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魔王さま、賃貸ダンジョンはじめました  作者: 瀬川綱弘
File1-4:初心者ダンジョン経営編 ――衝動/激動/大奮闘
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第23話:魔王の初心者ダンジョン防衛戦(2)

 スカウトの集団は、音もなく静かにダンジョンを進んでいた。

 地面に散乱する枯れ枝ひとつ踏まず、衣擦れの音すらない。疾走していながら呼吸音は風に紛れてかき消えて、その姿を直接捉えるものは空に輝く月しか存在しなかった。


 本来ならば、だが。


『ライム、聞こえてるか? もうすぐ接敵だ、用意はいいか』


 その声は、空気を奮わせることなく、しかし当人にだけは確かに届いた。


「はーい、いつでもだいじょうぶ……あっ、まちがえた」


 声で返事しようとして、ライムはそれでは相手に伝わらないことを思い出す。だって、いま、自分の周りに声の主である根城の姿はないのだ。

 だから、ライムは躯を動かす(・・・・・)ことで返事をした。躯の末端で地面を叩いたのである。


 とは言うものの、ライム自身もそれで相手に伝わったのかは判らない。


『オッケー、じゃあ合図までそのまま待機だ!』


 だが、自分の躯を震わせた根城の声で、ただしく動いたことは理解できた。


 いま、ライムは森の一角に潜んでいた。


 その躯の端は、細く細く、一筋の水となって、ライムの潜伏箇所から根城のいる最深部まで伸びている。土の合間を縫って、ただの水に扮して張り巡らされた水の糸は、さながらダンジョンに設置された伝声管であった。


 ライムやスライムは、水が塊となったモンスターだ。

 体内に臓器などはなく、躯を構成する水分、そこに含まれた消化液によって食物などを消化し、細胞を結合させるためのエネルギーとして利用している。スライムは自身の躯を意のままに操ることができるが、視覚情報は他の生物のように制限されている。


 ライムの場合は、現在は見た目通り人間の頭に相当する箇所しか認識できない。もっとも、いざとなれば頭部に相当する部分を任意の場所に移動させることはできるが――。

 ともあれ、スライムといえども生物である限り万能ではない。よって、いかに変幻自在の躯とはいえ、本人たちひとりでは出来る行動に制限がある。


 その制限を解消し、伝声管としての機能を付与したのが根城の案だ。


 スライムは全身が水である。根城はライムの末端に声をかけることで、水の体内を揺らしてライムの聴覚――スライムは体表の空気振動で音を聞く――へ一方的に声を届けさせていた。水は、空気中の数倍の速度で音を伝えることが可能なので、連絡遅延も思った以上に少ない。


 この案の難点は、ライムから根城に声を伝えることができないところだろう。一時的に躯の発声器官を躯の末端に持って行ければいいのだが、そこまで細かい躯のコントロールはライムには不可能である。


 そのため、ライムは最深部に伸ばした末端部分を操作することで返答に変えていた。イエスなら一回地面を叩く、ノーなら二回地面を叩く、だ。


 さすがに躯を広く伸ばしすぎて、ライムも自分の躯が意図したとおり動いたのかよくわからなかったが、根城からの反応によって上手くいったことを知り安堵した。


 ――……あっ、来た!


 ライムの潜んだフロアに、スカウトたちが侵入しようとしていた。

 闇夜に紛れる黒いフードで顔を覆い隠した人間たちが用心深く中の様子をうかがい、トラップがないか確認している。

 ライムは、また躯の末端を動かした。地面を三回叩く。

 すると、根城から声が返った。


『よし、それじゃあ後は作戦通りに。……頼んだぞ、ライム!』


 ライムは勢いよく地面を叩いて、その声に応えた。


 ――まっかせて!


 そして、スカウトがフロアに侵入してきた。


 ライムは、バレないように気配を殺す。

 スカウトたちが、ひとり、またひとりと足を踏み入れてくる。

 注意深くあたりを見回しながら、身振り手振りで仲間に合図を送るスカウトたち。ライムに気づかず、ドンドンとフロアを進んでいき――。


 よし、そろそろ! とライムが身構えたとき、相手のひとりが手で仲間を静止した。


「……待て。――最近、雨は降ったか(・・・・・・)?」


 ライムには、なんのことだか判らなかった。

 だが、彼らが一斉にライムの方を見たことで、その発言の真意を理解する。


 ライムは、水たまりに偽装して潜伏していたのだ。


「うえーん、ご主人さま……見つかっちゃったよぉ」


 仕方ない、と割り切って。ライムは水たまりの変化を解き、その躯を起こした。


「……!?」


 相手が絶句する。水たまりの偽装を解いて、ライムは身を起こす。その躯はドンドンと大きくなり――やがて、月夜を遮るほどの巨躯となった。


 地面から頭部に向けて、全長はおよそ五メートル。人の身では、見上げるしかない異様である。


「じゃじゃーん! ライム、おねえさんバージョン!」


 巨大なスライム娘が、掌を空に突き上げて宣言した。見慣れた者からすると和みようもあろうというものだが、初見の者からすれば恐ろしげにしか映らなかっただろう。

 ここ数日。度重なる業務で、ライムはなかなか元の体型に戻れないでいた。時間がなく、砂糖の大量生産の手が間に合っていなかったからだが、これが功を奏したのである。巨大化したままのライムを敵にけしかけることで、強大な戦力として活用しようというのだ。


「そんでもって、これが、ライムビンター!」


 ライムは天に掲げた掌を、そのまま勢いよく振り落とした。


「散れ、散れ――ッ!」


 振り下ろされた手は、壁が降ってきたようなものであり。

 膨大な質量が、滝のごとく地面を穿った。


 ドオオオ――ッ!!

 文字通りの爆音のごとき衝撃音。

 土煙が月すら裂くように立ち上る。地面にはライムの手の形を刻み込まれるほどの一撃だった。


「……えーっ、たったこれだけー?」


 粉塵が風で晴れると、ライムは頬をぷっくりと膨らませた。振り下ろしたスライムの手の中には、ひとりの人間しか浮かんでいなかったのである。


 無邪気に振り下ろされた巨大な少女の鉄槌は、しかし破壊のためではなく拘束のためであった。


 ライムの張り手から離脱できなかった男は、その掌の中に丸ごと呑み込まれている。水の中でジタバタともがいているが、こうなってしまっては自力で逃げ出す手段などない。魔法でもない限り、この大きさのライムを傷つけるのは困難だ。

 そして、魔法は発声ができなければ使用はできないのである。


「って……あははっ、ちょっと、だめ! そんなに動かれたらくすぐったいよー!」


 ライムが躯を揺らして笑いながら、男を捕らえた腕をぐるんぐるんと振り回し始めた。


 周囲に散った男たちも、デタラメに振り回されるハンマーのような腕に溜まらず距離をとるが、一番災難なのは水の中にいる男だ。

 呼吸と躯の自由が利かない状態で振り回されて、ついには嘔吐して失神した。


「わっ、ばっちぃ」


 ライムが躯の一部ごとを男を切り離すと、男の躯は水の上を跳ねる石のように地面を転げていった。


 木の幹に当たって力なく地面に身を投げ出すことになる男から、ライムは早々に興味を失っている。


「えーと、それじゃあ、次だね!」


 ライムは、奥に繋がる通路を通せんぼして、残る九名のスカウトたちを見て笑った。


「逃げたらー、逃がしちゃうからー、逃げちゃ駄目だよ~」


 子供らしく、たどたどしい言葉使いで、ライムは次なる標的に向けて手を伸ばす。


 ――次の瞬間、ライムの手首から先が切り落とされた。


「うひゃあ!?」


 スカウトのひとりが、短刀を手にして素早く動いたのだ。見たところ、その短刀の刀身は黒く、なんらかの妖しい術がかけられているように見受けられた。


 スライムは水の塊。そう書けば倒す手段に乏しいように見受けられるが、実際のところ、剣の使い手であっても一定の技量さえあれば可能なことであった。彼女たちの主成分が水といっても、それらは結合していなければ固形を保たせ、動かすことはできない。ゼラチンやゼリーがナイフで切れるように、スライムといえど刃物で切れる。

 ただ、一息に切除といかなければ、傷の断面を排除して癒着、再生をおこなうので、切れないように錯覚するにすぎない。


 べちゃりと、ライムの掌が地面に落ちる。ライムの躯を離れた部位は、徐々に固形を維持できなくなりただの水に変わっていく。


「わっ、わっ、どうしよ!?」


 手首のなくなった腕を見て、再生することも忘れて慌てふためく。見上げるほどに巨大な水の少女を前に、スカウトたちはすっかり平静を取り戻していた。


 いくら巨大化したとはいえ、ライムのレベルは10レベル程度しかない。対するスカウトたちは、その身のこなしから一定以上の技量を携えた集団である。レベル差は計り知れない。そのひとりひとりのレベルはガルムに匹敵、いやそれを凌駕してさえいるだろう。


 見かけを大きくして翻弄しても、対策をとられては大人数を相手に対処するなど不可能である。

 極めつけに、スライムの弱点は古今東西において知れ渡っている。つまり、火だ。


「紅い舌が大地を舐める」スカウトのひとりが、呪文を唱える。「家を焼き、人を焼き、すべて灰とせし暴虐の紅……」


 赤色を強調するフレーズに、ライムはそれがファイアの詠唱であると気づき、慌てた。


「えっ、えっ、それダメ! それはダメなの! あああううう、ええと、こういうとき、どう、どうしたらいいんだっけ……ええと……」


 ライムはうろたえる。うろたえたあまり、無我夢中で躯をよじっていた。

 気づかぬうちに末端部分も動かしてしまっていたのか。それに反応して根城からの反応があった。


『ライム、頼む! おまえが頼りだ!』


「――ご主人さま!」


 こんな風に頼られているんだということを、ライムは思い出した。根城の応援は、確かに届いた。


 ――そうだった! ライムが守ってあげなきゃ、ご主人さまはなんにもできないんだった!

 それが根城にとっては不本意すぎる決意を想起させたとしても、震い経ったことに変わりはない。


 ライムは考える。確か、こういったときにどうするべきだったか。


 スカウトが投擲姿勢に入っている。メラメラと燃える火。火は嫌いだ。はやく消して欲しい……と考え、思い付いた。

 そうだ、消せばいいんだ。水で!


 ライムは両腕を広げた。


「いくぞーっ、ライムプレス!」


 そのまま、スカウトたちに覆い被さるように身を投げた。

 だが、相手がファイアの呪文を完成させる方がはやかった。


「――『ファイア』!!」


 自分たちの頭上を覆い隠しつつあるライムの巨体へ、スカウトは腕を突き出す。その先から真っ赤な炎が噴きだし、ライムの躯に食らいつき――


 一息に、ライムの全身に火の手がまわった。


「!?」


 困惑したのは男たちだ。

 繰り返すが、スライムの躯は水である。水であるから、その躯に直接、炎が引火するわけなどない。


 なのに、ライムの全身は燃えて、火の壁(・・・)となって自分たちにのしかかってくる――!


 如何に身軽なスカウトたちといえど、虚を突いた炎のスライムの突撃から逃れる術はなかった。


   *


「あいててて……」


 炎から逃れるように、ライムは隣のフロアに逃げていた。


「そうだった、こういわれてたんだ。

 相手が火を持ち出したら、躯を切り離して逃げなさいって!」

 

 今や、ライムの躯は初めて根城と会ったときと同等のサイズにまで縮んでいた。無駄な躯を切り離して、戦場から離れたのである。


「んー、でも、どうしてあんなことになってるんだろ……?

 …………うん、お腹減っちゃってわかんないや!」


 頭をひねって頑張って考えてみたものの、数秒後には綺麗さっぱり忘れるのがライムであった。

 ライムは周囲に生えていた花をちぎると、ぱくりと食べてしまう。


「ん~、このお花さん美味しい~♪

 でも、躯がべたべたしちゃうのなんでだろ?」


 余談だが、ライムはあとになって根城から食べる花は選びなさいと注意されたという。

 その花は油がとれやすいからお前には危険だ、と。

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