アクトチューン
「様子は?」
「あぁ、戻ったのね」
扉を開けて開口一番。返ったのは顔を見て安堵したような女性の声だった。
彼女が報告書らしき紙を一枚こちらに差し向ける。
「エレインからか」
綴られていたのは《波旬皇》に関する危急の連絡。目を通す限り、どうやら大きな変化が見られたようだ。
「猶予は?」
「余り無いわね。急いだ方がよさそうよ」
「……やっぱりお姫様の言葉に乗っかったのは失敗だったか?」
「どうかしらね」
椅子をくるりと回転させた彼女は、それから微かに湯気の昇るカップに口をつける。
「トリスは?」
「そろそろ戻ってくると思うけど……」
「おう、ただいま戻りましたよっとぉ」
噂をすれば何とやら。少し疲れたような、しかし満足そうな笑顔で男が入室してくる。
「無事なようで何よりだな」
「見縊ってもらっちゃ困るなぁ、これでも逃げ足は一番なんだ」
「自慢することではないでしょう、それ」
「そんで? 《波旬皇》はどうなんだ、マリスちゃん」
「ちゃん言わないで」
「殆ど報告通りだ」
書類を差し出せば、一瞥をくれたトリスは小さく溜め息を吐いた。
「そっか……。あぁ、悪い。彼をつれてくる事には失敗した。けど興味は持ってもらえたはずだぜ?」
「余り彼らに手の内を明かしてくれるな。死人が世界を掻き回すものじゃない」
「死人ねぇ……。中には昔よりよほど生き生きしてるのもいるんじゃない?」
マリスの声に諌めるような視線を向ければ、彼女は肩を竦めて見せた。
その背中に尋ねる。
「で、どう見る?」
「報告通りなら、封印は綻んでる。嬉しい話ね」
「今目覚めて貰っては困る。ようやくもう少しというところまで来たんだ。最後で台無しにされては堪ったものではない」
ここまで色々準備してきたのだ。全てはたった一つの願いのために。それを完遂するためだけに、私たちはいるのだ。
「彼らはベリルに向かうはずだ。後残っているのはあそこだけだからな」
「いいの? あの人はともかく、エレインは戦えないのよ? 心配じゃないの?」
「あいつも《共魔》だ。信じてやるのが仲間だろう?」
「格好いいこと。本人に言ってあげればきっと喜ぶわよ」
「そうか? 前に会った時は怒鳴られたんだが……」
「はぁ……これだから鈍感は…………」
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
「言って治る病気じゃないから言わないわよ」
「マリスちゃんがお手上げならどうしようもないな」
「ちゃん言わないでっ」
「………………」
この前の診断だって結果は全て規定値内だった。病気に罹っている筈は無いのだが……。
まぁいい、深く考えても仕方ない。それよりも今は目前に迫ったそれを果たすだけだ。
「……もし封印が解けるようなら人工魔剣を使って引き延ばせ。彼らがいなければ、目的は達せられない」
「ベリルで仕掛けるの?」
「それも視野に入れる。悠長に説得している時間は無いようだからな」
いざとなればどんな手を使ってでも。私たちには彼の力が必要なのだ。
「皇帝陛下はどうするの?」
「……どっちのだ?」
「元」
「交渉材料だ。丁重にな」
「じゃああっちは?」
「………………」
脳裏に浮かぶ友の顔。あれから一度も顔を合わせていないあいつと、話すことがあるのだろうか。
「……何かあれば報告してくれ。私はエレインたちと合流する」
「ならわたしも向こうに移動しようかしら。近くにいた方が何かと便利だし」
「準備をしてくる。トリス、道を頼むぞ」
「おう」
さぁ、時間も残りあと少しだ。
この世界を救うため。出来る限りのことを尽くしてみるとしよう。




