第五章
「うわぁ……酷いね」
足を止めて辺りを見渡す。広場らしき空間に人影はない。代わりに、数多もの瓦礫が散乱していて、憩いの場としての存在意義を失っていた。
「手当たり次第って感じだな」
「力に振り回されたんだろ」
ショウの言葉に答えて小さく息を吐く。
人の手で起こすにしては中々に大変そうな惨状は、魔剣の……魔術の仕業。ここユークレース司教国、国境近くの町トリフェインに持ち込まれた魔剣紛いに手を伸ばした馬鹿が、その絶大な力に溺れて騒動を起こし始めたのがつい先ほどのこと。既にこの辺りは荒らされた後だ。
視界の中に店を見つけて中を覗く。金銭目的か、内装が荒らされ物が取られた形跡があった。折角の力を小さい事に使いやがって。そんなに日常に鬱憤が溜まっていたのだろうか。そんな事をしても立場が悪くなるだけだろうに。
衝動的な爪痕を眺めて外に出れば、余波で崩れた建物の瓦礫に怪我をしたのだろう男を一人見つけた。
「無事か?」
「あぁ……足をやっちまって立てないがな。あんたは……?」
「野次馬だ」
「ちょっと待って、直ぐに手当てするからっ」
相変わらずお人好しな魔剣、カレンが男の怪我を診始める。死にそうでもないんだから放っておけばいいのに。
「何があった?」
「……いきなり爆発が起きて。気付いたらご覧の有様だ」
「何か見たか?」
「剣を振り回してる男が数人……店の辺りを物色した後、散り散りにどっかへ行ったよ……」
「間違いなさそうだな」
男の証言に嘘はないだろう。と言うことはやはり魔剣の……魔剣紛いの仕業だ。
「よし、これで大丈夫。立てる?」
「あぁ、ありがとよ、嬢ちゃん」
近くにあった角材を杖代わりに立ち上がる男。足を引きずるようにして路地の奥へと姿を消した彼に、それから気付く。
「…………カレン、行くぞ」
「あ、うん」
これ以上ここにいるともっと悲惨な物を目にするかもしれない。カレン達がそれに気付く前にここを立ち去るべきだ。
歩き出しながらチカとユウに頼る。
「魔力追えるか?」
「うん」
「どれから行きますか?」
どれから。そう問われて、道を絞る。
「一人でいい。他は騎士や衛士、傭兵に任せる」
「いいの?」
「もうこの町に用はないからな。これ以上どうなろうと知った事か」
「相変わらず薄情なこって」
全てを救おうなんて、そんな傲慢な事は望まない。必要なのは情報だ。
この惨状を引き起こした原因……魔剣紛いにはカレン達がお世話になった例の組織、《甦君門》が関わっている。現状最も敵にしたくないのが奴らで、シチュエーションとしては物量相手だ。魔剣紛いは、それを可能にする。
どうやら《甦君門》……特にイヴァンは俺をスカウトしたいみたいだしな。実力行使で拘束なんて事をされたら面倒だ。
そのときの為の対策……今ここで得られる情報は、最悪の未来を打開する手立てになるかもしれない。それを得る為に、仕方なく、こっちから騒動に首を突っ込む。それだけだ。
考えている間にチカとユウが辺りに漂う魔力の残滓を手繰り寄せて追い駆け始めた。
首を突っ込む。そう決めた。別にカレンたちに唆された訳ではない。ちゃんと自分で考え決めた答えだ。この決断に文句を言われる筋合いはない。
つい先ほど起きた街中での騒動。《甦君門》と魔剣紛いが関わっているそれに、カレンを筆頭に幾つもの声が上がった。曰く、手の届く範囲なら解決したいと。相変わらずなお人好しだ。
しかし俺達は追われる身。加えてこれから向かうユークレースの中心で自由を得ようというのだ。そんな時に騒動の余韻を引っさげて真正面からなんて馬鹿のすることだと否定した。
だが彼女達の言い分は揺るがず、結局考え直す破目になったのだ。
その末に、どうにか理由を見つけて今ここにいる。全ては今後を考えての事。きっと既に逃れられない所まできている《甦君門》への対策。それを得たら他は別の奴らに任せて逃げる。それが今回するべき必要最低限だ。
全く、どうして自分から面倒に向かって走って行かなければならないのかと胸の内で毒づいて。それからカレンたちと意思を共有する。
「一応確認だ。やる事は単純。魔剣紛いを奪ってその対抗策を得る」
「流れでこの問題も片付けちゃうっ!」
「勝手にしてろ」
カレンの冗談を吐き捨てて。その具体的な方法論を頭の中に描く。
どういうからくりかはまだ分からないが、《甦君門》は魔剣を量産してばら撒こうとしている。目的も曖昧なやり口だが、それで身の回りの平穏が脅かされるのはごめんだ。だから一本くらい手に入れて、魔術に詳しいチカやユウの力を借りてその仕組みを暴く。そこから逆に、いざという時の対抗策を案じておこうと言うのが今回の目的だ。
カレンはまだその延長線上に拘っているが、知った事か。今回、通り過ぎる過程に興味はない。
と、痕跡を追っていたチカとユウが足を止めた。倣って直ぐ傍の壁に身を潜める。
「止まってくださいっ」
「この先に……二人」
「二人? 一人でよかったんだが」
「一緒に行動してる」
「徒党組みやがって、面倒な……」
とは言え紛い物と正真正銘とでは格が違う。それはショウの時で十分分かっている。余程でない限り数が増えた所でカレンの力が十全なら遅れは取らない。が……。
「ショウ、片方任せていいか?」
「魔具で太刀打ちできるか?」
「最悪足止めでいい。こっちが片付けば加勢する」
「相手の戦力もよくわかんねぇのに言ってくれるな、ったくよぉ……」
愚痴を垂れつつ、嵌った指輪から魔具を取り出す彼。ショウが指に嵌める魔具は中に幾つかの武器が収められている特別製だ。出てくる武器はランダムだが、一つ一つが秀でた魔具。その効果は使ってみるまで分からないと言うギャンブラー垂涎の代物だ。
普通の戦場なら運要素が強すぎて使い物にならないが、そこを補うのがショウの力だ。
彼が転生に際して得た力は、魔に関する力を触れただけで理解し、その限界まで効果を搾り出すと言うもの。開けるまでわからないパンドラの箱と、出てきた物を直ぐに理解する力。出てくる武器が業物ならば、これほどまでに相性のいい能力はないだろう。
まぁ、実際に出てくるまで何かが分からない分、使いこなせても状況に即しているかどうかはこれまた運だが……。生憎と彼は後悔を目一杯背負い込んで過去を追い駆けて来た悪運の持ち主だ。マイナスにマイナスを掛けるが如く、絶妙な化学反応を引き起こしてくれるに違いない。
そんな期待と共に彼が手にした武器を見る。見た目は、両刃のショートソード。よく見れば剣身が微かに反っているが、両刃なのに意味があるのだろうか。後特筆すべき点と言えば、鍔に複雑な意匠が施されているくらいか。
一見しただけではよく分からない武器だが、少なくとも魔力は感じる。
「はっ、こりゃあいい。最高に狂ってるな。……ミノ、薬あるか?」
「期待はしてるが、無茶はするなよ」
「あぁ、大丈夫だっ」
嘲るように嗤ったショウに、それからまだ少し残っている軟膏を手渡す。
一体どんな力を秘めているのやら。個人的には魔剣紛いのからくりよりそっちの方が気になる。
「ユウ、ショウのサポートを頼む」
「任せてください。ミノさんも、お気をつけて」
「私がいるから平気だってっ」
「ミノはあたしが守るから」
「……だそうだ」
意欲に漲った相棒のやる気を削ぐのも無意味かと悟って諦める。小さく呟きつつ両手を空に翳せば、刀とクリスに変化した二人を両手に呼吸を整える。
「……行くぞ」
「おうっ」
鳴り響いた爆裂音。また力を誇示しようと振り回されて破壊工作を行った振動が響いた直後、脇道から飛び出ると大規模な煙幕を魔術で作り出し視界を奪う。一振りで辺り一体を包み込むチカの魔術。相変わらずその規模は絶大だ。
そんな煙の中を、ショウがユウに先導されて駆けて行く。この視界の悪さでも……いや、だからこそ、ユウの魔瞳が輝く。外した眼帯から金色の尾を引いて姿を消した二人。数瞬後、金属音が鳴り響いた。
あちらは接敵、分断は出来たか。そんな事を、目の前の靄から感じて思考を切り替えると、チカをもう一振り。すると黒く淀んでいた視界が瞬く間に爆ぜて空気を揺らした。
作り出したのはただ視界を奪う為のものではなく、起爆によって範囲殲滅を行う火薬のようなもの。魔術由来だから想像の産物だが、中々にえぐい技だ。
「……ねぇミノ、石畳捲れてるんだけど。あの二人より町破壊してない?」
「コラテラル・ダメージってやつだ」
「コラ……なに?」
「やむを得ないって事だ」
便利な言い訳だ。一体誰が言い出したんだか。
「だぁあああっ!」
文句ならこんな方法を思いついたチカに言ってくれと。胸の内で愚痴れば、煙の向こうからほぼ無傷の男がこちらに向けて剣を振り上げ飛び込んできた。
魔術か何かで防いだらしい。いい判断力だな。
少しだけ評価しつつ冷静にカレンの鞘で受け止め、そのまま彼女を引き抜き一太刀。咄嗟に跳び退って距離を取られ、その刃が相手の得物を捉える事はなかった。
「ミノ、壊さない様にね」
「おっと、そうだった」
チカに言われて思い出す。今回の目的はあの剣を確保する事。カレンの切れ味に任せて両断してはいけない。難儀な事だ。
「峰でいけるか?」
「別に、斬ろうと思わなければいいんでしょ?」
「それもそうか」
カレンの刃は思いの力。感情そのままの結果を齎す、想像の太刀だ。彼女が絶対を確信すれば断てぬ物はないだろうし、逆に無理だと思えば木の枝でも斬れない。
ならば壊さないように加減すればいいだけのことだ。
今握っているのはただの棒……。そう自分を騙して構え、遅ればせながら相手を観察する。
敵は男。武器は刀身が波打つフランベルジュのような剣で、その身に器用に文字のようなものが彫られている。ショウの時にも見た、魔術の刻印された剣だ。どうやら彼の時と同じ代物で確定のようだ。
「おい」
「んだ? お話が必要か?」
声を掛ければ、確かな音が返る。受け答えが成り立つくらいに意識ははっきりしている。ショウの時は魔に侵されて自我を見失っていたが、今回はそうではないらしい。一体何の差だろうか?
探るためと、あわよくばを兼ねて一応尋ねる。
「悪い事は言わねぇ。無事なうちにそれを手放せ。今ならまだ姿をくらませることもできるぞ?」
「はっ、何を言い出すかと思えば……! 生憎と折角の力をみすみす捨てるもんかよ!」
残念、交渉は決裂だ。今のを交渉だと言えば、本職のネゴシエイターに拡声器で後頭部をぶん殴られそうだが……。
因みに、今更手を引いた所で彼らが拘束されるのはほぼ確実だ。これだけ大規模に破壊工作を行えば、当然魔力の残滓がそこら中に漂う事になる。ここに来るまでにユウに聞いたが、彼女ほどではないにしろそれぞれの国は魔力を追跡する術を持っているらしい。それを利用すれば犯人を追い駆ける事もできるそうだ。
もちろんその能力は個人の資質に左右される。ユウのように、ただ見るだけでと言うのはまぁありえないというのが当人談だ。魔瞳様様だな。
「じゃあ力づくでも文句言うなよ?」
最終確認にそう尋ねれば、答える代わりに一足飛びに距離を詰めてきた男。多少戦いの心得があるのか、言葉とは裏腹に芯の通った一太刀を振るう。
丁度いい、こいつを練習台にさせてもらうとしよう。実戦に勝る経験はないからな。
心を鈍らせて鈍器をイメージしカレンを振るう。彼女を手にしてからは殆ど覚えのない剣戟の音。手に返る衝撃をしっかり感じて、体に染み込ませる。
最早今更な話……今回首を突っ込んだのは、決意表明だ。《甦君門》の追っ手は、元を潰さなければ消えはしない。それはユークレースで立場を得ても変わらないだろう。
ならば徹底抗戦……とまでは行かなくとも、向こうの継戦能力を削いで消耗戦に持ち込むくらいの覚悟は必要だ。そのために目下考えるべきは……カレンを知り、それ以上の確かな実力を持つイヴァンの事。
彼の魔術、カレンの刃さえ上回る不壊を超えられなければ、全てはただの理想論だ。少し剣を交わらせた経験上、小手先の技術で言っても彼の方が上。それをいきなり超えられると考えるほど俺だって甘くはない。
ならば地道に、今まで殆どしてこなかった研鑽を積み重ねなければならないだろう。その練習台として、目の前の敵は丁度いいのだ。
「はぁああっ!」
よく見る。よく聞く。次々に振るわれる剣閃を受け、流し、紙一重でかわす。
また今度、ショウに頼んで稽古相手にでもなってもらうとしよう。
そんな事を片隅で考えた直後、目の前で振り上げられた剣に魔力が宿るのを肌で感じた。咄嗟に強化した脚力に任せて後ろに跳べば、先ほどまでいた場所に振り下ろされた一撃が大地にクモの巣を描いた。衝撃に石畳として嵌っていた石が宙を舞う。
「不思議な力の使い方」
零したのはチカ。
「何がだ?」
「魔術なのに随分と物理的」
「あーたしかに」
同調したカレンの声に、それから考えが至る。
魔術は魔力を元に理論立てた筋道を通って想像を結実させる力だ。その武器によって得意な事は変わるが、基本的に普通ではありえない超常現象を引き起こす。
が、目の前の剣は、どうやら単純に物理的な威力を底上げしているだけらしい。二人が言うのだから間違い無いのだろう。
「ミノ、確かめたい事がある……」
「どうすればいい?」
「我慢するから受け止めて」
「了解」
チカの提案に頷いて、左手で握った彼女に意識を傾ける。魔剣状態の彼女はクリスの形をしている。元は儀式用の短剣で、カレン曰く軸が曲がっているのか戦闘には向かないらしい。魔剣化に際して魔力で強化され丈夫にはなったが、カレンのように鎬を削り合うような用途にはあまり堪えられない。その点、チカの得意分野が魔術の行使だったのは運がよかったのか、取り回しに関してはタクトのように振るって使っている。
そんな彼女が自ら志願した覚悟。それだけの意味があるのだと直ぐに悟れば、小さく息を整える。直ぐにチカが過剰な強化の魔術を行使した。と、刀身を覆う光にぼんやりと紅が混じる。
「ミノ、チカの事信じてあげてね?」
「……当然だ」
カレンの繋ぐ力。それを応用して更なる強化を重ねているのだろう。ここまでお膳立てされてチカが欠けるなんていう想像はしない。
確かな自身と共に構え直せば、再び距離を詰めた男が大上段から得物を振り下ろした。合わせて逆手持ちのチカで受け止める。
初めてな気がする真正面からの攻防。頭上からの押し潰されそうな衝撃を、どうにか受け切って結ぶ。辺りに破壊の余波が飛び散り、また景観を壊した。
刹那、刃同士が触れた部分から互いを吹き飛ばす衝撃が走って、後ろ向きに足が浮いた。直ぐに受身と共に運動を逃がせば、体勢を低くしたまま左手に問う。
「無事か?」
「うん……でも、あれなに……? 魔術がぐちゃぐちゃ……」
呟くチカは、まるで認め難いものにでも相対したような声を落とす。
「何であれで魔術使えるの?」
「落ち着け、チカ。何が分かった」
「ぁ、うん……。えっと、多分だけど剣の中に魔物が封じられてる。形としては魔剣と同じ。……けど、一体じゃない」
「一体じゃない?」
「うん。数までは分からなかったけど、複数の魔物が一つの剣に入ってた。それが継ぎ接ぎになってて、変な魔術に組み変わってる」
恐らくチカには理解できているのだろが、どうにも言葉にするのは苦手なようで。ところどころ理解の出来ない事実をどうにか受け止める。
少なくとも、まともな魔剣ではない……紛い物である事は確からしい。あの随分な破壊力の魔術もそれが原因なのだろう。
「ユウならもう少し分かるかも」
「ならできるだけ壊さずに手に入れないとな」
当初の目的通り。そう言い聞かせて再び握り直す。
そうして始まった剣戟の中で己の技術を磨きつつショウの様子を伺う。すると彼は、建物ほどもある巨大な赤黒い剣を振り被っていた。取り出したときはあんな馬鹿でかい剣じゃなかったのに、一体どういうからくりだろうか。
目の前の攻撃を器用に柄で受け止め、そのまま弾いて蹴り飛ばす。魔力で強化された脚力は常人のそれとはわけが違う。普通の人間なら壁までふっ飛ばしかねないが、相手もまた紛い物とは言え魔剣と契約する体。それほど大きなダメージにはならない。
が、だからこそいい練習台になってくれると。己に驕らず戒めて実感を噛み締める。
するとショウの方へと意識を傾けていたらしいチカが小さく零した。
「あの魔具、かわってるね」
「と言うと?」
「自傷して溢れた血を操ってる」
「そりゃあ随分な能力だな」
あの赤黒い巨大な刀身。どうやらあれは血液をコントロールしてのものらしい。と、次の瞬間掲げた刃が数多の小さな針になって敵に殺到していた。なるほど、面白い武器だな。
「あぁ、それで薬か」
武器を握った時点でその能力に気付いたショウ。本来ならば血の沢山流れる乱戦でこそ輝く魔具なのだろうが、敵が一体しかいなければその本領は発揮され辛い。だから自傷で自ら血を流し、それを操っているのだ。それを見越して先ほど薬を求めたのだろう。
「あ、違う。血だけじゃない。金属が操れるんだ」
血中には様々な成分が含まれている。その内、剣の材料でもある金属に縁を持ってコントロールする事に秀でているのだろう。
ショウの力は限界まで魔具の力を引き出すことが出来る。だからきっと、その気になれば辺りのあらゆる金属を支配下において縦横無尽に振るう事ができるはずだ。尚乱戦で光る魔具だな。どうして今召喚されたんだか、ランダムが口惜しい。
「いいなぁ、いろいろ出来て……」
「羨むくらいなら羨まれるくらいに一芸特化してみろ」
「ん、頑張る……!」
カレンの背中を押せば、彼女は俺の手から離れて人型に戻る。と、チカもそれに倣い、二人が少女の姿のまま男を見据えた。
小さく呼吸を挟んで集中する。手を翳し出来上がったのは、さすまたのような形をした剣。確かに、敵を取り押さえるには合理的だな。
魔術で作り出したそれが、対峙する男の身柄を押さえようと殺到する。すると男は最初の一本を弾き、勢いそのままに地面に叩きつけて衝撃で後続を無力化して見せた。だからどうしてそう物壊すんだよ。後で直す人たちが大変だろ? 仕事増やしてやるなよ。
「じゃあこれっ!」
失敗に挫けず、想像の限りに次の剣を作り出すカレン。が、どうにもさすまたの形がイメージから離れないのか、作成するそれらがアレンジの様相を呈してくる。発想が貧困だな。
「もうちょっと考えろよ」
「うぅ、だってぇ……」
「こうかな……えい!」
カレンに対抗するようにチカが魔術を使う。地面から生えた土の蛇。それが波濤のように男を拘束しにかかる。……いや、だからどうしてそう町を壊すんだよ。なんなの? そう言う大会なの?
「むぅ……やっぱりかわいくない……」
「そろそろ諦めたらどうだ?」
「やだ」
無駄に頑固なチカ。そう言う所は記憶を失う前と一緒だな。
……なんて考えながら、魔力だけを与えながら二人に好き放題させてみる。すると途中から二人が示し合わせたように連携するようになった。
簡単な形としてチカの大規模な魔術で追い込み、カレンが詰めようとする。数の暴力ではあるが、余りある魔力に感けて物量で押される方は溜まったものではないだろう。もう一捻りあれば取り押さえられそうだが……。
俺なら…………そう考えた所で、防戦一方な事に痺れを切らした男が負傷覚悟でこちらに突っ込んできた。途端、カレンとチカが拘束の手を緩めてしまう。
あぁ、やっぱりそうなったか。と言うのも、二人はどうにか無傷で事を治めようとしていた。だから敵が防御をしなくなれば強攻策を取り辛くなるのだ。
別に、魔剣紛いさえ無事ならあの男の体がどうなろうと知ったことではないんだが……人以上にお人好しな魔剣二振りがそんな非情な判断などできるわけもなく。仕方なく剣で壁を作って妨害し時間を稼ぐ。
「……まぁ気持ちは分かるがな。これは試合じゃなく生殺与奪さえ絡む戦いだ。勝ち方に拘るな」
「でも……」
「少しの怪我くらい治る。五体満足での拘束が難しいなら、足でも腕でも縫い付けてやればいい」
「……………………」
「あまり悠長な事してると、イヴァンに後れを取るぞ」
「……ん」
少し強く言い過ぎたかと。心配をしたのも束の間。カレンが作り出したのは巨大な剣。それを操ってうちわの様に横薙ぎに振るい、こちらに来ていた敵の体を殴るように吹っ飛ばした。
空中で自由の利かなくなった男の着地地点には魔王でも捕らえるのかと言う魔術拘束の嵐。物理的な力ではどうにもならない、純粋な魔力だけの拘束に、ようやく男の身柄を取り押さえる。
「……大丈夫。いざという時はやるよ。でも、できるまではこうやって頑張らせて」
「…………分かった」
相変わらず甘い魔剣な事だ。が、彼女に救われているのも事実だと胸の奥で思いつつ。自由を奪った男の傍に寄ってその手から剣を取り上げる。
「チカ」
「うん」
まだ何事かを叫んでいた男が、次いで行使されたチカの魔術で昏倒して気を失った。ったく、どうしてこんな紛い物に溺れるんだか。魔剣なんて持っても自由が奪われるだけだってのに。
考えていると戦いの緊張を解いた二人が俺の手の中のそれを見つめる。
「うわ、なにこれ……気持ち悪……」
「なにがだ」
「え?」
「具体的に何が気持ち悪い?」
「あー、えっと……中途半端、かな」
少しでも情報が欲しいと魔剣の視点を掘り下げれば、これまた曖昧な答えが返った。何でそう毎度説明が下手なんだよ、お前は。
呆れるのと同時、チカが補足するように紛い物を見つめて零す。
「剣に魔物を封じてるのは一緒……。でも、色々継ぎ接ぎしてるから普通の魔剣より結合が弱くて……どっちかって言うと魔具の方が近いかも」
「けど形式上は魔剣だと……。そりゃあたしかに中途半端だな」
「でしょ?」
「チカ、もう少し詳しく分かるか?」
「……これ以上はユウの協力が欲しい」
ふむ、下手に突っついて暴走しても敵わないからな。安全策は大事か。
考えて、それからもう一人の方へと視線を向ければ、ショウとユウが肩を並べて男を追い詰めていた。欠陥品とは言え魔剣相手に、契約もしていない魔具と魔瞳でよくも渡り合えるもんだ。
様子見に近寄って声を掛ける。
「よう、助けはいるか?」
「いや、大丈夫だ」
「やっと出来た…………」
近寄って声を掛ければ、ユウが疲れたように息を吐く。目の前で、こちらに切っ先を向けたまま固まる男の姿。
「……魔瞳か?」
「はい。あの魔剣の所為なのか、随分と抵抗されましたけどどうにか。ミノさんの方は……訊くまでもなかったですね」
「ふぅ…………神経使った……」
その声に合わせて、維持されていた血の剣がばしゃりとその場に散った。
「そんなに血を使って大丈夫かよ」
「全部が全部オレのじゃねぇよ。ん」
答えて視線で示した先には、瓦礫の山。その隙間から、微かに流れる川を見つけて納得した。
……ま、災厄に巻き込まれた怨念の力を借りたと言えば格好はつくか。
「次からは壊したいですね」
「物騒なこと言うなよ」
「仕方ないじゃないですか。これ、そっちの方が得意なんですから」
ユウの手にする柄をナックルダスターにしたような双剣は、魔具として破壊の衝撃を増幅させる能力を秘めている。身の丈数倍はある岩塊を一発で崩壊させるその威力は確かに破壊の化身だが、彼女まで力に溺れないで欲しいものだ。
「……で?」
「これから聞き出します」
相手の魔力に干渉して惑わせる魔瞳の力。他に類を見ない唯一の力は、様々な用途を持つ。
自白もその一つ。深層心理まで掌握して尋問するなんて恐ろしい能力だ。が、当然覚えていない事は喋らないわけで。
「では質問です。今あなたが持っている武器。その本来の仕様用途は?」
「…………知らない」
「では誰から貰いましたか?」
「…………フードの、男。顔は、見えなかった」
「全部で何本?」
「…………七本」
「後五本か……」
生気の抜けたような平坦な抑揚の声に少しだけ恐怖を覚える。もしカレンと契約をしていなければ俺もこうなっていたかと思うとぞっとした。
「収穫は殆ど無しだな」
「んで、この剣どうするよ。オレあんまり触りたくねぇぞ?」
「大丈夫です。魔力さえ流さなければ起動はしませんので」
「起動って、まるで機械だな」
「そういう魔術が組み込んであるんです。それをきっかけに、擬似的な契約を結んで魔剣のように強力な力を使えるようにしてるんです」
「なるほどな」
既に表層の部分はその瞳で看破しているらしい。事、魔を暴く事に関しては彼女の右に出る物は居ないといってもいいだろう。
「オレが能力使えればもっと簡単に分かるんだろうがな」
「使ったら今度はお前の相手する破目になるだろうが、やめろ」
「わかってるよ」
確かにショウの力ならその詳細な所を一瞬で解き明かしてしまうだろう。しかし前例から鑑みるに、それで今度はショウが暴走して第二ラウンドなんてごめんだ。
カレンがいて、一度経験している以上対処は出来るだろうが、無駄な労力を費やす必要はない。
「ユウ、チカと協力してくれ。それなら詳しい所まで分かるだろ?」
「はい」
棒立ちの男から紛い物を取り上げてチカの元へ。すると彼女はもう一本の紛い物を中心に地面へ魔法陣を描いている最中だった。
「これ……魔術展開するんですか?」
「うん。そうしないと入り乱れてて分からない」
「分かりました、手伝います」
協力して巨大な魔法陣を描く二人の姿を眺めながら、隣の無能な棒に尋ねる。
「カレン、魔術展開ってのは?」
「名前の通りだよ。魔術の秘められた物……魔具とかの能力を知る為に中にある魔術を展開して解析するの」
「……………………」
「ミノ?」
「いや、お前が答えられるとは思わなかった」
「私だってそれくらい知ってるよっ! と言うかだったらなんで訊いたのっ!?」
時間潰しに鈍らの由縁を説いてやろうとしたのだが失敗してしまった。
「できた」
「ミノさん、一応警戒だけしておいて貰えますか? 一応幾つかの安全策は組み込みましたが、想定外が起きないとも限りませんので」
「あぁ」
中途半端な不良品。ショウの時も何も出来ずに呑まれたらしい暴走が起きている。ただ調べるだけでも用心しておくに越した事はない。
幾つか可能性を考慮して、まず面倒な魔障の為に体内に魔力を漲らせる。次いで物理的な衝撃の為に大きな剣を作り出して壁代わりに。それにカレンが直接触れて強化をする。剣に限ればこいつも優秀なんだがな。条件がピーキーすぎる。
「いいぞ」
「では……始めますっ」
「いっせーのっ……!」
魔法陣を挟むように二人が座り込んで両腕をつく。すると魔力が奔り、描かれた魔法陣が意味を紡いで中央の魔剣紛いに殺到した。
途端、剣から樹形図のような黒い線が数多も飛び出してくる。
「維持任せます」
「うん。ミノ、ちょっとだけ魔力ちょうだい」
「好きなだけ持って行け」
「ありがと」
どうやら一人で魔術を維持するのは大変らしい。が、そこは歩く魔力タンク。繋いだ契約を介してチカに魔力を送れば、地面の魔法陣が光を増した。……送りすぎたか?
考えている間に、立ち上がったユウが魔瞳を駆使して術式を読み解いていく。隣のカレンが展開された魔術を覗き見て顔を顰めた。
「うわ、ぐちゃぐちゃ……」
「これ、なんで動いてるんだろ」
「そんなに酷いのか?」
「辛うじて保ってるって感じですね。何か想定外が一つでもあれば直ぐに暴走しますよ、これ」
俺から見ると魔力の線が木の枝のように空に伸びている風にしか見えないのだが……彼女達が言うのだからまぁ間違いはないのだろう。
「んー……ところどころ破綻してますね。多分使い捨てを前提に組んであるのかな」
「……組み替える?」
「できそう?」
「やってみる」
「ミノ、少し離れて」
主語のない会話を交わすチカとユウ。組み替える。その単語が出たのを聞いて、カレンが距離を置いた。後ろに下がりつつ尋ねる。
「組み替えるってのは?」
「私もあまり詳しくはないけど、チカは昔から魔術弄るのが得意だったから。その時よく研究への協力として幾つかの魔術開発をしてたみたいで……」
「魔術を弄り回す事には慣れてるって事か?」
「うん。で、多分だけど、不安定な魔術を再構成して繋ぎ合わせるのを組み替えるって言ってるんだと思う」
「魔術の再編纂ってことか」
魔術の行使は、センスだ。成り立ちを理解し、それを理に沿って昇華する。俺も剣を作る魔術を何度も使ってきたから分かるが、あれは慣れだ。特にその規模が大きくなるにつれて膨大で繊細なイメージが必要になる。簡単に言えば、集中力との勝負だ。
事、魔術編纂……それも大規模魔術においてはチカは一級品だ。彼女自身はその力を可愛くないと卑下しているが、剣しか作れない身からすると羨ましいほどだ。
その類稀なる才能で、目の前の煩雑な魔術を改竄しようと言うのだろう。
そう納得を導き出した直度、大地で回る魔法陣が形を変えて書き換わり、次いで強く光を発した。今のは契約を介してなんとなく分かった。魔術展開の魔法陣を即興で変質させて、魔剣紛いの中身に干渉できるようにしたのだ。
……分かったからこそ、チカの凄まじさが身に沁みる。
普通、展開した魔術を後から書き換えるなんて事はそうありえない。追加能力を付加するならまだしも、根底から書き換えるなんて、展開している魔術が崩壊してしまうからだ。
それを、息を吸うように為してしまうチカのポテンシャル。魔術編纂において、彼女に並ぶ術者はそうは居ないだろう。
反面、カレンのように直接の戦闘に役立つ能力ではない。その能力も大規模で使い勝手に困るし、酷く不器用だ。が、今回はチカのその力にとても助けられている。後で、何か労いをしてやるとしよう。
「うわ、すご……」
見る見るうちに魔術の枝が消えては新たに生える。魔瞳と言う特異な力で魔に関する部分で秀でているユウでさえ圧倒されたように声を漏らした。
「あ、端っこ……っ!」
と、何かに気付いた様子のチカが、少し慌てたような表情を浮かべ、次いで展開した魔術を剣の中に戻した。
「チカ、どうした」
「もうちょっとで暴発させそうになった」
「こえぇな、おい……」
ショウが胸の内を代弁する。彼女を以ってしても、それだけ大掛かりで危険だったと言う事だろう。
「どうにか組み直したけど、ごめん、もう出せない。出したら次こそ暴走する。……でもどうにか、この状態なら安全だから」
「そうか。お疲れ」
「ん……」
石畳の上にぺたりと座り込んだチカ。これ以上彼女に無理はさせられないか。
「ユウ、どうだ。何か分かるか?」
ならばと次いで造詣の深いユウに尋ねれば、彼女は魔剣をじっと見つめ、触れたりしながら何かを確かめる。と、徐に立ち上がった彼女は、真っ直ぐにこちらを見つめて真剣な表情で問うた。
「……ミノさん、本当に知りたいですか?」
「悪い知らせか?」
「いえ、そうではなくて、その…………」
「ユウさん……?」
その魔剣が一体何の影響を及ぼすと言うのか。全く繋がらない前提に浮かんでも来ない可能性を問い返せば、彼女は逃げるように視線を逸らした。
僅かの沈黙の後、彼女は意を決したように零す。
「…………ミノさんは、知りたいんですよね。どうやってこれが作られたか。その目的、そして対策を」
「あぁ。こいつに俺の周り荒らされてこれからの予定を狂わされたらたまったもんじゃないからな」
「……それじゃあ、今のままでは無理です」
「無理って、何が?」
「今のわたしでは、この状態の魔剣からこれ以上の情報は分かりません」
自分の無力を呪うように告げるユウ。こちらを見つめるその瞳に、嘘の色はない。
「正しくは、安全性が確保できないので実行できない、ですね」
「安全性ってのは? どんな方法なんだ?」
そこを聞かなければ何も判断できない。そう問えば、彼女は考えを纏める様な間を開けて答える。
「……やり方は前にミノさんに協力したときと似てます。擬似契約をこの魔剣と結んで契約を介して干渉し、剣に封じられている魔物を惑わせて直接情報を吸い出します。これならこの剣が作られた過程から全部覗けるので」
「そんなことが可能なのか?」
「この目は真実の自白をさせるには十分すぎますから。中の魔物は恐らく低位です。殆ど抵抗されずに魔力に乗る記憶を引っ張れます」
「安全性がないってのは?」
「魔物は魔力の塊ですから。それこそ深くまで魔瞳の力で干渉すれば、その存在を脅かします」
魔物は魔力の乗った攻撃が弱点だ。つまり魔力を元にした魔瞳の力も同義で、カレンで斬るように中の魔物を討滅してしまうと言う事だろう。
「さっきも言った通り、複数の魔物を継ぎ接ぎしてこの魔剣は形を保っています。それが例えば、一箇所崩壊した場合……幾らチカさんが編纂してくれた術式でも直ぐに瓦解します」
「どうにか安定してるだけだから。少しでも不安定になると暴走するよ」
そこは同意見。間違いはなさそうだ。
「つまり、情報を得られる代わりに何が起こるか分からない、と……」
「魔剣が暴走するだけならまだいいです。けれどもしわたしに影響が返って飲み込まれたら、サリエルまで暴走しかねません」
「それは厄介だな」
ユウの……魔瞳の力は身に沁みてよく知っている。彼女と戦った時は俺を捉えようとある程度力を制限していたはずだ。そのリミッターが外れた時、カレンがいても無事でいられる保証はない。最悪、暴走したユウの力を凌いで……彼女を斬る必要だって出て来るだろう。そうなった時にカレンの心が鈍るのは目に見えている。起こすべきではない、取るべきではない選択肢だ。
「ミノさんのことですから、確証がない危険は冒せませんよね?」
「そうだな」
何よりユウを失いたくはない。折角の常識人だ。彼女がいなくなれば俺が精神的に死んでしまう。
……だからこそ、彼女が触れなかった部分にあえて突っ込む。
「で? どうすればその危険を回避できる?」
「……………………」
じっとこちらを、睨むように見つめるチカ。ともすればその瞳で今のやり取りさえもなかった事にされかねない沈黙の中で…………先に折れたのはユウだった。
「……分かってて、訊いてますよね?」
「だとしても、ユウの決断だ。俺は可能性を探してるに過ぎない」
「相変わらず卑怯だけはお上手ですね」
曲がった褒め言葉に答えを促せば、ユウは小さく俯いて零す。
「…………契約です」
「それって……!」
「できるのか、ですよね?」
カレンの声に自嘲するような笑み。それから彼女は、己に問う様に口を開く。
「確かに、怖いです。カレンさんと比べるのは烏滸がましいですが、わたしも契約者を失いましたから。また誰かをこの目で振り回して危険に陥れるかもしれない。そう考えると、胸が苦しくなります」
ユウは、契約をする事に強い忌避感を覚えている。それはきっと、一つ前の相手…………しがみ付いた生存本能で己の手のひらを赤く染めてしまった事に起因しているはずだ。
誰だって、そんな経験をすれば恐怖してしまう。だからこそ、俺も出来る限り人は殺さないようにしてきた。偶然に助けられてか、今のところ直接の死者は一人も出していない。
「けど必要だってことも分かってて、前に進むのも大切だって思うんです。怖くて、足が竦んで、今にも座り込みそうですけど。その先に理想の一端があるんだって思えば、勇気も出ます」
困難に立ち向かうように、拳を強く握って顔を上げるユウ。その瞳は、怯えながらも、惑わない芯の強い光を灯す。
「ずっと……ずっと考えてました。カレンさんとミノさん、チカさんとミノさん。互いに助け合って危地を乗り越える姿は、羨ましく見えました。こんな人と契約できたら、こんな風に自分を預けられたら……それが嫌に現実的で、居心地の悪さも感じました」
ユウは、魔瞳と言う力を持ちながら、その体は、心は人間だ。加えて人一倍優しくて、気遣い屋で……そんな彼女が人間らしく葛藤してしまうのは仕方のないことかもしれない。
それでもと願う未来は、理想は、酷く彼女を追い詰めて。手を伸ばせば届くその場所に、自分が登っていく事が怖いのだろう。
ありありと想像出来るから。それを壊したくないから……。
「……でも、だからこそ思うんです。怖いっていうのは、そう望んでる証なんだって。わたしはきっと、誰よりも共に立てる相手が欲しいんだって。信じたいんだって。だから…………」
そう連ねて、彼女はトラウマを超える勇気を胸に────
「だから────ショウさん、わたしと契約してくれませんか?」
「……へ? お、オレ……?」
その選択を、少しだけ嬉しく思う。
ユウならきっと、俺を選ばないと思っていたから。
「いや、今の話の流れなら相手はミノなんじゃ……」
「確かにミノさんも信頼できます。でも、契約をすればそれこそ認めてしまいますから」
「……?」
どうやらショウには理解できない話らしい。
ユウは、俺の事を鏡の向こうの自分と同じくらいに考えているのだろう。
人として失敗し。命に関わるところで悩み。今を打開しようと新たな自分に手を伸ばす。そんな、どこまでも似すぎているこれまでを、最後まで同じ道を辿りたくないと言っているのだ。
そしてそれは、俺がユウに望んでいることでもある。
ユウと俺はよく似ているから。だから自分を殺すような選択をして欲しくないと……俺の二の舞にならないで欲しいのだ。もし俺と契約すれば、互いの過去を認めて傷を舐め合う事になる。それは、俺も、ユウも望まない。
だから俺とは契約できない。俺も、ユウと契約をするつもりはない。
これ以上お守りを任されても困るしな。
「それに、わたしはショウさんの気持ちにも共感してるんです。……傍から言わせれば自己満足かもしれません。でもその事に誇りを持ってるショウさんを、尊敬しているんです。その、一人で頑張ろうとしてる事を、わたしが助けたいんです。そうすれば……少しは救われますから」
こちらを伺って笑みを零すユウ。彼女も大概お節介だと鼻を鳴らせば、また一つくすりと笑ったユウがそれからショウに向き直った。
「魔剣には及ばない魔具を、わたしの魔瞳でサポートも出来ます。今よりずっと安全になります。……なにより、ショウさんが少しだけ心配ですから。だからわたしに、ショウさんのお手伝いをさせてください」
「心配って……」
ユウのその目には、一体何処までが見えているのか。そんな事を考えれば、こちらを伺うようにショウが視線を向けてきた。
「好きにすればいいが、決断は早くしろ。あまり時間もないぞ」
そろそろ先ほどの戦闘騒ぎを聞きつけて誰かがやってきかねない。姿を見られるのは面倒だ。さっさと目的を達してここを離れるに限る。
「ショウさん」
「……………………オレで、いいんだな?」
「はい」
果断に頷いたユウの目を見つめ返して…………そうしてショウが頷く。
「……分かった。契約しよう」
「チカ」
「もう準備できてるよ」
確認が取れたところでチカに契約の補助をお願いしようと声を向ければ、既に察して準備をしてくれていた。こういうそつないところは呼吸の合い方が心地よい。
紙に描いた魔術をひらりと宙に舞わせれば、琥珀色の炎に包まれてユウとショウの足元に魔法陣が展開される。
「えっと、どうすればいいんだっけか……?」
「魔法陣に魔力を流して、それから言霊を唱えてください」
「あぁ、そうだ。思い出した」
どうやら契約に関する記憶は残っていたらしい。俺もそうだったが、転生した時にほぼ強制的に覚えさせられたからな。余程興味がない限り忘れたりはしないだろう。
二人が準備をするのを、カレンが少し羨ましそうに眺めている事に気がついた。
「……どうかしたか?」
「…………ううん。なんでもない」
答えて、無意識か唇に指を這わせたカレン。その仕草に、彼女との契約の事を思い出して視線を逸らした。
それから彼女の考えていた事に至る。補助の魔術があれば、口付けをする必要はない。あれは仕方のない選択だった。
契約をした時にカレンが言っていたが、組織にいたときは目の前の二人のように補助ありで契約実験をしていたらしい。恐らく、それも思い出しているのだろう。
「ミノは、後悔してない?」
「後悔しかしてない」
「ふふっ、そっか」
勝手に解釈したカレンの笑みに小さく溜息を吐いて。それから準備を終えた二人が互いを確かめるように見つめ合う。と、その事に首を傾げたユウ。
「どうかしましたか……?」
「いや、その……綺麗な目だな、と思って…………」
「う、うるさいですっ……!」
頬を掻いて答えたショウと、照れたようなユウ。契約を前に一体何をしているのだと呆れれば、溜め息に我に返ったらしい二人が咳払いと深呼吸を挟んでようやく目的に手を伸ばした。
「契約者ショウ・ノースが告する。我が倖を縛りし刻印をこの身に勒し、魔の理統べるかの意志と契りを交わせ。付する天枷の銘は────ユウ。証憑印す其の形持て、我が手に剣となりて顕示せよ!」
魔瞳との契約ではあるが、文言は魔剣のそれと同じ。契約をしてもユウが魔剣になったりする訳ではないが、仕方がないかと。
ちょっとした違和感を覚えつつその音を聞き届ければ、二人の足元からうねった魔力が二股に分かれて互いの体に証を刻印する。ユウの契約痕は右胸……鎖骨の下辺り。ショウの契約痕は右手の甲だった。
一体何を基準に場所が決まるのだろうかと、形のない裁定者を追いかけながら術式の完遂を見届ける。
「ん……ショウさんの魔力、ちょっと冷たいかも……」
「そうなのか?」
「なんとなくですけどね。魔力に温度はないですから」
「ミノのはアレだよね」
「重い」
それぞれに得意な魔術があるように、魔力にも特性のような物があるらしい。契約を介せば魔に縁を持つ方がそれを感じるということだろう。
カレンとチカが視線をかわして零す。どうでもいいが重いってのは誤解を招くからもう言うな。俺が面倒くさい奴って思われるだろうが。
「俺の事はいいんだよ……。それでユウ、直ぐにでも魔剣から情報は抜き取れるのか?」
「あ、はい。契約のお陰でわたしの力も安定しますから。これで安全は確保できます。……ショウさん、少し魔力をいただいてもいいですか?」
「あぁ、好きなだけ使ってくれ」
やり取りから察するに、俺ほどではないがショウもそれなりに魔力を持っている様子。ユウ一人程度なら難なく維持して自分が戦いに参加することも問題なさそうだ。
それにユウはサリエルの力を借りて己で魔力を賄えるからな。魔瞳と言う特別であっても、どこかの《枯姫》様よりは燃費がいいのだろう。
そう言えば契約をするとその相手の得意な魔術が使えるようになるが、ユウとの契約だと一体どんな力が使えるようになるのだろうか……。
興味から頭の片隅で考えていると、魔剣を手に取ったユウが魔術を行使する。
「……ユウってあたしより酷いよね」
「集中してるので後にしてください」
展開された魔術を見てチカが零す。彼女にとっては行使された魔術を見るだけで解き明かす事は造作もないらしい。
少しだけ気になって視線を向ける。するとチカは、ユウを一瞥して口を開いた。
「……今使ってるのは魔瞳の力をより強力にした術式。詳しい事を言うと時間が足りないけど、要は思いっきり幻惑して意識の上書きをしてる」
「えげつないな……」
魔瞳の力は相手に幻覚を見せるもの。それを突き詰めれば、精神感応と言う事になるのだろう。ユウの得意分野は、そうして相手を行動不能に陥らせる間接的な魔術と言うことだ。
とは言えどうやら時間は掛かるし、随分と集中も必要な様子。戦闘中に相手を無力化するというのは中々に難しそうだ。が、使い方によっては強力な能力。必要になったら頼るとしよう。
そうこうしているとユウの持つ魔剣が青白く光り始める。やがて切っ先まで均一に光が纏い、ある種幻想的な姿になると、ようやくユウが目を開いた。
「……ふぅ…………」
「終わった?」
「はい。けど説明は後の方がいいですかね。そろそろ誰か来てもおかしくないですから」
「そうだな。ショウ、そいつら引き渡してくれるか。俺が顔を見られるとまずい」
「おーけい。んじゃ、また宿で」
そろそろ時間切れ。ユウの言葉に頷いて後をショウに任せる。彼ならばベリルの後ろ盾を理由に拘束される事もない。それにユウがいれば、いざという時も切り抜けられるだろう。特にユウの力は使い勝手がいい。逃げ回る身からすれば願ってもないものだ。それが契約によって更に強力になり、魔力の心配も殆どしなくてもよくなるというのであれば、これ以上はないだろう。
ユウの覚悟には感謝だ。後で慰労でもしてやるとしよう。思いつつ、カレンとチカをつれて路地を入り、大通りに出て人込みに紛れる。
宿に向かう道中、一応の確認。
「カレン、他の魔剣は?」
「…………多分もう一本……でももう終わるよ」
「そうか。チカ、魔術での追跡は?」
「ない。あったら対処してる」
「頼もしい限りだな」
可能な限り警戒して人の波を歩く。何かを終えた後が一番油断し易い。こんな時に《甦君門》の奴らに狙われたらたまったものではないと。
気を抜かず周りを伺いながら段々と体の熱を冷ましていく。全く、温泉町で騒ぎなんて起こしてくれるなよな。折角の休息が台無しじゃねぇか……。
辿り着いた宿でしばらく待てば、ショウとユウが土産を片手に戻ってきた。
「すまん、遅くなった」
「それは?」
「あぁ、手土産だ。少しばかり報奨金が出たからな。それを受け取るのに手間取っちまった」
「これ以上身銭があっても困るだけなんだが……」
ドラゴンの角で儲けた分がたんまりある。カレンと旅を始めたころならいざ知らず、小さい袋に入った銅貨銀貨なんて最早端金だ。……いや、嬉しいけどな?
「外はどうだ?」
「現場検証が始まってますよ」
「ミノ達の魔力は消しておいたから大丈夫だと思う」
チカの機転に感謝をしつつ、それから腰を上げる。
「なら一安心だな。……明日には出る。今夜はその金で食いたいだけ食え」
「さっすがミノっ、話が分かる!」
「お前今回殆ど何もしてないだろうが」
「ミノがそう感じるくらいの雑用を私が押し付けられたんじゃないかな?」
減らず口を叩きやがって……。日を跨ぐ毎に生意気になっていく鈍らに溜息を吐きつつ階下に向かう。
まぁ最終的にカレンがいればどうにかなると思っていたから彼女を温存していたのだ。溜まっている分は食欲で満たしてもらうとしよう。
言えば調子に乗る魔剣の賑やかな声に上っ面のやり取りを返しつつ思う。ほんと、色々飽きなくて酷い話だ。




