第五話.魔法石の力
次の日の朝、ランスはかなり早く起きて、剣の素振りをする。
「1、2、3…………………。」
「167、168、169……………。」
今朝のノルマは500回だ。なるべく急ぎたかった。例の風の剣の力を試すには慣れが必要だという思いもある。
「498、499………………。」
「500!」
ついにランスは500回の素振りを終えた。
そのとき、シャルルが眠そうな顔で階段を下りてきた。そして、階段を踏み外して落っこちた。
が、シャルルは床に手をつき華麗に飛び、しっかりと着地した。
「おはよー。朝から素振りだなんて偉いねー。」
シャルルはあんなにすごいことをやってのけたのにすごく眠そうだ。ランスが驚いていると、
「ランス、驚いてるようだけど、実践を繰り返していればそのうちできるようになるよ。簡単簡単。あくびが出ちゃう。」
そう言ってから、シャルルは宣言通りあくびをする。正直、ランスにはあくびが出るどころか眠気が吹っ飛んだのだが。
「さてと、朝ごはんの準備するからヘレナちゃんの様子を見てきて。」
「わかった。」
ランスは階段をかけ上る。そして、ヘレナが寝てる部屋のドアを開けた。ちなみに、ランスは昨日はヘレナの風邪が移らないようにと床で寝るはめになった。
「ヘレナ、起きてる?」
「むにゅ~。」
「寝てるんだね?」
「こくり。」
なぜか会話が成立している。とりあえずヘレナの額に手を当てて熱があるかを見てみる。どうやらほぼ完全に治ったようだ。あの薬は相当効いたのだろう。ヘレナが思わず吐いてしまうような苦さだから効かなかったらどうしようかと思っていたが、治って良かった。
「でもね、そろそろご飯だから、無理にでも起こしちゃうよ。」
ランスは、ヘレナの足をくすぐってみる。すると、ヘレナはなにかうわ言を言いながら足でランスの顎を何発も蹴った。ひ弱なヘレナの攻撃は一発一発はそこまで痛くないが、何発も食らっているとさすがに痛い。
「痛い。次は、こうだ!」
ランスはヘレナを起こす作戦その二を試す。今度は布団を剥がす。
「あれ?全く効いてない?次は、次こそは!君を起こす!」
ランスの作戦その三は、首筋をくすぐることだ。これは効果絶大で、ほぼ確実に起こすことができる。しかし、一番機嫌が悪くなるという欠点もある。
「くふ、くふふふふふ……………。って!ランスぅ!よくも!あれだけやめてって言ったのに!」
「ちっとも君が起きないからだろ。それに、もう朝ごはんできるよ。」
「昨日はあんなに苦い薬飲ませるし!………ご飯?」
ヘレナはご飯という単語に反応して飛び起きる。そして、部屋を出て鼻唄を歌いながら階段を下りていった。
「あら、すっかりよくなったの?それは良かった。ほら、朝ごはんよ。」
ランスが下りてくるともう朝食の準備ができていた。ランスたちは朝食をとって少し休憩してから、特訓に移ることにした。
「ヘレナちゃん、とりあえず結界を組んでみて。」
シャルルに言われて、ヘレナは頷き、結界を構築し始めた。しかし、ヘレナは結界を組むのが遅めだ。
「遅い!五秒もかかった!とりあえず魔法とか呪文とかそういう問題じゃないね。とりあえず、そっちの方は結界が二秒で組めるようになってからね。」
シャルルはそう言うと、こちらに向き直る。ヘレナはというと少し泣きそうな表情になっていた。
「ランス、今日はその剣に埋め込まれた『魔法石』の力を確かめてみましょう。呪文なんてわからないだろうからちょっと簡単なのをひとつ試してみて。『風よ、我に歯向かう者たちをなぎ倒せ!』『ウインド!』はい、やってみて。」
シャルルが言う通り、ランスは呪文を唱えてみる。
「『風よ、我に歯向かう者たちをなぎ倒せ!』『ウインド』!」
「………あれ?」
魔法が発動しないので、ランスが首をかしげていると、シャルルは呆れたように、
「ランス、結界も組んでないのに魔法なんか使えるわけないじゃん。とりあえず、試してみて。」
「そんなこと言われてもなぁ。僕、結界なんて基本組まないからなぁ。」
「結界を組まないで、風魔法の応用剣術なんて使えるはずないでしょ!今までどうやって使ってたの?」
「感覚的に。なんと言うか、勝手に。」
ランスは、どうやってと言われても訳がわからないので感覚的にと言う。無論そんな言い訳が通用するはずもなく、シャルルに怒られる。
「だったら、こんなイメージを頭のなかに描いて。自分の足元に、魔素が集中しているような。」
「魔素が集中とか言われても、魔素を使った感覚がないからわからないよ。」
「それでもやるの!」
ランスは仕方なく言われた通りに試してみる。一応足元に緑色の結界が組めたが、今にも消えそうなくらい薄かった。
「うわっ。こんなにひどい結界なんてあったんだ。魔素が足りなすぎる …………。」
「ほっといてくれ。ん?あれ?なんか剣の魔法石が光ってるよ?」
「やった!とりあえずランスに『同意』してくれた。ためしに魔法『ウインド』を使ってみて。」
なんと、先程まで消えそうだった結界が少し濃くなった。言われた通り、『ウインド』を試してみる。
「よしっ!『風よ、我に歯向かう者たちをなぎ倒せ!』初級魔法『ウインド』!」
ランスが呪文を唱えると、剣から風が噴出した。シャルルも辛うじてその場にとどまっていられるような、それくらいの威力だ。
「うん。まあまあかな。もう結界消えちゃったけど。すごい人だとこの初級魔法程度で家をひとつ吹き飛ばすくらいの威力になるんだけどな。」
「い、家をひとつ!?こわっ!」
ランスが驚くと、それを怯えたと勘違いしたらしく、
「大丈夫。そんな威力、あなたみたいな超初心者が出せるわけないから。」
シャルルは呆れたように言った。
その後は、二刀流の稽古だ。何度も何度も斬りかかるが、全て弾かれる。しかし、少しは実力の上昇を感じることもある。
何となく、間合いをつかめてきた。斬っては下がる、斬っては下がると、ランスの素早さを生かした戦法を身につけた。
「言っておくけど、その戦法だと相手が大型魔物だと意味がないよ。あいつらは攻撃範囲が広いからね。風魔法の移動補助がないと無理かな。」
「そっか。それなら!風魔法『クイック』!」
「嘘っ!始めて使うはずなのに、しかも結界なしで!?いや、正確には足元にすごく小さな結界?」
シャルルは本気で驚いていた。それも無理はない。ランスとしても名前を知っている魔法を使ってみただけだし、もしかしたら剣技『クイックスラッシュ』にこの魔法を使っているのではないかと予想して使ってみたらうまくいった。それだけの話だった。
「やった!よし!そのままいくよ!剣技『クイックスラッシュ』!」
『クイック』に『クイック』の重ね掛けだ。前よりもずっと速い剣技がそこにはあった。しかし、シャルルもそんなに甘くなかった。華麗に飛び上がり回避する。
「それね、速いんだけど、上の敵に当てらんないだよねぇ。残念。でも、よく頑張ったと思うよ。もう魔素切れだよ。」
シャルルは、鼻の頭を掻きながら言う。昨日これがシャルルが照れたときの癖だと言うことがわかっているので、照れていることはすぐにわかった。が、魔素切れを起こしているかどうかなんてわかるのだろうか?
「見分けるのは簡単。魔法石の色が淀んでいたら魔素切れの合図。しばらく魔法は使えない。逆に明るければ明るいほど貯まっている魔素の量は多いよ。」
シャルルがランスの心を読んだのか、そう答える。言われてから見てみると確かに魔法石は少し淀んだ色合いに変わっていた。
「さてと、少し休もうか。ランス、ヘレナちゃん。」
ヘレナは、連続で結界を組みまくっていたので息がとぎれとぎれだ。ランスも少し疲れたので壁にもたれ掛かる。
なぜだか今日は確実に目標に近づいた。そんな気がした。