後編
欲しくもない物を手に入れた俺は、それを絶対に無くしてはいけないとのことだったので、散歩は中断し、一番安全そうな男より強いフランソワーズの所に行くことにした。確か、フランソワーズは王太子妃殿下と一緒のはずだ。パーティまで2時間もあるのだが、ここの王族は身なりに異常にこだわるため、着替えの時間のはずだ。なので、フランソワーズもそこらへんをフラフラしてるだろう。
そうして、王太子妃殿下の部屋付近に着くと、案の定、フランソワーズがいた。あっちもすぐに気が付いたようだ。
「あら、ジェラルドお兄様。もう来たの?」
「酷い言い方だな。まあ、それは置いといて、これを頼む!!」
そう言って俺は、例の鞄を渡した。
「ん?良いけど、コレは何?」
「秘密だ。とりあえず、絶対に無くすなよ!!」
周りの目があるため、強調せずに言ったが、どうやら、フランソワーズは気づいてくれたようだ。勘が鋭いと言う物はこういう時に役に立つんだな。
「ええ、勿論。私は、自分の物を壊すことはあるけど、他人の物は壊しも無くしもしないわ!!」
通じたのは良いが、一回危ない目に遭いそうだな。まあ、終わり良ければすべて良しと言うが…
「じゃあ、暇つぶしにカミーユお姉さまのところに行きましょ!!」
「いや、仕事中だろ」
「大丈夫よ。王妃様の着替えは侍女の役目だもの。これで、目的地は決定ね!!」
カミーユとは、例の王宮で王妃付きの女官をしている妹の事である。花嫁修業と称してやっているが、結婚する気があるのかは謎である。まあ、王妃様に可愛がられて女官生活を満喫してるようなので良いが。
しばらく歩いてると、何故かフランソワーズは人気が無い場所に入った。
「フランソワーズ、本当にこっちで合ってるのか?人気が無いのだが…」
「勿論、合ってないわ」
そう言うと、フランソワーズは袖から拳銃を取り出し、こっちに向けてきた。俺は、こんな状態でもツッコみたい。よく、袖に拳銃を隠せたな!!確かに何か丸いのが2つある袖だが、スゴイよ君!!
このツッコみたい衝動は、なんとか抑えて俺は質問した。
「これでどうするつもりだ?」
「こうするつもりよ!!」
次の瞬間、フランソワーズは引き金を引いていた…のだが、飛び出てきたのは弾ではなく、水だった。その上、かかるのは俺ではなく、隠れていた何者かだった。何か、「アツッ!!」って言って目を押えてる…
「は?」
「『は?』じゃないわよ。やっぱり、ジェラルドお兄様ったら、つけられてるのに気づいてなかったのね」
そう言うと、つけていた人のところに行って、鳩尾を蹴って気絶させていた。痛そうだな…
「じゃあ、さっさと行くわよ!!」
「コレを置いて?」
「勿論よ」
そう言ったので、気絶した人は置いていくことにした。誰かは知らんが、可哀相に…
****
「あら、そうだったの?とても見たかったわ」
「そうか?俺は、俺もやられそうで怖いけど」
「見たいわよ!!」
そう勢い良く言うのは、カミーユである。あの後、何も起こらず無事に着いた。今は、3人でお茶を飲んでいる。
「カミーユお姉さま、別に一戦交えたのではないわよ。わざわざ見るほどのものではないわ」
「それに、アレを使ったのでしょ?」
「そうよ」
そして、袖から拳銃(?)を取り出した。うん。やっぱり、ツッコみたい。
俺が心の中でツッコミ戦争が勃発してる間に、話が進んでしまっていた。
「お姉様は、本当に面白いものを作るわね」
「ええ。拳銃かと思ったら、水鉄砲だものね。まあ、水鉄砲って言っても、熱湯なのだけれどね」
二人はにこやかに話すが、たぶんアレは立派な武器だ。何故なら、アレは熱いだけではなく、水圧がヤバかった。証拠に、そこそこ離れた所に隠れていたつけて来た人が、避ける間もなく、目に直撃したのだから…
それにしても、ルミアは怪しい実験だけではなく、武器の製造まで始めたのか…
「あ、そうだわ。この王冠をどうするつもりなの?」
「え?知らないよ?」
「フランソワーズは?」
「えっ…」
ん?フランソワーズが、焦ってる。
…王冠???
アレ?可笑しいな??そのことは二人に言ってないはずなんだけどな~???
どうしてだ!!!
「…フランソワーズ、どう言う事かな?」
まずは、何か知っていそうなフランソワーズから聞くことにした。できるだけ優しく笑顔で聞いたのだが、何故かフランソワーズは頬が引き攣っている。どうしてかな?
「ええと~それは…」
「えっ?もしかして、ジャラルドお兄様は知らないの?この王冠は、今来ている王女様のところの物よ」
と言う事は……俺だけ何も知らなかったのか?
アイコンタクトでフランソワーズに聞いて見ると、目を泳がした。
「…酷い」
そして、俺は部屋を飛び出した。
****
アレ?どうして俺は部屋を出て行ったのだろう??
飛び出したが行くあてもなくフラフラしてると、ふと思った。
いつもの俺なら、そんな感情的にならず飛び出さないはずだ。今日の俺は何処か可笑しい。まるで、誰かの望み通りに俺は動いているような…
「う゛っ」
突然、鳩尾に激しい痛みを感じた。そして、閉じていく瞼に映ったのは、フランソワーズによって気絶させられていた男だった――
****
「……んっ!?」
冷たっ!?
どうやら俺は、水をかけられたらしい。あ、椅子に、手足を縛られている。そして、辺りを見回すと、俺をここまで連れて来たであろう例の男とその主人と思われる身なりの良い男が立っていた。
最初に、主人の方が口を開いた。
「おいガキ、さっさと王冠を渡せ!!」
「丁重にお断り申します」
「…何だと!?おい、このガキから力づくでも王冠を奪い取れ!!」
そういうと、手下の男は戸惑った。そりゃそうだろう。何故なら、今の俺は手ぶらで、王冠は服に隠せるような大きさではない。そう、誰がどう見ても、俺は王冠持っていないからだ。
「え、あの…公爵」
「何だ。さっさとやれ!!」
「いや…この小僧、もう持っていないかと…」
「何だと!?……しょうがない。だが、見られたのだから処分しろ!!」
相手は相当な馬鹿だったらしい。まったく、気づいてなかったようだ。そんな馬鹿でも、俺を処分しないといけないと思うらしい。
…ちょ、ちょっと、今何て言った!?俺、処分されちゃうの!?え、嫌だよ。こんな最後はあんまりだ――っ!!
「残念だったな。お前は、ここで終わりだ!!」
「お前の妹のやつの仕返しだーっ!!」
主人の方が悪役の決め台詞的なことを言うと、手下の男は鈍器を振り上げた。
コイツの武器、鈍器って、めっちゃ痛いじゃん!!いや、どれも痛いけど……俺は死ぬのか。父上、母上、兄上達、妹達、さような…
『ガタンッ』
…アレ?痛くない??
そして、恐る恐る目を開けると、目に見えたのはテレンス兄上の後ろ姿だった。
「ジェラルド、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。それより…」
『後ろっ!!』と言おうとした瞬間、テレンス兄上は気づいたらしく、顔面を殴っていた。
うっ、痛そう…
「さあ、皆さん。スーパーヒーローのお出ましだよ☆拍手の準備はOK?」
えっ?その声って…
そう思って声の聞こえた方を向くと、案の定、アーネスト兄上が立っていた。そして、言ったのは…
「あれれ~?拍手が一つも無いな~?準備、まだだったのかな☆」
いつもと違って、ただの馬鹿兄のような雰囲気は無く、威圧感があった。そのオーラを感じとってか、俺に危害を加えた二人は怯え、パチパチと拍手をしていた。
「二人とも、ありがとう☆でも、俺の弟に危害を加えたことは許すことはできないな~じゃあ、お仕置きをするね☆」
するといつの間にか、俺の手足は自由になっていて、代わりに俺にこうした二人が手を縛られていた。二人は、怯え震えている。
「アーネスト兄上、この二人をどうするんですか?」
「うん?それは、秘密☆」
そう言って、アーネスト兄上はウィンクをした。それが何を意味するのかは…考えないでおこう。
「たっ、助けてくれ!!お願いだ!!」
縛られていた主人の方が、突然言い出した。たぶん、手遅れだよ。だって、場合によっては、フランソワーズに危害を加えていたと思われる。よって、アーネスト兄上は、かなり怒っている。うん。絶対に許してくれないよ…
「…今、何て言った?聞き間違えではなければ、助けてくれと聞こえたんだけど」
それは、いつものような兄上ではなく、俺の知らない兄上った。
「そ、そうです…」
「はあ?この俺に迷惑を掛けといてふざけたこと言うんじゃねえよ!!あ、そんなに死にたいの?良いよ」
そして、アーネスト兄上はナイフを取り出した。
え?兄上ですよね?少ししゃべり方が荒かったですが、少し言ってることが俺様だったですが、兄上ですよね??そして、今、ナイフを取り出し、人を殺そうとしているのも兄上ですよね???
いやいや、それよりも先に止めよう!!目の前で人が死ぬのなんか見たくないし。
「止めてください!!アーネスト兄上ぽい人…」
「何で?」
「この人たちのことはどうでも良いですが、自分の兄が人を殺す姿なんて見たくないです。なので、止めてください。じゃなければ、可愛い妹のフランソワーズに嫌われますよ」
「ハッ!!」
え…しょ、正気に戻った?シスコンパワーで戻っちゃったの?
唖然とする俺に対し、アーネスト兄上は、フランソワーズに嫌われてないか本気で心配している。そして、アーネスト兄上が正気に戻るのを待ってたとばかりに、いつの間にか何処かへ行っていたテレンス兄上が入ってきた。
「ジェラルド、着替えを持ってきたぞ!!」
「着替え?あっ!」
良く考えたら俺、水をかけられたまんまだった。どうりでなんか寒かったのか。では、ありがたく着替えさせてもらうとしよう。
「じゃあ、カミーユの部屋で待ってるからね☆」
いつもの調子に戻っていたアーネスト兄上がそう言いながら、縛られた二人を引っ張って出て行った。
****
「え!?聞き間違えじゃないですよね??全て計画通りだったなんて、嘘ですよね?」
「本当だよ☆全部、計画通りだよ☆」
全て計画通り……ということは、俺があの時に感じた違和感は当たりってことか。だけど、まったく嬉しくない!!要は、俺は良いように扱われてたってことだ。
「あら、本当にジェラルドお兄様は知らなかったのね」
「何がだ?」
カミーユの言いようだと、まだ、なにかあるようだ。なんか、聞きたいような聞きたくないような…
「あの王冠、あの公爵が盗んだ物よ」
公爵とは、捕まえた主人の方で、今は国王の命により、自室で見張られている。そして、王冠はお姫様に渡したらしい。
「どう言う事か、アーネスト兄上、詳しく言ってください」
「了解☆」
そして、分かったのは、あの王冠は、公爵が何を思ってかは謎だが、とりあえず、こっちにやって来るお姫様の家に恥をかかせようとしたのがことの発端らしい。恥をかかせようと王冠をどうやってかは知らないが盗み、姫をこっちに来させないと王冠を民衆に晒すぞと訳の分からない脅しをし、その結果、お姫様の花婿探しパーティが開催されることになったようだ。で、何故か、兄上達が王冠を取り戻すことになった。本当に、この事件は謎が多い。その謎は、直接本人に聞く予定らしい。
「何故、兄上達が王冠を取り戻すことになったんですか?だって王冠は、我が国の物ではなく、隣国の物ですよ」
「それは、秘密☆それと、この事を知らなかったのは、家族で父上とジェラルドだけだよ☆」
そ うか、父上と俺だけか。って、母上は!?
「ジェラルド、母上は腹黒だ」
俺の心の中を読み取ったらしいテレンス兄上が言ったのは、爆弾発言だった。俺の中での母上は、明るく、優しく、時折、冗談を言う、そんな母上だった。なのに、母上が『腹黒』だっただなんて…
「そんな…」
「そう、落ち込むな。考えてみろ、父上は頑固おやじのテンプレだ。なら、兄上とフランソワーズの腹黒さは何処から来るんだ?」
「…母上。いや、ちょっと待ってください。アーネスト兄上が腹黒い。それは理解できますよ。ですが、フランソワーズも腹黒って!?」
「「「え?」」」
知らなかったことに、俺とフランソワーズ以外のこの場にいる全員が驚いている。当の本人は、紅茶を優雅に飲んでいるが。
「ジャエラルドお兄様、本当に知らなかったんですの?その、フランソワーズが黒いことに…」
「ジェラルド、本当にか?いつも、フランソワーズがあんなことしてるのに!?」
「可愛いフランソワーズは、基本は白薔薇だけど時々黒薔薇なの知らないの?」
そんなに驚くことらしい。俺としては、まったくそんなこと思ったことはないが、本当はそうだったようだ。
「やっぱり、気づいてないのね?ジェラルドお兄様、今回の計画、私が立てましたのよ」
「え?」
「お兄様達が軍人になると言いだすのも、ジェラルドお兄様が部屋を飛び出すのも、全て」
つまりは、俺は妹の掌でコロコロと転がされていたのか。何だろう、この敗北感…
でも、希望はある!!何故なら、全部演技だったってことは、兄上達は軍人にならない。つまり、俺は跡継ぎになる必要はない!!
「でも、黒さで言うと、アーネストお兄様の方が黒いわよ」
フランソワーズがそう言うと、テレンス兄上とカミーユだけではなく、言われた本人ですら頷いていた。
「じゃあ、もうそろそろ時間だから、ジェラルドとフランソワーズ、いってらっしゃーい☆」
「え?アーネスト兄上、跡継ぎに戻らないんですか?」
「戻んないよ☆」
そして、テレンス兄上にも聞こうとすると、察してか俺の言葉を遮った。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「行ってらっしゃい。後で、私も行きますわ」
半ば無理やり追い出される形で3人に見送りをされた俺とフランソワーズは、会場に向かった。
俺としては、まだ聞きたいことがあったのだが、様子を見るに教えたくないのだろう。
「何か聞きたいことがある?」
行く途中、唐突に聞かれた。勿論、あるので、遠慮なく質問させてもらった。
「聞きたい事ってソレ?アーネストお兄様が本当にシスコンかどうかなの?」
半分呆れた口調でそう言った。まあ、普通そうだろう。だが、俺にはそれが一番気になるのである。
「あれは正真正銘のシスコンよ。でも、良いお兄様のときもあるわよ」
少し、はにかんだ笑顔をしたその姿は、とても可愛らしかった。きっと、アーネスト兄上と母上には鼻血ものだろう。
****
やっと、長かった一日も終わり始め、パーティは始まった。そして、主役のお姫様の登場である。あれ?どこかで見たような…
「皆様、私のために集まっていただいて、誠にありがとうございます。今宵は楽しみましょう」
お姫様はこちらに目を合わせてきた。何処かで見たような…
あっ!?そうだ。あの規格外の令嬢だ!!あの綺麗な銀の髪、これは間違いない。もし、そうだとしたら、色々とヤバい。
そうこうしているうちに、いつの間にか始まったようだ。そして、隅っこに行こうとしたときだ。
「ねえ、ジェラルド様、私と結婚してくださらない?」
その言葉に俺は直感した。また、人生が狂ってくると・・・