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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
緑柱騒擾、魔魂鳴動
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第三章

 彼は最初に会った時にグラディウスを振り回していた男で、名前をニグレと言うらしい。

 あの時一緒にいたほかの二人は彼の幼馴染らしく。これまでも三人で一緒の時間を過ごしてきたとの事。

 《甦君門(グニレース)》から逃げ出したカレンを追いかけていたあの時は傭兵業をしており、主に金払いのいい仕事を担当していた所にやってきた依頼を受けて、そうして俺と出会う破目になった。と言うのがあの邂逅の経緯だ。

 あのカレンとの出会いが、カレン自身が引き寄せた運命だったのか、それとも本当の偶然だったのかは今でもよく分からない。

 が、その産物の一端としてニグレ達とも出会い、あの時俺はカレンを手に入れて金に換えようと言う気持ちで奇襲を仕掛け、不意を突いてカレンを奪取する事に成功したのだ。

 ……少し冷静になって考えると、汚れ仕事を得意とするニグレ達に、奇襲とはいえ俺が勝ったのは不思議な話だ。あの頃の俺は剣術なんて殆ど知らない素人。持っている武器も魔力の宿っていない金属の塊で、普通ならば数や技量に圧倒されてそのまま野垂れ死んでいてもおかしくはなかったのだ。

 それが勝ちを拾えたというのは……今更ながらに実感のない話。

 だからこそ、あの時の結果は……カレンが己の自由の為に無意識に手繰り寄せた未来だったのかも知れないと、今になって思う。それが偶然俺だったというだけの話かもしれない。

 …………まぁ既に終わった事。今考えても仕方ないと、その思考は吐き捨てて。ニグレ達のその後の話に耳を傾ける。


「あの後俺達は旅を目的にしたんだ」

「旅?」

「世界は広い。一人で三人を相手に勝ちを収める年下がいるくらいだからな。汚い仕事にも嫌気が差してたし、いい機会だったんだよ」


 その話は彼らを見逃したときにも言っていた。どうやら本気だったらしい。


「けど宛てもなく歩き回るのも面白くねぇだろ? だから悩んだ末に、稼ぐ事も目的に入れたんだ」

「……商人か?」

「その気になれば行商なんてゼロからでも始められる。金は少しあったからな。それでまずは商会に入って、最初は小間使いだ。ただ、最初のおつかいが運よくどこかの富豪と繋がってたらしくてな。ガラクタ運びで一気に資金が潤沢になったんだよ」

「何扱ったんだよ」

「金属製の、丸い……規則的に音を刻む代物だ。富豪や好事家の間で珍しいものってのは高い値がつくからな。なんでも使用人に持ち逃げされたのを見つけてきて欲しいって頼まれたんだが、運よく市に流れてるのを直ぐ手に入れたんだよ」

『あれ、ミノ。この話、どこかで……』


 カレンも気付いたらしく、朧気な声を頭の中に響かせる。ニグレの言う代物が時計……ストップウォッチだとするならば、恐らくはあれの事……。


『お前と契約する破目になった依頼だな。話から察するに、あの男はあれを売って金に換えてそのまま雲隠れ。で、物はニグレ達が回収して、元の持ち主であるどこかの誰かに送り届けたって事だ』


 あの時は馬鹿を見て騙されたが、関わった者達がそれぞれ得をしたのならば別に問題はないだろう。……カレンとの契約が得かどうかは、別として。


「余程嬉しかったのか、感謝の印にって破格の代金貰ってな。それで馬車と、商い用の商品買って行商を始めたんだ」

「始まりは順風満帆ってところか」

「あぁ。これまで戦いしかしてこなかったから新鮮な世界だったけどな。結構行商も面白いものだぞ? 駆け引きってのは戦いとも同じだからな」


 彼にはセンスがあったのかもしれない。傭兵業ではなく初めからその道に進んでいれば、今頃は一角の商人に……なんてのは夢の見すぎか。

 もしそうであればあの時彼らと出会う事もなかったはずで。そう言う意味では良かったのか、悪かったのか。


「それからしばらく行商を楽しんでたんだよ。途中で傭兵業とも組み合わせて、行きずりの護衛したりとかな」


 あの時は俺が勝ったが、そもそもカレンの回収をあと一歩のところまで行くくらいには腕が立つのだ。自衛の為にも剣は振っていただろうし、仕事に価値をつけると言うのは商人の特権。彼らは自らが持つ能力の価値を上手く利用しただけのこと。

 仕事の頻度にもよるが、仮に同じだけの護衛を受けたとすれば傭兵の寄り合いに参加して仲介料を取られるよりは余程儲かったことだろう。


「そしたらある時男に出会ってな。何でも武器を(さば)く新しい手を探してるって話だったんだ。武器の商いは魔物と隣り合わせなこの世界で結構重要だ。扱う商品によっては一財産築けるしな」

「魔剣クラスとなると売れる輩も限られるってことか」

「あぁ。実績と信頼の上でないと売れる物も売れない世界だ。駆け出しには到底無理な話……。しかもそれがあの剣だって言うんだから俺には縁のない話だと思ったさ」

「……人工魔剣だって知ってたのか?」

「いんや。ついさっきまで普通の粗悪な魔剣だと思ってた。そうじゃなけりゃ手なんて出さねぇよ」


 流石にそこの危機管理はあったか。しかしそれ以上の口車に乗せられて、人工魔剣を捌く尖兵にされたと言うことだろう。


「今になって思い返せば、あいつは一度だってあれを魔剣だなんて言ってなかったな……。ま、過ぎた事で、もう扱う気はないけどな。顧客は付いてて後は通商路の確保だけって話だったから、その時は乗ったんだよ」


 センスはあったが、経験が足りなかった。だからいいように担がれたのだ。


「どんな奴だったんだ?」

「顔は…………あれ、あんまりはっきり思い出せないな……」

『どう思う?』

『《共魔(ラプラス)》なら、認識阻害や幻術、記憶操作の類かも』


 魔術には再現の難しい力を操る《共魔》。彼らならばそういう力を持っていても不思議ではない。

 ニグレが魔物化のショックで単純に忘れているだけと言う可能性も否めないが、そうでないならば《共魔》の存在が濃くなる。

 そもそも人工魔剣は《甦君門》が乱造、悪用している代物だ。それ以外を大量に捌けるとは思えない。まず間違いなく奴らの仕業だ。


『ねぇミノ。私を連れ戻すために依頼を受けてたこの人たちなら、それで《甦君門》に目を付けられたのかも』

『……なるほど』


 珍しく冴えたカレンの言い分に納得する。彼女の言葉に想像が現実味を帯びて繋がれば、《甦君門》の陰が大きくなった気がした。


「まぁいい。結果としてお前はその男に利用されて人工魔剣をばら撒いたって事だな」

「…………あぁ、そうだな。知らなかったとはいえ悪かった。そして、助かった。改めて礼を言わせてくれ」

「別に……。俺にも理由があって首を突っ込んだんだ。感謝をしてくれるならそれに越した事はないけどな」

「ミノ、そういう言い方はどうかと思うよ?」

「いや、いいんだ。その方がこっちも変に気負わなくて済む」


 まるで俺がニグレを慰めているみたいな言い方しやがって。誰がいつそんなことしたよ。濡れ衣着せようとするな。


「ってな訳で、すまないが《渡聖者(セージ)》の力になれるような情報はないんだ」

「そうか。…………と言うか《渡聖者》のこと知ってたのかよ」

「商人は情報と共に生きてるからな。嫌でも耳に入ってくるぞ」

「そんなに喧伝して回ったつもりはないけどな……」


 一体どこの誰が広めて回っているのやら。……まさかノーラとかじゃないだろうな?


「体は大丈夫?」

「あぁ、ちょいと力は入り辛いが、歩けないほどじゃない。魔力石のお陰だ」

「これからどうするんだ?」

「犯した罪は償うべきだ。例えそれが知らず振り回されただけでもな」

「……………………」


 同情を、するわけではないが。こうして再会したのも何かの縁だ。貴重な情報も得られたし、この取引には彼にも何かしらの得があってもいいだろう。


「どこまで意味があるかは分からないが、口利きはしてやるよ」

「……《渡聖者》様がか? ははっ、そりゃあ心強いってもんだ。……けどいいのか? 俺を庇って立場が悪くなったりとかは」

「俺で駄目ならメローラに任せる」

「どうしてそこまでしてくれるんだ? 最初の出会いだって結構最悪な部類だっただろ?」


 確かに彼の言う通り、中々に鮮烈な思い出だ。が、全ては既に終わった事。過去を引き摺って生きるなんて面倒なだけだ。


「商人相手に貸しを作れるなら儲けもの、だろ?」

「…………ははっ! 違いねぇ!」


 建前だと分かりきった受け答えに、ニグレが声を上げて笑う。隣のカレンが糾弾するような視線を向けてきたが、気付かない振りでスルー。


「高い借りだ。その時が来れば相応の返礼をするさっ」

「急げよ? 利息が付くぞ?」

「おっと、だったら一生返さない方が得か?」


 小気味いい会話に鼻を鳴らせば、ニグレも楽しそうに笑う。

 出会いは確かにあれだったが、お陰でこうして変な縁も生まれた。……その真ん中にカレンがいる辺り、彼女の縁を結ぶ力はどこかの神様より余程信頼に値するとさえ思いながら。

 彼に恩を押し付ける為に、その掌にチカの魔術で刻印をしておく。

 俺の魔力が込められた印だ。これがあればニグレも下手な扱いを受ける事はあるまい。


「しばらくはここにいる事になるだろうからな。何かあったら言ってくれ。力にならせて貰う」

「あぁ。その時は頼む」


 偶然とは言え、いい繋がりが得られた。必要な時はその手を借りるとしよう。

 もう(わだかま)りなど必要ないからな。


『よかったね、ミノ』


 全てを見透かしたようなカレンの声は、無視をして。

 差し出された手を取り、今度は刃の代わりに掌を交えたのだった。




 しばらく辺りを警戒していたが、追加で脅威がやってくるような事はなかった。が、第二波がまた起きないとも限らないと身構えれば、ことの次第を確認しに来たらしいエレインと合流した。


「皆さん、お怪我はございませんか?」

「あぁ。城の方はどうなってる?」

「いきなりの事でしたので慌ただしくなっています。ですのでミノさんが仰っていた使用人の確認と言うのは……」

「直ぐには難しいか……。ま、それは落ち着いたらだな。同じ事がまた起きないとも限らない。そっちが片付くまでは町でも見回る事にする」

「はい、よろしくお願いします」


 城を抜け出してきたエレインが責務を果たしに戻っていく。

 当初の目的は先送り。その事実に、視点を裏返して見えた想像が、同じく至ったチカの声となって脳裏に響く。


『偶然じゃない?』

『だとすれば怪しいのはエレインだな』


 使用人の身を改める。その事を話した直後に人工魔剣と魔物化の騒動……。

 もし無関係でないとすれば、話を聞いて探りを入れられたくなかったエレインが意図的に問題を起こしこちらの目的を阻害したと……そう考えられなくもないのだ。


『で、でも偶然って可能性もあるよね?』

『だったらいいんだけどな…………』


 心優しい鈍らの声に答えつつ、視線はメローラへ。事後処理を殆ど終えた彼女が、神妙な面持ちでこちらにやってくる。


「それで、結果を聞かせてもらえるか? 人工魔剣に細工はしてあったのか?」

「えぇ。力を使えば魔物化する。そうなるように、意図的に不安定にさせられてたみたいよ」

「間違い無いな?」

「あぁ。過去を見たんだ。記憶は嘘をつかない」


 ヴェリエがいうのならば間違いはない。

 今回のこの騒動は、誰かが意図的に起こした事で確定だ。


「…………やっぱり、あの子なのかな……」

「まだそうと決まったわけじゃないぞ? そもそも細工されてた事は分かったが、誰がそうしたかまでははっきりしてないしな」


 カレンの声に答えるヴェリエ。それでも浮かない顔の彼女に、仕方なくもう一つ根拠を添える。


「もしくは、そう仕向けられてるとかな」

「仕向けられてる、って……?」

「今俺達から見て怪しい筆頭はエレインだ。だからこそ、彼女に《共魔》の衣を着せて本物は雲隠れしようとしてるってのも考えられるだろ? その方が余程《共魔》らしいやり口だ」


 その姿を明確に把握できない以上、疑わしきは罰せよくらいしかこちらには取れない。だからローラー作戦で炙り出そうとしたが、それさえも利用されているかもしれないのだ。

 無駄な調査でこちらの時間を浪費させ、《共魔》は悠々と逃亡の準備……。もし《共魔》に戦う意思がないのであれば、十分に考えられる可能性だ。


「相変わらず小難しい事ばかり考えるわね。……で、どうするのよ」

「使用人を調べればある程度の答えは見える。できるだけ早く調査するだけだ」

「結局殆ど前進は無しって事ね。全く、面倒この上ないわね」


 先程の戦いでは消化不良だったらしいメローラがつまらなさそうに呟く。

 一応彼女とヴェリエのお陰で方針は固まったのだが……。それだけでは納得がいかないらしい。脳筋も大変なようだ。


「ならそれまでは自由って事ね。体を動かしたら少しおなかが減ったわ。飲みにいきましょう?」

「飲むのは夜にしてくれ」

「分かってないわねぇ。昼間から飲むから美味しいんじゃないっ」

「……散財だけはしてくれるなよ?」

「えぇ、もちろん」


 不安でしかない。やはり懸個人で財布の紐を縛っておくとしよう。ユウが帰ってきた時に説教を受けたくはないからな。


「色々頼ったからな。お前らも食べたい物があれば言えよ?」

「やったぁっ! えっとねー、じゃあねー…………」


 現金に調子付くカレンに、けれども今悩んでも仕方ないと一旦問題は棚上げして。腹ごしらえは確かに必要だと足を出す。

 すると裾を後ろに引っ張られる感覚。見ればそこには無表情にこちらを見上げるシビュラがいた。


「どうかしたか?」

「……………………」


 問いには答えず。けれども何かを訴えるように視線を向けたシビュラ。彼女が無言で見つめる先には、ハイテンションなカレンに絡まれて少し鬱陶しそうに苦笑いを浮かべたチカがいた。


「……何か気になる事でもあるのか?」


 無言で首を振るシビュラ。

 まるで言葉を知らない子供のような彼女に、それから頭の片隅に留める。

 人ならざる者が何かを懸念しているのだ。例え理解できなくても、気には掛けておくとしようか。


「分かった。安心しろ」

「ん……」


 分からないなりに受け止めれば、少し安心したように頷いたシビュラ。そんな彼女の頭を軽く撫でて足を出す。

 ここまで変わった様子など見受けられなかったが……一体なんだと言うのだろうか。




 改めて、落ち着いたら連絡をするとエレインから言われ。想定外に自由の身となった俺達は、折角だからとベリリウムの観光をする事となった。

 とは言ってもただ遊び呆ける訳ではない。《共魔》の存在は未だ闇の中。どこかに手掛かりはないかと警戒をしつつだ。

 が、そんな理由で縛れるならば俺はここまで苦労を背負い込んで来ては居ないのだとある種諦めて。

 賢く言えば切り替えが上手なカレンが、いつものように興味関心の服で着飾って人の波に紛れていく。

 そんな傍らで気に掛けているのはチカのことだ。

 シビュラがチカを気にしていた。この世に二人といない魔篇(まへん)の彼女が心配していることを、能天気に見過ごすほど愚かなつもりはない。

 とは言え傍目に見ている限りは、カレンと一緒に楽しく町を見て回っているようにしか思えない。特別何かを抱え込んでいるようには感じないが。

 と、不意にチカがふらつく。咄嗟に腕を取ってこけそうになるのを防げば、こちらを見上げるライムグリーンの瞳と交わった。


「大丈夫か?」

「……沢山魔術使ったから、ちょっと眠い、かも…………」

「ここに来るまでも色々世話になってるからな。今くらいは無理せず休め。倒れられたらその方が面倒だ」

「うん、ありがと……」

「ミノー、そういうのはもっと優しく言うものだと思うんだけどー」


 ……馬鹿言うな。女扱いしたらそれこそ面倒になるだろうが。折角引いてる一線を揉み消そうとするなよ。

 カレンの声を受け流しつつ、近くの店へ入る。鉱山都市であるベリリウムにしては随分とおしゃれな内装のそこは、どうやら喫茶店のようなものらしい。酒の類は置いてないようだ。

 因みにメローラは別行動中。彼女はここにしかない酒を久しぶりに飲みたいと言って一人でどこかに行ってしまった。相変わらず自由なことだ。頼むから酔って問題だけは起こしてくれるなよ……?


「とりあえず座れ」


 席に着き、飲み物を注文すれば、遠慮なく向かいのカレンが2、3ほどメニューを頼んでいた。それは自分の為の注文なのか。それともチカを気遣っての物なのか……。

 そんな鈍らから視線を逸らし隣を見る。するとチカが少し熱っぽい吐息を吐いていた。


「少し寝るか?」

「…………うん……。ごめん、ね……」

「謝る事じゃない。チカが奮闘した証だ。ゆっくり休め」

「あり、がと……」


 呟いて、それから倒れこむように俺の膝へ頭を落としたチカ。余程疲れていたらしく、直ぐに微かな寝息を立て始める。

 そこでふと気になってシビュラに尋ねた。


「シビュラは平気か?」

「大丈夫」


 こくりと頷く白髪。チカとシビュラは魔物化への対処で殆ど同じ事を経験した。もし負担があるとすれば原因を探る為に周囲の魔力を掻き集めたあれ。

 ならば同じくシビュラも疲労していないだろうかと考えたが、顔色は良さそうだ。

 つまりこれは人工魔剣とは別件の……ベリリウムに来るまで魔術を開発をしていたその反動か。ようやく一時(いっとき)緊張から解放されて、押さえ込んでいた眠気が彼女を襲ったのだろう。


「無理させてたな、悪い……」


 労うように琥珀色の髪を撫でる。

 《共魔》に対抗する魔術は複雑で、術式編纂能力に長けたチカに頼るほかなかった。そうして委ねておきながら、ケアをしなかったのは俺の責任だ。

 失敗した…………。もう少し真面目に彼女達に向き合っていれば回避できたかもしれないのに……。

 ようやく《共魔》相手に打って出られると意気込んで、周りが見えなくなっていたようだ。今一度冷静にならなくては。


「あ、来たっ……けど…………。チカの分どうしよっか……」


 運ばれてきた皿を目の前にカレンが困ったように呟く。


「食いたきゃ食え。落ち着いたらまた来ればいいだろ」

「そう、だね。…………うん、分かった。それじゃあ、いただきますっ」


 動いて腹も減った。俺も軽く腹に入れておくとしよう。




 軽食を取り終えてもチカが目覚める気配はなかった。心なしか苦しそうに息をする彼女が気になって、見回り兼観光は一旦切り上げ宿に戻る。

 ベッドに横たえれば、直ぐにカレンとシビュラに部屋を追い出された。

 ……いや、理解は出来るが別に言葉だけでいいだろうに。どうして背中を押す必要があったのか。

 とりあえずの世話を二人に任せつつ、水と簡単に食べられる物を用意して部屋に戻る。すると着替えが終わったらしいチカの傍にカレンとシビュラが静かに座っていた。

 その雰囲気が、ただ心配をしているそれとは少し違うことに気付く。

 重苦しい空気に思わず尋ねる。


「……どうした」

「ミノ……。…………ミノ、これ普通じゃないかも」

「…………どういうことだ?」


 いつものふざけた色はない。真剣なカレンの声に、眠ったままのチカを気遣いながら耳を傾ける。


「シビュラと二人で確認したんだけど、チカの魔力が変に乱れてる」

「乱れてる……? まさか何か仕掛けられたのか?」

「……それともちょっと違うかな。んと…………チカ自身の存在が曖昧になってるって言うか……あ、そうっ。チカが魔剣化する前の状態みたい!」

「存在の消滅とか、そういう話か?」

「ミノとの契約があるからそこまで深刻じゃないよ。でも弱ってるって言うか……まるで見えない何かに存在を喰われてるみたいで…………」


 言って、カレンが怯えるように自分の腕を強く掴む。

 そこで気付く。《枯姫(コキ)》や《宿喰(スクイ)》と呼ばれ、数多もの契約者の死を見てきたカレン。その彼女が存在を食われているというのであれば、普通の衰弱では無いのだろう。


「病気……じゃないな。魔剣や魔物は病気に(かか)らないって言ってたしな」

「強いて言えば魔障。でもそれは押し付ける側」


 シビュラの声に、だからこそ分からなくなる。

 一体何が原因でチカが衰弱している? そんな予兆がどこにあった? 原因は?


「前にここに来たときはこうはならなかった。だから土地に由来する体調の変化じゃ無い筈だ。……例えば、季節によって魔力に変化はあったりするか?」

「それはないよ。あっても誤差。その程度で体調が崩れたりはしない。……可能性としては、急激な魔力欠乏とかかな。でも、だとしたら私やシビュラが影響を受けてないのはおかしいから…………」

「魔物化騒動も無関係ってことか……」


 人工魔剣による魔物化。あれの所為で町中の魔力が不安定になったという可能性は考えた。が、カレンの言う通り、チカだけがその影響を受けるというのはおかしな話だ。

 つまりこれは、純粋にチカ個人の問題。

 土地ではない。季節でもない。直近の騒動にも起因しない。ならば一体どこに理由があるというのか……。

 まさか俺が知覚できていないだけで何か別の問題が起きている……?


「《共魔》も違うんだな?」

「魔術的な干渉ならそもそもチカが自分で防いでるはずだよ」

「魔術じゃない力。《共魔》なら可能」

「あぁ。だが、チカがそれに気付かないなんてことがあるか? アルマンディンを出てから、誰よりも《共魔》への対抗策を考えてたのはチカだぞ? それで相手の術中に(おちい)るとは考えられないだろ」

「うん。それはわたしも信じてる。だからこれは、もっと別の何か、だと思うけど……」

「原因が分からない」


 俺より魔に詳しいカレンとシビュラの見識を持ってしてもチカの衰弱の原因も、それを打開する手立ても思いつかない。

 こんな時にユウがいれば彼女の魔瞳の力で何かしらのアプローチが出来たかもしれないが。今彼女はセレスタインに向かっている。

 彼女に頼ろうにも、戻ってくるまでは無理だ。


「一つだけある」

「なに?」


 手詰まりを痛感して無力さを呪い始める。その刹那、響いたのは淡々としたシビュラの声。

 視線を向ければ、彼女は変わらない黄色の硝子玉のような瞳で俺を射抜き、さも当然の真実のように音にする。


「《甦君門》になら、手掛かりがある。チカは、《甦君門》にいた、よね?」

「却下だっ」


 即座に否定する。

 幾らチカが弱っていても、《甦君門》に頼るという選択肢だけはありえない。

 もし仮に状況の打開を請えば、奴らは間違いなく見返りを求めてくる。

 何より、《甦君門》に手掛かりがあると言うのも想像でしかない。例えやつらがチカの今を改善する手立てを知っていたとしても、それが餌であることに代わりはない。

 そして、一番の理由は────


「そもそもチカはカレンを追って自ら《甦君門》を飛び出して来たんだ。その頃の記憶すらなくしてるチカが、今更自分で戻りたいなんて言うと思うか?」

「……ごめん、なさい」

「…………いや、悪い。シビュラに当たっても仕方ないな」


 視線を伏せる彼女にようやく冷静になる。

 今ここで言い争うのは最も駄目な選択肢。落ち着いて、出来ることを最大限に。


「……今日はこのまま様子を見る」

「分かった」


 今出来ることは何もない。それが歯痒く、心苦しい。

 チカにはずっと助けられてきたのに。こういう時に何も出来ない自分が非力で愚かに思えてくる。

 結局、俺は契約と言う甘さに自惚(うぬぼ)れていただけなのだと、痛感する。

 こんなのでも《渡聖者》になれるんだから。《波旬皇(マクスウェル)》の復活なんてきっと大した事無いんだな。




 それから夜も更けて。町が静まり返る時間帯。

 体感で午前二時くらいの、世界が眠ったような静けさの中で。部屋の窓を開け、淡く降り注ぐ月光を頼りにベリリウムの町を見渡しながら小さく息を吐く。

 あれから、チカはずっと眠ったままだ。今はもう苦しくないのか、健やかな寝息を立てている。このまま何事もなく時が過ぎてくれればいいのだが……。

 意味があるのかも分からずに、繋いだ契約を意識しながら傍にい続ける。

 魔力が存在の源である魔物や魔剣。そんな彼女達に俺が与えられる物など、この無尽蔵にも等しい膨大な魔力だけ。

 それさえもチカの力になっているのかさえ分からなくて、焦燥ばかりが胸の奥を掻き乱す。お陰で、睡魔からは逃れてチカの様子をずっと見てはいられるのだが……。


「やっぱり、無理をさせすぎてたか……?」


 馬車での移動中は《共魔》への対抗策をずっと考え、ベリリウムについてからは休まる暇なくガハムレトへの謁見。そして人工魔剣による魔物化騒動への対処。

 その一連を少女のような小さな体で耐えることには、きっと無理があったはずだ。それでも俺の我が儘を必死にきいてくれていた事には感謝をしてもしきれない。

 それに甘えていた結果がこれだというのならば、彼女の目が覚めた時に非難でも駄々でも気が済むまで聞こう。

 だから────


「ミノ」


 響いたノックの音。顔を上げれば、開かれた扉の向こうからカレンが顔を覗かせた。


「どうした?」

「私じゃなくて、ミノがね。寝てないんでしょ?」

「この状況で寝られる奴がいたら連れて来い」


 一徹くらい何の問題もないと。冗談と共にカレンに答えれば、それから彼女は静かな足取りでベッドの傍に膝を突いて、チカの手を両手で包み込んだ。


「ねぇミノ。私が願えば、理屈さえ捻じ曲げられるんだよね?」

「お前…………」

「だったら、これくらいさせてよ。チカは、私の大切な友達だから。もう離れ離れになるなんて嫌だから。無事に元気になるって……そんな都合のいい夢、見させてよ…………」


 理想を手繰り寄せ、現実にする。それは《珂恋(カレン)》の刃の、その果ての一端だ。

 その気になれば因果さえ逆転させ、理不尽に不条理を突きつけて夢を叶える。ならばきっと……心の底から願えば、どんな理由さえも斬り伏せて。また友のいつもを取り戻せると。

 カレンも己の無力さを呪い、部屋に戻ってからずっと考えていたのだろう。

 その末にこうして結論に至って行動できる辺り、少なくとも俺より無能と言う事はない。


「ね、チカ…………」


 優しく呟いて。それからカレンが目を閉じ眠りに落ちる。

 まるで、共に寝て、同じ夢を見て。その世界に取り残されたお姫様を連れ戻す、王子のように。

 繋いだ手は決して離さず。掌の温もりを寄る辺にして夢に縋る。

 そんな光景が、絵になって。不思議と安堵と共に今まで感じなかった眠気を誘う。

 カレンならば、(ある)いは────

 そう夢想して、目を閉じる。すると心地よく、意識が深い眠りの底へと沈んでいった。




 窓を開け放していた所為か、朝のうねるような空気に目が覚める。ぼやけた視界が焦点を結び見慣れない部屋の中を見渡して。そうしてベッドに上体を立てた琥珀色のセミロングを目にして直ぐに意識が覚醒した。


「チカっ」

「カレンがおきちゃうから」

「ん、悪い」


 言いながら、体を寝具に投げ出して健やかに寝息を立てるカレンの長い黒髪を愛しく撫でるチカ。その静かな口調に改めて問う。


「気分はどうだ?」

「少しからだがだるい……けど、動けないほどじゃないよ」

「朝は食べられそうか?」

「焼き立てのパンがいい」

「少し待ってろ」

「うん」


 微笑むチカを、今し方のやり取りで目が覚めたらしいシビュラに任せ宿の外へ。

 その足取りのまま市場に向かい、彼女の要望通り艶やかな焼き色の少しお高いパンを買い求める。

 黒パンが保存食として一般的なコーズミマでは、焼き立ての白いパンと言う物は高級品だ。裕福な暮らしの者は常日頃から食べているだろうが、一般市民にしてみれば月に一度あればいい贅沢の食事。

 それを豪勢に四人分。それからベリー系の小さなジャムを一瓶買って戻る。

 すると部屋の前に立ったところで扉の奥から賑やかな気配。どうやらカレンも目が覚めたらしい。


『シビュラ、開けてくれるか?』

『お着替え中。待って』


 両手が塞がっている為に中にいるシビュラに頼んだのだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。

 まぁ昨日あれだけ寝苦しそうにしていたのだ。風呂も入っていないし汗も掻いただろう。


『パンは置いとく。風呂の準備だけしてくる』

『分かった』


 言付けて、それから階下へ。宿の主人に話をすれば、ジョフーナ(サウナ)用の個室があるとのこと。狭いが、湯を張ればそこで入浴は出来るらしい。

 入浴の習慣がないコーズミマでは本来そんな使われ方はしない。その為慣れない用意が必要なのだ。

 その手間賃……チップを幾らか渡して部屋に戻れば、扉の傍に置いていたパンの袋が無くなっている事に気が付いた。

 一瞬そのまま開けそうになって、寸前でノック。返ったのは寝起きでも元気なカレンの声だった。


「あ、おかえりっ。それからおはよう」

「あぁ。今風呂の準備をしてもらってる。食べたらゆっくり浸かってこい」

「うん。ありがと」


 チカの為なのだが……まあいい。


『チカの様子は?』

『大分落ち着いたみたいだよ。昨日みたいな苦しさはないと思う』

『でもやっぱり原因は分からない。再発の可能性もある』

『そうか』


 カレンとシビュラがそういうなら大丈夫なのだろう。

 とりあえず今日一日はしっかり様子見だ。




 念の為チカはシビュラと共に宿に残して、カレンと二人町に出る。

 人工魔剣の一件でガハムレトも忙しいらしく、使用人を一挙に集めての《共魔》探しはやはり先送りに。出来る事と言えば先の騒動が起きないように見回りをしたり、接触の機会を伺っているかもしれない敵に餌をちらつかせながらどこかに杜撰(ずさん)な痕跡でも残っていないかと言う調査だけ。

 ……とは言えずっと気を張っていても仕方ないと。隙を見せるためにも途中で警邏は(ほとんど)ど切り上げて、改めてベリリウムの観光をする事にした。

 隣を歩くカレンは感情の化身。スイッチ一つで興味を簡単に切り替えられる彼女らしさで、直ぐに街の雰囲気に溶け込み店をあちこち巡り始める。

 特に彼女の興味が湧いたのは服飾店だった。

 これまでの旅の道中では着飾るという事を極力控えてきた。服は嵩張って荷物が増える。その為、必要最低限だけ揃えて、お洒落と言う物とは縁遠い日々を送ってきたのだ。

 魔瞳を宿しながら人の子であるユウ辺りは髪留めなどで小さなお洒落をしていたが、カレン達はこれまで余り気にしていなかったように思う。だから興味がないのかと思っていたが、どうやら小物よりも服の方に感心があったらしい。


「凄いね……服がキラキラしてるよ…………」

「ベリルらしさだろうな」


 ベリリウムは鉱山都市だ。沢山の鉱石や宝石が算出し、それを国益の一旦として他国に産業として輸出している。その為質も良いものから悪いものまで数多あり、ジュエリーなどに加工できない代物はこうして別の形で商品としているのだろう。

 カレンが見つめるドレスもその一つで。トルソーに飾られたそれは、星のように散りばめられた宝石が光を反射し眩しいほどに煌びやかな荘厳さを辺りに振り撒いていた。 

 値段を見れば、服とは思えない金額が書かれていた。これ一枚で冬用の立派な防寒着が10枚以上買える。……お洒落と言うか、金持ちの金銭感覚はよく分からない。


「……着たいか?」

「流石にちょっと派手すぎるかなぁ。そもそもドレスは似合わないだろうし……」

「そうか? 結構いい線行くと思うが」

「え……?」


 何となくカレンを改めて見る。

 顔立ちは悪くない。魔剣が人型を取る時、それは人に似せた想像の姿だ。だからこそ他人の映し鏡として、自分の好みよりも誰かの好みに影響され易い。と、メローラがここに来るまでに言っていた。

 見た目の印象とは残酷なものだ。だからこそ、麗しい見た目には下世話に親切心などが湧き上がる。

 カレンの顔立ちがいいのも、誰かと契約をしたいという気持ちの表れ。相手によく見られたいという、無意識の願望だ。

 加えて綺麗な黒髪。出会ったときはぼさぼさで酷い有様だったが、度重なる入浴とユウに教えてもらったらしい手入れで、今は見事なストレートロングだ。

 言動はアレだが、黙っていれば普通以上の美少女なのは間違い無い。魔剣でなければ引く手数多だっただろう。


「しっかりとお洒落すればどこかの令嬢にでも間違われるかもな」

「ぁ、な……なぁ!?」

「…………どうした、変な声出して」

「うぅううぅぅうううううううっ!」


 何故か人語を解さなくなったカレン。一体何の奇行だよ。……まさかチカに続いてカレンまでおかしくなったなんて言うなよ?


「ま、それもこれも黙ってればの話だけどな」

「なっ!? ……ぅぐっ…………わ、分かってたもん……分かってたもん……!」

「…………だからなんだよ」

「知らない! ミノの馬鹿っ!」


 途端(きびす)を返して店を出て行くカレン。相変わらず魔剣様の思考回路はよく分からないと振り回されつつ、後を追う。

 すると隣に並んだ所でカレンがこちらを伺うようにしながら聞き逃しそうなほどに小さな声で呟いた。


「…………さ、さっきの……本当?」

「ドレスの話か? ……嘘を言って何の得があるんだ?」

「そっか……」

「今は色々立て込んでるから難しいけどな。一応買えない値段じゃないし、落ち着いたらそういう楽しみ見つけてもいいんじゃないか? 魔剣が人間らしく生きちゃいけないなんて法はないんだろ?」

「……うん。…………うん、そうだね。分かった」


 よく分からないが、カレンが納得したならそれでいいとしようか。彼女の感情が曇る方が問題だからな。

 そんな事を考えていると、カレンが確認するように問うて来た。


「ミノは、着ないの?」

「正装をか? 似合わないだろ」

「そんなこと、無いと思うけど……」

「ま、機会があればな」


 ドレスコードが必要なパーティーに出る予定はない。きっと一生着る事はないだろう。何より今の軽装の方が楽だしな。


「ドレス、かぁ……」

「それで、何か買うのか?」

「え…………いいの?」

「別に買うなとは言ってないだろ。ただあんまり嵩張るような物はやめろよ?」

「ぁ……うんっ。えっと、それじゃあ、えっと……!」


 (せわ)しなく辺りを見渡して服飾店を探し始めるカレン。そうしていれば本当に年頃の少女にしか見えないと思いながら、駆け出した彼女の後を追う。

 とりあえず、気分転換が済むまでは付き合うとしよう。

 あぁ、そうだ。チカ達に土産も買って帰らないとな。




 それから数日は、城内もごたついていたらしくガハムレトの側から特別話などは無かった。

 お陰でシビュラとも城下の観光も出来たし、チカも日に日に体調が良くなって普通に動けるまで快復した。

 一体何が原因だったのかまでは終ぞ分からなかったが、体調不良が完治したのならばそれに越したことはない。

 と、数日部屋で軟禁生活を送っていたのが退屈だったのか、チカからも外出をせがまれ町中を散策する事になった。

 何故かカレンとシビュラが遠慮してチカと二人だけになったが、一体なんだったのか……。相変わらず魔剣の思考回路はよく分からない。


「本当に大丈夫そうだな」

「うん。心配かけてごめん」

「ま、無事で何よりだ。で、どこに行きたい? 二人と色々見て回ったからある程度は頭の中に入ってるぞ」

「……ミノのおすすめがいい」

「そうか、だったら────」


 チカは魔術に可愛さを求めたりと、どこか不思議な女の子らしい感性を持っている。そしてそれは身の回りの物にも適応されるらしく、俺達のパーティーでは一番女の子らしい価値観を発揮しがちだ。

 魔瞳を秘めながら人であるユウよりもお洒落などに敏感で。特に身につける小物の類はそれなりに気に入っている様子。

 ならば快気祝いにとチカが好きそうな雑貨店に入ってアクセサリーを一緒に見た。

 男の俺には少し居心地の悪い場所だったが、チカが喜ぶなら少しくらい我慢だと言い聞かせて。

 最終的にチカが選んだのはペリドットのネックレスだった。

 ペリドットは緑色の宝石で、彼女のライムグリーンの瞳と少し似ている。石に込められた意味は平和や安心。……一応、夫婦の幸福なんてのもあるが、今のチカには関係のないことだ。


「どう、かな……?」

「いいんじゃないか? よく似合ってるぞ」

「うん」


 にこりと微笑むチカ。その笑顔が有り触れて女の子のようで、一瞬魔剣である事を忘れそうになる。

 ……どうにもノーラの一件からカレン達に対する俺の認識が揺らいでいるようだ。彼女達は魔に纏わる存在なのに。人を真似するというのは、一体どこまでが彼女達の望みなのだろうか……。


「どうかしたの?」

「……いや、なんでもない。そろそろ何か食べるか?」

「美味しい所。がっつり食べたい」

「モケンチにするか」


 モケンチとは焼肉のようなものだ。シビュラと町に出た時に美味しい店を見つけた。

 その時に知ったのだが、シビュラはどうやら大食漢らしい。恐らく空腹感も満腹感も制御はしていないようで、ただ味と食感だけを楽しんで次から次へと皿を無表情に積み上げていた。カレンとチカも魔に纏わる者として同じことは出来るだろうが、そこは人間らしく限界を定めているようで少し気が楽だ。……シビュラの時は財布の中身が空になる未来が見えたからな。

 まぁ、シビュラが無表情に淡々と肉を口に運ぶ様は見ていて変な面白さがあったが。


「病み上がりだからあんまり食いすぎるなよ?」

「……ミノが食べさせてくれたらミノの匙加減、だよ?」

「なんでだよ」


 一人で食べられるんだからそこまで甘えさせてやるつもりはない。……と言うか、その一線を越えたら本当に彼女達を意識してしまいかねない。今一度、距離感はしっかりしておかなければ。


「ほら、行くぞ」

「うん」




 のんびりと過ごしながら警戒もしていたが、結局あれから《共魔》らしき陰は一切感じなかった。

 考えるに、城内が慌ただしいからそちらを(おろそ)かに出来なくて俺達にまで手が回らないのだろう。

 少し混乱しているからこそ、あからさまな言動は目立つのだ。慎重な《共魔》ならば、まずは一度整えて、立場を磐石(ばんじゃく)にした上で行動に移すはず。

 つまり奴らが動き出すのは人工魔剣の事後処理が片付いてから。その先を封じるように動ければ──

 ここ数日の中でそんな風に固めた方針。チカの体調も回復したし、そろそろこちらから打って出てもいい頃合だ。

 そんな風に考えながら宿の自室に戻った所で、部屋の中に見覚えのある顔を見つけた。


「お帰りなさいませ、ミノ様。お待ちしておりました」

「エレイン……?」


 メイド服に身を包んだ褐色肌の少女。彼女が尋ねてきたという事実に、直ぐに思考が切り替わる。


「何かあったのか?」

「何かあるのはこれからよ」


 声は扉の裏から。見ればそこにはメローラもいた。

 彼女はここ数日別行動で色々探ってもらっていた。主に人工魔剣方面の事を、ガハムレトたちと協力して宮中にも目を光らせながら調査を任せていたのだ。そろそろ報告を聞きたかったところだが、それよりも先にするべきことが向こうからやってきたようだ。


「ミノ様が以前申し上げられていた使用人の調査につきまして、陛下から今日行いたいとのお話を(うけたまわ)り、お迎えにあがりました」

「今日? また急だな」

「先の騒動の解決にと使用人を全員招集する機会を伺っておりました。本日ようやくそれが叶いましたので、相手が動く前に片をつけると陛下の(おお)せです」

「……なるほど。俺たちの方から漏れるのを警戒したのか」


 《共魔》にとっては尻尾を捕まえられた後、直接事を構える事になる俺達の方が潜り込む隙のある国を相手するより厄介だ。だから《共魔》は俺達を警戒している。

 その裏を掻いて、俺が関与しない形で事前に共有しておいた不意打ちをガハムレトの方で用意してくれたのだ。

 潜伏している《共魔》。セレスタインとの関係。加えて人工魔剣のことで対処に追われて忙しいだろうに。それでもやるべき事をしっかり成すあたり、彼は立派な国の主なのだろう。


「準備は?」

「出来てるよ。二人が帰ってくるの待ってたんだから」

「そうか。分かった。案内してくれ」

「ではこちらへ」


 いきなりの事だったがどうにか気持ちを追い着かせて緩みかけてきた緊張をもう一度胸の奥へ灯す。

 ようやくこちらから仕掛けられる。その事に、今まで燻って来た物が腹の奥から湧き上がってくるような衝動を覚えながら、宿の前に止めてあった馬車に乗り込んだ。




 顔パスで城内へ。城の中は、使用人達が集められている所為か嫌に静かだった。

 足音さえも鮮明に聞こえる痛いほどの静寂の中エレインについて歩けば、やがて通されたのは椅子も机もない殺風景な部屋だった。


「ここで待ってれば────っ!!」


 気付けば体が動いていた。

 刹那に感じた肌を刺すような殺気。咄嗟に首と頭をガードすれば、その上から金属塊でも投げつけられたかのような衝撃が体を襲い、横殴りの一撃に足が浮いて壁際まで吹っ飛ばされた。


「ミノっ!」

「カレン伏せてっ!」

「やらせない」


 突然の事にこちらへ視線を奪われたカレン。その背後に迫る陰にチカが気付き、カレンを押し倒すようにして床に伏せる。それと同時、シビュラが炎の壁を作り出して襲い来る攻撃を防御した。

 不自然に空中を蹴った小柄な体が後方宙返りをして静かに着地する。仕草には、運動の軌跡を描くスカートの裾がふわりと舞った。

 痺れて感覚の薄い腕を軽く動かして折れていない事を確認しながら立ち上がり、呟く。


「やっぱりか……」

「お気づきでしたか?」

「いや。ただ誰も信用してなかっただけだ。店の主も、宿の支配人も、ガハムレトも……それから、お前もな──エレイン」


 声にすっと背筋を伸ばしたエレインが顔を上げこちらを真っ直ぐに見つめる。褐色の肌と黒い猫毛の長髪。嵌ったシルバーの瞳と、何より身に纏うメイド服が、彼女を彼女足らしめる。

 そうでなければいいと、心のどこかで思っていたのに。裏切られた衝撃よりも、願いが届かなかった空虚さが小さく落ちる。


「使用人の素性を調べられて困るから先に仕掛けたのか?」

「それも一つ。ですがそれ以上に、わたし達には必要なのです、ミノ・リレッドノー様」

「俺じゃなくてカレンが、だろ?」


 沈黙は肯定。……だがしかし、それ以上の何かがあると直感で気付く。

 今更俺に何の価値がある? ……いや、カレンが俺の傍を離れないと分かったから、俺まで目標に含めただけの話か。


「切に願います。どうぞ、わたしと一緒に《甦君門》へ来てください。世界の救世主たる《渡聖者》の貴方が、必要なのです」

「どういうことだ?」


 言い回しに引っ掛かりを覚えて問う。

 世界の救世主が必要? 一体何の冗談だ?


「誤解があるのは承知しております。その擦れ違いを、今ここで正せない事を謝らせてください。その上で、貴方のお力が必要なのです」

「誤解だと?」

「…………それは、言えません。ミノ様のご協力を(たまわ)れると確約できない内は」

「漏れると困る……。是が非でもお前達は目的を叶えたいって事か」

「はい」


 その為に《渡聖者》が必要。それではまるで、手段の為の正義を欲しているように聞こえる。

 彼女達の目的は《波旬皇》の復活、そのはずだ。そこにどれだけの理由を並べ立てても、このコーズミマにおける正義にはなりはしない。たとえ《渡聖者》が(くみ)したとしてもだ。

 それでも手段や建前として俺を欲するという……その理屈が分からない。

 彼女達の目的とは……? 《波旬皇》を復活させて、一体何を────


「わたしと一緒に《甦君門》に来てください」


 何を。そう、何をするつもりなのか。

 《波旬皇》を復活させて、そうして得られるものは? そこに《渡聖者》の正義が必要な理由は?

 ……彼女達が《共魔》だから? 魔剣と契約をせず魔術を使い、不思議な力を持つ人型。そんな、魔物とも人ともつかない身の上に、何かを求めている?

 …………《波旬皇》を旗印に、と言う話では無いのだろうか。

 もし彼女達が自分たちの存在を認めさせることが目的ならば……例えば核抑止力のように国との交渉の席に座る為に《波旬皇》さえも駒にして利用しようとしている?

 だとすれば、そもそも《共魔》とは一体なんだ?


 ────…………《共魔》。それを追えば、自ずと知りたい答えにたどり着くだろう


 脳裏にイヴァンが語った言葉が蘇る。

 事ここに至っても《共魔》と言う存在については何も分かっていない。

 それが分かれば、彼女達の目的も分かるのだろうか……?


「…………頷いては、もらえませんか」


 一瞬、懐に潜り込めばとも考えたが、不確定すぎると否定した。

 直後、沈黙を拒絶と受け取ったらしいエレインが、内に秘めていた存在感を爆発させた。

 室内に満ちる濃密な魔力と威圧感。その少女の体の、一体どこに収まっていたのかと思うほどの圧倒的な奔流が空気を塗り替える。

 肌を刺激する魔力が否応なく本能に訴える。

 本気で相手をしなければ、潰される……!


「では、致し方ありません。《キリブセ》の名において、皆様を実力行使にて拘束させていただきます」

「《キリブセ》………………。っ!? まさかっ!?」


 隣でメローラが息を呑む。その意味を聞く、よりも先に視界の先のエレインが床を蹴った。

 こちらが構えるよりも先に懐へと潜り込んだ彼女が握った拳を突き出す。無意識にバックステップしながら剣を作り出して防御。しかしその金属の塊が、いとも容易く正拳によって粉砕された。


「なっ!?」

「下がって!」


 声に導かれるように更に後退。距離を詰めて来ようとしたエレインが、迷いのない瞳で俺を射抜く。と、その線上にメローラが体を割り込ませ、容赦なくヴェリエを振るった。

 高位の魔物を秘めた、コーズミマの世界でもそう存在しない最高クラスの魔剣。人を蝕む魔障さえ操る、魔の天敵たるその刃が……しかしただの拳と打ち合って、弾かれ退()がる。


「こ、の……!」


 メローラの体から瘴気のような魔力が噴き上がる。生き物のように彼女の腕へと絡みついたそれが、瞬く間にヴェリエを覆い、右腕を騎士の鎧のような巨大な装甲へと変えた。

 魔障をコントロールして生み出す、魔力の塊の物理攻撃。いかな《共魔》といえども、あれをまともに食らえばただでは済まない。

 そう確信して、振り下ろされる一閃を目に焼き付けた、次の瞬間。

 まるで子供でもあやすように伸びたエレインの指先が魔障の刃に触れ、優しく撫でる。すると時間を巻き戻すかのように魔障の鎧が形を解かれ、霧散した。

 そのまま刃を片手でつかんだエレインが無造作に腕を振るい、ヴェリエを握るメローラごと壁際まで投げ飛ばした。

 凄まじい勢いで壁に叩きつけられたメローラが苦悶の声を上げる。隣でチカが深遠でも覗き込んだかのように戦慄(わなな)いた。


「う、そ……。魔障を、無力化した……」

「《絶佳(ゼッカ)》様の慧眼は素晴らしいですね。であればこそ、もう少し周りを()る事をお勧めいたします」

「……え、何、これ…………」

「なんだ?」

「魔力の流れが、阻害されてる…………」


 魔力の阻害。どうやらそれが悪さをしてこの状況を生み出しているのだろう。


「……それがあんたの持つ能力か?」

「一端です。本質はもっと単純な話ですので」

『魔に干渉出来るのは魔だけ』


 どうやら少しばかりお喋りらしいエレインから攻略の糸口を見つけ出そうと口撃へとシフトする。同時にメローラが復帰するまでの時間稼ぎ。

 しかし一体どうやって、と……考えることは放棄せずからくりを探し始めたところで、脳裏に響いたのはシビュラの声だった。

 端的な音が呼び水となって、一つの可能性に思い至る。


「…………なるほど。魔力その物をコントロールできるのか。流れを操れるなら隠蔽するのも簡単だな。その、高位の魔物にすら匹敵する魔力量を隠して(あざむ)いてたのはそういうからくりか」

「流石は我らが希望とお姫様を手中に収めたお方ですね」


 素直な賞賛の声。これまでもそうだったが、《共魔》と言う連中は何故かやたらと俺を持ち上げたがる。その程度で篭絡(ろうらく)されてやるつもりは無いのだが……一体どういうつもりなのだろうか。


「仰る通り、わたしの《霧伏(キリブセ)》は純粋な魔力操作。自他問わないこの力は、わたしの絶対の理です」

「言っていいのかよ、そういう事を」

「口にしたところで、他人にどうこうできるものではありませんので」


 中空に文字を書きながら手の内を明かす。

 言葉にされて納得する。

 確かに、魔力その物を操る事は出来ない。俺達が使う魔術と言うのは、魔力に道を教えてそのゴールの先で別の形に加工すると言うものだ。

 数学に例えれば、問題文が魔力で、解く為の手順が命令式で、答えが魔術。出された問題を勝手に書き換えることは出来ないように、俺達は魔術(こたえ)と言う形でしか魔力(はじまり)に干渉出来ない。

 しかしエレインは問題を出題する側。しかもこちらが出された問題を解いている途中で、前提である問題文を途中改変する権限を持っているのだ。

 つまり、彼女の前では魔術の行使が極端に難しくなる。…………否、エレインに、魔術での干渉は不可能と言う事だ。


「霧に伏せる……。そうか。最初に撒き散らした魔力。あれで阻害してるのか」

「そこまで暴かれるとは……。少し驚きました」


 最初にエレインがして見せた、内なる魔力の大放出。既にあの時周囲の魔力へ干渉し、妨害を始めていたのだ。

 空間に満ちる霧のように網を張り巡らせ、その奥に力の根源を伏せる。《霧伏》と言う名は、きっとそういう意味だ。


「からくりが分かればやり用はあるな。カレン」

「うん」

「はい、ですので不意打ちで御身を捉えることができなかった以上、ここで退かせてもらおうと思います。貴方様を《甦君門》へお連れできないのであれば、身を明かしたわたしにこれ以上出来ることはございません。二対一と言うのも、(いささ)か分が悪いですので」


 ……駄目か。《霧伏》の能力がある以上、痕跡は消され、追跡は妨害のオンパレードだ。トリスの時以上に明確に理解する。

 逃げや防御に徹したエレインを追い詰めることは出来ない。


「ですが、《共魔》の一端に触れた貴方様に敬意を表して、今一度理解と歩み寄りの助けになればと僅かの情報を開示いたしましょう」


 分からない。臆病なほどに狡猾で圧倒的な優位を得て起きながら。何故俺の意思を尊重したがる?

 《甦君門》に連れて行きたければ力ずくでいいはずだ。一体何が彼女達をそこまでさせる? その理由は何だ……?


「わたしはエレイン。《霧伏》のエレインです。同じく、《共魔》はそれぞれ肩書きを持っています。今回はどうぞこちらを手土産にわたしをお見逃しください」


 静かに腰を折って、それから右腕を横に振るう。すると彼女の目の前に魔力で作り出した文字が複数浮かび上がった。

 《霧伏(キリブセ)》のエレイン。

 《慮握(リョアク)》のカイウス。

 《志率(シソツ)》のメドラウド。

 《匣飾(コウショク)》のラグネル。

 《識錯(シキサク)》のトリス。

 《皆逆(カイギャク)》のイヴァン。

 一通り目を通して、最初に思い浮かんだ事をそのまま音にする。


「……まるで誡名だな」

「どうぞ、相互理解の一助へお役立てください」

「最後に一ついいか?」

「お答えできる事でしたら」

「ショウとユウをセレスタインに向かわせたのは、都合が悪かったからか?」

「はい。ショウ様とは面識がございますので、あの方との関係を足掛かりに急速に距離を詰められる事を危惧いたしました。ユウ様は……あのお方の魔瞳(まどう)の力は、わたしの力でも対処が難しいので、失礼ながら国外へと退いていただきました」

「なるほどな」


 ユウの魔瞳は光を介し相手の内側から蝕む幻術だ。魔術は彼女の瞳に同居するサリエルが、ユウの内側で行使する。そのため、幾ら辺りの魔力に干渉して妨害したところで、光と言う物理法則も、触れることの出来ない魔術の行使も妨害は出来ない。

 ユウがいれば、エレインを追い詰める事は出来た。一瞬でも隙を作り、拘束することが出来た。

 そんな事実に己の至らなさと、彼女の先んじた一手を悔しく思う。

 こちらから仕掛けている気でいたのに。未だ彼女達の掌の上だったらしい。

 ……これでも届かないのであれば、一体どうすれば…………。


「それでは、(いず)れ再会できるその時に。次にお会いする時は、お心変わりされている事を願っておきましょう」


 最後に、使用人らしく貼り付けた笑みを浮かべたエレインが、霧に隠れるように姿を消す。

 やがて何事もなかったかのように視界が晴れれば、そこに彼女の姿は存在しなかった。

 虚空を見つめて、胸の中に僅かにあった闘志を霧散させる。すると壁際で立ち上がる気配がした。


「……いっ……たぁ…………。うわ、血が出てる。容赦がないわね、全く……」

「無事そうだな?」

「ちょっと破片で切っただけよ。にしてもびっくりした……。まさか魔障が無力化されるなんて思わなかった」

「あれは対処でどうこうなる物じゃないだろ」

「そうね。…………はぁ、自信無くすわね……」


 面と向かって力の一端を打ち破られたのだ。これまで経験したことのなかった事実に直面して、流石のメローラも滅入っているらしい。


「まぁでも、それならそれでやり用はあるからいいけどね。ミノこそ平気? 怪我は?」

「貰ったのは最初の一発だけだ」


 痺れももうない。とは言え色々問題は山積みだ。


「…………とりあえずガハムレトと合流するか。今後の方針はそれからだな」

「そうね」

「カレン」

「……大丈夫。前ほどじゃないよ。…………ただ、何だろうね。私が仲良くしたいって思った人が、全員《共魔》ってのはちょっと笑っちゃうかな」


 それは逆に利用出来るのではないだろうか。とも思ったが、言葉に心が追いついていないのは見れば分かる。まずは気持ちを整理する時間が必要だ。

 そのためにも、まずは状況を確認しなくては。


「チカ、警戒を頼む。セレスタインの時みたいに複数いる可能性だってあるからな」

「分かった」

「シビュラ、さっきはありがとな」

「うん」


 彼女の援護がなければ追撃で今頃意識を刈り取られていただろう。

 今ここにあるのは、どうにか足掻いた結果。シビュラが直ぐに反応し、チカが敵を暴くヒントをくれ、カレンがそこにいてくれたからこそ、俺はあの時頷かないでいられたのだ。

 だからきっと、彼女達がいれば打開策も見つけられる。そう信じられる不確定な力がある。

 不思議なものだと思いながら。仲間と言う存在に感謝をして城内を歩き始めたのだった。

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