第六話.風の魔法使い
その日、ランスは図書館に居た。エルシャント王国立リジェント図書館は、エルシャント王国内で最も多くの本を取り揃えていると言う。とくに魔法の本が多く、魔法を学ぶ多くの人々が訪れるとシャルルには聞いていた。
残念ながら結界が風属性の人は少なく、そのせいかはどうかはわからないが、ランスの求める風魔法について書かれた本はなかなか見つからなかった。
「なんと言うか…………。一つくらい風魔法について書かれたものがあってもいいよ。僕は困るんだよ。実用的な風魔法がないと。」
そう、ランスは二刀流を使うには風魔法による強化が必要ではないかと考えて、シャルルに散々いじられながらも一人でこの図書館に来ているのだ。
「本を探すのも図書館の楽しみとかヘレナが言ってたけど、僕にとっては苦痛でしかないよ。」
ランスは、うろうろしているうちに何やら石板のようなものを見つけた。石板には魔法文字が刻まれている。最も、ランスには魔法文字は読めないので何が書いてあるかはさっぱりだ。
ランスがその石板を興味深そうに見ていると、銀色の髪を長く伸ばしたなかなかきれいな顔立ちの女性が話しかけてきた。
「それは、案内石板と言って、触れるだけでその人の求めている本を取り寄せてくれるって言う魔法器具の一種。」
彼女はそう説明した。なので、ランスはその石板に触れてみる。すると、どこからともなく何やら分厚い本が飛んできた。ランスは軽々とそれを手に取る。
「ナイスキャッチ。それは、風の魔法使いリショームの英雄譚。風魔法について書かれた数少ない本のひとつ。もしかして、風魔法使い?」
「魔法使いではないですが、結界の属性は風です。せっかくなので風魔法について勉強しようと思って。」
ランスはその本のページを開きながら言う。古い本ならではの少しカビ臭い臭いがした。
「ブリューク・サウスサイド。」
「へ?」
ブリューク・サウスサイドというのが彼女の名前だと気づくには少し時間がかかった。
「ああ、名前ですか。僕はランス・パルサーといいます。」
「また会うときまで。それまで覚えていて。私の名前。」
ブリュークはその場から立ち去った。よくわからない人だ。ランスは本に目を移した。
◆◆◆
私はリショーム。唯一無二の風魔法の使い手だ。私には相棒が居た。彼の名はランスロット・パルサー。彼は剣士で、私たちの前にはどんな魔物も倒れるばかりだ。
そんなとき、世界に異変が起きた。魔物が出るとはいえ今まで平和だった世界は焼け野原へと変わった。
二つの国が本来ないはずの『虹の魔法石(レインボー・ストーン)』を巡って戦争を始めたのだ。ひとつ目の国エルシャント王国は、もうひとつの国メトロノミアと一進一退の攻防を繰り広げた。
◆◆◆
ここまで読んだところでランスは本来の目的を思いだし、パラパラとページをめくる。なかなか目的の風魔法の一覧のようなページは見つからなかった。
しかし、最後の方にようやくこんな記述を見つけた。
「なになに。私の血を引くもの、いや、そうでなくとも風魔法を志すものよ。私はお前たちに道を開こう。ただし、これ以降は自分で編み出さなくてはならない。それが風魔法だ。」
ランスは、結局この本を借りることにした。帰り道には物語の部分を読みながら歩いた。
◆◆◆
日に日に魔法が飛び交う中、人々は次々に倒れていった。私は無駄な争いをやめさせようと思った。
それには相棒、ランスロットも賛成だった。次の日、私たちは戦場へと出向いた。
争いをやめさせるべく、私たちは戦った。私は風魔法で相手を蹴散らし、ランスロットはしっかりと歩みを進めていった。
そして、片方の国エルシャント王国の王にこう告げた。「虹の魔法石なんて存在しません。今すぐ戦争の締結を。」と。
◆◆◆
ランスは首をかしげた。このあとのページはあちこちが塗りつぶされていてほとんど読めなかった。あえて言うなら最後の風魔法の一覧のようなページのみだ。
「これ以上は読めないな…………。とりあえず帰ってから新しい風魔法も試してみよう。」
ランスは、ようやく家に戻ってきた。そして、またいつものように特訓が始まる。
「へえ、ランス、なかなかよくなってきたかもよ?まだまだだけどね。」
シャルルには相変わらず一発も剣を当てることができない。しかし、確実に自分の動きがよくなっているのは感じた。
「シャルル。ここからが本番だよ!『風は、沈黙さえも切り裂く。』『つかの間の混沌さえも同じく。』応用魔法『ウインド ・風の刃』!」
ランスはさっそく載っていた魔法を使う。これは武器の先に風の刃を産み出す魔法だ。しかし、風の剣にしか浸透しなかったため、二刀流なのに一方の剣が異様に長いという状況に陥ってしまった。アンバランスなので二刀流としては使いづらい。
「ついに、応用魔法に手を出したのね。なら、『光輝く閃光はいかなる影をも貫く。』『それが光。栄光をもたらすもの。』応用魔法『セイント・光の刃』!」
シャルルの剣から光の刃が出現する。剣を拡張する魔法はいろんな属性に存在しているらしい。風による見えない刃で拡張されたランスの剣を、光輝くシャルルの剣が弾く。完全に当たり負けだ。
「まともにぶつかっても無理か…………。僕だって馬鹿じゃない。『風のように速く、風のようにしなやかに。』『研ぎ澄まされた感覚、それもまた風』魔法『クイック・完全呪文』!」
あの本に載っていたクイックの呪文を唱える。前に使った無呪文のものよりも効果が強いのを体で感じる。周りのものがすべていつもよりも遅く見える。
ランスは素早く回り込み、シャルルに斬りかかる。もちろん寸止めというルールなので完全に当てはしないが。
しかし、シャルルは振り返り、その光輝く剣でランスの剣をしっかりと受け止めていた。
「どうやら結構効果があったようね。でも、あたしには勝てない。いくら速くても、正確に動きを読めば受け止めるなんて簡単なの。だから、読まれないような動きをしたらいいかもね。」
シャルルは鼻の頭を掻きながら言う。もしかしたら今までの剣術は型に拘りすぎていて、かえって単純だったのかもしれない。
「そろそろ気づいた?あたしがあなたに二刀流をさせていた理由。」
シャルルがそう言うならば、何かしらの目的があったのかもしれない。
「そっちの方が素早さを生かせるから?」
「残念。正解は、あのときあなたは型通りに、美しい剣を振るうことに専念していた。剣術は芸術という考えからかな?」
「……………。」
ランスは驚いてものが言えない。シャルルの言っていることはほとんど当たっていた。
「型に拘りすぎていてかえって単純だった。だからあえて二刀流を使わせることで型を無視した剣を身に付けさせる。そうすればあなたの剣はよくなるんじゃないかと思ってね。」
「はっきり言って、あたしの予想を超える早さで成長した。そろそろ一刀流に戻していいよ。正直、あなたの素早さを生かすなら、風の剣だけにした方がいいの。嫌なら嫌でいいけど。」
「なら、こっちを使うことにする。でも、成人式のときにもらった方は予備というか、お守りとしてとっておくよ。」
「大きいお守りもあったものね…………。」
シャルルはそう呟くと、光輝く剣を振り下ろしてくる。大事なのは動きを読むこと。『クイック・完全呪文』を使っている今ならそれは簡単なことだ。型にとらわれなくてもいい。自由な形で、反撃すればいい。
「剣技『カウンター』。」
ランスは、シャルルの剣をしっかりと受け止めた上で、横に流して、がら空きになったところに適度な力で剣の柄を叩き込む。が、
「甘い!応用魔法『セイント・スマッシュ』!」
決まる直前にシャルルの剣から光輝く光弾が放たれ、シャルルはその反動で見事にかわす。
「ランス。型をあえて破ることで新しい技が生まれるんだよ。あの技だってかなりのものよ。誉めてあげる。」
シャルルは鼻の頭を掻きながら言った。ランスはたまには型を破らなければ技は生まれないと心に刻んでおく。
「ありがとう、シャルル。そういえば、ヘレナは?」
「部屋の中で何か作ってたけど?」
ランスはヘレナが作ったものが気になるので一応ヘレナとランスの部屋ということになっている一室に向かった。