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名無しとカレンな転生デスペラードを  作者: 芝森 蛍
ショウ・マイ・リグレット
24/84

第二章

 少しだけ大人っぽくなったかもしれない顔つき。見るのも嫌なその面構えに、柄を握る手に力が篭る。


「お前、どうしてここにいる……?」


 せめてもの問いかけと共に握る剣を構える。すると男は少しだけ顔を歪めた後、ゆっくりとその場へ膝を突いた。続けて折った膝から下を地面につけ、その上に体を乗せて畳むようにして折ると、両手の指を揃えて頭を深く下げる。

 それは────土下座。日本古来より伝わる、誠心誠意の謝罪の意を示す行為。その仕草と共に、男はじっと何かを待つ。


「……なんの、つもりだ…………」

「……………………」


 返事は無い。ただそうするのが当たり前だと言うように、平伏して頭を下げる。

 その行いに、腹の奥底を鱗まみれの掌でひっくり返されたような激情が競り上がった。


「いい加減に────」

『ミノ…………?』

「っ……!」


 次いで頭に響いた声。その音に何故か冷静さを取り戻して、胸の中に渦巻いていた感情がゆっくりと収まっていく。

 振り返れば、御者台から心配そうにこちらを見つめるカレンとユウの顔があった。

 …………そうだ。こんな事で足を止めている暇は無い。今はベリル連邦の首都に向かう途中だ。

 戻した視線で一瞥。それから掌の剣を消して踵を返すと、御者台に腰を下してカレンに告げる。


「……出せ」

「え、でも…………」

「出せ」

「……………………分かった」


 強くそう言葉にすれば、未だ土下座をしたままの男に気遣うような視線を向けたカレンが手綱を振るう。小さな嘶きと共に馬が歩き出し、男の傍を擦れ違って道に戻る。

 隣と直ぐ後ろからは言葉にしない気配。その好奇心に苛立ちが募る。


「…………ユウ、次の町までどれくらいかかる?」

「え…………っと……三日くらいだと思います」

「首都までは?」

「……半月くらい、だと」


 コーズミマの暦は地球とほぼ変わらない。一月が30日で、一年が十二ヶ月。例外として夏と冬の終わりに二日ずつ追加されて、364日で一年が巡る計算だ。

 半月と言う事は約二週間。糧食(りょうしょく)を考えれば途中町に寄らなければで、そうするともう少し掛かる計算か。

 因みに、暦は月の満ち欠けに比例する。明確な時間の概念がないコーズミマの一日は、日が昇った時間を一日の始まりとし、約30日周期で月の満ち欠けが一巡する事からそう決まっている。夏と冬の終わりの二日ずつ……計四日は月の満ち欠けにある僅かなずれを修正する為の日で、そう言うものらしい。だったら季節の節目毎に一日ずつでもよかったのではとも思ったが、それが常識なのだから仕方ない。声を上げて変な目で見られるのは面倒だ。


「ねぇミノ……」

「……………………」

「その……後ろ…………」


 追求なら無視してやろうと閉ざした口。けれど続いた言葉に仕方なく顔を向ければ、少し離れたところを馬に乗った男がゆっくりと着いて来ていた。…………クソが。

 胸の内で悪態を吐くと見なかった振りで前を向く。それからユウに貰った文字の表に視線を落としてその情報に意識の全てを傾ける。

 しばらく何かを言いたげだった二人だが、やがて諦めたのかカレンは手綱を握り前を見据え、ユウは荷台の縁に腰掛け着かず離れず距離を保つ後ろの随従者をじっと見つめ始めた。

 ……残念ながら今回は俺から言うつもりは無い。あれはそう言う存在だ。全く、忌々しい…………。

 そう結論付けて、微かに浮上した辺りへの意識を再び手元へと落としたのだった。




 馬の休憩をしつつ次の町へ向けて進む。陽が落ちれば火を熾し野営をして食事を腹の中に詰め込み荷台で寝る。

 少し離れた目の届くところでは昼間の男が一人同じように火を熾していた。慣れていないのか苦戦していたようで、気になって仕方なかったらしいユウが男の下へ種火を持って行っていた。止めるのも面倒で放置すれば、今度は少し多めに作ったらしい食事を器によそって男のところへ。慈悲深いシェフな事で。

 明くる日に馬車を出せば、当然のように後ろをついてくる男の姿。けれども距離を詰めてくるでも抜かすでもない様子の彼は、ただ一定のペースを保って同じ方向へと馬を進めていた。

 昼も、夜も変わらず距離を取り。ただただ何かに耐えるように後をつけてくる男。何をするでもないその道行きに、カレンとユウは思うところがある様子だったが、特別何かをする勇気もないようで。

 そうして次の町に辿り着いて宿を取れば、知らずの内に詰めていた気が重い吐息となって零れた。

 翌日部屋から出ると、扉の目の前で部屋に向けて男が一人土下座をしていて思わず驚いた。踏みそうになった足を、少しだけ迷って床に向け、知らない振りで隣を過ぎる。後から出てきたカレンとユウが声を上げていたが、無視をした。

 傭兵宿で即日に完了する依頼を受け報酬を手に入れ、食事を終えて戻ってくると部屋の前にはまだ男がいた。こちらの姿が見えると慌てたように再び土下座をする。……なんだ、留守の間ずっとしてたわけじゃなかったのか。

 その翌日も扉を開ければそこに男がいて、ただ目障りに感じた。更なる次の日の朝は、崩れた姿勢で寝オチをしていた。扉と足音に気付いたらしい男が顔を上げて、微かに交わった視線が再び土下座に隠れた。

 そんな二日の滞在。依頼をこなし物を揃え次の準備を整えると、再び馬車の旅へと繰り出す。男も当然のように後から着いてきて、鬱陶しさを感じる俺の傍で何故かカレンとユウが少し安堵をしていたようだった。

 次の町までの道中、それまで晴れていたのにいきなり二日間雨が降り続いた日があった。どうやらベリルではこういった気候は珍しく無いらしい。

 考えるに、ベリルが南に位置するからだろう。地球でも赤道近く……熱帯雨林の辺りは降水量が多い。あれは太陽が近い事と生い茂る植物が空気中に沢山の水蒸気をばら撒く事で、温められて雲が発生するからだ。

 コーズミマは前に想像した通り北半球に位置する。その事実を、前の町でしっかり確認した。具体的には、コンパスを作ったのだ。

 この世界にそんな便利な物は当然存在しない。けれども知識さえあれば自作は可能だ。

 ボルタ電池を知っているだろうか。簡単に言うと乾電池の元祖である。二種類の金属と溶液を用いて作る、化学反応で電気を生み出す装置。その材料をどうにか集めて自作したのだ。例え世界に周知されていなくても……ところ変わっても、物さえあれば再現出来るのが科学の面白いところだ。

 その電気を用い、今度はコイルを作って流し電磁石を作る。しかしコイルだと方位磁針としては使いにくいので、更に針金を磁化させて浮力の働く物質に刺し水に浮かせる。すると方位磁針……伏角計が完成し、針金がコンパスの針の役割を果たして水面で回転し、N極が北を向き、沈んだ。その方角は、地図上でユークレース司教国を示す。つまりそちらが北だ。

 N極が沈むと言う事はその先にS極があると言う事。地球もそうだが、右手回りの自転の惑星には北にSの磁界が出来る。地図では上にユークレースが、下にベリルが描かれ、ユウの話では北に行くほど寒くなり雪が降ると言う。つまりコーズミマは地球で言う北半球に位置すると言う事で、東西南北の認識も同じと言うわけだ。

 だから南に向かうにつれて植生が豊かになり暑くなって、雨が降りやすくなり降水量が増す。突然のスコールに遭う機会も増え、舗装のされていない道はぬかるんで足を取られる。代わりに天然の水浴びが出来ると言う事だ。

 ……どうでもいいが、日本にいた頃によく読んだ物語では、異世界であっても物語の舞台が北半球である事が多かったと今になって思う。恐らくだが、人口の殆どが北半球に位置したから、大衆向けには北半球が舞台となる事が定番だったのだろう。南半球の人達には不便な話だ。そう思えば南半球が舞台のファンタジーを読んでみたいと今更ながらに夢を描く。

 因みにこんな色々な知識は、俺がこっちに来る前に詰め込んだせめてもの現実逃避の産物だ。アニメは……あまり見なかったが、その原作と言われるような作品は沢山読み漁った。引き篭りの娯楽は限られるのだ。お陰で断片的な知識があちこちに跳び散っている。どうやらそれもこっちの世界では幾つか通用するらしい。知識とは偉大だ。

 っと話が随分とずれた。そんな色々な根拠から北半球で南に向かい雨に遭った俺たち。

 一応幌馬車と言う構造上、余程でない限り荷台の中にいれば雨風は凌げる為に、馬の無理にならない程度に道中ゆっくりと進んだ。

 その後ろから遮蔽物など無い馬の背で一人ついてくる男は、どうやら持っていたらしいローブ一枚と自然の盾を出来る限り利用してやり過ごしたようだった。運はいいらしく風邪は引かなかったようだ。お疲れ様な事だ。……こっちは最悪だがな。

 その雨の翌日、男の運の代償を肩代わりしたのか、行動を共にしていたたった一頭の馬が眠るように息を引き取ったようだった。恐らくずっと彼を背に乗せて酷な旅をしてきたのだろう。そこに雨曝しの二日が致命的な環境変化となって、天命を全うしたらしい。

 カレンとユウが引き止められないのをいい事に男に協力して馬を埋葬してあげていた。……別に、馬に罪は無いから手を合わせてやってもよかったが、そうすれば彼を認識したと認めるようで仕方なく胸の内だけの哀悼に留めておいた。

 確かな足の喪失により、男は沢山あった荷物の殆どを捨て、最低限に纏めて背負い、その日から徒歩で後をついて来るようになった。

 二人がお節介に同情でもしたのか、捨てる荷物をこちらの荷台に積めないかと相談して来たが突っ撥ねた。あいつに情けを掛けてやるつもりは無い。もし手放したくないなら面と向かって頼むのが筋と言うものだろう。……頼まれたところで、頷きはしないだろうがな。

 そんな風に色々な事を考えながらの旅路で、それ以上背後のストーカーにくれてやる興味もないと話題を探し続けて。それからようやく見つけた……と言うか色々ありすぎて抜け落ちていた疑問を零す。


「そう言えばユウ」

「なんですか?」

「イヴァンと戦った時、何か思うところがあったんじゃないのか?」

「え…………あぁ、そうですね。すっかり忘れてました」


 驚くほどの興味と理解力で既に漢字の勉強に至っているユウ。そんな彼女が少し呆けたように零して、それから遠い昔の事を思い出すように視線を宙に向けた。


「えっとぉ…………あの人、人だけど人ではありませんでしたよ」

「……どう言う事だ?」


 魔瞳(まどう)と言う特別な目を持つ少女。彼女の瞳は人には見えない何かを認識する、魔物寄りの力を持っている。その感知能力……彼女にしか見えない世界は、カレンですら知覚出来ない部分まで見通す常識外れだ。

 その魔の瞳が、あの男を人ではない何かだと捉えた。似たような話はチカの時も聞いた事を思い出す。


「チカと同じって事か?」

「……いえ、どちらかと言うとわたしに近いですかね。確証はありませんでしたが、人に魔物が重なってるように感じました」

「何? イヴァンの話?」


 遅れて首を突っ込んできたのは荷台で梨の砂糖漬けを隠れて食べた事がばれていないと思っている鈍ら。口元に砂糖が光ってるぞ。


「はい。あの人に魔物と同じ物を感じたんです」

「ただの魔力じゃなくて?」

「はい」

「……魔障か?」


 魔障の話は少し前にチカとした。簡単に言えば人が魔物になる病気だ。


「少し似てるかもしれません。人と魔物が混ざってるように見えたんです。ただ、蝕んでるって言うよりは共存してるみたいな……だから魔障よりはわたしとサリエルの関係の方が近いかなと思いまして」

「体に魔物を宿してるって事か?」

「そこまで確証は……。けれどそれに近いかと」


 これまた随分な話が出てきた物だ。

 人と魔物の共存体。魔瞳のような特例を除けば、人と魔物が一つの体を共有すると言う事はありえない。よくある、人と魔物の混血と言う話は、このコーズミマには存在しないのだ。

 まぁ魔物は生殖をして生まれてくるわけではない……生物と言っていいのかも怪しい存在。だから人との間に子を設け、生まれて来るそれがハーフと言う事はあり得ない。例えそれは、カレンのような人型を持つ魔物や魔剣が相手でも同じだ。

 排泄も生殖もないのが魔物。その姿は人を真似ているだけであって、人と同じ機能が作り出した体に備わっているわけではない。だからハーフは生まれてこない。……いや、正しくは生殖と言う行為を知らないだけか。知ればそれを再現出来るのかも知れない。

 人の胎児に魔物の魔力が作用して悪魔憑きとなると言う話もない。一応似た話として……あまり言及するべきではないのかもしれないが、先天性の病を抱えて生まれてきたり、そもそも生まれてこなかったりと言う事はある。しかしそれと混じり物は別だ。中には先天性の病気の原因を魔力とする見方もあるそうだが、やはりそれはハーフのそれとは異なる。

 だから何か特別な事をしない限り、人に魔物の存在が重なるなどありえない話だ。


「……まぁ魔瞳っていう例があるからな。目じゃなくて体を拠り代にするってのは、ない発想じゃないか」

「どうですか?」

「うーん……。覚えてないや」

「期待はしてないから別にいい」

「なにそれ酷くないっ!?」


 なら逆に教えてくれ。これまでを(かんが)みて、一体そのどこに期待をする余地があったのだ? カレンが鈍ら以上にただの棒なのは分かりきった事だろう。

 喚いたカレンの声にユウでさえも笑みを零す。それはどう言う意味の笑いだ? ただ面白かったのか? それとも俺と同じく嘲りが入っているのか?

 考えているとユウが続ける。


「でも、少なくとも真っ当な人間ではないのは確かですね。もちろん、ただの魔物でもなさそうでした。注意しておくべきかと」

「そうだな。出来る事ならもう二度と会いたくない相手だが……」


 声に嫌悪を宿して音にすれば、カレンも口を閉ざす。やはりまだ引きずっていたか。どこかで彼女の自信を取り戻すきっかけを見つけなければ。本当に鈍らになられたら俺が困る。


「とりあえずベリルの中心に着いたら情報は集めてみるか。少しでも引っかかればイヴァンに限らず、《甦君門(グニレース)》の実態も掴めるかも知れないしな」


 目下の敵は《甦君門》。彼らが掲げているのだろう《波旬皇(マクスウェル)》の復活は、《珂恋(カレン)》と言う存在を介せば無関係ではいられない問題かもしれない。が、今は横に置いてもいいだろう。

 なんと言うか、実感が湧かないしな。


「チカなら何か知ってるかも……」


 次いで零れたのはカレンの声。彼女の言葉に納得を見つける。


「そうだな。だから可能なら早く目が覚めて欲しいんだが……」


 チカはカレンが《珂恋》である事を知っていた。《甦君門》にいた事実から考えても、彼女もカレンやユウと同じく《波旬皇》復活の為の方法の一つとして利用されていたに違いない。

 彼女の過去についてはまだ詳しく聞いていない。話したくはない事かもしれないが出来る事なら聞いておきたい過去だ。彼女が何者であるか知れれば、そこから想定出来る何かがあるかもしれない。

 ……一応無粋な勘繰りとして、彼女の力が関わっているのだろうと想像はしている。

 チカの……《絶佳(ゼッカ)》の力。魔力を分解するその能力は、もしかすると《波旬皇》の封印ですら壊してしまうかもしれない。もしそうであればカレンと並んで《甦君門》の目的達成方法の最有力候補だろう。

 そんな彼女はカレンと比べるべくもなく《甦君門》について詳しい。彼女ならば、もっと他に何か知っていてもおかしくはないだろう。

 それにもう彼女が隠し事をする必要もなくなったのだ。

 カレンの味方としてカレン第一主義でこれまで行動を共にしていた彼女。しかしイヴァンとの戦闘前に、彼女もカレンと同じように《甦君門》に襲われた。ならば立場はカレンと同じで、今更《甦君門》に戻ろうとは思わないだろう。

 魔剣と言う新たな立場も得て、更にカレンの良き理解者となるチカ。今まで以上にカレンを至上とする信条が強くなり、そこをうまく利用すれば敵である《甦君門》の情報は共有して然るべきだ。

 彼女はまだきっと色々な事を隠している。それを一つ一つ解き明かして、可能ならば先手を打って《甦君門》の追跡を振り切りたいところだ。


「そろそろか?」

「……多分もう少しだと思う。チカの存在は中に感じるから、人型を作れるくらいの安定した魔力が集まれば目が覚めるはず」

「カレン、魔力石はどうだ?」

「順調だよ。目が覚めたらこれだよね」

「あぁ」


 そんな秘密の塊は、カレンの見立てではもう少し。となると旅路の終着よりも彼女の目覚めの方が早そうだ。

 もし一度でも起きればカレンが作っている魔力石を使って魔力を供給し、回復を促せる。安定すればその後ゆっくりと話を訊けるのだ。

 全ては彼女が目覚めてから。そしてベリルの首都に着いてからだ。


「……はぁ。しかし目が覚めるとそれはそれで煩いんだよなぁ…………」

「そうかなぁ。私二人の相性ぴったりだと思うけど」

「切れ味だけじゃなくて観察眼も曇ったか? 魔剣も大した事無いな」


 一体どこに彼女と仲良くなれる要素があったというのだろうか。……いや、戦闘に関しては呼吸が合っていたかもしれない。けれどそれだけの事。口を開けば売り言葉に買い言葉で低い煽り耐性が悪態の嵐を生み出すだろう。

 仲がよくないと喧嘩は起こらない、と聞いたことがあるが、あれはきっと間違いだ。初対面から合わない反りはどうしようもない。俺とチカはそう言う星の元に生まれたのだ。

 と、不意に視線に気付く。見れば隣からユウがじっとこちらを見つめていた。


「…………何か言いたそうだな?」

「いいえ」


 賢明な判断だ。だからそれ以上想像で語ってくれるな。信頼が揺らぐぞ?

 などとどうでもいいやり取りをしながら道中の暇を潰して。途中幾度か二人と手綱を代わりながら、空いた時間でこちらの世界の勉強を重ねていく。

 (もっぱ)ら教師はユウだ。チカが入ればまた違った視点から世界を知る事が出来るのだが、それはまた今度。

 文字、文法、固有名詞、国、地域、天候、文化、思想、日常…………。幾つかは元の世界の知識が流用できる中で、全く異なる歴史を辿った物も確かに存在する。主に魔物や魔力関連の技術や考え方がそうだ。

 一つ新しく知ったのは《魔鑑者(ラジアープ)》と言う存在。ユウが単身で襲撃してくる前にも一度聞いた言葉だが、ルチル山脈の地下坑道でチカに話を聞いたときに記憶から抜け落ちていた単語だ。

 《魔鑑者》は読んで字の如く、魔を鑑みる者……つまりは魔を判断出来る者の事だ。

 特に魔具に秘められた能力などを、使用する事なく理解できる能力を持っている者につけられる名前、と言うか職業のようなもので、言ってしまえば魔に関する鑑定士と言ったところだ。

 宗教国家であるユークレース司教国に多く、魔の宿る物に後ろ盾を与えると言う、かの地に集まってくる魔具を鑑定する事を主な生業としているらしい。また、《魔鑑者》になれる者は先天的に魔力への干渉力のようなものが強いらしく、魔術こそ使えないが魔具を効率的に使う事が出来るらしいのだ。だから後方よりも前へ出る事が性に合っている者は魔具を駆使して《魔堕(デーヴィーグ)》との戦いに身を投じるらしい。

 世界にはユークレース以外にも少数だが存在しているらしく、その殆どは国が抱える大切な人材だとか。

 まぁこの旅には不要な人材だろう。鈍らではあるがその気になれば埋まっている魔具さえ探知出来る魔剣のカレンと、魔の流れを視覚的に捉える事の出来る魔瞳のユウ。加えて今は眠っているが魔力を分解出来るほどに魔力の扱いに長けたチカ。彼女達がいれば基本的に魔に関わる部分で遅れを取る事はないはずだ。

 ……そう考えると少しだけ真っ当な部分が欠けている気がする。正常に人間らしいのは俺だけか。ユウを加えても少し心細い。

 だからこそこの異世界の、人としての常識は出来る限り学んでおくべきだろうと。今はただ首都で面倒に振り回されないために必要な知識で武装するに努めるとしよう。人の世界は剣を振り回しているだけでは解決出来ない事が山ほど存在するのだ。

 そんな風に気持ちを新たにしつつベリルの中心への道中。幾度か町を中継してようやく遠くにその全容が見え始めた頃。今一度ベリルについて詳しくユウ先生から授業を受けていると、手綱を握っていたカレンがいきなり馬を止めた。


「……どうかしたか?」

「ユウさん」

「……間違い無いですね」

「どっちだ?」


 問いに返ったのはユウへの言葉。その意味に気付きつつ、更に続いた彼女の言葉に俺も呼吸を整える。


「左ですね。大きいのが一匹……中位だと思います」

「逃げられそうか?」

「もう無理です。見つかってます」

「……仕方ねぇな。カレン」

「はーいっ」


 ユウの声に視線を向ければ、小さい丘の向こうに黒い塊を見つける。あれか……。

 カレンを呼びながら馬車から下りて辺りの地形を確認。《魔堕》のいる方は少し高い丘になっていて傾きかけた陽が後光のように差している。逆光は少し面倒か……。遮蔽物になるような物は見当たらないが、足元は石が跳び出ていたりで少し悪い。引っ掛けて体勢を崩さないようにしなければ。


「いけるか?」

「……頑張ってみる」

「よし、なら来いっ」


 確認をすれば多少迷いのある声。中位相手なら多少冒険をしても大丈夫か。いざとなればユウが力を貸してくれる。

 ……悪いが、勘を取り戻す糧になってもらうぞ。

 そう意欲を燃やして突き出した左手に刀が一振り現れる。黒を基調とした鞘と柄をしっかりと握りゆっくりと抜く。白日の元に晒されたのは黒い刀身に紅の波を描く、魔を断ち思いを繋げる魔剣。柄頭に嵌められた白瑪瑙が示す()は──《珂恋》。


「気負うなよ」

「……うんっ」


 過去は根強いか。けれどそれも直ぐに振り斬ってくれる。

 次の瞬間、辺りを震わせた咆哮に背後の馬が嘶く。ユウが手綱を取ってしっかり御してくれている事に感謝をしながら、必要以上に馬車へ距離を詰めさせるのは愚策だと駆け出した。

 底の見えない体中の魔力を滾らせ人の身一つではあり得ない脚力で疾走する。瞬く間に二階建ての家ほどはありそうな巨体に接近すると、確かな踏み込みと共に彼女を振るう。合わせて振り下ろされた《魔堕》の腕。その一撃と、カレンの刃が…………切り結ぶ。

 直ぐに手首を返して衝撃を逃がし距離を取って構え直す。


「どうした、腹でも減ってるのか?」

「……ごめん」


 返った音は失意と焦り。全く、最悪の滑り出しだ。

 イヴァンとの戦いで見失った彼女の理想。同属でさえ両断する想いの刃は、彼女の心が紡ぐ一閃だ。最初の契約から揺らがなかった彼女の自信が、けれど今はない。一度の失敗で、刃が曇ってしまった。

 その調子を取り戻す相手には、目の前の塊はいい的なのだろう。しかしカレンはどうにも迷いが振りきれない様子。


「っ……!」


 襲い来る攻撃を受け、弾き、流す。ただの魔力の塊相手に、魔剣の刃が結果を手放す。過去の失敗が尾を引き、今目の前の敵にすら通じない事実が更なる拍車を掛ける。

 このままでは彼女は自分の存在意義を見失ってしまう。ようやく見つけた自由を疑ってしまう。

 だから何かきっかけを……彼女が彼女を取り戻せる何かさえあれば、それが見つかればいい。

 それまでは……だったらいい機会だ。今まで切り結ぶ事もあまりなく戦ってきたからな。しっかり戦うという練習をしてみるとしよう。


「はぁああっ!」


 カレンの斬れ味は彼女と俺の意思の強さに比例する。ならばわざと斬れない想像をする事で、斬らずに戦う事も可能だ。

 想像は竹刀や木刀を握るそれ。西洋剣のように切断ではなく打撃をイメージして、斬れない事を前提にカレンを振るう。

 攻撃をよく見ろ。流れを掴め。受けて、流して、かわして、打ち込め。必ずある隙を突け……!

 俺にとってはカレンは唯一だ。だから彼女の勘が戻るまでなら、幾らでも付き合ってやる。命を預けているのだ。ならばその苦痛と未来は共有して然るべきだ。


「そうっ、言えば! 契約っ、した時に……言ったなっ」

「え……?」

「もし俺が死にそうになったら、その時はお前が助けてくれって」


 跳び退り、呼吸を整える間を開けて再び跳び出す。傍らで思い出すのは、彼女との出会いから手繰り寄せた……きっと俺のこっちでの人生が変わった瞬間の事。


「あの時お前は頷いたよな。契約に重ねて、約束したよなっ? まさか忘れたとは言わせねぇぞ?」

「覚えてるよ、もちろん……」


 魔力は必要以上に使わない。《珂恋》の誡銘(かいめい)も解銘しない。全ては彼女の実力で障碍を斬り伏せるために。今はただ、その時を待つ。待つだけでなく、手繰り寄せる。


「それがなんだ? 俺はカレンを信頼してるってのに、お前は同じじゃないのか? 契約ってそんなものか?」

「っ、違うっ!」


 合わせた一刀が《魔堕》の指を断つ。が、直ぐに回復して元に戻った。……まだ足りない。


「大喰らいはそれだけか? 一体何をそんなに溜め込んでるんだ?」


 また鈍る。直ぐに弾いて返す刀で斬り付けるが……浅い。

 跳び退けば追撃の大振り。避ける事も脳裏を過ぎったが、その未来を捨てて魔力による最大限の身体強化。その上から襲い来る巨大な一撃をカレンで受ける。次いで横殴りに襲い掛かった攻撃をどうにか防御すれば、体が重力の楔から一瞬だけ解き放たれた。微かな浮遊感を、次いで作り出した足場用の剣で受け止め、幾度か跳び次いで衝撃を往なし着地する。


「悪いが器の大きさで負けるつもりはないんでな。そろそろ溢れ出しそうなそれ、全部吐き出してみろよ」


 一人なら使用用途の感じない膨大な魔力を皮肉り、再びしっかりと握り直した彼女を構える。

 ふと脳裏を過ぎったのは、どこかで聞いたかもしれない言葉。それが、考えるより先に音になる。


「一度失敗したからってやり直しをしちゃいけないなんて、その方が間違ってる。失敗は、次の挑戦の火種であり、成功への執念の始まりだ」


 俺がそうだったから。一度諦めた未来を、この世界に来て見つけられた気がするから。

 だから選べ。決断しろ。お前の刃は、自らの未来を斬り拓くその始まりだ。


「お前なら斬れる。俺が斬らせてやる。だから自分を……俺を信じろっ……!」

「っ…………!」


 吐き出した声と共に大地を蹴って魔物に急接近。確かな踏み込みと共に胸の中に意思を灯して、想像を結実する願いを振り抜く。

 刹那に、掌に残った微かな感触。覚えのある実感に、それから距離を取って振り返れば、片足を中ほどから失った魔物が倒れていた。


「……ったく、世話掛けさせやがって」

「…………うん、ごめん。……ううん、ありがと、ミノ。もう大丈夫っ」


 心なしか輝きを取り戻した気のする刃。まだ本調子ではなさそうだが、陽光を受け鮮やかに輝く刀身に吐息と共に小さく笑みを吐き出して。

 それからとどめを、と構えなおしたところで視界の先の《魔堕》が妙な動きをしている事に気がつく。

 まだその身の結合が解けるほどに攻撃を与えていないはず。しかしまるで泡沫のように小さく分裂して、やがて複数の狼のような存在が群れになりこちらを見据える。


「あれで個々が中位のままだったら少し厄介だな……」

「一つ一つは弱くなってる。けど連携されると面倒かな」

「なんだ? 信用してくれたんじゃ無かったのか?」

「そうじゃなくて。終わった後で体ぐったりしちゃいそうでやなのっ」

「だったら背追って運んでやるから荷台で転がって寝てろ」

「だからぁ! ……うぅぅ…………」

 

 一体何が不満なのか。魔剣の考える事はよく分からん。

 と、少しだけ注意を削いだ瞬間、一斉にこちらに向けて駆けて来る魔物達。直ぐに呼吸を詰めて迎え撃てば、思いのほか簡単に擦れ違い様の一刀が滑る。

 その事実に少しだけ違和感。何か嫌な予感を感じて次の一体を斬り伏せれば、傍を魔物が駆け抜けて行くのを肌で感じた。

 直ぐに魔物達の狙いに気付く。あいつらの目的は背後のユウかっ……!

 考えられる可能性は二種類。一つは目に魔を宿すユウに同属を覚えて集っている事。もう一つは、微かな知能で馬と言う足を潰しに掛かっている事。どちらにせよ、複数を相手にするのは分が悪い。

 到って踵を返そうとするが、それを阻むかのように幾体かの魔物が襲い来る。んなところで連携するなってのっ!


「カレンっ!」

「任せて!」


 叫べば意図を理解した手の中の彼女が中空に刃の雨を作り出して瞬時に目の前に投射した。面で制圧するが如き切っ先の襲来に、逃げ場もなく貫かれる《魔堕》達。抜けてきた数匹を切り裂きようやく自由を得て振り向けば、既に走っても追いつけない距離にまで群れが駆けていた。

 同じように刃の雨……駄目だ、ユウや馬を巻き込む。範囲攻撃は出来ない。追いついて各個撃破が最善か。

 至れば、直ぐに音を置き去りに丘の斜面を駆け下りる。数匹は間に合わない、そっちはユウに対処を────

 そう考えて口を開こうとした刹那、視界の中に想像外の影を見つける。

 それは、ずっと後ろをついて来ていた男の姿。馬車の側面に、魔物の群れを迎え撃つような形で立ちはだかる彼は、その手に一本の槍を構えていた。

 肌を空気が刺すのを覚える。何かが起こる……そう巡った思考をトレースするように、腰を落として大きく槍を振り被った男が一閃を繰り出す。次の瞬間、穂先から迸ったのは荒れ狂う(いかずち)の衝撃。

 空気と言う絶縁体さえいとも容易く貫く天の静電気の如き高電圧が風を焼き焦がして、目の前に迫っていた魔物達の(ことごと)くを光で包み込む。それはまるで、電気の槍が意思を持って落雷したかのように。明確に、確実に魔物だけを狙って打ち滅ぼしたのだ。

 思わず音と光に足を止めて視界を庇う。振動が収まってようやく目を開けば、微かに焦げたようなにおいと共に風が流れてきて肌を撫でた。

 雷の力を秘めた槍。……だが直ぐにその違和感に気付く。あいつはそんなもの持ち歩いてはいなかった。一体どこから持ってきた……?

 警戒を強めながらカレンを刀のまま留めて距離を詰める。その最中で、こちらに視線を向けた男は手のひらから槍を消失させた。その事実にカレンに胸の内で問う。


『魔術か?』

『……ちょっと違うかな。魔具や魔剣に似てた気がする』


 ふむ。と言う事は出し入れ自由な魔に由来する武器で、加えて雷の力を宿している……といったところか。

 そんな事を考えながら近寄って。けれどもこちらに敵意がない事が分かるとカレンの姿を人に戻し、そのまま無視して馬車に乗り込む。


「……出せ」

「……………………」


 短く告げれば何かを言いたげなユウだったが、飲み込んで手綱を振るう。小さく馬が嘶いて動き出した景色の傍らで、二人がうしろを気にし始める。

 少し苛立ち混じりに荷台から干し肉を一切れ摘まみ出す。それとなく確認すれば、また変わらない様子でゆっくりと後ろを歩いて来る男の姿があった。

 胸に募って蟠った感情を発散するように力任せに一口噛み切る。それをみてカレンの我慢が許容量を越えたらしく、これまで避けていた直接的な言葉を響かせた。


「……ねぇミノ、そろそろ教えてよっ。あの人、誰なの? ミノの知り合いじゃないの?」

「……例えそうだったとして、それがお前に何の関係がある」

「私はミノの魔剣だよっ」


 理由にならない強弁を振りかざすカレン。そんな彼女に……けれど嘘を吐くのも嫌で答えのような何かを返す。


「言ったよな。俺はカレンと出会った時、お前とほぼ変わらないくらいに世間知らずだったって。そんな奴がどうやって他国に知り合いを作るんだ?」

「それは…………」

「分かったら今後一切その事を口にするなっ」


 少し強く言い切って吐き捨てる。

 俺だって今この状況に疑問は沢山あるのに。それを解明した先に何かが得られるなんて想像は出来ない。これ以上は沢山だ。

 だからもう面倒はやめてくれ…………。


「ミノさん」

「…………なんだ」

「そっちはいいです。そうではなくて、さっきの《魔堕》につられて別のが来たみたいです」

「どっちだ?」

「前から。数はそれほどではないです。多分全部低位かと」


 次から次へと厄介ごとを。けれどもまぁ、ストレス発散には丁度いい。全部叩き切ってくれる。

 そう覚悟を固めれば、先回りして後ろの気配に告げる。


「……カレンはいい。俺がやる」

「でも…………」

「一人の方がやり易い。それにお前だって疲れてるだろ? 酷使して今以上に使い物にならなくなったらいざと言うときに俺が困る」

「…………分かった。気をつけてね」


 発熱で横たえていた体を待ち上げかけたカレンだったが、食らいついても仕方ないと諦めたかまた荷台に寝転がった。幌の中は影で風の通り道、加えて作りは木製。熱を冷ますには丁度いいだろう。そうやって、さっき戦った実感でも思い出しながら刃でも研いでいればいい。

 そんな事を考えつつ御者台より跳び降りて先行し、魔術で作り出した剣を構えて警戒する。

 しばらくするとユウの言葉通りにゴブリンのような小さな《魔堕》が数匹、隊を組むように姿を現した。とは言っても意思疎通をしているわけではなさそうで、単純に魔力の残滓に惹かれて自然と集団行動をしていたに過ぎないのだろう。

 こちらを捉えるや否や、矮躯を蠢かせ鋭い牙や爪で襲いかかってくる。その(ことごと)くを弾き往なしつつ、各個撃破をしていく。

 戦闘の中でちらりと確認した後ろには、荷台からこちらを見るカレンと、その後ろから変わらずついてくる男の姿。カレンは、そう言えば俺の戦闘を傍から落ち着いて見るのは初めてか。ならば丁度いい。動き方や癖を覚えてもらいつつ何かあれば後で話し合うとしよう。

 男の方は後方警戒でもしているのか、時折後ろを振り返っている。さっきの戦闘を経験しての、護衛のつもりか? だったら囮になってくれた方が余程ましだ。

 目端に映るだけ気分を害すると。意識して視界から外しつつ目の前の《魔堕》を相手にし続ける。


『ミノ、新手。どんどんくるよ』

『……さっきの《魔堕》の置き土産か?』

『どゆこと?』

『消える事でその後に周りの《魔堕》を集める力でもあったんじゃないかって事だ』

『…………まぁ《魔堕》も魔力の塊だからね。理屈で言えば魔術が意思を持ったようなものだから、何か特別な力を持ってても不思議じゃないと思うけど』


 カレンと最初に出会ったときに対峙した《魔堕》も、どうやら金属や光る物に吸い寄せられる習性があった様で、あの時町で売り払った物は殆ど貴金属だった。その前例を鑑みても個によって何かしらの傾向があると考える事は出来るか。

 何よりカレンやチカ、ユウがいい証拠だ。彼女達には得意不得意がある。魔物が人に味方する思いで物に宿ったのが彼女達《天魔(レグナ)》。元が同じ魔物なら、そもそも魔物にそう言った特性がある事の証明になるだろう。

 全く、分裂の次は仲間を呼ぶなんて…………まるでゲームのスライムのようだ。不定形で蠢いていると言う点ではよく似ているかもしれない。


『ユウさんがしばらく続くかもって』

『あぁ、任せとけ』


 頭の中で答えつつ振るった剣が耐え切れなくて壊れる。直ぐに新しい物を作り出して断続的に襲い来る有象無象を斬り捨てていく。

 と、その最中で気付いた事が一つ。そう言えばこうして一人で多数を相手にするのは初めてか。これまでは誰かが傍にいたり、強大な敵とほぼタイマンで渡り合ってきた。だが戦いには物量作戦と言う物も確かに存在するわけで……どうにも俺はそう言う類には不向きらしい。

 どちらかと言えば一対一で全力を賭す戦い方が性にあっているらしく、ストレス発散だと首を突っ込んだ掃討だが、一向に終わる気配のない敵の襲来に逆に苛立ちが募っていく。

 自覚している事だが、気は短い。加えて単純作業も余り得意ではなく、そもそも守ると言う戦い方がよく分からない。

 まだ入り乱れて全てが分からなくなるような戦場ではないのが救いだが、もしこれが怒号飛び交う戦地のど真ん中だったなら、集団行動など投げ捨てて一人突出するのだろうと言う想像が簡単に出来てしまう。

 けれどもきっと、もうそれではいけないのだと気付く。別に特別大切なわけではない。けれども今は後ろに守るべき物があるのだ。

 片やそれは契約を交わした魔剣で。片やそれは己の過去の自己満足に見出した少女で。

 少なくとも簡単に見捨てられないくらいには既に肩入れしてしまった感情が、見捨てると言う判断を逆に斬り捨てている。

 カレンと出会う前なら、こんな事はきっと思わなかったのだろう。自分本位に、馬鹿を見ないために、騙されるより先に騙す。誰も、信じたくはない。

 けれど何の因果か抱いてしまった……彼女達に重ねてしまった自分に気付けば、もうそのときから彼女達を見捨てる事が出来なくなっている。もしそんな事をすれば、それはきっと俺自身に嘘を吐く事になってしまうから。

 ……念を押して、決して特別扱いはしないけれども。何より自分自身の為に彼女達に手出しはされたくない。

 その感情を独占欲と言い切れればどれだけ楽な事だろうかと考えつつ刃を振るう。

 と、丁度両の手のひらから剣の感覚がなくなって、溜まった鬱憤を晴らすように両刃の大剣を風車のように振り回して辺りを囲んでいた魔物を薙ぎ払う。逃した一匹は一度蹴り飛ばして、短剣を作り投擲して貫いた。

 そんな風にしばらく途切れる事のない波のような《魔堕》を……二十を過ぎた頃から数える事もやめて無心に切り払っていると、唐突に脳裏に声が響く。


『ミノっ』

『なんだ?』


 声に警戒するが、脅威になりそうな気配はしない。隠れて急襲を狙っているのならカレンからの連絡が遅すぎる。そこまで過ぎったところで、続いた言葉に思わず足を止めた。


『チカが……!』

「っ……こんな時にか。タイミングが良いやら悪いやら……」


 吐き捨てて目の前に迫っていた《魔堕》を魔力の弾で吹き飛ばし、後ろ腰に差していたクリスを引き抜く。と、手の中で微かに曇った空の下、淡い光が脈打つように琥珀色の刀身を彩っていた。


『多分そろそろ…………』


 そうカレンが告げた刹那。眩いばかりの光を放って手の中から握っていた感覚がなくなる。同時、光に塗り潰されるようにこちらへ向かって来ていた《魔堕》達を消滅……分解して無に帰す。

 やがて閃光が収まり庇っていた腕を退けると、胸元に微かな重み。見下ろせば、そこには見覚えのある琥珀色の頭髪が旋毛(つむじ)と共にあった。

 ごそりと動いた気配。それから眠気眼で辺りを確認するように(おもむろ)に首を振ったその少女は、それから顔を上げて視線を交わらせる。

 揺れるライムグリーンの双眸が何かを確かめるようにこちらをじっと見つめる。その色に彼女の存在を確かな物として認識すれば、微かな沈黙。そして、次の瞬間────


「ぃひゃぁああっ!? あぅっ!」


 なんとも女の子らしい悲鳴と共に跳び退ろうとして、けれども踵を引っ掛けて尻餅を突いたチカが小さな声を漏らした。

 別にそんなに驚かなくてもいいだろうに。

 考えていると困惑している様子のチカが、何かを求めるようにこちらを見上げて来る。が、今はそれよりもと頭の片隅より持ち上がった現状に、体が勝手に動いた。

 魔力を込めた脚力で踏み込み、チカに向けて急接近。咄嗟に頭を庇うように縮こまった彼女……の後ろに向けて、作り出した剣を振る。遅れて斬られた事を思い出したかのように立ち止まった《魔堕》がただの魔力となって霧散した。


「ぁ……はぇ……?」

「…………。立てるか?」

「あ、はい……」


 ぐるりと見回してとりあえず敵がいない事を確認すると、振り返って問う。返ったのは、記憶の中の彼女より幾分かおとなしい返事。目が覚めたばかりでまだあの強気な彼女は戻ってきていないのか。魔剣にも寝覚めの良さ悪さなんて概念があるのだろうかと……。

 いや、あるのかも知れない。あの鈍らは猫舌だし、人間にもよくある個人の違いと言うものが人を真似た者にも備わっているのだろう。そんなところまで徹底して擬態しなくてもよかったように思うが……まぁいいか。


「とりあえず後ろにいろ。話は後で聞く」

「……はい…………」


 まだ敵は途切れていない。目覚めたばかりのチカに無理を強いてまた眠りにつれても困るし、今は一人で鬱憤を晴らしたい気分なのだ。邪魔はしないでいて貰おう。

 そんな事を考えてこちらを見つめるチカに告げれば、それから彼女はおずおずと…………俺の背中に隠れた。


「…………何の嫌がらせだ?」

「ふぇ……?」

「後ろは後ろ…………あの馬車だ」

「え…………あっ。……はい、ごめんなさい…………」


 まるで世界に初めて立った子供の様に呆けた彼女。全く、寝惚けるのも大概にして欲しい……。一々付き合っている余裕はないのだ。喧嘩なら後で存分に買ってやるから今はおとなしくしててくれ。

 溜め息と共に警戒するように馬車の方へと向かったチカ。ユウが声を掛けた事にもびくりと肩を震わせるその姿は、お化け屋敷の中の子供のようだった。

 一体何がしたかったんだかと。荷台に姿を隠した事に向き直り、目の前に迫りつつある《魔堕》に向けて構え直す。


『ユウさんが今見えてるので最後だって』

『あぁ』


 目算十数体。数分もあれば片付く相手だ。早く蹴散らして休憩するとしよう。

 最後のサンドバッグ達に狙いを定め、胸の内の感情を吐き出すように魔力を滾らせ、作り出した双剣を握り一足飛びに突っ込む。

 前にユウがそうしていたように、逆手に持った刃を振るいながら、嵐のような辻斬りで駆け抜ける。盛れ出る魔力にか反応した《魔堕》達が一斉に襲い掛かってきたところをどうにか受け止め、わざと双剣を暴発させ、その衝撃で霧散させた。

 辺りを見渡して討ち漏らしがない事を確認すると後方の馬車を一瞥して、歩いて戻るよりもここに来るまで待った方が楽だと判断し、丁度近くにあった木の下に腰をおろす。と、呼吸を整えるように仰いだ視界で、葉の間から零れてくる日の光の中に、一つ丸い何かが揺れている事に気がついた。よく見ればそれは柑橘系の果物らしく、色も食べられそうな頃合。

 水分補給に丁度いいと短剣を作って投擲し、上手く手元に落ちてきたそれを剥く。が、どうにも人の手が加わっていない自然に実った果実らしく、市場で出回るそれよりも幾段か皮が硬かった。中身も自然由来の酸味が利いていて、余り食用には向きそうにない代物。やっぱり農耕技術は偉大だな。こっちの世界にも確かな物があってよかった。食べ物のまずい旅なんてそれだけで死に至りそうだ。

 もしチカがまだ寝惚けているようであればいい眠気覚ましになるだろうかと考えながら、ゆっくりとやってくる馬車を待って合流する。


「まっ……やめ……!」

「なんでぇ? やっと落ち着いて話が出来るのに待ってられないよぉ!」

「……何やってんだよ」

「あ、おかえりー。いやぁ、久しぶりのチカだから、なんだか居ても立ってももいられなくって……げふぅっ!」

「いい蹴りだな」


 荷台を覗けば、カレンがチカに馬乗りになって感動の再会に震えていた。前の時は立場が逆だった気がするな、それ。

 そんなカレンを鬱陶しく感じたらしいチカが、思いのほか力の乗った足の裏でカレンの腹を蹴り抜いた。自業自得だ。

 と、カレンの束縛から逃れたチカが、脱兎の如き速さで俺の背後に隠れる。……だからそれ、何の嫌がらせで────


「うぅぅ……あなた、誰なんですかぁ……?」


 そうして腹を押さえて蹲るカレンを見据えて続いた言葉に、俺も、カレンも、そしてユウまでもが息を呑むように動きを止める。


「…………え……? だ、誰って……チカ、冗談は────」

「……チカ、って、誰ですか?」

「っ……!?」


 次いで返った言葉に、カレンの赤い瞳が見開かれる。その事に怯えたように力を込めたチカの指先が、少し痛いほどに俺の腕を握り締める。…………いや、それよりも……。


「……質問いいか?」

「あ、はい。助けて頂いたお礼に、答えられる事でしたら……」

「…………お前の、名前は?」

「なま、え…………? ………………………………あれ、あたしの名前、何だっけ?」


 その沈黙の長さは…………どうにもからかっているようには感じない。だったら……。


「じゃあ俺の事は分かるか?」

「…………いえ……。あの、どこかでお会いしましたか? もしそうだったらごめんなさ────」

「わ、私の事はっ!?」

「ひぅっ!? ……だ、だから、あなた……誰、ですか……?」

「…………う、そ……。……ねぇミノ…………これ…………」


 信じられないものを目の当たりにしたように震えるカレン。俺も初めての経験だが、これは、恐らく…………。

 幾つもの証拠を脳内で繋ぎ合わせていると、最終確認のようにユウが問いかける。


「あの、どこから来たか覚えてますか?」

「…………いえ。覚えて、ないです……」

「……ミノさん…………」

「あぁ、間違いなさそうだな」

「記憶が、なくなったってこと…………?」


 恐る恐るといった様子で口にするカレン。しかし、それ以外に考えようがないと頷けば、彼女の肩が一段と大きく震えた。

 記憶喪失。何が原因か、チカは積み重ねてきた記憶のその全てを、どこかに忘れてきてしまったらしい。……いや、原因は幾つか考えられるか。

 一つは暴走した影響。カレンの《珂恋》としての力を使って人の姿を保てなくなったチカをどうにか元に戻した。その時に彼女の体を魔剣の力で斬っているから、それが考えられる一つ目。

 もう一つは、魔剣化によるものだ。俺も前例を知らないからなんとも言えないが、要は魔物の存在をそのまま剣の中に閉じ込めるのだ。カレンが言っていたように魔物が宿る武器には魔力との親和性と言うものが存在する。魔力が宿り易いかどうかの違いだ。

 特に儀式や祭祀などに使われる道具には魔は宿り易いらしい。だからクリスが難なくチカの拠り代になったのだろう。

 けれども幾ら親和性が高くとも、それは全く異なる物質だ。自ら動けない金属の塊に意識や存在を馴染ませる。その最中で削ぎ落としてしまうものや手放してしまう物もあるのかも知れない。もしそこに記憶が含まれるのならば、あり得ない話ではないだろう。

 ……何にせよ、これは少し以上に厄介な事なのは間違い無い。

 彼女は、ある種の希望だったのだ。カレンが持っていない知識を沢山持っている、《甦君門》にいた魔物。彼女の目が覚めたなら、質問攻めにしてでも様々な情報を手に入れて対策なり方針なりを固められると思っていた。

 けれどもその当人が記憶喪失では一気に色々な物を失ってしまう。流石にこれは予想外だ…………。

 と、さて。ならばどうしようかと。悩んでいても仕方ない現状に新たな目的を見出そうと悩み始める。そんな俺をじっとこちらを見つめるチカと視線が交わった。


「えっと……あの…………」

「あー……っと。本当に何も覚えてないか?」

「…………ごめんなさい……」

「なら仕方ない。カレン、後は任せる。とりあえず俺たちや一通りの事を教えてやれ」

「えぇっ、何で私が……」

「友達じゃなかったのか?」

「うぅぅ……そう言うの卑怯だよぉ…………」


 知るか。俺だって色々考えたいのだ。暇をするくらいなら少しは手伝え。

 小さく息を吐いて立ち上がる。すると服の裾を引っ張られて、見ればチカが泣きそうな顔でこちらを見上げていた。


「……話はそっちのカレンから聞いてくれ。終わったら俺からも話がある。いいか?」

「…………はい」


 まるで親の後をついて回る子供の様だと。勝ち気で不遜な記憶の中の彼女とは似ても似つかない弱々しい姿に調子を狂わされながら、どうにか御者台に腰を下してまた一つ溜息を吐く。


「……一応訊くが、演技の可能性は?」

「魔瞳はそこまで万能じゃないですよ。でも、嘘には聞こえませんでした」

「……………………そうか」


 全く、次から次へと飽きない旅路で何よりな事だ。


「これ食うか?」

「野生のは酸味が強すぎるのでいいです」


 蟠った何かを吐き出すようにずっと持っていた柑橘の果物を差し出すがすげなく断られる。処分に困って、それから大きく後ろへと投げる。ずっと後ろをついて来てるあいつはそろそろ食料が切れる頃だろうしな。餞別だ。


「…………うぇっ、すっぱっ!」


 いい気味だ。




 それからしばらくカレンが付きっきりで様々な事をチカに教えていると、やがて遠くにようやくの目的地が見えてきて何とか気持ちを持ち直す。


「あれがベリル連邦の首都か?」

「はい。ベリル連邦の最大都市にして中心地、ベリリウムです」

「元素記号かよ…………」


 脳裏を過ぎった周期表にどうでもいい感想を零しつつ、それでも目が離せない青や緑を基調とした町並みに少しだけスイッチを切り替える。

 やっと辿り着いたベリル連邦。まだまだ何が出来るかは分からないが、何かを物にして次の道標を手に入れるとしよう。

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