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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第79話 悪魔の遠吠えが聞こえる 2

「白き力よ、我を守れ!」

 間近に迫る灰色の魔力に対して、気がつけば汗がにじむくらい握りしめていた全知の杓杖シェーヴァ・ミシェを盾にして、俺は自らの身を守っていた。

 それは、まさに咄嗟とっさの行動。

 何も考えずに体が動いた、本能的で衝動的な動きだった。

 だが、そんな状況においても俺はいつもの習慣で、恐らく眉一つ動かさずに涼しい顔をしているのだろう。(本当のところは何が起こっているのか、さっぱり分からずに心臓はばくばくいっていたりするが)

 そうして、一通り襲いくる攻撃をしのいだ後、灰色の魔力を体から立ち昇らせているヒロを目の当たりにして俺は、それでも、表情こそ悠然としているかもしれないけど(自分じゃ自分の顔は確認できないから確かなことは言えないが)現実が信じられなくて呆然としていた。


『そいつはもう、ヒロじゃねぇ。』


 リフレインする先の黒き神の言葉が空っぽの意識に響いて、止んでいた頭の中の警鐘けいしょうが再び更に大きくなって鳴り出す。

「ひ・・ろ―――」

「だから、そいつはヒロじゃねぇって言っているだろ?」

 それでもなお、何も考えられなくて彼の名を呼ぶ俺の声にかぶさるのは、その存在を忘れていた黒き神の聞き触りの悪い声。

 聞いた途端に、ざわりと不快感がせり上がる。

「その男は悪魔ヴォルツィッタの生まれ変わり。そして、今やこの灰色の魔力の源となり、我が下僕になり下がった哀れな人間だぁ。こいつさえいれば、俺は再び灰色の魔力を手中におさめ、世界に華々しく返り咲けるってもんだ。なぁ、そう思うだろ麗しの天使様よぉ?」






 ―――悪魔の生まれ変わり?


 聞いてもなお、その言葉を信じられず呆然としたままに俺はただヒロ、いや、その悪魔の生まれ変わりだというもうヒロではない男を見た。

 溢れる魔力に苦しみ暴れそうになる身を縮こまって耐えるその仕草、表情、吐き出す息すらも灰色にいろどられる様子は、男が本当に灰色の魔力におかされていることを俺に伝えた。

 更に灰色の魔力をその身から立ち昇らせ、そして、男の苦しみに反応するかのように花園を取り囲む魔力たちがざわめくことから、また今の黒き神の言葉からもこの目の前の男が、この灰色の魔力の中心にあるのは確かなようだ。


 そして、じりじりと左手の指にはまる翼との契約の指輪が熱くなり俺にその存在を主張していることが、信じたくなくてもこの男が間違いなくヒロであることを知らせてくれている。

 全ての状況証拠が目の前の男がヒロであり、この男こそがこの突然の灰色の魔力の出現の原因であることは明らかにしている。

 なのに俺は動くことができない、客観的な事実は理解しているのに、何をしたらいいかが全く考え付かないのだ。

 いや、やるべきことは分かっている。この男が灰色の魔力の源であるというならば、その存在を消すのみ。

 でも、男がヒロであることが俺を思考能力を奪っている。そうして、俺はやっと気がつくんだ。


 ―――ああ、俺はこれまでにないほどに動揺と混乱をしているんだ・・・と






「悪魔に加えて、お前には懐かしい人にもう一人会わせてやろうじゃないかぁ。」

 しかし、停止した思考が続く中で、それでも流れ続けるのが現実。

 呆然としている俺を待ってはくれず、黒き神が俺に向かって新たな登場人物を示唆しさする。

 そうして突如として黒き神の腕の中に現われた一人の細い天使の背中。

 その後姿、あの緑がかかったような翼には見覚えがあった。

 それに気がついた瞬間に止まっていた思考が急激に動き出し、動揺に熱くなっていた体が急速に冷めていく。

「死者の墓を暴いたのですか?それも我が妻の。」

 趣味が悪いと小さく呟いて俺は、心底軽蔑けいべつした目で黒き神を見る。

 見間違えるはずはない。

 それは、この灰色の花園を愛し、この場所を永遠なる寝屋にと望んだ我が妻の遺骸いがい

 だが、死して何百年経とうとその姿は眠ったままの姫君のように瑞々みずみずしく美しいまま。

 それでも、彼女はもう死んでいて生き返ることはないのだ。なのに、こんな死者を冒涜ぼうとくするようなことを、俺への嫌がらせだけのためにする黒き神に反吐がでるほど嫌悪したした。

 しかして、黒き神は全くそんなものを気にした風でもなく、にやにやした柄の悪い笑みを浮かべたまま、

聖櫃せいひつなんぞ、死者すらも働かせる棺桶かんおけに入れるほうが俺はよほど趣味が悪いと思うがなぁ。なあ、ハクアリティス?」

 そういって、ハクアリティス、かつて我が妻であったその天使の美しい顔に頬を寄せる。

 そのまま、誰にいうでもなく独り言のように黒き神は言葉を続けた。

「ハクアリティスも可哀想なもんだぁ。万象の天使なんぞの妻になったばかりに、死してなお使役されるような罪をおかさざるを得なくなった。」

 それまでのふざけた様な色の声が、突如として妙に重々しく、刺々とげとげしい殺気のような色を帯びる。


「だから、お前はいけねぇんだよ。」


 『いけねぇ』

 何が悪いというわけじゃない、俺という存在自体を否定するその言葉。それは千年前も幾度として、この神に言われた言葉。

 しかして、常にその言葉の意味を俺は測りかね、ついには封印してもなお俺はその意味を知ることはなかった。

 それはそんなことを問うている余裕があの戦いの中にはなかったのと、どうしてかその先の言葉を知りたくないような気がしたから。

 だが、千年という時を経てもなお、繰り返されるその言葉を前に俺は観念しなくてはならないようだ。

「・・・どういう意味だ?」

「お前はわざわいだ。」


 ―――わ・・ざわい?


「この世界の誰も、俺以外はお前自身でさせも気がついていないだろうが、お前こそが世界を破滅に導くわざわいなんだよぉ。」

「意味が分からない。」

 黒き神に強く返した。

 一瞬、聞きなれぬ言葉と雰囲気の違う黒き神の様子に戸惑ったが、すぐに俺は理不尽りふじんともいえるその物言いに反発した。

 だって、全く意味が分からないだろ?

 何の根拠もなくしてわざわいだと言われて、誰が『はい。そうですか』とうなずくもんか。

 千年前からの『いけねぇ』という時の黒き神のただならぬ様子に、こちらも構えてしまっていたが、聞いてみれば何とも乱暴な物言いに腹すら立った。

 なんだ、やっぱりこの神は俺のことが気に入らないだけなのだと。言葉に意味などないのだと。

 そんな風に少し気を抜いてたのがいけなかった。


「意味。ならば、その証拠をみせればいいのか。お前が―――だという証拠を」


 おかげて黒き神の告げた肝心な部分を聞き逃した。

「?今なんと―――」

 そうして、聞きなおした俺の問いはものすごいスピードで俺の横を通り過ぎた存在によって掻き消された。

 空気を切り裂く風の音、次いで鼓膜こまくを揺らすのは音にならない空気の振動。

「ッヒロ!!」

 そこには苦しんでいたはずのヒロが、まさに悪魔の如き形相で黒き神に襲いかかっていたのだ。俺は思わず、名を呼んだ。


「がぁあっ!!!」

「ほぉ、まだ俺に牙をむくような自我が残っていたかぁ。」

 黒き剣ローラレライの全てを灰色の染め上げた灰色の魔力の結晶のような剣を、黒き神は自身の愛剣破壊という名の死ガーダ・ガヴァダで悠然と受け流し、ヒロをその圧倒的なまでの力で弾き飛ばす。

 死と破壊を司る黒き神の強さは、千年前の戦いで封印という形にしろ勝利という形をおさめた俺でさえ、今でも悪夢に見るほどに恐ろしい。

 その強さは天使最強と名高いシェルシドラでさせ、勝てる気がしないとまで言わしめた。

 いくら灰色の魔力を有しているとしても、それすら黒き神によって与えられている形である異端の一族のヒロがどうしてこの神に勝ているいうのであろう?

「やめろっ」

 そんな思いがあったから、俺は届くはずのない言葉を思わず発していた。


「お前は邪魔だ!!」


 だが、届くはずのない言葉には俺に背を向けた悪魔から強い返事が返ってくる。俺は呆気にとられた。

「ヒロ、・・・正気に戻ったのか?」

 そうして、そのはっきりとした確かな声からヒロが自我を取り戻しているとわかっているのに、俺はひどく不安な気持ちで振り返らない彼の背中に問いかける。

 なぜなら、この灰色の魔力の暴走ともいえる氾濫はんらんの中心にあるヒロが正気に戻ったというのであれば、この止まらない暴走の灰色の渦に何らかの変化があるはずだ。

 なのに暴走は止まるどころか、むしろその勢いを増しているようにさえ見える。

 こんな様子では、とてもヒロが正気に戻ったとは思えなかった。


「そんなことはお前には関係ない!ともかく、お前はここから去るんだ、『ヨイ』」


「え?」

 そうして、告げられたのはヒロが決して知るはずのない俺が永遠に捨て去ったはずのまわしき呪われた名前。

「・・・どう・・して、ヒロがその名を?」

 言葉が震えた。

「はっはあっ!!」

 黒き神が高らかに笑った。

「ついに現われたかぁ、ヴォルツィッタ!!!!会いたかったぜぇ!!!我が封印を解きし、悪魔の鍵よ!!」

ここでは多くを語りません。

次回は久々にどんぱちやる予定です。


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