争う、必要性……」

「君もよく知る────共生思想の始まりだ」


 共生思想。それは、後にユークレース司教国と言う土地を作り出す、その(いしずえ)

 そして────


「魔剣誕生への、第一歩だな」


 アーサーが、楽しそうに微笑む。

 確かに……。これは物語の本編だ。特に、俺にとっては…………。


「もちろん最初は小さな勢力だった。けれども一度生まれた思想は、討滅の後、魔力となって拡散される。そうして、新しい価値観が広まり始める」


 感情の拡散。思想の拡散。

 それは宗教にもよく似た……俺にとってはそれ以上に馴染みのある感覚。

 情報の共有…………SNS。


「ふむ。君の世界はやっぱり面白い。君の世界は一体、どこまで価値観が煩雑に広がったのだろうね」

「…………知るか……」


 人と繋がることができなかった失敗作に答えなどない。


「一派が(おこ)ったのは《魔統地(カムロドゥノン)》の一角。今でいえば、ユークレース司教国の中心地の辺りだね。ある時、魔物の側に異変が起きた。戦いを望まない存在達だ。そしてその噂は、人の世界を静かに駆け抜けた」

「ユウに聞いた。共生思想自体は人の側にも僅かに残ってたんだろ。最初の魔物との出会いから、細々と受け継がれてきたものが」

「あぁ。だから当然、その者たちの耳にも入った。彼らにしてみれば渡りに船。戦いは終わりの見えないほどに続き、意思疎通の困難だと思われていた相手にも、同じ思想を持つもの達がいるのだと知った。ならば当然、危険を冒す理由にもなる。もしかしたら、こんな疲弊していくだけの無益な戦いを終わらせることができるかもしれない。そう胸に抱いてね」


 共生思想を抱く者達にとっては光明以上の、最早奇跡だ。

 だから、それは必然ともいうべき流れだった。


「異能を使う魔物。そんな中から現れた奇跡の存在。人の側からすれば、長年の願いが結実した象徴……神様にだって感謝したくなるだろうな」

「なればこそ、神が起こした奇跡。混沌に齎された、一筋の光。神の御使い、魔物の中から生まれた、天使。その名を──」

「《天魔(レグナ)》」


 ────結果、人がその魔物達に勝手につけた名前が、天から下った魔物……《天魔》よ


 あれは確か、チカが言っていた言葉だったか。

 けれどもようやく、ここからは俺も知る歴史の話だ。


「そこからの流れは、熱を伴っていた。戦いに疲れた者、考えに賛同する者。一度立った旗を目印に、人と魔物、両側から意思を同じくする存在が次々に名乗りを上げた。そうして、《魔統地》の中に共生思想達が根城とする地域が生まれた」

「名前は無かったのか?」

標榜(ひょうぼう)はしてなかったからね。それに、相手を殲滅せんと意気込む人類と魔物。それぞれにとっては身から出た異分子……排除すべき存在だ。手を取ることはなかったが、それぞれに(うと)ましくは思っていた。そんな、増えた面倒な敵に名前を付けるなんて豪勢なことは許さなかったのさ」


 名前。この世界では神聖視さえされている概念。名は体を現すという言葉通り、その響きには意味が生まれる。

 だから決して認めることなどできない共生思想の面々に、名前を付けることを(いと)ったのだ。


「ただ区別はしたかったらしく、共生思想の《天魔》と相反する、《波旬皇》に(くみ)する魔物を《魔堕(デーヴィーグ)》と呼ぶようにはなったみたいだね」

「付けたのは魔物殲滅を掲げる人類だろ? 中途半端なことをしたもんだな。裏を返せば共生思想を認めてるのと同じことだろうに」

「とはいえ共生思想は、その存在感に反して無害でもあったからね。突っつかなければ問題にならない。ならとりあえず横に置いて、魔物打倒は貫き通す。その傍らで、可能であれば共生思想を上手く支配する……。それが人類側の当初の狙いだったみたいだよ」


 《天魔》と共にいる共生思想の面々は人間だ。そいつらを間に挟んで魔物を手に入れられれば、敵対するもの達への有効な手段を見出せるかもしれない。そんなことを考えたのだろう。

 相変わらず人の側のやることは迂遠ながら陰湿だ。


「人と魔物の争い。共生思想を抱くもの達は、それを止めることが最大の目的だ。自分たちがそうであったように、対等に理解し合えれば、争いはなくなる。そう考えて、世界を動かした」

「話し合いの場を設けるために、それぞれの版図を拮抗させようとしたんだったな。けどそれは、」

「戦線を押されていた人の側に肩入れすること……()しくは魔物の攻勢を削ぐ事に繋がる。結果、状況を拮抗させようという共生思想の目論見は、不公平な介入……共生を謳う存在がしてはならないことだと、敵視される結果になった」


 似たような話は、俺が元居た世界でもあった。

 核抑止論だ。

 大量破壊を生む兵器を多量保有することで、反撃を仄めかし互いに牽制。それ以上の被害を防ぐという考えだ。

 そのためにはある程度戦力が拮抗していないといけないが、あの世界ではその危うさもどうにか保たれていた。

 コーズミマでは、人の側が押し込まれていた。また、核と言う目に見える象徴も実在しなかった。あり得るとすれば《波旬皇》と転生者だろうが、ここまでの話を(かんが)みればまず意味がないだろう。

 だから戦局だけでもバランスを取ろうとして……と言うことだ。


「周りが見えてなかったのは当人だけ。遠巻きに相手にしていなかった人と《波旬皇》の方が正しかった。その、傾いた均衡を当人が干渉したことによって壊したんだ。皮肉な話だな」

「……では、彼らはどうすればよかったと思う? どうすれば共生思想は世界を変えられたと思う? 君の意見はあるかい?」


 主題より逸れたことを問われ、少しだけ考える。


「……一度解散するってのはどうだ?」

「ふむ?」

「固く抱いた思想は簡単には崩れない。そう信じられるなら、一度共生思想と言うノイズをなくしてみればいい。三つの勢力で作り出されていた均衡がもし崩れたなら、その時こそ価値が生じる。失くして初めて気付く大切さってやつだ」

「なるほど。面白いね。干渉をしないことで結果を残す。形に(こだわ)っていては見えない選択肢だ。……だからこそ、君は果て無く理想を描けるのだろうね」


 《珂恋(カレン)》の力の事を言っているのだと気づけば、面白くなくなって顔を逸らす。

 いくら頭の中を覗けるからと言って勝手なことを(のたま)ってくれるな。俺の想像力を評価するなら、その評価以上の結果が更なる想像力によって齎されることくらい分かるはずだ。


「結構。話を戻そうか」


 楽しそうに笑みを浮かべるアーサー。

 ……こいつ、俺に自覚させるためにわざとこんな話をしやがったな? 相変わらず食えない野郎だ。これだからイケメンは。


「戦線を膠着(こうちゃく)させること自体には成功した。しかしそれが招いたのは、新たな火種だった」

「人類と《波旬皇》。双方が共生思想と直接向き合って、その存在意義を問うた。一体どっちの味方なんだ、ってな」

「だが共生思想は、その名前こそが本質。形はどうあれ、やろうとしていることは世界の平穏を望むこと。例えどんな立場に立たされようと、争いを好んで続ける者たちの肩を持つことはない。……そう宣言して、両派閥の干渉を遠ざけたんだ」

「そしてその宣言こそが、トリガーになった。共生を謳いながら、彼らの起こしたことは更なる混乱を招いた。そこに存在価値などない。本来あるべき形へ戻すため……人と魔物の対立構造を取り戻すため、両派閥が同時に仕掛けた」


 この辺りの流れはよく覚えている。

 共生思想は戦いの決着以外の終結を願い、二つの派閥はそれを否定する。

 結果、形のない多数決によって、手こそ取り合わなかったが示し合わせたように共生思想を消し去ろうとした。


「……けど、その一瞬だけ見れば人と魔物が共に戦っているとも考えられる。結末がどうあれ、共生思想を掲げた奴らの主義主張は、全くの的外れでもないってことだな」

「事実、ミノがいた時代では部分的にそれが叶っているわけだしね。彼らはきっと、この戦いの影の勝者だよ」


 魔剣とその契約者と言う形は、その最たるものだ。魔力や魔術を利用した文化の発展も、考えようによっては共存とも捉えられる。

 だからこそ、彼らの取った選択肢が惜しかったと言わざるを得ない。

 もしかしたら、その時代に魔物との争いがなくなっていたかもしれないのだから……。


「理想論を話してもしょうがない。歴史を辿ろうか。……魔物と人の総攻撃に(さら)された共生思想だったが、数の不利があってもそこそこ持ち堪えたんだ。彼らの戦い方のお陰でね」

「戦い方?」

「もちろんの前提として、彼らの主義主張は双方から生じる争いの根絶だ。だから主戦場は口撃……プロパガンダを流布したりと言う形で、まず敵の戦力や戦意を削ぐ事になる。特にこれは人の側に効果が顕著だったみたいだね。幾ら戦いでも、人が人を攻撃することに躊躇を覚える。そこを主軸に声を張り上げれば、ある程度の結果が表れることになる」


 それはそうだろう。抱いている思いは違えど、言葉を交わすことのできる相手なのだ。ここに言語の壁があればその罪悪感も多少薄れるのかもしれないが、それでも同族殺しと言う汚名は、できれば着たくない。決断が鈍ってしまうのは仕方のない事だ。

 対して魔物は、人の言葉を理解するものが少ない。幾らこれまでの戦いで断片的な知識を得ていたとしても、それが言語を介することには繋がらないからだ。数式だけで、相手と意思疎通はできない。言葉が伴わなければ、それはただの数字や記号だ。

 だから魔物への効果は見込みが薄い。


「魔物は中位以上にならなければ意思疎通ができない。けれど戦場で多数を占めるのは低位ばかり。だから魔物の側にはあまり効果がなかった。魔物同士でもそれは同じ事。言葉の知らないものに話しかけたところで何も通じはしないからね」

「つまり戦力をある程度集中できたわけか」

「加えて彼らは魔物と協力することができた。魔具と言う橋渡しもあった。お陰で疑似的な契約のようなこともできたんだ」

「疑似契約って言うと、俺がユウの魔瞳を一時的に間借りしたみたいにか?」

「少し違うけれど、まぁ似たようなものだね。君みたいに、人を魔力タンクと考えてそれを引き出すことで魔物が魔術を行使する。結果、継戦能力が上がり少数でも前線を維持できたんだ」


 魔力を譲渡する。その形自体は分かりやすく存在する。魔力石だ。

 時間はかかるが、魔力を充填しておくことで魔力石を使って自らの消耗を防げる。三段撃ちの要領で、装填役、補充役、実践役と割り振ってサイクルすれば、結構な時間戦えるはずだ。


「しかもこの戦い方は、人類一派には対処が難しくてね。魔物ならばそれに勝る戦力……例えば高位の魔物などを投入すればある程度の打開策は見える。けれど人類には魔術に抗する術が殆どない。エネルギー切れを狙おうにも、それが根底から覆され引っ切り無しに魔術を撃って来られてはどうしようもないだろう?」

「魔剣とまではいかないが、確かに面倒だな」


 それに、今の話を総合して考えるとだ。魔物が持つ単体で強力な能力。人の存在に裏打ちされる継戦能力。

 本来は別々な力を一つに纏めて昇華した物。その最終形態ともいうべき形が魔剣との契約だ。

 これは、なるべくしてなった歴史の流れなのかもしれない。


「……とはいえ、どれだけ優れていてもやってることは矛盾してるな。共生思想を訴えながら、それを支持するだけの戦力を振るい続けるなんて。戦いを終わらせるための戦いは、ただの自己否定だ。手段と目的を履き違えてる」

「そうすることでしか既に道は拓けなかった。悲しい話だよ」


 最初に火蓋が切って落とされたその瞬間に。そしてある程度戦いが拮抗し続けたその結果に。こうなることは見えていても不思議ではなったのに。

 落としどころなんて、なかったのだ。


「だからそうなる定めだった。最早誰もが目的を忘れ、目の前だけに意識を傾けて。その先に何もないことに、見て見ぬふりをしたまま足を出す。そうして、歴史がまた一つ動く」


 (おごそ)かに。はたまた懐かしそうに。嬉しそうに。

 実際にその場へ居た訳でもない彼が、我が子のようにそれを転がす。


「継戦能力は高かったが、それでも数的不利は完全には補えない。結果、追い詰められたものたちが最後に縋った希望。人の世界では、神の奇跡とさえ語り継がれている、その最初にして始まり」

「魔剣の誕生と、契約か」


 ここに至るまで魔剣と言う存在は出てきていない。だからおそらく、その二つは同時期に起こった奇跡なのだ。

 頷いたアーサーが、小さく息を吐いて勿体振るように話を継ぐ。


「細かく順を追おうか。まずは前提として、共生思想は壊滅寸前まで追い込まれていた。原因はやはり、魔物達だろうね」

「無限に湧いてくるわけだからな。どれだけ継戦能力が高くても、時間が経てば(いず)れ擦り切れる。最終的に先細りして消えるのは、当人たちも分かってたはずだ」

「だから彼らは、願ったんだ。自分たちの思想を肯定する形を。状況を打開する手段を。願って、考えて、追及して。そうして、最初の奇跡が起きた」


 魔剣の誕生。


「それは、天啓のように齎された訳ではない。魔具や魔術、様々な知識を雑多に掛け合わせた中で、偶然生まれた天文学的な確率の、一粒だった」

「転生者の召喚並みにか?」

「いや、蓋然性(がいぜんせい)で言えばそれ以上だろう。世界に新しく存在の形を生み出すわけだからね。……それでも彼らは、最後まで信じていた。心の底からね」


 言って、アーサーが俺を見つめる。

 つまり、それは────


「……《珂恋》と同じってことか」

「魔術とは本来、想像を形にする力だ。理想を描き、その道理を描いて、最後のスパイスに魔力を重ねる。その結果に生まれるのが魔術と言う答え。簡単に言えば、算数と同じだよ」


 数字を覚えて。記号を覚えて。計算をして。そうして答えを得る。


「だからこそ、彼らの切なる願いが魔力と言う概念と呼応して、魔剣が生まれた。新しい概念を作り出したんだ」


 確かに。魔剣の誕生は世界を変えるアウトブレイク。今に繋がる、根幹の一つだ。


「最初は魔具と同じように使っていたみたいだけれどね。それでも足りないと願って……そうして世界を、大きく変えた」

「契約」


 一方的に魔力を流し込んで力を使うのではなく、相互的に繋がることでより強力な力を引き出す。

 そしてなにより────


「それは、人と魔物が共に歩む姿そのものだ」

「共生思想の面目躍如だな」


 彼らが謳い続けた、その悲願。最終的に誰もが認めることとなる、人と魔物の新しい在り方。


「もちろん波及はいきなりではないよ。周りは、新しい魔具か魔術程度にしか思っていなかった。……けれど戦場に立って振るわれたその力に、段々と認識が塗り替えられていった。共生思想にとっては福音として。人類や《波旬皇》達にとっては、脅威と呼ぶべき特別としてね」


 《波旬皇》個人としては、溜まりに溜まったストレスを発散するいい相手くらいに思ったはずだ。

 もしその方法が確立されれば、いつやって来るか分からない転生者を待つよりも、余程有意義に世界を楽しめるからな。

 ……とはいえ、《波旬皇》が裏から手引きした、なんてことはないはずだ。敵に塩を送る様なこと、知恵を付けた《波旬皇》はしない。その方がきっと、望みが叶ったときに嬉しいはずだから。


「そうして、世界は転換期を迎えた。すぐさま共生思想内で魔剣化、契約の手順が確立され、その数を増やしていった。彼らにしてみれば、存在意義そのものだからね」

「……まさに宗教だな」

「あぁ、確かに。魔剣と言う存在は、揺るがない。だから、この頃から彼らの中では一つの軸となった。そしてこれを機に、共生思想の中に、今に繋がる考え方が芽生え始めることになるんだ」

「魔物と人が手を取れるなら、世界そのものに争いなど必要ない……。原初のユヴェーレン教ってところか」


 今では《天魔》と《魔堕》の線引きによって、人に仇為す魔物を討滅するという教義になっている。そこに至るまではまだ長そうだが、なんとなく道は見えてきた。


「その話はまた後で。とりあえず、ここで一区切りだ。どうだった、聞いてみて?」

「……まぁ、理解は深まったかもな。少なくとも《天魔》と《魔堕》の存在については納得がいった」


 納得と言っても、なんとなく。感情なんて目に見えない物が根源だと言われても、あまり実感は湧かない。

 けれどそう考えれば辻褄が合うのも確かで、何よりアーサーが嘘を言う理由がない。俺を騙して得が……いや、一つあるか。


「とはいえそもそもの疑念があるけどな」

「なんだい?」

「あんたがどうして、話に出てきた最初の転生者、アーサーだって証明できる? もしかしたら《波旬皇》が生み出したただの幻想。俺を(おとしい)れるための嘘って可能性だってあるはずだ」


 《波旬皇》はアーサーを取り込んだ。ならばその記憶を受け継いで、さも彼のように振る舞う事もできるはず。


「ふむ、確かにそうだ。そしてそれを証明する手段はない。これは失敗した。さぁ、どうしたらいいかな……」


 例え外に戻って彼の痕跡を探したところで、それはアーサーが実際に居た証明でしかない。それは今俺の目の前にいる彼の言動を証明する根拠にはなりえない。

 この瞬間のアーサーに限れば、悪魔の証明だ。

 ……できれば信じたい。そうすれば《波旬皇》打倒の手掛かりになるからだ。

 しかし嘘だった場合、俺がここでのことを外に広めれば、間違った情報によって世界は更なる混乱に(おちい)る。

 それにそもそも、ここでのことを覚えている保障は────


「あぁ、それは大丈夫。ここで見聞きした事はしっかり記憶して持って行ける」

「……その根拠は?」

「《絶佳(ゼッカ)》」

「何……?」


 彼の口から告げられた名前。次いで彼は、理由を見つけたように続けた。


「彼女ならば真実を知っている。彼女にも会ったからね」

「……そうか。チカの魂は一度《波旬皇》に取り込まれてるからな。それにチカは、《波旬皇》の封印を解く鍵……」

「彼女ならば、きっと真実を教えてくれるはずだ。戻ったら、彼女に訊くといいよ」


 チカが嘘を吐く可能性……。いや、そこまで疑えば最早切りがないか。

 それに、彼女から真実を引き出すための最終手段なら、ある……。


「……分かった。とりあえず話は最後まで聞く」

「結構。……しかしながら、ここまで一気に喋ったからね。都度都度の議論も楽しいが、疲弊もする。少し休憩したら再開しよう。次が第三幕だ」

「あぁ」


 第一幕はアーサーの死と《波旬皇》の誕生。第二幕は共生思想に魔剣と契約。そして第三幕は────


「ようやく、か…………」


 周りでは、魔剣と契約の登場によって揺れる世界がゆっくりと流れて行く。

 そんな戦場の中心で膝を立てて座り込み、暗い空を眺めて小さく息を吐き出した。

 傍でまた一体、魔物が討滅されていた。

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