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第五章

「ねぇ、ミノっ……!」


 全く。無視をしてるんだから気付けよ。

 そんな事を胸の奥で渦巻かせながら重い瞼を開ければ、視界一杯にこちらを覗きこむカレンと視線が合った。


「朝からうるさい」

「ユウさんが居ないの……!」

「だからどうした…………」


 そんな事だろうと思いつつ体を持ち上げて伸びを一つ。手櫛で寝癖を確認しながら髪を指で梳きつつ答える。


「なん、で……」

「何でも何もないだろ。あいつはセレスタインの追っ手だった。それだけだ」

「でもっ……!」


 簡単な理由だ。だからこそ信じたくないのだろう。相変わらず人よりもお人好しな魔剣だ。

 しかし、だからと言って彼女の過去が変わるわけではない。その自分自身に向き合って、彼女は選択をした。ただそれだけのことだ。


「なら訊くが、俺達にあいつをどうできる? あいつの人生はあいつのものだ。その選択の自由を奪った上で都合のいいお前の理想を押し付けるのか?」

「違っ……そういうわけじゃ…………」

「例えそうだとして、そのやり方があいつの前の契約者の男とどう違う?」

「っ……!」


 朝から面倒な問答をさせるなと。視線でそう告げながら水差しに口をつけて意識を覚醒させると、気分転換に木製の窓を開ける。

 と、丁度吹いた秋の朝の涼しい風が頬を撫でて、見上げた空に雲が殆どないことへ少しだけ気分を良くした。今日は少し暑いくらいに晴れそうだ。絶好の任務日和。準備を終えたら直ぐにでも仕事を見にいくとしよう。


「お前だって昨日自分で言っただろうが、あいつの事は他人事。お前には何も出来ないって。同様に俺だって自分の事は自分で決めろと柄にもなく(さと)すような事をした。あいつの事を一番に考えるならどうしてこの現実を否定するんだ?」

「……………………」


 別に言い争いで丸め込もうとしているわけではない。単純に、自分の言った事に責任と覚悟を持てという話だ。

 そんな気概もないのにお人好しに他人の過去へ首を突っ込んで、その方が余計迷惑な話だろう。


「そもそもどうして命を狙ってきた奴に肩入れする必要がある。どんな過去を背負っていたところで、あいつがした事は変わらない」

「っ、でもそれは! あの子だって好きでやってたことじゃない! そうしないと居場所がないから……!」

「だったら今ある居場所を奪うような期待を持たせるな」

「違うよっ! 私はただ駄目だと思ったからっ! ユウさんだってただの女の子なのに……そんな風に誰かの言いなりになるなんて間違ってる!」


 それでもと叩きつける声は熱を持って。彼女の内で渦巻く葛藤と衝動が交じり合って吐き出されていく。


「私はユウさんに自由で居て欲しいって……!」

「それは同情か? お前の自己満足だろう?」

「…………っ!」


 事実を突きつければ言葉に詰まった様子のカレン。けれどもそれでもと答えを探すように苛烈な視線で俺を睨む彼女は、底抜けな馬鹿なのだろう。

 けれど世界は、馬鹿に真実を突きつけるだけだ。


「それに、仮にあいつがお前の話を聞いたところで、結局のところ彼女の問題で、彼女が決断することだ。選択を強要する事を自由とは言わない」

「分かってるよっ!」


 施しなんて、裕福な者の道楽だ。けれど俺にはそうできるだけの自由もなければ、カレンだって似たような話だ。

 確かに彼女を見捨てるのは辛いことかもしれない。しかし冷静になって考えれば、それが最も効率的で彼女を尊重する選択肢だ。

 幾らそれを人情の欠片もない非道な決断だと(ののし)られたところで、俺には誰かの責任を背負えるほどの器は無い。

 そういう役目は、物語の中の主人公にでも任せておけばいいのだ。


「でもっ! 私は私に嘘なんて吐きたく無い! 私は、ユウさんを助けたいのっ!!」


 そんな主人公に、彼女は憧れているのだろうか。

 それとも、誰かを利用して自分の存在意義を確かめたいだけだろうか。


「我が儘でも、馬鹿でも、いいよっ。けどやっぱり、苦しんでる誰かを見捨てるなんて私には出来ないっ……! 話を聞いてあげたいし、聞いたら力になってあげたいっ。一緒に悩んで、協力して、幸せになれるような結末を探したいっ! ねぇ、ミノ。皆が笑ってられるように願ったり、その為に全力を出す事が、間違ってるの?」


 全く、自己犠牲甚だしい独り善がりだ。……どうにも俺には、その一所懸命さはよく分からない。


「夢とか、希望とか……なんかそう言うの、持ってちゃ駄目なの? それって本当に、生きてるの?」


 けれど、理解は出来なくとも、それがきっと正しいのだろうという判断だけは出来る。出来るだけで、俺には方法論なんて分からない。


「私は、嫌だよ……。私は生きてたいし、ミノにだって生きてて欲しいっ。それと同じくらいに、ユウさんにも生きてて欲しい! ミノにどれだけ言われようとも、この覚悟だけは譲れないよっ!!」


 だからそれはやはり──彼女が決めるべき未来だ。


「…………だとよ、ユウ」

「…………ぇ?」


 溜息一つ。それから先ほど少しだけ開いた扉の向こうに向けて声を掛ける。

 その言葉に小さく驚いて振り返ったカレンが見つめた先、僅かな隙間から腕を伸ばして扉を開けたユウが部屋に入ってきた。


「なんで……」

「なんでは、こっちの台詞です……。なんでカレンさんは、そんな事を言うんですか……?」

「それは当たり前だよっ。私はユウさんを助けたい!」


 力強い言葉にユウの肩が一つ震える。胸に抱えた紙袋を抱く手が、強く拳に握られる。


「見過ごすなんて、出来ないよ。幾らユウさんが悪い事をしたからって、でもそれがユウさんの全てじゃないでしょ? 私だって魔剣で、あんまり人には言えないような過去があるけれど……だからってそれが理由で今を全部否定されるなんて間違ってるっ」

「でも、わたしは、人殺しで…………」

「だったら償えばいいよっ」


 何処までも底抜けに無鉄砲なカレンに、ユウがありえないもを見るような視線を向ける。

 それはただの理想論でしかない。その選択は茨であり、困難が雁字搦めな覚悟と後悔の連続だ。

 少なくとも俺には、カレンのように無責任な事を言えない。


「間違ったことなら謝ればいいし、必要なら仕方のないことだったって私が言ってあげる。失敗したからってやり直しをしちゃいけないなんて、その方が間違ってるよ」

「でもっ、わたしにそんな資格なんてないっ! わたしは、そんな夢を語っちゃいけない! わたしは、許されちゃいけない…………!」


 聞いているこちらが痛くなるような叫び声をあげるユウ。

 彼女はきっと、優しすぎるのだろう。人間過ぎるのだろう。だから良心の呵責に押しつぶされて、今を受け入れようとしている。

 自分を殺そうとしている。

 そんな彼女は、何だか嫌になるくらいに昔の俺を見ているようで、心の内がざわめく。


「だったら何で泣いてるの……?」

「ぇ……?」


 俺にはカレンのような理解者はいなかった。だから間違えて、自分を殺してしまったのだろう。

 けれどユウには今がある。まだ選べる未来がある。それは彼女自身の選択肢で、俺が口出しをするべきものでは無い。


「ねぇ、もうやめよう? 辛いのも苦しいのも全部。忘れるなんて出来ないから吐き出しちゃお? そうしたらほら、きっと選べるよっ」

「でも……だってっ……!」


 分かっている。……分かっているからこそ、これは多分、俺個人の自己欺瞞だ。


「許されないなら、許すな」


 俺はただ、彼女を自分の後悔の道具にしようとしているだけだ。

 彼女を救う為ではなく、己が救われたいから押し付けているだけだ。

 非情で、非道で、無責任な。たったそれだけの独り善がりだ。


「泣きたいほどに死にたく無いなら、生きろっ」

「っ…………!」


 音を立てて紙袋が床に落ち、その傍にユウが膝を追って座り込む。赤い果物が俺の足元まで転がってきて、爪先に当たって止まった。


「……ねぇ、教えて。ユウさんは、どうしたいの?」

「…………わた、しは……っ……わたしはっ……!」


 まるで子供のように色の異なる双眸から大粒の涙を零しながらしゃくり上げるユウ。その傍に寄り添って優しく微笑むカレンに、彼女の最後の我が儘が音になる。


「わたしは、生きたい、です……! 死にたく無いっ……死にたく、無いのっ! 誰も、傷つけたくないしっ! 誰も、殺したくないしっ! わたしは、生きたいっ!」


 救われたのは、彼女か、俺か。

 どちらにせよ、今ここに答えを作り出したのは、紛れもなくカレンがいたからだ。

 大喰いで、鈍らで、向こう見ずな、能天気。

 人ですらない彼女に、けれど真っ直ぐなその思いは何かの結果を手繰り寄せた。

 感化された、なんて認めたくは無いけれど。彼女の言葉は痛いくらいに響いたのだ。

 ……全く持って度し難い。俺が契約を結んだ魔剣は手に負えないほどのお人好しだ。


「大丈夫だよ。どうすればいいか、一緒に考えよっ。だからもう……泣かないでよぉ……!」

「どうしてお前まで泣くんだ」

「だってぇええっ!」


 阿呆らしい。こんな部屋にいたら俺までおかしくなりそうだ。

 そこにいる事を確かめるように抱き合って声を上げる二人を一瞥して、小さく息を吐くと部屋を出る。

 ……とりあえず仕事だ。傭兵宿で依頼を見てくるとしよう。

 そうしないと、馬鹿が移る。




 傭兵宿で見繕ってきた依頼は簡単な採取の仕事。近くの山中にあるらしい薬草などの確保だ。

 一口に傭兵と言ってもその種類は様々で、魔剣を持っている傭兵なんて指折りで数えられるほどしかいない。大抵は魔具を駆使して戦う者達で、それらでさえ町に駐屯している国の戦力に比べれば小さい。

 そうなれば必然、傭兵と言っても任される仕事は雑務や護衛ばかり。昨日の運搬作業や、こうした採取任務。一番多いのは町から町への移動に際する山賊盗賊や野生動物の類からの護衛だ。

 基本的に傭兵と言うのは人間相手の仕事が多い。魔物相手など稀で、グロッシュラーの町での一件だって魔物の存在は依頼には明記されていなかったほどだ。

 もちろん、傭兵宿に滅多に上がってこない魔物相手の依頼となれば報酬も桁が変わるし取り合いになる。……とは言っても傭兵に出される魔物の仕事なんて高々低位が数匹が限度だろうが。

 稀に割りのいい仕事もあるようだが、大抵そういうのは暗殺などの恨み節な内容。そう言った分野を生業とする手足れも幾人か居て、ならず者の何でも屋なんて言われる傭兵だが棲み分けは意外ときっちりしているのだ。

 そういう分類で言えば、俺は魔剣持ちとして魔物を相手にするようなのが請け負うべき仕事なのだろうが、生憎と今回はそれ系の仕事がなかった。それにあの鈍らは同族を斬る事に躊躇いがある様子で、受けたところで万全にこなせるとは限らない。

 相変わらず使えない魔剣だが、今回は輪を掛けて面倒事を背負い込んで来たお人好しだ。あんな無責任な言動に付き合っていたら俺が持たない。だからこそ受けた依頼はとても安全で真っ当な心の安息とも言うべき雑用なのだ。

 しかしながら、採取依頼とは言え採って来る薬草は稀少な材料なのか、報酬は割りといい。依頼主も真っ当な薬師だし、グロッシュラーの時のような面倒事は回避できそうだと。

 そんな事を考えながら宿に戻ると、部屋の中から寝起きの空きっ腹を刺激するいい匂いが香っている事に気が付いた。

 中を覗いてみれば、大きな鍋から湯気を立ち昇らせた白いスープが机の上に鎮座していて、その周りを二人の少女が囲っていた。


「あ、おかえりミノっ」


 扉の開く音にこちらへ振り返ったカレンは先ほどの泣き顔が嘘のように笑顔で出迎える。


「その鍋はどうした?」

「あのねっ、ユウさん凄いんだよ! 買ってきた材料で宿の台所借りて慣れた手つきで料理を作ってねっ」

「大したことじゃないですよ。ただ今まで食事を作る機会が多かっただけで、自然と身に付いただけです」

「まぁ外を歩いてれば自炊くらいは出来るようになるだろうさ」


 俺だって一通りの事はできるつもりだ。できないのは己の無能さに気付いていない人の形をした金属の棒切れだけだ。


「……が、これはちょっとどころじゃないな」

「でしょっ!」

「お前が威張るな」


 能天気なお人好しに告げつつ、部屋に舞う香りに空腹を刺激されて素直な感想が零れる。

 確かに料理は必然身に付く技術だ。が、ユウのそれは旅の食事には無い深さを感じさせる手の込みようで。匂いだけでも鍋の中身が美味しそうな事がよく分かるほどだ。ともすればどこかの店で出てもおかしくない一品かもしれない。


「あの、食べ、ますか……?」

「……あぁ」


 単純に、どんなものか食べてみたいという興味。

 それに食べなければこの後の依頼をこなす体力も養えない。楽して食べられるならそれに越したことは無いだろう。

 答えれば木の器に装って差し出されたスープ。湯気の立ち昇る温かいそれは、ホワイトソースのようなもので、中に食べごたえのありそうな具材が転がっている。野菜に肉に……後はこれにパンを添えれば立派な一食だ。


「毒とかは…………」

「そんなの疑ってない。お前が今更俺を殺す理由も分からないしな」


 本来の目的で言えば毒殺もありえるのかもしれない。けれどそうしたところで彼女には帰るべき場所がないだろう。

 いや、帰るべき場所はあっても帰りたくは無いだろう。自由を選んだ彼女が自ら選択肢を狭めるほど馬鹿だとは思わない。

 カレンも大概だが、ユウも底抜けに馬鹿なお人好しだ。馬鹿の相手をまともにしても疲れるだけだ。

 考えつつ一口食べれば、甘い野菜と舌の上で弾ける肉の汁。そしてそれらを包み込むまったりとしたホワイトソースと仄かな香草の後味がしつこさを残さずにじわりと広がっていく。


「……肉は干し肉か?」

「はい。一度香草に包んで一緒に蒸した後に他の具と一緒に煮込むんです。すると柔からくなるんです」

「手の掛かる事を……」

「楽しいんです、料理が。好きなんですっ」


 まるで宝物を見つけたように微笑むユウ。心の底からだろう言葉に、その腕に敬意を表して次の一口を運ぶ。

 と、そんな光景をニヤニヤと見つめるカレンに気がついた。


「……なんだ?」

「べっつにー。ユウさん、私もくださいっ」

「はいっ」


 言いたい事があるなら言えばいいのに。ユウよりもカレンの方が余程扱い辛い。

 溜め息を、吐きそうになって。けれども食事がまずくなるのは構わないと飲み込み、蟠った何かを押し込むように更に一口。続けて先ほど外で買ってきたパンを齧れば、焼きたての香ばしいバターの風味がスープと交じり合って広がり、柔らかい食感がしっとりとした甘さに変わって喉の奥へと滑り落ちた。


「ん~! おいひいっ!」

「はいっ、今日のは大成功ですっ」


 この一瞬だけを切り取れば何の変哲もない幸せな空間になるのだろうと。ようやく見る事の出来たユウの自然な笑顔にそれ以上を考える事が馬鹿らしく思いながら食事を続けて。

 朝一のカレンとのやり取りで腹が減ったのだと言い訳を振り翳しながらもう一杯。朝から満足のいく食事をして少し熱いほどの息を吐き出す。

 そうして満たされた朝の時間を終えれば、そのまま受けた依頼へと向かう。隣には余程朝ごはんが美味しかったのか未だ笑顔を絶やさないカレンと、そして半歩後ろからはユウがついてくる。


「自由を選ぶなら好きなところに行ったらどうだ?」

「まだしっかりとお礼できてませんから。お仕事を手伝って、その後で考えます」

「なら勝手にしろ。俺にはどうする事もできないからな」


 律儀な礼儀正しさは、きっと幼い頃の生活が良かった名残だろう。

 幼少の頃に得た物は人格形成に影響を及ぼす。そんなのは俺を見れば明らかだ。

 別に嫉妬をしたり羨んだりするわけでは無いけれど、叶わぬ願いを他人事に語ってもいいのなら彼女の今が平穏無事に続いていればよかったのにと。


「それで、どんなのを集めるの?」

「薬草の見分けはつくか?」

「……ミノって意外と物知りだよね」

「無駄に叩き込まれただけだ」


 最早恒例行事。彼女が使い物にならないのは今に始まった事では無い。


「……少しでしたら見分けられます」

「全く、残念な限りだな。料理ができて常識もあっておまけに勤勉だ。……どうしてお前なんだ、カレン」

「私の所為じゃないよっ! それでもいいって契約したのはミノの方でしょっ?」

「いいなんて一言も言ってない。仕方無しの成り行きだ。過去を捏造するな」

「契約…………」


 いつもの調子で言い争いに満たない言葉の応酬。これも彼女との関係のあり方の一つかと、面倒な話題のつくり方に辟易する。

 と、それとほぼ同時後ろから零れた呟き。カレンもそうだったが、どうしてこう過去を抱えた輩に囲まれなきゃならんのか。


「ま、頑張って向き合え」

「ミノの人でなしっ。大丈夫だよ、契約に関しては私も……えっと、その……」

「見習うべきではない大先輩だろうな、《重墨(エモク)》殿」

「ミノっ……!」

「《重墨》……って、あの《重墨》、さんですか?」


 そう言えばカレンの本当の誡銘を知らない。……いや、あれは契約毎に変わるものだったか。となると彼女が鈍らなのは誡銘が解放されていないからか? もしそうなら気は進まないが彼女にもう一つの名前を考えてみるのもいいかもしれない。

 そんな事を考えていると続いたのはユウの声。彼女の疑問に声を重ねる。


「そんなに有名なのか?」

「沢山の二つ名を持つ魔剣。わたしも噂にしか聞いた事がないですが、セレスタインでも時々話題に出てました」

「良かったな」

「悪目立ちだよっ」


 カレンにしてみれば余り思い出したく無い過去だろう。けれどそこが何かの手がかりになるのならば見過ごせない情報だ。


「……《枯姫(コキ)》、《宿喰(スクイ)》、《重墨》。全部勝手に付けられた名前だよ。私の本当の名前じゃない」

「…………ごめんなさい」

「だから今はカレンなのっ」

「……ユウの誡銘は何なんだ? 言いたくなければいいが」

「《ボウサイ》です」


 《ボウサイ》。残念ながら聞いた事のない誡銘だ。

 まぁ彼女が昨日語った話から察するに、表舞台では活躍してこなかったのだろう。知らなくても無理は無いか。


「でも、残念ですけれど、なんだか納得しました」

「何がだ?」

「カレンさんには敵わなかった。けれどそんなに凄い人なら仕方ないかなって」

「この能天気な鈍らがか?」

「それでも、一国に認知されている魔剣です。きっと何か理由があるんだと思います……」


 それも誡銘を与えて真価を発揮すれば分かることだろうか? ならば試してみる価値はありそうだ。


「へっへーんっ」

「だったら切れ味以外に特別な力でも発揮してみろ、大喰らい」

「使いこなせないミノが悪いんじゃないのぉ?」

「……仲がいいですね。羨ましいです」

「……どうやら魔瞳(まどう)も大した事がないみたいだな」


 呟けば、肩を揺らしてくすりと笑ったユウ。どうやら冗談を受け止められるくらいには余裕が持てたらしい。

 そうして笑っていれば少し不思議な瞳の少女にしか見えない。人の姿をした魔剣と、人の眼に魔を宿した少女。少なくとも普通とは掛け離れている二人が、俺よりも人間らしいというのは腑に落ちない話だが。

 しかしそれが自由と言うのならばこれ以上無いほどに間抜けな話だ。これでもっと馬鹿が後ろから追いかけてくるのをやめてくれれば文句は無いのに。

 その事も色々考えなければならないか。早めに路銀を集めてこの町も発たなければ。

 直ぐ後ろに迫っている気がする追跡の手に脳内の予定を今一度組み直しつつ、目的地の山へと踏み入って依頼の薬草を探し始める。知識では主に木陰や倒木など、湿度の高い栄養の豊富な場所に自生していると覚えがあるが、だからと言ってそう簡単に見つかれば苦労はしない。

 余り慣れない斜面での移動と注視の神経。休憩をしながらでないと腰に首にと間接が痛くなって仕方がない。魔力を宿す植物ならカレンの力で簡単に見つけられるのに……。

 とりあえず一つ見つけたそれをサンプルとしてカレンに渡しながら木漏れ日の降り注ぐ涼しい山腹を歩き回る。

 自然を体現したその場所は、当然人の足のあまり届かない空間で。木の幹を見れば野生動物の痕跡や住処が其処彼処(そこかしこ)に散見できる。ざっと見て回った限りでは、狼や熊などはいない代わりに、狐や(いたち)などの小型から中型の動物の生息地になっている様子。空の方には鳥の姿も確認できたことから、肉や皮の狩猟にも良く使われている地域なのだろう。

 この様子なら安全に仕事を終えられそうだ。早く終わって余裕がありそうなら昨日みたいにまた鉱石の運搬任務を受けてみてもいいかもしれない。

 そう思いつつしばらく山の中を歩き回って目的の薬草を採取して。指定された数だけしっかり集めて納品用に渡された麻袋に突っ込んで腰にさげれば、自然の中で一つ伸びをする。


「よし、これで必要分は揃ったな。任務完了だ」

「お疲れ様です」


 中腰になっていた所為か少し重い体を持ち上げて呟けば、近くにいたユウが労いの言葉を返してくれた。本当、可能であれば今からでも彼女に鞍替えしたいくらいだ。

 叶わぬ望みを達成感から来る吐息と共に吐き出して視界を回せば、カレンの姿を遠くに見つけた。


『カレン、戻って来い。終わりだ』

『うぅ、丁度今見つけたとこなのに……』


 便利な遠距離会話、契言(けいげん)を使って呼びかければ、少しばかり遅い成果報告。これ以上俺の評価を下げてくれるなよ。契約した俺が馬鹿に思えるだろうが……。

 全く()って使えない魔剣だ。こんなのを売り飛ばしたところで一体どれだけの価値が付くのか……。まだ護身用の歩く棒と思った方が幾らかましに思えてくる。


『……ミノ』


 考えているとこちらに歩いてきていたカレンが途中で足を止めてじっと見つめてくる。次いで脳内に響いた契言。戯言なら……と振り払おうとしたところで、その赤い瞳と真っ直ぐな声に思い留まったのは、ある種の勘か。


『ごめん、気付くのが遅れた。囲まれてる』

『……何人だ?』

『武器を持ってるのが三人。ミノの後ろに一人。それ以上は分からない』


 勝手に身構えた心と体がゆっくりと自分の内側を冷ましていくのがわかる。それを示すように葉が揺れる音、鳥の鳴き声が鮮明に尖り、肌を刺す太陽の光が嫌に熱く感じる。

 何もこんな時に面倒の方から転がり込んでこなくてもいいのに……。


「……ユウ、直ぐに走れるか?」

「え……ぁ、はい……」

「なら合図したらカレンの方へ行け」

「っ…………!」


 小声で言葉を交わせば、遅れてその顔に緊張を浮かべたユウが頷く。良かった、最悪人質になられでもしたらカレンとの足並みが揃わなくなる恐れがあったが、それだけは避けられたらしい。これまでの過去がどうであれ、彼女もある程度のたたかいを経験していたお陰で最もの可能瀬を潰すことができた。


『カレン、ユウを頼む』

『分かった。っ、くるよっ!』

「ぃけっ!」


 カレンの声に呼吸を詰めて踏み出した闘いへの足。刹那に、背後で膨れ上がった気配に振り返りながら短剣を作り出して投擲する。

 が、残念ながら気配だけではどうにも狙いが付かない。代わりに狙った場所の近くの幹に突き刺さって、霧散して消えた。

 次の瞬間、陽光を受けて光った鈍色の飛来物。打ち落とすには少し時間が足りないと、一人ならば諦めた現状に確かな未来を確信して足を出す。

 刹那、目の前に出現したのは壁かと見紛う大きな剣。昔ゲームで見た聖剣のように大地に突き立てられたそれは、カレンが作り出した防御用、巨人向けの両刃剣。その表面に弾かれて、こちらに飛んできていたナイフが音を立てる。

 危機をやり過ごして止まらない時間は次を刻む。踏み出した足で地面を蹴って跳躍。体に漲らせた魔力が齎す人の身では成し得ない脚力で兎の如く跳び上がり、三角跳びの要領で剣を壁に見立てて背後に舞い上がる。

 ちらちらと葉の傘の間から日の光が降り注ぐ山の中。強化された三半規管で空中で猫のように体を捻り体勢を整え、カレンを追い駆けてこちらに走ってきていた男に向けて槍を作り出し投擲する。


「でぇやっ!」


 今度はしっかりとつけた狙いだったが、寸前で横に跳んでかわされ土煙が舞い上がった。


「カレンっ!」

「ぁいよ!」


 着地と同時、ユウを間に背中合わせで足を止め、次いで作り出した鋼の檻。練り上げた魔力は一瞬の内に七枚の巨大な剣を作りあげ、先ほどの一枚と合わせて八角形を描き外界とを隔てる壁が出来上がる。

 一拍遅れて、金属の壁の向こうからは爆発の音と振動。揺れた空気が残響を森の中へ散らしながら広がっていく停滞の音に詰めた息を吐き出す。


「欠けてないな、大喰らい?」

「名無しの人でなしよりはましだよっ」


 売り言葉に買い言葉で互いの安全を確認しながら、ユウの無事も視界の端で覚えつつ空に手を伸ばせば、右腕の契約痕が熱を持って手のひらの中に確かな感触と共に魔剣としてのカレンが顕示する。

 左腰に差し重さを確かめるようにゆっくりと引き抜けば、丁度真上から降り注いだ陽の光を反射して煌いた紅と黒の刀身。柄頭の白瑪瑙が少し不釣合いなほどに輝く。


「…………きれい……」

「だとよ?」

『なにせミノのカレンだからねっ!』


 それは自信と言うよりは驕りだろうか。しかしまぁ、意欲があるに越したことは無い。過去を燻らせて魔剣としての存在意義を見失うよりは余程ましだ。


「さて、とりあえず立てこもっては見たが、どうするかね……」

「敵、ですよね……」

「一体何処からの招待客か。まずはそれを確認しないとな」


 ユウがいる現状、考えは三通り。狙う対象が、俺か、カレンか、ユウか。俺かユウの場合はセレスタインの。カレンの場合は組織の輩だ。

 とは言えカレンが追っ手の顔を知る由もないだろう。ならば取れる方法は一つだけだ。


「ユウ、外に出たら奴らの顔に覚えがあるかどうかだけ確認してくれ」

「分かりました」

「自分の身は守れるな?」

「はい」


 呼吸を整え、剣を一本作り出しユウに渡す。少しだけ受け取る事に躊躇を覚えたようだったが、覚悟と共に手のひらから重さがなくなって安堵した。

 きっといい思い出がないのだろう。想像で語ってもいいのなら、前の契約者を殺した時に剣でも使ったか。ならばその過去諸共一緒に切り裂いてやればいい。

 個人的感慨を言うならば、彼女自身を保障もせずに道具として扱ったその男には相容れない感情がある。ユウが人間だと言うならば尚更だ。他を尊重できないやつが尊重されてなるものか……と言うのは俺の持論だ。


「セレスタインの奴らなら撃退。カレンの方なら捕まえて突き出す。いいな?」

「はい」

『おけぃっ』

「じゃ、いくぞ……!」


 様子を伺っていたらしい静寂を裂いて景色を動かす。目の前の鋼の壁をカレンで斬り裂き、魔力を込めた一撃で蹴り飛ばせば、重い風斬り音を唸らせて宙を横向きに回転した塊が進路上にあった木の幹を薙ぎ倒して土煙を上げた。

 そのたった一つの出入り口に向けて、上から斧を振り被り飛び込んでくる男の姿。直ぐにカレンを構え応戦すれば、普通の武器ではなかったらしくしっかりと切り結んだ。

 魔具以上の魔を宿したものならカレンとも斬り結べる。それはグロッシュラーの一件でよく知っている。だから彼の持つ斧は少なくとも魔具……更に言えば魔剣の類だと言う事だ。

 因みに魔剣と言っても全てが剣の形をしているわけでは無い。単純に、武器として剣が最も多い形だからそう呼ばれているだけで、斧や槍の形をした魔剣も存在する。更にはそこから形を大きく変えたものにはユウの魔瞳のようにそれ相応の名前が付くというのが常識だ。


「はぁああっ」

「チィッ!」


 一瞬の鍔迫り合い。それから力を込め弾き飛ばして、カレンを構え直し辺りに注意を向ける。

 目の前に一人。森の中に一人。それから背後に一人。カレンの言った通りならばそれで全部だが、武器を持たないのが潜んでいる可能性がある以上、現状を完全に信用するわけには行かない。

 が、とりあえず音や気配で確認できた奴らを見失うわけにも行かないと。


「随分なご挨拶だな」

「いいから大人しくしてな。そしたら怪我は最低限で済むぞ?」

「……ミノさん、顔に覚えがありません」

「なるほど」


 と言う事はカレンの方……組織からの刺客か。より面倒な方に引っかかったらしい。

 組織の奴らはグロッシュラーで一度返り討ちにしている。その経験がある以上、何かしらカレンに対策を準備しているはずだ。一筋縄ではいかない……ならばどうにか裏を掻きたいところだが。


「……悪いが今ある自由を取られるのは癪なんでな。返ってもらえると助かる」

「そういうわけにもいかないんでなっ。その選択、後悔すんなよっ……!」


 交渉なんて端から期待してないが、だからこそ想像通りで憂いなく嬉しい限りだと。今一度柄を握り直せば、目の前の男が一足飛びに距離を詰めて横薙ぎに斧を振るう。

 その一閃を対して撫で斬ろうと構えた刹那、手首を捻った男が刃の元の部分でこちらの刃を引っ掛け、そのまま絡めて地面に振り下ろす。次の瞬間、目の前に迫った蹴り。直ぐに魔力を練って剣を作り出し鋼の防御。


「だぁあ!」


 流れるように手のひらに魔力の塊を作り出して、レーザービームのように打ち出す。

 が、どうやらこの技は知っていたらしく、体を捻って交わした男がそのままバックステップで距離を取った。

 追撃を……とナイフを作り出して飛ばそうとしたところへ森の中から現れた文字通りの横槍。体がどうにか反応して振り上げた一蹴に鎧の如く剣を纏って振り抜けば、どうにか槍の一撃を相殺できた。

 続いて背後に迫った気配には、先ほど作り出したナイフを嗾ける。それと同時、一歩踏み込んだユウが背中を庇うように体を入れて迎え打つ一閃。

 直ぐに援護をと更に作り出した短剣を振り返り様に投げれば、ユウの顔の横を通過して迫り、切り結んでいた男が避けて距離を取った。


「ったく、人気者だな、カレン」

『嬉しくな……上っ!』

「っ、ぅお!」


 乱れた呼吸を整えるような一拍。クールダウンにと零した言葉にカレンが答えようとしたところで、それを遮って告げられた言葉に見上げる。

 そこにはこちらに向けて空高くから落ちてくる人の影と切っ先。立体的な攻撃は確かな連携のなせる技かと対応しようとして。次の瞬間、地震かと錯覚する大地の揺れに思わず膝を突かされた。


「ぉあぁあああっ!」

「っせい!」


 直後に頭上から迫った声。防御が間に合わないと過ぎった刹那、こちらに落ちてきていた男へ向けてユウがその手に持った剣を投げる。

 咄嗟の反撃に不意を突かれたらしい男が跳んでくる剣を迎撃して近くに落下すれば、その隙を逃さまいと魔力を込めた拳を地面に打ちつける。

 次の瞬間、大地を奔った魔力が剣となり、地を裂いて切っ先を表し男を貫かんと天を目指す。その一撃を、己の武器でどうにか受け止めて往なした男が再び地面に着地するのと同時、揺れていた視界がゆっくりと収まりようやく立ち上がる事が出来た。


「悪い、助かった」

「巻き込まれるのも嫌ですしね」


 弾かれた際に消えたらしい剣の代わりに尋ねる。


「得意な武器があれば作るぞ?」

「……剣を二本、小さいのでいいです」

「双剣か。いい趣味してるな」


 答えつつ先程より一回り小さい剣を二振り彼女の手元に用意すれば、しっかりと握りこんだユウは手馴れた様子で手の中で回し、逆手持ちにして構えた。

 組織の時か、それとも国に保護されてからか。どちらかの元で戦闘訓練は受けたのだろう。お陰で少し安堵もできる。


「戦えるか?」

「そうしないと、折角の自由がなくなりそうですから」

「ならちょっとばかし共闘といこうかっ」


 視線を合わせないまま言葉を交わして、こちらの様子を伺う三人を相手に呼吸を整える。

 先ほどの地震、恐らく魔術によるものだろう。大地を揺らし足場を不安定にさせる。そこに空から急襲をかけて相手を封じる。カレンやユウがいなければ連携の餌食になっていたところだが、もう同じ手は通じない。馬鹿ではないのだ。

 魔力は底が見えないほどに充分あると確認して、物量には物量をと対抗策を練る。

 作り出したのは数多もの短剣。とりあえず手のひら一杯の魔力で創造したそれらは、百近い数の刃の軍勢となって敵を睨む。

 次の瞬間、胸の内を絞れば命令に従って(にび)色の線を幾重にも描きながら三人に向けて殺到した。

 鋼の雨。大地さえ抉る奔流は彼らの周りに土煙を舞い上がらせる。


『……くるよ、右っ』


 念のため殺さまいと加減したのが裏目に出たか、砂塵の中に黒い影を浮かべて一人が突っ込んでくる。カレンの声に従って刀を振るえば、確かな感触と共に金属音が響いた。

 その手応えに小さく舌打ちをもらす。……どうにも手負いの様子じゃない。一人三十近い刃を無傷でいなした?

 切り結んだ相手の得物はブロードソード。幅広の、叩き切る為の刀剣。簡単に斬れない辺り魔具か魔剣か。

 何にせよ、カレン相手に武器を魔具以上で固めているらしい。

 とは言えその気になれば魔剣相手でも両断できるのがカレンの強みだ。相手の手の内が割れた時点で容赦なく斬り捨てさせてもらうとしよう。

 そんな事を脳裏に過ぎらせながら手首をスナップさせ、峰でブロードソードを弾くと相手の手首に向けて刃を返す。

 が、どうにも戦いなれている様子でしっかりと距離を取られ、刃が空を刈る。小手先の有り触れた反撃は通用しないか。


『うし、ろはいいやっ。左っ!』


 次いで響いたカレンの言葉に少しだけ振り回されつつ左の空に向けて刀を振り下ろす。丁度そこに土煙を裂いて現れた槍の男が、少し驚いた風に焦って防御姿勢。受け止められた一閃から、直ぐに立て直したらしい彼は槍の穂先を自分の方へ傾けるように回転させ、石突の打撃でこちらを逆袈裟に襲う。

 咄嗟に右足に剣を重ねて迎撃すれば、冷静に距離を取られた。

 それとほぼ同時、左……先ほどカレンが後ろと言いかけた場所で、ユウがもう一人の男の攻撃を受け止め反撃の蹴りを見舞っていた。

 そうして再び出来上がる様子見の空白。流れた風に土煙が木々の間を抜けていき、視界が大きく確保される。


「上ですっ」


 次いで間を開けずにユウの声。直ぐに上を向けば、そこには先ほどまでなかった岩塊が物理法則に逆らって浮いていた。

 恐らく魔術。そう過ぎった次の瞬間、空気を押し退ける重い音を響かせて隕石のように落下を始める。

 ほぼ同時、練った魔力は少し多目に。向けた意識は背後に聳える一辺欠けた大剣の檻。そこから一本を遠隔操作で聖剣のように抜き放ち、岩の塊にぶつける。

 質量には質量をとぶつけた一撃は、互いに衝撃を分かち合い、頭の上で壊れて弾ける。響いた衝突音を肌を震わせる振動。そして礫となって振り注ぐ岩塊の欠片。

 更にもう一本、今度は防御の為にと頭上に持ってくれば、一拍遅れて煩いほどの衝突音が響く。

 しかし、降り注いだ礫のお陰で平面からこちらへ攻撃を仕掛けてこようとした三人も近寄れず、どうにか危機は去った。

 耳鳴りさえ残す轟音の後に、しっかりと役目を終えた二本目が砕けて消える。


「あっぶねぇなぁ……」


 周りの木々に劣らない大きさの剣。人の身には余る武器を出しておいてなんだが、どうにも使い勝手がよく分からない。

 とりあえず用途としては防御用の壁か……。流石にあんな塊で生身の人間を叩けばよくて骨折だ。人殺しは避けたい。

 呟きながら構えなおして睨む。相変わらず相手は三人。

 しかし、となると疑問が生じる。

 今の岩塊もそうだが、最初の地震も、今見えている三人は手を下していないように見える。と言う事は別の術者がいると考えるべきか?


『カレン、魔術の痕跡を辿れたりはしないのか?』

『ごめん、無理。でももう一人は確実にいるよ』

「ぇ、五人?」


 呟きは隣のユウから。警戒を解かず彼女に視線を向ければ、彼女が続ける。


「サリエルが、五人……後二人隠れてるって。さっきの攻撃、別々の人が使った魔術だって」

「……いい目だな。少し羨ましい」


 素直に音にすれば、慣れていないのか恥ずかしそうに唇を結んだ。

 サリエルと言うのは、確か彼女の瞳に潜む魔の名前だったか。

 しかしながら今更な話ではあるが、ようやく彼女の瞳の色にも慣れて来た。目の中にもう一つ目があるという不思議さも、捉えようによっては特別さ。英雄に憧れる面持ちで的外れな事を言ってもいいのなら、輝く黄色の瞳は宝石のように透き通っていてとても綺麗だ。


「しかし、ならそれをどうにかしないとな。……丁度いい、全部使ってやろうか」

『嫌な予感がするんだけど……』


 潜伏している二人の魔術使い。こんな山の中で隠れる場所と言えば限られる。ならば少し乱暴に自然破壊と洒落込むとしよう。

 過ぎった想像を音にしながら小さく笑みを浮かべれば、隣のユウが何かを察したようにこちらを見上げる。OK、しっかりついてきてくれよ?

 呼吸を一つ。魔力を練ってナイフを作り出し三人に向けて投擲。こちらを窺っていたそれぞれが、静寂を裂いた動きに合わせてかわし、距離を詰めてくる。

 十歩あるかどうかの距離。その間に思い切り魔力を滾らせて背後の大剣を五本全部抜き放ち、三本を男達に向けて凪ぐ。


「っと」

「うわぅっ!」


 更に一本を足元に。サーフボードの如く横倒しにして乗り、地震対策に空中へ。どうにかついてきたユウがバランスを崩して座り込む景色の中、残りの一本を操って木々を薙ぎ払う一閃を描く。

 メキリ、バキリと言う重く軽やかな大合唱を辺りに響かせながら己を中心に鋼の嵐。巨人の一振りのような回転斬りがやがて一回り広く視界を確保すれば、遠くに一人吹っ飛ばされて気を失ったらしい女性を見かけた。

 あともう一人……そう巡った次の瞬間、頭上から迫った影に顔を上げれば、再び大地を抉らんとする巨大な塊が視界を覆っていた。どうやらあっちで伸びているのは地面を揺らした方だったらしい。

 そんな確認をしながら座り込むユウの手を引いて大剣から飛び降りる。


「ぃひゃぁあああっ!?」


 響いた絶叫に受身をさせるのは酷かと、掴んだ手首を引き寄せ着地。足の裏にスキー板のように剣を作り出し、大地を滑って衝撃を殺しながら両腕にユウを抱える。

 どうにか止まった直後、直ぐに見上げた視界でこちらに降り注ぐ隕石の対応。先ほどまで乗っていた剣を斜めに傾け、壊すでなく滑らせて進路を変える。向かう先は飛び降りる時に見えたもう一人の潜伏者である、岩塊を操る主。

 耳障りな金属との擦過音で空気を震わせた岩塊が大地へと突き刺さる。

 咄嗟に岩の壁で防御をしたようだったが、殺しきれなかった衝撃と煙に呑まれて姿を見失った。寸前で横に跳んで逃げていたのが見えたから、きっと死んではいないだろう。

 先ほど百にも呼ぶ短剣の雨を防いだのもその土の壁だろうか。


「あ、ぁわ……! 無茶苦茶ですっ!」

「均衡状態で相手に呑まれるよりは余程いいだろ? 無事だしな」

「そういう問題じゃあ……って! 早く下ろしてください!」

「だったら着地くらい自分でしてくれ」


 俗に言うお姫様抱っこ状態。魔を宿した瞳を持つただの少女である彼女にしてみれば些か受け入れ難い現状だったか。

 にしても軽い体だ。いや、魔力のお陰で俺の筋力が強化されてるのか?

 また今度限界を試してみるとしよう。殆ど鍛えてないこの体が一体何処まで常識外れを見せてくれるか少し楽しみだ。

 揺れの収まった大地にユウを下ろせば、心なしか頬を染めた彼女は身だしなみを整えるようにローブを叩く。


『ミノ、乱暴が過ぎるよ』

『ならあのまま物量に押し潰されてろってか?』

『それは……うぅ』


 言い争いをしている暇なんてありはしないと。真実でカレンの声を封殺して、再び構え直す。

 次の瞬間、大地を蹴る音と共に急速接近してくる男が二人。武器は斧とブロードソード。

 一足飛びに距離を詰めた二人は、俺とユウに向けて得物を振り下ろす。

 乱戦は避けたいと横に跳びながらユウとの距離を取って応戦。ついてきたのはブロードソードの男。振り下ろしをかわせば、横薙ぎの一線が胴を狙い唸る。

 最早手加減は必要ないと、切り上げに魔力を込めて振るう。特別な力で折れない欠けない壊れないなんていう理不尽でもない限り、カレンの斬撃は同族ですら両断する。

 そう確信しての一太刀。その刃がブロードソードに触れる……寸前で、男の持つ得物が勝手に破砕した。

 次の瞬間、辺りに散らばった数多もの破片が一瞬だけ空中に静止し、切っ先をこちらに向けて雨のように殺到する。

 考える間があったかどうか。反射的に後ろに跳び退けば、それでも追尾してくる破片を阻むようにカレンが作り出した剣の盾が目の前に形成される。

 刹那、鳴り響いた雑音の如き金属の弾ける音。次いで、腕と足に走った痛みに更なる跳躍を重ねて距離を置く。防御が少し遅かったか。

 ……なるほど、刃がなければ壊されないか。加えて攻撃にも転用して制圧する。対カレンの秘策……確かに有効だ。


「無策で挑みに来るかよっ」


 にやりと笑った男が柄を一振りすれば、破片が集まってブロードソードの形へと戻った。あの様子だと遠隔操作で切り刻むなんて芸当も出来そうだ。

 それに幾らカレンが斬れぬもののない魔剣だとしても、その刃に捉えられなければ意味がない。加えて、一つ叩き落したところで総数のよく分からない刃の軍勢だ。気長に全てを相手にしている内にかわしきれなくなって終わりだ。現に二箇所ほど怪我もしている。さて、どうするべきか……。


「きゃぅ!」


 考えているとユウが悲鳴を上げる。見ればもう一人を相手にしていたらしい彼女は、手に持った双剣の刃を失い、彼女自身は尻餅を突いていた。

 どうにも分が悪い…………。


『ミノ、後ろっ』

「クソがッ!」


 考える間もないと舌打ちを吐きながら応戦。振り返り様の一閃で死角からの槍の急襲を往なす。

 駄目だ、一度仕切りなおす必要がある。

 過ぎった思考に覚悟を決めて一歩を踏み出し、腰の麻袋から煙玉を投げた。

 咄嗟の飛来物を叩き落した男の視界を奪うように辺り一面に広がった白い煙。その一寸先さえ見えない中を相棒を頼りに突き進む。


『右足、頭っ、首!』


 脳内に響くカレンの声に従って言われた場所を避ければ近くで何かが通っていく音を聞く。よくもまぁこれだけ視界の悪い中で的確に狙えるものだ。経験が裏打ちする勘か……尊敬すら出来るな。

 そんな事を思いながら走り抜けて、最後にユウの腕を引いて森の奥へと逃げ込む。そのまましばらく走って距離を取り、斜面に見つけた岩陰に体を隠した。


「はぁ……はぁ……。無事か?」

「はい……どうにか……」


 荒い息を無理矢理整えながら思考を巡らせる。

 どうすればいい。どこに勝機がある? 何か策は……?

 冷静にと自分に言い聞かせる傍らで、耳元で煩い鼓動に苛立ちが募る。クソっ、集中できない……!


「あの人達、魔剣持ちでは無いですね」

「それは、本当か?」

「はい。サリエルが」


 契約か、それとも魔力の流れか。森の中に隠れる二人を探し当てた時もそうだったが、ユウの魔瞳には俺やカレンには見えない何かが見えているのだろう。流石は目に宿った魔物だ。

 しかし、それが分かったところでどうにかなる物でもない気がするが……。


『魔剣持ちじゃないって事は、ユウさんの幻術は効くのかな?』


 と、一人呼吸を荒げていないカレンが試すように尋ねてくる。その言葉に想像が巡って音にする。


「…………ユウ。俺と契約する気はあるか?」

「え……?」

「魔剣持ちで無いなら幻術は効くだろ。なら契約して魔力を供給すればあいつらを無力化できる」

『ミノっ』

「それ、は…………」


 言葉にして、それから失敗したと悟った。ユウの方を見れば、彼女は信じていたものに裏切られたように俺を見つめていた。


「ぁ……いや、悪い…………」


 どこかで考えていたのだろう。もし彼女の力を使えるのならば、それが理想だと。そんな想像が、いつしか己の中で強制染みた結論に変わっていた。

 駄目だ。違う。もちろんそんな押し付けをするつもりは無い。けれど、言葉にした事を取り消せはしない。


「悪い。悪かった」

「…………いえ、いいんです。そうするのがきっと正しいですから。契約をすれば、助かる確率は上がる。それはよく分かります。……でも…………」


 理屈と感情は違う。分かるからこそ、己の失敗を呪う。

 一度浮かんだ想像をリセットして考え直すには時間が足りない。かといって何か別の方法を探さなければ追い立てられて捕まってしまう。最悪、カレンの問題に関係のないユウを巻き込んでしまう。

 ならばするべきは、彼女を逃がすと言う選択肢一つだけだろう。

 保障の出来ない自由を与える。なんて身勝手な方法論か。


「……せめて魔力だけでも渡す方法があれば違うんだがな」


 苦し紛れに思いついた先から音にする。

 ……あとは、何だ? 何が出来る? 手持ちの物で現状を打開できる道具は……。


『……ミノっ、あるよ! 魔力を渡す方法!』

「なに……?」

『魔力石だよ!』


 カレンの言葉を頭の中で反芻する。

 魔力石。けれどあれは時間をかけて作るものであって、店で買って一日しか経っていない石ころ同然のゴミでは何の役にも……。

 いや、違うっ。一つだけある!

 カレンの言いたい事に気付いて腰の麻袋を探れば、一つだけ出てきた魔力石。それは鉱石の運搬任務をした際に、カレンが貰っていたものだ。


「それ、魔力石……」

「魔剣は大きな括りで言えば魔具だ。なら当然、魔瞳も魔具の一つだろ? これ、使えないかっ?」

「使える……けど、これだと一回だけ。一人にしか効果ないよ」

「…………そこはどうにかする」


 大丈夫、咄嗟の思いつきだが、どうにかできる策がある。


「……悪いな、こんな事に巻き込んで」

「ぇ……?」

「嫌な過去を抉って、振り回して、最後にこれだ。もし少しでも嫌なら、それを持ってここから逃げろ。迷惑を掛けた礼だ。その選択もまたお前が持つ自由の一つだ」


 きっとどれだけ謝ったところで許されはしない。

 元はといえば全て俺の所為だ。俺が彼女の契約者を退けたから。それがきっかけで彼女は契約者を殺し、帰る場所を見失った。

 ここまで俺を執拗に追いかけてくる相手だ。ユウに意味を見出せなければ容赦なく切り捨てるだろう。結果を持って帰らなければ、その先に待つのはたった一つの現実だけだ。


「ただ、もし間違いでも話を聞いてくれるなら……一緒に飯食って背中合わせに立った縁だ。ユウが自分で道を選べるまでその手助けをしてやる」

「……………………」

「もし俺を許せないなら、あいつらを片付けた後で命でも何でも狙いにくればいい。もちろん抵抗させてもらうがな」


 責任。簡単に言えば自己満足の欺瞞だ。

 ただ彼女の孤独に、反吐が出るくらいに共感してしまった自分が、どこかにいたから。少なくとも、俺とは全く関係のないところで生きてきた彼女を無責任に同情するくらいには、重ねてしまったから。

 だからこれは、彼女を利用した、俺のやり直しだ。


「その上で、答えを聞かせてくれ。……手を貸してくれ、ユウ。お前の力が必要だ」

「…………本気ですか?」

「あぁ。自ら選ぶ死なんて、生きている限りで最も価値のない選択肢、だからな」


 死ぬしかないなんて、間違っている。

 そんな価値の無い行いを──誰かが死ぬのを、死んだ心で見届けるなんてごめんだ。


「俺がお前を生かしてやる」


 あぁ、なんて歯がゆい事か。こんなくそったれな世界を、壊す事が出来たらいいのに。

 ユウが、左右で異なる双眸でじっとこちらを見つめる。片や俺と同じ、黒の瞳。片や魔を宿した、黄色の瞳。

 その不思議な色に、心の奥まで見透かされた気分になる。


「…………酷い自己満足ですね」

「あぁ」

「……わたし、ミノさんのこと、嫌いです」

「知ってる」

「けど、嫌になるくらい信じられはします。だって貴方は、誰よりも人間らしいから」


 こんなのを信じられるなんて、よくもそんな法螺が吹けるものだ。


「だから、いいですよ。その代わり、わたしの自由をお願いしますね、ミノさん」

「…………さんはやめてくれ」

「…………? はい、分かりました……?」


 分からないなら、それでいい。




 その後僅かな時間で試して、納得の物を作れた事に満足してその時を待つ。

 どうせ待ってればあいつらは追いかけてくる。ならそれまで不用意に動かず体力の回復に専念する。

 そう決めてしばらくの後、目を閉じて頭の中で作戦のあらゆる未来を想像していると、右手に握ったカレンが脳内に声を響かせた。


『来たよ。左右と後ろ』

「ユウ、何人いる?」

「……三人です」


 相変わらず死角を突こうとするセオリーを外さない辺り、戦いなれはしているのだろう。ユウの目で確認もしっかりとってゆっくりと立ち上がる。

 相手だって馬鹿では無い。カレンの感知に気付いているかどうか分からないが、少なくともこちらが何かしらの手段で襲撃を把握している事は分かっているはずだ。

 分かっていて、けれどもこれまで先周りをされていた事実が、まだ彼らを突き動かしている。けれどそれもこれで決着だ。これで追いかけてくるのをやめてくれればいいのに。

 考えて構えた直後、空を裂いて飛来する異物を捉える。

 カレンに言われるまでも無く気付いたそれは、魔力を宿した空飛ぶ槍。目算で時速80kmと言ったところか。魔力を宿している辺り、普通には防げない代物だ。

 このタイミングで仕掛けてきたという事は相手もこの衝突で決めるつもりなのだろう。ならば丁度いい。

 魔具による奥の手……絶対の貫通能力か、遠隔操作による追尾か。恐らくその辺り。だが覚悟を決めて立ち向かえば、それはただのこちらへ飛んでくる的でしかない。


「はぁあああっ!!」


 気合と共に魔力を滾らせ、握ったカレンに宿して振り抜く。描いた一閃は上段からの唐竹割り。

 その切っ先が槍の穂先を捉えれば、僅かな感触と共に刃も、柄も、石突も、全てを綺麗に二等分する。

 刹那に、体の傍を抜けて行った槍の残骸。それを見て副武装にと準備していたらしいショートソード抜いて槍の男が突っ込んでくる。

 そんな彼に広げた左手を翳し、溜めておいた魔力を開放して砲を放つ。少し練りこみすぎたか、空気を焦がす音を僅かに響かせて空間を押し広げた奔流が、彼の背後の木々を貫いて飲み込んだ。

 その背後で響いた金属音。振り返らずとも、そこにいるのはユウだ。

 先ほどの時間で少し考えたが、どうにもあいつらはユウをどうこうしようと言う気は無いように思える。もし問答無用に命を狙うならば、男が持つ魔具の斧の力で、華奢なユウを潰してしまえばいい。

 けれど一つ前の交錯も、今も。本気でユウを無きものにしようと言う意思は感じられなかった。

 これは恐らくの想像だが、彼らの目的はカレンであって、それ以外を傷つけるつもりは無いのだろう。だからある種手加減をしてユウを押さえ込んでいる。

 ……だからこそ、そこに付け入る隙もある。

 彼女に渡した双剣は少し時間をかけて思い切り頑丈に作った一品。例え相手が魔具でも、数度で壊れたりはしない渾身の一作だ。

 その逆手持ちを交差させて頭の上で彼女が受け止めるのは大きな斧。体格差で言えば少女であるユウが劣る。しかしそれをどうにか均衡たらしめているのは、ある種の信頼から来る魔力を全開にした身体強化によるもの。

 特にユウの場合は、人の器官である目が魔を宿していて、それは彼女の体と密接に繋がっている。だからこそ俺が魔力で強化するよりもより強く効率的に結果を齎して、限界以上にユウの体を現実離れさせている。

 その一瞬の硬直。もちろん見過ごすはずのない無防備な男に向けて、短剣を作り出し投擲する。

 咄嗟に防御で弾いたその隙に、小さい体を活かしてユウが懐に潜り込み柄で腹を殴りつける。


「がぁっ!?」

「だぁああっ!」


 僅かな呻き声。それを掻き消すような咆哮は左から。先ほどまで隠れていた岩を足場に跳んで、頭上からブロードソードを振り下ろそうとする男を視界に捉える。

 当然、有効と分かっている手段……魔具の力を使って刃を破片に変化させ、雨のように嗾けてくる。

 しかし、一度見た技。くると分かっていれば対処は出来る。

 予め準備しておいた魔力で剣の壁を作り出し、今度は全てを防御する。前の時は防御が遅れて防御し切れなかったが、分かっていれば対処など簡単だ。

 弾け響く金属の擦過音。きっと剣を一枚隔てた向こう側には火花散る光景が広がっていることだろう。そんな事を考えながら、全てを覆す一手を打つ。

 魔力を全開に。空になっても構わないと思い切り練り上げて作り出す、壁のように大きな幾つもの剣。それを、自分達を含め五人全員を囲うように地面に突き刺していく。

 地鳴りさえ響かせる剣の召喚に、何事かと辺りを見渡す男達へ詰め。


「ユウっ!」

「はいっ!」


 魔瞳の少女の名を呼んで、それに答えた彼女は手の中で魔力石を強く握り締める。刹那に、魔力の供給が行われたその瞳を輝かせ、魔瞳の力を振るう。

 その先には、一本の剣。ユウに持たせておいた、剣で作った鏡だ。先ほど俺が作り出した数多もの剣の檻も、内側の景色を反射させる鏡仕様。

 そんな中でユウの魔の瞳が、その効果を光の速さで駆け巡る。

 全方位を鏡の壁で囲まれた空間で、ユウが行使した魔瞳の力が反射し、やがてそれは男達の瞳の奥へと吸い込まれて、幻術を見せる。

 当然、俺が掛かるわけにはいかないので目は閉じさせてもらった。自滅するほど馬鹿じゃない。

 と、視界を閉ざした空間の中で、聞こえた二つの倒れるような音。


「……終わりました」

「ん」


 ユウの声に腕を振れば、辺りを囲んでいた存在感が消え去るような感覚。それから目を開けば、目を開けたままその場に倒れ伏せる男を二人捉えた。

 ユウの魔瞳は魔力石を用いても一度しか使えなかった。けれどその一度で複数人に魅せてしまえば、後は効果が彼らを無力化してくれる。そう考えて立てた案が、咄嗟に目を閉じるという判断を出来なかった男達の意識を目の前から奪ってくれた。


「カレン、他に敵は?」

『……いないよ』


 カレンの最終確認にようやく安堵の息を落として納刀する。直後、人型に戻ったカレンが何かを確かめるように自分の手を開いたり閉じたりしていた。


「どうかしたか?」

「ううん。あんまり活躍できなかったから」

「相手が悪かっただろ。刀なんだからリーチの届く場所に敵がいないと意味ないしな」

「しょうかふりょー……」


 そんなに戦いに身を(やつ)したいのか。随分と変わった価値観だな。


「……なんとか、なりましたね」

「悪いな、面倒な役周りをさせて」

「いえ、大丈夫です」


 一息ついた様子のユウも傍に戻ってきて小さく笑みを浮かべる。


「魔力は大丈夫か?」

「はい」


 魔瞳を使った後の魔力切れによる気絶も考慮していたが、それはどうにか避けられたらしい。しかし、それにしても今回は随分と彼女に頼ってしまったと。


「礼は何がいい? 出来ることならしてやるぞ?」

「……ゆっくり休みたいです。魔力の使いすぎで体がだるいので」

「なら戻るか」

「あの人達は?」

「それがあったか……面倒くせぇ…………」


 まぁ臨時報酬には丁度いい。町の衛士にでも突き出すとしよう。依頼の達成報告もしなければと、疲労から少し重い体に気力を振り絞る。

 面倒だ。だが、突き出せば金になる。今は何よりも嬉しい現実だ。無駄に消費した色々の見返りがなくてはやっていられないと。

 考えて足を出す。


「やっと見つけた……っ!」


 刹那、響いた声はカレンでもユウでもない、別の女の声だった。

 この期に及んで新手かと。咄嗟に剣を作り出して構え、声のした方に振り向く。

 そこにいたのは、自然の森に不釣合いな琥珀色のセミロングを揺らし、宝石のように輝くライムグリーンの相貌でこちらを見つめる少女だった。

 新手か。一体どこに隠れていたのやら……。

 だが一人ならどうにかなると相手を睨んで情報を探す。武器になりそうな物は持って居ない。近くに先ほど戦った敵の物が落ちているが、拾おうとしたら直ぐに押さえ込める距離だ。

 先ほど発した言葉から察するに、どうやらこちらを探していたようだが……残念ながらあんな女の子と出会った記憶は無い。さて、一体誰だろうか……味方なら嬉しいんだが。

 そんな疑問には……次いで予想外のところから答えが返った。


「…………チカ……?」


 呟きは、彼女を射抜いて驚いたように見つめる、カレンの声だった。

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