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天狗の鼻

作者: G·I·嬢

 赤く高い塔。それが通学路にふてぶてしく聳え立っておりました。


 幼少の頃の私は知的好奇心の権化の様な存在でありまして、異常性の高い存在には敏感に反応致しました。こんなにも赤く高い塔が突然に現れれば、それはもう、きらきらと目を輝かせて研究するのでした。

 その塔の見た目を思い返せば、とても赤く、言うなれば真紅でありました。触るとほんのり温かく、かちかちと硬い手触りでした。


 私が知的好奇心に突き動かされている時は、それこそ神をも畏れぬ暴君ぶりを見せた物でありまして、ちょうどランドセルに入っていた三角の彫刻刀で塔の表面を削ったのでございます。今思えば痛みがよぎります。


 削り取った欠片はさらさらとしていて、とても美しく見えました。その欠片を乗せるまでは普通の手のひらが、それを乗せた途端に美しく、尊い存在になる。そんな妖力とも言える物がそれにはありました。 


 塔を傷付けただけでは私の知的好奇心は収まらず、そのままぐるりと塔の周りを一周しました。入り口らしき物が確認出来なかった為、私は思い悩んでとりあえずもう一度塔の表面を削り取りました。


「ええい、やめんか」


 突然に、どこからか声がします。低くて、唸るような声。大人の男の声だと、その時思いました。

 酷く面食らった私でしたが、知的好奇心が恐怖と驚嘆を跳ね除けて再び現れました。子供が無垢と言われるのは不安も恐れさえも、女や酒に頼る事無く、自らの身中に持つ力で打ち払えるからなのでしょう。


「いったい、誰?」

 

 どこから声をかけられたかわからないので、上に向かって言いました。

 その当時の私は、人の声も雨のようにひゅるひゅると落ちてくると考えていたので、大きな声を出す時は上を向くようにしていたのです。そうすれば、上から声が降り注いで皆に事を伝えられると考えたのです。滑稽極まり無く思える話ですが、声を張り上げて自分の意見を他人に投げつけられるという点は見習うべきでしょう。


「わしか、わしは天狗じゃ」


 天狗、と私は何度も繰り返して言いました。

非現実的な名前が出てきた為に、くるくる回る小さな脳みそを鎮める時間稼ぎをしていたのかもしれません。或いは、言いたかっただけなのかもしれません。


「天狗が通学路に何の用なの?」

「うむ、実はここを通る子供達を驚かせてやろうと思い、鼻を大きくしていたのじゃが、加減を間違えてな」

「じゃあ天狗の体はこの鼻の下に埋まっているの?」

「その通りじゃ」

「そうなんだ、それじゃあね」


 私はそう言い残してその場を立ち去ろうとしました。すると、すぐに赤い塔、いえ天狗の鼻が揺れて抗議の意志を示していました。


「ええい、何故そう冷たいのじゃ」

「飽きた」


 そう、そうなのです。幼少期の私は凄まじいまでの知的好奇心を保有していましたが、それと同時に並外れた飽き性でもあったのです。

 不可思議な赤い塔の正体は天狗の鼻。そう分かってしまえばもうどうでもよくなったのです。


 天狗という時点で興味を引かれるはずなのですが、私は当時、天狗についてはよく知らなかったのです。なので、赤い塔についての謎がふわりと霧散してしまった時点で、私は今日のおやつについて考えを巡らせていたのでした。


「まったく、体が自由になれば雷でも落としてやるのに」


 その言葉に、私の足がぴたりと止まりました。

 当時の私は格好をつけたがる子供でして、背伸びした事が大好きなのでありました。それは立ち振る舞いに始まり、聴く音楽、見る漫画、嗜むアニメーションと、とにかく格好をつけたがりました。今でも当時の自分を振り返れば赤面してしまいます。

 さて、その私が見ていたアニメーションにはお気に入りのキャラクターという物がありまして、それは雷使いなのでありました。そう、私は雷を格好の良い物と思っていたのです。


「雷を、出せるの?」


 さてさて、こうなれば後は天狗の思うつぼです。子供の声色からその機微を察するのは大妖怪たる天狗には容易い事でありました。にやり、とは笑えませんが不気味に鼻を揺らしていたような気がします。


「ああ、そうとも自由になれば容易い事じゃ」

「どうすれば自由になるの?」


 そこから、私は知的好奇心を満たす為に天狗の小間使いとなって方々を奔走しました。

 

 最後に、確かやしの実ジュースでしたか、それを鼻の根元にかけてやると、一段と鼻が大きく揺れ始めました。

 

「おお、戻りそうじゃ」


 その声がするが早いか、赤い鼻はみるみる内に小さく縮んでいき、最後には路上に横たわる浴衣姿の男の鼻となりました。

 さて、私は、もう待ちわびた、と言わんばかりに天狗に近寄りました。


「さあ、雷を見せて。早く見せて。今見せて」

「うむ、良いじゃろう」


 天狗は私に右の手を差し出しました。助けた礼の握手でもするのかと思い、私は何も疑わずそれを受けました。


「刮目」


 そう、天狗が語勢を強めて言った時でした。


 ぴりっ、と手が痺れました。静電気です。


「ふむ、これで良いかな」

「良いわけないよ!」


 私は騙された事実に直面し、憤慨しました。雷を現実で、この目でしかと焼き付けたかったのですが、その思いを踏みにじられたとあっては、普段余り怒らなかった私の心でさえも、それはもう烈火の如く燃え上がり始めて、ポケットに入れていた彫刻刀を強く握りしめたものです。


 天狗は私のそんなちりちりとした怒りを見て、今度はしっかりとにやり、と笑いました。


「なあに、天狗とは人をそういう顔にするのが生き甲斐なんじゃよ」


 浴衣天狗がそう言うと、鼻をぽりぽりと掻きながらふわりふわりと浮き上がり、どこかへ飛んでいってしまうのでした。

 今思えば、あの時掻いていたのは私が彫刻刀にて削った部分なのかもしれません。


 さて、置いていかれた私がこの後どうしたかと言えば、普通に家路に着き、豆乳ドーナツを頬張るのでした。天狗への怒りはふわふわのドーナツの前に消えてしまいました。


 それからしばらくして、確か九回目の誕生日でしたか、夜空に突然、稲妻が何度も光って家族を震え上がらせました。私も初めは震えていたのですが、何度目かの雷の時、空に鼻の高いシルエットが映ったのを見て、ああ、約束を守ったのか、と思い、家族が止めるのも聞かずに空に向かって、


「天狗やーい。次は霰が見たいぞー」


 と、追加のお願いをしたのでした。


 以来、私の誕生日は異常気象ばかりが起きるのです。


 


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