第24話:魔王の初心者ダンジョン防衛戦(3)
「――よし」
全体マップを見ていた俺は、頷いた。
スカウトとゴブリン、その両陣営が戦闘不能に陥ったことを確認したのである。
「その顔は、もしかして」
いつの間にか、ミレイナが俺の側に立っていた。
「うわっ、びっくりした。いるなら声かけろよ」
「だってネジロー、すごい集中してるんだもん」
気がつく。握りしめた俺の両拳が塗れていた。汗だけではない、掌に爪が食い込んで、血が流れ出していたのである。
前髪も、脂汗で額にべったりと張り付いている感触があった。
こんなに緊張していたとは、思わなかった。戦況を見るのに夢中で、それどころではなかったらしい。
「……見守る側に立つのって、こんなに怖いんだな」
今になって判る。保護者って、こんな気苦労をいつも背負っているのだろうか? 大丈夫だと思っても、いつも'もしかしたら'の可能性に怯えているのだろうか。
魔王が、城に引きこもる簡単なお仕事なんてとんでもない。自分のせいで誰かが死ぬかもしれない、そんな恐怖に耐えるお仕事なのだな。
と、俺が感慨にふけっていると、何故かミレイナに怒られた。
「あのね~、ネジローはもっと自覚持つべきにゃ」
「……なにを?」
「自分も人を心配させている側だってこと! はい、手を出すっ!」
ミレイナに腕を掴まれて、俺の掌の傷口に布をあてがわれた。
「あいてててっ!」
「我慢する! ……ん、これでよし」
慣れた手際で、ミレイナに両手の傷の応急手当をされた。
「まったく、いざというときに場を仕切れただけで人の上に立った気分になるんだから、男ってのは困ったもんにゃ」
「は、はい。すいません。自惚れてました、はい」
周りに指示をしていたから、ちょっとばかし自惚れていたようだ。
指示をしたのではなく、指示を聞いて貰った。だから、なんとかなった。
俺は人に支えられて生き残った。
「……と、まあ。お姉ちゃんらしいことはしたとして。ひとまず、ネジローはお疲れ様にゃ。
たしかに、今回の魔王さまのお手並みは拝見しましたとさ。まだまだ荒削りだけど、うまくやったんじゃないかな。偶然に頼りすぎている気もするけど。
ゴブリンと人間がまた変わった動きをしてたら大変だったにゃ~」
「いや、それはないよ」
俺は答えた。
「ゴブリンは汚臭に敏感なんだろ、だから、事前にそういう花を咲かせてたんだ」
「えっ、もしかして、ゴブリンとダンジョンで戦うことになるって、ずっと前から思ってたの?」
「思ってたよ。最初から」
というか、世の中ってなにがあるか判らない。だから、芽吹く前に狩るべきなのだ、不安の芽の場合は。
そうでないと、怖くて家の外なんて歩けない。ふつうみんな、それくらい注意を張り巡らせてるんじゃないのか……?
当たり前のことを聞かれたので当たり前に返したのだが、ミレイナには何故か苦笑された。
「ふぅん、にゃるほどねぇ。じゃあ、最初からゴブリンたちの始末の方法は決めてたんだ」
「うん、ゴブリンはゴン太たちの方に行く。ゴブリンと人は一緒に行動できないだろうから、男連中は別ルートを行く。この分岐は想像通りだった。
ライムと遭遇するスカウト部隊の方は、巨大化したスライム相手にわざわざ剣だけで戦おうとしないだろうから、セオリー通り火を使う。そしたらボン、だ」
そして、この世界には魔法があることは、ゼノビアさんの講義でよくわかっていた。なら、相手が間抜けにも火種を忘れているので火を使えない……なんて事態は避けられる。
「その口ぶりからすると、相手は全員まとめてライムちゃんに当たっていったんだよね? もし、ライムちゃんが同時に全員と戦える状況じゃなかったらどうしてたの?」
「ライムは、こっちに繋がる唯一の道に立たせてた。火の海になってたら、この奥には来れない。
で、そうするとダンジョンにいる相手を各個撃破するか、逃げられるかになるけど――まあ、どうなっても構わない」
「逃げられても?」
「そう、逃げられても、俺ならもう相手の場所はわかるからさ」
ミニマップを見てしまえば、一度遭遇した相手の居場所など簡単に判る。
「ライム……スライムが、食べたもので消化できないものを体内にため込む性質なのも知っていたから、それを利用した」
砂糖の件もそうだが、スライムは吸収できないものは体内に遺し続けるらしい。おそらくだが、ものによってはショクシュカズラの体内で処分してもらっているのだろう。
だから俺は、ライムに油分のあるものを摂取させ、その躯に油の膜をつくらせたのだ。油の場合なら、水と混ざり合わずに体表に浮いてくる。
あとは、相手が油断して火を放つのを待つだけだ。
……もっとも、相手は油断したつもりなどないだろう。格上の撃破を目指すなら、前提条件に毒を忍ばせるに限る。罠とは場に仕掛けるものではなく、相手の思考に仕掛けるものだ。
「ミレイナの埋めたワープ装置と、ワープ先に強敵を配置するって案も使わせてもらった。そうしたら、まあ。上手く行きましたよ、ってところだな」
「ほほーう。よくもまあ、あんな騒がしい毎日で時間があったものにゃ」
「考える時間ならあるだろ。おまえには判らないかもしれないが、俺みたいな人種にはいくらでもな」
俺にチート能力らしいチート能力はなかったが、それでも持っている特質はあった。俺……いや、引きこもりやオタクなら、大なり小なり備えている便利な特質だ。
俺は疲労の滲んだ躯で、精一杯不敵に笑ってみせた。
「俺みたいなヤツは、ベッドの中で悶々と考えるものなのさ。
一日の失敗を思い返して、次はもっと上手くやるぞ、ってさ」
引きこもりは、得てしてベッドの中で不安に襲われて逡巡するのだ。
金のない引きこもりには、頭をひねるか夢を見るか程度しか娯楽がない。だからこそ、ひらめきを得られる。市井の賢人とは考える時間のある暇人であり、よって引きこもりとは、将来に可能性を持つ賢者の卵なのだ。
異世界で、現代日本の知識や常識などなにも必要ない。この世界でチートするのに必要なのは、思考力だ。勉強の仕方だったのだ。それこそが、世界で生きる普遍的な万能特権。
……身も蓋もなさすぎて嫌になるが。
まあ、引きこもりの可能性を一瞬でも垣間見て、頭を生産的に捻ろうと思ってみたのも、この躯になってからの話である。
未来があるということは、それだけで生きようと思って行動したくなるものなのだ。
……なるほど。
たしかに、未来とは最大のチート能力だ。
なにも持っていないのに、その実、どこにでも行けそうな全能感がある。
可能性こそが、俺の武器だ。
……さて。
俺は、考えを打ち切る。
そんなことをしている場合ではない。後悔も憧憬も思考も、そんなものは寝る前にベッドの中でやればいいのである。
俺にはまだやるべきことがあるではないか。疲れたのでもう終わりにしたいところなのだが、生憎と俺が選んだ道は勝手な休息を許してはくれない。
当たり前の話だが、どんなことでも、やったあとには必ず済ませなければいけない手続きがある。
後片付けだ。
本日19時に最終話更新致します。




