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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第80話 悪魔の遠吠えが聞こえる 3

 ヒロは悪魔の生まれ変わりかもしれない。


 信じられない現実が、次第に現実味を帯びてゆく。

 しかして、俺は灰色の魔力を持つ悪魔の魂が再びこの世界に蘇ることのないよう、生まれ変わりなどそんなことが起こらないために、悪魔の肉体より魂を取り出しそれに剣を突き立てて悪魔を処刑した。(魂はそれ自体が消滅しなければ、基本的には転生を繰り返すものだから)

 そして、その剣を突き立てたのは紛れもなく自分。

 間違くなく悪魔の魂は俺の手の中で消滅し、俺の目の前で永遠にこの世界から消えたのだ。

 なのに・・・



「俺は会いたくなかったよ。黒き神」



 発せられる声と共に彼からかもし出される雰囲気が如実に変化した。

 何の変哲もない人間のそれから、重々しく近寄りがたい空気と威圧感がその背中と声だけでひしひしと感じられる。

 そして、いつものようにお固く『私』という一人称はなくなり、そのしゃべり方も声も俺が知っているヒロでない。

 そう、俺に背を向けたその男はヒロではありえないんだ。

 しかして、俺はそれが悪魔とも言えないでいた。

 何しろ悪魔ヴォルツィッタとは浅からぬ縁があるとはいえ、実際のところ戦いの場でしか会うこともない相手だ。

 暢気のんきにお喋りをするような仲であるわけもなく、俺がこの男がヒロでないと思う一方で悪魔であるとは断言する材料は何一つないのだ。




「ヴォルツィッタ、そうつれないことを言うなよ。」

 しかして、怖いくらいに機嫌よく腕の中に囲ったハクアリティスの死体に話しかける黒き神は彼が悪魔だと決めつけて話を進めている。

 そして、黒き神の腕の中にいる妻を見て悪魔(とりあえずは、ヒロではなく悪魔ということにしておく)はぴくりと肩を揺した。

「その腕の中のものは何だ?」

 ヒロより低い声が更に低く重いものになる。

「何だってお前だって知らない仲じゃねえだろ?」


 妻と悪魔が知り合いだったなどと、俺は知らないぞ?


「そんな事を言っているんじゃない。俺が聞いているのは、ハクアリティスの体が『カレド』である理由だ。どうして彼女を『カレド』にした?」

「何?」

 理解できない言葉が交る会話は俺を無視したまま続き、その俺が知らない『カレド』という言葉に黒き神が太い眉をひそめて片手に抱いているハクアリティスをまじまじと見つめ、何かに気がついたのだろうかその顔を凶悪な嫌悪にゆがめた。

 喜色から怒色へと、それは見るに明らか過ぎる変化。


「これはどういうことだぁっ!!」

 そして、怒鳴りながら大事に抱きしめていた妻を何か汚いものかのように、荒々しく地面に叩きつけた。

「何を!?」

 俺はそれに驚き彼女を抱き起こすと黒き神を睨みつけ、黒き神が凶悪な表情をさらに深めるのを目の当たりにした。

 それはぞっとするような表情。

 全ての怒りとか憎悪とか、そういった激しい負の感情を凝縮したような・・・そんな言葉にできない感じがして、俺はその迫力に唾を飲み込む。


「何・・・だとっ?何もくそもねぇ!!!俺様をコケにしやがってぇ!!!!」


 びりびりと肌が張りつめた空気の振動を感じ、灰色の魔力に支配された空間に神の足元の地面から堅そうな質感を伴って黒の魔力が湧き上がり、人間の顔ほどの大きさのキューブ状をして、次第に黒き神を囲むように増殖していく。

 ともかく黒き神が何を怒っているのかも、彼のいちじるしすぎる変化にもついていけなくて俺は妻を抱いたままにただただ戸惑うばかり、だが、悪魔の方は何もかもを見通しているような冷静な声で更に神を挑発するように言葉を続けるのだ。

「それが千年間も封印され続けた代償だいしょうというものだろう。千年も不在だった神を世界は王とは認めない。時の流れは全てを変える。俺もお前もこの世界にはもう不必要なものなんだ。」

「黙れぇっ!!!」

 俺という存在などないかのように、冷静なる悪魔と激昂げっこうする神との衝突は、次第に言葉だけにとどまらず花園を包む魔力にも影響を及ぼし始める。

 渦を巻くようにしていた灰色の魔力が次第に悪魔のそばで空中に大きく固まり始め、対してキューブ状の黒き魔力も振動し今度は大きさもふくれ上がってゆく。

 互いに威嚇いかくし合うように波打ち、胎動たいどうする魔力同士の共鳴に似た反応。しかして、これほどまでに大きな魔力同士のものを俺は千年前以来見たこともない。


「お前は俺に従っていればいいんだ!千年前のように大人しく俺の下僕としてっ」

 そして、強い言葉と共に黒き魔力のキューブから鋭く大きな棘の大群が生まれ、悪魔に襲いかかった。

 その数は目測では数えられないほど、視界が灰色から黒に一瞬で色を変えるほど。

 だが、そんな強い魔力の攻撃であろうとも悪魔は眉ひとつ動かさずに、黒の剣ローラレライを地面に突き刺すと、空いた両手を胸の前で合わせると何事かを呟いて灰色の魔力を自身の周りと、そしてなんと俺とハクアリティスの周りにも魔力の壁を作り出し、その攻撃を全て防ぎ切った。

 まさか、悪魔に守られるとは思ってなくて俺は目を剥く。

「黒き神、貴様は何か勘違いしているようだな。俺は今まで一度だってお前の下僕になり下がった覚えはない。」

 だが、黒き神の攻撃も俺を助けたこともなかった事のように平然として悪魔は、今度は黒き剣ローラレライを胸の辺りにかざすと、長い髪を揺らす女性の形をした灰色の魔力を作り出す。


 ―――ああ、これは千年前に見たことがある


 悪魔ヴォルツィッタが戦いの際に常にそのかたわらにあったこの女性の形をした魔力の塊。

 それは空を飛び、地中をもぐり、戦場を駆け巡って天使たちに襲いかかり死の魔女・ローラレライとまで言われ恐れられていた。

 それを見て、俺は体の力が抜けるのを感じた。

 もう、これは決定的な証拠。

 どうにもこのヒロの姿をした男を悪魔だと認めざるをえない。

 そのことが、どうしてか俺をどうしてか呆然とさせていた。

 しかし、そんなことを考えていた俺を急にぐるりと悪魔が振り返ったために、俺は再び体に緊張を走らせることとなる。

「ヨイ、お前は早くこの場を去れ。」

 だが、悪魔から発せられたのはあまりに予想外の言葉。

「その名はもう捨てた。」

 そうして拍子抜けしたというか、言うべき言葉ならもっとたくさんあるだろうに、俺から出たのはそんな意味のない言葉。

 そして、悪魔はなんとも珍妙な表情を浮かべた。

「捨てた?」

 初めて正面から見たヒロの、いや、悪魔の顔が何かの感情に揺れる。

「・・・そうか、そう。きっと、その方がいいな。」

 だが、そう言って納得してしまうと、すぐに感情の揺れは消え、その感情がどんな種類のものなのか俺は判断がつかなかった。

「では、万象の天使。お前がここにいる理由はもうない。さっさとここを去れ。」

「だが、この灰色の魔力を放ってはいけないっ」

 そもそも、こんな場所に来たのは灰色の魔力を再び封印するためであり、それをせずに俺がおいそれと逃げ出すわけにはいなかい。

 それに俺はすっかり頭から抜けていたが、この悪魔こそが大きく関わっているに違いないと思っていたはずだ。

 それを思い出して妻を静かに大地に横たえて悪魔に一歩近づこうとした俺だが、それはすぐさま悪魔に遮られた。

「それは俺が何とかする。いや、これからしばらくの間は灰色の魔力を俺が抑えておく。その間に、灰色の魔力にとらわれた天使や人間と共に逃げるんだ。」

 そうして、返ってきたその言葉に俺だけではなく、黒き神も驚いたらしい。


「馬鹿いうんじゃねぇ!!俺が何のために灰色の魔力を解放したと思っているんだ!!俺の解放をさっさとしろ!」


 黒い魔力が今度は大波となり、怒号と共にこちらに襲いかかる。

黒の剣ローラレライ

 だが、死の魔女をそっと悪魔が撫でた瞬間に、彼女が黒の魔力から悪魔と俺を守るように立ちはだかり、キィンと高い声を発した瞬間にその黒き魔力が一瞬で霧散むさんする。

 壁に打ち付けられた波飛沫なみしぶきの如く、黒の魔力がはらはらと細かい欠片となって舞う。

「誰が貴様の封印と解いてやるといった。言ったろ?お前も俺ももうこの世には無用の存在なんだよ。」

「俺はそんなことは許さねぇ」

 神は激しく首を横に振った。

「もうこの世界はお前の手を離れたんだ。」

「うるせぇ!!!」

 大声は俺の耳に痛くなるほど強烈に届く。

 しかして悪魔はそれをひたすらに悠然と聞き流し続けていたが、そんな神に心底呆れたように溜息をつく。

 そんな様子は何故だが、俺が知っているヒロと重なった。

「・・・仕方がない。言ってわからないなら、力づくで分からせるまでだ。」

 瞬間に悪魔がまとう魔力の濃さが増した。

 花園を包んでいる魔力はそれだけでも十分に濃いものだったが、悪魔のそばにいる俺はその濃さに気分が悪くなるほど。

 そして、花園どころではなく罪人の巡礼地アークヴェル全体の魔力が、悪魔に結集していくようにその体に吸収されてゆく。

 空気そのものが何だがどろりとした質感を持っているほどに濃い感じがした。


「力づくだとぉ?面白い!!!死と破壊の神たる俺様に、下僕の契約を交わしたお前が力でかなうとでも思っているのか!?」


 確かに。黒き神の強さは世界で類をみないほどに強靭きょうじんで、凶悪な最悪で強さ。

 悪魔がそんなものを相手にかなうなんて、たとえヒロではなく目の前の男が悪魔であっても考えられるはずがない。

 しかして、悪魔はそれでも全く神に動じることはなく・・・

「お前はわかっていないようだが、この体はもう黒の鎖を断ち切ったヒロ、我が子孫のもの。黒の契約は彼とお前の間では無効だ。」

 契約?

 黒き神と悪魔の間には、契約があったのか?

「違う!ヒロには5年前に千年前のお前と同じように黒の剣ローラレライと契約を結ばせたっ!千年前と同じくその体は俺の下僕だぁっっ」

「いいや。」

 しかして、テンションあがりまくりの神に対して悪魔はひたすらに静かなまま繰り返す。


「契約はヒロとお前の間では結ばれてはいない。」


 そうして悪魔の告げた言葉は、黒き神の動きを今度こそ確実に止めたのだった。

気がつけばこの話も実は80話なんてところまで、そして、第三部も次の81話でなんとか終了しそうです。これも、一重にこんな拙い話を読んでくださっている読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!

さてさて、次話で第三部は終了する予定ですが、この勢いのまま今週末くらいには81話をアップできたらいいと思っておりますので、よろしくお願いします。

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