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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第78話 悪魔の遠吠えが聞こえる 1

 耳の奥に音が響いている

 この世のものとは思えぬ化物の断末魔の如き音


 ああ、これは遠い昔に出会った悪魔の遠吠とおぼ


 悪魔はすぐそこにいる



【悪魔の遠吠えが聞こえる】



 白き魔力で防御壁をはりつつ、灰色の魔力が濃くなっていくほうに向って俺は進む。

 そして、その中心と思われる場所にまでたどり着いた時、俺は絶句することとなる。

 そこにいたのは、我妻の遺骸いがいと憎むべき黒き神と、そして、灰色の魔力をまとった男。


 ―――灰色の魔力


 この世界に存在する全ての魔力の中の『異端』とされるその存在。

 すでに完全に封印したと思っていたその力を前に俺は言葉すらも失い、眩暈めまいすら感じた。




 灰色の魔力が『異端』と呼ばれるその理由を説明するには、まずは魔力というものがどういうものか話す必要がある。

 そもそも、魔力とはそれぞれ神という源が必要不可欠なのだ。

 例えば、俺の使う白の魔力は白き神イヌア・ニルヴァーナの魔力を源としているし、それぞれ皆が使う様々な色の魔力はそれに対応した神がその源にいる。

 すなわち、神という存在なしに、魔力は存在しえないのだ。

 だから、神に見捨てられし人間には魔力を使うことができない。


 だが、灰色の魔力だけには、その前提が通用しない。

 何故なら、灰色の神という存在はこの世のどこにも存在していないから。

 そう、灰色の魔力とは何故にこの世界に存在しているかもわからない、その存在はただひたすらに謎に包まれた魔力なのだ。

 故に、灰色の魔力には『異端』という名がついたし、その魔力を使った人間たちは『異端の一族』と呼ばれていた。


 そして、明らかに他の魔力とは違うその特異性。

 本来、魔力とは神の加護を受けた使用者の力を増幅し守るための力であり、神と契約を交わした使用者に対しては、絶対の服従であり使役されるだけの存在であるのだ。

 だが、灰色の魔力は違う。

 それを身にまといし者は、その魔力の大きさに身が耐えられなくなり生きながらにして死の苦痛にさいなまれ、魔力を使役するどころかその魔力に身を滅ぼされてゆくとされた。

 そして、それを救ったのがあの黒き神であり、故にあの神は『異端の一族』を従えるに至った。

 だが、黒き神という鎖がついてもなお、千年前の戦いで見たあの生と死すらも超越し、荒々しくすべてを支配してしまうその圧倒的な存在感。

 そして、千年前の戦いの中でその魔力に触れた瞬間に俺は感じた。


 あれこそ、世界のわざわいであると・・・


 触れた瞬間に自分が自分でなくなるような、痛みと錯覚。

 見るもの・感じるものすべてが現実か虚実きょじつかわからなくなるような曖昧あいまいで混乱した感覚、そして、それとともに駆け上がったのは抗いがたい誘惑に似た快感だった。


 そう、あの魔力に触れた後に残るのは、痛みでも恐怖でもなく快感なのだ。


 それは、どんな強靭きょうじんな精神力をもってしても、屈せざるを得ないものをもっていた。

 だから、危険なのだ。

 力が強いだけだというならば、痛みが伴う以上、皆が皆その魔力を敬遠し広がることはない。

 だが、灰色の魔力にはそれを打ち消してしまうような快感があり、その快感をもって千年前あの灰色の魔力は神の加護を受けた天使たちにことごとく侵食していった。

 それだけなれば個人の問題だ。

 俺がとやかく言うことではないかもしれないが、それによって天使たちが黒き神に支配されてゆくことは許すことはできなかった。

 黒き神は灰色の魔力を与える代わりに、人間だけに留まらず天使たちにまで服従を要求し、この世界を支配しようとしたのだ。

 白き神の名において、それは絶対に許すことはできなかった。

 しかし、許すことはできないと言って、それを禁止しただけでは阻止そしすることは、あの灰色の魔力の持つ理性だけではこばむことができない誘惑がある以上難しいことはわかっていた。

 だから、俺はその魔力を封印した。黒き神と共に、この世界に再び出てくることなどないように永遠の闇に封印したのだ。


 そう。

 後にも先にもあの灰色の魔力を、黒き神という鎖なしに、完全に自分の支配下に置き、制御していたのは世の中でたった一人・灰色の悪魔と呼ばれたあの男だけだった。




 ・・・まあ、すべては過ぎ去った事実であり過去だ。

 この場では、このくらいにしておこう。

 ともかく、以上の説明のようなあの魔力の危険性を重要視した俺は、黒き神とともに封印した。

 そして、その封印は完全であり、もう千年もその封印は有効であったはずなのだ。

 なのに・・・

「どうして?」

 この現在、目の前で不敵に笑って立っている神がいる。


 黒き神ウ・ダイ


 灰色の魔力の中心にたたずんでいた柄が悪い、忌々いまいましいほどに昔と変わることのないその存在。

 俺が白き神の力をもって封印した二つが最悪の取り合わせで目の前に存在しているなどと、最悪すぎて吐き気すらした。

「何だぁ?久しぶりなのに、いきなり御挨拶だな『ヨイ』。」

 そして、こちらを神経を逆撫でするように強調された言葉。

「その名はとうの昔に捨てた。茶化さないで私の質問に答えろっ!どうやって、この灰色の魔力を?」

「まあ、そお怒るなって。きれいな顔が台無し―――」

「黙れっ!」

「・・・」

 しかして、混乱し湧き上がる感情と共に神を一喝いっかつする俺を、面白そうに、それでいてひどく冷めた表情で見る黒き神。

 俺はよくこんな表情で世の中を見てるこの神が昔から大嫌いだった。生理的に受け付けなかった。

 忘れかけていたそんな感情が胸の奥から吐き気と共にせりあがってくる。

 何もかもが最悪な気分だった。

 だが、そんな幼稚で感傷的な感情が、次の黒き神の言葉によって一瞬にして消滅する。

「俺はきれいな天使様とお話したかっただけなんだがなぁ。まあ、いい。そんなに知りたきゃ、教えてやるよ。おーい、『ヴォルツィッタ』」


 ―――今、なんと言った・・・


 その名を認識した瞬間にガンガンと頭の中で鳴り響く警鐘けいしょうと共に、何百年経とうとも忘れなられぬ情景が色褪いろあせないままに昨日のことのように鮮明に呼び起こされる。


 背中の片翼が熱くうずいた。


 更に半身をもがれた苦痛と、目に焼きついた自分の翼を切り落としたあの悪魔の姿。

 悪魔と呼ばれるには、大層人の良さそうで、どことなく寂しそうな顔をしていた男の顔が、脳裏のうりに蘇る。

 だが、あの悪魔は死んだ。

 間違いなく千年前に罪人の処刑台ディッチ・ア・ヴァリスで処刑されたはずの悪魔が・・・、ましてやそれを命令したのは俺なのに、それなのに、その悪魔がここにいると神は言うのか?

 突拍子もない言葉に信じられないという思いが強い中、それでも、目の前の黒き神の様子を前にすると、ただただ嫌な予感ばかりが俺の胸を締め付けた。そして、


 ガサリ


 黒き神と俺だけしかいなかったはずの空間に、新たなる気配が背後で動いたのだ。

 それを感じた瞬間、気配を振り向かなくてはいけない、その正体を確かめなければと思っているのに、心を支配する嫌な予感が体を動かそうとしないのだ。

 あまりの情けなさに笑い出したい気分だったが、そんな余裕が今の俺には皆無だった。


「はぁ・・・ひぃ・・・」

 そして、固まった俺に届いたのは浅く苦しそうな息使い。

 それが、想像以上に近いところから聞こえて、俺は反射的にその姿を振り返る。

 それは、振り返らなければという理性ではなく、敵が近くにいるからという本能的な反射的な動き。

「あ・・・」

 そして、その姿をその目で見て、頭で認識するまでにわずかに時間がかかった。

「ひ・・・ろ?」

 呟いた名は疑問形だったが、それは見間違えようもなくその人。

 数週間前に俺のもとから逃げ出した黒の一族であるヒロが、俺の背後でひどく苦しそうに立ち尽くしていた。

「なんだ。」

 思わず拍子抜けした。ビビりまくって損したとすら思った。

 彼の顔を見た瞬間に、何故だかそれまで張りつめていた自分が解れてゆくことすら感じた。


「驚かせないでくれ、ヒロ。」

「が・・・うう」

 だが、そう言って黒き神がいるという非常事態にもかかわらず、思わず微笑んでしまった俺に対してヒロの態度は明らかにおかしい。

「ヒロ?」

 言葉を発することもなく、その瞳はひどくうつろで、あの俺をまっすぐに見る瞳はよどんでいて、ひどく苦しそうだ。


「そいつぁ、もうヒロじゃねぇ。」


 そういった黒き神の言葉と共に、ヒロの体からすさまじい灰色の魔力が溢れだして、俺の視界をすべて灰色に染めた。

第三部・最終章の始まりです。あと、4.5話ってところでしょうか?

いやいや、ここまでお付き合いくださっている皆様には本当に感謝の思いでいっぱいです!作者ももうひと踏ん張り頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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