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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
緑柱騒擾、魔魂鳴動
58/84

第一章

 雪道を二頭立ての馬車で行く。

 時折魔術で雪かきをしながらの道行きは、冬にしては速い足取りで目的地へと(わだち)をなぞる。小さく跳ねる車体に腰を突き上げられながら、曇天の隙間から覗く陽光を見上げた。

 冬の最盛。日中でも雪のちらつくコーズミマの世界は、一面を銀色の化粧で覆って遠い春を待ち望む。

 そんな、他者とすれ違うことも稀な馬車の旅路は、目的地までの一時(ひととき)に他愛ない休息を得ながら進んでいた。


「出来た」


 幌の中からは時折騒がしい声。見渡す世界のように冷え切っているよりは余程いいと騒々しさに目を瞑って手綱を握る。

 その隣で手元に視線を落としていたチカが、満足げな音と共にこちらを向いた。

 どこか楽しげなライムグリーンの瞳には達成感の色。そんな彼女に尋ねる。


「どれだ?」

「空間制御。転移妨害の魔術」

「これで二つ目か。順調だな」

「うん」


 労いに短く切り揃えられた絹のように細く柔らかな琥珀色の頭髪を撫でる。猫のように目を細めて心地よさそうに微笑む姿に、こちらの胸の内まで暖かくなる気がした。

 魔術編纂(へんさん)に類稀なる才覚を発揮する魔剣。俺が二人目として契約したチカは、このパーティがこれから臨むべき相手への対抗策筆頭だ。

 彼女の魔術は大規模な物が多い。当人はその影響力の大きさから可愛くないと納得していない様子だが、その力は破格のもの。

 何せ彼女一人で、国が抱える魔術を得意とする者たちが十数人規模で行うような大規模魔術を行使できるのだ。しかもある程度の魔術ならば即興で組み上げて、押し寄せる魔物の軍勢を腕一振りで退けるほどの強大な力。

 俺が思うに、この世界で最も魔術の扱いに秀でいているのがチカではないかと思うほどの逸材だ。

 だが、強力な魔術を扱える半面、少量の魔力で小さい事を成すのが苦手らしく。そちらの分野に関しては今幌の中で静かに騒いでいる魔篇(まへん)のシビュラに軍配が上がる。

 とは言え誰にも真似できない事が出来る彼女は唯一無二。そんな彼女にお願いしているのが、避けては通れぬだろう敵との戦闘を(かんが)みた、対抗措置の準備だ。


「少し休憩するか?」

「うん」


 こくりと頷いた彼女が、そのまま俺の膝に頭を乗せる。居心地のいい場所を探すように幾度か頭を擦りつけた彼女は、やがて落ち着きを見つけたのか小さく息を吐いた。

 チカは魔に纏わる力を使うと眠たくなってしまう。特に今回は殆ど休みなく魔術を作り続けていたのだ。その疲労感は、ただ御者台に座って振動に耐えているだけの俺とは比べ物にならないだろう。


「寝るか?」

「お話がいい」

「……何がいい?」

「ミノの世界のお話」


 頼り切っている身からすれば、これくらい易い注文。ならばさて、記憶の蓋を開けて彼女の興味が湧きそうな話題を。

 そんな風に暇を持て余しては目的地に急ぐ。

 チカがこれまで作り出した魔術は思考傍受の阻害と、先ほどの転移妨害の二つ。どちらもこれまで戦ってきた敵──《共魔(ラプラス)》が使っていた特別な力で、彼ら曰く魔術では及ばない分野の力らしい。

 確かに能力自体は強力であり、その完全再現はチカにも出来ないと言っていた。しかし魔術とは(ことわり)に魔力と言う糧を与えて昇華し結実させると言う概念。その影響範囲は、突き詰めれば殆どが物理的な現象に分類される。

 思考傍受だって、科学、医学的に考えれば脳波を読み取っているだけ。そこに乗った魔力を介して思考を覗き見していると言うのならば、対処方法は幾つかある。

 転移も、空間と言う媒介が必要な以上、能力自体には干渉できなくとも空間に作用することで擬似的な妨害は可能だ。それに関してはメローラも実際に形として示してくれている。

 結果、この二つに関してはそれほど苦なくチカも対抗魔術を編纂できた。

 例え沢山の魔術を知るシビュラでも、複合的な能力である《共魔》の力に対処は出来ない。それを可能とするのが、大規模な魔術に複数の意図を持たせて結実させるチカの特別性なのだ。


「つまり眼鏡があれば火が熾せるわけだな」

「代替は出来そう」

「そうだな。魔術で水晶レンズでも作って光を屈折させ、それらを束ねれば太陽光ビーム兵器でも──」


 そんな彼女は、魔術ともどこか関わりの深い物理学的な話に興味関心が強い。

 科学は、世界の理の一つ。俺もこの世界にやってきて方位磁針を作ったりしたから身に沁みてよくわかるが、理屈を理解した知識はゼロからでさえ結果を生み出す。

 そしてそれは、想像に理屈を沿え、魔力と言う基盤を元に結実する魔術ともどこか似ているのだ。だから、理屈より出でて結論を紡ぐと言う共通点から、チカはこういう少し込み入った話が好きらしいのだ。

 と、そんな知識の聞き齧りをひけらかしていたところ、腿の上からの反応がなくなったことに気付く。

 睡魔に負けて寝てしまっただろうか。だとしたらゆっくりと眠らせてあげようと。契言(けいげん)を使って毛布でも持ってこさせようとしたところで、静かだったチカの体がむくりと起き上がった。


「光の、屈折……?」

「……どうした?」

「光って、曲がるの?」

「ん、あぁ。……チカ、水の玉を作れるか?」

「これでいい?」


 立てた指先にどこからともなく手のひら大の水球が出来上がる。周りには水から出来た雪が沢山あるし、明け方に条件さえ揃えばダイアモンドダストだって見られることもあるコーズミマの冬だ。水分には事欠かない。

 きっと空気中に溶けた水蒸気を結露させて集めたのだろうそれを、二人して覗き込む。


「これを通して景色を見ると、遠くのものが拡大されたり、反転して見えたりするだろ? これが光の屈折だ。水の中に入ってきた光が折れて、普通とは違うところに焦点を結ぶことで大きさが変わったり、上下が入れ替わって見えたりするわけだな」

「曲がるってことは、跳ね返る?」

「あぁ」


 光の屈折なんて中学理科の内容。それなりに授業を受けていれば頭の片隅にでも残っているはずのその知識を、当然の理として音にする。

 するとチカが考え込むように無言と対話を始め、やがて何かに気付いたようにこちらを見た。


「ミノ、剣」

「ん」


 短剣を一本。それを彼女に向けて差し出せば、しかしチカは受け取ることなく手を翳す。すると────


「お?」

「透明化」


 俺が持っていた短剣が、景色に溶ける様に消えていく。……が、指先にはしっかりと握っている感覚。これは…………。


「光を曲げて見えなくしたのか?」

「うん」


 光学迷彩と言うものがある。簡単に言えば透明化の出来る代物で、カメレオンだったりコウイカだったりが外敵から身を守る為に景色に体色を変化させ溶け込む性質を物理的、光学的に再現した技術だ。

 あれの本質的なところは、本来遮られて見えないはずの、物体の奥にあるものを手前に映し出すというからくり。月の裏側を見る為に中継衛星を置いて、間接的に認識の及ばない空間を目にするというものだ。

 もっと簡単に言えば、真っ直ぐにしか進まないはずの光を反射や屈折で曲げている、と言うこと。その結果に本来見えないはずの物が見え、見えるはずの物が見えなくなる……。


「なるほど、確かにこれなら傍目には透明化したように見えるな」

「でも物が消えたわけじゃない」

「あぁ。認識できなくなっただけだからな」


 話の中から見つけたきっかけ。それをこうして直ぐに形に出来るあたり、やはりチカの力は破格だ。


「逆に考えれば、透明化も対処が出来る」

「あれが光の屈折を応用した能力ならな」


 とは言えそれ以外の透明化の方法と言われても簡単には思いつかない。恐らく大丈夫なはずだが……。


「でもちょっと休憩」

「あぁ、そうだな。ゆっくり休め」

「うん」


 言って、再び俺の脚に頭を横たえたチカ。マーキングでもするように頭を擦りつけた彼女が、それからこちら無言で見上げてくる。

 ここ数日、魔術を作っては疲労感と眠気から横になることを繰り返し続けたチカ。その度に、彼女が強請(ねだ)ってくるのは可愛らしいご褒美。

 前にそうしたのが気に入ったのか、彼女は頭を撫でられることが好きらしいのだ。

 実際彼女に頼っているし、その頑張りはしっかり形となっている。このくらいで彼女が満足するのならば、好きなだけ撫でてやるのも(やぶさ)かではない。

 なにより、彼女の髪は触り心地がいいのだ。

 指の間をするりと抜けていく細く柔らかな琥珀色。仄かに香る女の子らしい匂いが、時折鼻先を(くすぐ)る。

 旅の水浴びなんて、髪が痛んで仕方ないとユウ辺りは気にしているのだが。そこは人ならざる魔剣の少女。魔力によって清拭さえ不必要な便利な体は、どれだけ環境に恵まれなくとも魔力さえあれば小奇麗な身形を整えていられる。

 特にチカは、カレンやシビュラと比べてお洒落に興味が強いらしく。旅の道中でもよくユウとそう言った話題に花を咲かせているほどだ。

 そんな彼女の利発に切り揃えられたショートヘアが不思議な……魔性とも言うべき魅力を湛えるのも当然のことだと思いながら。

 美に対する貢献として、紛れ込んだごみを指先で払ったりしながら優しく撫でる。

 しばらくは時折擽ったそうに身を(よじ)るチカだが、やがて睡魔と共にそれも鳴りを潜め、しばらくすると微かな寝息を立て始める。まるで安心しきった猫のような、端整ながらもあどけない寝顔にこちらまで胸の内を穏やかにしながら馬車を進ませる。

 カレンに毛布を持ってこさせれば、彼女は少し不服そうにしながらチカに掛けてくれた。


「どうした。ゲームで負けたのか?」

「違うよ、馬鹿」


 違うなら違うでいいが、どうしてそこで一言余計に罵倒されなければならないのか。相変わらずのよく分からない感性をぶつけられながら尋ねる。


「ならどうした?」

「……チカにまかせっきりだから」

「向き不向きがあるだろ」

「それは分かってるよ……。でも、自分が不甲斐無くて」


 一体何が不満なのか。これまで再三言ってきたが、カレンにだって彼女にしか出来ないことがあるのだ。それを誇らずに羨むだなんて……本当に何も持っていない身からすれば贅沢の極みだろうに。


「お前の為だからな?」

「え……?」

「いざ戦うってなったときに一番信頼できるのがカレン、お前の力だ。チカの魔術は同じくそれを使う《共魔》相手に効果は薄いし、シビュラの多様性だって決定打にはなりえない。けどお前の刃は魔術を……理を超越する、概念歪曲の一撃だ。《共魔》の力が魔術の枠に収まらないのなら、それに真っ向から対抗しう得るのはお前の力だけなんだよ」


 想像を現実に変える。法則で動くこの世界の根底を崩しかねない放埓。その気になれば世界から意に反するものを消し去ることさえ出来るかもしれない、可能性に限りのない力。


「その力を存分に振るう為に、不確定要素を出来るだけ潰す。その手助けをチカは自ら望んでやってるんだ」

「…………そっか……」

「だから嫉妬するくらいならしっかり受け取って望む理想を見せてやれ。お前なら、それくらい簡単だろ?」

「言うのはね」

「言えるんだから、出来るだろ?」

「ミノ、暴論言ってるの自覚してる?」

「どれだけ言葉を並べてもお前を語れないくらいには理解してるつもりだ」

「……恥ずかしいこと言わないでよ…………」


 思ったことをそのまま言っただけなのに。一体今のどこに恥ずかしがる要素があったというのだろうか。

 口論紛いでもして熱くなったのか、僅かに頬を染めたカレンが逃げるように幌の中へと戻っていく。

 するとそんなやり取りを傍から見ていたらしいメローラが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら愛馬の上から声を掛けてきた。


「自覚がないって怖いわねぇ」

「……何の話だよ」

「いやぁ。気にしなくていいわよ」

「そんな言い方されたら余計気になるだろうが。もしカレンが気分を悪くして力が存分に使えなかったらどうするんだ?」

「…………え、本気で言ってるの、それ」


 まじめな顔で訊き返されて、ようやく彼女との間に何かしらの話題の差異があることに気がつく。が、考えてみてもメローラが言っている意味がよく分からなかった。

 そんな胸の内を見透かしたように、メローラが楽しげに呟く。


「大丈夫よ。ミノがあの子を認めている限り、そんなことは決してないから」

「……? カレンを疑うなんてどうやったら出来るんだ?」

「あーはいはい。ごちそうさまっ」

「…………だから何の話をしてるんだよ」


 まるで真実の塊のようなカレンを疑ったところで、見えてくるものなんて己の浅はかさだけだ。逆に、あいつが嘘吐きである証拠があるなら教えて欲しいくらいだ。

 もう揺らぐことのないカレンへの信頼。俺が最初に契約し、ここまで紡いできた経験で……ともすれば自分のことよりも大切にさえ思う存在。

 彼女がいなければ、今の俺はありえない。

 そう考えてしまうほどに自分を預けていることを自覚すれば、唯一無二を失わないようにと思索を巡らせ可能性を追求し続けるのだ。

 それこそが彼女を…………自分を肯定する唯一の手段だと信じながら。




 アルマンディン王国からベリル連邦へはルチル山脈を越える必要はない。その代わり、国境として定められているのが立派な河川だ。

 名をテルル川と言う、コーズミマを北東から南西へ二分するルチル山脈より流れ出て、大地を侵食する自然の形。果ては海に繋がっているというテルル川は、その川沿いにいくつもの町を栄えさせる恵みの一端だ。

 何せ山の地下水を水源としているのだ。その水は栄養に溢れている。水のあるところに文化は生まれ、豊穣と共に発展する。川では新鮮な魚が獲れ。陸では周りを自然に囲まれ、動植物が豊かな場所では農作物も実る。


「つまりテルル川沿いは腹を満たすにはちょうど良いってことかっ」

「はい。わたしも一度来てみたかったので楽しみです」


 ショウとユウが御者台で賑やかに声を交わす。

 国境越えは今回で制覇。その最後が、コーズミマでも名高いグルメな地域と言うのは嬉しい話だ。


「けど冬だぞ?」

「確かに秋に比べると飽食とはいきませんね。ですが冬にしか楽しめないものもありますから」

「なるほど。ま、ユウがそう言うなら期待だな」


 我がパーティーのシェフ足るユウのお墨付き。国境越えの長旅と、これから臨むべき騒乱の舞台への英気を養う為にも、今回はゆったりと休息を取るとしよう。……トリフェインのときのような騒動はもうごめんだ。

 そんなことを考えながらやってきたの国境沿いの町の一つ。アルマンディンからベリルへ向かう街道の、特に人気の高いというペツォと言う名前の町にやってくる。

 ここはテルル川の中流に位置しており、川の南北から、そしてアルマンディンとベリルの東西から様々な物が集まる、交易路の中心地らしい。

 そのお陰で、二国の珍しいものや、山の幸と海の恵みの両方が集まるという物流の要として機能しており、様々な商品を使った多種多様な料理を堪能できるとの事だ。

 そんな、物の集まる町ならば当然人の出入りも結構なもので。ソフィアに貰った国章入りの鉄礬柘榴石(アルマンディン)で門の検査を殆どパスして町に入れば、そこには冬であることを忘れそうなほどに活気が満ち溢れていた。

 ともすれば国の首都にも引けを取らない熱気。神聖さが空気に滲んでいたユークレースとは真逆の賑やかさだった。


「暢気なものだな」

「え?」

「ユークレースでは魔篇絡み、セレスタインでは皇帝失踪、アルマンディンでは王女の処刑があったって言うのに」


 その全てに関わってきた身からすれば、こうして何も知らずに日々を過ごしているというのは、まるで別世界のようだ。

 とは言え事が大きすぎて下々まで問題が波及していないというのも理解は出来る話。……まぁ、この平穏のためにそれなりに危険をくぐってきたのだと思えば、なんとなく湧き上がってくるものもあるというものだ。それを振りかざそうとは思わないが。

 そんな思考が契約でも介したのか、カレンが嬉しそうに紡ぐ。


「ミノのお陰だよ。ミノが最後のところで《甦君門(グニレース)》の(たくら)みを退けてくれたお陰で、あの人たちはいつもとそんなに変わらない時間を過ごせてるの。……ミノは立派に、正義の味方だよ」

「俺の名前も知らないくせに」

「ミノはミノだよ」


 カレンが、迷いなく今を肯定する。

 過去があっての現在で。現在から未来に繋がって。その時の流れからどこか外れていることに、なんとなくの疎外感を覚えていたのは確かだ。

 俺はこの世界の人間ではない。過去を捨て、新たに自分の望む物を追い駆ける何か。だから居場所などない放浪者で、どこにも属さない《渡聖者(セージ)》なのだと。

 けれども居場所とも言うべき繋がりも確かに手にして、それが今、隣で深く考えもせずに笑う。

 その事に、空虚な何かを見つければ、胸の奥からどこか満足したような吐息が零れた。


「……宿探すぞ」

「ん、荷物纏めないとねっ」


 まるで言葉にしなくても理解しているとでも言いたげに微笑んで、腰の麻袋に残り少なくなった桃の蜂蜜漬けを押し込むカレン。

 うまく閉じない袋の口と格闘し始める彼女を見つめれば、いつの間にかそこにいたチカが独り言のように呟いた。


「幸せ?」

「……んなもの一生手に入るかよ」


 その方がきっと幸せだ。そう続きそうになった言葉をどうにか喉の奥に留めれば、チカもまたくすりと笑ってカレンの手伝いを始める。


「嘘吐き?」


 小さなシビュラの声は、悪いが無視だ。

 だってそうしていないと、今の自分を見失ってしまいそうで怖かったから──── 




 ペツォの町では、アルマンディンでも(ろく)に食べられなかった生魚を主に手に入れることができた。

 最初はどこかの店に入って食事を、と言う話もあったが、折角新鮮な材料が手に入ったならばとユウに頼んで夕食を作って貰ったのだ。

 宿の厨房を借りて作ったのは冬の代表とも言うべき鍋料理。

 より詳しく分類すれば、魚介鍋と言うことになるのだろうそれは、コーズミマでは珍しい海草からとった出汁をベースに青菜と肉、そして魚の切り身やつみれなどをふんだんに使った一品となった。

 コーズミマでは鍋に種類はなく、一律ミケァヌと呼ばれるらしい。発音は『ミカヌ』に近いが、ポュテの時同様、そう発音すると意味が通じないようだ。

 一体どんなルールでそんな呼び方になったのか。言語学者ではないが無性に気になりつつ、七人で鍋を囲む。

 魚介スープと言うこともあってあっさりとした中に深いコク。どこか懐かしさを覚えるその味に、ショウと二人魂の裏側の方を擽られながら舌鼓を打つ。

 海鮮には余り馴染みのないユウとメローラも気に入った様子で、時には取り合いもしながら賑やかに食指が動いた。

 中身を殆ど食べ終えれば、宿に来てから作っておいた卵麺を投入する。

 流石に麺単体を取り扱ってはいなかったが、運よく生卵が手に入った為にショウと二人知識を総動員して麺を打ったのだ。太さは不揃いで余り見た目は良くはないが、味は別。

 元気の有り余っていたカレンと、興味があったらしいシビュラに生地を踏んで貰ったお陰で、中華麺よりもうどんに近い食感となった。

 もちもちとした中に食べ応えのあるコシ。コーズミマの世界では似たような食べ物がないらしく、新食感に高評価が並ぶこととなって安心した。

 しめの麺に腹が膨れたのか、片付けを押し付け合うくらいに満足して。最終的にチカが担当することになると、ただでは転ばぬとばかりに要求を叩きつけられた。

 曰く、また食べたいと。どうやら他の面子も同じらしく、ユウ辺りは既に別のメニューの思案にさえ移っているほどだ。

 とは言え生麺は余り日持ちをしない。乾麺にするか……とも思ったが、すぐにここがコーズミマであることを思い出してもっと簡単な方法に気が付いた。

 腐ったり菌が発酵したりするには様々な条件が必要となる。それを避ける為に空気に触れることを極力抑えた漬け物や、水分を蒸発させた干物の形として保存することで日持ちを長くしているのだ。

 そしてそれと同じように食べ物を長持ちさせる方法が、冷凍だ。

 一定温度以下に保ち続ければ、肉も魚も菌の繁殖を抑えられる。もちろん冷凍焼けなどを起こす場合もあるが、そこまで考えていては保存なんて概念が元から消えてしまうからスルーして。

 麺類も同じように凍らせることで長期保存が可能となるのだ。

 コーズミマの世界に冷凍庫などと言う便利な代物は存在しない。あってもこの冬の時期に氷室(ひむろ)として低温保存が出来る程度だ。

 しかしそこは異世界。物理的、科学的には無理でも魔術的な再現性は想像と理解の許す限りだ。

 確認すれば、シビュラが氷に属する魔術を扱えるとの事。それをチカの魔術編纂で色々弄繰(いじく)り回せば、冬の道中をエアコン紛いで冷気対策したように、携帯型冷凍庫を自作できる可能性を見出すことが出来たのだ。

 今回の試みは、魔術を持続的に発動するのではなく、魔具のように物として形に残すというもの。具体的には、鋳造や溶接の要領で金属製の箱を作り出し、そこに直接魔術を刻印することで魔力を動力源とする冷凍庫を作るというものだ。

 これの良いところは、術者に縛られないこと。魔術の行使はそれを扱える者がいて初めて意味を成す。しかし魔具は魔力を流し込むだけで基本誰でも使える物なのだ。

 ただ、普通魔具と言うと魔力溜まりで偶発的に生まれるものであり、意図して生み出すことは少ない。それに明確な目的を持たせて作ろうとしても、中々思う通りの効果が望めないのだ。

 簡単に言えば、人為的に魔具を作り出すというのは極めて困難な作業であり、コーズミマにはそれを生業(なりわい)とする者たちが一握りしかいないという話。それだって試行錯誤と時間を費やしてようやくの結晶。

 素人の思いつきで技術革新は起きないと言うのが通常らしい。

 が、そこはこのゲテモノパーティーの埒外さ。チカの魔術編纂はただの剣を人工魔剣にするほどであり、ショウが転生で得た力は魔具の力を最大限引き出すというもの。

 それを合わせれば、想像の限りと言う制限こそ付くが、この世界にない技術を再現するということもある程度は可能なのだ。

 思いついてしまったからには、少しくらい面倒でも後の便利の為に苦労くらいはしようと。食事を終えて宿でチカとシビュラに話をすれば、二つ返事で頷いてくれた。

 のと同時に、冷凍庫……と、その際についでで話した冷蔵庫の話題にシェフであり食料を預かるユウが目を輝かせて喰らい付いていた。

 食品を長期保存できるということは、それだけ旅の道中の食事が豊かになるということ。

 流石に大きく様変わりと言うわけには行かないだろうが、品目が一品増えたり、具が増えたりといいことずくめ。ある種ブレイクスルーにもなり得る知識提供に、ユウの声が熱を帯びたのは誰が見ても明らかだった。

 まぁうまくすれば冷凍庫も調理器具だ。シャーベットなどは夏場にも重宝するかもしれない。今は冬だが……。

 思わぬところに退屈打破の手がかりがあったものだと思いつつ、そんな風に、賑やかで楽しい一時を過ごす。娯楽と言うとゲームを連想しがちだからな。これからは多方面に、誰かの琴線に触れる知識を掘り起こしてみるのも面白いかもしれない。

 ……それこそ、随分前には一度否定したが。落ち着いたら異世界知識で一旗上げてみるのも楽しいだろうかと想像をしながら。

 そんな風にコーズミマ南の物流の一端で、騒がしくも暖かい冬の夜が更けて行くのだった。




 翌日。新たな境地の開拓に心の余裕が生まれたのか、張り詰めた空気を一端脱ぎ捨てて気晴らしにペツォの町を観光する。

 様々な人や物、そしてお金が動く地域なだけあって、冬だというのに熱気を湛えた街中は明るく。活気に溢れた空気は知らず購買意欲を刺激する。

 息抜きだからこそ緩みがちな財布の紐と、旅や観光にやってきた客人(まれびと)をターゲットにした商売口上は心地よく。冷凍庫の一件で気分のいいユウが、珍しく小言なしに嗜好品の購入を許可していた。

 その恩恵に主に(あやか)っていたのはカレンだったが、俺も一つ目に付いた懐かしくもこの世界では珍しい品を買い求めた。

 それはどうやら一定間隔で時を刻むメトロノームのような代物で、この世界では数の少ない貴重品らしかった。

 そもそもコーズミマには時間の概念が薄い。一応朝昼夕晩となんとなくのサイクルはあるが、明確に決められた時間と言うものは存在しないのだ。全ては太陽と月の出入りと季節の移り変わりに依存した不確かなもの。

 そんな曖昧な時間の流れに、一応こちらの世界に来て二年経つ俺は慣れてこそいるが、時折分かりやすい基準があればと思うこともある。

 特に顕著に感じたのはアルマンディンでノーラの護衛をしていた時。何かの会談の待ち合わせだったりと言う時に、アバウトな感覚でぬるま湯のような時間の使い方をしていたことがあったのだ。

 時計が身近にあった世界を経験しているからこそ、そうしたルーズな感覚というものはどうにも性に合わない。決まりごとはきっちりと……それこそ仕事の依頼契約のように(たが)えられない、反故(ほご)にすれば何かしらの罰があるような方が信頼に値するのだ。

 とは言えコーズミマの世界で一人で持っていても共有できない感覚。あると安心するというだけの、自己満足だ。

 そんなメトロノームを、少しだけ改造して懐中時計のようにする。流石に本物の時計のようにはいかなかったが、10分刻みで針が一周するだけのストップウォッチのような代物には仕上がった。何に使うかと言われると困るが、持っていることに意味があるのだ。


「魔術でも作れる」

「言うなよ」


 隣を歩くシビュラが風情のないことを言う。確かに魔術を使えば似たような、ともすればより高性能な時計を作ることも出来るだろう。

 しかし何もかもを魔術に頼っていては満足感などあってないようなものだ。


「シビュラはどうなんだ? 何か欲しいものはないのか?」


 物欲が皆無と言っていいほどに関心を示さないシビュラ。彼女はカレンとは対照的に、冷やかしとも取れるウィンドウショッピングを無表情に満喫しているだけだ。

 因みにカレン達は今は別行動。隣にいるのはシビュラだけだ。


「何が欲しいのか分からない」

「そりゃまた随分な悩みだな」


 シビュラは人間に憧れている節がある。その根底にあるのは、今表に現出している意思疎通を行うアバターが、魔術で作り出された作り物だからなのだろう。

 カレンやチカのように個として存在が成り立つ魔物が物に宿った存在ならば、そこには単一の人格が人に似た嗜好を持ってコミュニケーションを取れる。

 しかしシビュラは成り立ちが特殊で、彼女の中には無数の魔物が(ひしめ)いて存在しているのだ。

 近しいのは、《甦君門》が飛び道具として使う人工魔剣。あれは低位の魔物を()()ぎして作られていて、人格と言うものが存在しない。魔剣としては未熟な、どちらかと言うと魔具に分類されるものだ。

 ……そう考えるとシビュラは全くの別物だが、まぁそれはいいとして。

 確固たる人格はなく、作り物の仮面をつけているシビュラ。だからこそなのか、彼女は人間や、個を持つ魔剣に憧れているのだ。

 魔物が人に似せた言動を取るというのはこの世界の常識。その始まりが、魔剣の中に住まう《天魔(レグナ)》の原型だ。

 人と仲良くなろうとする為に人に歩み寄った存在。

 もしかするとそんな感情を秘めた魔物が集まってシビュラを作っているのかもしれない。だとすれば、彼女が人に焦がれる理由も分かるというものだ。


「とは言え欲求がないのに無理に買えって言うわけにも行かないしな。何かあれば────」

「ん」


 と、納得を探し始めたところで引っ張られた腕の裾。見ればシビュラが足を止めてこちらを見上げていた。


「何か見つけたか?」

「ミノがいい」

「あ?」

「ミノが欲しい」


 言葉の意味を理解するのにしっかり数秒。それから確認に問う。


「……どういう意味でだ?」

「ミノがいればシビュラがいられる。だからミノが欲しい」


 殆ど答えになっていない。が、それはきっと彼女が持つ唯一の願いなのだろう。

 シビュラと契約をした時も、彼女は自由が知りたいと俺に理由を求めた。これは恐らくその延長線上。

 シビュラの中でも明確には固まっていない、今存在する為の第一衝動だ。


「ミノはシビュラがいや?」


 首を傾げる彼女は、曇りなき黄色い眼でこちらを見つめる。


「嫌だったらそもそも契約してないだろ?」

「好き?」

「信頼はしてる」


 シビュラの力は未知数の部分が多い。だからこそ、想像を形にする魔術その物のように、彼女には期待をしているのだ。

 小さな力で大きなことを為すと……俺という個人にも何かしらの存在意義があるのだと、証明の方法を探すように。


「シビュラはミノの事が好き」

「そうかい」


 真顔で言われてもなんのときめきもないと。幼くも美しい、人形のような姿もこれでは台無しだと思いながら。

 とは言え真っ直ぐに好意を示してくれることにはなんとなくの満足感もある。

 これはきっと、俺が愛情と言うものに飢えているからこそのものなのだろう。

 母親に拒絶された傷は、きっとまだ癒えていない。今更どうにかなるものでもないと諦めているが、だからこそその傷は塞がっていないのだ。

 そこに優しく溶けるような純粋で偽りの感じない気持ちは心地がいい。

 全く、シビュラが無自覚な以上に、俺の方が存在意義を彼女たちに感じているのだと恥ずかしくなる。

 きっともう、カレン達なしで俺が俺を保つことなどできはしないのだろう。まさに魔性だな。


「ノーラも好き?」

「……………………」


 次いで喉元に突きつけられた鋭い刃。気付けばそこにあった切っ先に、呼吸さえ忘れて隣のシビュラを見る。


「な、何のことだ……?」

「アルマンディン。ノーラと契約してた?」

「契約って……」


 思い当たるのは一つだけ。王都ガルネットを出る直前の、ノーラとの一時のことだ。

 どういうつもりか……いや、余り直視して認めたくはないのだが。俺はあの時ノーラにキスをされた。同時に、『そういうこと』だとも言っていた。

 あの言葉が、行為が、そういう意味だというのは幾ら馬鹿な俺でも分かるつもりだ。

 だからこそ一国の主が手を出す火遊びにしてはお転婆が過ぎると、冗談だと思うようにしてこれまで深く考えることを避けてきたのに。


「……見てたのか?」


 こくりと頷いたシビュラ。彼女のことだ。俺が姿を消したことが気になって後をつけて、偶然その場を目撃したと、そういうことなのだろうが。

 とは言えあの場面を見られたという事実が、何故か後ろめたい隠し事のように胸の奥でぐるぐると巡る。背中を低温で焦がされるような、居心地の悪い変な感覚だ。


「契約?」

「契約じゃない。人間同士にそういうのはない」


 一瞬、婚約や結婚と言う言葉が脳裏を過ぎる。あれも契約といえばそうかもしれないが……シビュラが言うようなそれではない。


「どうして?」

「どうしてって…………」


 なぜキスをしていたのか。言葉足らずにそう真っ直ぐに問われて、しかし俺にはそれに対する答えなど持ち合わせていなかった。

 あれは一方的に思いを突きつけられただけだ。だから感じるものなんて、後を引いているこの感情くらいのもの。


「俺は、知らん。ノーラに訊け」

「うん」


 言って、失敗だったと気付いたが、訂正するのも馬鹿らしく溜め息を吐いた。次にアルマンディンに行くまでにシビュラが忘れてくれることを願うとしよう。

 …………と言うか、キスをされるなんて想定外だったのだ。一体いつそんな雰囲気になったというのだろうか。俺はただ護衛をしていただけだろうに。

 いや、それともあればノーラやソフィアの命を守ったことに対する礼のようなものだろうか。…………そうだな、そう思うことにしておこう。じゃないと今にも思い出して往来で(もだ)えてしまいそうだ。

 そもそもまともな人としての女の子に唇を奪われるなんて初めての経験だったのだ。確かにカレンやチカ、としてシビュラともした事はあるが、あれは緊急時の、契約の為の儀式の一環。そこに恋愛感情のような甘酸っぱいものは俺にはなかったのだ。

 何より相手が魔に纏わる者たちだったから。幾ら人型をしていても、その本質には超えられない壁があるのだと、言い訳のようなものもあったのだ。

 しかしノーラは違う。彼女は純粋に、俺と同じ人間。キスと言う行為に理屈的な理由など、まず存在しないのだ。

 つまりあれはノーラの気持ちであり…………だからこそ俺は向き合うことを恐れていたのだ。

 認めてしまえば、答えなければいけなくなる。けれどそうできるほど答えと自覚を、俺は持ち合わせていないのだ。

 それに、俺には過去のことがある。母親の愛情と言うものを自覚してこなかった経験がある。だからどちらかと言えばそう言う感情に(うと)く、忌避しがちなのだ。

 そんな俺が向けられる好意に真っ直ぐに答えられるかと問われれば、恐らく首を振らざるを得ないだろう。

 今の俺ではノーラの誠意に答えることは出来ない。だから逃げるように目を逸らし続けていたのだ。


「シビュラ」

「なに?」

「見てたのはお前だけか?」

「うん」

「ならカレン達には言うな。面倒が増える」


 口(うるさ)い彼女たちに知られれば、道中の玩具にされるのが目に見えている。幾ら娯楽が少ないとは言え、自己犠牲をするつもりはない。


「秘密にしとけ、いいな?」

「秘密。…………うん、分かった」


 答えるまでのラグは一体なんだったのか。まぁシビュラが納得してくれたなら良いとしようか。

 次いでふと気になった事を尋ねる。


「因みに()くが、シビュラはあのキスの意味が分かるのか?」


 問いには、首を振った彼女。魔術で作り出した人格には、繊細な心の動きを理解すると言うのは難しいようだ。


「…………なら、それがいいかもな」

「……?」

「シビュラは人間みたいになりたいんだろ?」


 明確に言葉にしてはこなかったが、これまでの彼女の言動を見ているとなんとなく分かる。

 彼女が憧れる自由とは、人のように自ら選んで決断するという考え方だ。シビュラ自身は自覚していないが、潜在的な意識はそちらに向いているはずだ。

 そしてそんな判断基準のためには、やはり人を知る必要がある。


キス(あれ)は別としても、悩んだり迷ったりする感情の動きは特別だ。それを理解できるようになれば、今以上にシビュラ自身が求める物がはっきりするはずだからな」

「……人を真似るだけじゃ駄目?」

「真似るのは誰でも出来る。けど真似たってその人になるわけじゃない。シビュラはシビュラだろ?」


 結局は感情なんて本人だけのもの。それを持て余している俺が口を挟むなんて格好悪いが、反面教師になればいいと音にする。


「だから、そうだな……参考にしながら、今度は自分が真似されるような振る舞いが出来るようになれば、それが人間らしさじゃないか?」

「人間、らしさ」

「最後は自分次第だ。だから必要なだけ悩め。何か気になることがあるなら答えてやる」


 他人を見ることではなく自分と向き合うこと。それが新たに何かを見つける第一歩。

 自分に言い聞かせるようにそう言葉にすれば、僅かに悩むような間を空けたシビュラが、それから最初の疑問を口にした。


「じゃあ、キスって何?」

「……………………」


 そして、俺も知る。

 人間、自分のことこそが一番よく分かっていないのだと。




 豊富な物流から必要なものを買い揃えて。気分も新たに再びベリルの地を踏みしめる。

 コーズミマでも南に位置するベリル連邦は、北にルチル山脈があるお陰かそれほど雪が降る気候ではないらしい。その為、首都であるベリリウムに近づくにつれて道は露出したものとなり、魔術で一々雪かきをする手間が(はぶ)けて助かった。

 代わりに、冬の時期を比較的ましな南のベリルで過ごそうという者達は多いようで。帝都に近付くにつれ段々と他の馬車や旅人も目に付くようになった。

 また、魔物も雪で身動きが取り辛くなることを嫌うのか、冬の間はベリルの方でよく確認されるらしく。ペツォの町を出てから既に三度も魔物の襲撃に遭った。

 原因としては、冬である事に加えて、俺の存在がいい餌になっているのではないかとユウが言っていた。

 魔物からしてみれば魔力とは存在の源。それを呆れるほど沢山秘めている俺は、厳しい冬に現れた動く魔力タンク。それに引かれて、誘蛾灯に群れる虫の如く雪を逃れてきた魔物が襲ってくると……どうやらそういう仕組みらしい。

 こちらとしてはいい迷惑。魔物なんて倒してもそれほど旨みがない相手だ。

 稀に核になるような形で魔具や貴金属を運んでくることもあるが、換金しても余り金にはならない。魔具に関しても粗悪品ばかりで、そもそも(ふところ)事情が気候と反比例する身にはただの暇潰しの運動でしかないのだ。

 しかもカレンやチカの力は強力で。体を動かす為に、と意気込んでも肩透かしをくらうほどの戦力差。

 となればまともに戦うことも馬鹿らしくなって、ちくちくとシビュラの魔術で遠距離から甚振(いたぶ)るくらいしかやることがなくなるのだ。


「野良の魔物ももう相手にならないな」

「なんだよ、その成長しすぎたことを嘆くような言葉は」

「だってそうだろ。退屈凌ぎになればいいのに物足りないんだから」

「まぁ言いたいことはわかるけどな」


 肩を並べて御者台に座るショウと悪態を零し合う。

 相対しても中位が関の山な魔物と、これといった物がない討滅報酬。流れ作業で相手するしかないそれに、一体どんな期待をしろと言うのか。

 答えのない魔物の元ネタクイズももう飽きた。何か楽しみ方があるなら教えて欲しい。

 ……因みに、これまで出会った魔物で一番面白い容姿をしていたのは、ゾウほど大きさで六足二面。背中から魚のヒレのような物が一枚生えているなんとも形容し難いそれだ。

 異形が故の本能的な恐怖と、体に備わった武器を無視したただのタックルが主な攻撃だったちぐはぐさが、どこか愛嬌さえ思わせる不気味さを湛えていた。

 あれを面白いと思う辺り、俺の感覚も相当麻痺してきている気もするが……。

 何にせよ、そんな造形の不思議さを楽しむ感性ももう果ててしまったのだ。


「なら今度は自分の力だけでやってみるのはどうなんだ? 彼女たちに頼らずに戦えば少しくらい歯ごたえは感じるんじゃないか?」

「……前にやった。ショウと再会する前だな」

「…………その口振りだと失敗だったか?」


 少しだけ頷くのは躊躇(ためら)われたが、過去のことだと割り切って答える。


「ショウが考えてるのとは逆だけどな」

「逆?」

「歯が立たなかったんだよ。あの頃はメローラに剣を教えて貰う前だったからな」


 うまくすれば唯の金属の剣でも魔物を殺すことは出来る。しかしそれには確かな技術が必要なのだ。

 素人も同然の、べディヴィアに少し教えられただけの俺にそんな突き詰めた技はその頃にはなかった。幾ら魔術で作った剣であっても、使い方を誤っていれば魔物にはそれほど効果はない。


「結局余りある魔力頼りでごり押したんだよ。あれを戦いだとは誇れないけどな」

「なるほどなぁ」


 結局魔物には魔力の宿った攻撃をぶつけるのが一番だ。そこに関して言えば、歩く魔力タンクである俺は魔物の餌でもあり天敵と言うことだ。


「けど、今ならそれも違うんじゃねぇか?」

「……戦いにはなるかもしれないが、決定打が足りないな。どうあがいても最後は魔力頼りだ」

「純粋に剣術だけでってのは難しいか」

「魔物相手じゃなければそこそこいけると思うけどな」


 言ったところで、人を相手にする機会なんてこの先殆どないだろう。世界の正義である《渡聖者》が相手取るのは平穏を揺るがすような強敵。

 その殆どは魔物で、あっても魔剣と契約した輩が何かしらの理由で世界に牙を向いた時だけだ。


「メローラくらいまで突き詰めればどうにかなるのか?」


 ショウが、隣を馬の背に乗り進むもう一人の《渡聖者》に尋ねる。

 話を聞いていたらしい彼女は少し考えるような音を零して答えた。


「んー……、出来ないことはないわよ。けど高位は無理ね。あれは人が相手取る範疇を超えてるもの」

「それでも十分だろ」

「その代わり、魔物相手でも壊れない武器であることが条件ね。結構な業物(わざもの)を要求するわよ?」

「となると鍛造刀とかか……」


 鋳型に溶かした金属を流し込んで作る鋳造と違い、熱した金属を叩いて研磨することで作る鍛造は、同じ重さでも耐久力や切れ味が大きく異なる。

 日本刀が銃弾を斬れる、と言うのは有名な話。それくらいに極めた鍛造技術の傑作は刀剣の至高の一角でもあるのだ。


「確かミノの国の技術よね?」

「あぁ。カレンがその一振りだって言えば伝わりやすいか?」

「え、何? 私?」


 名前が出たことに幌の中から顔を覗かせたカレン。


「カレンと契約した時に俺が理想として求めた形が日本刀……俺が良く知る刀剣の一つだ。あの状況を打開できる武器って言われて最初に思いついたからな」

「その気持ちは分かるぞ。刀なら信頼も置けるしなっ」


 同郷の魂が同調する。この辺りは過去を切り捨てても尚拭えない血の定めか。


「鍛造刀は作るの大変だから量産は向かないけどな。一点物が多いからその分鋳造で作られた物よりは質は良いと思うぞ」

「なるほどねぇ。とは言え魔剣には及ばないでしょう?」

「そこと比べるなよ」

「つまり魔剣であり日本刀であるカレンが一番って自慢か?」

「うぇっへへぇ……」


 ったく。調子付かせたくなかったからその一言は避けてたのに。もう少し空気って物を読めよ。


「俺からすれば一時の感情に左右されないヴェリエの方が使い勝手はよさそうだけどな」

「そりゃどうも。ま、メローラ以外がおれを使いこなせるとは思わないけどな」

「…………どうよ?」


 メローラが胸を張ってドヤる。

 実際ヴェリエの力は強力だ。彼は相手の魔術を打ち消すことが出来る。より厳密に言えば、魔力の結合を解いて無力化する、と言うのが魔剣としての能力だ。

 彼が持つその力は、メローラと紡いだ逆縁を形にしたもの。重ねた時間を糧として契約を交わしたヴェリエは、魔力の時間を(さかのぼ)る事が出来るのだ。結果、魔術になる前の魔力の段階まで干渉し、根底から術式を崩壊させる。

 また、応用として魔力に宿った過去を覗くこともできるらしい。これは魔力や魔術が感情に左右されるからこその力で、残滓として内包されるそれを再現するという能力なのだそうだ。

 とは言え強力な力が故に制限もあって。特に魔術を無効化するという力は、そもそも相手の力を理解していないと効果を発揮しないらしい。

 つまり強力で複雑な能力の魔剣相手では、直ぐの対処は望めないということだ。もちろん、戦う中で理解が進めば徐々に相手の力を()ぐ事は出来るだろう。

 そしてその時間を稼ぐ為に、メローラが自慢の剣術で戦闘を長引かせ、最終的に敵を打倒する。というのが二人の戦闘スタイルだ。

 長期戦になればなるほど強くなる。まるで戦いの中で進化するどこかの主人公のようだ。

 ただ、一つ大きな欠点が。それはメローラがそれほど魔力を保有していないということ。

 確かに魔障(ましょう)によって魔力や魔術への造詣(ぞうけい)は深い。その力を存分に発揮すれば、普通の魔術よりも強力な技を繰り出せる。

 しかし人間としての命の半分以上を魔障で(まかな)っているメローラの体は、人間が本来持つ魔力運用の機能を十全に発揮できないらしい。その一環として、自身が保有できる魔力量が普通より少ないのだそうだ。

 そのため、魔障を魔術に落とし込んで制御する彼女の異能、稜威権化(いつごんげ)も長くは使えない。あれは文字通り連発の利かない必殺技なのだ。

 加えて幾ら制御していても本来は体を蝕む魔障。乱用すれば彼女の体を侵食する。

 そうなれば最終的にメローラは魔物に変容して……それこそルチル山脈で出遭った、魔障に侵されたドラゴンのような災害に成り果ててしまう。

 だから彼女としても稜威権化の力は多用していないのだ。……いや、使わないようにするために剣術を更に極めた、と言う方が来歴としては正しいか。

 何にせよ、今の彼女は己を守る為に積み重ねて出来た剣の鎧を着ている。そんな優れた戦士でなければ、ヴェリエのようなじゃじゃ馬を手懐(てなず)けて振り回すなんて不可能だろう。彼女が胸を張りたい気持ちも分からないではない。


「……ま、必要になれば俺が魔術でそれなりのものを作ってやる。それで我慢してくれ」

「えぇ。楽しみにしてるわ」


 そんな機会、本当は来ないのが一番なんだがな。




 馬車の流れに任せて馬を歩ませれば、やがてたどり着いたベリル連邦の首都、ベリリウム。

 多く産出される青や緑の鉱石や建材を惜し気もなく使った鉱山都市は、冬の中でも光を受けて反射する煌びやかさ。ユークレースの厳かさとは正反対な、金のにおいが漂う町だ。

 ここに来るのは二度目。最初に来たときはショウと人工魔剣を中心に一騒動巻き込まれたのだ。思えば、あそこから《甦君門》との因縁が明確化したのかもしれない。

 そんな、始まりとも言うべき地に再びやってくる。今回の目的は明確に《共魔》だ。

 これまでずっと後手だった奴らとの関係を、今度はこちらから斬り拓く。

 ユークレースでも、ブランデンブルクでも、アルマンディンでも後一歩までしかいかなかった。けれどそれももうおしまいだ。

 顔色を伺うのはなしだ。持てるもの全てを駆使して、これまでの鬱憤を全部ぶつけてやる。

 その為にも、こちらから接触を試みようと。前向きに胸の内を滾らせたところで、ベリリウムの市壁を殆ど顔パスで通った。

 理由は二つ。一つはペツォの町でも使った鉄礬柘榴石(アルマンディン)がしっかり効力を発揮してくれたこと。そしてもう一つは、ショウがこの国の転生者であることだ。

 外に出て世界を巡る放埓の中で国家間の関係さえ超えた契約も交わした彼は、俺について出てきてからはじめての凱旋と言うことになる。

 特別大きな功績を挙げたわけではないが、彼に助けられたことも何度もある。《渡聖者》ではないが、彼も立派な戦士だ。

 ベリルにとっても重要な人物の一人。当然国賓待遇で迎えられる。

 結果、未だ《共魔》の支配下なのだろうベリリウムにも、大きな問題なく入ることが出来た。

 が、ここからは敵の腹の中。警戒の度合いは外の比ではないと気を引き締める。

 すると街中に馬車を進めたところで一人の少女に声を掛けられた。


「お待ちしておりました、皆様」


 深々と折られた腰。彼女が纏うのは使用人服。どうやらメイドらしい。

 と、次いで顔を上げたその顔に……揺れた猫毛の黒いロングヘアに、覚えがあることを思い出す。


「お前は、確か…………」

「エレインと申します。皆様をお城へお連れするようにと仰せつかっております」


 褐色の肌にシルバーの瞳を嵌めた、少女──エレイン。彼女とは前に、ここベリリウムで行方不明となったショウを探す為に協力したことがある。

 あの時は必要最低限の話しかしなかったが、どうやらその縁でこうして出迎えを任されたのだろう。


「城に?」

「大統領陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 まともに国に歓迎されたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれないと思いつつ。

 とりあえずここは従うほかないかと諦めて、先導を始めるエレインについて町を進み始めたのだった。

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