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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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閑話 貴方のためだけに私は歌う 後編

 全ての過ちの始まりはヒロに告白をされた夜に見た夢。

 目が覚めても決して忘れ得なかった鮮明なその夢の中で、私は一人の美しい女性の天使に出会った。

 純白の翼、亜麻色の髪、白い肌、スミレ色の瞳。

 何もかもが美しく輝くその姿に私はうっとりと見とれ、その美しさによく似合った優しげな微笑みに心を奪われた。

 だけれど、その美しき天使は私に唐突に残酷な言葉を突きつける。


「ねえ、貴方の愛する男にはすでにその胸に愛しい人がいる。」


―――・・・え?


「あら、知らないの?貴方は所詮『彼女』の身代わり。じゃあ、どうして彼はエヴァを求めているかも知らないのね。」


―――それはお父さんの遺志を継いで・・・


「ふふふ、そんな嘘を信じていたの?考えてみなさいよ、エヴァは人間の願いを叶えてくれる存在よ?普通は願いがあるからこそ探すものじゃなくて?そして、彼の願いはただ一つ愛する女に逢うことだけ。」


―――ヒロは私のことを好きだっていったものっ!

 何が何だか分からずに進む話の中で置いてきぼりにされていた私だけど、それでもたった一つだけ譲れない思いがあったから、私は叫んだ。


「そうね、生きている者の中では貴方が一番かもしれないわ。でもね、死者も含めたらどうかしら?その中で貴方は一番彼に愛されている存在かしら?」


―――死者?死んでしまった・・人?


「そう、彼が愛する『彼女』はもう既に死んでいるわ。『彼女』は彼のために命を賭した。彼が肌身離さず持ち歩いている黒の剣ローラレライこそがその証。黒の剣ローラレライに眠る大いなる力を彼に与えるために『彼女』はその命を捧げた。」


―――自分の命を・・・?


「そう。力を得るための対価が命そのもの。そして、彼を救うため彼女は躊躇いなく黒の剣ローラレライでその心臓を突き刺した。・・・貴方、それだけの愛に、命すらも躊躇いなく捨てた『彼女』に勝てると思っているの?」


―――あ・・・ああっ


「そして、それだけの愛をもらっていてあのお人好しの男がそのままにしておくと思っているの?ここまで言えば分かるでしょ?彼は『彼女』を蘇らせるためにエヴァを求めているの。父親の遺志を継ぐなんて真っ赤な嘘。彼は貴方よりも愛おしい『彼女』を―――」


―――いやあぁぁぁっ!!!!



「ヨミガエラセヨウトシテイルノヨ」




 そして、私は目を覚ました。

 破裂しそうなほどに高鳴る心臓の音と荒い息遣いが耳触りで、怖いくらいにかいている寝汗でべっとりと肌着が張り付いてしまっているのが酷く不快だった。

「な・・・に?今のは・・・ゆ・・め?」

 起きてみればいつもと変わらぬ貧しくも見慣れた自室。何もかもがヒロに告白されて幸せなままに眠りについた時と変わりないのに、どうしてあんな夢を私は見たの?

 今の夢さえなければ、愛する人と気持ちを通わせたという幸せの絶頂にいるはずの私。

 だけれど、幸せすぎるということは不意に人を不安にさせる。

 こんな幸せがいつまでも続くものか、そもそもこれは本当に現実なのか、そんな取り留めのない不安が私をむしばみ・・・それが私にこんな夢を見せた?

 そして、その不安は夢の中の言葉すらも私に現実味を持たせてしまった。だから、私は尋ねずにはいられなかった。


「・・・ねえ、もし本当に『翼』があったら、ヒロは何かお願いすることがある?」


「そうだな・・・、別に今はないな。」

 そのまっすぐな言葉を信じていればよかった。

「本当?」

 そう聞き返してはならなかった。

「誰かに会いたいとかないのっ!?」「私は、ヒロとずっと一緒にいたい。」

 そう言って私はヒロを疑ってはならなかったのだ。

 そして、巡る巡る疑心や不安は次第に私の思考能力を奪い、気がつけばまるでマインドコントロールにでもかかってしまったかのように私はあの夢の中の天使の言葉を信じてしまっていた。



 異端の扉の先で私を守るためにおとりとなったヒロ。それを呆然と見詰める私の前に再び現れた天使。

 彼女は夢の住人ではなったの?それとも、これは夢?

 そして夢の時と同様に私のことなどお構いなしに天使は唐突に話し出す。


「彼を助けたい?じゃあ、自分の胸を黒の剣ローラレライで突き刺しなさい。そうすれば貴方の命を代償に神がヒロに力を与えるでしょう。更に貴方はもれなく『彼女』と同じことをしたことになり、彼の中で『彼女』と同等になることができるわよ?」


 後から冷静になって思えば、どうしてこんな信じられないような提案に乗ったりしたのだろう?

 まあ、確かにあの時のヒロが目の前で今にも巨人の手に叩き潰されてしまいそうな状況において、私には天使のその言葉にすがるほかはなかったのかもしれない。

 だけれど、それだけだった?

 うん、分かっている。本当はヒロを助けるというよりも、天使に洗脳されていた私には天使の言った後者の提案の方が魅力的だった。

 ヒロの中の一番になれる。『彼女』に勝てる。

 その事の方が、ヒロを助けることよりも遥かに自分の命を捧げるための理由だった。


―――本当に泣きたくなるくらいあの時の私は愚かだった


 そして、私は自分でも呆気にとられるくらい何の躊躇いもなく天使が差し出す黒の剣ローラレライを受け取っていたのだから。

「さあ、黒の剣ローラレライで自分の胸を貫くのよ。そうすれば貴方の命がヒロに大いなる力を与える。更にあの巨人も死ぬわ。」

「どうして?」

「あれは灰色の魔力に汚染された哀れな巨人族。黒の剣ローラレライに眠る黒の魔力を引き出せば、灰色の魔力は消滅し巨人も消えてなくなるというわけ。」

「ふーん、そうなの。」

 自分で聞いてくせにあの時の私は気がつけば、自分が発した疑問よりも手の中にある黒の剣ローラレライが気になって仕方がなかった。

 これはヒロを縛る『彼女』そのもの。だけれど、これからは私が『彼女』になることができる。

 それこそが何よりも正しいことだと信じ、私はよほどヒロに告白された時よりも幸せに包まれていた。

 だって、そうでしょ?

 ヒロに告白されて彼と生き続けていても未来はどうなるか分かったものじゃない。だけれど、ヒロに一番愛されたまま死ねば私は彼の中で永遠に一番愛されたまま生き続けることができる。そんな醜い愛が私の中で渦巻いていた。


 だけれど、それはヒロの気持ちを置いてきぼりにした、あまりに独りよがりな愛の形・・・私はそれにやっとヒロの言葉を聞いて涙を見て理解することができた。


 でも、それはもう後戻りができなくなった後、その時になって私はこの目の前の天使に自分が騙されたことを知ったの。

「ふふっ、これで悪魔の体は黒き神もの。でも、心配しないでヒロと黒き神の間に結ばれる契約が果たされれば、貴方の願いもちゃんと聞いてあげるから。」

 そう。天使の目的は私の愛の成就などではなく、ヒロの体をどうにかすること・・・詳しくは分からないけど何にしても楽しい話じゃないのはすぐにわかった。

 ヒロのため・・・ううん、自分のためにしたことでヒロに何かあったりしたら私は悔やんでも悔やみきれない。

 だけれど、天使の告げた言葉に証拠にもなく私は揺らぐの。

「(私の願い?)」

 声は無論出ない。だけれど、天使には私の考えていることが分かるらしい。

「ヒロと黒き神の契約が結ばれたとき、貴方は所詮はヒロに契約を結ばせるための駒にすぎないけれど、それに見合った対価はあげるわ。ヒロは永遠に貴方を思い続ける、貴方以外はヒロは愛せなくなる。貴方が望めばそういう願いも聞き届けられるようになるでしょう。どう、嬉しいでしょ?」

 要するに私の命を使って黒き神という存在にヒロを売り飛ばす代わりに、私にヒロの心を永遠に暮れるということだと思う。


―――確かにちょっと前ならば、飛び上るほどに嬉しかったかもしれない


 だけれど、ヒロの涙を目の前に私がそれを望むなんてこの天使は本当に思っているの?

 だから、でききることならば私は力の限り首を振りたかった。

 でも、それすら生きる力が失われようとする私にはすることがかなわない。何もかもがもどかしく自分の不甲斐なさに涙がにじむ。


―――こんな最後は嫌!こんな思いを残したままに自分の命が終わるのは、ヒロの最後の目に留まる自分が!!!



『黒き契約の前に立つ貴方。貴方の願いは何?』

 しかして、天使のほかに聞こえてくる声。

「(けいや・・く?)」

 体の中に響いてくるような優しげな声。実態はない。だけれど、不思議と恐怖はなかった。

『私の黒の契約を司りし黒の剣ローラレライ。剣に命を捧げ契約の履行を求める貴方。さあ、貴方の願いは何?』

 だからかもしれない、死の恐怖や天使に対する悔しさなど様々な感情が溢れていたはずなのに私の心はすぐに静けさを取り戻し黒の剣ローラレライに次の言葉を告げていた。

「(ヒロに貴方の力をあげて!)」

『あら?心配しなくても貴方が彼のために命を捧げたという行為だけで彼には力が与えられるのよ?それが黒の一族と黒き神との契約だから。だから、貴方は貴方の願いを言えばいいわ。』

「(違う!私はいいの!!ううん、私の願いがただそれだけなのよっ)」

 難しいことは分からない。けれども、黒の剣ローラレライの言うことも天使の言うことも私は何一つ信じられなかった。

 信じれられるのは自分の中にあるこの願いと、目の前でかすみつつあるヒロの涙だけ。


「ユイアァァ!!!!」


 耳に聞こえる彼の胸が張り裂けてしまいそうなほどに切ない慟哭どうこくすら私にはもう遠い。


―――ごめんね、ヒロ。本当はずっと一緒にいたかった


『本当にいいのですね?願いを聞き届けるのはたった一つ。貴方は自分の恋人の心を永遠に自分のものにしておくことを望まなくてもいいのですね?』

 この声はもしかしたら『彼女』なのかもしれない。天使の言葉を信じるならばヒロが一番愛している『彼女』。

 だから、きっとこんな事を言うんだろう。自分がしたことを私がしないことを不思議がっているようなそんな声色のような気がした。

 だけど、もういい。


「(ええ。私の願いはヒロを助ける力の解放だけ)」


 確かにそれを願えばヒロを永遠に私のものにしておくことはできるかもしれない。でも、それによってヒロはきっと永遠に苦しむことになる。

 そんなことは絶対いやだと、ヒロの涙見て気がつくことができたから。

 だから、そうならないためには私の願いはこれしかない。

 そして、私の願いは聞き届けられた。

 私の命を引き換えにヒロは黒の剣ローラレライの力を得て、私は黒の剣ローラレライの中で永遠の闇の中に取り込まれることとなった。

 そのことに後悔はない。

 ヒロの姿を見ることも感じることもできないことは悲しいけど、だけれど誰よりも彼の傍いられることは私の幸せだから。


―――でも、たった一つ気になることがある


 それは私は願っていないはずなのに、ヒロの心が未だに私にとらわれて本当に幸せになっていないということ。

 そして、黒の剣ローラレライとは別の大きな力と共にヒロの中に目覚めたもう一人のヒロの存在。

 そのもう一人の存在のせいでヒロがだんだんと薄くなっているのを感じる。このままじゃ、ヒロ自体の存在が消えてしまう予感がした。

 だけれど、こんなにそばにいるにも関わらず、もう私にはヒロに何一つしてあげることは叶わない。

 だから、私には永遠の闇にとらわれながら、願い続けることしかできないのだ。


―――誰でもいいからヒロを助けてっ!!!


 そう、血の涙を流しヒロを思って歌い続けながら・・・

ユイア視点終了です!こんなんでまとめきれいるか不安ですが、いかがでしょうか?ユイアは黒の剣の中でヒロを見守り続けているんですね。ヒロはそれをあまり感じていないようですが・・・、未だにすれ違い続けている二人です。いつか、この二人にも報われる日がきたらいいな・・・とは思っているんですが、さてどうでしょう?

次回は第三部のあらすじとかです。プラス毎回お送りしているあてにあらない第四部の予告をお送りしたいと思っていますのでお楽しみに!(ほんとに当てになっていないんですよね。すいません(笑))

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