第40話:魔王の湯煙攻防戦~男の威厳を守り抜け~(3)
プールのように広大な、石造りの浴場。
疲れを癒やすはずの空間に反響した甲高い声は、紛れもなく悲鳴であった。
胸を腕で庇い、肩を上下させているのは、大きく声をあげた張本人である女王アーリヤである。
驚きに見開いた目で、信じられないものを見る目で俺たちを見ていた。
……うん、まあ。そうだよね。
いきなりお風呂に入ったらショタが淫魔に押し倒されている場面に遭遇したら、誰しもそうなってしまいますよね。
アーリヤは頬を紅潮させて声を荒げた。
「な、な、な――人の浴室で何を盛っているのですか! そなたたちは!
なんですか、王族専用の浴室で淫蕩にふけって伝統と文化を侮辱するおつもりですの、その背徳感が堪りませんの? この猥褻鬼畜集団は! いやらしい!」
女王さま意外と妄想力豊かじゃないですか?
と言っている暇はない。
弁解しなくては、不敬罪とかその他諸々で死刑まで有り得るぞ!
俺は躯を起こして土下座一歩手前の体勢で主張する。
「待て! これはただ足を滑らせて転んだだけでそういうつもりじゃなくてですね!
ほらゼノビアさんも何か言って」
「はい。性行為はいやらしくなどありません」
「違うそうじゃない!」
そっちに反論するのやめよう?
この世界では天使として扱われるらしい淫魔、その拘りは俺にすらわからないものである。
しかし困惑することになるのは俺だけではない。
「や、や、やはり……ここで不埒なことを!
その節操のなさ、そんなことだから淫魔は国家クラッシャーと言われるのです!」
「国家クラッシャーってなにゼノビアさん」
「さあ。検討もつきません。淫魔の問題点など、強いて挙げるなら横恋慕くらいしか」
「それだよ」
サークラじゃなくて国を傾けるレベルなんですか、ちょっと淫魔に手を出すハードル高すぎやしませんかね。
「ええい、衛兵、衛兵! 不届き者です、はやく参りなさい!!」
まずぅぅぅい、助けを呼ばれた!
顔が青ざめていくのを感じる。そんな俺をアーリヤは鼻で笑って勝ち誇った。顔は赤いままだったが。
「愚かなことをしましたね、魔王。ここでわたしに出会ったのが運の尽きです。どうやら地下ではその命を拾ったようですが、これでそなたの命も終わりですわ。
よりにもよって、女王の、は、裸を覗くなどと不敬極まりない……!」
違うんです、と言っても信じてくれまい。
確かにマズい。ゼノビアさんとの遭遇は嬉しいハプニングというか、最悪でも俺の威厳に関わることでしかなかったが、女王さまの裸は見て嬉しいよりも先に「やってしまった」感の方が強い。
本人が言っている通り、王の浴室に侵入してあまつさえ裸を見てしまったなどと言い訳のしようがない。国民から非難を受け処刑待ったなしである。
「どう致しますか、魔王さま。離脱しますか。壁を破壊することなら容易ですが」
それしかないように思えるが。
俺は自分の躯を確認しようとして頭を下げ――ゼノビアさんの特大ボリュームおっぱいがあったので慌てて目線をあげた。
うむ。逃げたいのは山々だが。
俺たちは、全裸だった。
「うん、この格好じゃ逃げられないよね」
「良いではないですか、このままの格好で行きましょう」
「……裸で?」
「裸で」
なんてことを顔色ひとつ変えずに言い出すんだ、この人は。
普段は貞淑そうなメイド服を着ているから気づかなかったが、この人は貞操観念とかそういう言葉とは無縁だな?
「見られて恥ずかしい躯でもないですし、見られて嫌なら躯を磨く意味がないのでは?」
なんか、二次元の淫魔が肌色多めな理由がわかった気がする。本人たちからしてみたら隠す必要のない誇るべきものなんだな。
でも人間からしてみたら違うんですよ!
「そういう意味じゃなくてだね、裸を見せるとそれは誤解を生むんだから」
もう俺みたいな女とのお付き合いのない男からしてみたら、肌なんて見せられたら即堕ちですよ。わかってますかそのところ。
第一、どこのだれともしない相手に裸を見せるなんて、まわりから常識を疑われる。
そのとき、俺の脳裏にひらめきが走った。
そうだ、その手があった。
……滅茶苦茶やりたくないが。
こう言うしかないらしい!
俺は、口元をつり上げて笑った。
「ふっふっふ……。女王さま、本当に助けなんて呼んでいいのかな?」
「なんですか、その子供とは思えない中年くさい下卑た笑みは」
傷つく。
気を取り直して、俺は切り札を切った。
「……こんな現場を部下が見たらどう思うだろうなぁ~?
魔王とそのメイドと一緒に女王さまが風呂に入ってるなんて知ったら、どんな誤解を抱かれるかな~?」
アーリヤの表情がこわばる。当たり前の話、裸を他人に見られたという事実は、人にはあらぬ誤解を抱かせるのだ。
簡単な話、〝美人の女王さまが魔王とお風呂で裸になっていた〟なんて教えられたら、人はなにを思うだろうか?
俺は断言する。
絶対エロい目にあったと思うに決まってる!
こちらの指摘に、アーリヤが後ずさった。
「なっ、なにを言い出すかと思えば! わたしにやましいところなど、ひとつも――」
「くっくっく、それを部下たちが果たして信じるかな?
魔王の手によって女王さまが汚されたと思うだろうなぁ。そうすると、これまでみたいに付き従ってくれるかなぁ?」
喉を鳴らして笑ってみせると、アーリヤの喉から「ひっ」と声が洩れた。
……うわーーーっ、自分で口にしてて嫌になってきた!
女王さまが気丈にも恥じらい混じりの目で睨んでくる。
え、あの、すいませんごめんなさい。でも死にたくないんです許してください。
「いえ、そんな。そんなことあるわけありませんわ。我が臣民たちが、魔王の妄言になど耳を貸すはずがありません!」
「どうかな。中にはいるはずだ、これから女王さまを見るたびに汚された躯なのだと疑ってなめ回すように見る国民が!」
「~~~~~……!!!」
やっておくものですね。エロゲ。ありがとうエロゲ。エロゲの台詞が役に立ったよ。エロゲは人生のバイブル。
いよいよ、呼びかけられた兵士たちが脱衣室に踏み込んできた。
「アーリヤさま! いかがなさいましたか!」
ガラス戸越しにかけられた声に、アーリヤの肩が跳ね上がった。
もしここで、鋼の意志で衛兵たちを受け入れられたら俺は終わりである。
……どうだ!?
「……っ、いえっ、なんでもありません。下がりなさい」
よしっ!
ガッツポーズしたくなる衝動をなんとか抑え込む。弱味を見せるわけにはいかないからな。
しかし、衛兵は訝しんでいる様子だった。
「ですが、さきほど悲鳴が……」
「ゴキブリが出ただけです」
俺を見ながら言わないでください。
ガラス戸の向こうで衛兵たちが顔を見合わせていたが、やがて何もないと納得したのか引き返していった。
足音が遠くなり、俺もミニマップ上で安全を確認した頃に、アーリヤが再び鋭い声を飛ばしてくる。
「これで良いのでしょう? そなた方も、早く消えなさいな。それともこれ以上わたしを辱めるつもりですの!?」
「と、とんでもない」
これ以上の面倒事は御免被る。
俺はタオルで下半身を隠しながら立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。アーリヤとお互いに距離を取り、円を描きながら俺はガラス戸へ、相手は浴槽へとにじり寄る。
俺は側にいる、依然として躯を隠さないゼノビアさんから目をそらしつつ、なんとかガラス戸にたどり着いた。
ほっと一安心。
これでようやく落ち着けることができる――。
「――ひやあああああ!!!」
背後から悲鳴。
「ゼノビアさん、なんかした?」
「いえ、なにも」
「……ってことはマジモノかい!」
俺は慌てて戻ると。
「な、な、なんですのこれぇ……」
座り込んで湯船に足だけ突っ込んでいた女王さまが、床に倒れ込んでいた。




