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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
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第83話 後ろの正面だあれ? 1

 後ろを振り向くことなど幾度となくあった

 大切な人を失う度、弱い私は過去という名の後ろを振り返った


 両親・ユイア・エヴァ


 振り返ったその先には、私の人生の中の極僅かなる大切な人たちがいる

 彼らと目が合うたびに懐かしさと切なさに胸が詰まる思いがする

 失いたくなかった、でも守り切ることができなかった

 この人たちのためなら命など惜しくなかったのに、私の命のために散っていった人たち


―――忘れないで、生き続けて


 愛おしくも、呪いの如き彼らとの約束が私を優しく束縛する

 だけれど、ふと彼ら以外の視線を感じた

 顔が見えるくらいの距離にいる彼らと違い

 目を細めた先に、ぽつんと一つ立っている人影が目に入る

 これまで何度となく後ろを振り返ってきた人生を送ってきたが、あんな遠くに誰かいるなど一度として気がついたことはない


―――誰だ?


 遠すぎて性別すら判別できない人影

 しかして、ここには私にとって大切な人しかいないはずだ

 思い当たる人がなくて私は両親たちの横を通り抜け、その人のもとへ一歩足を踏み出そうとする

 だが、その私の視界を誰かが手で塞いだ


―――エヴァ?


 その気配の正体は誰だと問うまでもなかった

 よく知る気配、そして私の眼を覆うこの小さな柔らかい少年の手は彼以外に考えられない


―――だあれだ?


 そして、聞こえてくるその舌っ足らずなしゃべり方が、私の想像を確信へと変える

 なのに彼は自分がだれかと私に問う

 更にふふふと私の視界を塞いだままに笑う彼の気配が、どことなく私の知るエヴァとは違うような気がして、私は何となく不安になった



【後ろの正面だあれ?】



 眠りから覚醒へ促される時に感じる僅かに体が浮上するような感覚。

 だけれど、長い間眠りについていたような気がするのに酷く重い体と頭を私は不思議に思った。

「―――う・・・」

 まぶたを開こうとしただけで呻くような声が漏れ、その声を出した僅かな振動だけで体が酷く痛む。

 自分のものではないように体が重く、そして熱い。

 覚醒したばかりの思考は全くもって動こうとはしないが、ただいつもと違うということだけは理解した。


―――・・・長い夢を見ていたような気がしたが、何も思い出せない


 そして、不意に記憶を辿ろうとして唐突に罪人の巡礼地アークヴェルでの悪夢のような出来事にを思い出し、私は無理矢理に体の底から力を振り絞るように眼を開き体を起こした。

「・・・こ・・・こは?」

 出した声は自分のもとは思えないほどにかすれ、自分がとても喉が渇いていることに気がついた。

 次いで目を開いても輪郭のぼんやりとしていた視界のピントがあい、確かなものになっていく。


―――この場所には見覚えがあった


 薄暗く、湿気があって、硬く、狭く、冷たい・・・誰だってこんなところで眠りたくはないだろうというだろう場所どう見たって牢屋・・・だよな?

 ここ最近どうにもこの場所に縁があるなぁと、痛む体に集中できない思考の中で考える。


「ヒロ!お前っ、ヒロなのか?!」


 しかし、そんな私に唐突にかけられたのは耳が痛くなるほどに大きな声。

 ぼんやりしていたこともあり、私はその声にびくりと体を思わず震わせる。

「〜〜っ」

 しかして、体をほんの少しだけ震わせただけで全身に激痛がはしり、私は声なき叫びをあげてうずくまった。

「大丈夫か?!」

 声の主は唐突にうずくまった私に驚いたような様子を見せるが、私と人物を隔てる鉄格子に遮られて私に近寄ることは叶わない。

 だが、それでもうつむいた私の視界には、鉄格子ごしにその人物の靴が目に入った。

 それを見て、一つ声の主に思い当たる節を見つける。

 先が汚れたどうみても女性には見えない、それどころか男にしても大きな黒い靴。

 そして、一瞬分からなかったがどこかで聞いてことのあった、やたらと大きく粗野な声。

 私はそれを確かめるべく痛みの余韻が残る体に負担がなるべくかからないように、もう一度起こす。

 そして、想像通りの人物と目があった。


「アラシ・・・」


 そう、黒の雷オルヴァラのリーダーである彼は、私とそう年は変わらないはずだが、どうみても老けて見える毛むくじゃらのおっさん面を心配そうに、だが、どことなく驚いているような、緊張しているような様子で見下ろしていた。

 現状は分からないが、とりあえず、こんな顔で彼に見下ろされる覚えのない私は彼の様子に困惑を感じる。

 しかし、同時にとりあえずは自分がまだ生きていることと(こんな牢屋みたいな場所で、おっさん面が出迎えるあの世なんて私は認めない)、人間たちの中に帰ってきたことに安堵した(実は牢屋だとわかって、一瞬天使たちにまた捕まったかとも考えたのだ)。


―――だけど、待てよ?


 そこまで思考を進めてから、私は改めて自分の知り得る現状を整理した。

 人間たちの中に帰ってきた私が、どうして牢屋に入れられているんだ?

 一応、仲間・・・というのも微妙なところだが、とりあえず罪人の巡礼地アークヴェルでは人間軍の一員として戦った(まあ、途中からそんなこと頭になかったが)のに、その私が牢屋に入れられなければならないんだ??

 その疑問をせっかく都合よくアラシがいるのだと、彼に聞かないのは嘘だと思い口を開こうとした私だったが、それよりも先にアラシの方が言葉を発した。

「・・・本当にお前はヒロなのか?」

 しかも、そんな意味不明な言葉。


―――私が私じゃなかったら、誰だっつーんだ


 思った言葉は声にできず低い唸り声になるのみ。だが、顔に思いっ切りそう出ていたのだろう。

 私の言いたい事を汲み取ってかアラシは、僅かに強張っていた表情を緩めほっと息をついた。

「良かった。もう、二度とヒロには会えないのかと思ったぞ。」

 繰り返される理解できない言葉に私はただ眉をしかめるが、そんな私にもアラシはおっさん面をただ不器用に微笑ませた。




「お前は悪魔に体をのっとられてたんだよ。」


 アラシは私の帰還といっていいか分からないが、私の目覚めを一通り喜んでくれるとそう言って意識がない間の事を私に掻い摘んで話してくれた。

罪人の巡礼地アークヴェルからエンシッダ様直轄の精鋭隊に連れられて銀月の都ウィンザード・シエラに戻ったお前は人間じゃなくて獣だった。」

 そんな抽象的な言い方では分からない。

 少し落ち着きはしたが未だ痛む体が億劫おっくうで面倒で牢屋の硬い壁に体をぐったりと齎せながら私は視線だけでアラシに話の先を促す。

「目を血走らせて、獣みたいに唸り声をあげ、世の中全部を破壊しそうな勢いで、お前はただ魔力を溢れさせて暴れまくってたよ。俺が束になっても敵わない精鋭隊が10人がかりで抑え込むのがやっとの様子だった。そんな状態のままじゃ銀月の都ウィンザード・シエラは壊滅だ。そうさせないためにお前はこの魔力を抑え込む牢屋に入れられたって訳だ。そんで、3日間・・・今、こうしてお前が理性を取り戻すまでお前は寝食をすることもなくこの牢屋の中で暴れまくってた・・・まあ、記憶がないっつーなら信じられんかもしれないがな。」

 これがもし黒き神との記憶もないというのなら、自分の中から灰色の魔力が出てきたあの感覚を覚えていないというのであれば、そんな話は信じられなったに違いない。

 だが、あの時に感じた自分が自分でなくなる感覚を思い出せば、そうなる自分というものが想像できないわけではない。

 そして、更にこの酷く重く痛む体の説明まで付いてしまうってもんだ。

 だって3日間も眠ることもなく魔力を溢れさせこの牢屋の中で暴れまくっていたというのであれば、それも納得せざるを得ないだろう。

「そして、俺はこの牢屋の前でお前の監視をエンシッダ様に命じられた訳だが、話ではお前はお前の中に眠る悪魔に体をのっとられて二度とヒロに戻ることはないって聞いてたからな。思わずお前はヒロかって聞いちまったわけよ。だって、悪魔が外に出るための演技をしているかもしれないだろ?」

 牢屋の中で暴れまくっていた悪魔になり果ててあ私が急に静かになったんだ。

 そりゃ、アラシも警戒するわ・・・というか、牢屋からすぐに出してくれない所を見ると、まだ私だと信用しているわけではないのだろう。

「・・・それで、罪人の巡礼地アークヴェルはどうなった?」

 そうして、とりあえずの現状が理解できれば(まあ、悪魔どうこうとか私の体のことは分からんが)、気になるのは黒き神の憎々し顔と過去の悲しい思い出。

 肝心のところで切れている記憶に舌打ちをしたい気分だが、あの後、はたして私は黒き神に勝つことができたのだろうか?

 まあ、その辺りはアラシに聞いてもわかるまい(私を連れてきたというエンシッダ直轄の精鋭隊という人物たちならわかるかもしれないが)。

 だが、私は少しでも記憶が切れた後の事を知りたくて尋ねたのだ。

 しかして、返ってきたのは思いもよらぬ答えだった。


罪人の巡礼地アークヴェルは消えた。」


「?天使たちに破壊されたってことか?」

 意味は何となく理解できたが、何となくその言い方に含むところを感じて私は首を傾げた。

 そして、その違和感は当たっていたようで、アラシは私の問いに言葉を重ねる。

「俺にもよくわからねえけど灰色の塊みたいなのが街を襲ったかと思ったら、エンシッダ様から撤退命令が出て、そんで街を出たかと思ったら一瞬ものすごい衝撃があって、それで街ごと跡形もなく消えた。まるで、世界からあの街だけがえぐり取られたみたいに存在そのものが一瞬にして消えたんだ。」

「消えた・・・」

 アラシの説明はよく理解できた。

 恐らく灰色の塊というのは、黒き神というか私の影響だというのはおぼろげながらに想像がついた。

 しかし、それによって街が壊滅状態になったとかなら可能性はなきにしもあらずだが、街ごと存在自体が跡形もなく消えるなど、一体何がおこったというのだろうか?

 天使たちの新兵器か何かだろうか?

 それとも、私の記憶が途切れた後に黒き神が何かをしたのか?

 だが、色々と考えを巡らせる一方で、私はこれに似た話ををどこかで聞いたような気がした。


―――ヒロちゃん、呪われた街はどうなったの?


 熱ももった体が急速に冷めていくのを感じた。

 思い出したのはかつてエヴァと訪れた街での出来事・・・そうだ、あの街も『消えた』。

 罪人の巡礼地アークヴェルがどんなふうに消えたかはわからないから、断定はできないが少なくとも過去訪れたあの街も『消えた』と表現されるような終わり方をした。

 過去との思わぬ符号に痛みだけではない眩暈を感じ、嫌な予感に背中に冷たい汗が伝った。

 だが、感じる予感に対して確証はない。

 ましてや、考えていることが本当だったとして、だからってどうして自分がそれに怯えを抱いているのかも分からない。

 しかして、自分に絡みついていく幾重ものしがらみや偶然が気がつけば大きな一つの鎖となっているような気がしたのだ。

 今は何が何と繋がっているのかも分からない。いや、もしかしたら、それはただ臆病な私が感じる錯覚なのかもしれない。

 でも、今の私はそれが錯覚であろうとも、そう感じてしまう自分が怖かった。

第四部本格始動です。

アラシは第三部では登場してませんでしたが、第二部の流れのままに一応銀月の都にはいました。罪人の巡礼地でも闘っていたんです。

さて、これからヒロがどうなるのかも気になるところですが彼が言っている『消えた街』というのは、実は番外編『異邦の少年 亡国の遺産』に出てきている街のことです。番外編も見なくても本編を読み進めることに問題はありませんが、ご興味がありましたらご一読いただけると本編の謎のヒントがあるかもしれません。

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