第89話 世界は偽りに彩られ 1
我が世界は偽りに彩られている
真実は偽りに覆い隠され、右は左、空は海、男は女、喜びは悲しみ、白は黒へと相反する姿へと偽られる
我が世界では真実こそが偽りであり、偽りこそが真実
真実は常に偽りに彩られ、二つはいつも同じ所にある
しかして、二つは一番近い場所にありながら、真実と偽りは決して交わることはない
第89話 世界は偽りに彩られ 1
<SIDE エヴァンシェッド>
「結果が出たぞ。」
それはいつものシェルシドラの声のはずなのに、どことなく硬さが混じり誰か知らない人の声のように感じた。
まあ、だっだ広いこの部屋で声が大きく反響しているというのもその理由かもしれない。
ここは天近き城の中でも神と契約せし天使以外はごく一部の天使しか入ることを許していない部屋。
しかして、その実といえば声が反響するほどにだだ広いだけの数十個の箱だけが存在する、一見すれば何とももの寂しい部屋だ。
―――ごく一部の天使たちが知らぬ部屋の名は神の霊安室
文字通り聖櫃に眠る神々がおあす場所。
部屋の中に唯一存在する物体たる箱、改め聖櫃は赤・青・緑の三つの色の仄かな色合いの光を放ち、それ以外には光一つない部屋をうっすらと照らす。
そして、その光は聖櫃の中で天使に命を与え続けている神々の、永遠に尽きることのない魔力の灯。
そう、この場所は神々の霊安室であると同時に、天使たちの生命線でもある俺たちにとって最も重要な場所であるのだ。
そんな俺たちにとって神聖なる場所でシェルシドラの重々しい声が続く。
「神の子と呼ばれているエンシッダの配下の人間たちは、ほとんどが俺たちと『同じ』だとシラミネは判断した。ほぼ間違いないだろうと俺も思う。」
「そうか。」
罪人の巡礼地での人間たちとの戦いの後、俺は予めその最中に捕えるように指示した神の子たちを天使の領域に連れ帰りそれを調べるようにシラミネに指示をした。
シラミネとはサンタマリアの娘の一人で、この神々の霊安室に入ることを許した数少ない天使の一人。
非常に優秀な科学者でこの部屋の管理を任せている。
―――その彼女が天使と神の子を同じだと判断した
それはシェルシドラが言うまでもなく、確実なる事実ということ。
しかし、神の子という存在に直接対峙した時に予め予想し覚悟もしていたので、俺は大げさに驚いたりはしない。
ただ、やはり・・・という思いの中に、幾許かの落胆があるのは事実だ。
「どうするつもりだ?」
「さあ、どうしようかな?」
それを隠すように明るく答える。
「エヴァンシェッド!真面目に聞け!!俺たちが今までこの事態を避けるためにどれだけの苦労してきたか分かってるだろ?!」
―――だが、そのためにどれだけの嘘をつき、俺たちは偽りを重ねてきた?
シェルシドラのいうことを頭では理解している一方で、それに対して酷く皮肉めいた自分を感じた。
そして、そんなふざけた態度に苛つくシェルシドラに、いつもの俺ならもっと真面目に言葉を返すだろう。
だが、今までの長い年月をかけて築き上げてきたものの意味に揺らいでいる俺と隠せない落胆が、それをさせてくれない。
「魔人という存在が出てきた時から、お前だってこの事態を想像していなかったわけじゃないだろ?」
だから、でてくるのはそんな何の解決にもならない言葉。
「俺が言っているのはそういうことじゃない!この事態をどうするかってことだ?!」
そして、そんな俺の心はシェルシドラにすぐに見破られ、彼は俺だって理解はしている正論を並べ立てるのだ。
「もし、天使が人間だということが全ての天使たちに知られてみろ・・・天使たちは今の均衡を大きく崩すことになるんだぞ!」
「そんなこと分かってるっ!!」
突如、大声を出した俺に目を丸くするシェルシドラ。
心の中ではぶつくさ言っていた俺だが、今まで表情一つ変えなかったのに急に声を荒らげんだ。そりゃビビるよな。
そんな風に客観的に状況を判断している自分を感じながら、今の俺にそんなシェルシドラを気遣う余裕はない。
「エヴァ――」
「だが、俺だってどうしていいかなんて分からないんだっ!!」
そう、この最悪なる事態を今まで予想していなかったことなんてない、むしろいつだってその事態を考えすぎるくらい考えていたさ。
―――そして、そうならないように嘘に嘘を、偽りに偽りを重ねてきた
―――そして、そうする度に増えていく罪状に罪悪感と恐怖が募った
だけど、それを避けることばかりは頭に浮かぶのに、いざ本当に最悪の事態になった時の対処法など何一つ思い浮かばなかったんだ。
そもそも天使とは神によって契約を強いられ、神の血を強いられた『人間』。
魔力を、永遠の命を得たけれど、その代償に神々に服従を強いられ彼らの所有物になり下がらざるをえなくなった。
だが、その真実を多くの天使は知らない
先にシェルシドラは天使と神の子は『ほとんど』同じ存在だと告げた。
そう。この二つは完璧には同じではない。
―――その違いは人間であった時の記憶のあるかないか
はじめは二つの違いの中に翼の有無も含まれるかと思っていた。(一見すると神の子には翼はない)
だが、戦いの後にシェルシドラに聞く所によれば神の子にも翼が生えたという話があったため、それはなくなった。
まあ、よくよく考えれば『翼』は神との契約の証だから、神と契約をして魔力を得たというならば翼がないのはおかしい話なのだ。
そして、結果として残った恐らくたった一つであろう天使と神の子の違い。
基本的に天使たちのほとんどは人間であった時の記憶もなく、自分が人間であったことも、また天使が人間であることも知らない。
それは神が天使たちに『人間』であるという尊厳、そして一族意識なようなものを取り除き、予め俺たちに天使という名の神の所有物であるという意識を植えつけるための手段。
―――だから、天使たちは神の所有物であることにも、そして、人間を虐げることにも抵抗がなくなった
それが意図してなされた結果なのか、はたまた単なる偶然の産物なのか俺が知り得るすべはない。
ただ、結果として人間という種族意識の排除により天使たちは人間を殺したり、虐げることに何の抵抗も感じなくなった。
おかしなもので同族であるか、そうでないかは生物にとって大きな意味を持つようだ。
エンディミアンとアーシアンがそのいい例だ。
二つは長きにわたり大きく隔たりを持っていたはずなのに、いざこうして今のように天使と敵対しようとしたとき、妙な連帯感をもって団結する。
同族種族などという事実、それは本当のところは大した意味はない。
だが、自分の仲間かどうか誰にしもが人の腹の中まで見通せない以上、こうした同族かそうでないか、そういった大きな括りが意味を持つような気がしてくるのかもしれない。
だから、俺はシェルシドラは天使たちが自分たちが人間であると知った時の我が一族の揺らぎを恐れている。
天使とはいわば神が作り上げた偽りの種族、そして、それを利用して独立させたのが俺達神と契約せし天使たち。
だが、もし自分たちが人間であると知った時、無論その事実に驚くと同時に天使たちには俺たちに対しての不信感や、生贄に捧げてきた人間たちへの同情などの感情が発生するだろう。
そして、それは千年という長きにわたり俺たちが守り続けてきたものへの歪みへと姿を変える。
―――守り続けてきた偽りの世界の崩壊
それだけは絶対に避けなければならない。
それは俺の罪云々の話以上に、天使という種族の崩壊を防ぐために、この偽りだとしても穏やかなる楽園を守り続けるために。
だから、魔人という人間を天使に近づける研究については、無論戦力としては欲しい研究ではあったが、それは俺たちにとってはタブーに他ならなかった。
だって、それは神の子ほどにないにしても、人間が俺達に近づくという論理を証明させるわけにはいかないのだから。
そして、その事実を隠すために俺たちは確かに様々な事を繰り返した。
―――なのに、このままでは俺たちが想像していた最悪の事態を迎えてしまう
それだけは避けなければならないのに、どういうことか神と契約せし天使は俺とシェルシドラしかいない。
サンタマリアは未だ心身膠着状態で今の状況に対応できるようでなく、ラインディルとはどこにいるかすら不明なのだ。
―――こんな状態で俺たちに何ができるというんだ?
混乱と困惑の中、俺はシェルシドラの問いの一つにも満足に答えられない自分が嫌だった。
千年前、どれほどの覚悟をもって天使の長である万象の天使を名乗ったか忘れたわけじゃない。
だが、押しつぶされそうなほどに偽りを重ね続けた重い罪、多くの天使たちの未来を担う長としての重圧に、俺はもう一人じゃ耐えきれなくなってきているのかもしれない。
これからしばらくはエヴァンシェッド視点の天使よりで物語は進行していく予定ですが、しょっぱなから重々しい感じです。
エヴァンシェッドの同族意識云々の話は結構私見が入っているので、人によって色々思うところがあるとは思いますが、私は何かをこう徹底的に攻撃できたり残酷になれるのは、その対象が自分とは全く別のものだと思っているからできるんじゃないかな?と思っています。
もし、少しでも自分と同じ部分があると思うなら、誰だって徹底的には残虐にはなれないし、同情したりするものだと私は思うのです。なのに、相手の気持ちも何も考えなしに、それを傷つけても何も感じないというのは、その対象のことを本当に何一つ分かろうともしていない、分からないものだと思っている、別の生き物だと思っているんじゃないかな?と思うのです。
今回、エヴァンシェッドの言うところは種族みたいに大きなくくりですが、それはもっと人間同士の小さな括りでもあるんじゃないかな?と私は思ったりしています。(この辺りは完全な私見な上に、分かりにくい話になってしまっていてお目汚しですいません)