閑話 貴方のためだけに私は歌う 前編
♪そこに、貴方はいるのでしょうか?
私には貴方が見えないのです
貴方、道に倒れていないでしょうか?
貴方、誰かに傷つけれていないでしょうか?
貴方、未来を見失っていないでしょうか?
ああ、貴方のことを思うだけで心が引き裂かれそう
私は貴方のことだけを思って、眠りにつきます
せめて、貴方の夢を見れるように・・・
昔、貴方が上手いと言ってくれた他愛もない恋の歌は、今はもう貴方にとって呪いの歌のようになってしまったかもしれないね。
貴方は知らないけれど、本当は誰よりも近くにいるのに永遠に触れ合うこともできない私と貴方。
永遠に焦がれ続ける互いの思いが、いつの間にか美しいあの思い出を憎くい悲しい残像に変えて貴方を苦しめ続けている。
なのに、私はこの歌を歌うことをやめられない。貴方を苦しめたいなんて思っていないのに、やめられないの。
・・・ううん、きっと違うね。
むしろ私の死によって優しい貴方が私を永遠に忘れなければいいと、その苦しみが大きければ大きいほどに、それが貴方の愛の証に違いないと愚かな私は思っていた。
そして、貴方のことを信じきれずに『彼女』の口車にのせられて、あの時の私はそんな醜い妄想に囚われて貴方を裏切った。
―――だから、罰があたったのね
貴方が涙を湛えて私に告げてくれた愛の言葉を聞いて、私は驚きと嬉しさに愕然とした。
そして、こんな形で私の死という最悪の思い出で貴方を縛ったところで、お互いに苦しくて悲しくなるだけだと、これでは私も貴方も幸せになどなれない。むしろ、貴方の人生に私という影が醜く残るだけじゃないかと、そんな誰でもわかる結果に私はやっと気がついた。
・・・でも、それは全てが終わった後で何もかもが遅かった。
そして、私は永遠の闇の中で貴方を思って届かない歌を歌うことしかできなくなった。
いつでも貴方の傍にいるというのに貴方の声も体温も感じられない闇の中で、貴方が幸せかどうかも知ることができず、ただ貴方のことを想い続け歌い続けることしか私はできない。
でもね、今は私・・・後悔していないよ。
それは、自分の間違いに気がついたときは胸を掻き毟るくらいの後悔の感情に支配されたけれど、それでも最後に貴方の心に触れることができて、私は死の瞬間も貴方を純粋な気持ちのままに、ただ貴方の幸せを願っていられたから。
―――だからね、貴方に永遠にあえなくなっても、ただ貴方を想っていられるだけで私は幸せよ・・・ねぇ、ヒロ?
【貴方のためだけに私は歌う】
両親がいないくて、貧しいくて、生きることで精一杯・・・そんな不浄の大地には五万といるだろう平凡な娘の一人。それが私、ユイア。
だから、ごく一般的なアーシアンと同じように私は自分自身しか信じることができず、自分が生きるためだったら他人なんてしったこっちゃない・・・そんな風に思って生きてきたし、その生き方に何の疑問も抱いたことはなかった。
だけど、私は一人の男に出会って違う生き方もあるんだということを知った。
そして、同時に誰かを信じることの幸せとそれに伴うその人の強さを知った。
その人の名前はヒロ。
―――私が短い人生の中でたった一人好きになった人
『人間、騙すより騙されろ。相手を恨む気持ち悔しい気持ちはあるが、だからってそれで相手を仕返しをして苦しめて自分が後味悪くなるのは嫌だからな。』
彼がそう言ったのは、さる人物に騙された直後のこと。
結構ひどい目にあったはずなのに、それでもそう言ってバツが悪そうに笑う顔は別に大してカッコいいというわけじゃない、どこにでもいそうな凡庸な青年。
話を聞けば貧乏くじばかりを引いてきた如くのその人生。
だけど、そんな目にあってばかりなのに、それでも見ず知らずの他人が困っていれば面倒だと言いながらも必ず自分のできる限りで人を助けたりして、本当に馬鹿なのかお人よしなのか分からないようなヒロ。
『私は父親が何を調べていたか知りたい。でも、これは私の問題だ。ユイアには話を聞かせてもらえただけで十分感謝しているよ。』
そのくせ誰かに助けられたりすることにはどうにも抵抗を感じるらしく、変なところで頑なで不器用な人。
ヒロの傍にいると心が暖かくなった。幸せな気持ちになった。
そんな彼を好きになったことを私は自分が世界から消えるその瞬間まで、いいえ、世界から消えた今でも後悔したことは一度だってない。
さて、ヒロと出会ってそんな感情を持つまでに至った私だけど、思い返してみても彼との出会いは特に何か運命的なものがあったわけじゃなかった。
それは町の宿屋で働いてた私と、その客としてその宿屋に滞在したヒロという平凡すぎる出会い。
ヒロは彼の父親がずっと調べ続けていたことを知りたいと言って、私が住んでいる町の近くにある亡国の廃墟にやってきたと話していた。
そして、その場所にまつわる昔話を私が知っているというところから私たちは親しくなった。(実は最初にヒロがその話を聞きたいと言ってきたときは、下手なナンパかと思ってかなり邪険に扱ったりしたけど)
最初は町の外のことを知っているヒロに興味があっただけ。
だから、ヒロに昔話を教える一方で私も負けじと彼を色々と質問攻めにして、それに対してヒロは一見ぶっきらぼうそうに見えるけど、どうやら押しに弱いのか面倒そうにしながらも私の疑問に丁寧に答えてくれた。
そして、そんなやり取りの中でヒロの見せる不器用な笑顔や優しさ、今まで出会ったことのない種類の人間であるヒロに私は気がつけば恋心を持つまでになっていた。
でも、彼は流離人と呼ばれる定住をしない一族・・・、調べ物が終われば町を出て行ってしまうことを知っていた私は彼にこの気持を打ち明けることを躊躇った。
ヒロと一緒にいたい気持ちは苦しいくらいに私の胸の中に存在している。
だけれど、だからって町の外は死の世界だと教えられて育った私にとっては、彼と一緒に不浄の大地を旅することは彼に気持ちを打ち明けることを躊躇わせれるのに十分な要因だった。
それに例え私が彼をこんなに想っていたところでヒロの気持ちが分からなくて、それもまた私を不安にさせる。
気持を伝えて断られたら?
想いが通じ合ってもその後、私たちはどうなってしまうの?
そんな自分の中で悩んだところでどうしようもないことばかりを考えて、私は気持をヒロに気持ちを伝えないまま、いっそ、ヒロに対するこの気持がなくなってしまえばいいのに・・・そんな思いすら抱いた。
まあ、だからってこういう類の感情は理性で制御できるわけがなく、相反する気持ちの中で、ヒロと一緒にいると嬉しいのに苦しい気持ちが私の中で渦巻いていた。だけど・・・
「君が好きだ。だから、私と一緒に生きてほしい。」
て、ヒロに一言そう言われたら、あんなに悩んでいたくせに何の躊躇いもなくすぐに私はそれに頷いていた。
結局、頭で色々考えていたってヒロと一緒にいたいという気持ちが何よりも私の中で強かったということなのだけれど、自分で自分に思わず呆れた。
ヒロと一緒に生きていくことに不安がないわけじゃない。でも、それよりもヒロと一緒に生きていくことに喜びを私は感じてたんだと思う。
―――きっと私は誰よりもヒロを愛している
気持ちを尺度で測ることなど神様にだってできることじゃない。
だけれど、この時の私の中にはそんな根拠のない確信が過り、ヒロと心を通じ合わせたことが本当に人生で何よりも素晴らしいことだと感じていた。
―――なのに・・・どうして?私は何を間違ったのだろう?
動かない体に剣の突き刺さった左胸からは痛いくらいの熱を感じているのにそこに吸い取られていくように冷たくなっていく体温。
その体温と比例するかのごとく、急速に動かなくなっていく体は叫びたいくらいの戦慄を感じているのに何一つ言葉にできない。
意識ははっきりとしているのに、何一つ自由にならない体に私は愕然とした。
・・・どうして?
口を開き私を見てみっともないまでに涙を流すヒロを慰めてあげなくちゃいけないのに、どうして私は何もすることができないの?
それにどうして、ヒロはこんな顔をしているの?何が悲しいの?
私はただヒロとずっと一緒にいたいから、ヒロの中の『彼女』に勝ちたいから自分の身を貴方に捧げるのよ?全ては私が望んだことなのよ?
そして、これが私たちが幸せになるたった一つの方法じゃない。
なのに、どうしてヒロは泣くの?
「ユイアを・・・お前を・・・・あ・・・い・・・してるんだっ!だから、失いたくないのに・・・ど・・・してっ!!!!」
その言葉を聞いて私は初めて夢から覚めた様な気分になった。
そうだ、私はずっとヒロと一緒にいたいと思っていた。
でも、それはこんな形じゃなかったはず、こんな風に彼が泣いていても抱きしめてあげられもしないなんて・・・嫌っ!
ずっと、そう思っていたはずなのに私はどうしてこんなことになっているの?
その時、私は初めて自分が犯した間違いに気がついた。
ヒロにそれを訴えたくて溺れた人間のように口をパクパクさせるが、動かない私の体はヒロに何も伝えてはくれない。
―――ああ、このままじゃヒロが私のために永遠に悲しむことになるっ!
それだけは嫌でなんとかヒロに自分の心を伝えたい、せめて最後に一言伝えたいと思うのに、体はどんどん生気を失っていくように冷たく固まっていく。
悔しさと悲しみに涙が出た。
そして、涙に滲む視界の先にヒロだけじゃなくて別の人物の影が過った。
その人影を見た瞬間に、剣の刺さった冷たい胸に怒りの炎が燃える。
「今更、後悔しても遅いわ。」
その人物は私にしか見えないのか、ヒロを通り抜けて私の傍らに立つ。
「――(誰のせいでっ!)」
言いたいことは山ほどあるのに、今の私には何も伝えるすべはない。
ただただ、心の中で怒りと憎しみの感情を募らせるだけしか私にはできない。
そう。こんなこのになったのは全てはこの美しい女の天使のせい。そして、その口車に乗ってしまった私のせい。
私はただただ口惜しく、その天使を睨みつける。
それに対して天使は美しい笑みと底知れぬ冷たさを湛えた瞳で、私を見下ろしていた。
ヒロの恋人ユイアのお話。本編でいくつか意味不明だった彼女の行動の意味をここで明らかにできたらと思っています。後編は少し更新が遅れるかもですが、ご容赦ください。
ちなみに今回のサブタイトルは『第49話誰がために君は歌う』と対な感じにしてあります。