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東方の天使 西方の旅人  作者: あしなが犬
第三部 異端という名の灰色
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第77話 お前に流れる血は何色だ 4

 ―――赤き血は人間の証


 そう思い込んで血を流す人間を嘲笑あざわらい続ける

 それが、我が役割である






「はぁ、はぁ・・・・はぁ・・・」


 浅く早く繰り返される吐息は苦悶くもんに満ちて、今にも消えてしまいそうに細い。

「大丈夫ですかぁ??」

 そんな様子で倒れた人間を前に、俺は自分でも楽しげな声だと分かる声音で尋ねた。

 赤く燃え、灰色に染まりつつある罪人の巡礼地アークヴェルをガラス張りの展望台から一望できる部屋で、その苦しむ姿が楽しくて俺は笑みを浮かべるのが抑えられない。

 だって、ずっと、ずっとこんな光景を見てみたいと俺は思っていたから。

「ふふふ。」

 つい、笑い声も漏れるってもんだ。

「はぁ・・・助け・・・て。」

 しかし、こんな自分でも酷いなぁと思ってしまうような俺に、倒れた人間、そうこの目の前の女は助けを求めるんだ。

 それがより一層、彼女を滑稽こっけいに見せて俺を笑わす。

「ェ・ンシッ・・ダ・・おね・が・・・あぁっ」

 そうして、俺の名を呼びながら懇願こんがんし、激痛に叫びを上げて、床を転がり痛みに耐えるように体を丸めた。

 それを月見の塔ミュージ・アシェタの頂上に俺専用に用意された展望室で、俺は一人の観客となってニヤニヤと見つめている。

 苦しむ女、ほろびゆく都、そして、立ち上る灰色の魔力の奔流ほんりゅう

 全てが俺が長きにわたり待ち続けてきたもの。


 ―――ああ、なんて素晴らしい光景っ


 そう叫び出しそうになるのを何とか耐えて、俺はこの素晴らしい光景を作り出してくれた彼女に優しく語りかける。

「助けて差し上げたいのは山々なんですが、ハクアリティス様?その痛みは、俺には取り除いてあげられないものなんです。すみません。」

 だけれど、高揚こうようする感情には逆らえず、声は陽気になる。

 もしかすると演技以外では、先日の全ての始まりを喜んだ時以上のテンションの上がり具合かもしれない。

「・・・ど・ぉ・してぇっ・・!?」

 苦しみがにじんだ声で、俺に問いただすハクアリティス。

 その声には苦しみだけでなく、今まで彼女に従順で忠実なしもべであった俺に対する疑心と怒りが感じられる。


 ―――ふふふ

 それを聞いてまた笑いが抑えられない。

 だって、この美しくも愚かなる『ハクアリティス』と名付けられた女は、本当に俺の言うことを信じ、おのれが『天使の花嫁』だと『万象の天使の花嫁』だと『ハクアリティス』だからと、俺を使役しているつもりだったのだ。


 ・・・だけど、それは全てがうつろなる幻


 でも、彼女はそれが幻であることには気がつかない。

 だから、どうして体が痛むのかも、俺が彼女のしもべであり続けないのかも分からない。

 本当に愚かであわれな女―――それが、俺のハクアリティスへの認識。

 だけれど、俺だって悪魔じゃない。

「しかぁし!せめて貴方の痛みをやわらげて差し上げようと、わたくし、素晴らしいゲストをお呼びいたしました!!」

 そう高らかに告げた俺の言葉に、痛みに耐えてうつろなハクアリティスの表情がわずかに動く。

 そのゲストを見た時のハクアリティスの姿を思い浮かべて、俺には隠しきれない笑みが浮かんだ。

「なんと、貴方の旦那様がお越しですっ!!」

 苦しそうな彼女の顔が、一転して明るいものになった。

「ふふ、嬉しいんでしょ?貴方は本当にご自身の旦那様のことを愛しているんですねぇ。」

「あ・・・エヴァ・・・ン・・・」

 しみじみと言った俺の言葉など、もう届いていないのだろう。

 そうして語りかける俺など見向きもせずに、ハクアリティスは痛みに起き上がることもできなままに、自分の夫が『エヴァンシェッド』であると信じたままに、少しずつだが扉の方へ腹ばいで移動していく。

 一瞬でも早く『旦那様』に会いたいらしい。


「その感情も記憶も君が生きてきた全ては、俺が作り上げた虚像きょぞうでしかないのに、本当に君は哀れだよ。そして、君はもうすぐ『最悪の悲劇』を引き起こす。それすらも、君は何も知りえないのだから。」


 ぽつりと漏らした俺の言葉は届いてはいまい。

 そして、俺は苦悶くもんの声を上げながら、ずりずりと扉に向って進むハクアリティスの背中に更に語りかける。

「せめて、君が俺の目論み通りくさびになってくれれば、もう少し君の未来も変わっていたかもしれないけれど、結局はあの悪魔が運命通りくさびになった。まあ、所詮、運命は俺には変えられないということかもしれないけど・・・ね。」

 そうして、独りごとに近い言葉を発してから、俺は罪人の巡礼地アークヴェルから巻き上がる灰色の魔力を見やって、一つ自分の中の下らない感傷に区切りをつけると、ぱちんと指をならして合図をした。

「さあっ!ハクアリティス様の旦那様をお連れしてくれ!!!」

 俺の言葉に従って、扉が開き、それを感じて扉までたどり着けなかったハクアリティスが上体を震えながらも起こす。

 その輝かんばかりの彼女の表情に俺は笑みを深くした。そして、


「い・・・・・イヤァァァァ!!!」


 彼女の輝きは一瞬にして恐怖にこおりついて、夫に会えた歓喜の声ではなく耳で聞き取れないほどに高音の悲鳴が上がる。

 次いでハクアリティスは扉の先の人物を見るなり、痛みのことなど忘れてしまったかのように、おびえた表情を顔に張り付かせて、床をものすごい勢いで首を横に振りながら這いずり、逃げるように展望室のすみに身を寄せた。

「な、なんでぇっ・・・・ああ・・・・っ!こないで・・・・来ないでぇ!!!」

 錯乱さくらんしたように、もはや、美しさの欠片かけらも見えぬ形相で泣き叫び続けるハクアリティス。

 思った通りのその表情に俺は少しだけ視線を送り、それから、ハクアリティスをそこまで変えた彼女の旦那様である人物に微笑んで近寄った。


「やぁ、ラインディルト。」


 そう、彼女の様子から察してもらえるだろうが、ハクアリティスの視線を釘付くぎづけにして、扉の向こうに現れたのは決してエヴァンシェッドなどではない。

 それは紅の翼を持つ、三大天使が一人・ラインディルト。

「調整は済んでいないのか。」

 こちらは挨拶あいさつしているというのに、出し抜けに簡潔な言葉。

 彼のために色々してやっているというのに、それでも俺とはれあうつもりなどないという、彼の徹底した態度には感服してしまうばかりだ。

 まあ、それは俺だって同じだから気にしないけどね。

「調整は完璧だよ。ただ、灰色の魔力があんなに暴走しているんだ。仕方ないだろ?」

「まあ、いいだろう。」

「久しぶりの逢瀬おうせだし、せいぜい楽しんでくださいませ。俺は席を外させてもらうよ。」

 俺などには目も向けずハクアリティスから視線を外さずに、淡々としているラインディルトではあるが、彼を知るものであれば微妙に落ち着きがないのが何となしに分かる。

 まあ、ここしばらく俺がこの『ハクアリティス』を色々利用させてもらっていたから、何ヶ月も彼から彼女を取り上げていた訳だしね。彼が心はやる気持ちも仕方ないのかもしれないけど。


 ―――だからって、彼のこの『ハクアリティス』に向う愛情は本当にゆがんでいると、俺は思うよ。


 そうして、俺の言葉に返事を返すわけもなくハクアリティスへと近づくラインディルト。それに悲鳴を上げるハクアリティス。

 この光景をラインディルトを信じ切っているエヴァンシェッドが見たら、どうなるだろうか?

 部屋から一歩出て、天使の領域フィリアラディアスから恐らく俺達に攫われたことになっているだろうラインディルトを信じ切っている俺が最も憎むべき天使のことを、そんな風に思い浮かべた。

 裏切られたと怒り狂うだろうか?

 それとも、悲しむのか?

 でも、俺に組することなど信じられないだろうラインディルトが、こんな風に俺のもとに、まさか銀月の都ウィンザード・シエラに自分から存在していようなど、悪知恵は働けども、あまりに純粋すぎ、無垢すぎるの天使には今は決して想像もつかないことだろう。


 ―――そして、ラインディルトがあの『ハクアリティス』に執着する理由など・・・


 尚、彼には絶対に理解することはできないだろう。

 そうして、扉を閉めてもなお響き渡る女の半狂乱の叫び声を聞きながら俺は苦笑した。

 そんな俺に新たなる登場人物が声をかけた。

「エンシッダ様。」

 暗闇の廊下に響く声は低い。

 姿は見えないが、その声で俺にはそれが誰だか分かった。

「コウル」

「はい」

「お前はヒロの回収に向かえ。いいか、ヒロを黒き神にも万象の天使にも決して渡すな。ヒロが、あの悪魔こそが全ての鍵。白き神のために、ヒロを必ずや奪取だっしゅしろ。」

「御意」

 ハクアリティスのことも、ラインディルトのことも、エヴァンシェッドことも、全ては俺には些細ささいなことにすぎない。

 どんなに他の誰かのことに頭を思い巡らせようとも、全てはただただ白き神の御ために繋がっている。


 ―――そう。俺の行動も、この未来を縛るような茶番劇も、全ては我が君の御ため


 だから、俺はその誰かのことを考えているにすぎない。

 そして、今は白き神のために、あの『悪魔』の使いようが肝要かんよう。そう、今はまだ『悪魔』と『天使』と『神』を同じ所に置く訳にはいないのだ。

 そのためのヴィスの予言であり、それを実行していくのが俺の役目。

 だが、俺自体が行動を起こす前に、確認しておくことがあった。

「後、ティア達は戻って来たか?」

 誰を巻き込んでもいいが、これから起こることに彼女たちだけは巻き込んでは問題だ。

「はい。先ほど、ケルヴェロッカが神の血ニス・ドゥアを解放させていたため、一時混乱しましたが、白き神は無事にお戻りのようです。」

 やはり、神の血ニス・ドゥアを解放させることになったか。

 その辺は、ヴィスの予言通り動いたらしいな。

「そう、それでケルヴェロッカは大丈夫なの?」

「はっ。今はアオイが様子を見ております。ティアも付いているので、暴走の危険性はないかと。」

 ならば、問題ないだろう。

「そう。じゃあ、ヒロを回収したら、すぐにこの罪人の巡礼地アークヴェルを離れる。ここは直に大きな力が働く。ともかく急いでヒロを銀月の都ウィンザード・シエラに連れ帰れ。」

「御意」


 了承の言葉とともに暗闇から声と気配が消えて、残るのは女の叫びと男の高笑いだけ。

 俺はそれをさえぎるように瞳を一瞬だけ閉じると、自分もまたヴィスの予言の実行のために彼らに完全に背を向けた。

久々エンシッダ様の登場です。しかも、何か色々混乱な展開です。『あの』とか『この』ハクアリティスという記述などが出てきていて、ハクアリティスはハクアリティスでしょう?と変に思っている方もいらっしゃるかも知れませんが、詳しくはお話しできませんがヒロが灰色の花園で見た聖櫃の中のハクアリティスと同じ姿の『天使』と、今回苦しんでいる『エンディミアン』のハクアリティスと、実は今、二人のハクアリティスが物語の中に存在しているのです。

色々ややこしいかもしれませんが、いつかこの謎も解ける日がやってくるかと思うので、その日をお楽しみに。(このペースではいつになることやらですが(笑))

そして、ついに長かった第三部もそろそろゴールが見えてまいりました。今回は最後までヒロに視点は映らず、次からは再びエヴァンシェッド視点に戻り、そのまま第三部は終わる予定ですので、あと少しだけお付き合いください。

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