アクトチューン
「《珂恋》の契約者にして異世界よりの来訪者────《ナラズ》のミノ・リレッドノー。私と一緒に来い」
そう告げられた彼は、警戒の色を強めてこちらを見つめる。
ふむ、これでは賛同は得られないか。
「もちろんこれは取引だ。君の要望もしっかりと聞こう。例えば、この世界における君の確かな立場とか、ね」
「…………どうやってそれを信じろと? 生憎と曖昧な言葉に頷けるほど切迫してるわけじゃないんでな」
「言い方を変えようか。私と一緒に来てくれれば、国々からの追跡を全て引き受けよう。もちろん、《甦君門》からの追っ手も無しだ」
「なら聞かせて貰おうじゃねぇか。俺を手に入れて一体何をしようってんだ?」
どうにも一筋縄では行かない。まるで野生動物を手懐けようとしているみたいな気分だ。
そう考えれば彼のことを少し愛おしく思える。
「……君は君の傍にいるのが誰だか知っているのかい? その重要性を、特別性を。無為に使い潰していい存在なんかじゃないのだよ」
「だからって当人の意思を無視して利用するのが正しいって言うのか?」
「それが世界のためだ。誰もが望む理想のためなのだ。犠牲などと言う低俗なものと一緒に語らないでくれ。それはこの世界に必要な正義なのだ」
彼の言う通り、利用はしているのだろう。けれどそれは優しさでもあるのだ。
知らないままでいてくれれば、それだけ不必要なものを背負わなくて済む。こちらで管理することで、必要最低限で抑えることが出来る。
その痛みまでを押し付けるつもりはない。言わぬが花、知らぬが仏と言うことだ。仕方ない汚れは、この身が全て引き受けよう。
「聞こえのいい言葉だな。……いや、そう聞こえる風に喋ってるだけか? 一体何が狙いだ? 誰を欲しがってる?」
誰。その問いに小さく笑う。
そこまで分かっていて、けれど口にさせようとしていると言う事は、彼はまだその真実には至っていないと言うことか。
────ならば計画通りだ。
「心外だ。私は本当のことしか口にしていないと言うのに。君はもう少し、他人を信用することを覚えた方がいい」
「だったら信用するに足る礼儀って物を学んで来いっ。礼も義も尽くさない奴が他人を弄べると思うな!」
残念。まぁいいか。収穫はあった。今回は諦めるとしよう。
ならば次の目的だ。
予めの優先順位に従ってやるべきことを替える。手に取ったのは、足下に丁度転がっていたただの剣。……ふむ、大量生産品か。ならば戦いの中でその目的を全うさせてやろう。
小さく息を吐き出し、魔術を行使して剣に宿す。
「交渉は決裂だな。さて、私は帰りたいが、このまま見逃してくれはするかね?」
「分かりきったことを……訊くなっ!」
言って駆けだした彼。手には呼んだ紅の魔剣が一振り。
さぁこい。君が本当に相応しいか、試してあげよう。




