第19話:ニート、策略
まず俺は、村人をダンジョンに匿うことにした。
ダンジョンとは迷宮である。複雑に入り組んだ地形であり、よってそこを拠点として穴熊を決め込めば、圧倒的な地の利を生かして戦うことができるのだ。そうやってダンジョンが利用できることは、ゼノビアさんたちから聞いていた。
しかし、問題がある。そのことをゼノビアさんが指摘してくれた。
「ただ、そうは言っても、どうやって避難させるのですか? 当の村人たちを説き伏せるには、材料が足りないと思うのですが」
「……あれ? 反対しないんだ」
さっきまで散々こちらを言いくるめようとしていたのに、あっさりと話に乗ってこられたものだから面食らってしまった。
俺の予想とは裏腹に、ゼノビアさんはやれやれと言わんばかりに首を振る。
「せっかくやる気を出したところに、水を差してもしょうがないでしょう。ともかく、まずはどうやって村人を説得させるか、です」
村は剣呑な雰囲気でこそあるが、相手は所詮ゴブリン。しかも、正規の兵士が対策をとって待ち構えたうえでの小康状態である。危険とはいっても、この状況を論拠にして全体を避難させるには説得材料が足りないというわけだ。
「簡単だよ。最後の一押しをしたらいい。……あとでマスターに謝らないとな」
その数分後。
本日二度目の爆音が、"今日の箸休め亭"の馬屋から炸裂した。
*
「うわー……、木っ端微塵にゃ……」
ミレイナお姉ちゃんが、粉々に砕け散った馬屋を眺めながらつぶやいた。
うん、ごめん。やり過ぎましたね。
後ろめたさを感じる俺の隣で、煤で黒ずんだライムが大きく腕を振り上げていた。
両腕と躯全体を大きく引き延ばして、たどたどしく主張する。
「あのね! なんか、知らない人が入ってきて……いきなり、ドカンッ! って爆発したの。びっくりしちゃった!」
ライムの言葉に、爆発音に引き寄せられた観衆にざわつきが広がった。いきなり小屋を爆破する人がいたなんて、不穏でしかないからだ。
もっとも、言うまでもないが、この爆破を引き起こしたのは俺であるのだが……。
酒場に待機させていたゼノビアさんが、さも私はずっとここにいたので無関係です、という顔で外にやってきた。
「根城さまが外に出た頃でしたから、それを狙われたのかもしれませんね」
あのあと――。
俺は、『ライムの様子を見てくる』といって宿の外に出た。
その足で馬屋に向かい、そこで爆発事件に遭遇した。
……という筋書きである。
「うん、死んだかと思った……」
ちなみに演技ゼロのマジものの感想が洩れてしまった。あんな勢いよく爆発すると思わなかったんだよ。
が、その反応が逆に真実味を後押ししたのかもしれない。そしてなにより。
子供が策を弄するなどとは思わない。それが、賢しらに人に害を加えるものであるなら尚更。
「おいおい、ダンジョンの経営者が狙われるなんてマズいんじゃねぇのか?」
「前の管理人が逃げてったのも、たしか……」
誰かが言い出したら、あとはそれを放っておくだけでいい。
「なあ、そういえばさっきも鉱山の方で爆発があったんだよな? おかしくないか?」
次々に、不安からかの憶測が飛びだしてくる。それもそのはずだ。
ダンジョンは籠城できる。立てこもりには優秀で、故に争いでは管理者が真っ先に狙われる。
だから、この村のダンジョンは、俺たちにも簡単に手に入れることができたのだ。この村の人は、ダンジョンの管理者が狙われるということの意味をより詳しく知っていた。
だからこそ、俺の行為で不穏な火種は燃え広がっていくのだ。
世の中、火のないところに煙は立たないというが。それが正しいのなら、この世にデマなどという言葉は存在しないのだ。
悪いね、みんな。たしかに俺はあんたらより、見た目も中身も幼いけどさ。子供だって、マッチ箱の側薬の燃え滓を擦って、火のないところに煙を立たせることだってできるんだぜ。
……今回は、爆発だったけど。
そして、仕上げとばかりにゼノビアさんが最後の一押しをした。
「もしものことがあっては大変です。ダンジョンに避難してもらった方がよいのでは?」
ゼノビアさんが、あらかじめ決めていた台詞を口にした。
「おいおい、こりゃ、他の連中にも伝えなきゃいけないんじゃねえか?」
炭鉱夫たちが口々に言い合って、村のあちこちに散っていく。
「俺、他の人たちに声かけてくる! ゼノビアさんは避難誘導お願い!」
誰も連れずに、俺も走り出していた。
ここからはスピードがすべてだ。敵は姿が見えない、その敵がなにを考え、どうするのかも判らない。猶予は一刻もないのだ。
「根城さま、おひとりでは……すいません、誰かあの方を」
「も~~~、しょうがないにゃあ! ネジロー、ひとりじゃ危ないぞー!」
駆けだしていた俺に、ミレイナお姉ちゃんが走りよってきた。
体格差のせいか、はたまた猫耳が生えたネヴァーナの躯が身軽なのか。あっという間に追いつかれて、背後から肩を叩かれた。
「はい、お姉ちゃんも一緒に行くから慌てないの。危ないってさっき判ったばっかりでしょ?」
「……うん、ありがとう」
「よし、それじゃあ、手ぇ繋いで」
ミレイナお姉ちゃんに手を握られて、腕を引かれる形で夜の村を走り出した。
月夜だった。空には、寒々しい色をした月が輝いている。
この世界であっても、月がひとつしか輝いていなかったが、その月明かりは霊安室の照明のように、青く、寒く、白々しかった。民家から洩れる団欒の明かりは、まるでその月明かりに呑み込まれまいとする必死の抵抗のように見えてしまうほどであった。
遠くから、人の叫び声が聞こえる。避難しろ、避難しろ、と口々に叫び立てている。連絡の兵士が行き交って、慌ただしい連絡が飛び交っている。横切った民家で皿が割れる音がする。赤子が泣き出す声がする。
なにかしないと。そう決めた、熱した頭に、冷や水が浴びせかけられるようなリアリティ。こんな大事にしてしまって、大丈夫なんだろうか。俺は間違っていないんだろうか。そんな不安で、立ちすくみそうになった。
そうならなかったのは、ミレイナお姉ちゃんが手を引いてくれているからだ。
「……ありがとう、ミレイナお姉ちゃん。一緒にきてくれて」
「ん、いきなりどうしたにゃ?」
ランタンを持って、ミレイナお姉ちゃんが振り返った。俺の顔を、暖かいランプの火が舐めた。月明かりとは違う、心地の良い光だった。俺にとって、ミレイナお姉ちゃんはランプの火のように闇夜を切り開いてくれる頼もしい存在に見えた。
「いや、ひとりで飛びだしてたら、どうなってたかと思って。だから、追ってきてくれてありがとうって」
「ん~、だって、ひとりにしたら何するかわかんないしにゃぁ」
ミレイナお姉ちゃんが照れたように笑った。
「それに、弟分を放っておいたらお姉ちゃんの名折れにゃ。あんな爆発があった後なんだし」
見上げた顔は快活で、お日様みたいに眩しい笑顔だ。俺が子供の頃に、こんな年上のお姉さんが近所にいたら、絶対初恋になっていたと思う。
ただ、実際の俺はそこまで子供ではない。ゼノビアさんには子供扱いされますけどね? 子供じゃあんまり知らない事だって知ってるんですよ。
例えば――
「ありがとう。だから、こうして誘き寄せられたんだ」
――月明かりは、太陽の光の反射である、とか。
「砂糖を無駄にした甲斐があったよ。粉塵爆発、うまくいってよかったな」
細かく潰した砂糖を馬屋に振りまき、ゼノビアさんから教えてもらった炎の魔法で引火させる。それで、面白いように馬屋が吹き飛んだ。蓋を開けてみれば簡単なことだが、状況が状況だけにみんな騙されてくれた。
もっとも、子供がそんなことをするなんて想像もしていなかったのもあるのだろうな。
そんな俺の言葉に、ミレイナお姉ちゃんが目を丸くした。
「ん? なんの話?」
「ダンジョンの管理者の命は、狙われやすいって話」
「うん? だから、あたしがついてきたんだよ」
「いやいや、もうひとつ別の理由も考えられるよ。例えば、監視してる相手を見失っちゃ困る、とか」
ミレイナが、薄く笑った。
瞼に隠れて細まる瞳は、まるで影に飲まれる月のようだった。




