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魔王さま、賃貸ダンジョンはじめました  作者: 瀬川綱弘
File1-4:初心者ダンジョン経営編 ――衝動/激動/大奮闘
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第20話:ニート、対峙

 夜。遠く、慌ただしい喧噪が村に広がっている時。

 俺は、月夜の中で、ミレイナと向かい合っていた。


 こちらの不躾な発言に、しかしミレイナは気分を害した様子を見せない。いつもと同じにこにこ笑顔である。違うことといえば、その笑顔を照らすのが暖かい太陽の光ではなく、青白い月明かりであることだった。


「ひどいにゃー、せっかくひとりにしないようにって付いてきたのに、疑われちゃうなんてお姉ちゃんかなしいぞ」


 ふざけた調子で言われるものだから、端から見ると子供の勘ぐりに落胆する姉のように見えたことだろう。

 ただ、俺だけは違う。握られた俺の手が、びくともしないからだ。強く握られているわけでもないのに、ミレイナの手は俺を掴んで離さない。


 心臓が早鐘を打つ。

 血管が脈打つ音が、鼓膜に鳴り響く。

 繋いだ手を通して悟られただろうか?

 だが、声と表情だけは悟らせない。怯えなど見せず、追求しなければならない。

 魔王らしく。


「だって、おかしかったんだ。ミレイナは、あんまりにもダンジョンについて詳しすぎる」

「コラ、ミレイナお姉ちゃんでしょ。別に詳しくないよ、あれくらいちょっと詳しい人なら誰でも知ってるよ」


 そう言われては、俺は返す言葉がない。その真偽を確かめる方法がないからだ。

 だが、元よりその真偽はどうでもいい。


「本当に? ミレイナがこの村のダンジョン事情に詳しかったのも?」

「ミレイナお姉ちゃんだってば。ほんとほんと。だって、おじちゃんの愚痴を聞くのも仕事だったからにゃ~」

「ふぅん。じゃあ、ミレイナはゴン太がオオカミだって誰に聞いたんだ?」

「……ん?」


 はじめて、ミレイナの言葉が詰まった。


「確かにいったよね。はじめてゴン太を見たとき、『かわいいオオカミ』って。俺には犬にしか見えなかったけど」

「それは見間違いというやつにゃ。いまいち犬とオオカミの区別がつかなくてにゃ~」

「そうかな。もしかしたら、ゴン太が大きくなったあとの姿を知っていたから、そう言ったんじゃないの?」


 ゴン太は、幼体のときにダンジョンに放たれた可能性がある。将来どんな姿になるのか知っていたなら、幼体に戻ったゴン太をオオカミと見破るのは簡単は話である。


「もうっ、推理ごっこが好きなんだから。大人はね、間違いをするものなんだよ?」


 言い間違いだ、誤解だ。これで押し通されては、それまでだ。俺に言い返す術はない。

 それだけなら、だが。


「……ゴン太はさ。

 餌をもらう相手を選ぶんだよ」


 あいつはどうやら意地っ張りなようで、簡単に人には傅かないのだ。だから、村人からの餌も受け取らなかった。例外は、自分を下したゼノビアさんだけだ。


「でも、ミレイナはあいつに餌をやれたじゃないか。あいつが子供の頃から、知ってたんじゃないか?」

「さあ、女好きなだけかもしれないよ? それに、ゴン太くんのことは不動産屋のおじさん(ウドおじちゃん)に聞いただけだよ」


 それでも、ミレイナはとぼけて白を切る。


「なるほど。ミレイナのことだから、不動産屋のおっさんから話を聞いていたかもしれない」

「うんうん、情報通だからにゃ」

「それだよ。ミレイナは情報通が過ぎるんだ。昔からこの村にいたわけでもないんだろ?

 だって、自分で言ってたもんな」


 前の酒場は、もっと客入りが多かったらしいって。


「らしい、という言葉を使ったわけだから、当時のことを知らないわけだ。数ヶ月前程度のことなのに。たいして広くもない村で、酒場の賑わいを見たことがなかったなんて、あるか? 俺じゃあるまいし。

 そもそも――働いて数ヶ月で、そこまで情報に精通できるなんて。わざと聞き出さなきゃありえない」


 そして、少なくとも。俺はミレイナが有益な愚痴を聞いていたところを見たことがない。

 ……いや、もしかしたら。店で聞いたわけではないかもしれないけれど。それはお仕事の範疇に入るわけがない。


「あんまりにも、俺たちにお節介が過ぎたんだよ。ミレイナ」

「ありゃりゃ。そうまで疑われると、お姉ちゃん哀しいにゃあ」


 ランタンを腰ベルトのフックにかけて、ミレイナが俺に手を伸ばしてきた。頬にヒヤリとした手の感触がした。指先は、ささくれだっていた。


「なんでそんな意地悪なこというのかな?」


 手が俺の頬をすべって落ちて、俺の首筋を撫でる。ミレイナの表情は、ぼんやりとしか窺えない。


「あたしが、ネジローたちやみんなを貶めようとしたなんて。そんなわけないのに」


 この体勢からは、どうやっても逃げられない。だって、ミレイナの腕ひとつ振り払えないのに。その握力で喉を締め上げられたら、俺に抵抗の手段なんてない。ミニマップには、ゼノビアさんの反応もない。ライムやゴン太も同様だ。


 だから、ミレイナがその気になれば、簡単に殺される――。


「――ああ、そうだよ。

 ミレイナがこの村を裏切るなんて、そんなわけないじゃん」


 まあ、その気にならないのだけども。


「あれ?」


 ミレイナがきょとんとした。


「もしかして、わかってた?」

「そりゃあ、まあ。そもそも、ダンジョンにゴン太やワープ装置があったこと自体がおかしい。

 ダンジョン、入り口に見張りが立ってるんだよ? 大荷物持って忍び込めるわけないじゃん」


 見張りに見られて堂々と入れるなんて、それこそ。自国の関係者くらいのものだろう。


「だから、ゴン太のことを知っていた時点で、この国の人であることは判ったんだ。他にはまあ……ここ数ヶ月しか村を知らない割りには、内情に詳しすぎるから。なら、元からこの国にいた人だと思わないと違和感があった。

 他にも細々とした点はあるけど……話した方がいい?」


 出来ればあまり時間は使いたくないのだが。

 訊ねると、ミレイナは首を振った。


「いや、もういいよ。んー、ちょっと色々お手伝いし過ぎちゃったかにゃあ?」

「まあ、それだけじゃないけど……。

 とはいえ、どうしてそういうことをしたのかっていう動機は自信がないな。俺が利用されたのは判ってるけど……」

「うん、そうだよ。あたしたちは、魔王を倒した! って実績が欲しかったんだよ」


 ミレイナは、あっさりと話してくれた。


「本当は魔王城で倒せるのが最良だったんだけど、もし落ち延びられたら……支配者のいないダンジョンを拠点にしようとするはずだよね。じゃなきゃ、軍勢相手に魔王が勝てるわけもないし。

 ここは、魔王城からもっとも近い村だから、ここに来る可能性は高いと思ってたんだ」

「でも、ここ以外の村にいってたらどうするつもりだったんだ?」

「あっはっは。そこにも、こことはまた別の仕掛けがあったんだよ。でも、そうしたらお姉ちゃんとネジローが会えなくて寂しいことになってたにゃ~」


 ううむ。そうやって笑われると、それが冗談なのか本心なのか判らなくてドキドキする。


「まあでも、魔王城を放棄せざるを得ない魔王なら、ここくらい戦力の薄いところが狙い目だとは思っていたにゃ。城の兵たちには、こっち方面に逃げるように誘導させたわけだからにゃ」

「その口ぶりだと、ミレイナが兵の指揮をとっていたみたいだな。やっぱり、お偉いさんなんだな」

「ほう、それまたなんで」

「ミレイナからは砂糖みたいな臭いがしたんだ。比喩じゃなくて、本当に甘い臭いだった。おかしいよな、この村に高級な砂糖なんてないのに」


 あちゃー、とミレイナが額を叩いた。


「こっそり摘まみ食いするんじゃなかったにゃー、でも女の子が甘い物を我慢するのは三食抜くよりキツイからにゃー」

「そんなに」


 絶食も同然では。


「ああ、でも、よかった。予想通りで。やっと、本題に入れる」

「ほほう、それはいったいどんな話かにゃ~」

「村人は人質にとった。危害を加えられたくなくば俺の要求を受け入れろ」

「……へえ」


 弛緩していた空気が、一気に引き締まるのを感じた。絞め殺されそうだ。


「ダンジョンに匿った村人は、いつだって俺の思い通りになる。俺が帰らなければ、ゼノビアさんが始末する手筈だ」


 ゼノビアさんは、日本語でもひらがな程度は書けるし理解できる。だから、酒場にいるときに筆談で話を進めていた。間違ってでも聞かれるわけにはいかなかったからだ。


「それで、村人を解放するための要求って、なにかにゃ?」

「決まってるだろ」


 俺は、おまえの国の兵士達に命を狙われているのだから――。


「王国の兵に、俺を狙うことをやめさせてくれ」


 ミレイナが、ほう、と声を洩らした。


「なんでまた、あたしたちが承諾すると思うにゃ?

 そもそも、この国――グローラ王国は、元はと言えば先代魔王を討伐した勇者グローラが建国した国家なんだよ。そんな国が、魔王を見逃すと思う?

 村人を見捨てて、ネジローを殺すことを選んだら、どうするのにゃ?」

「そうしたら、今度はいま動いている帝国の奴らによってこの村は落とされる。

 そして……」


 本題を切り出した。


「条件を受け入れれば、俺はこの国に力を貸す。当然、この村は助ける」


 俺は一切の嘘偽りを込めず、言った。


「魔王と勇者の末裔、同盟を組むっていうのはどうだろうか」

「――受け入れると思うの? あたしたちが」

「……するね。だって、おまえたち、俺のこと利用する気満々だっただろ」


 そもそも、本当に魔王を殺したいなら、このダンジョンに仕掛ける罠だってもっと殺傷力が高いはずだ。というよりも、兵士を配置しておいて襲わせてもいい。


「そもそも、勇者の末裔ってことなら、魔王の能力……ドミネーションについても詳しかったんだろうな。おおかた、ガルムは俺たちへの献上品のつもりだったんじゃないか?

 そして、魔王の戦力を増やさせ、この地に定住させ、隣国との緩衝地帯とする……そんなところか。

 この王国、隣の国と戦争して劣勢だろうしな」


 そもそも、この村人たちだって他所から追い出されて落ち延びてきた人たちだ。軍備力では、隣の国に劣っているのだろう。


「もし魔王が懐柔できなくても、この地に居さえしてくれれば、最低限目的は達成できるんだ。どう転んでも短期的にはおまえらの得になるんだろ」


 どこまでが正しいかは判らない。だが、大筋は間違っていないのではないかと思った。

 王国は、魔王を殺したかった。だが、殺せなかったときから、もう一方の目的にシフトしたはずだ。魔王という存在をうまく利用して、諸外国を相手に立ち回ろう、と。


「だから、願ったり叶ったりじゃないか? 焦らすのはやめてほしい、時間がないんだ」

「ごめんごめん。まさか、そっちから切り出してくるとは思わなくってにゃあ」


 ミレイナは困ったように苦笑する。


「もっとこう、予防線を用意してたりしたんだけどにゃあ……。

 なんでまた、天下の魔王さまがそんなお優しいことを? ふつうはこう、悪逆非道待ったなしな感じじゃない?」


 俺はムッとして答えた。


「魔王が人を助けてなにが悪い」

「ほう」

「なんだよ」

「睨んでくるとかわいい~!」


 抱っこされ……ぐわー! おっぱいが! おっぱいが顔に! 顔がおっぱいに埋ま……埋まってる!!


「な、ななな何をするぶっ!」

「ん~、男の子が必死になってるのはかわいらしいにゃ~。

 んっふっふ、よしよし良かろう、魔王ネジロー! このミレイナお姉ちゃんが喜んで協力してあげましょう!

 ……ああいや、いつまでも偽名のままは信用がないかな?」


 ミレイナが俺を胸から解放して――してくれなくていいです――俺の顔を覗き込んだ。


「それじゃ、名乗るね。あたしはミレイナ・キャッツあらため――

 ――この国の女王、アーリヤ・グローラだよ。よろしくね!」

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