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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
紅玉のティアラは誰が為に
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第三章

 アルマンディンに王国来て数日。その殆どを第二王女、レオノーラ・チェズと共に過ごす。

 ノーラは近々開催される王選の候補者の一人……つまりは次期女王候補だ。腹違いの姉と競うたった一つの椅子は、しかし彼女の本心では余り気乗りのしない(いただき)のようで。内心では女王になどなりたくは無いらしい。

 しかしそれを素直に言えるほど立場に自由はなく。周りからの支持に対する責任感はあるのか、一応の選挙活動らしき事を行っている。

 とは言っても大々的に民衆の支持を得ると、それこそ彼女の望まない未来に一直線。その為体裁だけ整えつつ極小規模に必要最低限をこなしているのが現状だ。

 きっと何もしなければノーラが次期王女になる。国民の投票によって選ばれるそれは、ノーラにとって気の重い未来。

 だからなのか、市中で声を掛けられ応対をする際にも声に覇気は無い。その儚さが逆に男性の心を擽るのか、一部では熱狂的なファンがいるらしく護衛を引き受けて三日目には俺も追っかけの顔を幾つか覚えてしまったほどだ。

 男性票の約三割はそのノーラに執心した盲目の物。しかし固定票三割では主だった選挙活動を行っていない彼女が確実に当選するとは断言できない。それを覆している浮動票の殆どが、レッテルによる消去法だ。

 ノーラの姉、第一王女であるソフィアは母親の事で大きな問題を背負っている。親の行いが子に影響すると言うのは、無関係でありながら避けられない事実で。その根底にある過去が揺るがない現実だからこそ、ソフィアの方に票が流れ辛いのだ。

 一度宮中を乱した王妃の血を継いだ子供。別にソフィアが何かをした訳ではないのに、そんな色眼鏡で判断され、不穏を想起させる候補を選ぶくらいならば現王妃の嫡女であるノーラを選ぶ。……酷く勝手な押し付けで、自己の無い理由だ。

 女王となって治世を築かんと奮闘するのは当人であって母では無いというのに。王族と言う、長く続く歴史だからこそ過去に答えを求めがちなのだろう。

 そんな理由から勝手に担ぎ上げられ、望まざる未来に向けて歩まされているノーラ。そしてそんな妹に負けまいとどうにか現状を覆そうとしているソフィア。

 きっとどこかの物語ならば姉の方が主役としてサクセスストーリーを描くのだろうが、現実はそう簡単では無いと。傍で過ごして感じた絶対的な差を思いながら、隣を歩くノーラに視線を向ける。

 今日は選挙に向けてのドレスの仕立てに服飾店に来ている。本来ならば城に呼んで採寸なりを行うのだろうが、当人の希望でこうして店の方に出向いているのだ。

 ノーラは宮中には居たくないらしい。変に飾って戴冠した時の為にと擦り寄ってくる貴族連中の相手をしたくないのだとか。そう語ったノーラの顔は、結構精神的に来ているようだった。

 察するに、早くもノーラの戴冠を確信して政略結婚なんかの話もちらついているのだろう。アルマンディンは正室の他に側室を構える事を良しとしている。しかし正室と側室とではやはり権威が違う。だからそこに婿養子を……と考えているのだろう。

 が、そもそも、世継ぎの為の複婚と言う意味で二人目、三人目の配偶者を認めると言うのであれば、女王における複数の王配は意義が薄くなってしまう。

 何せ生むのは女王一人だ。世継ぎのためとはいえ異なる王配の子を宿し、その度に(まつりごと)(おろそ)かにしていたのでは国が立ち行かなくなってしまう。

 ソフィアとノーラ、どちらが戴冠するにせよ、二人共女王。結果複婚を成したとして、それは一妻多夫(いっさいたふ)……身篭れる次代の数には限界がある。

 ……昔ネットで流し見た記憶では、一妻多夫制によって生まれる子供は生存率が高い……つまり頑丈な子が生まれるだけだ。多胎児によって一度に生まれる子が爆発的に増えるわけでは無い。

 と言うか前提からして、この場合一妻多夫制は成り立たない。これがありえるのは、生んだ子供を複数の男性で支援しなければ育てられないか、男女比率が極端に男性側に傾いているかの二択。アルマンディンはそう言った状況下には存在しない。

 つまりこの場合の政略結婚の仄めかしと言うのは、たった一人にのみ許された王配と言う椅子に自らの息子を据えたいと言う……世継ぎのためでは無い、ただの権力闘争に過ぎないのだ。

 そして今現在、ソフィアよりもノーラが女王になる確率の方が圧倒的に高い。だから貴族連中は必死になってノーラの王配候補として擦り寄っていると……。それに対してノーラが嫌気を差し、宮中に居たくないと言っているのだ。

 王選とはただ国のトップが替わるわけではない。それに付随する様々が絡んでややこしくなるからこそ、当人やその傍にいる者達にとっての戦場なのだ。

 蛇足として、女王の王配が決まれば次点の権威を求めて敗れたもう一人にも同じ話が付き纏う事だろう事は簡単に想像はつくけれども。

 …………まぁ一夫一婦(いっぷいっぷ)制の国で生まれ育った俺には文字通り別世界の出来事。だからこそ他人事であり、そう簡単に口も挟めないのだ。

 何よりノーラは女王になりたくないのだからそれ以前の話ではあるのだが……。

 そんな彼女が店の奥で採寸を終えて同行していた使用人と共に出てくる。因みにその使用人は女性で、記憶違いでなければ俺がアルマンディンに来て最初に城内を案内してくれた人物。いつもは宮中で働いていて、場合によってはノーラの傍付きとしてお供をしているらしい。

 使用人を見るとセレスタインの事を思い出して警戒してしまうが、彼女はどうなのだろうか……。

 どこに潜んでいるか分からない敵の姿をそこら中に幻視しながら店を後にする。


「次は?」

「《眠慰島(アイルトゥーム)》へ行きます。叔父と先生の埋葬に立ち会う事になっているので」

「そうか」


 気が重いのか、それとも彼らが目の前で息絶えたその時の事を思い出しているのか。少し沈んだ声でそう告げたノーラについて馬車に乗り込む。

 すぐに走り出した客車の中で、無言を嫌うようにノーラが口を開いた。


「わたしを襲った人たちですが、彼らはやはり御者の人物に雇われただけだそうです。そもそも命を狙ったのが誰なのかも知らなかったみたいですし、本当の黒幕は死んだ御者と共に闇の中です」


 一瞬ユウに頼めば魔瞳でどうにかならないかとも思ったが、流石に死んだ人間の記憶を覗いたり喋らせたりは無理だと気付く。

 命に直接作用する魔術はこの世界には存在しない。チカやシビュラでも不可能だ。

 後ろにいる存在が分かればそこから《共魔(ラプラス)》の手掛かりが掴めるかとも思ったが、その線もこれで白紙だ。


「あの三人はどうなる?」

「背後関係を洗って…………その後、恐らく死刑になるかと」


 ま、妥当か。何せ次期女王候補の身を狙ったのだ。知らなかったで済まされる問題ではない。

 ただ、もう少し量刑が軽くなるかとも思ったが、今回はその限りでは無いようだ。


「流刑とかはないのか?」

「あるにはありますが、わたしの命と、それから折りも悪かったですね。王選が無ければ、それでも終身禁固刑にはなったと思いますが」


 この世界に奴隷制度は無い。だから罪人を労働力として売ると言う事はされない。その分実刑が重く定められているのだろう。


「話は出来るか?」

「……ミノさんであれば、恐らくは。《渡聖者(セージ)》でもありますし、身柄を捕縛した経緯もありますので。……取り次ぎますか?」

「頼む」


 顔を覚えてやろうとか、そんなつもりは全く無い。ただ話をして、言葉の端にでもなにか手掛かりがあればと考えているだけだ。


「分かりました。決まり次第お伝えしますね」

「悪いな、無理を言って」

「いえ、少し驚きはしましたけど……」


 この口振りだと、罪人に面会と言うのはあまり無い話か。恐らく牢屋越しだろう。

 まぁその時が来れば分かると。話題の延長線で尋ねる。


「二人はどんな人だったんだ?」

「え……?」

「叔父と教育係だったか」

「あ……はい」


 辛い質問だろうか。問うた後でそう思ったが、ノーラは懐かしむように口を開いた。


「叔父は、優しい人でした。よくわたしの話も聞いてくれて、勉強を抜け出して遊びに行くと、いつも美味しいお菓子と紅茶を用意してもてなしてくれました。従姉妹(いとこ)の所に遊びに行ったときも、お母さんには内緒だって言って髪飾りを買ってくれました」


 言いつつ、前髪に着けたそれに触れる。淡い緑色をしたその髪留めが、叔父からの贈り物と言う事か。

 そんな話の途中で隣の使用人がちらりとノーラを一瞥する。反応したのは勉強を抜け出したと言う辺り。やはり脱走癖は筋金入り。周りもある種諦めているのだろう。


「先生は厳しい人でした。何かにつけて勉強を、教養をって……。でも厳しいだけでは無くて、我が儘も沢山聞いてもらいました。外に遊びに行きたいって言ったら、課外授業や表敬訪問って言う体裁を整えてくれたり。勉強はあんまり好きでは無いですけど、それでもこの国の事は好きになれました」

「大切な人だったみたいだな」

「はい」


 唯一の宝物をしっかりと胸の内に刻み込むように。グレーの簡素なドレスの胸元に手を添えるノーラ。

 《眠慰島》に行く予定があったから、そうした服装だったのだと今更ながらに気付く。


「だから、もっと……もっと…………」

「……悪い」

「いえ……」


 小さく掠れた声。直ぐに傍付きがハンカチで目元を拭うのを見て、せめて少しでも紳士的にと窓の外へと視線を向ける。

 何が理由にせよ、こうして悲しみに暮れる者が世界には沢山いる。それに付け込んで世界を引っ掻き回そうとする奴らがいる事に憤りを覚える。

 何が《波旬皇(マクスウェル)》の復活だ。世界を危険に陥れる事がそんなに楽しいか。

 だったら一人で箱庭でも作って神様ごっこでもしてろ。




 《眠慰島》への移動は魔具の力を応用した帆船だった。具体的には魔具で風を起こして、それを推進力に換えて海の上を進むと言う代物。

 沢山の島々が存在する《眠慰島》は海底の深さもまちまちらしく、その一帯は複雑な海流が入り乱れているらしい。その為渡せる船は限られ、当然人の身で泳いで渡ると言う事は出来ない。

 そんな特異な海域を利用して、過去には罪人の流刑地として利用されていたらしい。

 しかし今ではその目的を変え、魂を慰める共同墓地として使われている。

 人の身では及ばない海流で人と魂の世界を隔て、潮騒の音で安らかなる救済を求める。ユヴェーレン教と言う宗教があるお陰か、死者や霊魂の類に払われるべき敬意は気高く。生活の端に神道や仏教があった身からすれば、この辺りの考え方は安心と信頼の置ける価値観だ。

 不謹慎ではあるが親近感も覚える。だからこそノーラの近しい者に僅かでも関わった縁として、その高潔な生き様に心の底から哀悼の意を捧げた。

 ノーラの叔父に誓って、彼が守ろうとした彼女を守り抜くと決意する。だから、安からに眠り、その行く末を見守っていて欲しい……。

 ユヴェーレン教式の埋葬における礼儀や作法は、正直よく分からないけれども。きっと気持ちこそが一番大事なはずだと黙祷。

 聖人になったばかりのユウが、簡易的ながら魂の救済に祝福を授けていた。残された方もきっとこれで少しは救われるだろう。

 ユヴェーレン教……と言うか、コーズミマの世界では土葬が一般的らしく、陸ともそれほど離れていないお陰か雪の積もる地面に幾つもの墓石が鎮座していた。

 ここに来るまでにノーラに聞いたが、この島は王家に纏わる者達、そして輝かしい功績を残した人物が眠っているらしい。その代表の一つとして、島の東の端には一際大きな慰霊碑が。

 近付いて見上げれば、そこに彫られた文字に彼女の言葉を思い出す。

 そこにあったのは、アルマンディン王国から選ばれ《魔祓軍(サクラメント)》に所属した二名の名前。ノーラやユウが話していた通り、《波旬皇》封印に赴いた《魔祓軍》の面々はその後行方知れずとなっている。

 しかしそれは俺がこの世界に来る前の出来事。各国が捜索をして未だ見つかっていないことから生きている見込みはほぼ無く、唯一の生き字引は今ゼノに代わりセレスタインの代理皇帝を務めているベディヴィアただ一人。

 残された彼にとっては余り頷きたくない事実かもしれないが、これはもう覆らないだろう。

 もし俺が同じ時代に転生してカレンと契約を交わしていたのなら、その能力を買われて肩を並べていたのかも知れないと思いつつ。先人の偉業で今があるのだと噛み締めて静かに弔意を捧げた。

 既に涙は枯れたのか、それともただ我慢をしているだけか。帰路でノーラは泣く事も口を開く事も無かった。




 それから数日はノーラも城を抜け出す事も無く。外に行く用事も無かった為にどこかへ随伴するということは無かった。

 宮中までの護衛はいいとオセウスにも断られたお陰で、アルマンディンに来てようやくの自由を得る事が出来た。

 暇を持て余していると考えるのはどこにいるか未だ陰も掴めない《共魔》と、《甦君門(グニレース)》のことばかり。そんな辛気臭い空気を見兼ねて分かり易い空元気で観光がしたいと言ったカレンに付き合い、城下を巡る事になった。

 町の雰囲気は複雑で。いつも通りの日常に王選前の微妙な空気と、ノーラの叔父と教育係が命を落とした事に対する不審や忌避の感情が入り混じる不安定なもの。

 しかしそんな中でも生きる為にしなければならない事は沢山あって。それぞれが何がしかを抱えたまま日の常の皮を被ってどうにか時間が巡っていた。

 気乗りはあまりしなかったが、宿の中で思考の渦に落ちているよりは余程気が紛れたのか。カレン達の声を聞いて足を出せば、その内どうにかいつも通りを取り戻す事が出来た。


「宿の人に聞いたんだ。今町でポュテって言う揚げ菓子が人気なんだって」

「知ってる。ノーラと外に出た時に食べたからな」

「なぁっ!? 折角いい情報見つけたと思ったのにぃ……!」

「お魚も美味しいって言ってた」

「……まぁあの海流だしな。いい脂が乗ってるのは確かか」


 チカの声に少しだけ興味が湧く。

 旅の中で魚と言えば干物か塩漬け。あっちの世界ほど運送技術が発達していないコーズミマでは、鮮魚を見る機会すら珍しい。ましてや刺身のように生で食べるなんて悪魔の所業らしく、加工されるのが全てだ。多分昔の人が生魚食べて腹でも下したんだろう。

 因みに一応長距離輸送用の手立てはあるが、それは(もっぱ)ら冷凍後の低温輸送だ。鮮度を落とさないように、しかし腐らないようにと言う繊細なコントロールは魔術や魔具を使っても難しいらしい。できるにはできるが、魔術や魔具をずっと維持し続ける必要がある為に、苦労に見合うだけの見返りが薄すぎるのだ。

 需要がないのだから仕方がない話だが。


「脂が乗った魚か……。刺身とか海鮮丼、寿司とかもいいかもな」

「サシミにカイセンドンにスシ、ですか……? 話の流れからして食べ物のようですけど」


 宿にいても気が滅入るだけだと一緒についてきたショウが懐かしい名前を呟く。と、その音に我がパーティーのシェフことユウが興味を示した。


「俺達の世界の食べ物だな。全部生魚を元に作られる物だから、魚の生食をしないこっちの奴らにとっては考えられない食べ物かもな」

「な、生魚、ですか……」

「流石のユウもこればかりは無理か?」

「……確かに厳しいです。けど、お二人がこれまで教えてくださった料理はどれも美味しかったですから、興味はあります」


 その意欲は認めるが、無理強いをするつもりはない。ユウに教えてもらえば魚も捌けるだろうし、最悪ショウと二人で楽しむとしよう。カルパッチョとかもいいかもな。

 そんな風に考えた直後、疑問の声が上がる。


「そもそも魚って生で食べられるの?」

「あぁ。けど物によっては毒がある奴もあるからな。そっちは調理に専門の知識が必要だから無理だが……俺達が旅の中で食べてた魚なら生でも食えるはずだ」

「はずって……」

「でも、食べてみたい」

「チカは乗り気だな」

「元は魔物」


 言って自分を指し示すチカ。

 ……あぁ、ったく。人型で普通に話が交わせるから認識が鈍っていたが、カレン達魔剣は元は魔物。そもそも生魚に対する嫌悪感なんて持ち合わせていないのだ。だから純粋に興味に突き動かされているのだろう。

 と言う事は俺達の中で生魚が駄目なのはユウとメローラの二人だけか。

 因みにメローラは今日雇い主であるソフィアと町の外に出ているため別行動だ。アルマンディンに来てからというもの、何かと彼女との足並みが揃わない。お陰で余り情報交換もできていない始末だ。彼女が帰ってきたらどうにか時間を設けるとしようか……。


「なら今日の夜は魚料理にするか。ユウはどうする?」

「……仲間外れにしようとしてませんか?」

「無理強いをするつもりは無いからな」

「大丈夫です。それに、皆が食べない物を食べて新境地開拓と言うのは、何だかちょっとわくわくします」


 そのチャレンジャー精神は褒めたいたところだが、無理だけはしないで欲しいと念押ししつつ。

 魚は新鮮な方がいいだろうと全員で市場へ。当然のようにカレンに物を強請(ねだ)られたりもしながら、しかし彼女の目的通り気分転換はしっかり出来た。

 因みに、ユウはこの夜、生魚に新たなる活路を見出したようだった。今後のシェフの働きに期待させてもらうとしよう。




              *   *   *




 王都ガルネットを離れて二日目。ソフィア王女殿下の護衛として一緒にやってきた町で、あたしは(つか)の間の自由行動を許されていた。

 ソフィア王女は現在、諸侯との会談中。流石に話し合いの場まで同行して威圧すれば、彼女の立場を悪くしかねないとのことで久しぶりの一人の時間を味わっていた。


「ミノと一緒に行動するようになってからは久しぶりね」

「だからって飲みに行くなよ?」

「自分が飲めないからって拗ねないでよ」

「ちげぇよ!」


 釘を刺されて、腹癒せに仕返し。実際の所、その気になれば人型を取れるはずの我が魔剣、ヴェリエ。しかし前にこの話題は平行線だと互いに落としどころを見つけた話題だ。

 魔剣が人型を取れば、その言動の殆どに人と同じ物が要求される。食事なんかはいい例で、魔剣の姿ならば魔力だけでいいはずの彼らが、人と同じ空腹を覚え、食事の必要性が生まれるのだ。

 もちろん食べるのが魔剣だからって食費が無料になるわけもなく。幾ら《渡聖者》として様々な依頼をこなせるからと言って、そも傭兵業を生業(なりわい)とするあたしにとって日々の実入りはそれほど多くない。

 加えて既に血潮の一部とも言うべきあたしの原動力たるお酒は外す事はできず、結構懐事情が厳しいのが常だ。

 そこに例えばヴェリエが人化したらどうなるか…………最早語るべくも無いだろう。

 金銭的事情と酒飲み仲間。天秤に掛けて仕方なく切り捨てられる後者を泣く泣く諦めるのは、あたしの人生における最も大きな譲歩だ。過去これ以上に悩んだ議題は無いっ。

 お陰で同じく《渡聖者》の可愛い後輩、ミノには脳筋やら酒狂いやら散々な事をこれまで言われたのだが、今更気にする程の事でもない。全て自分に返る都合。他人にとやかく言われる筋合いはない。


「けど、だったらどうするかねぇ……」

「酒よりももっと重要な問題があるだろうが」

「小難しい考え事は苦手なの。ヴェリエなら言わなくても分かるでしょう?」

「……なら言い方を変えようか。《共魔》を斬る為にするべき事は?」

「斬る。それだけよ」


 もちろんヴェリエの言いたい事は分かる。けれど言葉にした通りごちゃごちゃした話は性に合わないのだ。

 その点あの男は込み入った話を捏ね繰り回すだけの頭は持っているらしく、そこに関してあたしの遠く及ばない能力だと評価もしている。

 彼が考えて、あたしが斬る。それが最も簡単で、効率的なやり方だ。まだミノに負けるとは思わないしね。…………少なくとも彼の相棒が抱える葛藤の殻が破れるまでは。


「それにただ護衛に(かま)けてるわけじゃないのは知ってるでしょ?」

「ま、そうだけどよ……。それにしたってもうちょっとやりようがあるんじゃねぇのか?」

「だから何度も言わせないで。深く考えるのは苦手なの。餌にしたって、しっかり守ればいいだけのことなんだから」


 ソフィアがいないのをいい事に明け透けに言い放つ。

 彼女は今命を……もしくはその立場を狙われている。だから逆に利用して敵を誘い出し斬る……と言うのがあたし達の方針だ。

 もちろんこんな話を当人のソフィアや依頼してきたオセウスに話せるはずも無く。ただこうしてソフィアを連れ出し、少し危険に晒しているだけだ。その上で、護衛対象であるソフィアを守りきればいいだけの事。

 自惚れでなく、そう出来る力があるからこそ、あたしは《渡聖者》なのだ。この肩書きに()けて、己の信念は曲げずに貫き通すのが、神への誓い。例えその相手が《共魔》だろうが、揺るがない。

 まぁそもそもの話、もっと別な方法があればそうしていた。囮のようにソフィアを利用しているのは、それ以外にいい方法が思いつかないだけだ。それを考え付かないミノが悪いっ。


「とは言えこんな見え見えの罠に引っかかるとは思わないけれどもね。もしそうなら既にどうにかなってるもの」

「だからもっと考えるべきなんじゃねぇのかよ」

「それはミノの仕事」


 出来ない事を無理にしても仕方ない。出来る事を全力でやるだけ。そう自分に言い聞かせて、警戒はしつつ町の雰囲気を楽しむ。

 観光の中でシビュラの白髪に似合いそうな青い髪留めを見つけて、思わず衝動買いした。お土産だ。

 小難しい事を言わないあの子の事は結構好きなのだ。向こうはあたしの事眼中になさそうだけど……。

 シビュラに買ったら他の子にも買わないと不平等だろうかと。悩みながら会談が終わるまでゆったりと羽を伸ばして。約束の時間に迎えに行けば、丁度向こうも終わったのか建物から出てくるところだった。


「お話はもう終わり?」

「えぇ。無駄に外を出歩いても危険だもの。直ぐに帰るわよ」

(おお)せのままに」


 よく城を抜け出しているらしいノーラとは違い、こちらの王女様は堅実にして慎重。恐らくミノとの相性はいいはずなのだが……初対面の印象があれだったのだ。仕方ないと割り切ろう。

 行きと同じ馬車と御者を手配して乗り込み、動き出したそれに揺られる。

 すると目に見えてソフィア王女が身に纏った緊張を解き、堕落した。


「お疲れね。そんなに大変だったの?」

「過半数がノーラのシンパだった。やってられないわよ……」


 王女らしからぬ粗野な口調に笑う。人の目があるところでは殆ど笑わない彼女の弱み。普段気を張っているからこそ、気を許した者の前では素の部分が出てしまうのだろう。


「大変ね」

「思うんだったら何か妙案でも授けてくれるかしら?」

「護衛の範囲外よ」

「報酬なら積むわよ?」

「そういう事は得意じゃないの。他を当たってくれるかしら」

「使えないわね」


 言葉こそ刺々しい。しかし表情は冗談めかしていて、本気でないのがすぐにわかる。

 そうして当り散らしたいくらいに精神的に堪える会談だったらしい。味方がいない、胡散臭い上辺だけの話し合いなんて、想像するだけで眩暈がしそうだ。


「こんな事ならあの時ノーラがいなくなってればよかったのに」

「それは本心?」

「……………………」


 尋ねれば、ソフィアは視線を強くしてこちらを睨む。

 もちろんそれが彼女の悪態だというのは分かっている。何せ────


「大丈夫よ。言ったりしないわ。貴女がどれだけ妹を愛しているかなんて」

「馬鹿馬鹿しい。勝手な妄想で語らないでくるかしら?」

「それは失礼したわね」


 拗ねるように視線を逸らして頬杖と共に窓の外を眺めるソフィア。そんな彼女に小さく笑う。

 本当、ままならない話。

 継承権第一位の姉であるソフィアには目的も意志もあるのに、結果が伴っていなくて。

 継承権第二位の妹であるノーラには責任も自覚も欠如していて、周りばかりが盛り上がっている。

 本来ならば意欲ある彼女こそが選ばれるべきなのに。母親が残した過去が追い縋り行く末を阻害している。

 純粋に耳を傾け目を見開けば、答えは一つなのに。風説や印象と言う物は度し難く面倒臭い。

 ただ個人的に物を言ってもいいのならば、あたしは目の前の王女が哀れに思う。


「ノーラもノーラよ。嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに。その気も無いのに期待だけ抱かせて。やる気も無いのに名前を連ねて。周りに(かしず)かれて馬鹿を見てるだけ。それともその馬鹿で更に愚かなあたしを笑ってるのかしら」

「あたしも思うわよ。玉座なんて椅子、中途半端には務まらない。曖昧なままに座ったところで国を混乱させるだけ。……こんなのは、勝負でもなんでもないわ」

「そうよ。勝負になんてなってない。……それが悔しいのよ」


 拳を握り、唇を結んだソフィアが吐き捨てる。


「妹なんだから、姉のあたしに守られてればいいのよ」


 それが世界の真実であると、嘘で塗り固めるように。




              *   *   *




 そのお誘いはまた唐突だった。泊まっていた宿の支配人らしい男性が持ってきた手紙には俺の宛名が書かれており、中には綺麗な筆致でノーラが脱走の共犯者を募っていた。

 護衛対象の勝手な行動はこちらに差し(さわ)る。依頼人では無いが、彼女が何かをしたいと言うならばそれに歩調を合わせるのが今回の仕事。

 何より彼女が《眠慰島》から戻って初めてのキャッスルブレイク。城の中にいる間は護衛を外されていたため、ノーラの顔を見るのは約一週間ぶりだ。


「何の手紙?」

「仕事だ。どうする?」

「待機してる」

「あたし行く」

「シビュラも」


 護衛には周囲への牽制も含めてずっと魔剣状態で携帯している必要がある。カレンはそれが嫌らしく、一度同行して以降ずっとここで待機の連続だ。

 何かあれば契言(けいげん)で連絡を取れる事と、念の為チカとシビュラで結界等を施して防御を固めている。《共魔》相手には焼け石に水かもしれないが、それに反応があれば逆に相手を捕捉も出来るのだ。

 カレンが囮の罠。彼女自身も気乗りしない事をしなくて済むのだからそれでいい。


「何かあったら契言でな」

「ん。行ってらっしゃい」


 チカを後ろ腰に。シビュラを首にかけて宿を後にする。

 魔術が得意な二人が着いてきてくれたのは僥倖だ。一週間ノーラに会えていない分、彼女に《共魔》の手が及んでいないかそっち方面で確認もできる。

 そんな事を考えながら指定された店の裏口へ。どうやらいざという時の秘密の脱出通路が城下町のあちこちにあるらしく、今回はそれを使って抜け出すとのことだった。

 と、扉が内側からノックされる。


「アラバンダ」


 確認の為の暗号。意味はアルマンディンの語源となった言葉らしい。

 微かに開いた隙間に、持って来ていた袋を差し出す。これは前に城下を巡った時に彼女に買わされた服だ。

 王族として身バレしているノーラが我が物顔で大通りを歩けば(たちま)ちに人垣に囲まれ、町を巡回する衛士に脱走がばれてしまう。それを掻い潜る為の変装……と言う名の、彼女がしたいだけのただのお洒落だ。

 流石は異世界と言うだけあって、城下に住まう人々の髪も、そして瞳の色も様々。写真のような手軽に絵として残しておける技術がないこの世界では、その気になれば王族だって市井に紛れ込める。

 ノーラにとっては一石二鳥な悪知恵。それに振り回される身として色々思うところはあるのだが。雇われの身で護衛対象に必要以上の意見をする権利は無い。仕方なく呑み込んで付き合うだけだ。

 そうして、しばらくすると着替えを終えたノーラが扉から姿を現す。

 いつもは真っ直ぐの桜色の髪を、今日は緩くウェーブをかけたふんわり仕様の長髪に、服は冬らしい厚手の装い。顔立ちが整っている分、どこかのモデルのような出で立ちは、足先までブーツに彩られた可愛らしい少女その物だ。

 余り目立ったお洒落をしないユウや、戦士としてそちらには興味の無いらしいメローラとは違い、目の前に生きる女の子。微かに匂わせる高貴にさえ目を瞑れば、どこかにいそうな年頃の美少女だ。


「……あの、どうですか? 変なところとかないですか?」

「あ、あぁ。よく似合ってると思うぞ」

「ありがとうございます」


 にこりと微笑んだノーラ。重責に追い立てられている王女とは思えない柔らかい表情に、思わず息が詰まる。

 魔剣ではない、人間で。ただ自由を求める、女の子で。

 そんな彼女が楽しそうに微笑む姿が、必要以上に絵になる。

 ともすれば護衛である事を忘れそうな日常感に、どうにか自分へ言い聞かせて落ち着きを取り戻す。


「…………少しいいか?」

「はい」

『シビュラ』

『うん』


 胸の前で揺れるミニチュアのような白い装丁に黄色い縁取りの本。その内側に向けて声を掛ければ、脳裏に返る平坦な音。

 次いで掌をノーラの頭に翳して、彼女に魔術的な影響が及んでいないか探ろうと魔術を行使する。次の瞬間────


「っ……!」


 まるで見えない電気の壁にでも阻まれたように、痺れと反発が掌を襲った。

 一体何事かと警戒した刹那、何かに気付いた様子のノーラが慌てたように口を開く。


「え……。あ、ごめんなさいっ。今の魔術ですよね?」

「……だったら?」

「これの所為なんです」


 そう言ってノーラが胸元から取り出したのは、前に教会で祈りを捧げた際に大事そうに握り締めていたペンダントだった。


「命を狙われる事もありますから。魔術への対抗措置として、このペンダントに反応防御の術式が込められているんです。なので魔術での干渉を受けるとさっきみたいに妨害されるんです」


 流石は命を狙われる王族。身を守る術の一つくらいは常備しているらしい。


「なるほどな……。けど、だったらそっち方面は安心だな」

「すみません。先に言っておくべきでしたね」

「いや、そういうのはあって当然だな。考えてなかった俺が悪い」

「先程のもわたしが魔術的な支配下にいないかどうかを確かめようとしたんですよね? ありがとうございます。……ですがこれは魔術に対する対抗措置です。実際に剣や矢を弾くわけじゃありませんから…………」


 宝物でも抱えるように握りこんだノーラ。少しだけ気になりつつ、それから彼女と出会った時の事を思い出す。

 あの時ノーラは賊の振るう剣の脅威に晒されていた。あれが偶然だったのか必然だったのかは分からないが……もし《共魔》がそれを知っていてノーラの命を狙ったのだとすれば、そいつは随分と王族に近しい場所にいる事になる。

 確証も根拠もない。が、可能性としてはありえない話では無い。


「だから、ミノさんにはそちら方面でのご活躍を期待してますね」

「活躍しないのが一番いいんだがな」

「ふふっ、そうですね」


 また一つ笑みを落とすノーラ。その表情に嘘も陰りも無い。どうやら叔父と先生の死にはしっかり向き合えているようだ。

 もし引き摺っているようなら、今日くらいは気晴らしに思いっきり付き合ってやるつもりだったのだが……。

 そんな事を気にしなくとも彼女のことだ。遠慮などなく俺の事を振り回すに違いないと諦めて、覚悟を決める。


「では行きましょうかっ。喪に服せとか勉強しろとか、ずっと外出を禁じられてたんです。今日はその鬱憤を晴らすので付き合ってくださいねっ」

「危ないことだけはしてくれるなよ」


 きっとその耳には届いていないのだろう言葉を落としながら。楽しそうに通りへと向かって駆け出すノーラを見つめる。

 振り返って俺が付いて来ていない事に気が付いたノーラが、手を上げて声を張った。


「早く早くっ。欲しいものがあるんです! 急がないと売り切れちゃいますよっ!」


 ……とりあえず、落ち着くまでは我慢するとしよう。




 結局体感で二時間近く静まらなかった興奮に付き合わされて、気付けば結構な距離を歩く破目になった。

 その中で特にノーラが楽しげにしていたのが服飾店だった。

 扉を潜った数は三つから先を数えてはいない。それくらい、目に付いた端から餌に群がる鯉の如くダッシュをかましていた彼女。

 行く先々で一人ファッションショーを楽しむ姿は(うるさ)いほどに視線を集め、途中彼女の身分がバレそうになって焦って店を飛び出した事もあった。

 お洒落に関しては縁遠い面子で旅をしてきた上に、俺自身もそれほど興味は無い分野。だから彼女ほど気乗りはしていなかったのだが、着せ替え人形と化したノーラが何を着ても似合うくらいに元が良い為に、見ていて飽きる事は不思議となかった。

 冬真っ盛りと言う事もあって厚手の服装ばかりだったが、それが返って背丈の小さい彼女を着膨れさせて小動物感を演出していた。

 女の買い物は長いと聞いた覚えがあるが、まさかそれを実際に経験する事になるとは思わなかったと。

 結局買ったのは試着した内の一割にも満たない数。王女だから箍の外れた価値観で店丸ごとなんて言い出さないかと少し気にしていたのだが、そんなことは無く。想像の正反対に謙虚な物欲に驚いたほどだ。

 何故かと訊けば、買ってもそれを着る機会がないのだと、少し寂しそうな表情を浮かべていた。

 お洒落には人並みに……いや、人一倍興味がある彼女だからこそ、普通とは掛け離れた世界で生きる身には過ぎたる理想で、この欲求。それを知ってしまえば、はしゃぐノーラを(いさ)める気持ちも最低限に、荷物持ちに徹する事ができた。


「ん~! この体に悪そうな濃い味付けが最高ですっ!」


 ようやくお洒落への意欲が一段落すれば、次いで彼女を襲ったのは空腹。

 とは言えそこは王女様。高級そうな飲食店には目もくれず、向かった先はジャンク感溢れる町中の店。

 ノーラが注文したのはドイオと言うラーメンのような代物で、麺は中華麺より蕎麦に似ており、スープはあんかけ風にとろみ付き。味付けは魚介ベースにチャーシューなどの具が乗った、なんともちぐはぐな一品だ。

 このドイオ。どうやらアルマンディンのソウルフードのようなものらしく、始まりは漁師飯らしい。だから味のベースが魚介で濃厚なのだそうだ。

 スープをとろとろになるまで煮込んで作るのが肝らしく、お陰で深い味わいが麺に絡んで不思議と次の一口を誘う。

 当然王宮でドイオのような市井一般の料理が出る事はなく。前々から一度食べてみたいと機会を伺っていたらしい。話を訊くと、ドイオの詳細を吹き込んだのはメローラらしかった。

 お陰でこうして振り回される破目にはなったが、郷土料理を食べられたのは素直に嬉しかった。状況は色々気を張る必要があるが、だからこそこうした楽しみは外せない。旅を始めて分かった面白さの一つだ。

 また今度、ユウに頼んでアレンジ料理でも作ってもらうとしよう。食の娯楽は色々広がりを見せて重要なのだ。


『ミノ、美味しい?』

『ここでの一件が片付いて時間があればその時にな』

『約束』


 魔剣状態で羨ましがっているチカとシビュラには酷な状況か。落ち着いたらこうして付き合わせた礼に望みを叶えてやるとしよう。




 そろそろ時間切れかもしれない。

 脱走が露見し、連れ戻そうと追っ手がやってくる。そのタイムリミットが経験則から何となく分かるらしいノーラと共に、最後に訪れたのは教会だった。

 どうやら彼女は敬虔なユヴェーレン教徒らしい。前に教会で祈りを捧げていたのもそれが理由だったようだ。

 ステンドグラスに傾き始めた西日が差し込んで、教会内部を幻想的に淡く照らす。祭壇の前で跪いて静かに祈りを捧げるノーラが、彼女本来が纏う雰囲気も相俟って筆舌に尽くし難く絵になる。

 ユヴェーレン教は偶像崇拝が禁止されているため、ステンドグラスの柄も簡素で聖櫃(せいひつ)も存在しない。その為見る人が見れば似非(えせ)とも言われかねないつくりだが、これがこの世界の宗教の形だ。

 そんな中心で祈りを捧げるノーラが、やがてゆっくりと立ち上がってぽつりと零した。


「わたし、神様なんて信じてません」

「いいのかよ、他に人がいないとはいえ教会内でそんなこと口にして。ユヴェーレン教徒なんだろ?」

「そういう意味では無いです。都合のいい神様なんていない、と言う事です」


 振り返らないまま、ノーラが続ける。


「もしそんな神様がいるのならば、わたしはわたしに負い目なんて感じてませんから」

「負い目?」

「わたしには、ミノさんと同じ血が流れているんです」


 別角度からの告白。


「より正確に言えば、異世界人の血、ですね。もちろんそんなに濃くは無いですけど」

「先祖に転生者がいたのか」

「はい。そのお陰なのか、わたしには他の人には無い特別な力があるんです」


 大切な物。……というよりは、忌み嫌うべき物と言った語調。


「先祖返りって分かりますか?」

「遠い先祖の形質が時を経て子孫に現れる事、だったか」

「その人も同じ力を持っていたそうです。魔剣と契約をしているわけでもないのに誡名(かいめい)まで付けられたんですよ? 《テイルイ》って言うんです」


 そう言って、振り返ったノーラが俺の手を取り、その手の平に指で文字を書く。間違いでなければ、漢字は《逓累(こう)》。


「能力は、魔に関する力に触れて、増幅させる物なんです」

「感応増幅ってところか」

「わたし一人では魔具の力を増幅させるくらいしか使い道はありませんけれどね」


 使い方によってはとても有用な能力だろう。小さい魔術でも大規模に出来る可能性を秘めているのだから。彼女一人いれば戦局さえ左右できるポテンシャルだ。


「能力の詳細な部分なんて本当はどうでもいいんです。問題は、この力がわたしの体に宿った事……」


 その言葉に、彼女が何を言おうとしているのか何となく察する。


「お母さんのいなくなったお姉ちゃんと、現王妃の娘であるわたし。これまでに辿ってきた歴史。……けれどそんなのは些細な事で。皆がわたしを担ぎ上げようとするのは、わたしが普通では無いからなんです」


 自分は何も違わないのに。そう縋るように、俺の手を包み込んで離さないノーラ。


「先祖返りで特別な力を持つ。どんな能力かも関係ない……たったそれだけの、その一つだけで、まるで神様みたいに扱われてるんです」


 民衆の支持なんてそんなものだ。詳細など関係ない。ただ憧れや畏怖が一人歩きして、当人の知らないところで勝手に燃え上がる。そうして大衆の正義が出来上がるのだ。


「……昔、怪我をした小鳥を手当てした事があったんです。その子は元気になって自然に帰っていきました。それからしばらくして、わたしが触れた病がたちどころに治るなんていう酷い噂が立ったんです。怒るよりも先に笑っちゃいました」


 なんでもないようなことに尾ひれが付いて話が大きくなる。噂が噂たる由縁だ。


「それから幾度となく荒唐無稽な噂が出てきました。その度にわたしと言う輪郭が曖昧になって……その内否定する事も疲れてやめたんです。そうしたら今回王選の話が挙がって。民の間で燻っていた様々な憶測がわたしを祀り上げるに至ったんです」


 それからノーラは、泣き出しそうに儚い笑顔を向けて零す。


「わたしなんて、臆病なだけの子供なのに」


 英雄のように担がれる。似たような経験を幼い頃にした事があるから分かる。

 万能感に溢れ、自分に酔っていた頃ならいざ知らず。成長して大人に片足突っ込み始めた今では、ただただ思うのだ。


「怖いんです。勝手に付けられた取れない仮面が、ただの紙切れの落書きだと知られたらどうなるのか。愚鈍で、蒙昧で、未熟で、世間知らずなわたしが誰かの上に立つなんて──そんなこと、したくないんです」


 鍍金の下の自分が、それに耐えられないのだ。


「だからわたしは、女王になんてなりたくない。代わりじゃない…………わたしよりも優秀で、その椅子に座るべき人が、いるんです」


 自己評価と、姉への尊敬。何より家族としての情念が、その言葉の熱い芯。


「わたしじゃない……ソフィアお姉ちゃんこそが、女王に相応しいんです」


 それがきっと彼女の本心。女王になりたくないという未来よりも譲りたくない、たった一つの願い。

 けれども一体、俺に何が出来るというのか。


「ではどうぞ、そのまま辞退していただきたい」


 か弱い少女一人目の前に途方も無さを感じた刹那、教会内に響いた男の声。直ぐに思考が塗り替えられて振り返れば、たった一つの出入り口をふさぐようにローブを目深に被った人の姿がそこにあった。


「……何のつもりだ?」

「言葉通りですよ……っ!」


 問答は必要ないと。手にした何かをこちらへ放り投げた男。直ぐに魔力の弾を作って迎撃すれば、その宝石のような何かが破裂し、荘厳な教会内に光と音が満ちた。

 魔具のフラッシュバン。そう気付くのと同時、遅まきながら耳を押さえ口を開いて目を閉じる。


『シビュラ、近づけさせるな!』

『ん』


 こういう時契言は何にも左右されなくて便利な意思疎通の手段だ。

 次いで胸の内から魔力が吸われ、目の前に壁のような存在感が生まれる。やがて空中で騒々しく音と光を振りまいていたそれが地面に落ちて、見当識の混乱が徐々に直っていく。

 ゆっくりと目を開けば、魔力の格子に阻まれてこちらに近づけなかった男の姿。とりあえず接近は封じる事が出来たか……。そう考えた直後、格子の向こうの口元が歪んだのが見えた。

 嫌な予感がして振り向けば、そこにはもう一人。既にノーラを捉え、その首筋に刃を這わせていた。

 耳鳴りが治まって問う。


「何が目的だ? ……殺しはしないんだな」


 どうにか回り始めた思考で考える。もしこれが《共魔》の襲撃なら、あからさま過ぎる。少なくともここにいる二人が《共魔》だとは考え辛い。

 《共魔》だとして、どうしてノーラを狙う? 傀儡(かいらい)にして国を乗っ取るなら彼女が女王になった後側近にでも潜り込めばいい。

 理由がない。リスクばかりだ。……と言う事はノーラ個人を狙う別勢力か? 例えば、彼女の姉が差し向けた刺客と言う可能性────

 そこまで並行して想像した所で、微かに既視感。次いでその感覚が、現実に重なる。


「共に来い、ミノ・リレッドノー。そうすれば王女は解放する」

「……俺が、狙いか…………」


 なるほど王女を出しに……。いかにも陰気臭い《共魔》の連中が考えそうな事だ。先程の既視感はセレスタインのゼノの時か。

 とは言え頷く理由もないと。どう打開するかを考えながら言葉を連ねる。


「交渉なら誠意を見せろよ。それは脅迫って言うんだぞ?」

「どうあっても我々を拒むか」

「だから信じるに足る何かをだな……」

『準備できたよ』

『もう少し待て』

 

 相手が末端の使い捨てでもいい。何かしらの情報を引き出せれば。

 チカの声を聞きつつどこかに糸口がないか探る。

 と、その最中、こちらを見つめるノーラの瞳に、強い意思が宿っている事に気が付いた。

 刹那、ノーラが首筋の刃も恐れず思い切り身を(よじ)って片腕を男の胸に押し当てる。するとそこから、拒絶を形にしたような衝撃が辺りに散った。

 二人の間に生まれた双方向への運動が、男とノーラを引き剥がす。次いで宙に放り出されるようににこちらへ跳んできたノーラを、どうにか体を滑り込ませて受け止めた。


「何をした」

「手が痛いです……」


 見れば、彼女の右の手の平が火傷をしたように赤く傷口を広げていた。

 そこで今日彼女に出会ったばかりに経験した出来事を思い出す。あの雷が走るような衝撃……あれは確か魔術に対する対抗措置の…………。

 考えて至った所で、ノーラが小さく笑みを浮かべながら零した。


「持っていた魔具を使ったんです。そうすれば、首飾りに反応してあぁなる事は分かっていたので……」

「さっきの目はその覚悟か……。ったく、無茶しやがって……」

「ミノさんはご存知だと思いますよ? わたし、お転婆なんです」


 痛いのだろう右手を誤魔化すためにか、無理やり笑顔を作ろうとするノーラ。

 守るべき彼女に無理をさせた事実を深く胸の内に刻み込みながら、ノーラを抱えたまま立ち上がる。お姫さま抱っこの形になったのが恥ずかしかったのか、頬を染めた彼女が顔を隠すように俺の胸へ頬を寄せた。

 もうこれ以上、彼女の護衛の名に懸けて傷つけさせないと。信じていない神に誓えば、先程の衝撃で昏倒しなかったらしい男が起き上がってくるのを目にする。


「チカ、やれ」

「任せて」


 流石に両手が塞がっていては彼女を振るう事も出来ないと。人型になったチカに任せれば、彼女は魔力の槍を作り出して男の膝を貫いた。


「ミノは渡さない」


 次いでチカが腕を上げると、どこからとも無く鎖が現れて男の左腕を雁字搦めに。横に振れば、それに合わせて男の体が振り回され、格子で足止めをされていた男にぶつかって、諸共教会の壁まで叩き付けた。

 この際壊れた壁や椅子は仕方ないと割り切って小さく息を吐けば、ノーラが俺の首に回した腕に力を込めた。


「終わり、ましたか……?」

「あぁ。帰るぞ、ノーラ」

「……はい…………」


 刃の恐怖に遅まきながら身でも竦んだか、憎まれ口は無く素直な声。このまま抱きかかえていた方が逆に安全かもしれないと考えて、王女様を城まで送り届けたのだった。




              *   *   *




 ノーラが町に出て襲われ、あの新参者の《渡聖者》に救われたと聞いた。

 様々な感情が渦巻く胸の内に、自分の本心を探して寝具に転がる。

 何も外から帰ってきていきなりそんな報告しなくてもいいだろうに。仮にも一つしかない椅子を競う相手なのだ。それともただ半分繋がっただけの血が家族として偉いと言うのだろうか。

 未だ飲み込めていない自分自身に苛立ちが募る。けれども愚痴を聞いてくれるノーラも、甘えられる誰かもここにはいなくて。助けを求めるように枕の下に手を突っ込んだ。

 指先に微かな感触。取り出して、それを見つめる。

 室内灯に照らされるのは簡素な白い便箋。表に書かれた宛名は、あたしの名前。

 これは、有体に言えば遺書だ。そして、あたしのお母さんがこの世に生きた証だ。

 もう何度も読み返した所為か、中の手紙は角や折り目の縁が微かに変色して欠けている。

 母が亡くなったのは、あたしが9歳の時。死因は、怨恨。しかも刺殺だ。反吐が出るほどにらしくて愚かな話だ。

 母は、必死にたった一度のチャンスを手にしようとしただけ。少し狡賢く周りを出し抜いて、誰もが憧れた場所を手に入れただけ。ただそれだけで、王妃になった母は側室から(うと)まれていた。

 けれども身篭った命を捨てるなんて非道は許されなくて。その子が未来のアルマンディンを担う希望だと願われて、卑怯者と罵られ続けた母からあたしが生まれた。

 しかし跡継ぎが一人では何かあった時が大変で。そして側室の人達はあたしを腫れ物扱いしていたから。そうして二人目が……ノーラが生まれた。

 王族の、王妃だとか側室だとか。そんな面倒な(しがらみ)は、けれどもあたしとノーラには関係のないこと。次代を担う子供を巻き込む事は許されないと、父であり国王のオセウスが告げたお陰で、あたし達はそういったことからはある程度距離を置いて育った。

 母が死ぬまでは、ノーラともよく遊んだ。歳の近い少女。半分だけ血が同じな、妹。

 ずっと大人に囲まれて生きてきたあたしにとって、彼女は心の拠り所でもあったのだ。

 ノーラがいれば。それがいつか別の意味も持つようになって、幼い頃はよくあたしがノーラを振り回していたように思う。その所為か、今の彼女は自ら考えて行動する事に消極的になってしまった。

 けれども、ノーラがいれば。例えどんなに鈍臭くとも、大切な妹さえいれば、あたしはあたしで居られた。

 でも、そんな事に周りはお構い無しで。あたしの母を疎ましく思い続けていた内の一人に、とうとう現実を歪められた。

 唯一つ、絶対にありえないのは、それにノーラの母親が関わっている事だ。あたしの母の死に、ノーラの母は関与していない。

 自分の娘の立場を良くしようとして王妃を排除しようとしたとか、そんな事実はどこにも無い。もしそうならば、今の王妃は彼女では無い。

 しかしあたしの母が死んで一番得をしたのはノーラの母である事も事実で。それがきっかけで、あたしとノーラは顔を合わせても会話をすることが極端に減ってしまったのだ。

 あたしは恨まれて生まれた子にして、母を失った特別な力もない子供で。

 ノーラは翳りなき王妃の娘にして、先祖返りなんていう特別さえ身に宿した子供で。

 持つ者と持たざる者の差がここまで明確に表れてしまえば、全て終わった後になってようやくあたしに同情が向けられるようになった。

 王位継承権が一位なだけの、持たない子。価値はただそれだけの、形だけの存在。

 周りがそんな風に噂すれば、ノーラの耳にだって当然入る。

 けれど父がそう言っていたように、子供までそれに巻き込むのは不憫な話。そしてそれは当人達にとっても同じ事で。

 あたしが近くにいればノーラにも……そして何の責も無い彼女の母親にも迷惑が掛かってしまう。

 あたしの所為で、誰かが傷ついてしまう。

 子供心に、そう思ったから、あたしもまたノーラから距離を置いたのだ。

 ……あたしは、母親を反面教師にして家族を守りたかったのかも知れない。母親の事が、実は嫌いだったのかもしれない。

 そんな感情と共に、母がいなくなってからはこの部屋で何度も膝を抱えて丸まっていた。

 そこにたった一つだけ、希望が舞い込んできた。それは、ノーラの母親が預かっていたらしい、母があたしに宛てた手紙。今あたしが手にしているこれだ。

 中には、あたしの知らない母と、知りたくもない母が、たくさんいた。

 だからこそ、思ったのだ。あたしにはまだやるべき事がある。できることがあると。俯いてばかりではだめなのだと。

 知ってしまったから。母の思いを。あたしの願いを。

 だからあたしは、どうしても今回の王選を勝たなくてはならないのだ。例えそれで、ノーラを危険な目に晒す事があったのだとしても。

 あたしはもう、何も出来ない子供のままでいたくないから。

 ただ見ているだけで助けられなかった母を見殺しにして。大切だった妹を突き放して。

 そんな自分には、もううんざりだ。

 その為に、女王になるのだ。出来る限りの手を尽くして。自分に、母に胸を張れるように。

 彼女に、笑ってそう、言えるように。

 だからあたしは、あたしを捨てて構わない。誰かの願望になれるのならば、空っぽにだってなってやる。

 いい年の父に安心して余生を過ごしてもらって。血の繋がりを誇りにして。気弱でのろまな妹を庇護して。

 あたしが、全部、背負うから。

 だから、お願い。


 また、一緒に、あたしと────


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