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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
緑柱騒擾、魔魂鳴動
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第二章

 ベリル連邦大統領、ガハムレト。質実剛健と言う言葉がよく似合う彼が、この国の代表らしい。

 エレインに連れられてやってきたベリリウム城は、この国の経済を支える鉱山から産出された様々な建材や宝石で彩られた、豪華絢爛な建物だ。

 基礎としてはこの土地にあった巨大な山を()り貫いて作られており、そのお陰か建物には人の手が加えられているにもかかわらず全体から自然の生命力を感じられる。

 その中に招待され踏み入れれば、まるで巨大な生物の口の中に自ら入っていくような威圧感と圧迫感が肌を刺した。

 国の主の居城と言う意味では相応しい存在感。俺個人としては余り長居はしたくない雰囲気だ。時間を掛ければ掛けるほど相手に呑まれていく気がする。

 こんな国にショウが転生したのかと思うと、自分のことではなくとも息苦しさを覚えた。ショウが俺を追ってきたのは、過去の清算をするのと同時に堅苦しさから逃れたかったからなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、猫毛のロングヘア……案内役のエレインの後を追う。

 しばらく歩けば、やがてやってきたのは玉座の間。騎士の控える大広間に通されそのまま謁見となる。

 過去ここまで何の(てら)いもなく国の主の眼前に来たのは初めてだと。今更ながらに変な緊張感を覚えながら挨拶を交わす。


「いきなり呼び立てて済まなかったな。私がベリルの大統領をしているガハムレトだ。よろしく頼む、新たなる《渡聖者(セージ)》殿」


 朗々と紡がれる堅苦しい言葉。見た目の印象通り、ともすれば神経質ささえ感じる理屈的な言葉の端は、どこか似たものを感じて少し親近感を覚える。


「ミノ・リレッドノーだ。《渡聖者》だからってわけじゃないが、飾るのは苦手なんだ。不躾なことを言ったら許してくれると助かる」

「なるほど。話に聞いていた通りだな。……よい、それくらい豪胆で(したた)かな方が世界を預ける器として信頼も置けるというものだ。少しくらい埒外でなくては務まらない肩書きであろう?」


 どこか楽しげにそう言って、俺の隣を見やるガハムレト。確かに、俺も大概だがメローラも常識に捕らわれない逸般人だ。そうでないと《渡聖者》になれないと言う彼の言葉は正鵠(せいこく)を射ているのかもしれない。

 生き様と性格を肯定してくれたことに安堵しながら、一歩を踏み出す。


「そうなら助かる。……で、俺達を呼び立てたのはどっちの用件だ?」

「話が早いのは嬉しいが、そう焦るな。まずは順序立ててだ」


 流石に逸り過ぎたか。《共魔(ラプラス)》に打って出ると意気込んでいたからか、必要以上に力が入っていたらしい。

 玉座の間と言う重苦しい雰囲気と、話の分かる年長者の落ち着き払った言動に今一度冷静さを己に課す。


「まずはアルマンディン王国でのことだ。大層な大立ち回りをしたようだな」

「やってることはユークレースのときから変わってない。特にアルマンディンでは振り回され方が大きかっただけだ」


 きっとノーラの護衛をしたことも示唆しているのだろうが、今はその話は遠慮したい。真面目な場だ。極個人的な感情に踊らされるのは勘弁だ。


「しかし二人のお陰で被害は最小限に抑えられたと聞いておるぞ」

「偶然がうまく噛み合っただけだ。もっとうまく立ち回る方法もあったはずだからな」


 色々考えるよりも先に、国王であったオセウスと密に協力できていれば簡単にトリルを炙り出せたかもしれない。

 その反省を踏まえて、ベリルでは恥を捨てて攻勢に打って出ようと考えていたのだ。


「それに結局捕まえられなかったしな」

「《共魔》か…………」

「ここはどうなんだ?」

「……残念ながら今はまだ色よい返事は用意できぬ。だが、お主たちの忠告のお陰で先んじて動くことは出来たはずだ」

「そうか……」


 流石に《共魔》相手では国を挙げてでもそう簡単にはいかないか。

 恐らく尻尾を上手く隠して潜伏を……もしかしたら既に痕跡も消して逃げているという可能性もあるが。まだここベリルではどちらの確証も得られない。

 逆に言えば、俺達が来るまで特別変わったことはなかったとガハムレトは言っているのだ。

 俺個人の経験からすると、その静けさこそが警戒対象ではあるのだが。


「しかし《渡聖者》が二人も来てくれたというのは心強い話だ。今ある平穏を守る身として、危険は排除せねばならぬ。改めて協力を申し出たい」

「こっちも最初からそのつもりだ」


 飾らない物言いに、きっと彼にも色々な思惑があるのだろう言う勘繰りはどうにか押し留めて。メローラと頷けば、安堵したようにガハムレトが息を吐いた。


「こちらからも可能な限り手を貸そう。……そして、そこに関してだが、ショウ・ノース殿にお願いが一つある」

「……オレにか?」


 いきなり水を向けられたことに驚いた様子のショウがこちらを窺う。


「ここは元々お前が転生した国だろうが。幾ら《渡聖者》でもそれをどうこうするつもりはねぇよ」

「……そうか。分かった」


 願わくば何かあったときに彼が俺の味方になってくれることが望ましいが、それを強要するつもりはない。ショウは《渡聖者》ではない、ただの転生者だ。

 世界の救世主と祀り上げられる俺が、世界の均衡を崩すような真似は控えるべきなのだ。


「で、お願いってのは何だ?」

「ショウ殿には特使としてセレスタイン帝国に向かってもらいたい」

「セレスタイン? また何で」


 ガハムレトの提案に少し考えて、それから至る。


「もしかしてべディヴィアか?」

「あぁ。彼のことは知っているが、国を預かる者としての面識はないのでな。これまでのことを考えても《共魔》への対応は一国では手が足りぬ。活発化している《甦君門(グニレース)》に対抗する為にも、今は国同士の協力が不可欠だ」

「それでオレが直接行って関係を取り持つってことか……」

「幸いにも、ショウ殿が交わした契約はここと帝国を結びつけるものだ。……いや、責めているわけではない。今回に関しては都合がいいくらいだ」


 元セレスタインのユウと、ベリルの転生者であるショウ。二人が契約した時はまだ、国の頭がゼノとガハムレトで、二国間は余り進んで手を取り合うような関係ではなかった。

 しかしゼノが誘拐され、臨時としてべディヴィアが皇帝になったことで、二国間の関係は一時的にリセットされたのだ。

 国の代表が変わって論点が摩り替えられる、なんてのは俺が元いた世界でもよくあった話。少し納得しきれない部分もあるが、政治とはそういうものだ。

 加えて今は《甦君門》や《共魔》という共通の敵が存在する。禍根を一時的に棚上げし、他国と世界の暗部へ立ち向かう……。この世の平穏を守る為と言う建前は、共闘に足る立派な理由だ。

 それを為す為に、二国に跨る二人の繋がりを利用する。彼らが政治的な問題に巻き込まれるのはいい気分がしないが、今は仕方ないと割り切ろう。


「今からか?」

「書面上の話し合いは一応終わっているのだがな。体裁の意味も含めて必要なのだ。頼ってもいいだろうか?」


 明け透けなガハムレトの言葉にこちらを見たショウ。しかし頷かなければ話は進まないと首肯する。


「分かった。任せろ」

「恩に着る。必要な準備は既に済ませてある。話も付いているから気負う事無く行ってきてくれ」

「あぁ」

「早馬を用意しろ!」


 少しだけ騒がしくなった玉座の間。そんな中でショウとユウに告げる。


「こっちのことは気にするな。これだけバックアップが整ってるからな」

「何か伝言はあるか?」

「……別に。ま、《甦君門》の問題が片付いたら顔を見せには行くつもりだ」

「そうだな。それが良い」

「では、行ってきますね」

「あぁ、気をつけてな」


 使用人に連れられて二人が広間を出て行く。残された俺達は、改めてガハムレトに向き直る。


「俺達は《共魔》の捜索か?」

「あぁ。一応エレインを傍に付ける。彼女とは面識があるのだろう?」

「前に少し話をした程度だけどな」


 あの時はショウを間に挟んでの関係だった。とはいえ全く知らない誰かを(あて)がわれるよりは気が楽かもしれない。


「何かあれば彼女を使ってくれ。こちらからも出来る限りの便宜を図ろう」

「ならとりあえず宿の手配を頼む。色々落ち着いて考えたいからな」

「あぁ。折角こうして挨拶も出来たのに、歓迎も出来ずに済まないな」

「それは全部終わった後でいい。その方が気分がいいだろ?」

「…………確かに、それは間違いないな!」


 心地よい呼吸で跳ねるように進む話。竹を割ったような分かりやすい性格に、それから頭の隅で考える。

 飾らない性格。だからこそ、その影響力は凄まじく、明確に言葉にするが故に強制力が滲む存在感の塊だ。

 ともすれば独裁とも言われかねない真っ直ぐな言動は、周りを引っ張るリーダーシップ。嘘偽りのない言動は、潔癖なほどに周りを寄せ付けない彼の強さだ。

 事を即断即決で突き通す胆力。出来れば敵には回したくない相手だ。

 (まか)り間違って罪人の烙印(らくいん)でも()されようものなら、どこであれ見つけ次第首を()ねて持って来いと彼ならば言いかねない。

 それを考えれば、セレスタインが追っ手を差し向け交渉と実力行使で連れ戻そうとしていたあれが随分と生易しく感じる。

 どこか保守的なセレスタイン帝国。宗教色が強く、神聖で冒されざる唯一のユークレース司教国。罪と共に新たな女王が即位し、これから色が出始めるアルマンディン王国。他の追随を許さない絶対的な決断力のベリル連邦。

 それぞれが国としての軸をしっかりと定めたコーズミマを支える彼らに、自分一人の無力さを噛み締める。

 こんなのを相手に《渡聖者》として自分を持たなければならないのかと思うと、中々な過酷さを既に痛感するばかりだ。

 今はどうにか手を取り合えているが、問題が片付いてその関係が前の状況に逆戻りしたら、一体俺はどこに居場所を見つければいいのだろうかと。

 遠くも近い気がする先の未来を憂いながら、改めて自分の立場と力の意味を見つめなおしたのだった。




 ガハムレトが用意してくれた宿は、アルマンディンの時同様結構格式の高いところだった。案内してくれたエレインに訊いたところ、どうやら各国から来る要人を歓迎する為の宿らしい。

 一応|《渡聖者》も世界的に重要な立場の存在。身の回りの安全や世話も含めて、目の届きやすいところで快適に過ごして貰った方が彼としても安心できるのだろう。


「何か避けた方がいいことはあるか?」

「特にこちらから申し上げることはございません。基本的に自由にしていただいて結構です。ですが、《共魔》の捜索や、何かしらの対策を講じられるという場合がございましたら、連絡の方をいただきたく存じます。協力できることもきっとございますので」

「あぁ、分かった。そっちも一応気をつけておけよ?」

「はい」


 目の届かないところで何かあるのが困るのはこちらも同じこと。折角手を取り合おうと向こうから言ってくれているのだ。それが利用と言う形になるとしても、味方が増えるのは素直にありがたい。敵は既に、個で事を構えることの出来ない強大さだ。


「では何かありましたらご用命を。失礼いたします」


 周りと比較しても目立つ容姿。褐色肌と言うのはコーズミマでも珍しく、癖のある猫毛の黒髪ロングに使用人服と言う出で立ちは目を引く存在。

 しかし彼女自身は俺がこれまで接してきた誰よりも礼儀正しく普通で、信頼のおける現地人。何かを抱えていたり、性格に難があったりと言う、目立つ特徴は今のところ見受けられない。

 落ち着いた物腰と、責務に忠実な姿勢は十分尊敬に値するものだ。

 だからこそ、拭いきれない違和感が募る。


「……ミノ?」


 エレインの出て行った扉を睨むように見つめながら訊く。


「チカ、シビュラ。どうだ?」


 直ぐ傍の彼女たちは静かに首を振る。

 隠している魔力を暴いたり、偽っている見た目を剥がす魔術はまだ出来ていない。そのどちらかが完成すれば、《共魔》を探すのも一気に進展するのだが……。


「えっと、どういうこと?」

「ユークレースのメドラウド。セレスタインのラグネルとカイウス。どっちも国の内側に側近や使用人として潜伏してただろ?」

「……彼女がそうかもしれないってこと…………?」

「その方が説得力はあるからな。身近で監視できて怪しまれない立場。その気になればガハムレトにだって手が届く。使用人に扮して工作をするなんてのは昔から有り触れた手法だからな」


 今ではメイドと言うと身の回りの世話をする仕事だと思われがちだが、昔は懐に入り込めるその立場を利用しての身辺警護や、はたまた逆にスパイや暗殺と言うのも生業(なりわい)としていた存在。言い換えるならば、雑事をこなす忍者なのだ。

 特に使用人と言う仕事がポピュラーなこのコーズミマの世界では、有り触れているが故に異物も紛れ込みやすい。封建的な側面も持ち合わせるために、役割の分担を明確にする立場の線引きは認識の齟齬を生み出す。

 国なんて言う大きな母体になればそれは顕著で。一々使用人全ての動向を把握することはしなくなる。

 だからこそ、仕掛ける方も身を潜めやすく、他の《共魔》も似たような立場を利用していたのだ。


「でも、全く同じは少し考え辛いよ?」


 チカの言葉も分かる。

 ユークレースとセレスタインで二度失敗している。それがあったからアルマンディンでのトリルは使用人ではなく宿屋の主人と言う場所に身を置いて期を窺っていた。それも考慮の内だ。

 同じように考えれば、病的に慎重で狡猾な《共魔》が、失敗を好んで繰り返すとは思わない。


「あぁ。そして、だからこそ更に裏を掻くってのも想像はできるだろ?」


 一度失敗をした。だから今度は更に念入りに尻尾も爪も隠し。においまで消して同じ場所に隠れる。一度調べられたから安全と言う、心理の穴を突いてくることもまた、《共魔》が取りそうないやらしい手段だ。


「そこまでくると疑心暗鬼だよ……。考えても仕方なくない?」


 今回は話についてこられたらしいカレンが困ったように呟く。


「そうだな。だから可能性は絶やさずに調べるぞ。幾ら親切にされても本気で信じるなよ?」

「う、うん……」


 ラグネルに騙された経験があるカレンには荷が重い話かもしれない。

 彼女の本質は信じることから始まる理想の結実。疑うということは性に合わないのだろう。

 もちろんそれも美徳で、エレインが敵でないならそっちは彼女に任せればいい。しかしラグネルの時同様にまた同じ結末を辿れば、例えこちらから見つけて仕掛けたとしてもカレンの力で理屈を覆して想像を手繰り寄せるのは難しいはずだ。彼女が迷えば、迷いこそが現実になる。

 だから俺が出来ないこととして盲目に信じろとは、口が裂けても言えない。言えない、が────


「ただの杞憂ならそれでいい。けど、もしラグネルと同じなら、同じ失敗だけはするな」

「…………うん」


 入れ込みすぎるな。いざと言うときにはしっかりと割り切って決別しろ。

 難しいことを言っているのは自覚の上で、それでも言い含める。

 未知数の力を持つ《共魔》には、カレンの埒外が一番効果的だ。だから彼女を頼っているのだ。

 ……頼らざるえない己の無力さこそが一番情けないという話ではあるのだが。

 とりあえず今出来るだけの事はした。次は過去ではなく今と未来を見て行動しなければ。


「それで、これからどうするの?」

「まずは改めて町を見て回る。前の時みたいに駆け回るとは思わないが、逃走経路くらいは見とかないとな」

「つまり」

「観光っ?」

「事前調査だっ」


 シビュラの声に、カレンが目を輝かせて身を乗り出す。

 どうしてそう娯楽を求めたがるんだよ。大体シビュラ以外は一度ベリリウムを見て回っただろうが。


「うん、そうだね。じゃ、早速行こーっ!」


 遊ぶ気満々じゃねぇか…………。

 けれどもまぁ、アルマンディンでは殆ど息抜きする暇もなかったのも事実。その埋め合わせに、少しくらい羽目を外すくらいは目を瞑るとしよう。


「ユウとショウが帰って来た時に恨まれても知らないからな?」

「言わなきゃいいんだよ!」


 悪魔かよ。…………魔物だったな。




 目的があるとはいえ、一時(ひととき)面倒な(しがらみ)から開放されるという久しぶりの自由は彼女にとって掛け替えのないもので。二度目のベリリウム探訪も、コーズミマを一周してからだとまた違って見えるものらしい。

 あの時はセレスタインから追われてもいたからな。余り手放しに楽しめてもいなかったのだろう。


「やっぱり綺麗だね、ここ」

「眩しいけどな」


 鉱山から産出する鉱物や宝石を国益として輸出するベリル連邦は、当然地元市場にも沢山出回る。特にここでしか買えない限定品や、他で買うよりも安いという売りは、外からの客にとっても嬉しい話。

 冬の時期は雪や寒さを避けて南へ降りてくる者も多いらしく、寒々しい空色模様とは裏腹に街中は活気に溢れていた。

 それに、前に来たときも思ったが、光物(ひかりもの)と言うこともあって往来には女性が目立つ。彼女たちにとってここは、戦場と紙一重なのだ。


「そう言えば前にミノ言ってたよね。鉱石や宝石にはそれぞれ意味があるって」

「あぁ。お前の誡銘(かいめい)、《珂恋(カレン)》の珂の字も白瑪瑙(めのう)だしな」


 鉱石や宝石は大地が生み出す結晶だ。人の手が加わり辛いそれらには、人知を超えたエネルギーが秘められているとされ、パワーストーンとしての意味合いもある。

 それと同様に、石自体に意味を込めてその恩恵に(あやか)るという、とても曖昧で不確かな心の支えの一つ。思うに、石と意志の掛詞(かけことば)なのだろう。


「ミノが詳しいのは何で?」


 と、挙がった疑問は別方向から。見ればチカが不思議そうにこちらを見つめていた。


「女の人に人気で、その人たちが知ってるのはわかる。けどどうしてミノが詳しいの?」


 周りを見渡しながらの音に、それから喉の奥が詰まる。

 ……カレンは鈍感だから深く考えずに俺の言うことを信じていたが、どうやらチカは違ったらしい。


「……その疑問、必要か?」

「…………答えたくない?」

「………………」


 嫌ならこれ以上は訊かない。そう言外に告げるライムグリーンの瞳に、それから少しだけ考えて小さく息を吐いた。


「……俺の母親がな、元いた世界で宝石を売る仕事をしてたんだよ」

「宝石商?」

「そこまで立派なものじゃない。別に資格も持ってなかったしな」


 鑑定を行うには専門の資格が必要だが、ただ店で店員として売るだけなら接客業と大差ない。


「ずっと同じ仕事をしてたからな。家にもそういう本が沢山あったんだよ。幼い頃に親の仕事に興味を持った時期があってな。それで幾つかの宝石に関しては知識があるってだけだ」

「ミノのお母さんって…………そっか……」

「もう終わった、過去の事だ」


 苦い記憶の中の、僅かに暖かい思い出。まだ俺が、自分の名前を誇りに思って、家族仲がよかった頃の話。

 今になってそんなことを思い出すとは……やはり幕引き間際の記憶が強く残っていたからなのだろう。

 けれどもカレン達と出会って、こっちの世界で俺にも居場所のような何かが出来た。偽りの上に積み重ねた今だが、それでも周りに認められる立派な肩書き(じゆう)も手に入れた。

 だからこそ、過去の思い出をこうしてどこか懐かしく思い出せるのかもしれない。いい思い出とは、言い切れないかもしれないがな。


「ごめん」

「何でチカが謝るんだ? 色々中途半端な俺の責任だろうが」


 過去のことを自ら進んで話さないくせに、言い訳にはして。全てを断ち切るわけではなく、時々縋るように過去を振り返って。

 言っている事とやっている事がちぐはぐな、酷く身勝手な自己満足。

 利用できるものを使うのは別に悪いことではないと思うが、そのやり方が中途半端なのだ。

 だからチカにも疑問を抱かせてしまった。


「……ま、心配してくれたことは素直に受け取っておく」

「うん」


 まだ少し納得できていない様子のチカ。そんな彼女に、少しでも気が楽になればと話題を変える。


「……琥珀(こはく)に込められてる意味は、愛や優しさ、長寿だ」

「え……?」

「俺は、その優しさが、チカによく似合ってると思うぞ」


 面と向かって褒めるのが気恥ずかしく、あらぬ方向に顔を背けて告げる。

 するといきなりの言葉にどう反応していいか分からなかったチカが足を止める気配。

 思わず俺も歩みを止めて振り返れば、そこには少女らしく頬を染めたチカが恥ずかしそうに微笑んでいた。


「…………うん。ありがと、ミノ」

「お、おう……」


 彼女が魔剣であることを忘れそうな、《絶佳(ゼッカ)》な女の子の笑顔に、一瞬呼吸を忘れて。

 逃げるように人の波へと再び歩き出せば、隣に並んだチカが大切な何かに縋るように俺の手を無言で包み込んだ。

 その手のひらの感触が、嫌に熱く現実味を伴って。そこにいる今を自覚したのだった。




 翌日からエレインを伴って《共魔》の捜索が始まった。とは言っても明確に見分けられる何かがあるわけではない。その為、やっている事と言えば牽制の為の警邏が主になる。

 《共魔》の目的はベリルにおいて二つ。それはこれまでと同様、国の掌握と俺の……カレンの確保だ。

 ガハムレトの周りを監視しつつ、己を餌に誘き出す。時折圧を掛けるように気になった者に鎌を掛けたりする。

 現状、チカが対|《共魔》として使えるのは思考傍受の妨害と、転移魔術の阻害。そして透明化の看破だ。

 しかしそれらはいざ戦いになったときに敵が使ってくるだろう能力であり、潜伏している《共魔》を暴き立てる術式ではない。

 せめて隠している魔力を詳らかにするか、偽っている見た目の皮を剥ぐ事が出来ればこちらから打って出ることが出来るのだが……。


「ごめん……」

「謝るな。そこ二つに関してはからくりが分からないと対抗策が打てないのは分かってる」


 意気消沈したチカの声に励ます。幾ら魔術編纂(へんさん)に秀でた彼女でも、その術式が分からないと対抗術式は組めないのだ。

 魔術は想像を結実させる(ことわり)。完全なるゼロから作り出すことは出来ない。きっかけや、閃きが必要だ。

 そこに関して、先に挙げた二つは解明に困難を極めるのだ。

 そもそも魔力とは、魔物にとって人間の呼吸と同じこと。それを隠蔽するということは、人で言えば心肺機能を停止させるということに他ならない。

 普段無意識に行っている呼吸を、一時的に止めることはできるだろう。けれどもそれは呼吸をしていないだけで心臓が動いていないわけではない。

 しかしチカの言い分が正しければ、《共魔》はそれさえも止めて隠れているのだ。

 とは言えずっとそれをし続けるというのは存在の維持に大きな負担をかける。ならばクジラやカモノハシが呼吸のために水面に浮上するように、一時的にその能力を解くはずだと。実はガハムレトに許可を貰って城を覆う大規模な結界を張り巡らせているのだ。

 魔力の脈動が感知できれば、チカとシビュラがそれを手繰って個を特定できる。今はそのために少しだけ圧力を掛けてその瞬間が来るのを待っているのだ。

 また、見た目を偽っているだろうその能力も、透明化とは別のからくりがある模様。念のため疑ってガハムレトやエレインにも透明化の応用で見た目を偽っていないかと確認をしてみたが、空振りだった。

 他にも確認したがヒットしないところを見るに、透明化と見た目の変化は別の力なのだろう。

 考えられる可能性として、変装するように別人の皮を被っている場合だが。そんな単純な術式ならばチカが直ぐに破れる。

 逆に、幻術の類で俺達の方が認識を誤魔化されているかもしれないと疑ったが、契約を交わすカレン達が俺が惑わされていることに気付かないわけがない。

 つまりもっと別の何かで姿を偽っているのだ。

 結局、敵が動くまでは慎重に圧を掛け続けるしかない。それまでは、まるで人と見分けのつかない存在なのだ。


「やはり難しいのでしょうか……」

「思いつき一つでどうにかなってるなら、人海戦術が可能なベリルが既に突き止めてるだろうからな」

「すみません」

「別に責めてるわけじゃない。ここまで目に見えて乗っ取られた兆候がないだけでも十分だ」


 落ち込むエレインの声に励ます。《共魔》の散策には彼女も付き合うことになっている。その為こうして行動を共にしているのだ。

 そもそも彼女は使用人。本当に《共魔》が化けていなければ、魔剣とも契約をしていないただの一般人だ。

 そんな彼女に仲間を疑って悪者を炙り出せと言う方が酷な話だろう。

 それでもこうして一緒に行動している以上責任は生まれるわけで。彼女なりに色々思うところがあるようだ。

 罪なき者の為にも、一刻も早く打開の手段を講じなければ……。せめてチカの閃きになるきっかけでも────

 科学的に見た目を偽るだとか、整形だとか……。魔術で再現できそうな物理的なことを片っ端から考え続ける。

 と、そんな思考を割くように、シビュラがぽつりと零す。


「どうして?」

「……何がだ?」

「どうして見た目を変える必要があるの?」

「…………どういうことだ?」


 まるでチェス板を裏から覗き込むように。何もないそこに、いつの間にか隠されていた将棋板を探すように、純粋な疑問が魔篇(まへん)の口から音になる。


「潜り込むだけなら、見た目は変えなくてもいい」

「それは……だが、沢山の顔を持っておけば便利だろう。実際、アルマンディンの時はそれで直ぐ傍にいたトリルに気付かなかったわけだしな」


 宿の主人と船頭。他にもきっと色々な姿で俺達の言動を傍から監視していただろうトリル。

 それを考えれば、見た目を変えて色々な立場と視点を持てるのは潜伏に有利な力だ。


「鉢合わせは起きない」

「……そりゃそうだろ。元はひと────」


 元は一人。そう言葉にしかけたところで、ようやくシビュラの言いたいことを理解する。


「そうか。一人なら、複数の顔を持っていても鉢合わせは起きない……!」

「足りない顔は、手がかりになる」

「っ……!」


 もっと早くに気付くべきだった。

 例え《共魔》が複数いたとしても、それ以上の顔を持ち合わせているのならば。仮に容疑者を一堂に集めれば、どこかに綻びが見つかる。

 そう、例えば……普段いるはずの人間が見当たらない、とか。


「でも分身とかできたら」

「それなら魔術で看破できるよ」


 カレンの可能性は、すぐさまチカが切り捨てる。例え数を補っても、そこに魔術が絡んでいればチカが暴ける。仮に直接魔術を叩き込めば、実際の人間でなければ魔物が討滅されるように別の形で影響が出る。

 分身だとしても、排除すれば穴が出来る。その穴を埋め合わせる為には、別の穴が生まれる。天秤は、片方にしか傾がない。


「……けど、地道な作業だね。全部裏を取らないといけないんでしょ?」


 顔に欠けがあれば、その時間帯のアリバイを確認することでそれぞれがどこにいたのかを割り出し、《共魔》の行動を浮き彫りにすることが出来る。

 もしどこかで姿を変え入れ替わっているのならば、その綻びが見つかるはずなのだ。そうすれば自ずと隠れた《共魔》を探し出すことが出来る。

 が、それには根気強い作業が必要だ。

 例え城内の使用人に絞っても、人数はそれなりにいる。その一人一人のアリバイを調査するのは骨が折れる作業。

 それに何より、嘘と真実が入り乱れれば真相は闇の中に消えてしまう。そこまでくれば最早悪魔の証明だ。

 ならば一体、この膨大で果てのない虚実混在の終わりをどうやって見つけるのか────


「もちろん人の手には余る。……だが、その理の外でなら再現可能なことは幾らでもあるだろ?」

「魔術だね」


 チカの声に頷く。

 想像を結実させる力。嘘発見機の実現だってきっと可能な、埒外の現実。その力を借りればどんなに無理難題に思えても解決策はきっとどこかにある。


「それにだ。こっちには既にその手立てが存在してるしな」

「え……?」


 言って視線を向けた先は、先ほどから気配を殺して空気に溶け込もうとしていたメローラ。彼女は俺と視線が交わると、面倒くさそうに顔を背けた。


「可能だろ?」

「嫌よ、面倒くさい」

「ならまた後手に回るか? メローラの言う、分かりやすく斬って解決。そのために事前に舞台を整える。それだけのことだろ?」

「………………」


 ユウがいたなら彼女の力を使ってどうにかする方法もあったが、今はセレスタインに向かってここにはいない。

 だからこそ、彼女の力に頼りたいのだ。


「同じことならチカでも出来るでしょう?」

「悠長なことをしてる暇はないんだよ。それくらい分かるだろ?」


 《共魔》はアルマンディンで危険を冒してでも結果を得ようとした。その時にトリルは、事情が変わったと言っていた。

 あれから考えてみたが、可能性として一番確率が高いのは彼らにとっても時間がないということだ。だから少し無理やりにでも行動に移して事を早める必要があった。

 ならばここベリルでも同じ話。《共魔》が先に行動を起こす前に、こちらから動く必要がある。そのために彼女の協力が不可欠なのだ。


「……えっと、どういうこと?」


 主語の見えない会話に堪らずカレンが口を挟む。折角だ。目的を明確にして逃げ道を潰し、協力を取り付けるとしよう。


「潜伏する敵を暴く必要がある。そのためにメローラの……性格にはヴェリエの力が必要なんだよ」

「ヴェリエってメローラさんの魔剣だよね」

「あぁ。その能力は、《叛紲(ハンセツ)》。魔力に宿る過去を覗く力だ」

「…………あ、そっか!」


 懇切丁寧に説明すれば、カレンが方法論に至って声を上げる。


「魔力の記憶を辿って《共魔》を探すんだっ」

「確かに時間を掛ければチカも似たようなことは出来るはずだ。けどアルマンディンでの事を考えると、いつ《共魔》が強攻策に出るか分からない。だからこっちも行動を急ぐ必要がある」

「だからメローラさんに協力して貰うって事だね!」


 それに、ヴェリエの力を再現ではなく、直接使う方が得られるものも大きくなる。結局、真似て作った魔術は紛い物止まりの、別物なのだ。


「もちろんメローラだけに頼るつもりはない。俺だって可能な限りの手段を講じる。だから頼む、力を貸してくれっ」


 答えが見えかけているのだ。今更誰かに頭を下げることに恥などない。

 この頭は、自分に出来ない事を認めた上での願いだ。

 下げるべき頭は下げる。そう真摯に訴えれば、やがて沈黙の後にメローラが重い口を開いた。


「一つ、条件があるわ」

「なんだ?」

「もし《共魔》が見つかったら、相手はあたしにやらせて。それくらいの気晴らしは良いでしょう?」

「あぁ、分かった」


 《共魔》は特別だが、《渡聖者》だって埒外の存在。例え手の内がばれていても、それを覆すことが出来るからこそ、守護者の尖兵なのだ。


「なら行きましょうか。決めたなら時間が惜しいわ」


 その思い切りの良さは美徳だろうが、一体誰が渋ったお陰て無駄な時間を過ごしたと思っているのか。

 言ったところで脳筋な彼女が胸を痛めるはずもないと諦めて足を出す。次いで、直ぐ傍で無粋に首を突っ込むことなく使用人としての責務を貫き通していたエレインに頼む。


「先に行ってガハムレトに頼んで貰えるか?」

「畏まりました」


 静かに腰を折った彼女が、それから細い路地に姿を消す。どうやらそっちが近道らしい。


「使用人集めるのも時間が掛かるはずだ。先に腹ごしらえだけ済ませるぞ」

「うんっ。さーて。何食べよっかなぁ!」

「メローラ、カリーナの名産知ってるか?」

「ミケァヌでいいんじゃない? 冬だし」


 ただの鍋料理じゃねぇか。やっぱりユウがいてくれないと食に楽しみを感じないな。




 シェフ不在の食事に味気なさを覚えながら店を後にして。そのまま城へ向かおうと足を出す。ガハムレトとの関係も良好で、このまま行けば大きな問題もなく何かしらの手がかりは得られるだろう。

 そんな事を考えながら遠くに城を見据えたところで、不意に隣を歩いていたシビュラが足を止めた。何か気になるものでもあったのかと顔を向けた瞬間、空気を(たわ)ませる音と共に微かな震動。遅れて音のした方から冬の曇天を染める黒い煙が立ち昇り始める。


「……なんだ?」

「ミノ、魔剣の気配がする……」

「こんな街中でか?」


 (いぶか)しげな、認める事を躊躇うようなカレンの声。しかし彼女の知覚は剣と魔に秀でている。距離はあるが、そう簡単に間違えたりはしない。

 何より、カレンが嘘を吐く理由がない。


「……《渡聖者》として、見過ごすわけには行かないだろうな」

「行こう……!」


 既に決意は固まったらしいカレンが真っ直ぐな横顔と共に足を出す。

 《共魔》を目の前に面倒ごとを……とも思ったが、しかしこれで彼女の気持ちが定まるならそれもアリかと考えて。避難よりも野次馬の方が多い人の流れに乗って急ぐ。

 黒煙の昇る現場に近づけば、肌を刺すような感覚が強くなる。ここまでくれば俺でもわかる。これは、明確な悪意を伴った騒動だ。

 煙が上がるということは、火の手だったり建物の倒壊が考えられる。そうなれば、先ほどカレンが口にした魔剣の存在が、少しだけ別の側面を覗かせる。

 嫌な予感と共に人垣を割って前に出れば、そこには想定以上の光景が広がっていた。


「……ただの魔物じゃないな。呑まれたのか」

「うん」

「人工魔剣ね」


 メローラの言葉に奥歯を噛み締める。

 ベリルで人工魔剣……しかも魔物化しての騒動とは、嫌な事を思い出させてくれると。脳裏に巡った己の過去の事を思いながら、(たぎ)った感情を責務に換える。


「だが、逆にこれでほぼ確定したな」

「近くに《共魔》がいるね」


 群衆の中に紛れているか、それとも既にこの場を離れた後か。どちらにせよ、《甦君門》の奴らがベリルで人工魔剣をばら撒いたのは確かだ。


「とりあえずそっちは後よ。まずはこれ以上の被害を抑えないと。炙り出しどころじゃなくなるわよ?」

「分かってる。カレン」

「任せて!」


 カレンが俺の手を取る。刹那、右の二の腕の契約痕が疼いて熱を持ち、手の中に安心する形が顕現した。

 鞘から抜き放てば、灰色の空の下、淡い光を受けて輝く漆黒と紅の刀身が踊る。


「シビュラは魔術で援護しろ。拘束したところでカレンで叩き斬る。暴走の対処はチカに任せる。いいな?」

「うんっ」

「いいよ」

「あっちは任せなさい!」


 短い意思疎通を終えるが早いか、既にヴェリエを構えたメローラが大地を蹴って魔物と化した破壊の権化に斬りかかっていた。

 同じように別方向へ飛び出せば、直ぐ傍を抜けた空を駆ける拘束がまるで生きているように魔物へと絡みつき、その巨躯を縛り上げた。


「はぁぁっ!」


 気合一閃。想像を刃に宿し、理想を結実させる一撃が人の身を優に超える存在感を両断する。

 人工魔剣を核にした魔物化は、上手くすれば人に戻せる。その経験から、想いの刃は過去を未来に重ねて今に手繰り寄せる。

 斬った感覚から第六感を刺激するのは、定着の浅さ。どうやらまだ魔物になってそれほど時間が経っていない。これなら中の人間も助けられる。


『ミノ!』

「わかってる!」


 最も望むべき理想が見えたお陰で、カレンの想いが強くなる。にわかに淡く紅色を宿した刀身が、冬の街中に油絵でも描くように尾を引いて跳ね回った。

 戦闘の余波を嗅ぎ付けてか、一体どこに隠れていたのかという数の魔物が四方八方から集まってくる。

 魔力を糧に生きる魔物にとって、溢れる魔力残滓と、そもそもの魔力タンクである俺はいい餌だ。

 ならばそれを利用することで、これ以上の町への被害は抑えられると。頭の片隅で、ガハムレトへの恩を売れると打算が過ぎれば、直ぐに火中へと自らをくべた。


『シビュラ』

『うん』


 淡々と響く契言が、魔力を伴って魔術へと昇華する。

 次の瞬間、胸の奥底から際限なく湧き上がった衝動が天を貫く魔力の奔流となって大気を押し退け、圧倒的な存在感と共に辺りに伝播した。

 さぁ、来い! お前らが欲しがる魔力はここだ!

 自分が放つ魔力の波動に空気が歪むのが分かる。

 底の見えない魔力の大放出による町全体への挑発。空気に滲む圧迫感に、周りを囲んでいた群衆が数歩距離を取ったのが分かった。

 そうだ。そのままお前らは下がれ。そして、魔物は一匹残らずこっちに来い!




 押し寄せた魔物の数は、二桁になった辺りから数えるのを諦めるほどだった。途中から騒ぎを聞きつけた騎士たちも応援に駆けつけてくれたお陰で後半戦はスムーズに対処が可能になり、想定以上の速さで事態を鎮圧することが出来た。

 偶然近くにいただけだったが、そこは仮にも《渡聖者》。国の騎士が束になって相手する魔物を一人で対処できる力は、彼らにとってもありがたかったらしく。迅速な行動で民や町に大きな被害が出なかったことに素直に感謝をされた。

 こういう形での貢献なら別に悪い気はしないと思いつつ。魔物化もしたばかりで定着が浅かったお陰か、カレンの刃で全員を人として助けることが出来た。

 ただ、人工魔剣が原因で急速な魔力中毒のような症状は避けられなかったらしく。殆どの者たちが相応の治療を必要とする状態だった。

 人が魔物になると言うのは、基本的に魔障の症状が最終段階近くまで進んで起きる現象だ。つまり形は違えど体が魔力に侵されるのは避けられない事実であり、風変わりな魔障の発症と似ているものが彼らの体を蝕んだのだ。

 ただ、魔物化の原因となった人工魔剣は壊した為に、しばらく安静にして適切な治療を行えば後遺症も殆どなく日常生活に復帰できるだろうとの話だった。

 魔物化している間の記憶はなくなってしまうかもしれないが、命が助かることに比べれば些細な問題。それに、意識なく本来望まない破壊活動を行っていた実感を記憶しなくて済むのだから、当人達にとってはいい事の筈だ。償いが必要ならそれぞれに頑張ればいい。

 意識のある者はどうにか自力で。そうでない者は担架と馬車で医療施設へ向かう。そんな光景を、人型へ戻ったカレン達と眺める。

 するといつの間にかそこにいたメローラが労いの声を掛けてきた。


「お疲れ様」

「あぁ」


 少し物足りなさそうに小さく息を吐く彼女。一瞬、不完全燃焼を発散させる為にサンドバッグにされるのかと構えて、次いで過ぎった疑問を音にする。


「……そう言えばどうやったんだ?」

「何が?」

「ヴェリエの力じゃ魔物化した人間を救うってのは難しくないか?」


 カレンの刃は想いの力。感情と共に理想を募らせれば、それを現実に手繰り寄せる理を覆す異能だ。

 未来さえ己の想像で書き換え、因果を超えるカレンの特別ならば理想の限りの再現性はある。

 しかし同じ魔剣でも力はそれぞれ違う。幾ら剣術に秀でるメローラと、逆縁から特別な力を持つヴェリエであっても……だからこそカレンのような特別性はない。

 魔障を操る力があっても、それは彼女自身のみに宿る過去と向き合った産物だ。他人の魔障に干渉するための能力ではない。……まぁ魔障に関する造詣に限れば、メローラの知識量は相当なものだとは思うが。


「確かにあたしに直接どうにかする力はないわ。けれど忘れたのかしら? ヴェリエの力は一つではないわよ?」

「…………無効化、だったか?」

「えぇ。術式を理解している場合限定だけれどね。けど、それと魔力の過去を見る力があれば、別の形で結果を手繰り寄せることは出来るのよ?」


 メローラの言葉に、それから少しだけ考える。

 ヴェリエは二つの力を持つ魔剣だ。一つは魔力の無効化。もう一つは魔力の記憶を覗くというものだ。

 後者に関してはメローラの魔障が契約を介して逆流した産物だと旅の途中で聞いた覚えがあるが、今はいいとしよう。

 彼女はそれを組み合わせることで魔物化の対処が出来ると言った。つまりはどうにかして人に戻したということだ。

 ……恐らく重要なのは過去を見る力の方。そこに魔術の本質である、理論で想像を現実にと言う形を加えることで未来を手繰り寄せている。つまり────


「……人としての魔力をヴェリエの力で(さかのぼ)って、魔障と逆の作用を無力化で再現したのか?」

「へぇ、よく分かったわね。その通り。今回は上手く合わせ技でどうにかなったのよ」


 魔障に対する知識。魔力の過去を見る力。そして魔に関する力の無力化。この方法はメローラとヴェリエにしか許されない対処法だが、事人工魔剣に関しては俺よりも彼女の方が専門的かもしれない。


「……簡易的な治療もしたんだろ?」

「罪なき命が潰えるなんてかわいそうでしょう?」


 終わってから気付いたが、今回俺が斬った者達は総じて意識を失っていた。しかしメローラが対処した者達は自力で歩けるくらいに意識を保っていたのだ。

 それができたのは、(ひとえ)に彼女が魔障に対する知識を持ち、それを応用することが出来たから。彼女は魔物化から助けながら、後に尾を引きそうなその原因まで軽く対処したのだ。


「流石は《渡聖者》だな」

「まぁね」


 胸を張るメローラ。それだけの事をしたのだから文句はないが、何故か少しむかつく。

 全く、戦闘が絡んだ時の彼女は凄まじいな。普段はアル中の癖に……。


「…………で、どう思う?」

「なんて言うか、雑よね。陽動にしたってもっと上手くやるでしょう」

「その不気味さが逆に怖いんだけどな」


 トリスの一件、人工魔剣が俺達に通じないことはよく分かっただろうに。例え暴走から魔物化したって、こうして対処されるのは分かりきっていたはずだ。

 そもそも《甦君門》の奴らはカレンの力を知っている。望んだ未来を手繰り寄せるというその特別は、理さえ覆す異能。彼女が望めば魔物化して間もない者たちを元に戻すなど造作もない。だからこそその力を《波旬皇(マクスウェル)》の復活に利用しようとしているのだ。

 その前提から考えれば、今回のこの騒動は違和感が過ぎる。

 もし本当に陽動ならば、その場合の本命はベリルの掌握。となれば城下で問題を起こすのは間違い。俺達を遠ざけたければ、国を少し動かして町の外に誘導し、ここを手薄にするのが正しいはず。

 そうでなければ俺やカレンの確保を狙ったことになるが……それは先に挙げた通りまず無理だ。それをするならば《共魔》クラスが出張ってくる必要がある。

 やり方がちぐはぐ過ぎる。だからこそ、今は想像し得ない別の目的があるのではと勘繰ってしまうのだ。


「そもそも人工魔剣を使う理由はなんだろうな?」

「そうね。そこも腑に落ちないわ」


 騒動を起こすだけならもっと別のやり方がある。これでは《甦君門》が事を起こしたと喧伝しているようなものだ。

 ベリルや俺達の警戒心を煽るだけ。そこに彼らの得があるとは思えない。


「アルマンディンで相当数の人工魔剣は斬った。だから無駄遣いする余裕はそんなにないはずだがな……」


 目的が分からない。これではただ子供が癇癪を起こしたのと同じだ。まさか《甦君門》が何かに失敗して世界に八つ当たりしたわけではあるまいに……。


「ミノ」

「どうした?」


 メローラと二人霧掛かった現状に頭を悩ませていると、気付けば静かだったチカが手に人工魔剣を持って声を掛けてきた。


「不思議だったの。どうしてこんなに沢山の人が同時期に魔物化したのかって」

「それは人工魔剣が暴走したからだろ?」

「うん。それはあってる。けど、普通に力を使うだけならそうはならないんだよ」


 チカの声に、それから視点が一変する。


「確かに中身は魔剣として破綻してるけど、使い捨てとして振るうだけならただの魔具と同じ。一回限りに魔剣と同じだけの力が使えるだけ。使い切ったらもう暴走もしない」

「普通に使えばただの強力な武器ってことか。……じゃあ暴走する条件はなんだ?」

「魔術的な干渉で、中身が更に破綻した場合だよ。封じ込めてる継ぎ接ぎの魔物が暴走して、持ち主に逆流して魔物化するの」

「人は一人で魔術を使えない」


 シビュラが端的に矛盾を崩す。

 彼女の言う通り、ただ人工魔剣を握っただけなら暴走をさせるような事態にはならない。ありえるのは、膨大な力に溺れ、振り回されて破壊行為に支配される可能性だけ。


「……ってことは…………」

「誰かが意図的に暴走を起こした?」

「もしくは、暴走するように仕組まれてたか、ね」


 不安定な人工魔剣だ。それなりに心得がある者ならば、狙って暴走させることも可能なはず。


「チカ、原因は分かるか?」

「だめ。もう中は空っぽだから」

「ヴェリエの力は?」

「今ならまだ間に合うぞ。早くしないと魔力が拡散して辿れなくなる」

「頼む」


 原因が分かれば、《甦君門》の目的も判明するかもしれない。そう考えて彼の力に頼る。

 するとメローラが尋ねた。


「チカかシビュラ。どっちでもいいけど、少しだけ魔力を集められる?」

「やる。いい?」

「あぁ」


 律儀に確認してくるシビュラに頷けば、彼女は戦闘の余波であちこち(めく)れた石畳の広場の中心で目を閉じ、両手を広げる。

 途端、足元に広がった魔方陣。その内側に気流のようなものが生まれて肌を刺す感覚が重くなる。

 周囲の魔力を一箇所に集めて留める。魔力を操るという基礎の基礎を少し大きくしたこの魔術は、チカがやればもっと大規模に効果を発揮するだろう。

 しかし例えば、ベリリウム中から魔力を集めてしまえば、ヴェリエの魔力の過去を覗く能力の指向性が定まり辛くなる。そのため、この広場と言う極限られた範囲の魔力を集める為に、シビュラの方が適しているのだ。

 そんな魔術行使の様子を、チカが羨ましそうに見つめている事に気付きながら。拡散した魔力が集まって悪意の塊のように渦を巻く光景を眺める。

 きっとあれに一手間加えれば、魔物紛いを作り出すことも出来るのだろうと。シビュラとの契約のお陰か、直感でそんな想像をする。


『カレン、念のため用意しておけ』

『うん』


 更なる暴走、と言うのは考え辛いが、何かあってからでは遅いと。いざと言うときは斬って消し去ってしまうことも視野に入れてメローラに視線を向ける。

 頷いた彼女は、殆ど安定した魔力の塊をヴェリエの刃で撫でた。

 次の瞬間、シビュラが集めた魔力が球体のスクリーンとなって過去の時間を投射する。最初は霧掛かったように朧気だった音のない映像が、やがて鮮明なモノクロとなって映し出された。

 人工魔剣に宿る魔力を辿っている所為か、物事の視点は人工魔剣から。しかも周りの魔力を掻き集めた所為か、記憶の元となる複数の視点が入り乱れている。まるで監視カメラを順に切り替えているような目まぐるしさだ。

 そんな、次々移り変わる余り要領を得ない景色の中に、時折人らしき影を映す。

 一瞬のことではっきりと顔が分からないが、剣を与えているのは男だ。記憶の限りでは、これまで出会った《共魔》の顔ではない。

 彼らの力で見た目を偽っている可能性は十分にあるが……。

 と、そこまで考えた所で、不意に視界が捉えた男の顔に記憶の奥が微かに疼く。

 ……なんだ? 既視感? 見覚えが、ある…………?


「映像、少し戻せるか? さっき男の顔が映ってたところだ」

「ちょいと待ってくれよ…………」


 魔力の記憶を覗いているのだ。過去と言う時間や、記憶と言う連続性のある繋がりを遡り辿るヴェリエの力ならば、目的箇所の記憶だけを探る事も出来る。

 ただ、録画の巻き戻しみたいに簡単ではないのか、少しの時間は必要なようだ。


「っと、こいつか?」

「……ミノ?」


 モノクロの静止画。そこに映る男の顔に、遠く埋もれた己の記憶を旅する。

 ……………………あぁ、そうだ。思い出した。こいつは────


「よう、兄ちゃん。粋な再会だな……」


 声が、背後から。曖昧だった記憶に色と形が伴い、そして今し方捉えた声にその過去を鮮明に思い出す。

 振り返ってそこにいたのは、一人の顔色が悪い男。しかしその面に覚えがある。


「お前、カレンを拾った時の三人の一人だな?」

「え……?」

「おう、覚えててくれたか。その節は世話になったな」


 力なく笑う男が、それから支えを失ったようにその場に崩れ折れる。


「ミノっ、この人魔力が枯渇してる!」

「ほら、使えるか?」


 《枯姫(コキ)》の名を持っていたカレンが言うのだから間違いあるまいと。同じく膝を折って彼の目の前に差し出したのは中身の充填された魔力石。

 基本的に何もすることがない道中で小遣いにでもなればいいと傍において魔力を溜めていた、その一欠片。一応の魔具であるこの石ならば、契約をしていない人にも扱える。

 存在の希薄だったチカを繋ぎ留める為に魔力石を使った要領で、目の前の青白い顔をした男に充電池の如く手渡す。

 震える手でそれを握った彼は、精一杯の力で握り締めて秘められた魔力をゆっくりと体の中に吸収し始めた。


「ねぇ、ミノ。この人……」

「あぁ。俺とお前が会った時、お前を追いかけてた三人組の一人だ」


 あそこから全てが始まったのかも知れないと。今になって思うカレンとの出会い。

 破れた襤褸(ぼろ)を纏って山の斜面を転がり落ちてきたカレン。そんな彼女が札付きだと知って、どこかに売って資金にでもしようと考え、三人組から不意打ちで彼女の身柄を奪った記憶が思い出される。

 あの時男たちは、汚れ仕事から手を洗って幼馴染らしい三人でこれから真っ当に暮らしていくと言っていたが。そんな彼らがどうしてここにいるのかと……なんとなくの想像をしながら問う。


「話せるか?」

「あぁ……助かった…………」

「……飲んで」


 掠れた声に、カレンが自分の水筒を差し出す。追い掛け回した少女に手を差し伸べられると思わなかったのか、一瞬面食らったように目を見開いた男が、それから愚かさを反省するように自嘲を零した。


「…………ありがとよ、お嬢さん」

「カレンだよ」

「カレン……そうか。いい名前だな」

「うんっ」


 名無しの札付きだった少女が、名前を貰って嬉しそうに笑う。そんな少女の姿に、男も安堵したように笑みを浮かべた。

 次いで水筒を呷り、咳き込んだ男。やがて呼吸が整うと、座ったまま俺を見上げて口を開いた。


「で、何が聞きたいんだ? まだちょいと記憶は混乱してるが、話せることなら話すぞ」

「どうしてここにいるんだ? 他のやつらはどうした」

「…………順を追ってでいいか?」

「そっちはよろしく。あたしは城に行って来る」

「あぁ、任せた」


 後の事をメローラに任せ、男に肩を貸し日陰に。歩き出しながら、彼はゆっくりと語り始めた。


「きっと全ては、あの時カレンちゃんを連れ戻せって言う仕事を請けたから、なんだろうさ」

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