表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
93/174

第86話 鎖は解かれることはなく、ただ絡みつくのみにて 1

 鎖は絡みつく

 振り払おうとも、千切り破ろうとも

 鎖は解かれることなく、ただ絡みつくのみにて

 しかして、貴方を殺すことはなくて、ただ未来永劫みらいえいごう、貴方を苦しめ続けるのだ


―――ああ、それはきっと罪深き貴方の贖罪しょくざい



【鎖は解かれることなく、ただ絡みつくのみにて】



 聞くところによると月見の塔ミュージ・アシェダの地下に広がるこの研究所は、銀月の都ウィンザード・シエラの土台である半球体の大部分を占めるらしい。

 延々と続く廊下はいつも同じ様子で無機質で変化がなく、アラシの背にのっかりながら進んでみても果たしてどれくらい距離を稼いでいるのか全く分からない。

「何処に向かっている?」

 しかして、さっきまで私に可憐な笑顔を見せていたはずのアオイだったが、廊下を進むにつれてどうしてか無口に無表情を決め込み、それにただならぬものを私もアラシも感じた。

 そして、アオイは1つの扉の前で立ち止まるとアラシに背負われて間抜け面の私を振り返り、やっと口を開く。

 その表情は私が先ほどから見てきた男とは思えないほど可憐な様子のままなのに、ぞくりと寒気が走るほどに静かで透明な冷たさを湛えていた。


「ここから先には俺の罪がある。」


 意味が分からない言葉だったが、そんな軽口を叩ける雰囲気が今のアオイにはない。

「この先には神の子マイマールがどうして魔力を出すことができるか、その答えがある。だけど、それは俺が犯した罪の一つ。」

「アオイッ!」

 淡々としたアオイの言葉にアラシの鋭い言葉が被さる。

「黙れ、アラシ。神の子マイマール、いや、人間に魔力を与えたことは俺が作り出した罪。そのことは罪を犯した俺が一番分かっている。」

 神の子マイマールは突然変異の人間か何かだと思っていた私は、それをアオイが作ったという事実だけで驚きだった。

 だって、そんな神の意に反するようなことが人間の手でなされているという事実、普通は想像だにしないから。

 だが、ここ最近起こる全ては私の想像を超える。


神の子マイマールは人間ではなくなった人間。そう、あの可哀想な神の下僕たる契約を結んだ天使たちと同じ存在。」


「―――え?」

 言葉は私の頭の中で正確に理解されずして、ただ通り抜けて行った。

「そんな俺の罪を本当なら誰が好き好んで見せようとは思わない。だが、俺の答えを持つかもしれない君にはそれを見ておいてもらいたい。そして、君という存在の異常性を君はきちんと認識しないといけないんだ。」

 そして、扉がすべり、アオイの罪が姿を現す。

 瞬間に感じたのは、降り注ぐ淡い光と私に絡みつくような幾重もの何か気持ちの悪いもの。


―――そして、そこには女が一人、箱の中で幸せそうに眠っていた


 そこは家が何個も入りそうなほどに広く、全てが淡い黄色の光に照らされた場所。

 その黄色の光は高い部屋の壁の中央にはめ込まれた箱から発せられ、その中には女が一人眠っている。

 それを中心として見上げるほど高き壁には、無数の箱・箱・箱・箱・・・・そして、その中には人間たちが静かに納まっている。

「な・・んだ?」

 それはあまりに異様過ぎる光景。

 まるで、標本にされた人間たちが飾られたような錯覚。

 そして、壁の箱と箱の間を埋めるのは淡い夢のような黄色の光などではなく、目に焼きつく毒々しいまでの赤。この赤には見覚えがあった。

「血?」


「そう、神の血ニス・ドゥア。」


 しかして、呆然とつぶやいた私の言葉に女の声が被さった。

 振り向いた先にはその血と同じまでに赤々とした瞳をもった女・ティアがこちらを、いや、私を通り越してアオイを睨みつけるように見ていた。

「ティア。来ていたのか。」

 答えるアオイに僅かな動揺が見えた。

 だが、ティアはそれを無視すると私の方を見て破顔した。

「ヒロ、よかった!罪人の巡礼地アークヴェルで別れた以来だったから心配していたのよ?ふふ、でも、面白い恰好でいるわね。」

 アラシに負ぶわれていることは明白だったので、私も苦々しい顔になる。

「ケルヴェロッカも目が覚めたら、きっと喜ぶ。あの子、憎まれ口叩いてたけど貴方のこと結構気に入っていたから。」

 そして、いいながら一つの箱を見つめる彼女の視線の先に、箱の中で眠り続けるケルヴェロッカを見つけた。

 幼い小さな体、あどけない寝顔、黄色の光に包まれたケルヴェロッカ。

「・・・これは何だ?」

 ティアは至って平常のもののように目の前の光景を受け入れているが、私といえばそれに軽口を返すこともできず呆然としながら、アラシの背中から降りるとふらふらと入口から部屋の中に入って行った。

 そして、部屋に入った瞬間に後ろの方からも何か気配を感じ、振り返ってみると正面だけではない全ての壁という壁に箱と人間が納まっているのが目に入る。


「これが神の子マイマールの真の姿。人間じゃなくなった哀れな生き物。彼らは血を通しこうして一つの命で繋がれている。」

「命を繋ぐ?」

「貴方、『契約』って知っている?」

 問い返す私にティアは問いを返した。

 不思議に思ったが、そんなティアに何故だか逆らい難い何かを感じて私は『契約』という言葉について考えてみる。

 言葉の意味は勿論分かる。だが、ティアが言っているのはそういう意味ではないだろう。

 しかして、かつて断罪の牢獄エヴィラ・アメンドでハクアリティスについて聞いた話を思い出した。

「詳しくは知らないが、人間であるハクアリティスが万象の天使と『契約』を交わしたことで永遠の寿命を手に入れたという話は聞いたことがある。」

 箱の中にいる神の子(マイマールたちは一様に瞳を閉じているはずなのに、どうしてか四方八方から私は見られているような視線のようなものを感じ、私はそれに萎縮し口がうまく回らない。

 だが、ティアはそれを感じていないのか、至って普通の様子で私に答える。

「ハクアリティス・・・、まあ、彼女のことは私は詳しくは知らないけど。」

 そう言ってティアは一瞬だけアオイに視線を送るが、すぐにそれは神の子(マイマールたちに向かう。

 視線をそらされたアオイの表情が歪むのが見えた。


―――この二人、一体何なんだ?


 ティアの言葉の続きも気になるところだが、ティアが色々と話しだしてから、口を開こうとしないアオイ、そんなアオイを存在自体も無視すようなティア。

 どうにも妙な雰囲気に私は眉を顰めずにはいられない。(といって、それを聞ける雰囲気にはないが)

「その例えは間違っていないわ。『契約』とは魔力を介した取引。神とて破ることは叶わない世界のことわり。例えば貴方が私に対して何かを欲しいと欲したとき、その欲したものの分だけ貴方が古の方法にのっとって私に貴方の魔力を与えれば、私は貴方にそれを与えなければならない。」

 魔力を対価として、欲しいものを手に入れることができる・・・そんな話は聞いたことがなかった。

「ちなみに魔力とは生命力のこと。魔力を持たない人間でも、寿命という名の限られた生命力を削るという形でそれは叶えることができるわ。」

「では、神の子マイマールたちは魔力を得るために『契約』をしたということか?」


―――この異様な光景がその古の方法?


 思いついた考えは一見辻褄つじつまはあうようで、だが私の中ではしっくりこない。

 そして、その直感はあっていたらしくティアが静かに首を横に振る。

「それは正しいようで間違っている。だって、これらは契約のためにある訳じゃなく彼らの命を繋ぐための鎖だから。」

「?」

 だが、返ってきたのは意味を解すことのできない答え。

「確かに彼らは魔力を得るための『契約』を交わした。でもね、その対価を人間が支払おうとすれば本来、人間の寿命は全て尽きてしまうの。」


―――だが、彼らは魔力を使うことができても生きているじゃないか?


 私は絡みつく何かを見定めるように眼を細め、箱の中に納まる人間たちを見る。

 皆、一様に安らかに何の不安もない、まるで母親の胎内にいるかのような表情を浮かべている。

 だが、そのことに寒気を覚える私がいる。


「だから、それを回避するためにこの男は罪を犯した。」

 しかして、それまでその存在すら無視していたアオイをティアが鋭い言葉と瞳で指さした。

「人間に尽きることのない魔力、生命力、寿命を与えるために、この男は神の血ニス・ドゥアという名の鎖で彼らを縛りつけたのよ。」

 その言葉は静かだが力強い言葉をティアがぶつけ、アオイはそれを黙って受け止める。だが、その表情はひどく悲しそうに私には見えた。

「ヒロ、あの中央の女性が見える?」

 だが、そんなアオイにも眉一つ動かさず、ティアは私に言葉を振る。

「あ、ああ」

 私も気になっていた。

 他の箱とは違い光を放ち、何やら物々しい機械が取り付けられ唸りを上げる中央の箱と、そして、その中で眠る髪の短い一人の女性。

「あの女性の名前はディアルナ、黄色の神の一人。」

「・・か・み?」

「そう、目を覚ますこともなく神の子マイマールたちに生命力を供給し続け、もはや魔力の塊となり果てた悲しき女性。」


 その言葉の意味を理解した瞬間に贖罪の街でアラシに見せられた聖櫃せいひつのことを思い出した。

 天使の領域フィリアラディアスの美しさ豊かさを守るために多くのアーシアンの命を奪っていた聖櫃せいひつと、これがどういう原理でなされているものかは定かではないが、どうやら神の子マイマールを死なせないために眠り続け、搾取され続けているらしい女神。


―――何かを得るために、何かを守るために、犠牲にされる存在


 それがどんなものであれ、どんな形であれ、やはり、見ていて気持ちのいいものじゃない。

 そして、私のその直感めいたものは悲しいことに的を得たものだったらしい。


「そして、聖櫃せいひつという名のあの禍々まがまがしい機械で、神の子マイマールたちの命を繋ぎ続ける存在よ。」

ちょっと今回は早めの更新です。(その分、週末の更新はありませんが)今回は色々過去に伏線と張ってきた部分が顔を覗かせている感じなので、なるべく今回見ただけで分かるようにしてありますが、分からなかったらまた昔を振り返ってみてください。


それにしても最近加筆修正を進めるにあたって、この話も段々と長くなってきたなぁと思う次第です。しかも、中々終わらないし、お付き合いいただいている読者様も一体いつ終わるの?と思ってらっしゃる方も多いかと思います。

・・・実はこの物語、まだまだ相当長く予定なんです。大きくは第4部を含めてあと2部、第5部までで一区切り「第1章」みたいな感じになるんですが、それが大きくあと3章、全第4章まで続く予定(?)なんです。でも、そんなに長々と続けていいものかと最近悩みを抱えている次第でありまして・・・、まあ第1章は必ず終わらせるつもりですし、なるべくなら物語を完結させたいなとは思っているのですが、予定は未定な状態であります。また、第1章が完結したらその詳細は発表したいと思っていますが、その事について何かご意見・ご要望があったら一報いただけると嬉しいです。では、後書きを長々と続けてしまい申し訳ありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ