プロローグ
「また来たのか……」
薪を割っている最中、背後に感じた気配に疲れたような声を零す。すると木の陰から一人の男が姿を現した。
「そう言わないでください。こっちだって仕事なんですから」
「答えは変わらん。戻る気はない」
「そうですか。分かりました」
もうこれで三度目になるだろうか。連絡役の彼は、疲れたように溜息を吐く。使用人と言うのも大変だな。
「で? あいつはどうしてる?」
「もう国境を越えてますよ」
「ベリルか?」
「はい」
問いには簡素な返答。その内容は、彼にお願いしたとある人物の追跡調査……その報告だ。
何の因果か拾ってしまった少年。約二年面倒を見た中で、けれども一向に懐く気配のなかった彼は、しばらく前にこの場所を出て行ってしまった。
まぁ必要な事は覚えて行ったみたいだからそう簡単にはくたばらないだろうが、それでも中々に見所のあったのは確か。彼がどこにも行かなければ、あのまま弟子にしてやってもよかったほどだったのに。
「それと別件でもう一つ。彼、《甦君門》と接触してましたよ」
「それはまた面倒な事に巻き込まれてるな……」
「心配ですか?」
「少し期待はしてたからな。物言わぬ体になって戻ってきたら少し悲しいかもな」
「貴方ほどの人がそこまでですか。やっぱり彼を繋ぎとめて置けなかったのは惜しかったですね」
後悔するような背後の言葉に視線を向ければ、彼は貼り付けた笑みで頭を下げる。
「ではこれで。お邪魔しました、ベディヴィア様」
「ふん」
ベディヴィア。敬称をつけられたその名前を鼻であしらってまた一つ薪を割る。
そんなに称えられるほど立派な事などしていない。ただこの身は、友の力になれなかった巡り合せの悪い爪弾き物……それだけだ。




