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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
不義なる傭兵、帰参せり
48/84

第五章

 つい先ほどから外より漂ってくる騒がしい雰囲気。しばらく様子を見てみたが、治まりそうに無いのを確認して決断を下す。

 どうやら二人は第一目標を失敗したようだ。幾ら彼女達と言えど城の警備相手では分が悪かったか。

 城の外に保険として置いてきたユウとショウの二人。ここ数日、彼女達とアナログな手紙を介してやり取りを密にし、俺の救出と言う作戦を考えていた。

 可能であれば穏便に……と言う予定だったがこうなってしまっては仕方ない。副案……二人が注意を引いているうちにこちらからアクションを起こす方へと策をシフトさせる。

 ならばまずはカレン達の下へ。そう考えて腰を上げたところで、木製の扉がノックも無く開かれる。


「入るわよ?」


 少しだけ驚いて視線を向ければ、そこには鋭い視線のメローラが立っていた。


「……そっちが先に来るとは思わなかった」

「なに……?」

「いや、なんでもない」


 ラグネルが呼びにくるかと思ったのだが……。想定外ではあるが、彼女が今纏う雰囲気は敵では無い。


「それでどうした?」

「外のあれ、ミノのお仲間でしょう?」

「あぁ。ユウとショウ……。魔瞳(まどう)とその契約相手だ」

「魔瞳……なるほど、納得がいったわ。ここに来るまでにちらりと見たら騎士が幾人か寝返ってたからどんなからくりかと思ったけれど。あれ操ってるのね?」

「流石に知ってたか」

「あの子がセレスタインにいたまでの知識はあたしにもあるもの。こんな形で関係を持つ事になるとは思わなかったけれど」

「関係……?」

「ねぇ、一緒に行かない?」


 言葉の端に違和感を覚えて尋ねれば、彼女は楽しそうに笑みを浮かべて答える。


「…………いえ、違うわね。あたしも連れて行ってくれるかしら?」

「ここから出るのに協力してくれるのか?」

「それがお望みならね」


 試すように決定権を預けるメローラ。仕草の中で腰に差した魔剣、ヴェリエに手を掛けるのを見て思い出す。

 そうだ、彼女は《渡聖者(セージ)》以前に…………傭兵だ。


「……なら改めて依頼させて貰おうか。俺をここから出してくれ。報酬はメローラの願いを聞くこと。どうだ?」

「上出来っ。着いて来て!」


 にやりと微笑んだメローラ。強力な助っ人を得て踏み出す足に力が篭る。直ぐに部屋を跳び出しメローラに並んでカレン達が隔離されている部屋へと走る。


「けどいいのか? 元はと言えば俺をここに連れてくるのが仕事だったんだろ?」

「その契約はもう履行したもの。あなたをここに縛り付けておけ、なんて命も受けてない。そこにあなたと言う新しい依頼主が現れた。傭兵にとってはそれ以上でも以下でもないわっ」

「薄情で頼もしい限りだな!」


 脳筋なメローラの思考回路に全ての共感を示せるわけでは無いが、竹を割ったような真っ直ぐな決断力には尊敬を抱く。踏んできた場数が故に、いざという時の判断には迷いがないらしい。

 メローラが来るまで様子を見ていた俺とは正反対。彼女のようにもっと早くに自分で決断を下せるようになれば、受身にならなくて済みそうだ。

 そんな事を考えながら曲がり角を折れたところで見覚えの無い使用人とぶつかりそうになる。声でも上げられて脱走が知られたら面倒だと過ぎった思考。だが次の瞬間には俺よりも早くメローラが行動に移し、そのメイドを昏倒させていた。


「躊躇いがないな……」

「戦場で迷うと命に関わる。覚えておきなさい」

「あぁ」


 他の者に見つからないように、直ぐ傍の空き部屋に気絶した使用人を放り込んで再び走り出す。契約によって強化された脚力は常人のそれを優に超えた身体能力で広い城内の廊下を瞬く間に駆ける。

 前にカイウスに案内されて向かったカレン達の部屋は歩いて随分と掛かったが、急げば何の事はないと。


「左だっ」


 恐らく部屋の場所を知らないメローラに口頭で伝えて角を折れる。後はこれを直進すれば右手に────


「っ……!」

「お待ちしておりました。ミノ・リレッドノー様」


 ものの数分で目的地に辿り着く。後はチカとシビュラに頼んで魔術を破り扉を開ければ。そう考えていた思考が、目に捉えた人物の顔に遮られた。

 扉の前に立っていたのはラグネル。彼女はどうやら、騒動に起因して俺が逃亡しカレン達を助けに来るだろうと予測してここに先回りしていたようだ。だから部屋には迎えに来なかったと言う訳だ。

 今更ながらにその事に気付いて足を止める。少しだけ上がった息を整えながら、直ぐに思いついた方便を振りかざす。


「……侵入者の事は知ってる。必要ならば手を貸そうと思ってな」

「それには及びません。侵入者への対処はこちらで行います。ご安心くださいませ。ミノ様はどうぞ自室にお戻りください。ご案内致します。もし制圧に協力が必要であれば、メローラ様にお願いを致しますが、よろしいですか?」


 淀みなく返った一連の答え。当然の正論を紡いで、尚且つ流れでメローラにまで釘を刺す。淡々とした口調が今まで以上に冷たく感じる。

 隣のメローラも、異論の挟めない全うな意見に口を噤む。

 …………交渉は、無理か。ならば仕方ない。彼女には悪いが先程のメイドの様に眠ってもらうとしよう。

 カレンは直ぐそこの扉の向こうだが、彼女達がいなければ何も出来ないわけではない。それにここ数日はメローラに稽古もつけてもらっているのだ。殆ど実践に近い気迫の鍛錬のお陰で既に得るものもあった。相手が少女と言う事もあって少しだけ躊躇いは覚えるが、仕方ない。彼女も先ほど迷いは捨てろと言っていたしな。


「そうか……。……っ!」


 納得、した振りで次の瞬間。呼吸を詰めて後一歩の距離を跳び、強化の魔術を宿した掌を腹部に向けて放つ。殴るのは気が引けたから、せめてもの温情で掌底での昏倒を狙う。

 簡単な魔術くらいならばチカとシビュラとの契約のお陰でどうにか行使もできるようになったのだ。気絶を誘引なんて、人体の構造を少し知っていれば想像し易いからな。魔術にも落としこみやすかったのだ。

 世話になったのに悪いと。胸の内で謝罪をしながらラグネルの腹部に掌を宛がう。これで────


「ミノっ!」


 咄嗟に耳が捉えたメローラの声。油断しかけた意識が彼女の声で浮上した直後、彼女の腹部に突き出した掌を横から掴まれ、同時側頭部に敵意を感じた。

 直ぐに体が反応してどうにか防御。次いで目の前の光景に驚愕する。

 掌は、確かにラグネルの腹部に添えられている。けれども魔術が……昏倒が発動していない。それどころか使用人らしからぬ反射神経でカウンターを繰り出してきた。


「戯れは程ほどにお願いします」


 直ぐ傍からあがった平坦な声。それがラグネルのものだと気付いた次の瞬間。掴まれた手首を思い切り引き寄せられ、合わせて放たれた当身が俺の体を後方へと突き飛ばした。

 前後に揺れた感覚を取り戻し受身を取って立ち上がる。いきなりの出来事に改めて状況を見れば、そこには何事も無かったかのように立つラグネルがこちらをじっと見つめていた。


「……近頃のメイドってのは戦闘能力を有してるのか?」


 肌で感じたから分かる。今のは付け焼き刃の一撃ではない。その証拠に、体格で勝る俺を優に2メートルほど後退させたのだ。しかも息一つ乱していないと来たら、警戒以上の物が背筋を這い上がっていく。

 これまで身の周りを世話してくれた彼女にそんな気配は感じなかった。けれど、だからこそ納得してしまう。ラグネルは、そうして隠す事が出来るくらいに戦闘技能に熟達しているのだと。

 けれどそれにしたって疑問は残る。

 主人を守る為に護身の技術を身につけるというのは、まだ理解は出来る。しかし彼女は、俺の放った昏倒の魔術を打ち消して見せたのだ。……感覚的には魔術が形を成さなかったと言う方が正しいか。まるで発動を抑え込まれたみたいな感覚が体の中に渦巻いている。

 普通のメイドがそんな事を出来るとは思えない。だとすれば魔具のような何かか、それとも────


「今一度お願い致します。ミノ様、どうぞお部屋にお戻りください。もし跳ね除けるというのであれば……」


 そう考えた刹那、ラグネルの内側から俺でも分かるほどの威圧感が膨れ上がった。


「実力行使にて拘束させていただきます」

「メローラっ、こいつは……!」

「あぁ。まさかこんな所で出会うとはね……」

「《共魔(ラプラス)》……!」


 ヴェリエを抜き放ったメローラが構える。俺も、目の前の少女の形をした存在感に似た物を思い出して音にする。

 《共魔》。それはユークレースでメドラウドと戦った時に感じたそれと同じものだ。その後イヴァンに出会って知った存在。まだ情報として確定しているわけでは無いが、ユウ曰く魔瞳である彼女に近しい何かで、人の体に魔物を宿しているらしい。

 メドラウドとの経験で言えば、《共魔》は人の身でありながら魔剣との契約をしていなくとも魔術が扱え、更にはその存在を秘しておけるようだ。ここ数日一緒に過ごしていてその存在に気付かなかったのだから間違い無いだろう。

 それにユークレースでファルシアと話をした時に話題に出た。《共魔》は、何かしらの工作を行う為に国の内側に潜り込んでいるかもしれないと。その条件にもラグネルは合致する。

 そう考えれば、今し方の彼女の人知を超えた力も納得出来るというものだ。


「確かミノは《共魔》と戦った事があるって言ってたわよね?」


 その話は鍛錬の途中に休憩を長引かせたくてメローラに語った。


「あぁ。あいつらは人の身でありながら魔術を使う。しかもこうして力をひけらかすまで認知も出来ないと来たもんだ」

「更にはこうして国の中心にまで入り込んでいると。……《甦君門(グニレース)》と言うのは想像以上に厄介な組織みたいね」


 《甦君門》と相見(あいまみ)えたことはメローラもある。そして話を聞いた限り、その時戦ったのは《共魔》らしき相手だった。つまりメローラも彼らとはある種の因縁があるということだ。

 《渡聖者》として世界の剣の責を背負ったメローラ。実力を備える彼女に《甦君門》が目をつけるのも考えれば当然のような話で、《波旬皇(マクスウェル)》復活を目論むらしい《甦君門》にとっては無視出来ない存在。仲間に引き込もうとしたのか排除しようとしたのかは定かでは無いが、無関係ではないはずだ。


「《甦君門》の目的を(かんが)みてもここで見逃すのは更なる面倒に繋がるしな。……それに向こうだって見逃してはくれないだろうし」

「変に雁字搦めよりかは余程分かり易くていいわよっ」


 ヴェリエを構えたメローラと共に魔術で作り出した剣を構える。

 相手が無手だとか、そんな躊躇は無い。《共魔》が脅威なのは十分に知っている。この刃だってきっと事も無げに対処してくれる事だろう。


「……相談は終わりでよろしいですか? ではお二方の決意は揺るがないようですので、宣言通り実力行使にて対処させていただきます。お覚悟を────」


 事ここに至っても使用人としての振る舞いを崩さないラグネルが、礼でもするように小さく頭を下げた、刹那。彼女の姿がまるで霞のように掻き消え、見えなくなる。

 これは、透明化、だろうか……。カレンの刃を受け止めたイヴァン然り、一人で難なく強力な魔術を行使していたメドラウド然り。《共魔》と言うのはどうにも規格外が過ぎると。これではまるで人の皮を被った魔物だ。

 しかしただ見えなくなっただけならば足音なり気配なりを探れば…………。


「ぁはっ!?」


 そう考えた次の瞬間。俺の右の脇腹に突如として衝撃が走り、意識とは関係なく体が横向きに吹っ飛んだ。

 全く()って想定外の出来事に受身さえ取れず床を転がり背中から壁に激突する。

 揺れる意識をどうにか持ち直して顔を上げ、回想する。

 気配どころか足音すら感じなかった……。不意に右側面から巨大なハンマーで打ちつけられたような衝撃に、反応が一切出来なかった。

 ただの透明化ではない……?


「がっ……!!」


 敵の能力のからくりを探り始めた頭が、再び横から知覚外の衝撃に揺さぶられる。

 見えない攻撃に対して多少構えていたお陰か、今度は最低限の受身こそ取れたが、それでも廊下を数メートルは吹っ飛ばされた。

 …………分からない。もしかしてユウの魔瞳のように内側から作用する何かか?

 何にせよ、今ラグネルを捉えた所で急ごしらえのただの剣では手も足も出ないだろう。どうにかして、すぐそこの……たった扉一枚向こうの彼女達と合流しなければ。

 最低限の防御として最大限魔力で身体強化を行い壁を背にして警戒を。した、次には、顎を下から打ち抜かれ両足が軽く地面から離れていた。続けざまに腹部を襲った一撃が体をくの字に強制的に折り曲げ、城の壁に蜘蛛の巣を張るが如き模様を描く。

 無い空気を搾り出すような吐息が一つ。己の意思とは関係なく漏れる。そこまで来てようやく、今し方の攻撃が目の前からしかありえないと気付いた。

 体中を鈍痛に苛まれながら倒れ伏せ、再起の時間までに必死に思考を巡らせる。

 少なくとも幻術は無い。もしそうなら人の入り込めない背後から攻撃され、防御や抵抗は無意味だと植えつけられた上で滅多打ちにされるはず。言葉を交わした数は少ないが、冷淡にやるべき事を成すラグネルならばそれくらいに非道で上等な手段を用い俺の戦意を(くじ)こうとしてくるだろう。……どう言うわけか、首を斬るなどの俺を直接死に至らしめる攻撃も放ってこないしな。

 考える限り、彼女はきっと俺を生け捕りにしたいのだ。ラグネルが《甦君門》の《共魔》だというのならば、イヴァンがそうしていた理由と同じ。彼女達は、俺に死んでもらっては困るのだ。

 まぁ俺が欲しいのではなく、カレンを振るう腕程度の認識しかないのだろうが……。

 と言う事は少なくとも命までは奪われない。あって気絶止まり。……だからといって捨て身になるつもりもないが。

 立て続けの攻撃で既に息も浅いまま、どうにか立ち上がる。すると目の前には驚くべき光景が広がっていた。


「ふっ……!」


 こちらに背を向け立つのは、メローラ。彼女は何もない虚空にヴェリエを振るっては、目に見えない壁に弾かれるかのように不思議な演舞を行っていた。


「…………見え、るのか……?」

「もちろん見えないわよ。けど、そこにはいる……っ!」


 再び振るわれた一閃が、またしても何かに弾かれる。今し方響いたのは金属音。どうやら斬り合っているようだ。


「いるならば分かるでしょう?」

「無茶、言うな……」


 剣に全てを捧げたような奴と一緒にされても困る。

 しかし彼女の実力は本物だ。そう改めて実感する。

 なにせ目に見えない、攻撃の出も読めない相手と打ち合っているのだ。しかも俺を庇いながらだと言うのだから、彼女にはまだ上がある。その証拠に、あの魔障由来の魔術……稜威権化(いつごんげ)を使っていない。ただの剣術だけで渡り合っているのだ。


「……っ、ここ! はっ!」


 見えない剣閃を見極め、受け止めたメローラ。次いでそれを弾きあげると、剣士らしからぬ容赦の無い蹴りで目の前の塊を蹴り飛ばした。

 聞こえた鈍い音は、防御だろうか。少し離れた場所に小さく足音が響く。

 あれくらいに動けば俺にも聞こえる。つまり────


「こうか……!」


 気付いてすぐに試す。カレンの真似で剣の量産。質は無視で粗悪でも構わないと可能な限りの数を顕現し、それを投射する。

 面制圧の一撃に、それから右の壁際に障害物。目に見えない塊が、剣の雨を打ち落とし、突き抜けてこちらに向かってくる。

 見える。聞こえる……!

 体に鞭を打って剣を握り直し、その不可視────ラグネルに向けて振り下ろす。すると想像通り、金属音と共に固い何かにぶつかって剣が止められた。

 これで分かった。ラグネルは今、何らかの方法で透明化している。そしてそれは、完全に存在の痕跡を消せるわけでは無い。炙り出す方法はいくらかある……!


「シッ……!」


 横からメローラが愛剣を振るう。一対一の決闘では無いのだから卑怯など無い。

 がしかし、それを飛び退いて交わしたらしいラグネル。お陰で斬り結んでいた俺が支えを失ったように前のめりに倒れそうになった。


「っとと……」

「体は大丈夫?」

「あぁ、どうにかな。あんたに扱かれたお陰かもな」

「嬉しくないけど、あれだけ不意打ち食らって立ってられるなら上出来よ」


 ……他意は無いのだろうが、無力さを(あげつら)われたようで釈然としない。

 しかしメローラに色々な意味で劣るのは事実。せめてカレン達がいればもう少しまともに戦えるのだが…………。いや、彼女達に頼る事が間違いか。そもそもここ数日の彼女との訓練は、こういう時の為のもの。いつまでもカレン達の強力な力ばかりには甘えていられない。

 そんな事を考えたのが顔に出たのか、そこにいるのだろうラグネルを牽制しつつ一歩こちらに詰めたメローラが呟く。


「……彼女達が恋しい?」

「…………本音はな。けど無いもの強請(ねだ)り程無意味なものは無いだろ」


 改めて剣を握り直す。するとメローラが呆れたように溜め息を吐いた。


「……はぁ。勘違いもそこまでくれば立派なものね」

「あ……?」

「あなたは魔剣持ち。それはミノが選んだ今でしょう? 自分の選んだ道に、責任と信頼を持ちなさい」


 メローラの言葉に喉の奥が塞がる。


「最後に一つ、教えてあげる。何事も、感情が無ければ始まらないわ」


 感情が無ければ始まらない。胸の中でそう繰り返して、ゆっくりと落とし込む。

 ……あぁ、そうか。驕るなって言うのは、力じゃなくて、自分にか。

 だったらやはり、俺の答えは最初から決まっていたのだ。

 大きく深呼吸をして、定める。


「……少しだけ、時間をくれ」

「いい目よ。その目、大好きよっ」


 ちらりとこちらを一瞥したメローラが楽しそうに微笑んで、刹那。廊下を蹴ったメローラがヴェリエを振るう。すると何も無い空間から音が響き、一閃が受け止められた。

 やっぱり加減してやがった。自分から攻撃しようと思えば出来たんじゃねぇか……。

 あそこまで至るには一体どれだけの物を捧げればいいのだろうかと、軽く羨んで。それから目的を達する為に彼女に預け、疾駆する。

 (しのぎ)を削るメローラとラグネルの向こう側。その数メートル先に見える扉まで。

 契約を介し強化された脚力で()って、衝突する二人の傍を通り抜ける。その寸前、恐らく魔術なのだろう拘束術式らしい物が行く手を阻んだ。

 捕まればそれまで。魔剣の傍にいない今、抵抗する術は無い。シビュラが使っていた記憶を思い出し微かに構える。

 触れればアウトと言うのは、対抗手段がない状態で敵にすると随分恐ろしく感じるな……。

 が、それは捕まってしまえばと言う話。そもそも論、捕縛されなければそれでいい。

 走りながら後ろ腰の麻袋へ手を突っ込み、目的の物を掴んで引っ張り出す。因みに麻袋に関しては軟禁中の交渉の末に昨日ようやく返してもらった。

 中身はそのままで助かったと思いながら、手の中の塊……火石に許容量を越えた魔力を流し込み暴走させる。

 にわかに熱を帯びて赤く明滅するそれを、目の前に迫りつつある拘束術式に放り投げる。刹那に、過剰な魔力供給によって溢れた火のエネルギーが形を伴って小規模な爆発を引き起こした。

 城内で火災の元を撒き散らして悪いと片隅で思いつつ。噴煙と火炎の奔流を、盾にして構えた剣で受け突き進む。

 肌を撫でる熱の感覚に少しだけ我慢を重ねて。そうしてどうにか交戦する二人の後ろへと抜けることが出来た。

 託した通り、メローラはラグネルを釘付けにして引き受けてくれている。それでも急がなければ、またさっきの拘束術式のように魔術が飛んできかねない。直ぐに扉に駆け寄って契言を放つ。


『カレン、チカっ、シビュラ!』

『ミノっ……!』

『皆ここにいるよ!』

『やる?』

『やれ!』


 随分と久しぶりに聞いた気がする三人の声。直ぐそこにいてくれたのは、外の音を聞いて用意をしてくれていたからだろう。

 最早懐かしくさえ思う安心する響きに、けれども感傷は後だと(かぶり)を振って。端的なシビュラの声に答えれば、前に言葉を交わした時既に構築していた扉の封印に対する対抗術式を行使する。

 一瞬の間を空けて木製の扉が淡く発光したかと思うと魔法陣が浮かび上がり、次いでそれがガラスが壊れるような音と共に弾けて霧散した。


「ミノっ……!」


 次の瞬間、音を立てて開かれた扉。その向こうからダイブとばかりに両手を広げたカレンが飛び出してきて俺に抱きつく。

 咄嗟の出来事だったが、何となく頭の中で覚悟が出来ていたのか体は無事に彼女を受け止めることが出来た。

 魔剣にしては人並み以上に整った容姿。存在を確かめるように強く背中に腕を回した抱擁は、場違いに少女の肢体を服の上から認識させる。

 抱きつく前に見えた一瞬の表情。勘違いでなければ目の端に涙を湛えていた彼女の頭を軽く撫でて衝動に応える。


「……悪いな、穏便にとはいかなかった」

「うんっ……。でもこうしてまた会えた……!」

「あぁ。で、早速で悪いが鈍ってた分の勘を取り戻さないとな。付き合ってくれるか?」

「もちろんっ!」

「あたしも……!」

「ん」


 再会の感傷もそこそこに。無理を相談すれば心地よいほどの声で真っ直ぐに頷いてくれたカレン。次いでチカとシビュラも応えて、安堵する。

 彼女とたちと別行動をして約一週間ほど。初めてこんなにも長く離れていたというのに、全く変わらない距離感は既に次の未来を見据えている。

 これも《珂恋(カレン)》の繋ぐ力だと言うのならば、きっともうこの縁は斬れはしないのだろうと確信して。胸の内を突く衝動を意思へと昇華すれば、彼女達と紡いだ約束の証が三つ、熱を伴って顕現した。

 腰に差した鞘からすらりと引き抜いた紅刃紋の刀。柄頭の白瑪瑙(めのう)が象徴するその()は、カレン。俺が最初に交わした契約の彼女。手に馴染むその握りに、もう一振りの刃を添える。

 逆手持ちにした波打つ刃。琥珀色に輝き儀式的な文様を刻んだクリスは、《絶佳(ゼッカ)》の銘を刻む、チカ。魔術行使の要である彼女は、魔剣の魔を司る世界の片刃。和と洋。対の如き対極を形に成す二人を握り、そして更なる今を重ねる。

 首から下げた鎖。その先に揺れる小さな一篇は、自由を求めて手繰り寄せた繋がり。《宣草(センソウ)》の銘を(したた)めた、シビュラ。数多なる魔を従え秘した彼女は、不足を補い開化を告げる福音。愛の調和の下に全てを包み込む、恩寵の調べ。

 それぞれがそれぞれを支えあう関係性が、今の俺を肯定する。


「シビュラ。あれ、どうにかできるか?」

「できる」


 視界の先には目に見えぬ敵と対峙するメローラの姿。そんな彼女の前の空間を見据えて告げれば、事も無げに彼女は答えた。


「あたしに宿して」

「ん」


 俺が何かを言うより先に、魔に秀でたチカが察して意を()む。すると琥珀色の刃が淡く輝いて熱を持った。


「援護するよっ!」


 床を強く踏み込み、駆け出す。それと同時、一撃を叩き込む為の舞台をカレンが整えてくれた。

 視界を埋め尽くすほどに顕現した刃の壁。それが流星の如き鈍色の尾を引いて殺到する。

 切っ先の急接近に気付いたメローラがバックステップで距離を取ったそこへ襲い掛かった短剣の軍勢。逃げ場などない面制圧に、その場に釘付けにされた透明なラグネルが応戦した。

 半球状の壁に阻まれたように跳ね除けられた剣の雨。しかしその一瞬の隙に懐へと潜り込んで、クリスの一撃を振るった。

 響いたのは金属の擦過音。それが鳴り止まぬ内に、耳鳴りさえ起こすほどの硝子の破砕音が響き渡る。

 途端、空間を裂いたかのようにして目の前に現れたラグネルの姿をこの目でしかと捉えた。薄い表情に浮かぶ驚いたような色。開かれた目を間近で見つめて場違いに思う。

 これまでまともに目を合わせなかったから知らなかったが、中々に愛嬌のある顔立ちをしてたんだな。

 小柄な動物のような印象の、使用人。一瞬女だと過ぎったが、《共魔》であるという情報が上書きされて直ぐにカレンを振るった。

 いきなりの事に驚愕していたラグネルだが、防御はしっかりと。しかしカレンの刃を普通の剣で受けられるはずも無く、呆気ない音と共に両断されて後ろに跳び退った。その際、抜け目無く袖に仕込んでいたらしい短剣を投擲してくる。

 迫った切っ先は、だが目の前で一瞬静止して、その後俺の足下に落ちた。今のはシビュラの魔術か。相変わらずチカが不得意な繊細な魔術が得意なようだ。そのレパートリーに底は未だ見えない。


「っ……!」


 状況が不利と判断したのか直ぐに撤退を選択したラグネル。彼女は閉じたチョキをこちらに向けて差し出す。すると次の瞬間、そこに魔法陣が出現して廊下を満たす煙幕を吐き出した。

 一応の追撃に短剣を作って放ったが、手応えはなし。メローラがヴェリエを振るい巻き起こした風で視界が晴れたそこには、既に彼女の姿は無かった。

 詰めていた息を吐き出し緊張を解けば、カレン達が人型に戻る。改めて彼女達に向き直れば、そこには懐かしささえ覚える顔ぶれが揃っていた。


「無事だな?」

「ミノこそ…………っ!」

「あー待て待て。今は敵じゃない」


 声に答えようとしたカレン。それから俺の隣にいたメローラに気付いて驚き、構えようとする。

 そう言えばカレン達にとっては俺を()した敵のまま認識が止まっているのだ。この反応は致し方なし。

 しかし今ここに(いさか)いは必要ないと、掴み掛かりそうになった三人……主にカレンを止める。


「敵じゃない……?」

「確かにあの時は戦ったけどな。その事に関してはこっちで話がついてる。今は俺が雇った頼れる味方だ」

「…………また親しくなってる……」

「何だ? 納得いかないか? 確かに禍根はあるかもだが、今は……」

「そうじゃないよ、ミノのばかっ!」


 何で罵倒されなきゃならんのか。相変わらず鈍らの考える事はよく分からん…………。

 そんなやり取りを傍から眺めていたメローラが小さく笑って掌を差し出す。


「改めまして、メローラ・クウォルよ。会えて光栄ね。よろしく」

「……カレンです」

「チカ」

「シビュラ」

「大丈夫よ。取ったりしないから」

「~~~っ!」


 主語のない会話。手を取り合った四人が、それから紡がれたメローラの言葉に反応を見せる。カレンとチカは驚いたように目を見開き、その隣でシビュラがいつもの無表情で小さく首を傾げていた。かと思うと、次の瞬間踵を返して俺の方へと駆け寄ってくると、そのまま抱きついてきた。


「うぉっと……。どうした……?」

「怪我してる?」

「……まぁ体は少し痛いかもな。結構やられたし」

「ん」


 ラグネルには姿を捉えられない事でいいように弄ばれた。お陰であちこち鈍い痛みはあるが……体感骨まで達している負傷は無い筈だ。体は普通に動くしな。契約による身体能力の底上げ様様だ。……サンドバッグになりたくて契約したわけでもないけど。

 そんな事を考えていると、抱きついたままのシビュラが足下に魔法陣を展開。すると俺の体を淡い光が包み、徐々に体中を巡っていた疲労感と痛みが引いていく感覚に包まれる。


「……回復魔法か何かか?」

「違う。けど、似た魔術」


 魔物に魔術とファンタジーな世界だからあっても不思議ではなかったが、そこまで万能では無いらしい。前にユウが死者を蘇生させるような術式はないと言っていたか。ポーションのような特効薬も存在しない、どこか現実感のあるコーズミマの世界。便利すぎる技術は存在しないと言うことだ。

 と言う事はこれは自然治癒力を増幅させたり、はたまた神経を麻痺させたりする系の魔術か。新陳代謝にでも干渉しているのだろうか?


「どう?」

「結構楽になった。ありがとな」

「ん」

「あー! ずるい! 私も頑張ったのにっ」

「平等が平穏への近道……」


 便利ではあるが、こればかりに頼るような未来を歩む事だけは避けようと思いつつ。気遣ってくれたシビュラの頭を撫でれば、美徳さの欠片もないおねだりが二つあがった。相変わらず目敏いというか、一々煩いというか……。


「ま、お前らがいなければ大概無力だってのも実感できたしな。感謝はしてる」

「にひひ……」

「うん。これからも頑張る……」


 彼女達のお陰であるのも事実。理由を見つけて同じように頭を撫でてやれば、満足したのか大人しくなった。今度から我が儘を(のたま)ったらこれでどうにかならないだろうか。


「仲がいいのね。少し羨ましいわ」

「…………。で、これからどうするんだ?」


 冷やかされて、直ぐそこにメローラがいた事を思い出す。からかうような視線から逃げるように尋ねれば、彼女は少し考えて答えた。


「……別に、あたしが先導してもいいけれど、一応雇われてる身なのよ?」

「そうだな。って言っても使う方はあんまり慣れてないんだが……」


 これまでも傭兵として仕事はしてきた。だから何かの上に立つなんて柄では無いのだが……自分から言った事。責任を持たなければ。


「…………因みに訊くが、このままここを出たらその後どうなると思う?」

「《共魔》のこと? だったら、そうね…………まぁ《甦君門》の目的と合わせて考えれば何となく予想はつくんじゃない?」


 メローラの言葉の先を想像する。

 《甦君門》の尖兵である《共魔》。ラグネルは、ユークレースのメドラウド同様、国の内部に潜伏していた。それはつまり、内側から何かを工作していたという事実であり、推測するに国を動かす何かを彼らは求めているという事だ。

 まぁ言ってしまえば《波旬皇》の復活なのだろうが、それにしたってやり方が迂遠過ぎると。メドラウドのことから考えても、カレン達が逃げ出してから講じた策とは思えない。国の中枢に手先を送り込むなんて幾らなんでも簡単には出来ないはず。

 ならばカレン達の脱走と《共魔》の潜伏は無関係と考えるべきで。ならばカレンや俺がここにいなくとも彼女は当初の目的の為に行動を起こすはず。

 そして今、こうしてその身がばれた彼女が次に取る行動は、単純に考えて二種類。

 身を引くか、行く所まで行くか────。前者なら最悪見逃してもいいが、後者の場合少し面倒だ。


「……うまくいけば恩を売れるかもな」

「恩?」

「過去に色々あったのは確かだけどな。一応セレスタインと話はついてるんだよ。恐らくこのまま俺達がここを出ても、追っ手は差し向けられない」


 皇帝であるゼノと風呂場で出会った後も、何度か彼と話をする機会があった。それは主に人の目の届かない場所で、記憶の残っているものだと懺悔室が印象深いか。

 国の主として色々な物を背負っている彼が因縁のある俺を簡単に受け入れることは出来ない。そんな(しがらみ)を捨てて、本音の一端で会話をする為に……まるで逢引の如く偶然を装って会っていたのだ。

 その中で色々擦り合わせた結果、《渡聖者》となった俺に今更固執する理由もないと。それどころか、召喚した責任として最大限の便宜を今後取り計らうとも言っていたのだ。

 もちろん表向きにはあの肌を刺すようなやり取りをすることにはなるのだろうが、彼の(はら)の底を知っていればある種楽しくさえ思える相手だ。声に険が宿るほどに気難しい性格なのは生来の物のようだが。


「だからこそここで何かあって、それを解決するなりで恩を売れれば今以上にこれからが楽になるって事だ」

「こんな時までミノはミノなんだね。ちょっと安心するけど」


 減らず口を叩くカレン。それから彼女はこちらを見上げて告げる。


「ミノのしたいようにすればいいよっ。私はそれを尊重する!」

「……なら行くか」

「ユウさんはどうするの?」

「そういえばそれもあったか……」


 チカに指摘されて思い出す。

 今も尚彼女は城内のどこかで脱出の糸口になればと奮戦してくれていることだろう。しかし幾ら彼女の力があっても物量相手に長期戦は厳しい。どこかで合流できればいいのだが……。


「ならそっちはあたしが行ってこようかしら」

「いいのか?」

「挨拶もしておきたいしね。見つけたら合流でいいかしら?」

「あぁ、頼む。大丈夫だとは思うが、敵に間違われるなよ?」

「そんな心配をされるほど抜けてないわよ」


 そう言い残して、メローラとは別行動を開始する。彼女ならば安心して任せられる。俺は俺に出来る事をするだけだ。

 とりあえず玉座の間へ向けて駆け出せば、隣のカレンが少し寂しそうに零した。


「……あの子、《共魔》だったんだ…………」

「どうかしたのか?」

「少し話もして、仲良くなれた気がしたから……」

「そうか」


 カレン達の世話もラグネルが担当していたらしい。下手に関係を築いたからこそ、彼女の中で(わだかま)りが出来てしまったのだろう。


「縁だから斬りたくないか?」

「……その前に、訊きたい。どうしてって」

「答えは分かりきってる気もするけどな。それでお前が納得出来るならそうしろ」

「うん。ありがと、ミノ」


 彼女の感情の刃が鈍る要因は排除するべきだ。例えそれでカレンが何かを抱えるのだとしても、それは彼女の問題。必要ならばその時に何かしらの助言をするだけだ。

 そんな事を考えながら、通算三度目になる玉座の間へと向けて走ったのだった。




 入り口に立っている騎士が二人、扉の傍に項垂れて倒れているのを確認するのと同時、扉を蹴破って部屋に入る。アーチを抜け、彼がいるだろう玉座に視線を向ければ、そこには想像した中でも有り触れて面倒な光景が広がっていた。


「よくいらっしゃいました」


 首筋に刃を這わされたゼノ。その背後からこちらを平坦な視線で見つめるラグネル。そしてその周囲には、彼女が刻んだのだろう戦績が幾人か転がっていた。


「……人質か。俺に通用すると思ってるのか?」


 確認に問いながらゼノに視線を向ける。彼はこういう場合も想定していたのか、既に覚悟を決めた瞳でこちらを見つめていた。その表情に迷いは無い。最悪、俺が彼諸共斬っても恨まれはしないだろう。もちろん手を汚すつもりは無いが……。

 返った沈黙に、それからここに来るまでに考えていた理由を突きつける。


「それとも、殺したら意味がないからそうしてるのか?」

「……………………」


 答えは無い。彼女をお喋りでどうこうは難しそうだ。メドラウドほど饒舌だったならやりようもあったんだがな。面倒な相手だ。

 最終交渉は先送りにしてカレンの背を軽く叩く。一歩前に踏み出した彼女は、少しだけ震えた声で感情をぶつけた。


「ねぇ……最初から、そうだったの?」

「…………」

「あんなに楽しかったのも、嘘なの?」

「…………」

「こうするしか……なかったの?」

「…………」

「何も……答えてはくれないの……?」


 質問の雨には、口を閉ざしたままのラグネル。しかし声にも表情にも出なかったが、剣を握る手に少しだけ力が篭ったのが見えた。

 流れた沈黙に、カレンが俯く。


「…………そっか。……うん、分かった。ミノ、ありがと」


 顔を伏せたまま左手を上げた彼女。その掌を下から取れば、少し強く握り返す感触と共に契約痕が熱を持って《珂恋》が顕現した。

 迷いで斬れないのは面倒だが、今回ばかりはそれでもいいかと。幾つかあった未来への方針を、無力化と言う方向へ絞りつつ尋ねる。


「最後に訊くぞ。お前達の目的は何だ──」

「……一緒に来てください。そうしたら、教えて差し上げます」


 端から交渉など不要だったか。違えた道を決別して、カレンの柄を握る。

 その刹那──左の壁が轟音を響かせて煙と共に空間に変化を齎した。

 瓦礫が崩れる音と共に煙が視界を塞ぐ。次いで吹いた風でそれが晴れ、うっすらと陰を三つ浮かび上がらせた。視界に捉えた後姿に声を上げる。


「ユウっ、ショウ!」

「あ、ミノさん。よかった。無事だったんですね……」

「こんな再会計画には一切無かったんだがな」


 開口一番、悪態を吐いてくれた己の過去に安堵を浮かべる。

 二人が城内で暴れているのは知っていたが、やはり心配はしていたのだ。しかしこうして見る限りどこかを刺されたりしている様子は無い。


「おや。感動の再会ですか。いいですね。結構な事です」


 次いで響いた声。天井の高い玉座の間に跳ね返るその音に、聞き覚え以上の物を感じて息を詰める。

 未だ少し漂う噴煙の奥より。瓦礫を跳ぶ様に降りてこちらを見つめた瞳。景色の中で、そのトレードマークとも言える左目の片眼鏡(モノクル)が光を反射した。


「カイウス……」

「おや、お名前を覚えていただけていたのですね。恐縮でございます」

「ミノ、ある程度察しはついてると思うが……」

「…………やっぱりこいつもか」

「はい。《共魔》です」


 面倒な事になったと状況を俯瞰する。

 突如としてユウ達と共に現れたカイウス。そう言えば彼の姿を見ていなかったが……どうやら彼女達の方へ顔を出していたらしい。

 そしてユウの言う通り、彼からは人以上の威圧感を肌に覚える。それは先ほどまで対峙していたラグネルと同じ感覚……。


「……悪い知らせだ。《共魔》がそこにもう一人いる」

「え……」

「二人って……まじかよ…………」


 情報共有にとラグネルの方を示す。

 最悪…………とまではいかないが、中々に遭遇したくない場面なのは事実だ。

 《共魔》。人の姿で魔術を操る存在。前にイヴァンやメドラウドと戦った経験から分かるが、あいつらは一人で並み以上……俺やメローラのような《渡聖者》に該当する強力な魔剣持ちに匹敵する、魔物換算で言えば高位と並ぶ力の持ち主だ。

 高位は基本複数の魔剣持ちや国の軍が相手をする存在。それ一つで、ともすれば町一つを壊滅させかねない能力を秘めている。それが複数……しかも国の内側に入り込んでいたという事実に冷や汗が垂れる。

 そこまでして《甦君門》は世界さえ破壊する魔物の首魁、《波旬皇》の復活を目論んでいる。そう考えれば、かの組織が如何に危険かが分かるだろうか。

 ……とは言え現状の問題はそんな大局的な話ではなくて。今目の前に《共魔》が二人いて、国の頭が人質に取られた状態に加え、カレンの刃が曇っているという事だ。

 想像の刃である《珂恋》の力は、しかし思いの強さに比例する。過去、イヴァンと対峙して防がれたときのように。何かしらの対策をされたりすれば彼女の力も通じない。交渉も意味のないこの瞬間、次の《共魔》の一手が何となく想像出来るからこそそれを忌避する。

 …………どうやって、打開する?


「そこにいるのはラグネルですか?」

「ん」

「……なるほど。そうですか…………」


 人質に取るゼノを一瞥して小さく零したカイウス。次いで彼はこちらに向き直り────そうして、膝を折った。


「ミノ・リレッドノー様。どうぞ、少しばかりお時間をいただけませんでしょうか?」

「……何のつもりだ?」


 警戒と共に尋ねれば、カイウスはこちらを見上げて紡ぐ。


「ぼく達の望みは、あなた様に共に《甦君門》に来ていただくことでございます。その為に無益な争いは好みません。ですのでここは一つ、交渉の椅子に座ってはいただけないでしょうか?」

「……交渉ならさっきそこのメイドと決裂したんだがな」

「彼女はなにぶん口下手なきらいがございますので、改めて僕の方からご説明を。……よろしいですか?」


 何となくだが、言葉に嘘は感じない。結論は変わらない気もするが、情報を聞き出す為にもここは一度話に乗った方がいいだろう。何より、その結果次第では彼らと今ここで事を構えずに済むかも知れない。例えそれで彼らの野望を見逃す事になろうとも、今命を賭けるよりはましなはずだ。

 カレンを構えたまま確認する。


「いいか?」

「ミノさんにお任せします」

「分かった」


 カイウスから距離をとったユウとショウ。隣の彼女に確認すれば、同じ事を考えていたのか直ぐに預けてくれる。ショウも頷いて見せた。

 微かに呼吸を正し、尋ねる。


「…………で?」

「ご好意、痛み入ります。お話と言うのは…………いえ、この場合は取引と申し上げた方がよろしいかもしれませんね」

「取引?」

「ただいまセレスタイン帝都、バリテの周辺に、総数100を超える中位の魔物を控えさせております」

「100だとっ!?」


 囚われたままのゼノが驚愕に目を見開く。

 中位が100体もいれば、幾ら防衛や抵抗を行っても半日の内に都市一つくらいは陥落させてしまうだろう。控えているという事は、どうにかして統率しているに違いない。徒党と連携を組む魔物の軍勢ならば、もっと短時間に帝都を制圧してしまうかもしれない。

 俺としてもその数を相手にはしたくない。今はカレンが鈍ってる事もあるしな。


「もちろん統制下に置いております。命がなければ襲撃をすることはございませんのでご安心を。ミノ様におかれましては、メドラウドの名を出せばご理解いただけるでしょうか?」


 メドラウド。ユークレースで事を構え、その後イヴァンによって回収された《共魔》。彼は確か、魔に関する存在を操る魔術を得意としていた。お陰であの時はカレンやチカに襲われる破目になったが……。

 しかし、カイウスの言葉が本当ならば、確かにその中位の魔物達は勝手に襲ってくるような事は無いだろう。魔物も……いや、魔物こそ魔を司る存在その物。メドラウドの魔術で統率も可能だ。

 そう言えば彼と戦った時、狙い済ましたタイミングで魔物が襲ってきた事があったか。あれもどうやら彼の仕業だったらしい。


「……元気にしてるんだな」

「ミノ様に温情を頂いた命ですので」


 皮肉には同等の嫌味が返ってきた。……いや、違うか?

 どうにもカイウスは俺を敬っている節がある。目の前の言動がその証拠だ。だから今の言葉も、本当に言葉通りの感謝か……?


「それで。国の中心一つを天秤に載せて、無辜(むこ)の民を蹂躙されたくなかったら切っ先治めて頷けってか?」

「脅迫と受け取られるのは(はなは)だ残念ではございますが、仰る通りでございます」


 国の内側に入り込んで工作を(くわだ)てていた奴らだ。今の言葉がはったりの可能性もあるが……それくらいの準備だって出来るのもまた事実だろう。

 そして何より、ゼノを人質に取り、未だここが騒乱の渦中になっていない事が彼らの本気度を窺わせる判断材料だ。

 国を一つ消したいだけなら、その(つが)えた矢を躊躇無く放ち、馬鹿正直に手の内なんて明かさずこの混乱を利用すればいいだけのこと。つまり彼らは、本当に交渉がしたいのだ。そして出来る事なら、面倒な争い無く俺を手中に収めたいのだ。

 搦め手に見せかけた、真っ直ぐな交渉。彼らの胸の内は、世界に弓引く集団としては随分と生易しい。それが、嫌になるくらい現実的な未来として想像を掻き乱す。


「……確かに俺一人で国一つ助かるなら素晴らしい取引だろうな。…………けど勘違いするなよ? 俺はそこまでこの世界に執着してるわけじゃない。幾ら汚名を着せられようと、拾える命を拾う。俺は別に、英雄になりたくて自由を手に入れたわけじゃない」

『っ…………!』


 きっと世の正義感溢れる自己犠牲の塊たちはカイウスの言葉に頷くのだろう。自分が折れれば、大多数が助かるのだ、と。トロリー問題における功利主義の選択だ。

 そして心優しいカレン達もまた、自己嫌悪に陥りながらその選択をするはずだ。それもまた、きっと正しい。

 ……だが、やっぱり俺は頷けないのだ。カイウスたちに手を貸せば、結果的に《波旬皇》を復活させる事になるだとか。そんな事は、どうでもよくて。

 単純に────俺は納得が出来ないだけなのだ。


「だから悪いが、やっぱり交渉は決裂だ。俺は俺の意思で自由を振りかざして、気に食わない奴を全部斬る。それだけだ」

『…………ミノっ……!』


 明確な事なんて何一つ言っていないのに。勝手に都合のいい解釈をしたカレンが歓喜に震えたような声を頭の中に響かせる。

 …………全く、感化されすぎたか。

 《共魔》をどうにかして退け、魔物の大群を討滅して更なる恩を売ろうなんて、大概馬鹿らしい夢なことだ。


「…………そうですか。決意は固いようですね。残念でございます」

「理解したら斬られないうちにゼノを置いて消えろ。そうしたら今回だけは見逃してやる」

「違った願いが成就しないのであれば、そこには譲歩も手心もありません。……ですが、そうですね。…………では代わりに、彼をこのまま貰い受けると致しましょう」


 そう言って、無手のカイウスが人質のゼノとの間に立ちはだかり、構える。国の頭を誘拐宣言とは、中々に大胆な事をしてくれる。

 けれど、お陰で確信した。彼らは本当に、無益な血を流すつもりは無いと言うことだ。

 まるで悪人になりきれない子供の悪戯のように。僅かに見え隠れする良心に考える。


 ────彼らの本当の目的は一体なんだ?


 噛み合わないのだ。言動が、ぶれているのだ。

 思考の片隅が、足りないピースを求めて騒ぐ。ふと脳裏にイヴァンの言葉が蘇る。


 ────…………《共魔》。それを追えば、自ずと知りたい答えにたどり着くだろう


 そう言えばその疑問もまだ明確に解消されてはいない。《共魔》とは一体……? けど、ならば…………!


『チカ、シビュラ。捕縛するっ、手伝え!』

『うん』

『わかった』


 契言で告げて、床を蹴る。《共魔》相手に三人の力を器用に使うのはまだ荷が勝ちすぎる。今回はカレンの力一本で、二人の魔術を補助に回す。

 それを汲んでくれたチカとシビュラが人型のまま手を翳し魔術を行使し始める。


「向こうを頼むっ!」

「おうよ!」

「はいっ!」


 同時、タイミングを合わせて一緒に駆け出したユウとショウ。二人にラグネルを任せ、真っ直ぐにカイウスへと突っ込む。

 握っていて分かるが、カレンはやはり斬る事を躊躇している。その為────


「おや、魔剣の力は使わないので?」

「必要ないだけだ!」


 難なく受け止められ、弾かれる。

 とは言えその一幕も少し想定外ではあった。

 カイウスがこちらの斬撃を受け止めたのは、白い手袋に覆われた徒手。その拳が、まるで金属の塊のように硬く、耳障りな音を当てて刃を退けたのだ。


『あの拳、強化……ううん、硬化の魔術かな』

『剣よりも固い』


 チカとシビュラが遠巻きながら教えてくれる。お陰で少し懸念も無くなる。


『カレン。安心しろ。今のままなら腕を斬り落としてスプラッタな事にはならない』

『想像させないでよ……。でも、ありがと』


 カレンは思いのままに斬る力を持ちながら、命を絶つ事を極端に恐れている。それは《共魔》相手でも同じで、人外染みている彼らのことも一個の命として認識しているのだ。

 その優しさは美徳だが、そろそろ何かしらの折り合いをつけて貰わないと今後に残る不安要素だ。

 可能ならば明確な線引きの一つが欲しいが……。そう考えた、直後だった。


「構いませんよ。手首の一つや二つ切り落とされたくらいでは死にはしませんので。どうぞ、ご自由に」


 まるでこちらの思考を読んだかのような言葉に、思わず息が詰まる。次の瞬間、離れた場所に立っていたカイウスがいつの間にか急接近をしていて、目の前で拳を振りかざしていた。

 咄嗟に防御。普通ならばその刃を置く応戦だけで、相手の方が勝手に引き裂かれる光景を描くカレンの思い。しかしその想像を覆す現実が刻まれる。

 ただ普通の剣同士で鍔迫り合いを行うように拮抗する、魔剣と拳。ギチギチと嫌な擦過音が俺とカイウスの間で響き、それを挟んで呼吸さえ感じられる距離で彼が紡ぐ。


「それとも未だ《共魔》に常識を求めていらしたのですか? 人に余る力を有し、魔術を操る異質。まるで高位の魔物の如き存在に、たった一太刀で決着が望めると?」

「っ……!」

「確かに彼女が本来の力を振るえたのであれば、その一端に希望は見出(みいだ)せたのやも知れません。しかしながら、失礼を存じて申し上げれば……今のあなた方ではその理想には遠く及ばない」


 いつしか腹部に宛がわれた掌。肌で感じるほどに圧縮された魔力を感じた直後、バックステップと共に受身を体に命じる。

 爆ぜた衝撃は空気の糸が千切れるような異音と共に。ぎりぎり間に合った剣の防御もあって被害は最小限に抑えられたが、それでも体は後方に吹っ飛ばされた。

 受け止めたのはシビュラの風の魔術。目に見えないクッションのような感覚と頬を撫でる微かな温度。彼女に助けられてどうにか体勢を立て直せば、視界の先ではカイウスが次々に襲い来る魔力弾の嵐を(ことごと)く拳で打ち砕いていた。


「っ! どうやって……!?」


 追撃を潰すように魔術で魔力弾の雨を注ぐチカが焦ったように零す。


「どうした?」

「即興で術式改変してるのに、全部防がれてる……!」


 チカの術式編纂能力は一級品だ。メローラに聞いたが、符丁式の術式を数秒で解いてしまうというのは殆どありえないことらしい。再現しようと思えば、魔術に秀でた術者をいるだけ集めて、同時に総当りで探させてようやく一つくらいなら対抗出来るかと言う程度。それを身一つでこなすチカの力は、その筋において並ぶ者無しの特筆すべきものなのだとか。

 そんな彼女が、この場限りの術式改変で数多もの弾として打ち出すそれを、カイウスはまるで予測でもしているかのように的確に対処しているらしい。言い換えれば、秒間で出題される四則演算を一瞬で解いているようなものだろう。拳で破壊しているのに一つも暴発させずに消滅させているのがその証。

 お陰で、彼の周りには解けた術式の残滓が糸を引くように漂い、どこか幻想的な光景を作り出していた。

 やがて効果がないと悟ったチカが力なく腕を下げる。するとカイウスも応戦の手を止め、賛辞でも送るように優雅に腰を折った。


「お見事でございます。これもきっと、命運が見せる妙なのでございましょう」

「なに……?」


 視界の奥でショウとユウが二人掛かりでラグネルを抑え込んでいる。しかしゼノを盾にされたりでうまくいっていない様子。魔瞳の力も、《共魔》相手には効果が薄いようだ。

 そんな事を捉えつつ、目の前の言葉に訊き返す。この期に及んで情報が引き出せないかとあわよくばを期待すれば、思いの他あっさりと彼はその続きを語ってくれた。


「ミノ様の手繰り寄せられた今は、世界が望まれた結果だと言う事でございます」

「……何の、話だ…………」


 不穏な物言いに、惑う。

 彼の思惑がわからない。しかし真意は知りたい。知りたいが、本当に知るべきな真実なのか、疑う。

 頭のどこかで、カイウスの言葉が魔性を纏っている事に気付く。聞いてはならない事のような気がするのに、その興味を抑えられない。

 そんな胸の内を見透かしたように、カイウスは静かに告げる。


「二年前。ミノ様がセレスタインで契約をなさる予定だった魔剣は────《珂恋》だったのですよ」

「なっ……!?」


 思わぬ言葉に声を失う。

 二年前。それはきっと俺が召喚され、名前を明かす事を理由に断り逃げ出した、その時のことだろう。

 ……あの時俺は、ある魔剣との契約を示唆されていた。それが何だったのかまでは教えられなかったが、俺ならば……俺にこそ契約をして欲しい魔剣があると言っていたのだ。


「信じられませんか?」

「……あぁ。出鱈目(でたらめ)にもほどが────」

「あの時も身の回りの世話を任されていたのはラグネルであったというのに、ですか?」

「────────!」


 カイウスの言葉に思い出す。確かにあの時もラグネルが使用人として傍にいた。だから再びここに来たときも、どこか懐かしさを覚える顔に安堵さえしたのだ。部屋も使用人も同じだと、いい皮肉に思いながら。


「こうなってしまいましたのでお話しますが。ミノ様がここに来られる以前から、ぼく達は探していたのですよ。彼女の器足りえる、主となるお方を」


 カレンは、《枯姫(コキ)》や《宿喰(スクイ)》と呼ばれるほどに契約に難のある魔剣だった。お陰で百を超える過去をまるで服のように体に刻み。己を殺して……殺しきれなくて、《甦君門》から逃げ出した。


「ぼく達の願望成就の為に必要な《珂恋》の力。それを行使する数多の器を募りましたが、結実には至りませんでした。だからこそ探していた特別…………彼女の欲求に耐えられるだけの魔力を持った人物。そんな奇跡のような存在が、二年前、ここセレスタインに現れたのです」

「転生者にのみ許された、埒外の力…………」


 複数の魔剣と契約をしても尚枯れない、源泉の如き底の見えない魔力量。人の身一つでは魔術も使えず持て余すその特別に、《甦君門》は逸早く目を付けたのだ。

 《波旬皇》復活の為と国に潜ませていた網に引っかかった、俺と言う存在に。


「だからこそぼくやラグネルを通じて彼女との契約を成就させようと様々な手を打ちました。……それなのにミノ様は、全ての願いを跳ね除けて自由を選ばれた。とても残念に思いましたよ。もう少しで手に入れられたのに、と…………」


 俺が逃げ出せたのは、不意を突いたのと気を引く仕掛けを施していたから。その対応に追われて彼らは直ぐに俺を追いかけられなかった。お陰で俺は、あの森で、あの爺さんに拾われる破目になった。


「ですが二年後、突如として姿を現したあなたは、数奇な導きの末ぼく達の願った未来に一人で辿り着いてしまった」

「カレンとの、契約か……」

『っ……!』


 事ここに至って、ようやく彼女も納得したように息を詰まらせた。

 あの出会いは、偶然だった。たまたま目の前に転がり落ちてきたあいつを、金になると踏んで町で売り飛ばそうと思っていた。しかし何の因果か行動を共にするようになって……窮地を切り抜ける為に彼女の囁きに耳を傾けた。


 ────私と、契約して


「それからミノ様は、もう一人のお姫様をも手中に収めるに至りました」

「もう、一人……?」

「《絶佳(ゼッカ)》様」

「あた、し…………?」


 ()を呼ばれたチカが目を丸くする。


「今のあなた様は覚えていらっしゃらないようですが、以前《珂恋》様と同様に、《甦君門》にいらしたのですよ。そうして、ミノ様が人工魔剣と呼ぶあの代物の開発にも(たずさ)わっておいででした」

「なんだと……?」


 明かされる真実がそろそろオーバーフローを起こしそうな状況で。次々に語られる言葉に……しかし自然と納得ばかりが積み重なってゆく。

 嘘だと疑う事は簡単なのに。それを否定する材料が見つからないからだ。


「もちろんお二方と契約された今、その責任等も全てミノ様に付随する自由でございます。その上で、今一度お尋ねいたします。ぼく達と共に、《甦君門》へ来てはいただけませんか?」


 真摯に。ただ、真摯に。燕尾服を纏った使用人姿で腰を折るカイウスの姿に、喉の奥が塞がって声が出なくなる。

 彼の語ったその全ては、彼の意見でしかない。そこには納得をさせるだけの理由も根拠も無く、ただ彼から見た結果でしかない。

 けれどやはり、どうにも嘘には思えない。それが嫌に鬱陶しく思考の片隅に引っかかる。

 きっとこれは、彼なりの説得なのだろう。知らぬままでは一向に縮まらない距離。それでも彼らは俺が……カレンやチカが欲しくて、訴えかけている。それは何となく分かる。

 …………だが。それでも────


「……理由までは、言えないんだろ?」


 問い掛けに頭を上げたカイウスが、真っ直ぐにこちらを見つめ、頷く。


「はい。真実は、一緒に来てくださった時にお話いたします」


 その瞳の色に、俺も素直な声を返す。


「なら無理だ。やっぱり相容れない」


 《甦君門》の目的がなんなのか。そんなのはきっと、もうどうでもよくて。

 俺がそう決断したのは、彼の言葉に自由が無かったから。

 認めよう。カレン達は、道具じゃない。例え世界を変える力を持っているのだとしても。俺との出会いが、何かを手繰り寄せた運命なのだとしても。今彼女達が願っている物は、きっとそこにはありはしないから。


「そうですか。真に残念です。ラグネル」

「ん」


 心底落胆したように声のトーンを落としたカイウス。次いでラグネルを呼ぶと、彼女はゼノを抱えたまま大きく跳躍してカイウスの傍へ。それと同時、二人の足下に大きな魔法陣が浮かび上がる。話の最中にでも準備をしていたか。

 すぐにシビュラが看破する。


「転移魔術」

「いい。深追いはするな」


 これ以上ここで争っても何も生まれない。それどころか、不慮の事故でゼノの命が危ぶまれる。彼が連れて行かれるのは面倒だが、これがきっと最善だ。ゼノの瞳も覚悟している。

 それに…………もうこれ以上、俺に戦う意思は無い。


「ご配慮、痛み入ります。せめてもの返礼として、外の魔物は退去させましょう」

「最後に一つ、訊かせてくれ」

「お答えできる事でしたら」


 魔術の光に包まれるカイウス達。臨界間際に問い掛ける。


「《共魔》ってのは、何だ?」

「……その答えは、またの機会に」


 また。そう遠くない気がするその時を想像するのと同時、穴の開いた玉座の間から、ゼノを含めた三人の姿が忽然と消失する。

 遅れてカレンが人型に戻り、小さく呟いた。


「どうして…………」


 その声に答えられる物を、誰も持ち合わせてはいなかった。


「っとぉ……。あれ、遅かった…………」


 次いでどこか間抜けに響いた声。顔を向ければ、そこにいたのは瓦礫の穴から遅刻を語るメローラだった。

 そう言えば別れて以降彼女の姿を見ていなかったと思い出す。一体どこにいたのだろうか。


「何してたんだ?」

「ちょいと面倒なのに捕まってね。熱烈なお願いに乗せられてたの」


 まだ他にも《共魔》がいたのだろうか。もしそうなら残念ながら俺の知らない存在だ。……まぁ詳しい話は後で訊けばいい。今はそれよりも────


「直ぐに出る」

「これ放っておいていいの? と言うかせめて皇帝陛下に挨拶くらいしたいんだけど」

「ゼノなら連れて行かれた」

「はぁ? 何それ」


 彼女にとっては寝耳に水の話。だがやはり、説明も後回しだ。


「話は後でする。今はここを離れる。じゃ無いと濡れ衣着せられるぞ」

「あたし何もしてないのに…………」


 不満を垂れつつ、それでも納得はしてくれたのか渋々といった様子で後をついてくるメローラ。

 話が流れていたが、このままだと本当に一緒に行動する事になりそうだと。また一つ面倒が増えた事を胸の内で嘆きながら、俯くカレンに視線を向ける。

 彼女は一人拳を握り、黒髪の奥に顔を伏せて唇を噛み締めていた。

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