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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第四部 罪深きは愛深き絶望
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第82話 声が聞こえる

 気がついたとき私はたった一人で世界に存在して、頭を抱えていた。

 何もかもがめちゃくちゃだ・・・私は何だ?私はどうしたらいい?

 もう何もかもが分からない。

 こんなことになった全ての始まりは、何だった?


 ハクアリティスを助けたことか?

 それともエヴァの封印を解いたこと?

 いや、ユイアを失った罪人の処刑台ディッチ・ア・ヴァリスだろうか?


―――違うよ


 何処かから声が聞こえた。

 軽やかなで男とも女ともとれるような綺麗で透きとおった声。

 誰もがその声に耳を傾けその声の言うとおりにしてやりたくなるような、あまりに魅力的な声。

 だが、私はその声に強烈な吐き気を覚えた。

 理由は知らない。

 ただ、声がいかに魅力的で素晴らしいものだと頭では理解できているのに、生理的に受け付けない・・・そんな感じだった。

 そして、その声の主を振り返った私のその思いは、更に強いものになる。



【声が聞こえる】



「―――ヴォルツィッタ」


 そこにいたのは年端もいかぬ少年、そして声と同様に非常に魅力的で愛らしい姿をしていた。

 大きな瞳に誰もを魅了してしまうような天使の笑顔・・・、だが、それ以上に感じるのは普通の子供がもちえないはずの色気とでもいうのだろうか、何故だか抗えないような力。

 それを前にして私の理性が「逃げろ」と叫んでいる一方で、その少年をどこかで見たことがあるような感覚にとらわれた。

「お前は誰だ?」

 そして、気がつけば明らかに子供に対するものではないような低い声で私は少年を威嚇していた。

「何言っているの?僕だよ!――だよ?ヴォルツィッタがつけてくれた名前じゃないか!」

 少年は私の言葉にひどく驚いたような顔をして、私の威嚇など気にした風でもなくおどけた様にいいながら頬を膨らませる。

「私はヴォルツィッタではない。」

「・・・冗談は一度だけにしてよ。」

 だが、私が否定の言葉を口にすれば一転して少年の纏う空気がガラリと変わった。

 禍々まがまがしいような、こちらが息をするのも苦しいくらいに威圧的な何かが生まれる。

「僕がどれだけ貴方のことを待ち続けてきたと思っているの?ずっと、ずっと傍にいてくれるっていったのに、貴方は僕を置いて行ったっ!!!」

 叫びがまるで力を持った針の如く私を襲った。

 形をもたぬその力に私は思わず片膝をつき、そこでやっと私は自分がいる場所の異常さに気がついた。


―――見える限り全ての世界が灰色に染まっている


 どうして今まで気がつかなかったのだろう。

 見渡す限りのすべてが灰色・・・ここはまるであの灰色の花園や異端の扉の先にあった封印された異端エルヴァナンドと同じではないか。

 そこで私はあらためて自分がここにいることの異様さにも気がつく。

 そうだ、私はあの灰色の花園で黒き神と対峙していたはずだ・・・それから、体から湧いてくる力に翻弄されて記憶がぷっつりと切れている。

 だが、そんな私の戸惑いなど少年には関係ないらしい。

「だから僕はもう貴方をどこにも行かせないよ。貴方は僕とずっと一緒にいるんだから。」

 激昂げっこうは一瞬にしておさまり、次いで出たのはささやくような誘うような少年の声。

 魅力的なその声に私の意識が何かに溶かされるように、思考力を失っていくのを感じた。

 しかし、それとは対照的に少年のものとは思えない強い力で腕を引かれ、同時に体の中に強い衝撃が走る。


―――・ぁ・・・・た・・・

 心臓を鷲掴みにされたような鈍く強烈な痛みに霞む意識の狭間で、微かに私の頭の中で響く声。

「お願い。僕の傍から離れないで。」

 少年の気配を近くに感じれば感じるほどに大きく強くなればなるほどに痛みは増し、朦朧もうろうとする意識はグワングワンとかき回され私の思考は更に失われてゆく。

 このままじゃ私が私でなくなってしまう・・・、先に黒き神によって目覚めさせられた灰色の魔力に思考が飲み込まれていった時と同じ感覚が私の中から湧いてくる。


「僕は貴方のもの。貴方は僕のもの。」


 しかして、その言葉と少年の笑いを含んだ声を聞いた瞬間に、私の意識が一瞬にしてクリアになった。

 更にフラッシュバックするように視界いっぱいに飛び込んできたの映像―――それは大きな血走った目玉の化け物。そして、私はそれと目が合って心の底から湧きあがるような恐怖に支配された。

「!」

 しかし、それは瞬間に掻き消え、代わりに頭をかき回されるような朦朧もうろうとした意識が鮮明になることで私は少年を力の限り突き放す。

「・・・ヴォル・・・ツィッタ?」

 まさか、突き放されるとは考えもしていなかった少年は呆然と私を見上げ、私は痛みと混乱に息を荒らげながら少年を見下ろす。

「だから、お前は何だって聞いているだろ?!私に何をした!!」

 八つ当たりだとは分かっていても痛む体も訳の分からないこの状況も、何もかもがこの少年のせいにしか思えない。

 声を上げながら網膜こびりついた映像の残像を振り払うように顔を掌で覆いながら頭を振り、痛む胸をもう片方の掌で押さえた。

 そんな私にそれまで余裕綽々よしゅうしゃくしゃくに見えた少年の表情が揺れる。

「なに・・・て、僕はただ貴方と一緒に―――」


「私は誰のものになる気はない!!」


 そして、気がつけば相手はいたいけな少年だという前提はすでに消え去って、私は怒りに似た感情のままに力の限り怒鳴り散らしていた。

 もちろん、怒りには理由がある。

「私は私のものだ!」

 誰かの所有物になるなんて聞いただけで吐き気がした。

 そうか、私がこの少年を生理的に受け付けないのは、少年の頭にそういった考えがあるからなのだと痛む体を引きずりながら私は思った。

 しかして、その理由が分かれば不思議と冷静さを取り戻せた。

「私は罪人だ。だが、私は私だ。罪を償うのも誰と一緒にいるのも、私の全ては私が決める。お前に決められるものなど何一つありいはしない。」


―――愛しているわ、ヒロ

―――僕を忘れないでね

 脳裏に浮かび上がる私を置いて行ったユイアとエヴァ、大切な二人の最期。

 大切な人、一人守りきれない私は決して幸せになることなどないだろう。

 だが、それでも二人は私に生きろとっていくれたのだ。

 私として生きること、二人を忘れずに罪を背負って生き続けることが私の贖罪。

 だからこそ、少年の言葉は私が決して受け入れることなどできやしない最低最悪の言葉なのだ。

 誰かのものになる、誰かの言う通りになる。

 それはそれで楽で幸せな道なのかもしれないが、それは罪人である私が決して受け入れてはならないもの。

 そして、それだけではなく私という根本とも決して交わらない思考。

 だから、気がつけば私は無情に少年に告げていた。


「消えろ。」

 私の言葉に泣きそうに歪む少年の顔。

「ヴォ―――」

 冷静に告げる私に乞うように少年が手を差し伸べる。そして、それを手酷く振り払う。

 しかし、その反面で少年の悲しげな表情に動揺する私がいた。

 少年にこんな言葉を告げたくない。もっと、優しくしてやりたい笑顔にしてやりたい。

 そんな嫌悪とは相反する気持ちが過るのだ。ありえない感情の同居に、自身のことが分からなくなる。

 この少年を前にして灰色の魔力とは異なる感覚で自分が自分でなくなる様が怖かった。だから、告げた。


「(頼む!)私の前に二度と現れるな。」


 そう。言葉はもし言われたら自分でも泣きそうになるほど冷酷な言葉なのに、心の中では少年に祈るように告げていた。

 少年が何者かも、自分が今どういう状況なのかも分からず、少年に対して強烈な嫌悪感を抱いているにも関わらず、私はそんな感情のままに少年を突き放した。

 そして、私の祈りが届いたのか知らないが、ひどく傷ついた顔をしたまま少年はまるで蜃気楼しんきろうのように灰色の空間の中に溶けるようにして消えていった。

 ほう・・・と、思わず息を吐く。

「い・・・」

 だが、少年が消えてなお残る痛みが安堵した体に強烈に戻ってくる。思わずうずくまる私。

 胸の痛みは少年が消えたことで、さらに増したようにさえ感じた。


―――本当に私は一体どうしてしまったのだろう?


 世界のことなど何も分からないままに自分の考えだけで自分の人生を生きてきた。

 それでも幸せになりたいと、大切な守りたいと力を求め、だけど何一つ守れず私はまるで自分と周りを傷つけるだけの時間を過ごしてきた。

 いっそ、このまま痛みに身を任せこの灰色の空間にまぎれて静かに眠りにつきたい・・・、痛みに気弱になった心が私にそんな風に呟く。

 だが、私の罪がそれを許しはしないのだ。

 私はうつむいた顔を上げると胸を押さえたまま再び体を起こし、少しでも状況を把握するために辺りを見回した。


「よう。」


 そして、少年が消えた今、誰もいないはずだった空間に新たなる登場人物の声が聞こえた。

 振り返る私。

 そこには見覚えも特徴もない、どこにでもいそうな平凡な若い男が立っていた。

 だが、見覚えはなくとも私はそれが誰だか瞬時に理解した。


「あんたが悪魔ヴォルツィッタ・・・か。」


 そして、男の方も私のことをしっているのだろう、私の言葉に肯定の意を示すように口元だけで笑いを作った。

 その笑い方は何となく自分と似ているなと思ったが、その他は私と何一つ共通点も見当たらない男。(まあ、何の特徴もないって辺りは共通点といっていいのか?)

 だが、それでも私はこの男が悪魔だとわかるのだ。

 多分、これが同じ魂を共有しているということなのだろう。いや、普通は同じ魂を共有していたらこんな風に相見えることなど叶わないはずだ。

 だが、このときの私はそんなことなど考える頭もなく、ついて出た自分の言葉に確信を持っていた。

「ああ。一応はじめましてってことになるのか?お前にはえらい迷惑をかけているな。ヒロ」

「全く。おかげで厄介事ばかりだ。」

 皮肉を返してみたものの、不思議と何故だか彼を責める気持ちは私にはなかった。

「だが、可哀そうだがお前はこれらかも厄介事ばかりの人生だ。」

「どういう意味だ?私がお前の生まれ変わりだからか?だが、私にはそんなもの関係ないだろう?」

 だけど、そう言われては思わず眉を顰めてしまうというものだろう。(私は厄介事引受人じゃないんだぞ!)

 だが、悪魔は私に予言のように確信めいた言葉を告げるのだ。

「もちろん、それもある。だが、俺の生まれ変わり・・・それだけが理由じゃない。さっき、言ってたろ?お前がお前であること・・・まさにそれがお前が世界の『楔』たる所以ゆえん。そして、それ故にお前はその運命から逃げ出すことだなどできない。」

 エンシッダが同じような事を言っていた。

 だが、『私が私であることが世界の楔たる所以ゆえん』?そんな謎めいた言葉は理解できなかった。


「俺の言葉が理解できないか・・・まあ、まだ今はいいさ。お前はアイツに決して屈することがなかった。それこそが、俺が求め続けてきた世界の『楔』である証拠。さあ、お前はもう現実世界へ帰れ。ここは俺や黒き神がいるべき場所だ。」


「アイツ?あの少年のこと―――な・・・にっ!」

 勝手に納得して話を打ち切った悪魔に追いすがる私。

 しかして、ぐいっと体を引かれるような感覚・・・次いで悪魔が視界から遠ざかってゆく。

 灰色だけの視界に次第に様々な色が混じり次第に白い光へと姿を変える。そして、その中で悪魔の声が聞こえた。


「だから、頼む。どうか俺の罪を、世界の罪を・・・お前が断ち切ってくれ。」


 その言葉がどういう意味かはこの時点で私が知るはずもないことなのだが、意味など知らずとも厄介事の匂いがぷんぷんするその言葉に私は気持が酷く重くなるのを白い光に溶けゆく意識の中で感じていた。

久しぶりに書くヒロ視点の話で第四部開始です!まあ、プロローグ的な話なのでなんのこっちゃといった感じかもしれませんが、そのあたり次回からまた明らかになってゆく予定です。

しかし、やっぱりヒロ視点の方が何かと物語を進行しやすいような気がします。さすが主人公!しかし、第四部はヒロ以外にも色々な視点で物語が進行していく予定ですのでよろしくお願いします!



追記(撤去した◆お知らせ◆をここに残しておきます。第四部と加筆修正は並行して行う予定です。)

08.4.12から前々から告知しておりました通り加筆修正を開始いたしました!

サブタイトルも変わっていますが、どこまで進んだかは第○話のところを見てもらうとわかりやすいと思います、加筆修正が終わってない方は漢数字・終わっている方は普通の数字になっています。

しばらくは第4部の更新よりも加筆修正を優先させていきたいと思っていますので、もし第4部を楽しみにしていた方には申し訳ないのですが、加筆修正でいくらか内容も変更しようかと思っていますので、お暇なときにでもここが変わっているとか探していただけると嬉しいです。

また変更したことによる感想などもお待ちしております。

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