アクトチューン
「一体、何が…………」
伝令を受けて急いでやってきたセレスタイン城。特別待遇としてなにやら厳戒態勢の城内に足を踏み入れ、使用人に案内されて玉座の間へ。するとそこは、壁に風変わりな改装を施し、開放感に溢れる空間に様変わりしていた。
「ゼノはどうした?」
辺りを見渡して、見当たらない顔に尋ねる。すると後ろに立っていた使用人が、それを勅命だという風に畏まった態度で答えた。
「ゼノ皇帝陛下からの言伝でございます。陛下の身に何かあった際にはベディヴィア様を頼るようにと。思い出に詳しい事を残しておく、だそうです」
「…………」
いきなりのことで信じられないが、この惨状と合わせて考えるにどうやらゼノの身に何かが起きたらしく、現状不在のようだ。
全く面倒な事に巻き込んでくれたと思いつつ、瓦礫の散らばる空間で無事だったらしい玉座。その後ろへ。転がっていた瓦礫をどけ、石の床の一部を抉じ開ける。
砂埃と共に現れたのは、手のひら大の木の箱。それを手にとって魔力を流せば、中の仕掛けが作動して勝手に蓋が開く。
これは魔具だ。符丁式の、機密性の高い箱で。こうして何かを保存しておく時に用いられる。特にこれは、わたし……ベディヴィア・セミスのと、ゼノ・セレスタインの魔力にのみ反応するように細工された代物。この箱は、彼と幼い頃に秘密のやり取りを行う為に使用していた、思い出の魔具。大人になってからは忘れていたが、いざという時の覚書を用意して隠しておいたらしい。
幼少の砌を共に過ごした、言わば幼馴染がゼノとの関係だ。
そんな、今や一国の主が一体何用で行方をくらまし、言伝など残したのかと。尽きない想像に、けれどもどうにか区切りをつけて中に入っていた手紙らしき紙切れを取り出し、目を落とす。
そこに綴られていたのは、思わぬ人物のことだった。
名を、ミノ・リレッドノー。その響きに馴染みは無いが、しかしそれが誰なのかはよく知っている。
何せ約二年もの間一緒に暮らしていた、あの少年のことだからだ。
一緒にいた時も多くを語らなかったが、部分的な話から考えるに彼はセレスタインに召喚された転生者だったらしい。そこから、何がしかの理由でセレスタインを抜け出し、偶然わたしと出会って森の中でつまらない生活を過ごす事になった。
そんな彼が……半年ほど前に私の下を出て行った彼が、どうやらここに戻ってきていたようだ。今や躍進も躍進。《渡聖者》となって魔剣と契約する一端の戦士になって話をしにやってきたとの事。
紙には事実だけが淡々と記されているが、長年の付き合いから様々な感情も読み取れる。彼は言動こそ鋭いが、人情に厚い人物だ。
そんなゼノが、ミノの事を認めて今後友好な関係を紡いでいくと決意表明が認めてあった。
この程度の話なら別に文字に起こさなくても……。読んでいる途中でそう考えたが、続いた文面にその思いを改める。
少しばかりの溝を横たえたままどうにか和解した二人。そんなゼノに齎されたミノからの情報。《甦君門》や《波旬皇》、そして《共魔》と呼ばれる存在についての覚書。
わたしもここ最近小耳に挟んだきな臭い話の、具体的なところ。加えて国の内部に潜んでいる《共魔》と言う不穏分子。
次いで触れられていたのは己が身の危険と、それに付随するいざという時の……遺言の如き言葉。
曰く、皇帝の座が不在になった際、わたしに後を任せたいという、一文。
恐らくそれが彼の残したかった本題だろう。だからこそ、ミノと言う少年について沢山記している理由も察する。
つまりは、ゼノの代わりに彼を助けて欲しいということなのだ。
本来ならば皇帝の座はもっと別の形で選出されるもの。しかしこんな形にならざるをえないほど状況は悪く、そして現に彼はいなくなっているということだ。
最後の最後に綴られた、我が友デーヴィと言う愛称までしっかりと読み終えて顔を上げる。と、箱の底にもう一枚。手に取って見れば、それは公的な効力を持つゼノからわたしへの皇帝の譲位が記された書簡だった。
本当に、いきなりすぎてまだ実感は追いつかない。玉座の間の壁が破城槌にでも叩かれたかのような惨状さえ、現実味がない。
しかし手元の紙切れは本物で。先ほどから何かを待つように使用人がこちらに視線を向けている事は、何よりの真実で。そんな使用人に、思い浮かんだ顔を尋ねる。
「カイウスは?」
しかし返ったのは、静かに首を振る仕草。どうやら彼までいなくなっているらしい。
本当、一体何があったのか……。
だが、こうして迷い、足踏みをしていても何も始まらないと。手の中の確かな思いを見つめ、小さく息を吐き覚悟を決める。
「…………ゼノからの伝言は受け取った。わたしに皇帝の座を継いで欲しいとのことらしいが……それはとりあえず先送りだ。ただ国の舵を切る者がいなければ忽ちに瓦解してしまうだろう? その為、皇帝代理として彼の所在が判明するまでの間、ゼノの代わりを務めようと思うが、どうだろうか?」
「皇帝陛下のご意向に異論はありません。その意を酌んでのことであれば、御身を皇帝陛下代理とお呼びさせていただきます」
「なら頼む。早速で悪いが、諸侯達に声を掛けて集めてもらえるだろうか。今後の事を早急に話し合いたい」
「承知いたしました。……ですがその前に一つだけよろしいでしょうか?」
「何だ?」
さすがはゼノに仕えていた使用人だ。話が変に拗れずに進む事に感謝をしながら訊き返せば、その使用人は膝を折って深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ベディヴィア・セミス様。我等が人類の英雄、《魔祓軍》の最後のお一人方……」
《魔祓軍》。その響きに忘れかけていた過去を思い出す。
あれは語り継がれる栄光などではない。わたしはただ、皆に置いて行かれた、ただの役立たずなのだから。




