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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
紅玉のティアラは誰が為に
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第二章

「あー、笑い堪えるの大変だった……」

「知ってたなら言えばよかっただろうが」

「それじゃあ面白くないでしょう?」


 前を歩くメローラがくつくつと小さく肩を揺らしながら笑う。

 アルマンディン王国の王都、ガルネットの城壁の外で。道中助けた少女がここアルマンディンの次期女王候補であるという真実を知り、市壁を越えてようやく色々な物に納得を見出し終えた頃にメローラがそれは楽しそうに語ってくれた。

 どうやら彼女は以前ここに来たことがあるらしく、その時にこの国の王女と挨拶を交わしたことがあるのだとか。国の中核を担う一族の娘なのだから当然記憶には残っていたらしく、助けた後しばらくして少女が王女その人であると気付いていたらしいのだ。

 一瞬身の上を言い当ててやろうとも思ったらしいが、命を救った状況から察するに護衛が先決かと至ったらしく、無駄話は横に置いて警戒をより一層高めていたらしい。

 お陰で《渡聖者(セージ)》だと言うのに一国の王女……しかも次期国王候補の一人である人物を知りもしないと言う、ここアルマンディンにおいて恥以外の何物でもない醜態を晒してしまった。ガルネットの町中ならば子供でも名前くらいは知っているとのこと。

 大体、俺の事を《渡聖者》だと知っていたならあの王女様だって立場を明かしてもよかっただろうに。どうして秘密にしていたのやら……。きっと何かしらの事情があったのだとは思うが、やはり愚痴の一つくらいは言いたい気分だ。


「けどいいじゃない。お陰でこうして目的の人物とお近づきになれた。願ってもない話でしょう?」

「その王女の真横で王選の話を馬鹿丸出しでしてたんだがな」

「ごめんなさい……」

「何でユウが謝るんだよ」

「だってミノさんに王選の話をしたのはわたしでしたから」

「その話題をあの時持ち出したのは俺だ。だからユウが責任を感じる必要はどこにも無い」

「ありがとうございます」


 肩書きには体面が付き纏う。それを人一倍気にしている様子のユウにとっては仕方のないものか。

 確かに第一印象としてあのやり取りを本人の目の前でしていたのは心象が悪いかもしれないが……。別に関係がどうであってもやるべき事は変わらない。《共魔(ラプラス)》の炙り出しには嫌われてる方が余程有利かもしれないしな。


「今俺たちがそれを語っても意味ないだろ。説明はしてくれるってんだ。とりあえずは話を聞こうじゃねぇか」

「はい」

「……ねぇミノ、私達これから謁見するんだよね。何でそんなに偉そうなの?」

「《渡聖者》だからに決まってるだろうが」


 もちろん最低限の礼儀は(わきま)えるつもりだ。しかしファルシアとゼノの二人と接してみて分かったが、俺はどうにも相手によって態度を変えると言うことが苦手らしい。例えそれが国の重要人物で、相手の方が身分が上であろうともそれは揺るがない。

 それに今回はいきなりの初対面でもないのだ。

 そして一番の理由が────


『どこに《共魔》がいるか分からないからな。居場所の見当が付かない以上使える立場は全力で使って誇示していく。向こうからすれば《渡聖者》がいきなり二人も乗り込んできたんだ。何かしらの反応はあるはずだ。それだけは見逃すなよ』

『……なんで契言(けいげん)なの?』

『そこの使用人が《共魔》の可能性もあるだろうが。少しは考えろ』


 前を先導して歩く使用人の後姿を見つめつつ鈍らに告げる。

 《共魔》はどういうからくりか、その存在を隠して国の内部に入り込んでいる。教皇の補佐に、長年仕事を任せてきた使用人。ともすればその首にだって手を掛けられる距離に潜んでいた前例があるのだ。今回だってその可能性は十分に存在する。

 全員が敵と思うくらいで丁度いいはずだ。


『隠してる存在を暴く方法があれば話は別だがな』

『術式が分からないから対抗策は打てないよ』

『類似魔術は知らない』


 チカとシビュラの返答がこれだ。始めから随分と不利な場所に立たされていると言うのに、向こうにはこちらの存在が筒抜けなのだ。《渡聖者》である事を隠す必要は無い。だからこそ利用するのだ。


『と言う訳だ。分かったら警戒だけはしとけ。最悪セレスタインの時みたいに冤罪吹っ掛けられて牢にでも突っ込まれるかもしれないんだからな』

『相変わらずミノは後ろ向きだね……』


 考慮しないよりは余程いいだろうが。それだけ立場が悪い事を自覚しろ。

 そう胸の内で考えた直後、前を歩いていた使用人が足を止める。セレスタイン同様扉の脇には完全武装した騎士の姿。


『……じゃあ一応言っておくけど、そこの使用人は何も持ってないよ。それから、騎士の人が持ってる剣はどっちも魔剣だね。能力までは分からないけど……中にいるのは中位くらいかな。魔剣の中でも結構強い方だと思うよ?』

『それくらいじゃないとここは守れないだろ』

『それから、扉の向こうに武器が六個。でも両脇に並んでるから多分歓迎のそれじゃないかな? 少なくとも開けていきなり襲われる事は無いと思うよ』

『魔術の罠も感じない。安心だよ』

『反応起動、準備する?』

『……いい』


 彼女達の魔に関する知覚は一級品だ。そこまで言うのだから必要以上に構える必要は無いか。

 少し物騒な事を言うシビュラを(いさ)めつつゆっくりと開かれる扉の先を見据える。肌を刺すような殺気も感じない。ここでどうこうはないか……。

 あと今思い出した。《共魔》達は何かにつけて俺を《甦君門》へ招待したいようなのだ。だから害して無理やり連れて行くという事は恐らくして来ない。と言う事は向こうからの分かり易いアクションは期待できないだろう。

 危険察知では彼らを捉えることは出来ない。別の何かを考えなければ……。

 至った納得で思考を伸ばしつつ、謁見の間を歩く。

 見渡すは豪奢の限り。セレスタインの玉座の間と比べるとこちらの方が一回り大きいのか、その分煌びやかで装飾が華美に感じる。向こうと違い、扉の真正面から伸びるカーペットの先に立派な王の椅子が二つ。それぞれに国王と王妃が腰を下ろしている事実に、退位は未だ行われていないの事を確認をしながら。

 その直ぐ傍に二人の少女が立っている事に気付いた所で、足を止めた使用人に習って横に並ぶ。


「お客様をお連れいたしました」

「ありがとう」

「失礼します」


 礼儀正しく腰を折った使用人の少女。優しい声の王妃との静かなやり取りを横目に見ていると、段の上から声が向けられた。


「ようこそアルマンディン王国へ。わしが現国王のオセウス・デ・アルマンディンだ。話はノーラから聞いておる。……まずは娘の命を救ってくれた事に感謝をしよう、《渡聖者》殿」


 厳格ながら、どこか親しみの篭った声に纏っていた緊張の衣を一枚脱ぐ。どうやら向こうにはこちらを害する意図は無いようだ。ならば変な勘繰りなどせずまずは普通に話し合いから行くとしよう。


「……ミノ・リレッドノーだ。王女殿下を助けたのは全くの偶然だ。だがお陰でこうして招待してもらえたんだから幸運だったかもな」

「話には聞いていたが、歯に衣着せぬ物言いよのぅ。……いや、よいよい。その方が変な気を遣わなくて済むというものだ。楽にしてくれ」


 こちらが《渡聖者》と言う事もあってか、ある程度を許容してくれる事に安堵する。ゼノのように喧嘩腰でないと話が進まなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂でよかった。


「メローラ殿とは久しぶりになるな。変わりないようで安心した」

「そっちこそ。まだまだ元気に見えるけれど?」

「冗談を。既に次を娘に譲ると決めているのだ。老骨に鞭を打つのはよしてくれ」


 呵々(かか)と笑って受け流すオセウス。ゼノともファルシアとも違う。この滲み出る人の良さは、だからこそ尊敬され、惜しまれて退位を祝福されているのだろう。

 これを継ぐ候補の王女二人は中々に大変そうだ。


「本来ならば歓迎の宴くらい催すのだがな、ノーラのことでこちらも対応に追われているのだ。許してくれ」

「そっちは今後に期待させてもらう。それよりもするべき話があるんだろ?」

「あぁ。こんな場で悪いが、聞かせては貰えないだろうか。ノーラを襲った者達に、そしてその状況ついて、な」


 途端、彼の瞳に剣呑な色が揺れる。王妃の隣に立つノーラの肩が微かに震えたのが見えた。……出来るだけ明言は避けるとしようか。


「俺が駆けつけた時には襲った奴らは三人いた」

「そ奴らは先ほどこちらで身柄を引き取った」

「俺が見たのは騎士らしき人物が命を賭す瞬間だ。それから王女殿下が馬車から姿を現して、(すんで)の所で割って入った。そのときには既に馬車の中で事が起きた後だった」

「そこは既に聞いておるよ。御者が命を狙ったとな。……ノーラを守ろうとして死んだ彼は、ノーラの叔父だ」


 それはまた、随分な話だと。

 そこから語られた話は、どうしてノーラがあの場所にいたのか、そのあらましだった。途中補足された話を順序立てて解釈すればこんな感じだ。

 まずもって、今オセウスの隣に座る王妃。彼女は継室(けいしつ)らしい。

 オセウスの正室……最初の妻は、病気によって随分昔に亡くなったのだそうだ。その人との間に子供は設けられておらず、世継ぎを心配されていたらしい。

 しばらくは一人で王座に座っていたオセウスだったが、周りからの声を聞き入れて二人目となる正室を迎える事になる。その正室との間に授かった子が、オセウスの隣に立つ少女。名をソフィアと言う、若草色のショートヘアに青紫色の双眸をした、第一王女だ。

 しかしソフィアの母親は宮中で恨みを買っていたらしく側室に命を狙われたらしい。

 二人の愛すべき人を失ったオセウスだったが、王家を途絶えさせるわけにはいかない。もしソフィアの身に何かあれば、本当に血が途絶えてしまう。

 そうして二人目の為に見初められ、継室として側室から三人目の王妃になったのが今オセウスの隣に座る彼女なのだそうだ。ノーラの母親は彼女らしく、二人は異母姉妹と言う事らしい。

 王族は血が物を言う。だからこそ世継ぎを作る為に正室以外にも側室を容認し、名が途絶えないようにする。俺の価値観からすると別世界の事で余り実感は湧かないが、ここアルマンディン王国ではこれが普通の事。

 ソフィアとノーラは年が三つ違うらしく、ソフィアが19、ノーラが16。生まれた順と言う確かな後ろ盾もあってソフィアが第一王女ではあるが、その母は周囲からの怨恨(えんこん)により既に他界。今の王妃は第二王女ノーラの母親と言う、少し複雑な事情の王家のようだ。

 まずはここまでで話が一区切り。そしてここからがノーラがあの場所にいた理由だ。

 ノーラは昨日から、従姉妹(いとこ)に会いに近くの町に出向いていたらしい。彼女を守り死んだ叔父……騎士ではなく官職に就いていたらしい彼は、仕事の(いとま)を得てその家族と久しぶりに再会する為に王都を離れていた。それに同行していたノーラと、そして彼女のお目付け役として教育係の老爺が、あの馬車に乗っていた全員なのだそうだ。

 叔父は久しぶりの家族との再会を喜び、ノーラは従姉妹と楽しい時間を過ごした、その帰り道。あの場所で御者が反旗を(ひるがえ)し、ノーラを筆頭に王家に刃を向ける事件が起きたのだ。

 老爺は為すすべなく襲われ、馬車の中に隠してあった剣で叔父が応戦。姪であり、次代の国を担うノーラを守ろうと御者の行いを命と共に止めた。それと同時、状況から見て待ち伏せしていたのだろう野党に囲まれ、馬車の外に出て抵抗を試みるも、あえなく背後から胸を一突き。その現場を俺が見て、馬車から転がり出てきたノーラを助けたというのがあの瞬間の一部始終だ。

 簡単に言えば次期女王候補の暗殺計画。そこまで考えた所で、容疑者候補が浮かんで視線を向ける。その先にいるのは、ソフィア。


「考えている事は分かるが、そう怖い顔をしてくれるな。ソフィアは今回の件には無関係だ。ノーラを襲った輩も御者に雇われただけだと言っていた」

『どういうこと?』


 小難しい話に寝ていないだけましかと。カレンの契言に仕方なく答える。


『ノーラとソフィアは次期女王の座を競うライバルだ。もし片方がいなくなれば必然もう片方が王座に就ける。その為に対抗馬を暗殺で排除する……。有り触れた権力争いの一端だ』

『ほへぇ……』


 ソフィアの母親は既に亡くなっている。それに今の王妃はノーラの母親。

 民衆の支持と言う物はわかり易い方に傾く。過去と今なら、目に見える方に肩入れをしてしまう。恐らくソフィアの立場は王選でも。そして宮中でも厳しい物だろう。血筋で言えば長女で第一王女なのに。偏見と言うものはどうにも拭い難い。


「指示をしていない証拠も確かに無いが、わしは彼女達の父親だ。彼女の事は信じている」

「そうか。……少し気になっただけだ。気分を害したのなら謝る」

「ふんっ」


 どうやらソフィアには嫌われてしまったようだ。

 とは言え王族の関係性は俺とは無関係の事だ。気になるのはセレスタインと今回の事。それらが重なって王選が見送りになるのか否かと言う事だけ。


「……一ついいか?」

「この際だ。出来る限りの事に答えよう」

「次期候補は二人だけなんだろ? 男を作る気は無かったのか?」

「………………あぁ、そうか。お主は転生者だったな」


 考えるような間を明けて、それから納得したようにオセウスが続ける。


「そちらの世界がどうなのかは知らないが、アルマンディンにおいての継承権の順位は出生が全てだ。性差は関係ない」

「変な事を訊いて悪かった」

「いや、興味を持ってくれる事は素直に嬉しい事だ。それが異なる価値観を持つ者ならば、尚更にな」


 寛容に流してくれるオセウス。その懐の深さには素直に尊敬し、感謝する。

 家族を愛し、初対面で素性も奇異な俺にも分け隔て無く接する。これだけの人格者が退くというのは、確かに惜しまれて然るべき。だからこそ退き際も弁えているのだろう。

 《共魔》に対する目的を横に置けば、彼には王の座に留まってもらい、《渡聖者》としていい関係を紡ぎたいと考えてしまうほどだ。


「多様な視点こそが真実を見出す。行く末を預けるに相応しい者が次代を担ってくれる事を強く願っているのだよ」

「……王選は見送らないのか?」

「前々より決まっていた事だ。世界が揺らごうと、国の内側まではそう簡単には変わらぬよ」


 明確に音にされた、王選の実行。その事実に少しだけ安心しつつ、ソフィアとノーラを見る。すると、ソフィアは強く意思の揺れる瞳で唇を結び、ノーラは体の横で拳を握って俯いていた。これから王選に望む当人が二人、まるで対照的な面持ちだ。

 そう言えば馬車の上で王選の話題をしていた時、ノーラは何か考え事をしていたようだったと思い出す。彼女は何か思うところがあるのだろうか……。

 考えているとオセウスがこちらに水を向けた。


「だからこそお主達に頼りたいことがあるのだ」

「頼りたいこと……?」

「知っての通り王族には敵が多い。それこそ、命を狙われるほどにな。加えて今回王選が開催される。それぞれの候補者に思うところがある輩もいるはずだ。……しかし大切な娘がその悪意に晒されるのを見過ごすわけにはいかぬ。そこで、《渡聖者》の二人に王選の間の彼女達の身辺警護を依頼したいのだ」


 いきなりの話に、遅れて話を理解した思考が追い付く。どうやらここに呼び立てたのはそれが本題だったらしい。

 確かに《渡聖者》が護衛に就くというのであれば対外的なアピールとしてはこれ以上無いだろう。それにこの話はこちらにとっても悪いものではない。

 なにせ合法的に王族の近くにいて目を光らせる事が出来るのだ。入り込んでいるだろう《共魔》を探すのにも役立つ。

 ただ問題があるとすれば、護衛に時間を割かれてそれ以外のことが難しくなる事だ。

 次期王女であるソフィアとノーラを傀儡にして国を乗っ取るというのが一番の可能性。しかしそれ以外の方法で手を打たれた場合、対処が遅れる可能性がある。

 とは言え《渡聖者》と言う肩書きだけで王族の傍を歩き回るのも色々問題だ。自由と無法は違う。

 それにこれは国からの依頼。《渡聖者》である以上、世界の行く末を握る王選を守護する事は責務の一つと言ってもいい。余程の理由がないと拒否は難しいだろう。


「どうだね。引き受けてくれるだろうか?」

「どうする?」

「あたしはどっちでも。決めていいわよ」


 メローラに尋ねれば、彼女は決断を放棄してくれた。後で責任を押し付けられても知らんからな……。

 今考えられるだけの事を考えて……。それから小さな深呼吸と共に答える。


「あぁ、分かった」

「安心した。断られたら困り果てていたところだ」


 一番の理由は、依頼主がオセウスだから。まだ出会って短いが、彼の人となりは尊敬に値する。そんな人物が見込んでくれているのだ。その期待には応えたい。

 思惑はそれぞれに。その中で出来る事を精一杯するだけだ。


「では、さて。それぞれに一人ずつにはなるが…………こちらから選んでもよいか?」

「あぁ。やる事は変わらないからな」

「だったらあたしはメローラにお願いするわ!」


 もし王女のどちらかが……もしくは二人共が《共魔》だったらどうしようか。一応の可能性を考えながら選択を預ければ、次いで声がオセウスの隣から上がった。

 力強くそう言い放ったのはソフィア。


「そっちの《渡聖者》はあたしに思うところがあるみたいだし。それにメローラの実力はよく知ってるもの。安心して護衛を任せられる。いいわよね?」

「えぇ。それじゃあソフィア王女殿下の身辺警護はあたしが引き受けるわ」

「なら俺はノーラか」

「よろしくお願いします」


 礼儀正しく、しかしどこか飾った振る舞いで告げたノーラ。やはり馬車の上で王選に関して色々言った事が響いているのだろうか。

 だとしたらまずはそこからどうにかしようかと思いながら。


「護衛と言っても互いを牽制する為ではないからな。お主達も娘に何かあった場合はよろしく頼む」

「あぁ」

「もちろん」

「うむ。ならばこの話はこれで終わりだ。次いでここからは《渡聖者》殿を歓迎でもてなしたいのだが、時間はあるか?」


 思い切り舵を切って話題の方向が変わる。その迷いの無さは清々しい。


「あんまり派手なのは慣れてない。マナーとかもよく分からないしな」

「今回はあたしも遠慮させてもらうわ。セレスタインからここまで急いできたの。休息も兼ねて久しぶりのアルマンディンを満喫したいわ」

「分かった。ならばその話はまた後日だ。……あぁそうだ。宿はどうするつもりだ? 城の一室くらいなら直ぐにでも用意するが」


 次から次へな提案にどうにか付いていきながら、飲み込まれないように自分の呼吸でしっかりと考える。


「……俺はいい」

『え、なんでっ!?』


 国王の目の前で声に出さなかった事は褒めてやろう。だがやはり鈍らは鈍ら。純粋に興味だけで動くのはカレンがカレンたる由縁で、俺が一番頭を抱えるところだ。


『セレスタインの時にそれで面倒を(こうむ)ったのをもう忘れたのか。護衛と言う立場を得た以上わざわざ敵の口の中に入っていく必要は無いだろうが』

『うぅぅ~…………』

『……別にそうしてもいいが、問題が起きた時の責任はしっかりと取ってくれるんだろうな?』

『わかった! わかったから! ……もう、そこまで言わなくてもいいじゃん…………』


 至極当然なリスク管理だろうに。そうでなくとも敵の居場所がまだ掴めていないのだ。全方位に警戒しておいて損は無い。


「ミノがそういうならあたしも同じようにしてもらおうかしら。《渡聖者》を差別してもいい事無いわよ?」

「そうか。ならば王宮に縁のある最上級の宿を手配しよう。ゆっくり寛いでくれ」

「あぁ、感謝する」


 本当はもっと動き易い所がよかったが、彼の面子を潰すわけにもいかない。ここは互いの譲歩の落としどころだ。

 そう分かるからこそ、オセウスとはこのままいい関係を築きたいと思わずにはいられない。

 ……これで彼が《共魔》だったらその時はその時だ。もちろんその可能性も考慮しているけどな。

 とりあえずこれで一段落かと。それから俺が元いた世界の話を少しだけして解放されれば、ようやくアルマンディン王国の王都、ガルネットにやってきたのだという実感が胸の内に湧いてきたのだった。




 用意してくれた宿泊施設は、ホテルと言っても差し支えないほどに立派な建物で。これまで殆ど傭兵宿で寝泊りしてきた身からすれば、少し居心地が悪いくらいの上等な雰囲気だった。

 宿の管理を任されているらしい男性も酒場の店主のようにフランクではなく、きっちりとしたスーツようような出で立ちで言動も折り目正しい使用人のような接客。流石は王宮縁の宿かと思いながら彼の案内に従えば、足は最上階に近い景色のいい角部屋へ通された。

 部屋の奥には張り出した階下の上に展開されたルーフバルコニーが。手摺(てすり)に近付いて見渡せば、高さがあるお陰かガルネットの町並みを見渡す事が出来た。


「わぁぁぁっ!」

「いい景色……」

「綺麗」


 カレン、チカ、シビュラが三者三様な反応を落とす。その傍らで、少しだけ気になって案内してくれた男性に尋ねる。


「これ一体幾らするんだよ」

「皆様におかれましては国賓として陛下から無償でご使用いただいて欲しいとのご用命を承っております」

「まじか……」

「王女殿下を助けたお礼って事ですかね」

「変に拗らせる必要も無いか……」


 金額を提示されてもドラゴンの角で儲けた分があるから払えはするだろうが……折角の好意だ。オセウスのためにも素直に受け取っておくとしよう。


「けど少し気後れはしますね……」

「慣れすぎるのもどうかと思うが、またとない機会だ。堪能しとけ」

「それが息するように出来たらもっと違ったかもな」


 ユウとショウの庶民的な感覚に共感しつつ。それからメローラの姿がない事に気が付く。


「メローラは?」

「さぁ。そういえば途中から見てないな」


 彼女は第一王女ソフィアに護衛として指名されていた。もしかしたらそれ関連で別行動なのかもしれない。

 そんな事を考えた直後、部屋の出入り口からその《渡聖者》が顔を覗かせる。


「あぁ、いたいた。ミノ、お客さん……いえ、依頼主が来てるわよ?」


 依頼主。そう言い直されて、誰の事か直ぐに至る。


「……シビュラ、一緒に来い」

「ん」

「あれ、どうかした?」

「二人は観光してろ。ちょいと仕事してくる」

『あたしはいい?』

『周囲を調べといてくれ。カレンの事を頼む』

『わかった』


 直ぐに言いたい事を察してくれたチカに後の事を任せ、シビュラと二人部屋を後にする。宿のロビーにまで下りると、建物の前に騎士二人を従えた王女様が立っていた。


「こんな所来ていいのかよ。あんな事があった直後だってのに……」

「今日は暇を貰いました。それに貴方の傍にいた方が安全ですから」


 四六時中警護するわけには行かないが、王選が終わるまではこうして彼女の傍にいることが多くなるのだろうと。認識を改めながら頷く。


「分かった。それで、どこか行きたいところでもあるのか?」

「王女としてお客様を歓待させてください。町をご案内します」

「そりゃまた手厚いおもてなしなことで」


 危機感と言うものがないのだろうか。そんな事を思いつつ彼女の隣に立って足を出せば、ノーラは控えていた騎士二人を邪魔者扱いでもするかのように城へと返した。


「……いいのかよ」

「いいんです。これで変に飾らなくても済みますから」


 途端、砕けた口調と気だるげな雰囲気で疲れたように零したノーラ。それから彼女はこちらを見上げて歳相応な笑顔を浮かべる。


「さぁ、行きましょう、ミノさんっ」


 俺よりも一つ年下の王女。だからこそ、不釣合いに大人のように振舞う事が疲れているのかもしれない。

 最初の出会いが立場など気にしない状況で。そこに俺の飾らない性格が重なって、彼女のプライベートを向けられる宛てとして認められたと。これはそういうことだろうか。


「わたし、食べてみたい物があるんですっ。城下の若者に人気なんですって。ミノさんは甘いもの食べられますか?」

「…………子供かよ」

「……はい。ミノさんの前でだけ、わたしのままでいさせてください」


 寂しく笑うノーラに王女も大変なのだと悟れば、腹を(くく)った。


「んで? その店はどこだ?」

「……! こっちですっ!」


 次いで目を見開いて可愛らしく笑顔を浮かべたノーラが俺の手を引いて町へと駆け出す。


「こけるなよ?」

「その時はまた助けてくださいっ」


 道行く人達が、擦れ違う王女の姿に意識を向け何事かを話し合う。

 声の端に感じるのは、国を背負う者が市井を走る姿に驚きやら疑問やら様々。中には憐憫(れんびん)忌避(きひ)に似たものも微かに雑じる。

 とりあえず今はそんな大衆の視線から彼女を守る事が任務だと自分に課して。後ろからシビュラが小走りで付いてくるのを確認すると次の一歩に力を入れて足を出したのだった。




 飲食店に、服飾店。行く先々でノーラの顔を見た店員が焦ったように応対する姿に俺の方が居た堪れなさを感じて数多の店を梯子する。

 王女がアポ無しでいきなりやってくるのだ。向こうからすればいい迷惑だろう。

 とは言え王女として振舞う事が億劫に感じているノーラに節度ある言動を……なんて口を挟めば彼女の機嫌が傾ぐのは目に見えている。何より今の俺は彼女の護衛。世話係でもないのに無駄な口は挟めない。

 彼女の好意で色々な場所に連れ回されているのだ。覚えをよくして今後動き易くするためにも不用意なことは出来ない。

 手綱を放棄した護衛と、自由気ままな王女。放埓に過ぎる組み合わせで周りに迷惑を振りまいている事を自覚しながら彼女に付き合えば、体感で一時間ほどしたところでようやく彼女の歩みが落ち着いてくれた。

 彼女の片手には先ほど買ったポュテと呼ばれる一口大の揚げ菓子。俺の知識で言うとサーターアンダギーに近い代物で、中にチーズが入っている食べ物だ。揚げた熱で中のチーズが溶け、甘さ控えめの生地との相性が抜群の団子。一口サイズだからと油断していれば、気付いた時にはお腹一杯になっていそうな魅惑だ。

 どうでもいいが、発音が難しくて余り言葉にしたくない。音としては『ピュテ』が近いようだが、そう発音すると通じないのだ。


「王宮にいるとこういうの食べられないんですよね」

「縁が無かったら知りもしないんじゃないのか、普通」

「………………」


 指摘すれば、にっこりと完璧な笑顔で微笑んでくれた王女様。どうやら脱走の常習犯らしい。

 今回は俺と言う理由ができた為に大手を振って溜まった欲望を晴らしているという事だろう。《渡聖者》を出しに使うとは次期女王候補は肝が据わってるな。

 とは言え言葉にした事はしっかりと守る性質なのか、ここに来るまでも案内は欠かしていない。お陰である程度の城下の情報と、それ以上に彼女の好みを叩き込まれた。後者はきっと必要ないだろうに。 

 そんな事を考えていると、ノーラが独り言のように呟く。


「……ありがとうございます」

「何がだ」

「だって我が儘ですよ、こんなの。またいつ狙われるか分からない。こんな人の多い場所なんてその最たるものです。なのにミノさんは何も言わずにわたしの無茶を聞いてくださってます」

「本当に駄目ならそう(たしな)めてる」

「え……?」


 返答が予想外だったのか、意外そうにこちらを見上げる彼女。やっぱり危機感が薄いというか、中途半端だ。

 少なくともこういう事に関しては俺の方が先輩かと。自由を抑え付ける代わりに音にする。


「あの時俺が間に合わなかったら結果は分かりきってるだろ。それくらいに機を窺って命を狙ったんだ。つまり想定外さえなければあいつらは目的を完遂できてた。計画性はあったんだ」


 とは言え一対三と言う数的有利に胡坐(あぐら)を掻いて直ぐに撤退をしなかったのは爪が甘いとは言わざるを得ないだろうが。


「だからこそ考える頭があるのならば、例え仲間がいたのだとしても無茶な事はして来ない。少なくとも俺がこうして傍にいる間はな」


 ノーラに連れ出された時は振り回されてる感が強かったが、今となっては俺にもメリットがある提案だったのだ。


「それにこうしてれば俺がお前の護衛だって触れて回れる。敵がいると分かってるなら警戒の度合いも高められる」


 ノーラは町の案内を言い訳にして今を楽しんでいるが、俺にとっては調査が出来て王女の信頼も得られるという得尽くし。


「何より雇い主が羽を伸ばして臨むべき舞台に心置きなく上がっていける、だろ?」

「……ミノさんはわたしの護衛なんです。雇われが不躾(ぶしつけ)に主人の胸の内を決め付けないでください」

「そりゃ失礼」


 怒ったのか、それとも王女様には人込みが暑すぎたのか。頬を赤くした彼女は拗ねるように視線を逸らす。

 けれども声には言葉ほど棘がないから明確に嫌われたわけではなさそうだ。今後のためにも仲はいい方が便利だからな。打算的と言われようとも取り入っておいて損は無い筈だ。


「それから……もう一つお願いがあります」

「なんだ?」

「損得でいいです。わたしの傍を、離れないでください……」


 言って、俺の袖を小さく抓んだノーラ。その指先に必要以上の力が篭っていると気付けば、彼女の不安を知る。

 きっと彼女は、今頃になってようやく現実感が湧いてきたのだろう。叔父が自分を守って息絶え、あと少し何かが違えば自分が今ここには居なかったかもしれない。何気なく満ちる人々の熱が、向けられる奇異の視線が。ようやく彼女の中に生きているという実感と、あの時の恐怖を芽吹かせる。

 ノーラにとって初めて経験するのだろう生命の淵が、自分の存在を求めて彷徨っているのだ。

 一度自分を見失い、捨てて何かを欠けさせてしまった俺とは違い、ノーラは王女として──まだ16歳の女の子。王選を間近に控え、頼れる者が少ない中で必死になる中に見つけた、やっとの一つ。……信じられる物よりも、自分が信じたい希望。

 そんな不安定なただの少女にこんな中途半端で何が出来るのか考えながら、肩を抱き寄せ向こうからやってきた馬車から退避させる。


「大丈夫だ。受けた依頼だからな。俺が守ってやる」

「…………はい……」


 絶対なんて、絶対口にはしないけれども。この手が届く限りで救える命があるのならば、俺はそれを見過ごさない。

 自己満足で、ちっぽけで、傲慢でも構わない。

 俺はやっぱり、自分を捨てるなんて最低だと思うから。


「だから、出来る限り(・・・・・)の無茶を言え」


 出来る限りに生きてくれ。




 それからしばらく言葉少なに城下を歩き回った後、気付けば海岸線にまでやって来ていた。

 ここアルマンディン王国の王都であるガルネットは沿岸部に位置する首都だ。コーズミマの大地の最東端と言うわけでは無いが、それに近く。隣の海原は潮風と共に深い色を揺らす母なる腹を広げていた。

 海を背にこの地が栄えたのは、(ひとえ)に戦の歴史故だとノーラが語ってくれた。

 大海は天然の要害として敵の侵攻方向を制限し、守りを固める。もし海からやって来ても開けた視界は敵の姿を丸裸にする。海からはやってこない魔物への対抗策の一つらしい。


「そう言えば魔物は陸上にしか湧かないんだな」

「はい。過去の歴史を紐解いても、海で魔物が出現したという話はありません」

「つまり海には魔力がないって事か?」

「いえ、魔術を扱えたりはしますから魔力自体はあります。船も帆船とは別に、魔術や魔具で動く物もありますから。ただ魔物が形を成すだけの魔力が一所(ひとところ)に留まらない……。ですので魔物が生まれない、と言う事らしいです」


 長く魔物と争ってきた歴史だ。(かれ)を知り己を知れば百戦(あや)うからずなんて言葉がある通り、情報とは剣よりも余程重要な武器に他ならない。

 特にユークレースの前身は魔物との共生思想。衝突はしてきたが、理解を諦めては来なかったのだ。その結実の一つとして、魔物が生まれるメカニズムは既に解明されているのだろう。


「過去、共生を抱いて《天魔(レグナ)》が現れたように。魔物は人を真似る習性がありますから」

「陸上で暮らす人を真似れば、わざわざ海に適応する一手間は必要ないってことか」

「人と意思疎通を行えるくらいに成長した魔物が既に手に入れた形を捨てるというのは非効率的ですからね。それに人は海の上でも戦う術を知っています。わざわざ不利な戦場に自ら向かうほど、魔物も愚かでは無いということでしょう」


 海と言う戦場に限れば、人は魔物を圧倒できる。恐らく過去にそれを体現した出来事があったのだろう。

 後世に伝え残し知識を重ねる人間と、魔力が塊となって人格のような物を持つ魔物では差が生まれる。生まれても尚、人が束にならないと勝てない中位や高位の魔物が出てくる辺り、個としての優位は魔物の側に存在するのだろうが。

 その危うい均衡が《波旬皇(マクスウェル)》の封印と言う今の上に成り立っていると考えれば、《甦君門(グニレース)》のしようとしている事がコーズミマの大地にとってどれだけ計り知れない事か何となく察しが付くだろうか。


「……もし…………。もし過去に、《魔祓軍(サクラメント)》の方々が《波旬皇》を封印ではなく討滅していたとしても、きっと今も魔物との戦いは続いていたはずです。この世界が魔物と決別するためには、魔力と言う存在自体と折り合いをつけなければなりませんから」

「《魔祓軍》か…………」


 脳裏にベディヴィアの顔が過ぎる。彼は今、ゼノの不在を埋める為に皇帝代理としてセレスタインにいるらしい。そんな彼に二年間匿われていた身としては、やはり気になる存在だ。


「今はベディヴィア以外行方知れずだったな」

「はい。不思議な事に、《波旬皇》の封印へ(おもむ)かれた方々はその後足取りが途絶えていますから。もし亡くなっていたのであれば、これまで幾度も探索をしていますから彼らの体が見つかっているはずなのです。それがないという事は、別の形で消息を絶ったという事なのでしょうが……」

「心当たりは無いのか?」

「有識者の間で(まこと)しやかに囁かれている話であれば、彼らはその身を(くさび)として《波旬皇》の封印を行った、と言う物でしょうか」


 ユヴェーレン教と言う母体があるこの世界ならば人身御供(ひとみごくう)と言うのも考えられない話では無いが、愛の神様を崇める彼らが人の身の犠牲を容認するとは思えない。あるとすれば、人の身を媒介にした大規模魔術であり、その為に《魔祓軍》達は身を賭した。それを、肯定こそしないが受け入れて、一縷(いちる)の望みを掛けて行方不明と言う扱いで処理し、形だけの慰霊碑を立てていると……恐らくはそんなところだろう。


「ですが《波旬皇》の封印後、各国が協力して封印の中に《魔祓軍》の方々がいないか調べた所、その痕跡は見つからなかったそうです」

「共に封じられ、魔術の影響を受けて消滅したか。(ある)いは最も可能性の高い話として、その場に赴いた《魔祓軍》が例外なく魔障によって魔物に変化し、知らぬ間に討滅されたか…………。現実的に考えればそんなところか?」

「……………………」


 流石に一国を背負う王女には頷き難い話だったか。立派な肩書きも大変な事だと同情しつつ、異世界人として他人事に告げる。


「何にせよ、そいつらのお陰で今の均衡があるんだ。その偉業を慰撫(いぶ)こそすれど、侮辱をする必要は無いな」

「はい…………」


 《魔祓軍》はそれぞれの国の選りすぐりが集まって組織された部隊。その中には王国出身の者達もいたはずだ。彼女の前でその者達を(そし)るつもりはない。


「慰霊碑はアルマンディンにもあるのか?」

「はい。あちらに」


 言ってノーラは海の方を見つめる。既に陽も殆ど沈んで、夜の帳が星の煌めきと共に世界を覆い隠し始める頃。穏やかな波音を立てる濃紺の絨毯の上に、島々が浮かんでいる景色を眺める。


「ここから見える島嶼(とうしょ)全てが《眠慰島(アイルトゥーム)》と言われる墓地です」


 《眠慰島》に関してはアルマンディンに来る前にメローラから教えてもらった。観光名所と言うわけではなく、歴史の一環だ。


「元々は罪人の流刑地として使われていたんです。ですが《波旬皇》との戦いで多くの命が失われ、その立役者である《魔祓軍》の方々も行方知れずになりました。彼らの存在なしには得られなかった未来。その過去を忘れないために、そして亡くなった方が静かに眠りにつけるように。潮騒の音で魂が浮かばれればと、《波旬皇》の封印後墓所としての役割を与えられたのです」

「あれが全部か……」

「過去であり、今。そして未来。その全てが詰まった共同墓地なのです」


 そう零すノーラの横顔は、しかし言葉ほどに沈んではいない様子。何か思い入れでも……そう考えた直後、彼女は少女らしく笑って続けた。


「献花の意味も込めて、島の大地は沢山の花が咲くんです。それが……少しだけ不謹慎だとは思いますが、とっても綺麗で…………。今でも鮮明に思い出せるんです」

「………………前王妃か……?」

「はい」


 前王妃はノーラの姉であるソフィアの母親。彼女は既に亡くなっている。その弔いが、《眠慰島》で行われたのだろう。


「彼女が亡くなったのはわたしが六歳の時でした。その後、わたしの母が継室として王妃になり…………それから姉との関係も段々疎遠になっていきました。今では宮中で顔を合わせても、挨拶もまともにしないんですよ」


 自嘲するように零したノーラが、それから懐かしむように《眠慰島》を見つめて呟いた。


「わたしと姉の思い出は、あの時から止まっているんです」


 そんな中で王選として真正面から一つの椅子を賭けて競う。それは彼女にとって余り気乗りしない事のようだ。


「……やっぱり王選は嫌か?」

「わたしはただ、皆仲良く無事に過ごせたら、それが一番だと思います」


 そのための玉座。そのための国王。

 そしてその為に姉と争わないといけないのだ。心中は、複雑以上に分かり易く渦巻いているに違いない。

 知らなかったとは言え、彼女を隣に王選の話を持ち出して半ば担ぎ上げた俺には何かを言う資格なんてない。だからこそ、全くの無関係として……彼女の護衛として必要最低限の知識として尋ねる。


「実際の所はどうなんだ? 民意は?」

「……終わってみないと、分かりませんよ」


 少しだけ考えて、至る。

 恐らくはノーラの方が支持されているのだろう。現王妃の娘と言うのが一番の理由か。

 姉であり継承権が高いソフィアは、母を宮中の争いによって亡くしている。その事も足を引っ張ってソフィアを次期国王にと言う者達は少ないのだろう。母と子は、無関係でありながらそうでは無いから。

 宮中でもソフィアに味方する者達は多くない。

 それに今回、王選を目前にノーラが命を狙われている。理由がどうあれ、周りからの視点にはご都合的な解釈が雑じるはずだ。


「最後にもう一ついいか?」

「お答えできる事でしたら」

「国王には、なりたくないのか?」

「……酷い事を言わないでください。そんなにわたしをいじめて楽しいですか?」


 流石に踏み込みすぎたかと。少しだけ反省して言葉を飲み込めば、海風が少し強く吹いて耳元で音を鳴らす。

 だからその言葉は、聞こえなかった(・・・・・・・)のだ。


「わたしがいなければ、お姉ちゃんは笑ってくれるかな……」




 陽もすっかり落ちた頃、ノーラを城まで送り届けた俺は宿への帰り道を歩いていた。

 脳裏を過ぎるのは、成り行きから護衛をする事になった王女の顔。

 彼女は《眠慰島》の見える海岸線から城へ帰るまでの間、一切口を開く事は無かった。その代替行為のように、途中で見つけた教会にふらりと立ち寄り、火の灯された聖堂の中心で膝を折ってしばらく頭を垂れていた。

 邪魔をするのも悪いと少し離れて見守っていたが、その時に気になった事が一つ。ノーラが祈りを捧げながら、ネックレスのような物を手の中に握り締めていた事だ。

 ずっと身に付けていたらしく、それを見つけたシビュラ曰く魔具だと言っていた。命を狙われる立場。身を守る備えと言うわけだ。

 どんな力が秘められているのか気にはなったが、話を出来る雰囲気ではなかった為に尋ねる事はしなかった。


「ミノ」


 短いシビュラの声。落ちていた思考を引っ張り上げられ前を向けば、酒場らしき店から出てくるメローラの姿を見つけた。

 声を掛けるより数瞬早く向こうが気付く。


「お仕事は終わり?」

「あぁ。……飲んでたのか?」

「少しね。情報収集が主だけど」


 酒場は噂の集まる場所だ。俺もこれまでの旅で何度か利用した事もある。

 それに、今回に限れば顔を売るのも大事な仕事。


「一応ミノの事も流しておいたわよ。早ければ明日にでも追っかけが出来るかもね?」

「アイドルになるつもりは無いっての」


 本心は《渡聖者》のブランドを落としたく無い故の好意だろう。俺が功を立てればメローラの名前も売れるからな。

 それに彼女は、何かと俺のことを買ってくれているらしい。……だからって王選を利用しての《渡聖者》同士の代理戦争なんてやりたくは無いのだが。


「んで? 何か有力な情報はあったのか?」

「《共魔》については何も。と言うかここに関してはありすぎて全てが疑わしいくらいよ」

「そう簡単にはいかないか……」


 王選はアルマンディンにとっても非日常。だからこそ起こる全てが怪しく見えてしまうのは仕方ない。

 そうでなくともノーラの命が狙われ、城下は今その話題で持ちきりだ。噂には背びれ尾ひれが付いてきっとろくでもない想像が膨らんでいるに違いない。そんな中から目的の手掛かりを得ようなんて厳しい話だ。


「せめてどの辺りから仕掛けてくるか……それさえ分かればもう少しやりようもあるとは思うけどね」

「直接狙ってくるのは違うだろうな。もしそうなら内側から時間を掛けて国を乗っ取ろうなんて気長な策は選ばないし、俺を執拗に勧誘する必要も無い」

「つまり逆に考えればこちらに隙を見せずに行動してる厄介な相手って事よ。権謀術数や搦め手は当然警戒対象」

「……だからってあからさまに非道な手段に訴えないのが余計やりにくいところだろうな」


 分かり易く悪党に振り切れてくれれば大義名分を幾らでも作り出して事を構える事を出来るのだが、どこかで逃げ道を残し臆病なほどに慎重なやり口はこちらが踏み込めない一線をしっかり弁えている。

 下手に手を出せば向こうの思惑に引きずり込まれかねないからこそ、後手に回らざるを得ないのだ。

 だからと言って対抗策を講じようと情報収集をしてもこの様だしな。


「結局向こうが動かないとこっちが動けないんだよ。……動き易いように出来る限りはするけどな」


 そう言う意味だとノーラはいい共犯者だ。理由はどうあれ、王族らしくない奔放さで周りを掻き乱してくれる。目の届かない所へ行かれると困るが、彼女の命を救った事で信用は得られている様子。俺を指名して王宮脱走のお供としてくれるならば《共魔》を振り回すこともできるかもしれない。

 ……代償として、王女としての彼女の風評が悪くなってしまうかもしれないが、きっとそれもノーラの思惑の一つだろうから。


「俺は何となく見えてるが、そっちはどうなんだ?」

「あたしは彼女と面識があるもの。どういう性格をしてるかは何となく知ってる。第二王女が王選に乗り気じゃない事もね」


 それに、そもそもの問題だ。


「だからこそ、どっちが狙われてもおかしくないと思うのよ」


 《共魔》が王女を担いで女王とするのならば、一体どちらに味方し、どちらを排除しようとするのか。


「ソフィア王女殿下は宮中での立場が悪いから肩入れする競争相手が少ない。その分信頼も得やすいだろうし傀儡にしやすい。逆にノーラ王女殿下は王選に消極的だからこそ、傍に潜む者が実務を乗っ取り易い。あたしが考えるに、どっちが女王になっても《共魔》の側に問題は無いのよ。最終的に玉座へ座った方へ擦り寄ればいいのだから」

「……となるとユークレースやセレスタインの時みたいに内部へ紛れ込んでると考えるのが妥当か…………」

「問題はどうやって引きずり出すか、ね…………」


 ソフィアとノーラが協力できればそれも少しは簡単なのだろうが、あの二人は挨拶もまともに交わさないほどに距離が離れている。加えて今は王選で、仲良しを気取れる雰囲気ではない。

 取れる策は少なく、全ては後手。加えて俺とメローラがそれぞれの護衛に指名されているから、表立って協力も出来ない。相手にそれが知られれば、一層身を沈めて隠れてしまう。

 一番最悪な可能性は、敵を捕捉出来ないままどちらかが玉座について俺達の任が解かれた場合だ。いくら《渡聖者》と言えど、国の(まつりごと)を引っ掻き回すわけにはいかない。一国に肩入れするというのは()っての他だ。護衛と言う立場がある内に敵の姿だけでも捉えておかなくては……。

 今回は協力も引き出せなければ時間制限もある。それでいて何人いるか分からない《共魔》を全て探し出せなんて無理難題。《渡聖者》になってまだ日が浅いのに、神様とやらは試練と言う建前で随分な課題を突きつける物だ。


「何にせよ、待ってるだけは一番の愚策だ。試せるだけ試して可能な限り情報を共有する。それでいいか?」

「えぇ。その辺りは任せるわ」


 丸投げに隣を見れば、彼女は酔いが回ってきたのか少し上気した頬で笑みを浮かべて告げる。


「あたし、こういう(たばか)り事って苦手なの。全部斬って解決出来るのが最良でしょう?」

「…………頼むから面倒だけは起こしてくれるなよな……」

「善処はするわ」


 俺だってそんなに得意じゃないところ、どうにか頭を回転させているのだ。

 こちらの神経を逆撫でするような事を一々口に出さないで欲しい。


「それに、セレスタインの時みたいに身柄を拘束される事もなければ、依頼を完遂してお金も貰える。ついでに世界の平穏も守れてこれ以上無いくらいに理想でしょう?」

「《渡聖者》らしいって言えばそれまでだけどな。だからって《渡聖者》になって最初の仕事がVIPの護衛ってのは色々すっ飛ばしすぎだろうが」

「うじうじ悩んでないでもっと楽しみなさいよっ。それともこれから飲みに行くかしら?」

「今日はゆっくりしたい…………」


 ノーラを助けてから色々ありすぎた。まだ少し頭が追いついていない部分もあるのだ。折角のアルマンディンなのだから初日の夜くらいぐっすり眠らせて欲しい。

 自由って、そういうものだろ?




             *   *   *




 寒々しい廊下を歩いていると、不意に直ぐ傍の扉がひとりでに開く。思わず驚いて足を止めれば、部屋の中から現れた顔にそれ以上の驚愕で喉の奥が塞がった。


「お姉ちゃん……」

「……………………」


 声に向けられた静かな瞳。どこか冷徹さを思わせる青紫色の双眸が、言葉にならない視線でわたしをじっと見つめる。

 途端、呼吸まで苦しくなって何を言っていいのか分からなくなり、逃げるように傍を走り抜けて自分の部屋へと転がり込んだ。

 電気も点いていない暗い部屋で、鏡の中のシルバーの瞳が自分を見つめ返す。影の落ちた桜色のロングヘアがところどころからまって乱れ、そんな自分を見ているのが嫌で背中を丸め膝を抱えて座り込む。

 瞳の色も、髪質も違う。三年の月日以上に異なる姉との溝が、糾弾するように彼女の姿を脳裏に浮かべる。

 ……お姉ちゃんは、わたしよりも優秀で。高い背丈と利発に整えられた若草色のショートヘアは年齢以上に大人らしさ。怜悧(れいり)で涼しげな深い青紫色の瞳はいつだって合理的で。そんな、全てにおいてわたしより優れているお姉ちゃんは、きっと誰もが認める次期女王だ。

 なのに、皆がわたしばかり相応しいと言う。面と向かってそうは言わない圧力が苦しく思う。

 現王妃がわたしのお母さんだから。お姉ちゃんのお母さんは宮中に敵を作って国を乱した過去を持つから。……わたし達姉妹とは違う理由で、お姉ちゃんは味方を作れず、わたしにばかり大人の壁が増えていく。

 そして何より誰もが口を揃えて言う事が、生まれ持った資質だと言うのだ。

 積み上げてきたものよりも、天に与えられた力を。わたしには、お姉ちゃんには無い特別な力がある。

 難しい話はよく分からないけれども、どうやらそれはわたしの先祖に関係するものらしい。お母さんが前に話してくれたことが確かなら……わたしには異世界の血が混じっているとの事だ。

 それは多分彼────わたしの命を救い、護衛として身を守ってくれる事になった、彼と似た血。

 彼……ミノ・リレッドノーは、セレスタインに転生した異世界人らしい。そしてそれと同じ物が、わたしや、わたしのお母さんに流れているのだ。

 それが理由で、わたしの体には特別な力が宿った。転生者が得ると言う、魔に関する力。形は様々なそれは、わたしのそれに《逓累(テイルイ)》という名を付けた。

 けれども別に、世界を変えるほどの強大な力ではない。ただ魔に纏わる力を増幅させると言うだけの、わたし一人では何の役にも立たない能力だ。

 例え王女になったって、この力が何かの役に立つとは思えない。魔剣とも契約をしていない。精々他の人より少ない力で魔具を運用出来るだけだ。

 けれども周りの大人はこれを祝福だと言う。先祖の力を与えられた、国を導く旗印だと言う。

 ただあるだけの、名前だけの力が。それ故に持たない者を(おとし)める。

 だからこそいつも思う。わたしじゃなくて、お姉ちゃんだったらよかったのに、と。惰弱で小さいだけのわたしが不必要な部分を押し付けられて。憧れるくらいに優秀なソフィアお姉ちゃんが今わたしが持っているもの全部全部奪い去ってくれればいいと、何度も考えた。

 ……でもそんな都合のいい理想は起こらなくて。わたしはこんな無意味な力、神様の祝福だなんて思わない。

 大好きな人と目も合わせられなくて。わたしの所為で追い詰めて。

 あの時──叔父さんと一緒にわたしも死んでいればよかったって、そんな事を思ってしまう。

 わたしはただ、家族で仲良く出来ればそれでいい。皆で笑って、楽しく過ごせる場所があれば、それでいい。

 国なんていらない。わたしは────いばしょが、欲しいよ……。

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