アクトチューン
廊下を歩いていると、向かいから見知った顔がこちらにやってきた。彼女は目の前で足を止めると糾弾するように問う。
「失敗したって聞いたわよ?」
「失敗じゃないさ。想定外が起きただけだ。もう対処はしているし、そもそもあれが特別だっただけだ」
「ならなかった事になるわけじゃないのね?」
「あぁ。君には随分と協力してもらったからね。蓋然性の高い方法だ。そう簡単に諦めたりはしてないよ」
「そう、それならいいわ」
言いながら、壁に背を預けた彼女は腕を組んで小さく息を吐く。そんな彼女に機嫌を直してもらおうと一つだけ良い報告をする。
「そう言えばベリリウムで彼女に会ってきたよ」
「元気にしてた?」
「あぁ。幾つか面白い情報も手に入った」
「あまりあの子に無茶をさせないようにね」
「可愛い妹だから?」
「……仲間だからよ…………」
言い訳するように視線を逸らした彼女に小さく笑って、それから更に情報共有。
「我らが希望は順調だった。お姫様の方は少し予定外だったけれど、計画に大きな狂いはない。いざとなれば彼女の託け通り事を成すだけだ。その場合彼女には謝らないとだけどね」
「本当はそうしないのが一番だけど、仕方ないわね。他には?」
「魔篇の在り処がわかった。今度はそれを探しに行こうと思う」
「あれ実在してたの? 法螺かと思ってた」
「まぁ噂だけならそれも価値ある情報だ。今は他に出来ることもないし私が行ってくるとしよう」
「戻ってきて早々忙しいわね。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「あまり長引かせると期を逸すからね。拠り代の居場所がわかっている内に始めたい」
「これ以上悪くなる立場もないけれどもね」
彼女の言葉にそれもそうかと思いつつ。けれどもようやくの悲願が目の前に迫っている事を肌で感じながら一歩を踏み出す。と、背中に声を掛けられた。
「お願いだからその時までに貴方までいなくならないでよ、イヴァン」
「それは…………彼ら次第かな」
肩越しに手を振って挨拶すれば、溜め息を零した彼女に小さく笑う。
心配してくれてありがとう。けれどもそう簡単に全てを投げ出すつもりもない。使うべき命は、その時に。
長かった気がする道程に確かな実感を噛み締めながら顔を上げる。
「……大丈夫。わかってるから」
呟きは、誰に向けてか。小さく響いた音に、私はもう一人の声を聞く。




