第87話 鎖は解かれることはなく、ただ絡みつくのみにて 2
―――神、魔力、人間、そして聖櫃
それぞれ1つ1つは別々のものなのに、今ここで1つに繋がっているそれら。
本来は1つになるはずのないそれ。
その秘密が謎が目の前で明らかになろうとしている。
「さぁ、私の話はここまでにしようかしら?残りはそこの男にしてもらって。」
だが、話が核心に迫ったかと思いきやティアは私たちに背を向けたのだ。
「何だ?ここまで話しといて。」
思わず責めるような声がでたこともご了承願いたい。
「これ以上この男の前にいるだけで、私は別の話をしてしまいそうだから。」
だが、そうきっぱりと告げた彼女の声は何かしら感情を抑えつけているようで、私にはティアを引きとめる言葉がそれ以上は思い浮かばない。
「じゃあ、ここからは俺が話すよ・・ていうか、元々俺が話す予定だったんだしね。」
そして、一度もこちらを振り返ることなく消えたティアの背中を見つめながらアオイは独り言のように彼女の後を引き継いだ。
「ティアはどうして?」
「まあ、ちょっとね。だけど、全部俺が悪いんだから君たちは気にしないで。」
しかして、そう言われたところで私もアラシも納得いくはずもなく、思わず二人で顔を見合す。
「さて、神の血の話をするために、まずはこっちに来てくれるか?」
だけど、私たちのそんな様子など無視してアオイは話を先に進めるのだ。
その事に彼の聞いてくれるなという無言の圧力を感じ、また、それこそそれを無視して彼を問い詰めるという方法もあるのだろうが、アオイとティアの問題に私が口を出すなどお節介の極みだろうし思い直し、私はそれ以上はアオイに声を掛けることをやめた。(アラシも似たようなことを思ったのか、それ以上は何も言わなかった)
「アラシ、少しだけ血をくれないか?」
そして、何が始まるかと思えば、いきなりアオイは神の子たちが入っている箱のすぐそばまで歩み寄りシャーレを取り出してアラシの血を求めたのだ。
「はい?」
アラシもその意味を測りかねているようだが、アオイの求めに応じて懐からナイフを取り出して掌を切りシャーレの中に血を数滴垂らす。
「俺はさっき血液こそが魔力そのものだと話したよね?そして、人間と神たちの違いは血液を魔力に変換できるか否かだとも話した。だけど、血液に関してはもう一つ大きな違いが両者にはある。」
言いながらアオイは箱と箱を繋ぐ神の血の流れる管につけられたバルブから、アラシの血の入っているとは別のシャーレに神の血を僅かにとる。
「その違いというのは血液に含まれる魔力量。人間には寿命というものがあり、それに含まれている魔力・生命力には限りがある。人間の寿命というのはその人が持つ血液中の魔力量により差が出るんだ。だけど、寿命のない神のそれには際限がない。その1滴だろうともその血液には無限の魔力が含まれている。」
なるほど、神の寿命が尽きないのは生命力、すなわち血液中に含まれているそれが無限であるからなのか。
「なら、さっきティアが言っていた黄色の神が神の子に命を与えているというのは、彼らに神の血を与えているということなのか?」
神の血が1滴あれば無限の魔力・生命力を手に入れられるというのであれば、それさえあれば誰しもが永遠の命を得られると思うのは短慮というものだろうか?
だが、そう考えれば、血で繋がれた神と人間たちというこの異様な装置の説明もつくような気がした。
「さすがヒロ。その推理力、案外君は研究者向きかもしれないね。その通り。神の寿命、魔力を与えるということはすなわち神の血を人間に与えるということ。だけど、これを見てほしい。」
言いながらアオイは、シャーレとシャーレを合わせアラシの血に神の血らしきものを近づけた。
そして、その瞬間にそれは起こる。
――― 一見して同じただの赤き血に見える神の血がアラシの血を瞬間にまるで生き物のようにガブリと飲み込んだのだ
「っ!」
しかして、すぐに何事もなかったようにそれは私の中にある血と同じようにそこに存在しているが、こんな場面を目の当たりにした後では、どうしたってそれを私の中にあるただの血だと思うことはできない。
「見ただろ?神の血は少しでも魔力のあるものには、その魔力を全て飲み込み自身に同化してしまう。流れる血の色は同じだけれど、人間と神が違う生き物であるように、その血も全くの別物なんだ。そして、本来、違う生き物同士の血液を混ぜる、すなわち違う生き物同士の交わりは世界の理に反することだとされているんだ。」
―――世界の理に反したこと、それが彼の罪なのか?
「世界で決められたことに反すれば必ずどこかで罰があたる。どこかで破綻をきたす。まあ、一見すれば神の子にそれはない。そこは魔人で説明した方が分かりやすいかもしれないかな?」
「魔人?」
天使の領域で見た人間ではない、だれど人間でしかありえない生き物。
確かに人間なのに魔力を持つという意味では神の子と同じだと言えるかもしれないが、人間らしさを失った魔人と私たちと何ら変わりない神の子を同じとしていいのか?
「Dr.パルマドールは神の血を直接人間に与えることによって人間に魔力を与えようとした。だけど、それでは魔人を見て分かるように、人間の体が神の血の大きすぎる魔力に耐えられない。それに対応させるよう体も改造していたようだけど、それも上手くはいっていなかったようだね。」
なるほど神の血の強力な魔力に負けないような体にするために、魔人たちはあれほどに継接ぎされて体を改造されていたのか。
つながる記憶とアオイの説明にやりきれなさが募る。
そして、アオイはまた自己嫌悪丸出しの、自分ひとりが罪人ですみたいな顔をして言うのだ。
「だって、世界に生きている者の誰もが世界の理に反することができるわけがないし、それこそが俺が犯した罪だから。」
―――もういい加減、聞き飽きたっつーの
だから、私はこの女みたいな顔をした男にいってやるのだ。
「だが、お前はそれをなしたのだろう?」
いい加減、もったいぶったようなはぐらかされているような言葉にイライラした。
「おい、ヒロ。」
アラシがそんな私の肩をつかむが、私はそれを振り払う。(気がつけば、体が想像以上に回復しているような気がする)
「うるさい。罪だ罪だと、自己嫌悪に陥るのは勝手だ。だが、犯した罪をぐちぐちとこんな所で私に懺悔したところで時間の無駄だ。それは私に言うことじゃないだろ?」
―――罪を犯したというのであれば、懺悔は犯した罪により悲しみ辛い思いをした人々にしなけばしないのと同じだ
「お前が犯した罪が世界の理に反したことだというのは分かった。それが人間に神の血を与え永遠の命と魔力を与えたことだということも。だが、それが罪だというのなら世界の理に反することだというのなら―――私こそ罪だ。」
長い話を聞いていれば、人間が魔力を使うというその結果こそが罪だと分かる。
ならば、アオイが私を異常といった訳は私が世界の理に反しているということなのだ。
「だから、私は結果じゃないその過程が知りたいんだ。お前だってその中に私が魔力を使える手がかりがあると思ったから私をここに連れてきたんだろ?」
何も知らない私からすれば、私も神の子も結果が同じだから、両者が同じように思えてならない。
だが、研究者たるアオイには違って見える。
きっと、その違いこそが彼の見つけたい『答え』であり、彼の罪への贖罪なのかもしれないと私は感じ。
ならば、その違いを理解しなければ話は始まらない。
だから、私はアオイに話を急かす。だけれど、これだけ言ってもアオイはまだ話さない。
「ヒロ、君は強いな。」
「だから――」
「わかってる。君の知りたい事も話す。だが、俺の思っていることも話したっていいだろ?」
しかして、そういう言い方をされると否とはいえないのが、私の気の小さい所だ。
「君は自分が世界の異端かもしれない、その事実を目の前にしようとしているのにそれを受け入れようとしている。目の前の恐怖に立ち向かおうとしている。」
だが、アオイのそんな真摯な言葉に私は首を横に振る。
―――私は知らないことで、無知でいることが嫌なだけだ
両親のこと、ユイアのこと、エヴァのこと、それにここ最近の一連の事象、その全ては私の無知さえなければいくらか解決した部分もある。
もしくは解決まではいかなくても、私もその結果に後悔をいくらかしなくて済んだろう。
だが、私は私の無知のために大切な人を最悪の形で失い、私のためにしてくれた大切な人の思いを踏みにじる結果となった。
―――だから、もう何も知らないのは嫌なんだ・・・例えそれが自分を苦しめることになったとしても
「でも、俺はだめだ。いつも自分の罪の重さに耐えられなくて、それから目を背けようとしてしまう。ただ自分を責め続けることしかできない。」
だが、この男は知っているのに何もしようとはしない。
顔と同じくどうにも女々しいアオイに私はイラつく自分を止められない。
しかして、それは決して私とアオイが違うからじゃない。むしろ、彼の考え方は私の本質とよく似ていると思うくらいだ。
アオイは私を強いと言ったが、それは違う。
私はアオイと同じような事を考えているし、いつも罪から苦しみから逃げられたらどんなに楽かと思っている。
だけど、私は同時にそれから決して自分が逃げられないことも知っている。
―――だから、どうせならと開き直って私は強がっているだけなのだ
まあ、そんなことはわざわざアオイに言う必要はないことだ。
目の前で自嘲気味に笑うアオイを前に、きっと彼の本質が似ているからこそ私はこんなにイラついているのだろうなと冷静な自分が囁いた。
あれ?まだ引っ張るの?といった感じかもしれません。読者の皆様もヒロ同様イライラしているかもしれませんが、次くらいで一段落する予定です。