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初恋ラフプレー  作者: 華由
第一章 求婚女のあだ名は馬鹿女
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 第一章 求婚女のあだ名は馬鹿女



「結婚してほしいの」


 告白の言葉は様々だ。それ故に十人十色という言葉があることも知っている。でもその中には必ず多数意見というのが存在する。ましてや、流行に敏感だと言われる極々普通の日本人高校生の他者とのかぶり様は珍しいものではない。だからきっと告白台詞も多数が賛同するものがある。その証拠として、大抵、俺に告白してくる女の台詞は『付き合ってください』というのが八割を占める。残りの二割は例外だ。

 結論、今、馬鹿みたいなぶりっ子笑顔で『結婚してほしい』と言った、俺の目前にいる女はその二割の方に入る。そしてそんな女を目にして俺が思う感情は一つ。

 馬鹿だろ、こいつ。それのみ、だ。

 普通に考えても言わねぇだろ。付き合いもしてないヤツに結婚してほしいとか。口から出すにしても『結婚を前提にお付き合い』が普通。まあ世の中には一般論に当てはまらないヤツもいるけどな。ということは、この女は一般論に当てはまらない、いわゆる変人ってことか。

 そんな変人女でも愛を告げられた時の俺の対処法は変わらない。少し困った顔をして、お決まりの言葉を返す。


「えっと、それはムリかな? ごめんね」


 こういうと大体の女は泣き顔を浮かべる。そして、


「どうしても?」


 そう問いかけてくる。それが毎度の流れ。

 告白の言葉に一度変人と思ったヤツも、フラれた時の反応はあまり変わらない。付き合えないと断れば、最後は泣いてどこかへ行く。そして今回の流れも同じ。後は泣いてどこかへ行く。でも俺は追ったりなんかしないし、興味ない女と付き合うつもりはない。だってそうだろう、俺を楽しませてくれる女なんかいない。だから断る、きっぱりとな。


「ごめん。俺、バスケにしか興味なくて。それに集中したいんだ」

「えー、結婚したい」


 小首を傾げていう女。断った瞬間に、また結婚したいって。なんだ、この女。マジの馬鹿か。頭、狂ってんじゃねぇの。


「でも……わたし、黒浜くんと結婚したい。これからよろしくねー、黒浜くん」

「はあ?」


 思わず猫かぶりを忘れてしまうほどの馬鹿さ加減に、俺の眉間が皺を寄せた。

 でも女はそんなことお構いなしと言わんばかりの笑みで俺の両手を握ってきて、持っていたバスケットボールが体育館の床を跳ねた。


「黒浜くんは頭もいいしー、何でもできちゃうしー、カッコいいしー。わたし、好きになっちゃったの。だから結婚したい。ダメかなあ?」


 『ダメかなあ?』じゃねぇよ。ダメに決まってんだろ。何の理由があって、こんな馬鹿女と結婚しなきゃいけないんだ。意味わかんねーし。そもそも、俺まだ十八歳にもなってないし。法律上無理だろ。

 溢れ出そうな言葉の数々。でもそれは出せない。ここは学校の体育館。学校生活を良い子ちゃんで通してる俺が変に取り乱して、猫かぶりが消えることは許されない。この学校で俺が良い子ちゃんじゃないって知ってるのは数人。それ以上に俺の本性を見せる気はない。

 だからできるだけ笑顔の仮面をかぶって、優しく言葉を返す。そう心がけて、目の前にいる馬鹿女に答える。


「ダメかなって……。俺まだ高2だし、十七歳は法律上結婚できないよ」


 床に落ちたバスケットボールを拾いながら言ってやると、それでも馬鹿女は認める気がないようで、さっきよりも笑みを浮かべて、


「えー、でも。わたし、黒浜くんと結婚したい」


 時刻は平日の部活終了後の自主練時、場所は学校の体育館、次の試合に使う策を考えてる真っ最中。俺よりも40センチほど低い身長のツインテール女はそう言って笑った。


 ――容姿端麗、文武両道、善良人――。まだ二年生だというのに部活では先輩を差し置いて主将を務め、クラスでは学級委員長でもないのに、それ以上の仕事をやってのける。それが学校での俺。だから校内での俺は先生・生徒ともに信頼されている。傍から見れば嫉妬するほどの完璧な良い子ちゃん。女子からの人気だって上々。一言でまとめれば、普通のヤツらとは出来が違うってことだ。

 努力しなくても何でもできる。だから高校に入ってバスケ部に入部して一週間、俺はすぐさまレギュラーになった。しかもスターティングメンバー。そして今や、主将という扱い。当然と言えば当然だ。俺のすべては完璧、それは高校入学前から分かっていた。でもそれとは裏腹に、高校に入れば少しくらい張り合いのあるヤツがいるかもしれないという淡い期待も考えた。でもそれは意図も容易く裏切られた。その結果、

 面白くない。

 それが俺の結論だった。だから少しでも楽しいことがねぇかなって探した結果、部活のマネージャーの意見に頷いた。その内容は部活の試合でバレないようにラフプレーをする、ということ。で、意外にもこれが俺の特化だったらしい。最善の策を考え、そこにラフプレーをからめて相手を追い詰める。ちなみに自分がファウルを取られないように、相手の心理を利用して洗脳したり、その他もろもろ、俺には特段難しいことじゃねぇ。

 でもそれも最初だけ。始めの数回はゲーム感覚で最高だった。でもずっと同じことを続けると、相当好きではないかぎり、そのうち飽きが来る。結局、今ではめんどくせー対象この上ない。なら、やめればいいだろうと言われたがやめられなくて、それがストレスとなって俺の中に蓄積している。

 だから最近はイラついて仕方ない。ちょっとしたことでも怒りを感じる。こういう時、周りがそっとしてくれれば、ありがたいのだが近頃はと言えば、その苛立ちが倍増するほどの出来事が度重なっている。そう、俺は今、一人の馬鹿女に付きまとわれている。


「黒浜くーん!」


 ほら、今日も来た。原因の馬鹿女。

 名前は花川美空。女子高生の平均を大きく下回る145センチという身長、学力も平均より下、胸のサイズは平均よりもかなり下。声は鬱陶しいくらいに高くて、顔も童顔ではあるが可もなければ不可もない。おまけに高校二年生にして痛々しいツインテール。そして何より俺が嫌なのは意味不明な思考回路。

 あの告白事件があってから、しつこいくらいに前や後ろ、気がつけば横にいる。今日も教室に足を踏み入れるなり、声をかけてくる馬鹿女。俺のことが好きだとかいうなら話しかけてくんなよ。うぜー、うぜー。


「黒浜くん、おはよー」


 しかも馬鹿みたいに間延びした語尾が朝っぱらから鬱陶しい。本当なら「うるせぇよ」って言いたい。でもそれを言えば、学校での俺のキャラが消える。ここは教室。人目につく場所でのキャラ崩壊はダメだ。こんな馬鹿女一人のために、俺のキャラ崩壊なんて勿体なさすぎる。だから――仮面発動、笑顔対応。


「おはよう、花川」


 眉間に浮かび上がりそうな皺を必死でこらえて、言葉を紡ぎ終えると今度は腕を掴まれた。


「ん、なに?」

「ちょっとだけ触れてみようかなーって」

「いや、ここ教室だし。それに年頃の女の子が男子にそういうことを軽々しくしない方がいいと思うよ」


 むしろ、するな。他のヤツにしろ、とにかく俺にするな。


「え? ダメなのー? わたしたち、付き合ってるのに?」


 ……はあ? おまえ、なに言っちゃってんの? 『え?』は俺の台詞だ。誰と誰が付き合ってるんだよ。妄想するな。


「花川、頭大丈夫?」

「頭? あ。黒浜くん、心配してくれてるの! 確かに、昨日ちょっとテントにゴンッてなったけど大丈夫だよー」


 何だ、その歓喜の目は。そういう意味合いの台詞じゃねぇし。てか、昨日頭ぶつけたのかよ。

 あー、またどうでもいい情報が一つ増えた。どうでもいいことっていうのは頭に残りやすい。その上、記憶力の良い俺はこいつとの絡みを逐一覚えている。初めて自分が頭良いことを恨む。

 ここにいる俺のキャラには似合わないような大きな溜め息が零れそうになった時、やっと馬鹿女を女子――たぶん、こいつの友達――が呼んで、俺の腕が解放される。


「じゃあまた後でねー、黒浜くん」


 元気に手を振って友達の方へと走っていく姿を確認して、ようやく俺は一息をつく。それとほぼ同じタイミングで俺の肩を誰かが叩いた。まあ誰かなんて考えるまでもない。


「消えろ、原尾」


 気づかれないように注意を払ってるはずの本性にも限界ってもんがある。だからそういう時は俺の本性を知っているこいつに全力で八つ当たりする。

 左手で頬杖ついて、隠せない苛立ちを右足にこめて、隣席に座っている原尾を蹴る。勿論、派手に音を立てる気はないから本気蹴りはしない。九割程度の力をこめて、だ。


「いて。なんスかー、黒浜くん。痛いんですけどー、黒浜くん」


 ニヤニヤしていう原尾。対して痛がりもしてないくせに、この言い様。人殺しが罪にならない国に住んでいたら、今すぐにでも刺してやりたい。でもここはあくまで日本。殺人は重罪、許されない行為。だからもう一発蹴りを入れるだけで勘弁してやって会話を交わす。


「いてーし。本性出てるぞ、翼。良い子ちゃん・黒浜翼はどこ行っちゃったんだ?」

「マジでうぜーからやめろ」

「はいはーい、分かりましたー。だから、そう睨みつけんなよ」

 こいつ、楽しがりやがって。部活の時、こいつだけ練習五倍にしてやる。

「おい、原尾」

「練習五倍とかそーゆーのナシな。おまえ、どうせそんなこと考えてたんだろ」


 語尾に「わっかりやすーい」とつけて原尾が悪餓鬼みたいに笑う。

 こいつ、マジでムカつく。

 幼い頃から隣の家に住んでいて、幼稚園も小学校も中学校も高校も同じ、おまけに部活も同じ。物心ついた頃には俺の家を出入りしていて、中学に上がったと同時に俺の親が海外に住み始めたことで、これまで以上に頻繁な出入りを行なっている。気がつきゃ、スペアキーを親から渡されてるし。

 何でこんなヤツにスペアキーを預けるんだよ、あの馬鹿親が。……まあでも確かに原尾は性格的な問題では鬱陶しい他ないが、パシリ程度にはなるからスペアキーを取り上げたりはしねぇけど。


「愚痴聞いてやろうか?」


 くすくす笑う仕草は気に入らない。けど、こいつ以外に話す相手もいないから眉間の皺は少し我慢するしかねぇな。


「あいつ、何?」

「え? 花川はおまえの彼女だろ。あ、嫁だっけ?」

「あんま馬鹿言うと刺す」

「こえーな、おい。でも花川はそう思ってるんだろ、じゃあ仕方なくね?」

「迷惑」

「えー、おまえにフラれてもフラれてないヤツなんて貴重だぜ」


 原尾の嘲笑が癪に障って、答える代わりに蹴りを入れてやれば、少し大人しくなって両腕を使って頬杖をつく。その視線の先は花川。


「じゃあさ、策を考えればいいじゃん? おまえさ、バレないラフプレーの策を考えるのが好きだろ。だから他の人にはバレないように花川に嫌われるラフプレーすればいいじゃん」

「別に好きじゃねぇし。つうか、ラフプレーの意味分かってんのかよ。スポーツじゃねぇし」

「言葉の綾だって。まあ、要するに策を立てて抵抗すればいいんじゃねぇのってこと」


 たまに見せる真顔で原尾が言って、俺も思わず納得する。

 策を立てたりするのは得意だ。つまり、わざと嫌われる策というのを考えればいい。悲しいことにも俺はラフプレーに特化している。確かにラフプレーって響きは苛立たせるが、背に腹は抱えられない。だから原尾の意見は採用。

 他に気づかれないように、そしてあの馬鹿な女にも気づかれないように嫌われれば、この先まだ残る高校生活に何の影響もない。とにかく、良い子ちゃんを演じながら嫌われていく。

 これは名案だ。俺は早速、策を考えようと机の上にノートを広げた。


 放課後の体育館は部活を懸命にこなす生徒で溢れている。そんな光景を眺めながらステージに座って、俺は舌打ちした。主将という立場にある俺は誰よりも凛とすべきだというのに、それすらも不可能なくらい苛立ちが頭の中をしめている。

 本来なら練習の輪の中心にいるべきだが、今はそんなことをしている暇じゃない。

 B5ノートと同じ大きさのホワイトボードにマーカーで図を描いて、その中に青と赤の磁石を置く。準備はこれで完了だ。


「あのクソ女め……」


 誰にも聞こえないように暴言をはき出して、昼間のことを思い返す。

 告白事件以来、あの馬鹿女は昼休憩にもひょっこりと俺の横へ現れるようになった。俺は五組であいつは二組だからクラスが違うこともあってか、登校後と昼休憩が絶好の狙い目になったらしい。

 そんなことはさておき、あの馬鹿女は昼休憩が始まって約三分経つと、教室に現れて「黒浜くん」と俺の名前を呼ぶ。まずはそこから逃げる策を立てようと俺は今日の四限目辺りから考えていた。

 まずあいつのクラスから俺のクラスまでの距離と時間の計算。

 『L』の二本辺がちょうど合わさっている点の部分にトイレがある。そして二組と五組は『L』の二本の辺の先端にある。俺の属する教室がある階は一組~六組までがそこを拠点としている。そして二組と五組はその中でも一番遠い位置関係にある。

 だから三分過ぎに来るということは、まあ仮にだが、授業が終わる、そこから授業の道具を閉まって弁当を取り出す。ここまで約三十秒とする。ただこの時間帯は全員が一斉に動き出すことを考えて、教室から抜け出して廊下に出るまで約一分。そう仮定した上で、二組から五組までの距離を移動するのに要する時間は約一分半。

 次に歩幅。人の平均歩幅は身長から100センチを引いた数と言われている。そして俺の身長は187センチ、花川の身長は145センチ。互いの歩幅を87センチ、45センチとして差は42センチ。単純計算でも俺の歩幅は花川の二倍となる。つまり俺はあいつよりも二倍の速さで動くことが可能だ。

 結論、同じ時間帯に教室を出て逃げれば、遭遇する可能性が低くなる。偶然、会った場合でも歩幅を考えれば俺の方が有利。

 あとは突破口。俺のクラスは四階校舎の二階に属している。階段は東と西で一つずつ。ちなみに五組は人通りの少ない東階段に一番近い。よってここから逃げるのがいい。そして俺が東階段を下りる速度は十三段につき約六秒。二階から一階までは十三段、踊り場、十三段で構成されている。最短十五秒、長くても三十秒以内には階段下りることが可能となる。

 その頃、あいつはまだ五組へ向かう最中。で、そこからの俺の移動速度を考えれば、あいつが教室に着く頃には、俺はすでに下足場で靴を履きかえることができる。

 まあそんな計算をして挑んだ昼休憩はあいつに会うことなく過ごす予定だった。


「なんで下足場に先回りしてたんだよ、あいつ」


 俺の策は誰にも伝えてなかった。原尾にも言ってない。だから俺が教室にいないことをあの馬鹿女が知るはずない。下足場に行くまで、とりあえず辺りを警戒したがあの馬鹿女の姿は見かけなかった。いくら小さいからと言って俺が見逃すはずがない。この天笠高校男子バスケットボール部のポイントガードの俺が見落とすはずがない。

 俺は人よりも視野も広く、それに基づく認識力も高い。下足場に行くまでも頭の中でいろいろ考えて行動していた。だから見逃すはずがない。でもあの馬鹿女はそんな俺の視野と策をすり抜けて、俺よりも早く下足場で待っていた。


「俺の策を破るとか何様だ、あの馬鹿女」

「部活をサボるとは何様だ、この馬鹿主将」


 独り言に声が被る。声主は考えることもなく原尾だった。全身から溢れている汗をタオルで拭いている。こいつがここに来たってことはさっきのメニューが終わったってことか。

 俺は視線をホワイトボードから離して、原尾と目を合わせる。


「終わったのか」

「ああ? 『終わったのか』じゃねぇよ。なにしてるんだよ、部活中に」

「声真似すんな。俺は忙しい」

「忙しいじゃなくて、部活中は部活しようぜ」

「あー……俺、強いから練習とかいらねぇよ」


 そう言って俺は次の策を考えようとまたホワイトボードに視線を戻す。だが原尾がそれを阻止するように、ホワイトボードを取り上げる。


「おい、取るな」

「あのー、ぶーかーつーちゅーって、分っかります?」


 あー、うるせぇ。練習なんて勝手にやればいいだろ。やることなんて毎度毎度、大して変わらねぇんだから。それを俺がしないやどうやら言ってんじゃねぇよ。

 原尾を睨みつけてやるが、まったく動じない。むしろ、俺からホワイトボードを取り上げて嬉しそうだ。こいつ、本当に性格わりぃな。いや、でも神のごとく善い性格だったら逆に気持ちわりぃな。考えるだけで反吐が出る。つうか、ホワイトボード取るなよ。

 俺がホワイトボードに手を伸ばすと原尾もまたそれを死守するために手を伸ばす。そんな攻防戦をしていると、ふいに一年のヤツが俺たちの元へ走ってくる姿が見えて、仕方なく俺は眉間の皺を治めた。


「キャプテン、今日は練習に参加してないですけど、体調が悪いんですか?」

 うぜー、この一年。チビでド下手のくせに、俺に何聞いてるんだよ。

「ああ、ごめん。ちょっと今度の練習試合の策立ててたから。心配してくれて、ありがとな」


 本音を唇の裏に隠して、建て前の台詞を満面の笑みで言ってやると、一年は「大丈夫なら良かったです」と信頼の眼差しで微笑み返してきた。その光景は俺にとって、ただのうぜー生物でしかなくて、こいつもラフプレーの残骸にしてやろうかと思った。でも良い子ちゃんキャラの俺が「それはダメー」とか言うから、相変わらずの良い子ちゃんで反応をしてやる。


「じゃあ休憩は終わりにして、パス練をしようか」


 部の全員へ聞こえるように言うと、彼らは「はい」と返事をして、いつも通りパス練習体勢へと行動を移す。ただ一人、原尾を除いて。


「おまえも練習しろよ、原尾」

「我が主将様が練習するなら、俺もしようかな」

「おまえ、しつこい。人に嫌がらせして楽しいかよ?」

「えー、おまえだしぃ? 楽しいに決まってんじゃん。てかさ、嫌がらせとか翼が言っちゃう? もし、おまえより人に嫌がらせするのが好きなヤツがいたら見てみたいぜ」


 本当に性格の悪いヤツだ。心の底からそう思う。まあだからこそ、こうして俺の本性とも一緒にいれるんだとは思うが。だがそれとこれは別問題だ。今日はそんなことで折れてやる気はない。むしろ、俺が俺のしたいことをする時に折れるなんてことはない。俺が『する』と言ったら、それは絶対。原尾だろうが、教師だろうが、親だろうが関係ない。

 俺は目線をちらりとホワイトボードからそらして違う場所へと持っていく。そしてとある一点を見つめる。と、原尾もその先が気になって、反射的にそっちの方向を見る。――今!

 俺は視線を変えずにホワイトボードへと手を伸ばし、それを原尾から奪い取った。

 人間っていうのは対面して話す際に、どうしてもその対面してる行動が気になってしまうことが多い。そこに怪しい動きがなければ興味はないが、こっちを見ていた者が突然目線をそらしたりすると、つい気になってしまう。気にならずとも、その者が自分と話している最中に、違う方向をじっと見ているとそれが気になったりすることがある。

 そして原尾はその部類に属する。だからいつも視線を上手く誘導して、他のものから意識をそらす。その間に、物を奪い取ったり、何かしたりする。毎度毎度、こんなアホな策に引っかかってくれるあたり、こいつは学習能力がない。そしていつも驚いた眼で怒りを口にする。


「あ、おい! 卑怯だぞ、おまえ!」


 ほらな。パターンはお見通しだぜ。


「学習能力が足りねぇんだよ、おまえは」

「あー、くそ。マジ、そーいうの腹立つ」

「残念だったな」

「あー、マジおまえ嫌いだ」

「別に好かれたくねぇよ」


 ホワイトボードにくっついている磁石をゆっくり滑らせながら俺が言うと、原尾が「そういうヤツだったな、おまえは」と返してきて、それが妙に腹立って俺はホワイトボードに置いていた磁石を指で弾いた。





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