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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第81話 悪魔の遠吠えが聞こえる 4

「・・・どういうことだ?」


 悪魔の確信めいた言葉に神の確固かっこたる何かは砕け、ぼさぼさの前髪の向こうに見える黒々とした瞳が僅かに不安げにまたたいた。

 それに追い打ちをかけるような悪魔の淡々とした声。

「貴様と俺と俺の恋人ローラレライの間に交わされた契約。貴様はローラレライの心の隙をつき俺を永遠に彼女の恋人でいさせてやると彼女に持ちかけた。その対価としてローラレライは自らの命を差出し、俺は自分の意志とは関係なくローラレライの命のそのものである黒の武器カシュケルノの力を得た。」

 ぐらりと灰色の魔力の密度の濃さで視界が揺らぐ。

 それは恐らく声には見せない悪魔の感情の波なのかもしれない。

「そして、黒の武器カシュケルノの力を得た対価として俺は自ら望まざるして貴様の下僕となり果てた。ヒロにも俺と同じように恋人だった娘をそそのかそうとしたんだろう。ヒロを永遠に自分のものにしたければ、その命を捧げろ・・・と。無論、そうすることでヒロが黒の武器カシュケルノの力の対価にお前の下僕なることなど何一つ言わずに。」

 黒き神は悪魔を下僕にさせるために本人がそれを了承するわけがないから、彼らの恋人を利用してそれを実行したのだ。

 しかも、その恋人の命を利用するという最悪の形で・・・

 黒の武器カシュケルノの大いなる力の裏に、そんな事実があるなど天使が知るはずもない。

 改めて黒き神の卑劣ひれつさに吐き気を覚えた。

「だが、残念だったな。ヒロの恋人はお前の甘いささやきに最後は耳を傾けなかった。彼女はヒロを永遠に自分に縛り付けることよりも、ヒロを助けるために力を与えることを願った。故にヒロは黒の武器カシュケルノの力を得たが、それは貴様とヒロとの契約ではなく貴様とヒロの恋人の間の契約となった。そして、彼女はすでに命という対価を支払っている。」

 そして、静かなる長きにわたる悪魔の告白は、黒き神に明かなる驚愕きょうがくを与える。


「ま・・さか、あの女は望まなかったとでもいうのかぁ?!ヒロを、愛する者を永遠に自分のものにすることを?馬鹿なっ!!!それにさっきヒロは俺の前に崩れ落ちたじゃねぇかっ!それは俺の下僕なり下がった、何よりの証拠だろうぉ?!!」

 理解できないと言って汚ならしく悪態あくたいをつく彼を、神だと思うものは誰もいないだろう。

 むしろ超然ちょうぜんとして彼を見下すような冷たい瞳をたたえる悪魔の方が、よほど神らしい。

「それはヒロが灰色の魔力に痛みを感じただけ。決して貴様との契約の前に屈した訳じゃない。でなければ、俺が貴様にこうして刃を向けられるわけがないだろ?」

 しかして、怒りと混乱に我を失っている黒き神に悪魔は言葉を証明するかのように、完全なる不意をつき死の魔女を黒き神に襲わせた。

 神は突然のことにそれを避けることもできずして、死の魔女は神の体にまとわりつき彼を瞬時に拘束した。

「離せぇ!!!」

「そう言われて離すはずがないだろ。」

 激しくもがき死の魔女に剣を突き付けたり殴ったりしてみるが、対して彼女と言えば実体のない魔力の塊なのだ。何をされたところで黒き神の攻撃など微塵も感じず、黒き神を捕えて離さない。

「俺としてはこんな貴様を殺す絶好の機会を逃したくはないけどな。今の貴様は所詮しょせんは影。殺したところで何になるわけでもないし時間もない。・・・さっさと消えてもらおうか。」

 そして、悪魔は静かにそう告げて気がつけばわめきまくる囚われの神に突進し、死の魔女を突き抜けて黒の剣(ローラレライを突き刺して黒き神を一瞬にして消し去った。

 神の強烈なる印象にしては、あまりに呆気なさすぎる幕切れ。

 後に残ったのは黒の魔力の名残と、悪魔に吸収されたが濃密に残る灰色の魔力の気配、そして悪魔と妻と呆然と立ち尽くす俺・・・


「まったく、あの男はいつもいつも面倒な男だ。」

 しかし、どうにも流れる微妙な空気の中で悪魔が発したのはそんな愚痴にも似た独り言。

 俺はそんな様がどうにもヒロと重なってしまい思わず笑みを浮かべた・・・と悪魔がそんな俺をまじまじと見ていて、ぎくりと心臓が跳ねる。

「―――あ」

 どうにもバツが悪い。

「何が楽しいかは知らないが、万象の天使。何度も言っているがお前はさっさとここから逃げろ。灰色の魔力は今は全て俺の体の中に納めてあるから、今なら逃げやすいだろう。後、他に罪人の巡礼地アークヴェルに残っているやつらに避難しろと警告するのも忘れるなよ。」

 しかして悪魔はそう言い捨てて、さっさと俺に背を向けるとどこかに立ち去ろうとする。

 俺は悪魔の腕をとって引きとめた。

「ヒロは・・・ヒロはどうなる?」

 と他にも尋ねることはあるだろうに、何も考えずに咄嗟とっさに口をついたのは悪魔の中から出てこないその人間のこと。

「ヒロのことが気になるのか?」

 しかして、逆にそう問い返されて俺は何と言っていいか分からなくなる。

 ヒロは俺にとってはエヴァとの契約さえなければ何の関係もない存在で、決して俺にとって比重が大きい訳ではない。

 だが、ヒロと一緒にいるときに感じる不思議な安堵感のようなもの、今も思わずついて出た無防備な自分が求めているヒロの存在。


 ―――これはただ俺の中にあるエヴァの影響だからと、言い切ってしまっていいのだろうか?


 俺は悪魔に問われ初めてそんな疑問が心の中に浮かんだ。

 だが、そんな感情に囚われても、万象の天使たる者がそれを悪魔に見せてやる理由はない。

「そんなわけがないだろう。ただ、悪魔にこれ以上、復活されていても困るだけだからな。」

 そう言って悪魔の問いをはぐらかした。

「・・・そうか。それならばいいが、間違っても俺に・・・いや、ヒロに気持ちを傾けるなんてことはしてくれるなよ。」

「どういう意味だ?」

 しかして、俺は悪魔の言った言葉の意味を測りかねたが悪魔はすぐに話題を変えて俺の追随ついずいを許さない。

「何でもないさ。それより、罪人の巡礼地アークヴェルはあと数十分後には跡形もなく消えるぞ?本当に早く逃げた方がいい。」

「何?」

 思いもよらぬ爆弾発言だった。

 逃げろ逃げろと言われていたが悪魔の態度があまりに落ち着いていたので、そんな大事が繰り返される言葉の裏にあるとはこっちは想像できない。


 そして、驚く俺に対して悪魔の淡々とした声は変わらずに続く。

「この都にはあまりに多くの灰色の魔力があふれすぎた。その気配はすでにウァブーシュカに気付かれただろう。あいつは罪人の巡礼地アークヴェルをすぐに飲み込みにやってくる。」

「ウァブーシュカ?」

 聞いたことのない名前だった。

「世界の理を守るために作られたドデカイ化け物のことだ。灰色の魔力はこの世界の理に反した存在だ。だから、あいつはいつもそれを察知すると、魔力だけでなく魔力が溢れる場所も人も全てをその無間地獄が広がるといわれる体内に飲み込んでしまう。」

 そんな存在がいるなど聞いたこともなかった。だが、悪魔が冗談や嘘を言っている様子もない。

「そいつがもうすぐここに来る。あいつだけは、俺もお前も黒き神でさえもどうこうできる存在だ。だから、早く行けと言っている。俺はやつの被害ができるだけ広がらないように、このヒロの体がウァブーシュカに食べられないように色々と後始末だけはしないといけないからな。」

「大丈夫なのか?」

 それは果たして悪魔にかけた言葉か、それともヒロにかけた言葉だろうか?俺自身も分からない。

「だから言ったろ?俺たちに気持ちを掛けるな。」

「だが・・・」

 そう言われても俺は言葉を濁すしかできない。自分で自分が分からない。こんな自分はひどく気持ち悪かった。

 そして、そんな俺を見返した悪魔は冷たい固まった表情ではなく、笑っているような泣いているような何ともひどく人間らしい顔で見つめていた。

「?」

 俺はその表情の意味を聞きたくて口を開こうとして、なのにそれは悪魔に遮られた。

「ヒロのことは心配しなくても、エンシッダの手下どもが迎えにくるだろう。いいから、お前は自分とこの世界のことだけを考えていろ。」

 そして、悪魔はぽんと一つ俺の肩を押した。

 それは大した力ではなかったはずなのに、瞬間、俺は何かに引き寄せられるように体を後ろにひかれ、みるみるうちに悪魔が花園が俺から遠のいてゆく。次いで灰色が目の前いっぱいに広がって、視界がふさがれる。

「ま・・・・、待てっ!」

 聞きたいことがまだまだある。だって、何一つ結局俺はわかっていない。

 俺は悪魔に手を伸ばす、そう、ヒロがエンシッダに連れて行かれたあの時のように手を伸ばした。

 だけれど、どれほどに痛くなるほどに手を伸ばしても俺の手は結局、何一つつかむことはなかった。

 そして、耳に残った悪魔の最後の声。


「俺と、いや、ヒロとお前は一緒にはいてはいけないんだよ、ヨイ。」


 その意味を俺が知るのは、それから随分先のこと。

 このときの俺はただただその意味など理解しようとせずに、その声の優しさと切なさに、何故だか懐かしさと悲しさを感じていた。





 そして、気がつけば俺は灰色の花園からはじき出され、灰色の魔力の嵐がおさまり静かなる都の残骸の上に立ちつくしていた。

 俺が封印したはずの花園への入口は消えている。

「・・・」

 俺がすべきことは一つしか残っていなかった。

 戦いの気配こそなかったが、おそらく灰色の魔力に襲われた天使と人間たちの弱った気配がそこかしこに感じられ、俺はそれを助けながら皆にとりあえずこの地を離れることを促した。

 悪魔の言っていた『ウァブーシュカ』なる存在については何一つ信憑性も証拠もないが、悪魔が嘘をいう理由もないし、何より俺の第六感が何かを感じていた。

 こういう時はその直観に従った方がいいことを、長年生きて生きた経験の中で俺は知っている。

 だから、ともかく天使たちに急ぎ逃げるよううながした。

 そうして、俺が天使たち助け罪人の巡礼地アークヴェルからいくらか離れた瞬間だった。(人間たちもエンシッダの命令だろうかこちらを攻撃してくることなく、なぜだか一目散に逃げていた)

 空気が急速に薄くなるような感覚に、息苦しさとまるで罪人の巡礼地アークヴェルに吸い寄せられるような引力に僅かに体を踏ん張った。


 次いで鼓膜が破れるくらいに激しく揺さぶられるほどに大きな轟音ごうおん


 それは、何かの爆発した音のようにも聞こえたが、俺には見たことのない化け物の遠吠えのような、鳴き声のように聞こえた。

 そして、引き寄せられる感覚の後に、その数倍の勢いをもつ外側に弾き飛ばすような衝撃波が俺の体を吹っ飛ばした。

 咄嗟に全知の杓杖シェーバ・ミシェを地面に突き立て体を固定し、同時に飛んでくる都市の瓦礫がれきから皆を守るために魔法防壁を広範囲にわたって展開した。

 

 そうして、罪人の巡礼地アークヴェルは瞬間に世界から姿を消した。


 それはもう先ほどまでの炎上とか灰色の魔力とか、それらとは全く次元の違う破壊力をもって、本当にこの世界から跡形もなくあの場所にあったもの全てがめっせられた。

 ・・・あと少し俺たちが逃げるのが遅れたらと、そう考えるとぞっとした。

 同時にこの光景を俺はかつて見たことがあるような気がしてならなかった。だが、それが何処だったか明確に答えられない。


 ―――これが『ウァブーシュカ』という存在・・・


 そして、その破壊力に驚く一方で、悪魔がヒロが本当にこの事象から逃げられたかどうかが頭の片隅で気になって仕方ない。

 どうしてあの悪魔の、ヒロの存在が俺の中でこれほどまでに気になるものなのか、俺自身が答えられない以上、誰が答えてくれるものじゃない。

 ただ・・・と俺は続く爆破の衝撃波を防ぎ続けながら、上空に浮かびこの衝撃波から逃げていくように移動していく銀月の都ウィンザード・シエラを見上げた。

 生きているのであれば、悪魔の言うことが正しいのであれば、ヒロはきっとあの場所に戻ったのだろう。

 ならば、何をおいても必ず俺は再びヒロに会おう。

 そして、次に会った時にこそ彼と自分との間にあるものの正体を見極めるのだ。

 俺は遠ざかる空中都市を睨みつけながら、そのためにすべきことの難解さと自分の残酷さに胸が冷える思いがした。




第三部 異端という名の灰色編 完

長ーい第三部が終了いたしました。ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!何とかここまでこぎつけることができ、作者も本当にうれしい限りです。

ヒロの過去編が半分、新たなる展開が半分といった感じですが・・・まあ、長くなり続いているわりには中々ゴールが見えてこない感じで読者の皆様に飽きられつつあるのではないかと心配しております。また、ご感想・ご指摘などがありましたら是非是非お聞かせくださいませ!

続きまして、次回からはいくらか第三部で付け足したい部分など、ヒロの恋人の話や両親の話などを続いて閑話にしたいと思っています。

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